第五章「死んだ彼女に想いを告げ続ける」 十三話
ギャレンとの通信が途絶えたのは、彼が骨削り姫に交渉を持ち掛けた直後であった。
あの激闘で臨界へと踏み入れた代償か、いきなり気絶したらしい。
通信機からどさりと人が倒れる音がした瞬間に、それはもう青年は慌てふためいていた。数秒の硬直の後、それはもう騒いで騒いで取り乱して慌て、さてどうしようかとドタバタしながら考えた後に……隣でその様子を見ていたバルバット国王に助けを求めたのだ。
国を救ってくれた恩人の頼みとあらばと、国王の指示でトラヌ王国ご自慢の竜騎兵が最短で現場へと急行。しかしそこには体の下部が空の青、上部が黄金砂漠の金色の保護色をした中型竜の群れに群がられていた。戦闘中に割り込んできたあの飛竜である。
これはもう、こいつらに骨も残らず食べられたかと救助隊が諦めかけていると、中型竜の群れが彼らの乗っている竜を見た瞬間に、捕食者がやって来たと思い飛散していき、骨の壁に守られた二人の無事を確認したのだった。
――そう、二人である。
どういうことなのか、敵だったはずの骨削り姫がギャレンを守っていたのだ。
「貴様らが実は仲間で一芝居うち、この国に取り入ろうとしたのではないか!?」
「ち、ちちち、違いますけどぉ!」
なので、アラムたちにこのように変な疑いをかけられているところであった。
今、青年たちがいるのはトラヌ王国の王室で、時刻はすでに夕方。あの激闘から半日ほど経った時刻である。
青年と二時間ほど前に目が覚めたギャレン。それとキレスタール。いつもの三人。そして……グルグルに縄に縛られてシュンと落ち込んでいる骨削り姫がそこにいる。骨削り姫がいつ暴れていいように腕利きであろう兵士が五名彼女を取り囲んでいた。
ここで王が来るまで待て、と言われてすでに一時間。その待ち時間をたっぷり使い、王の側近であるこの老臣に問い詰められているところでなのだ。
「それに見た目も扱う術も何もかもが怪しいのだ! この老い耄れが知り得ぬ秘術などそうあるものではない! 何者か貴様らは!」
「ふわぁ~、爺や。この国に取り入るのにそんな大掛かりな芝居はしないだろうに。あんな攻撃ができるということは襲撃者が骨削り姫の本物で間違いない。それに術者本人に呪いがかかる死者を蘇らせる太古の禁術まで使って取り入るほどこの国に価値は無い。あー、それと俺の国にようこそ旅人諸君。この国を救ってくださり感謝する」
と、なんとも緩い感じで側近にそう説明しながら部屋の入口から欠伸をしつつ入ってきたのはバルバット王だった。そしてそのまま疲れているのか、どさりと玉座に座りため息を吐いて暫く変な姿勢でだらけてから、部屋の状況を確認する。
「さぁてぇ……というか、骨削り姫の縄を解かないか。“無駄”だ」
王にそう言われて見張り達が目を見開き明らかに狼狽える。そんな彼らの気持ちを代弁するように、先ほどまでアラムに疑いの目を向けていた老年の大臣が偉そうにふんぞり返っているバルバット王に意見した。
「お言葉ですがバルバット王。この者はこの国に弓を引いた大罪人。縄を解けなど――」
「効果があるなら俺とて文句はないさ、無意味だと言ってるんだよ爺や。トラヌ王国国王、バルバットの名をもって許す。英雄ドラゴノス伝説に伝わりし骨削り姫よ。縄を解き楽にするが良い」
それを聞いて皆がキョトンとした後、髪止めを解く様に骨削り姫の縄が突然切れた。思わず見張りが剣やら槍を構える。物々しい雰囲気の中、骨削り姫のヒラヒラとドレスの袖を踊らされている右腕の部分に、骨がするすると蛇みたいに集まってくる。
縄を切った正体はこれらしく、そしてそれは骨だけの右腕を形を作った。
「ドレスに武器を隠し持っていたのか……」
ポツリと青年が正解を言い当てる。すると、おもむろに小さく骨削り姫が動くと、いよいよ見張りの男たちが武器を持つ手に力を籠める。
「おい止めろ止めろ。その婦人を怒らせれば今度こそこの国が終わるからな。俺は責任取らねぇぞ? まぁ死ぬから責任の取りようがねぇってのが正しいが」
王の諦め半分の忠告が部屋に響く。罪人として扱うな、敵意が無くなったなら丁重に扱い毒気を抜け、絶対に機嫌を損ねるな。バルバット王はそう言いたかったのだ。
失敗に気が付いた老年の大臣はたじろぐ、この女がその気になれば全員ここで殺される。
だが骨削り姫は優雅な笑みのままドレスの裾を両手で摘み、片足を後ろに引いてそれは優雅な一礼をした。
「お初にお目にかかりますわ。皇帝ドラゴノスの妻が一人、ブリュンヒルドと申します」
全員が呆気にとられた。そこにドラゴノス伝説に伝わる稀代の悪女はいない。ただ美しい黒の婦人がそこにはいる。
刺々しかったあの老年の大臣ですら言葉を失う。誰もが静観する中、バルバット王のみが返答をした。
「……実に丁寧な挨拶だ。痛み入る」
「ええ、挨拶は大事だとドラゴノスが言っていたもの」
「それで、なぜこの国を襲撃したのか、語ってはもらえないか? 奇跡的に死人は出なかったが、それなりに損害は出たんでなぁ?」
ネチネチと責めるようにバルバット王は言う。機嫌を損ねるなと言ったわりになんとも強気な態度だ。
「ごめんなさい。暗示にかけられていたの。ドラゴノスが現れたり消えたりして、私に色々と言っていたのよ」
「そ、そんな話など信じられませぬ! バルバット王よ! これ成る女はドラゴノス最大の災厄! 多くの男を殺し骨を削ったとされる骨削り姫なのですぞ!」
「まぁ恐ろしい……人間の骨を削るなんて」
老齢の大臣にびしっと指を指された当の本人は、呑気にそんなことを呟く。
「い、いや何を言っている! 貴様はドラゴノスの冒険にて災厄を振りまいた悪女であろう! 英雄ドラゴノスでさえ手に負えず、最後に終焉の竜に殺させたのであろう!」
「そう言われても困るわ……人の骨を削ったことなんて……いえ、自分の腕の骨は終焉の竜との戦いで武器に変えましたけど、自分の骨ですし、いいですわよね?」
そう言って、宙に浮く骨だけの己の右腕を悲しそうに眺める骨削り姫ことブリュンヒルド。その腕に、どんな物語があったのか。多くを語らないまま、彼女は続けてこう言った。
「しかし、ええ私は悪女なのでしょう。何しろ母殺しをしましたから……幼くから竜骨魔術を使えた私は化け物として扱われ、子も産めぬ体だと知られると、貴族の娘として利用価値も無いとされ、己の母に殺され掛け抵抗し……」
「そ、そら見ろ!」
「でも、ドラゴノスは受け入れてくれたわ。母殺しをした私を、愛してくれた。だからあの人の悪口は止めてくださらないかしら? あの人は私を終焉の竜などの贄にしなかった。あの人の愛は深く、正しいの。どうか……あの人の愚弄だけは私の前でしないで?」
不愉快だ、と言わんばかりに声を冷たくしてそう言い放つ。先の言葉を自身への悪口よりドラゴノスへの侮蔑だと受け取ったらしい。
「し、しかしドラゴノス伝説に数々の試練をかの英雄に与えたと現在まで伝わっているのですぞ! 母殺し以外にも何かしでかしたはず!」
しかしその殺気を受けてなお、肝が据わっているのか鈍いだけなのか黄金砂漠の老臣はそう言い放つ。長く伝えられた説、というものはそれだけで信憑性が増してしまうというものだ。たとえ、本人がそれを否定しようとも。
さて、そう言われブリュンヒルドは指を顎に当てなにやら考え出す。そして何か思い出したかのようにしょんぼりとしだした。
「確かに他にもあったわ……でもあれはドラゴノスが初めにやり出したことで、あの人が誘惑するのが悪いのよ?」
いったい何のことを言っているのだろうか? アワアワとそう弁明する彼女は稀代の悪女には到底見えないのだが、何かはやらかしたらしい。
「ほら! そうだ! やはり骨削り姫は稀代の悪女――」
「つまみ食いは私たち王妃たちの間では冗談めかして死罪だとよく言っていたのだけど……でも黙って他の皆もしていたわ! それに、えーと、時効、というものがあるのよ? 大体三日ぐらいで時効とドラゴノスは言ってたわ。ドラゴノスがそう言うならそうなのよ!」
そう言われ、皆が皆目を丸くする。つまみ食い、母殺しの次に出てきた罪状がそれである。あまりにもギャップの高低差に感情が追い付いていない。
「えーとぉ……多分と言いますか、この人割と善良なのでは?」
と、あまりにも可愛らしいことを言うので、必死につまみ食いの回数を指で数えだしてこれだけしかしてないわ! というブリュンヒルドに、アラムがそう弁護する。
するとバルバット王も口を開いた。
「まぁ、まずは我が臣下の非を詫びよう。しかし誤解だと弁明させてほしい。ここにいる誰もがこの世界の基礎を築いた英雄ドラゴノスには敬意を持っている。爺やもドラゴノスの伝説は好きだろうに?」
「い、いやまぁ、そうですが」
「それに、ドラゴノスは我が遠い祖と伝え聞く。偉大なる我が祖をどうして嫌おうか」
と、それを聞いた瞬間ブリュンヒルドはキョトンとした。アラムとギャレンも驚く、ドラゴノス帝国の皇帝ではなく黄金砂漠を旅した先にあるこの国の王が、ドラゴノスの血を引くなどと思っていなかったらしい。
「伝説では我が遠い祖である大祖母はドラゴノスと結婚した黄金砂漠の大娼婦と呼ばれる女王。なので――」
「大娼婦? 真面目なあの子が? まぁまぁ、吟遊詩人にも困ったものだわ。私だけでなくてあの子さえも変な呼び方をして、ドラゴノスがそんなの聞いたら暴れるわよ」
と、話の腰を折る形でブリュンヒルドがそう呟く。先ほどの話といい、現在までに伝わるドラゴノス伝説は随分と脚色されているらしい。
それにプリプリと怒っていたブリュンヒルドだったが、バルバット王をじぃーと見始めて、まぁまぁまぁと骨と生身の手を合わせて飛び跳ね始めた。
「でもそう言われてみればどこか似てるわ! 顔つきはあの子に、目はドラゴノスね。ああでも。あの子とドラゴノスの子が王位を継承したのなら、あの砂漠の王様は子宝に恵まれなかったのね。それは残念だわ」
と、なにやら勝手に話して勝手に納得して、目の前にいるバルバット王に興奮し嬉しそうにしている。
「でも、そうならばあなたは私の子も同然だわ。私、子供は産めない体だけれど子供は沢山いたの。ドラゴノスのたくさんいたお嫁さんの子供は全員、私の子だって皆、言ってくれたわ! だからあなたも私の遠い孫ということよね!」
「骨削り姫がこんな……稀代の悪女ではないのか。ドラゴノスの寵愛を受けたいが為に姦計の限りを尽くしたはずなのでは……」
と、老齢の大臣がショックを受けている。幼いころから伝え聞いたドラゴノス伝説の悪女が、こんな善良そうな女性だと知り、頭を抱えていた。
「そんな……私はただみんなと一緒にいられたらそれだけ良かったの。あの人を独り占めしたいだなんて思わなかったわ」
そんな老臣の独り言みたいな嘆きを、ブリュンヒルドが拾う。そして、なんとも儚い顔で……こう付け加えた。
「だって、私はドラゴノスの宝箱の隅でもいいから……いたかったのよ」
……ドラコ―かぁ……石、溜めないとなぁ。




