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第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 九話



 場所は移り変わり砦内部の畑付近。

 混乱の中、腕を縄で縛られたキレスタールは自らを捕まえた男に必死の抵抗をしていた。


「大人しくしろ、てめぇ! 暫く見ないうちに生意気になりやがって、前はなんでもはいはい言って俺の命令を聞いてただろうが!」


 キレスタールを連れ去っていたのはグリズだ。サルジェ襲撃のどさくさの中、キレスタールの不意でもついて捕獲し、砂塵の中この人気の無い畑付近まできたらしい。

 どうやら砦の後ろにある崖、そこに隠されている洞窟に向かっているらしい。

 あそこには緊急避難用の逃げ道があり、そこから彼女を連れ去り逃亡する算段なのだろう。


「なぜこのような! 貴方は一人で隣国と内通していたのですか!」

「いやぁ、一緒にいたあいつもだ……まぁ老夫婦からふんだくった金の分け前を罪悪感だかなんだか言って受け取らなかったがな。ま、愚図らしく弁えてると思ったが、少ししてお前を探しに行こうと煩わしくてなぁ、崖から落として殺したよ」


 ニヤニヤと、いやらしい笑みを浮かべながらそう語る男に、キレスタールは戦慄した。こんな人間と旅をしていたのかと、少女は絶望し、死んでいった仲間の変わりに激怒する。


「……あなたは、それでも人間なのですか!」

「あー? 人間だよお前と違ってなぁ!」


 キレスタールの抵抗が激しく、頭に血が上ったのか彼女の顔に一発殴り、彼女を転倒させる。そしてそのまま彼女に馬乗りになり、グリズはキレスタールを殴り続ける。


「お前は、その、気持ち悪い、髪が頭から、生えてる! 自覚して、化け物は化け物らしく、人間様に奉仕してりゃ、いいもんをよ! ああ! クソ女。おい何か言えよ!」

「……おい」

「あ? べぶし」


 と、キレスタールに馬乗りになっていたグリズは後ろから誰かに話しかけられ、振り向いた瞬間に顔に足蹴りが炸裂され吹き飛ぶ。アラムだ。


「ごめんキレスタールさん、今縄を解くから」

「アラム様! どうしてここに」

「偶然、ちょっとやりたいことがあって、それより傷は? というか目の周りに痣が……」

「構いません。すぐに回復魔術で治りますゆえ」


 グリズを蹴り飛ばしたのは青年で、皆があの怪物と戦っている間に何かしようとここまでやってきて、偶然キレスタールが誘拐されている場面にでくわしたらしい。


「お前ぇ! 邪魔すんじゃねぇよ」

「……」

「おいなんとか言えよ。殺すぞお前!」


 無言だった。喚く勇者崩れがいくら叫ぼうと、言葉は返されない。

「おい口がねぇ……のか」

「アラム、様?」


 だが、言葉の変わりに見開いた目で青年は返答していた。

 そこに、いつもの喧しくお調子者の男などいなかった。目が丸い。梟か猫を思わせるその目に一切の感情は無く、ただただ不気味さだけを放っていた。


「コード、ショットガン」


 そして、やっと出した声も、機械的なものだった。


「は!? おい、おい! なんだ、それは!」


 グリズ、いや、この世界の人間にとって初めて見るそれの性能をアラムは口で説明することなく、ただ指で引き金を引くことで実証する。


「かっ――」


 先程の蹴りなんぞとはくらべものにならな程の衝撃と痛みがグリズの腹部を襲う。声すら満足に出せない痛みだった。

 それと同時に剣を高らかに上げアラムを斬り捨てんと突進していた彼の身体は、蹴り上げられた空き缶の様に放物線を描き、地面へと不時着した。


「かっ、ああ、おえ!」


 呼吸困難と猛烈な嘔吐感、先ほどまで少女の顔を殴っていた剣士は、無論アラムに対する文句など吐けるはずもなく、ただ地面で致命傷を負った芋虫の様にのたうち回るしかできず――。


「ああ! あああ! おぇえええええ!」


 嘔吐した。グリズは涙目でゆっくりと彼の持つ武器らしき物を見つめながら、何度も何ども首を横に振る。言葉など発さずともこれで許してくれと訴え――。

 再び、白煙と球を打ち出す破裂音と共に彼の腹にショットガンの弾がぶち込まれたのだった。

 それは作業だった。そこになんの熱量も人間らしさも感じられない。アラムはグリスという男をただ処理した。


「アラム様……殺したのですか?」


 恐る恐る、一部始終を見ていたキレスタールはアラムにそう問いかけた。救われたとはいえ、先ほどのアラムの躊躇の無さは恐怖を感じるに十分だ。


「え? あー、いや、死んでない死んでない! これ一応は非殺傷武器だからね。当たったら死ぬほど痛いらしいけど」


 などと、アラムは気絶したグリズに二発装填のショットガンを乱雑に投げつけ、本当に気絶したのか確かめながらキレスタールの質問に答えた。

 言われてみれば、気絶はしているが、グリズは二発目を腹に叩き込まれ数メートル地面をゴロゴロと転がり、止まったところで白目を剥き手がビクンビクンと震わせていることから生きている……まぁぎりぎりという言葉が頭につきそうだが、取りあえず心臓は止まってなさそうだ。


「これでもそれなりに威力低く調節したつもりだったんだけどなぁ……ゴム弾なんて初めて使ったけど非殺傷の癖してエグイなー、まぁ当たり所が悪かったらあっさり死ぬんだけどね」


 アラムにいつもの調子が戻る。どうやらこのショットガンは自分で作った物らしい。彼自身の戦闘能力は低いものの、技術者としての腕は確からしく、こういった武器を作るのは得意なのだろう。


「さてと……キレスタールさん。顔痛いだろうから休んでてって言いたいけど、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ。ごめんね?」


 青年は何か、悪戯を思いついた子供の様な笑顔を浮かべながらそう言った。





 鋭い鉄と鉄が擦れ合い、火花が飛ぶ。

 剣はその寿命を減らしながら、持ち主の灯を守らんとその身体を軋ませる。


「はぁ、はぁ、嘘だろおい。こいつ、ここまで強かったのか!」


 歴戦の男は驚愕した。昔仲間を葬った怪物と、今目の前にいる怪物の強さがまったくの別物だったからだ。


「サルジェー!」


 己を鼓舞する為、男は怪物の名を叫ぶ。震えた声には憤りと恐れが交じっていた。

 ああ、本気ではなかった。ザガの仲間を殺した時この怪物は実力の一割も出してなかったのだ。今、何度かこの怪物と剣を交え、ザガという男はその現実を確認する。


「むぅ」


 だが、驚きは彼だけのものではなかった。ザガ程ではないにしてもこの怪物にも小さな驚きがあったのだ。

 さきほどからこの砦を覆っている吹雪、これはサルジェの能力の一つだ。敵の視界を奪い。逆に自分は雪の中で武人としての直感のみで敵の位置を把握し撃破する。

 だが、この十分間誰一人としてこの砦の者はこのサルジェによってその命を刈り取られず、剣を、矢を、杖を向け生きていたのだ。


「この男、いや、この戦士たちは我が直感と同等の勘を持ち得ている……」


 怪物は、なぜ生きているのか不思議で仕方ないと言わんばかりに吹雪に紛れて移動する影を目で追う。

 先ほどからザガを先頭に、彼らこの砦の戦士はこの一メートル先が見えない砂塵の中、完璧な連携で攻防戦を行いその命を繋ぎとめていたのだ。


「堅牢なり、よく鍛えられた狼の群れを思わせる」


 怪物から称賛が送られる。嫌味でも皮肉でもない。心の底からの称賛だろう。


「だが悲しいかな。それでも尚、我らが領域には届かん」

「っ!」


 怪物の動きが変わった。剣舞から蹂躙へ、武力から災害へ。怪物がその長い長い剣を、大きく振るい強風を作り出した。

 それだけで空気中の雪が凶器と化し、他の生物の目と鼻、耳を潰す。目など開けてられず、音が耳に届かず、風に飛ばされまいと咄嗟に足が止まりその場で踏ん張ってしまう。


「……」


 静かな面持ちでザガは自らの死を覚悟した。

 喚かなかったのは彼の意地か、はたまた怪物と剣を交える中で覚悟を終えていたのか。彼はただ次にくる死の一撃を待ち続け――。


「ん?」


 ――いつまで経ってもこないそれ()を見ようと、風が少し緩まった中、恐る恐るその目を開けたのだった。


「ご無事ですか!」

「聖女さんか!」


 刃は確かにザガに向かって振り下ろされていた。それでも尚、彼が存命なのはその一撃を防ぐ堅牢な結界が彼を守っていたからだ。

 そこに、救国の聖女がいた。歴戦の戦士の前に立ち、彼女は光り輝く杖を片手に堂々と怪物と対峙する。


「その顔……よもや」


 怪物がその眼を見開く。それが、何に対しての驚愕だったのかはわからないが、それが大きな隙となり――


「――ぐっぬぅ!」


 耳を貫く爆発音と共に、鋭い一本の線が怪物の鋼と同等の赤い鱗を纏った馬の身体を撃ち抜いた。それはこの怪物にとって初めての痛みであり、先ほどまでこの怪物と戦っていたザガや砦に住まう戦士にとって信じられない光景でもあった。

 あの難攻不落の怪物に傷を付けたのだと、一体誰がと誰もがその線が飛ばされた方角に目を向ける。吹雪でよく見えなかったが、黒くて大きな影だけは数名、なんとか目視できた。


「なん、だ。これは」

「何者か?」


 驚愕は怪物と壮年の男、両者のもの。そして二発目が発射される。次は上半身の肩を撃ち抜いたらしく、赤い血が噴出した。


「ぬぅう!」


 されど、それだけで怪物は怯みなどしなかった。

 すぐさま自らを射抜いたそれを視認し、その馬脚の前足を天高く上げてから、勢いよく戦士たちの中を駆けぬける。

 速い。助走などほとんど要らずにたった数歩で全速力に到達し――。

 ――腹を撃ち抜かれると同時に、銃座の隣にいたボロ布を被っていた人影をその長い剣で貫いたのだ。


「! まさかあれは、童貞のあんちゃんか!」


 ドスンと、銃座の前で怪物がその馬体の足の膝をつかせる。

 相打ちではあるが、怪物の勝利ではあった。何しろ敵はすでにその胴体に長い剣が突き刺され、既に物言わぬ物体と化しているからだ。

 勝利を確信する為、腹部から赤い血がドクドクと流しながらかの怪物はゆっくりと剣先にいる人影をまじまじと観察し……ただ唖然としていた。


「なんだ、これは」


 剣先には鮮血を流すアラムの死体ではなく、ボロ布の隙間から間の抜けた表情のダッチワイフが突き刺さっていたのだから、そりゃあ唖然とするだろう。


「いやぁー、念の為に人形(デコイ)置いといてよかったよ。銃座壊されたらたまったもんじゃない。あれ僕の給料五か月分の高価なものだからね!」

「童貞のあんちゃん! あれ横で操ってたのあんたじゃないのか!」

「うーん、なんて説明したものか、僕って怖がりだから、いざ戦闘になると相手を冷静に狙いないと思いまして、弓とかの狙撃とかでドキドキして敵を冷静に狙えない感覚ってわかりますかね。なんで武器が勝手に敵を倒してくれる物を作ったですよ」

「武器が、勝手に敵を倒すだぁ!? なんじゃそりゃ、反則だろそんなもん!」


 自動迎撃武器をザガにもわかるようにそう説明するアラムだが、どうもザガは信じられないといった感じだ。とはいえ今はこの銃について詳しく説明している暇など無い。

 アラムは両手を上げながら膝をついた怪物へと近づく。手を上げているのは無抵抗の意思表示なのだろうが、あまりにも危険な行為だ。


「じゃあキレスタールさん。手はず通りにお願いしますね」

「承知しました」


 アラムに言われ、キレスタールは結界を張る。だがその結界を構築した場所が意外だった。

 そう、まるで傷を負い膝をついたあの怪物を守る様に、その巨体を包むように青白く光る結界を張ったのだ。


「……閉じ込めたのか」

「そういうこと、流石ザガさん、僕の考えなんてすぐ見抜いたね」

「だが閉じ込めてどうすんだ? あの怪物、すぐに傷を治して俺らを襲ってくるぞ」

「まぁ、それは見ていてください」


 適当に話を切り上げ、アラムは結界に閉じ込められた怪物の顔をじっと見る。

 一方怪物は目の前にいるアラムをじっとその黄色に染まった人外の目で見据えるのみだ。


「えーと、うん。理性を感じられる顔だ。その、質問していいですか?」

「いかようにも、敗者は勝者に従うが常」


 その返答が意外だったのか、アラムはキョトンとした表情を見せる。彼にはなんとなくわかっていたのだ。この怪物がその気になればキレスタールの結界を破りすぐさま自分を肉片に変えれると。

 大体この怪物に打ち込んだのは対物ライフルだ。人間など撃てば肉片になって空気中に脂肪と血と肉片をまき散らす肉塊を作り出す化け物銃で、基本的に生物に撃っていいものではない。アラムが召喚できる銃の中で最強の威力を誇る銃だろう。

 それを受けて銃創(風穴)を作る程度で済んでいるのだから、この怪物の頑強さは底が知れない。身動きを封じた状態でも、人間がこの怪物を殺せる保証すらないのだ。

 なのに、それほどの超生物が清く負けを認めた。それが彼にとっては不思議でならなかった。


「その気になれば結界を破いて僕を殺せるでしょうに?」


 素直にそう怪物に訪ねるアラム。するとサルジェはふっと笑いこう返したのだった。


「確かに、だがそれは武人の行いにあらず」

「武人?」

「左様、頭を撃ち抜いておれば我はすでに絶命していた。それをしなかった相手を見下し斬りかかるは武人にあらず。剣を仕舞い礼を持って相手の真意を確かめるのが武に生きる者がすべき行いであると我は考える。では、そちらの真意を聞こうか」


 自らの考えを見抜かれ、アラムは思わず参ったなぁと言いながら照れ隠しか、頭を掻いてから似合わない神妙な顔を作る。相手が自らを武人というのなばら、それに相応しい礼節をもった対応がしたかったのだろう。


「……最初、貴方は僕らに言いました。問う、対話か、闘争かと」

「左様、そう問いを投げた」

「えーとですね。僕が望むのは問いと言えば……今からでも話し合ってくれますか?」

「……ほぅ」


 控えめに、恐る恐るアラムから絞り出されたその言葉に、怪物は、サルジェは今日一番の驚きを見せたのだった。



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