第五章「死んだ彼女に想いを告げ続ける」 八話
ゆったりとした速さでその竜車は進んでいた。
コルネ村で荷物を全て売りさばいた荷台には、アラムとキレスタール、それとギャレンの三名が乗っており、年季の入ったくたびれた帽子をかぶる商人が眠いのか、あくびをしながら竜車を引く中型竜を操りつつとある商業道を進んでいた。
あのビキニアーマー事件という珍騒動からの翌朝、ドラゴノス帝国へと一人飛んでいったガウハルと別れ、アケル王国の国境沿いに位置するコルネ村をアラムたちは出立したのだ。
現時刻は夕刻、ルアネを目撃したであろう商人が途中までアラムたちと行先が同じということで、この竜車に乗せてもらっていた。
その道中。キレスタールとギャレンは何かを熱心に会話をし、それを聞き流しながらアラムが竜車に揺られながらも難しい顔で機械らしき物を弄り、頭は掻きむしってから端末で何かを読み漁りまた作業に戻るということを繰り返していた。
と、ギャレンとの会話を中断して、少女が青年を心配そうに眺める。その原因はしごく単純だった。
「アラム様、少しお休みになられては? 昼食も食べずにずっと作業をしているではないですか……」
「えー、あー、うん。いや、確か昼食は食べた……はずだよ。えー……あれだよあれ、コルネ村で買っておいたケーキみたいなの。糖分入れないと頭動かないって思って」
今日の昼食に何を食べていたのかすらすぐに思えだせないほど作業に没頭していたアラムは、そうキレスタールに返答する。
「いつの間にお食べに……会話に夢中で気が付きませんでした」
「そりゃあ作業しながら手早く食べたしね。時間にして十秒ぐらい? まぁー、船でも僕は部屋ではこんな感じなのでそんなに気にしないで、流石に食べないと旅に支障が出るのはわかってるから、夜はまとまった量を食べるますよ?」
そう青年が語るも、いつも無表情なはずの少女は少し困った顔で青年を見つめる。と、横にいる屈強な男までもが少女と同じような顔をしていた。
これにはアラムも苦笑して、いったん作業を止め会話に本腰を入れ始めた。
「ああいや、ごめんね? 心配してくれたのに空返事をして……でもばかぁ、戦闘時はお荷物だからさ。こうして開いてる時間にちょっとでも二人のサポートをできるように、色々としておきたいんですよ」
自身は弱者であると青年はそう肝に銘じている。この竜が支配する過酷な世界においては尚更だろう。だからこそ、戦闘以外で力になろうとしているらしい。
「そういうのでしたら止めはしませんが……そういえば、先ほどから一体何をしているのですか?」
「バイトとの通信回復作業、かな。ディザスターがこの世界にいるなら諦めるけど、あくまで成りかけだし、どうにかして船との通信障害だけでも回復させたいなって、あとはサンプルを人工知能に突っ込んで結果が出たらあれをして、うん自分でも何してるかわからなくなってきた」
「そうなのですか……」
「あー、あとこれはダメ元だから言うつもりなかったけど、実は通信機弄り出したのはついさっきで、今日一日はギャレンさんの強化に費やしていたんです」
そう言われ、隣で心配そうな顔をしていたギャレンがきょとんとした顔つきに変わった。まさか青年が今日一日、自分の為にせっせと何かを弄っていたとは思いもしなかったという顔だった。
「愚生の為に?」
「そりゃあ、この三人の中での最高戦力はギャレンさんですし。具体的に言うと僕の使っているパワードスーツ、筋力を増強する服とでも言えばいいのかな? あれの予備を分解してギャレンさん用の装備にあ変えました」
「い、いや! 予備とは言え大事な物だろう。あれは貴殿の命綱、魔術の使えないアラム殿が戦闘時逃げ延びる為の手段だろうに!」
「ああ、その心配は無用です。実は予備はたくさんあるから気にしないでください。この世界に来る前の仕事で大量に手に入ったので」
この青年が隠し持っていた大量のパワードスーツは、前回の撹拌現象を起こし文明レベルのバランスが大いに崩れた世界での戦利品である。あの戦争で回収された装備の大多数は取られたが、あの魔王様が交渉の末勝ち取った空飛ぶ小型艇の中にあった物はほぼ青年の私物なので、その中にびっちりと格納されていた物を有効利用したという訳だ。
「まぁ、バラしたのは改造の参考にする為にバイトで作られている工業用パワードスーツですがね。データは大分前に全て取りましたし、虎の子と言えば虎の子ですが、現状はギャレンさんの装備に変えるのが一番有効な使い方ですから……うん、そうなんです。僕にそう思わせてください! あれけっこう……いや、言いませんとも」
「あ、ああ。なんだかすまない……その、それは高額なのだろうか?」
「はは、ははは……三か月分」
と、死んだ目で乾いた笑い声を絞り出すアラム。きっとその工業用のパワードスーツとやらがさぞお高い値段だったのだろう。具体的には最後の一言から彼の約三か月分の基本給分と推測される。
「やめましょう……お金の話はやめましょう! 最後の最後にはいい感じに忘れて大団円を迎えたいんで! ばかぁ、なんの憂いも悔いも無く、笑顔で船にギャレンさんとルアネさんを連れて帰るんですよ! で、そちらは一体どんな話をしてたんです?」
無理やり話題を変えるアラム、もちろん現実逃避の為だ。
「実はこちらもアラム様と似たような内容の話でして……しかしアラム様のパワードスーツをギャレン様が着られるのであれば、その問題は解決しますね」
「あー……絶対に止めといた方がいいですねぇ」
苦い顔でそう返答する青年に少女が首を傾げた。
「身体強化の魔術を使用してそのうえで筋力を増強する衣服を着れば、それはもう凄まじい戦闘能力になると思うのですが……てっきりアラム様はそう考えてその作業をしていたのかと……」
「いや、僕がしていたのはパワードスーツを小さくバラして関節の負担を減らす為のサポートアイテムを作ってたにすぎないんだけれど……」
「そうなのですか? ギャレン様がその不思議な衣服を着ればそれはもう凄まじいことになるのでは?」
「それなんだけど、大昔にバイトで似た内容の実験をしたらしくてね。強力な身体強化魔術とパワードスーツを同時に使ったら、人間の体なんて負荷に耐えられなくて爆発四散したらしいんだ。モザイクだらけの動画で、インパクトが凄かったからよく覚えてるよ」
超強化による自壊、無理をして得た力には当然のように代償があるものでギャレンもその例外ではない。
「ミュールドラゴンでしたっけ……ドラゴノス帝国で倒したあの竜と戦った時、ギャレンさんは自身に身体強化だけでなく硬化と回復の魔術も自身に付与してたのを見た時、もうギャレンさんの身体強化魔術は体を壊していくレベルのものだって思ったんでこれを作ってました」
「……ギャレン様。それは、本当なのですか?」
青年の推察に、そうなのかとギャレンに確認する少女。それに大男はおずおずと頷いた。
「キレスタール殿、隠していて申し訳ない……実は冒険者としていた時、ルアネに回復魔術の教えを乞うた時、正直に訳を話したのだが、怒られ回復魔術の基礎ぐらいしか教えてもらえなかったことがあったのだ」
「……そんな無茶な戦闘スタイルは変えるべきだとルアネ様ならば考えるでしょう。私めもそう思います。体が損傷するほどの身体強化など、いずれ破綻してしまいます」
「ああ、その通りだ。だが今はそんなことは言っていられない。アケル王国に戻った時、愚生は敵に手も足も出なかった。すでに身体強化の魔術の出力は上げられる。硬化魔術も訓練すれば更に強化できる感覚はある。だが、回復魔術が……駄目なのだ」
その言葉に険しい顔つきになるキレスタール。見るからに反対の意思を感じられる。
「うん、ならギャレンさん。僕に任せてくれるかな」
だがアラムはあっさりとギャレン強化案を受け入れた。それに思わずキレスタールは珍しく青年に非難の目を向ける。
「キレスタールさん。気持ちはわかるけど、僕らは今ギャレンさんの力に頼るしかない。キレスタールさんは防御と回復、ギャレンさんが攻撃、そして僕はちょっとしたサポートしかできない。だからギャレンさんが敵に有効打を与えられないとその時点で僕らは詰む」
「ですが……今回の戦いは大丈夫だとは思いますがいずれは――」
「いや、船に戻ればギャレンさんの負荷を無効化できる装備も探せばあるはずだし、今回の戦いで肉体を損傷してもバイトの医療技術は凄まじいから治療も望めると思うんだ。まぁ、残念ながら今の僕ではどうにもできないけども……すみませんね?」
「……」
「もちろん治るから無茶させていいとはならないけれど、ルアネさんを助けて世界崩落の災厄になりかけてる終焉の竜討伐を成すには、多分ガウハルさんとこの世界の連合軍だけではまだ不足だと僕は思います……なので最短の方法でギャレンさんを――」
「アラム様、もうわかりましたから……」
もういいと、少女は言葉尻が消えかけた言葉でそう示した。
青年の言うことは正しい。少女とて一度は終焉の竜と対峙しその力は知っている。だがこの二人は無茶をする。ギャレンはルアネの為ならば命を投げ出しかねないし、アラムはそもそも、そう“精神構造”ができている。
自らがブレーキ役になるしかないと思っての忠言だったが、こうも理詰めに説明されては反論できなかったのだろう。
「だがアラム殿、失礼ながら貴殿は回復魔術には精通していない。このままキレスタール殿に教えを乞うしかないのでは?」
「いえ、キレスタールさんの回復魔術とギャレンさんの回復魔術は技術体系が違う可能性が高いです。そもそも別の世界の魔術ですし、同じ可能性の方が低いですから」
「ではどうやって?」
「先生を作るんですよ」
「あー……それは、一体……どういう?」
まったくわからないといった表情で固まるギャレン。と、そこで彼らを運んでいた竜車が止まった。するとくたびれた帽子を被った商人が荷台へと顔を覗き込む。
「着いたぞ……こっからがサハラジェへと行く道だ」
言われ、キレスタールの目に二手に分岐した細い道が目に映る。これが他国へと続く道と言われなければ、わからないほど粗末な道だった。
「ここまで運んでいただき、ありがとうございました!」
「……あんたらぁ、たった三人で砂漠越えするのか?」
「え、はい」
お礼と返事を言う青年に、くたびれた帽子を被った商人は帽子を深々と被ってから、大きな溜息を吐いてみせた。
「なぁ、コルネ村で金貰ってここまで運ぶって話になった時も言ったがなぁ……砂漠超えなんてやめとけ、おめぇら死にたいのか?」
「危ないとは聞きましたが、でもいかないといかないんです。その探している人が知人なのかもしれないので」
「はぁ……俺が見た黒竜姫か? 偶然竜の大群を殺し尽くすところを見たがぁ……なんていうか恐ろしかった。ありゃあ、人間の形をした悪竜か何かもしれねぇぞ」
「いやぁ、驚かさないでくださいよ。だいたいそんな人型の悪竜なんている訳ないでしょう」
「いやまぁそうだがよ……ま、せいぜいしぶとく生き残れや。じゃあな」
その言葉を最後に、くたびれた帽子の商人は三人が荷台から下りてから、再度ゆっくりと竜車を発進させる。別れ際にキレスタールとギャレンもお礼を言って見送った。
それからの短い話し合いの末、日が暮れたので今日はここら辺りで一夜を明かす運びとなった。
「僕、今日は薪拾いでもしてきましょうか?」
「いや、ここら辺の害竜の分布には詳しくない。厄介なのが出れば危険だ。キレスタール殿と愚生に任せるがいい」
「じゃあ僕、ギャレンさんのコーチを作っときますね」
コーチを作る。そんなアラムの意味不明な発言に大男と少女は顔を見合わせつつも、薪拾いと料理の準備に取り掛かる。
――まさか。このアラムの軽い言葉からあんな意味不明なアイテムが生み出されるとはつゆとも知らずに……。
「あ、あのぉ、完成は……しました」
今晩の料理ができる前であった。
アラムはそっと何か腹の立つ笑顔の人形を手に持って、そうスープを煮込むギャレンに告げた。一方で料理をしていたギャレンと皿配りをしていたキレスタールはピタリと動きを止める。
「何がですか?」
報告に質問で返したのは少女であった。ふとその顔で少女が青年が見れば、すでに暗い中で焚火の灯りが、彼女の宝石とも呼べる綺麗な髪の中で煌めかせている。
「え、いや……ギャレンさんのコーチができました。これ、昔船長に貰ったダイエット教官っていう喋る人形なんですけど、雑ですけど改造しまして……」
ダイエット軍曹という面白ワードにますます意味がわからないという表情を作るアラム以外の二人、当然の反応だろう。
アラムがギャレンの回復魔術を手ほどきする何かを作ったことだけはその言葉から理解できる……のだが、あの人形がそれだと正常な脳が認識してくれなかったのだろう。見事に固まっていた。
「アラム殿……ダイエット軍曹、というのは?」
「僕がバイトに乗るか乗る前に流行っていたお笑い芸人で、この人形はその芸人をモチーフにした人工知能を搭載した人形なんです」
「……ああ? うん。そうなのか」
「はい、で、僕の恩人であるファナール船長という人が多忙で体重が増えて、ダイエットをする為に買ってきたんですがそもそも忙しくてダイエットする暇が無いと言いながら僕に押し付けてきた物なんですが、僕もいらないものなので召喚システムの奥深くに封じられてたのを今、取り出しまして、改造し終わったところです」
「……すまない。愚生ではほとんど理解できなかった。手短に頼む」
「まぁ、簡単に言えばギャレンさんの訓練を補助してくれる人形です」
微妙な空気と間が流れ、ギャレンの熱い視線がダイエット軍曹人形なるものに注がれる。
「それは、喋る……のか?」
「もちろん喋りますよ。今、電源入れますね」
アラムが背中にあるスイッチを入れると、人形の顔が周囲を確認するように左右に動く。人間の顔をデフォルトにしたおっさんの人形は、キレスタールとギャレンを見た後、勢いよく口を開けこう言い放った。
「やぁ諸君、この俺はあの有名なダイエット軍曹! お前たちをビシバシ鍛えていくからな!」
有名とか言われても知らないものは知らない。少女と大男は「お世話になります」と喋る珍妙な人形にぎこちない返答をする。
「よーし、じゃあまずは俺の可愛い部下よ! 自己紹介を頼むぜ!」
そう言うダイエット軍曹。教えを乞う者は強制的に部下扱いらしい。
「あ、初期のマスター登録です。ギャレンさんお願いします」
「む、愚生はギャレン、ギャレン ヴァイス。アラム王国が白竜家の末子だ」
アラムに急かされてダイエット軍曹の眼を凝視してから、ギャレンはそう自己紹介した。
「マスター登録を完了しました。ギャレン ヴァイス氏をマスターと認めます」
先ほどまでの鬱陶しいノリを引っ込め、機械的な音声でそう告げるダイエット軍曹。悲しいかな生産コストの関係なのか細部まではこだわって作られていないらしい。
「じゃあ早速訓練だ! いいか新兵、回復魔術に必要なのは上腕二頭筋と腰回りの筋肉だ!」
「なるほど、上腕二頭筋と腰か」
素直に信じるギャレンさん。そしてこれはなんですかと言いたげに顔を引きつっているアラムの方を見るキレスタール。これは大惨事だ。
「すみません! なんか交じっちゃってます! ダイエットの知識と回復魔術の知識が融合してますぅ! ごめんなさい、失敗しました!」
頓珍漢な発言をするダイエット軍曹を慌てて回収しようとするアラム。だがギャレンは彼の手を引っ張り、名残惜しそうな顔をしていた。
「アラム殿がせっかく作ってくれたんだ。良ければそれを頂けないだろうか?」
「え、いや、まぁ欲しいならあげますけど、なんかバグってますよ? こんなの未来でアラム君が生み出してしまった負の遺産と語り継がれるであろうとんでも呪物ですよ?」
「喋る人形というだけでも愚生にとっては奇跡の産物だ。きっとルアネに見せたら驚いてくれるだろう」
なるほど、ルアネに見せたいらしい。青年から人形を受け取ると、まるで小さな子供を膝に乗せるようにしてギャレンは焚火に当たり始めた。
「感謝するアラム殿、では夕飯にしようか」
ニコリと爽やかな笑顔と共に、ギャレンは木の更にスープを入れ始めた。少し肌寒い空気の中、湯気を立ち上らせるそれは青年と少女にとって黒い夜空にぽつんと光る一等星か何かに見えたらだろう。
ふと、青年が空を見上げた。雲が少しあるがその隙間からは色とりどりの大きな星々が姿を覗かせていた。
「空、綺麗ですね」
「子供の頃、愚生もよく星空を見上げていた」
ぽつりとこぼした青年の言葉を、大男が拾う。その目はすでに赤く光る星々の海へと向けられていた。
「ああ、そうだ。この前の約束を果たすとしよう」
「約束ですか?」
はて、と少女が目をぱちくりさせる。ギャレンの過去を寝物語にでも語ると言った時彼女は眠っていた。知らないのは当然である。
「寝付けぬ夜、アラム殿と二人で話した時に昔話をすると愚生から申し出たのだ。いい機会だから今から語ろうと思う」
風向きが変わり、青年の目に少し白い煙が漂ってきた。それを煙たがったのか、アラムがいそいそとキレスタールの隣に移動してから、話が始まった。
「それはそう、あれは――」
「ダイエット軍曹の過去は聞くも涙の波乱の人生である! とにかく売れない時――」
と、いきなり話の腰が折れた。なぜかダイエット軍曹が話に横入りしてきたのである。アラムは溜息を吐きながら、無言で立ち上がりギャレンからダイエット軍曹を受け取り背中のスイッチを消した。今の雰囲気にあの煩い声は似合わない。
「ごほん、もう一度切り出すとなると少し勇気がいるな……」
「まぁそう言わず、ギャレンさんの子供の頃はどうだったんですか? 今と変わらずムキムキだったんですかね?」
「いや、骨と皮としか言いようがなかったと思う」
気を利かしてアラムの合いの手を入れたが、返答は思いの外、物騒というか物々しいものであった。
ギャレンの性格なら、ルアネ以外で話を大きく盛るようなことは言わないだろう。ならば言葉通り彼の幼少時代は随分と痩せこけていたのだろう。
「えーと」
「む、すまない。いきなり話を暗くしてしまったな。貴族では……ああいや、この世界の貴族の一部にある習慣というか伝統で、末子はぞんざいに扱われやすいのだ」
当たり前のように、ギャレンはそう語る。思えばアケル王国で会った彼の兄は実の弟を奴隷か何かの如く扱っていた。
それを考えるに彼の幼少時代は家族からあまりいいように扱われていなかったのは、アラムでも容易に想像できた。
「貴族にとって長男や次男に比べて末子は存在価値が薄い。先に生まれた子供の優越感を満たす為に差別されることもある。例えば食事の時、よく愚生の物だけスープに具が入っていなかったり、などまぁ、よくあることだ」
それに飢えない程度に与えられていたぶん、我が家はマシだったと言葉を付け加えられた。
「そういうものだと受け入れていたのだが、ある日から筋肉をつけなくてはならなくなった」
「え……筋肉?」
唐突な筋肉、という単語に困惑するアラム。しかしギャレンは大真面目らしくその表情に笑みはなかった。
「ある日のことだ。アケル王国の王城は白竜家と黒竜家の敷地が左右にある形なのだが、愚生は王城と白竜家の敷地の間で暇を潰していた」
なんでそんな所に、というのは野暮だろう。おおよそ虐待をしていた家族から逃げてそんな場所に非難していたと推測できる。人の目があれば暴力も少しは軟化したのだろう。
「するとだ。特に何もすることが無く、時間が経つのをひたすら待っていたのだが、ふと窓の外を見るとそこに麗しい人影が見えたのだ!」
と、露骨にテンションが上がるギャレン男子。青年と少女は目を細めた表情で既にその人影がルアネだと確信していた。
「それがルアネとの初めて会った時の記憶だ。愚生はその時にこんな美しい人がこの世に存在しているのかと――」
それからは長かった。もんの凄く長かった。いかに幼少の頃のルアネが可憐で美しかったのかギャレンは言葉を尽くして語った。その間にモグモグと口を動かしスープを消費していく二人。
すると十分ぐらいたった時、まだ語り足りなさそうだったが我に返って咳ばらいを一つし、大男は停滞していた話を再び動かし始めた。
「ごほん、でだ。まぁ一目ぼれをし、愚生は告白することにした」
「……んー、なんて?」
「いや、告白だ。結婚を前提に付き合ってくれないかと綺麗な花を積んでこう、片膝を付いてだな」
「へぇ!? その時ギャレンさんは何歳だったんですか?」
「十歳になる前だったか」
「行動力! 行動力の化身過ぎる!?」
それぐらいの子供はこう、異性に対して俺、全然気にしてないしとか言って変な拒絶反応をみせるものでは、とアラムは目をくわっと見開いて力説するも、ギャレンからは賛同を得られなかった。昔からこの脳筋男は思考回路が常人とはどうも違っていたらしい。
「で、まぁ見事にフラれた訳なんだが」
「あ、そこの話を詳しくお願いします!」
なぜかテンションが上がるアラム。それを横目で悲しき生物を見る目で眺める少女。基本、この青年は誰かがフラれたとかいう話が大好物なのであった。
「ああ、一世一代の告白は私より弱い男に興味は無いと言われてあっさりと袖にされた。そして、愚生は決心したのだ。強くなろうと」
「ふと思ったのですが、子供の頃のルアネさんってどれぐらい強かったんですか?」
「一度、兄上たちが三人がかりでルアネ殿の弟君をリンチした時、駆け付けたルアネに一瞬で返り討ちにされ、城にあった塔が一つ崩壊したことがある。人は死ななかったが大騒ぎになった」
「おう……喧嘩の二次被害がダイナミックすぎる。過剰防衛が過ぎませんか? 相当問題になったでしょうに」
「いや、そうでもないさ。白竜と黒竜、アケルの二大貴族は政敵として長く仲が悪く、いざこざはそう珍しくなかった。よくあること、として処理はされたと思う。まぁ、流石に塔一つ消えるのは珍しいが、そこはルアネだ。古く改修しなければ危険な塔を選んで消していた」
「小さい頃から賢かったんですね~。あれ、賢いのかなぁ?」
「ああ、才女、天才、神童と呼ばれていた。兄上たちもそれが面白くなかったのだろう。しかし本人に喧嘩を売る度胸も無かったので、その弟君に手を上げたのだと思う」
ヴァイス家とシュバルツ家、ギャレンの家とルアネの家の関係が悪いのは初耳である。そういえばアケル王国で戦ったその家の祖先であるあの二名はあまり仲が良さそうには見えなかった。祖先から受け継いだ気質なのだろうか?
「ということはギャレン様とルアネ様は禁断の恋、というものをしていたのですね」
と、少女がそう語る。年相応に恋の話に興味がある……のではなく実に感情の起伏が無い淡々とした口調だった。
「えっと、キレスタールさんどこでそんな言葉を覚えたの?」
「カーイン様が身分違いの恋、というものについて熱く語られていたものですので。私めの故郷にも似たような話はありました」
まるでロミオとジュリエットだ。似たよな物語はどこの世界にもあるらしい。
「カーインさんもどこかの政敵の家系にいるイケメンのことが好きなのかな?」
そしてそんな感想を漏らす朴念仁。まぁそれはさておき、とにかくギャレンはルアネに私から弱い男に興味は無いわ、と言われたらしい。
「そんな才女に愚生が勝とうと思えば、長い期間を鍛錬に費やさなければならなかった。だが愚生には戦闘の才能が無かった。魔力も人並以下、ヴァイスの得意魔術である結界術や回復魔術は使えず、辛うじて身体強化魔術ができるかできないか、といった具合だ。剣や槍、果ては棍棒も試したが見込み無し、と自身でそう判断したのだ」
才能の塊であったルアネの逆である。よくそんな状況で諦めなかったものだ。
「なので愚生は山に籠り、己が肉体を鍛えることにした」
「……はい?」
「ヴァイス家の裏には広大な山が私有地であり、人の手が入っておらず――」
「いや、待ってください!? 山! 山って言いましたこの人!? なんで山!?」
小さな男の子が一人で山に籠る。しかもギャレンの話によると骨と皮で痩せ干せた子が、である。自殺行為だ。特に竜がそこらにいるこの世界では尚更だろう。
「食料確保の為だ。昔ヴァイス家お抱えの料理人がいて、その娘はメイドの様なことをしていたのだがよく腹をすかしている愚生に二人して食料を内緒で恵んでくれていた。しかしいかんせん我が父には内密、それに自分の食い扶持から恵んでくれていたので、とにかく量が足りなかったのだ」
この男は子供の頃に強くなろうと思い、まず飯のことから考えたのとアラムは驚いたが、そんな青年の心情などつゆ知らず、ギャレンは話を続けた。
「強くなる為に更なる栄養を欲した愚生に、その料理人が山で釣りでもして魚を取ってくればいいと釣り具やらを快く貸してくれた。しなやかな木の枝に糸と針を付けた簡素なものだったが、とにかく人から何かを貸してもらったのが嬉しかったのをよく覚えている」
「なるほどぉ、それでギャレンさんは魚を釣って体を鍛え――」
「だが愚生に釣りの才能も無かった。なので川に潜り、直に魚を取ろうと思った」
「釣り具の意味ぃ! あと解決策が脳筋すぎるぅ!」
アラムが叫ぶ、それにキレスタールがビクリ体を震わすと、なんとも気まずそうな表情で青年は謝っていた。
「だがそれでも中々魚が取れなかった。そうこうしていると見かねた料理人が川にしかける石を積んで製作する罠の作り方をメモに書いて渡してくれたのだ。石を積むだけならば、才能が無い愚生でもできた。まぁそれでもコツをつかむのに一年ぐらいかかったが」
その料理人が色々と考え、試行錯誤の末にギャレンは食料を自ら得ることができたらしい。
「あの二人には感謝している。愚生が大きくなる頃には父の反感を買い追い出されてしまったが、愚生にとっては大恩人だ。料理についても色々とメモを渡して教えてくれた」
「ですからギャレン様の作る料理はおいしいのですね」
「最初は散々だったが……よく魚やスープを焦がしたりしていたな」
そういう過去があるからこそ、ギャレンの料理は長い歴史の果てに美味になったらしい。
「そして同時並行で山にある木に拳を打ち付けた。武器の才が皆無であった愚生はただひたすらに己が拳を鍛えるという結論となった。木を砕けたらの岩、岩の次はたまに出没する害竜を拳で倒していった。そして山で寝泊まりし、今の体格に少しずつ近づいていったのだ」
「なるほどぉ……山で修行……修行? 家出生活では?」
「まぁ、同時並行にしていた肉体強化魔術の修行はマシ、というレベルにまで鍛えられただけだった。元々の肉体が強靭であれば、弱い身体強化魔術でも高い戦闘能力を得ることができる。今となってはルアネとの旅の中でそれも飛躍的に伸びたが……」
このファンタジーな世界で、魔術ではなくただ己が肉体の身を鍛えていたギャレンさん。ここで彼の話は終わった。あとは青年と少女が知る様に、ルアネが帰る王国を旅立ったあの日へと繋がるのだろう。
「む、少し長く語り過ぎた。明日も早い……寝るとしよう」
夜も少し更けた頃合いで、ギャレンの一言により就寝のする流れとなる。
こうして昔、美しい才能溢れる女の子に恋した無才であった男の子の寝物語は、焚火の火が消されると同時に幕を閉じたのであった。
ふじのんガチャ……明日の昼で終わるので回したいがその昔、今のFGOの天井超えた金額を投入し一枚だけ確保できたトラウマがぁ!




