第五章「死んだ彼女に想いを告げ続ける」 三話
一つ、アケル王国の建国にまつわる話をしよう。
アケル王国、千年近く続くこの世界最大にして最長の王権国家。その建国には二人の人間が深く関わっている……名を癒し手のヴァイス、破壊手のシュバルツ。争いが絶えなかったアケル王国の前身となる国を築き上げ、初代国王にこの国を献上したとされる偉大な英雄。
後にその二人の名を冠する二大貴族はアケル王国の王政に深く関わり、この国においてなくてはならないアケルの二大貴族として他国にまでその名を轟かせてきた。
「というのが我らヴァイス家とシュバルツ家、二大貴族の簡単な成り立ちなのだが……その祖が癒し手と破壊手と呼ばれる二人だ。癒し手のヴァイスと黒い方があの女を呼んでいたことから察するに、もしかしたら我らが祖である可能性がある」
「ということは今、敵になっているのはギャレンさんとルアネさんのそれはもう偉いご先祖様ってことなんですか?」
「あるいはそう思い込んでいる狂人か……そちらの方が可能性が高いが、さて」
人気の無いコロシアム内で、アラムたち三人は情報の整理をしていた。そうコロシアムだ。ルアネとギャレンが国を旅立つ前に戦ったあのコロシアムである。
アラムの判断で即逃亡。その後、ひぃひぃ言いながら走っている最中に少し冷静になり、街中には眠らされた人間が多くここで戦闘になったら大変だということで、わざわざ人がいないコロシアムまで走ってきたのであった。
「偵察機であの鎧の二人がこちらに来るのは確認済みです……ここは僕とキレスタールさんが黒い方を引き付けて、あの白い方をギャレンさんが倒してください」
その作戦にキレスタールも頷く。アラムとキレスタールの攻撃能力はこの世界においてほぼほぼ無い。なのでここは二人が防戦を引き受け各個撃破を狙うのが最善という判断だ。
「いや、愚生の勘だが黒い方が危険だ。そちらを俺が引き受け――」
「勘も何も破壊手のシュバルツなんて言われてるんだからそりゃあ、攻撃能力は高いでしょう。で、白い方は癒し手のヴァイス、異名からして必ず回復魔術を使ってくるでしょう」
アラムは彼らしからぬ強い言葉でそう断言した。初めて見たであろう彼の強い主張に、ギャレンは少し驚きつつも、自分の考えを話す。
「ここは愚生の故郷、だが異邦人である二人がここを守る義理は無い……とならばこちらが危険な役目を引き受けるのは至極当然の筋――」
「筋とかそういうの置いといてください。今は生き残る最適を選ぶべきです。命狙われた時点で誰の故郷で戦うとか関係ないんですから」
「しかし――」
青年の語気が少し荒くなる。アラムにしては本当に珍しく怒気すら感じられた。
「いいですか? 死んだら終わりなんですよ。それと回復役を先に叩くのは集団戦において基本ですから……まぁ、もう少し人数が多くなれば複雑な作戦も必要ですが、バイトではそれが定石なんです」
アラムは昔、船を漕ぎながら聞いていたインタービーナーズになる為の講習を思い出しつつ、そう語る。
回復役、つまりヒーラーは先に叩き相手に立て直すのは集団戦において基本だというのがあの船でも、そして多くの異世界でも基本で、青年もその手法をなぞることを選んだらしい。
「……だが、それでも愚生は君たちを死なせたくない。いっそ二人は逃げて――」
「だぁもう、ちったぁ僕らのこと信用してくれって言ってんですよ! ルアネさんを失って仲間の死が怖くなってるんでしょうがねぇ、言ってませんでしたがこっちも同じでね! トラウマになってるみたいで毎晩ルアネさんが夢に出てきて、僕に恨み言を言うんですよ! だから皆で助かる確率が一番高い方法を取りましょうって今、話してんです!」
初めて、アラムに怒られて目を丸くするギャレン。というか青年もルアネの死がトラウマになり毎晩、彼の夢に出てくるという情報に泡を食らったのかそのままポカンとしていた。
と、アラムはすっと表情を冷たくして唐突に立ち上がり、コードシステムでパワードスーツを召喚していそいそと着替え始める。会話を切り上げて戦闘の準備を始めたらしい。
「そろそろあの二人がコロシアムに来ます。いいですか、三人で生き残りましょう。だからギャレンさんは回復役を先に叩いてください」
「……アラム殿」
「はい?」
「まずは貴殿を侮り戦いから遠ざけようとした無礼を詫びよう。そしてしかと任された。このギャレン ヴァイス、全員の生存をこの拳に約束する!」
「……目の下に隈なんて作りながらカッコいいこと言っちゃっても締まりませんよ。ギャレンさんもあんまり寝れてないんでしょ?」
「それは……まぁ、まだルアネのことを吹っ切れていない。吹っ切れるはずがない……一生こうだとも思う。いつか、心が折れて自分から命も絶つかもしれない」
「でも生きなきゃらないんですよ。自分から死んだらあの世でルアネさんに殴られますよ?」
「そうだな……ルアネならば遠慮なく殴る。いや、必殺の魔術を撃ってくるだろう」
寝不足の男二人がうっすらと口元に笑みを浮かべる。目の下に隈を作った人間の薄ら笑いなど、どこをどう見ても空元気なのだが、今はこれぐらいが関の山なのだろう。
とはいえここで一休み、という訳にはいかない。もうすぐ敵がこのコロシアムに来る。
「で、詳しい作戦は?」
「大体は先ほど話した手順通りに、まずは僕とキレスタールさんは隠れてますんで、ギャレンさんはコロシアムの中央辺りで囮になっててください」
「アラム様……」
先ほど皆で生き残ろうと息巻いたその口で、仲間を即、囮にしようと言い出す青年。思わずキレスタールが非難のつもりなのか、肘で青年の脇を小突く。
「いてて! 痛いですってキレスタールさん」
「すみません、つい……しかし――」
「いやいや、安心してください。ギャレンさんを囮にしてそのまま逃げませんからね? 強襲してきた敵の黒い方を僕が狙撃します。それで倒せればそれでよし、でなくてもこちらに引き付けることは可能でしょう」
「なるほど……」
「その後は先ほど話した通り、ギャレンさんが白い方を倒すまで僕とキレスタールさんで時間稼ぎをします。いいですか?」
青年の確認に二人とも頷く。急場の為、複雑な作戦ではなくシンプルでわかりやすい作戦なのが良かったのか、すんなりと二人にも理解してもらえたようだ。
「じゃあ、行動開始!」
青年の掛け声と共にギャレンはコロシアムの闘技場のど真ん中に、アラムとキレスタールは丁度暗がりができる場所で息を殺し闇に溶け込む。
そしてその三分後、沈黙を破る形で例の二人組がギャレンの“頭上”から降ってきた。
「死ねぇヴァイスの末裔!」
「そうくるか!」
屋根の無いコロシアムでの上空からの奇襲、相手も作戦を考えていたようだが、意気揚々と大剣でギャレンを両断しようとした|黒い鎧の男≪シュバルツ≫の一撃は、その轟く大声の為、簡単に察知され避けられた。
「シュバルツ、あなたの頭蓋の中は空ですか? 馬鹿なのは知っていましたがそこまでとは思いませんでしたよ」
「うるっせぇヴァイス。てめぇは昔からグチグチと小せぇことを――」
と、なにやら二人が喧嘩し始めた瞬間、コロシアムの影で火花が散り、一発の銃弾がヴァイスに命中……しなかった。
青年の銃弾は確かにヴァイスにまっすぐ飛んでいったが、なんとこの男、それを右手で掴み取り、すぐさまその銃弾が飛んできた暗がりへとその巨躯を飛翔させてきた。
そう、飛翔だ。まるで映像の早送りみたいな速度で、そいつはアラムの元まで空中をただストレートに飛んできたのだ。その動きは不気味なほど重力を感じさせないほど素早く、不自然である。
「ば――!」
アラムは「馬鹿な」か「化け物か」どちらかを言おうとして、すぐさま横へと飛ぶ。言葉を切り、動きに全神経を回したその判断は正しい。そうしなければ彼は叩きつけられた大剣により真っ二つになっていただろう。パワードスーツを着ていなければ避けられなかったほどだ。
だがそれでは終わらない。横に飛んだアラムを大剣で地面が破壊されて立ち昇った土煙を裂いて、シュバルツが追撃をする。
「おらよぉお!」
数秒前まであの叩きつけられ地面に埋まっていたはずの重そうな大剣が、なぜ片手で天に剣先を向けて青年を叩き切ろうと振り上げられているのか、彼には理解できなかった。
だが明確な死の予感が彼を次の行動に突き動かす。
「アラム様!」
「デェヘクティブコード、ペッパーボックス!」
叫びは二つ。一つは少女が青年を案じ黒鎧の男と青年を分け隔てる結界を張ったもの。
そしてもう一つは青年の奥の手である“不良品”の召喚だ。
撹拌現象を起こしたあの世界、あの島で見せた多銃口の異端武器、その銃口が敵に向く。
「しゃらくせぇ!」
まずは少女の渾身の守り、だがそれもこの黒い鎧の前では花よりも儚かった。手だ。シュバルツは片手に持っていた大剣ではなく、開いていた逆の手で引っ掻く様にしてそれをかき消した。
「そんな!」
思わずキレスタールから悲痛な叫びが出る。だが守りを破ったとはいえ、まだシュバルツの勝ちではない。
「チェーンファイヤ!」
青年の銃、そのトリガーの長押しによる銃そのものを炎上させての必然的暴発、それによる超至近距離における六弾同時発射が行われる。その当たり所が良かった一発が、シュバルツの鎧を突き抜けその胴体に風穴を作った。
とっさの出来事ではあった。当初、青年の予定では時間稼ぎで逃げ回る予定が、必死の抵抗で思わぬ戦果を叩き出したのだ。
「え、嘘」
そんな間抜けなアラムの声がポツリと漏れる。だが、そんな声はすぐさま「ひぅ」と怯えた声にかき消えた。
「いってぇなぁー畜生、さっきからてめぇそれはなんだ? 魔術じゃあねぇなぁ?」
死んでいなかった。アラムの銃撃に驚いて動きは止めていたが、胴体の風穴はからは血液一滴零れていない。これではまるで――。
「嘘、ゾン、ビ?」
「あ? ゾンビってのはなんだ? まー、てめぇがこの俺を普通の人間じゃねぇことには気が付いたのはわかるぜ、間抜け面」
そう言いながら、黒い鎧の男は兜を脱ぐ。その下にあったものは……穴だらけの皮が辛うじてついている骸であった。
破壊手のシュバルツ、その手はありとあらゆる物を破壊尽くす強き戦士であると伝えられる。
癒し手のヴァイス、その手はありとあらゆる者を癒し心優しき聖者であったと伝えられる。
アケル王国にて二大貴族の祖にして建国の英雄、その人生の最後で終焉の竜に最初に挑んだと伝わる悲劇の主役だ。
「けれどなぁ、実際は違う。馬鹿も馬鹿、アケルっていう狡賢い男に騙された馬鹿な二人だ」
そう語ったのはシュバルツであった。鎧は穴だらけ、しかし血は流れていない。その姿に戦いの跡は感じたが、その態度だけはまるで休日にくつろぐ、ただの男であった。
「かつて、アケル王……あれを王とは呼びたくはないのですね。あの男は建国の立役者である私たちが王となるまでの繋ぎであったのです。ですが、私たちを罠に嵌め終焉の竜と戦わせ、国をそのまま乗っ取った。これこそがこのアケル王国の真の成り立ちです」
今度は白い鎧、ヴァイスがそう言葉を繋げた。白と黒の鎧は、コロシアムの中心で息がだえだえで汗と、その上に土を張り付けた三人を前に、そう語っていた。
――はっきり言おう。勝負にならなかった。なにせ相手は不死身、というより最初から|死人≪アンデッド≫であったからだ。攻撃しても効かない相手から二十分、逃げ回るだけ逃げ回りついにアラムたちの体力は底を尽いた。元々あった旅の疲れから考えて、十分すぎる健闘ではある。だが負けは負けだ。
「なぜ、その話を愚生に?」
「おや、死ぬ前になぜ自分が殺されるのか知りたいとは思いませんか? 私たちはこの国に復讐に蘇ったのですよ。アケルの血も、それに従う我が末裔どもが憎たらしいから……終焉の竜に従い全てのアケルを滅ぼしにね。あなた方は……まぁ、私たちの八つ当たりで死ぬのです」
信じられない。そういった表情でアラムが二人を睨み、何かを言いかけたが息を荒げて倒れていたギャレンが先に叫ぶ。
「いや待ってくれ! 終焉の竜が生きているだと! ルアネが滅したはずだ!」
「あれですか? ええ、見ていましたよ。ですが頭を吹き飛ばしただけでしょう? あれではあの化け物は殺せません」
「っ!」
大男は絶句した。頭を吹き飛ばして死なない生物などいるのかと、ギャレンはそう言いたげだ。ルアネの死が無駄だったのかと、だが、それ以上の衝撃が次のヴァイスの言葉でもたらされた。
「まぁ、彼女は生きていますが」
「…………生き、て?」
「ですから生きていますよ。黒い長髪の女でしたか。あの女は終焉の竜に私たち同様、魅入られたようです。あの爆発で即死しなかった為に、今頃は終焉の竜に飼い殺しにされているところでしょう」
ルアネが生きている。その言葉に一瞬歓喜しかけて、ギャレンの顔は曇った。この二人同様に骸の傀儡にされているならば、それは彼女にとって生き地獄ではなかろうか?
「ルアネは、貴殿らの仲間になったと」
「いえ、終焉の竜はその者から知識を吸い出します。私の時と同じように彼女の“損傷”も酷かったので、その修復に時間もかかるでしょうし、まだ死体には変えられていないでしょう」
言われ、ギャレンはあの海に浮いていた肉片のついた黒い髪を思い浮かべた。だが、ルアネが今どんな姿なのかは不明だが取りあえずは生きているらしい。
と、そんなヴァイス家の始祖と末裔の会話に、アラムがすっと割り込んだ。
「で、僕は今から命乞いするんですが――」
「おや、あなた面白いことを言いますね」
「この子だけでも逃がしてくれませんか? 僕とその子はこの国とは一切関係がありませんので、見逃してください」
「……自分は?」
「あなた方に喧嘩売っといて、無関係ですから逃がしてくださいで通じます?」
「いえ、通じませんね」
即答であった。これが癒し手とか呼ばれてるとか、何かの冗談ではないかという言葉を青年は飲み込み、命乞いの言葉を続けた。
「なら命一つで命を一つ救いましょう。その八つ当たりに付き合うんでこの子だけは――」
――そう言いかけて、アラムの目が力強く閉じられた。瞬間、ヴァイスとシュバルツの目の前に偵察機がステルスを解いて強烈な光をそのまま目に流し込まれる。
「くっ先ほどの目くらましか!」
「ぶははは! お互い同じ手に何度も引っ掛かるなぁヴァイス!」
「何を笑っているのですかシュバルツ!」
そんな威勢の良い喧嘩が聞こえるが、青年はそれを無視して急な光に目をやられているキレスタールとギャレンの手を掴み逃走を図る。
「全偵察機、敵にまとわりつけぇ!」
青年の怒号にも似た命令にステルス状態で周囲の見張りをしていた偵察機、強烈なフラッシュを作り出した全ての偵察機が襲い掛かる。
あの二つの骸に目という機能があるのか? はなはな疑問だが効くのならばそれでいい。青年は混乱状態の二人の手を引いて逃げて――その足を光の矢で射抜かれた。
「あぁっつぅ!」
「アラム様!? どうなさいましたか!」
三人、アラムが痛がる声と共に数歩走ったところで手を引いていた少女と大男の二人共々、転倒してしまう。キレスタールとギャレンも目をやられて何が起きているのか理解できていないながらも、周囲を探る為、手を伸ばし地面を叩いている状態だ。
「なぜ正確に――」
――こちらの場所を把握できたのか? そう言いかけて青年は言葉を呑んだ。
抉り取っていた。癒し手のヴァイスは兜を投げ捨て、自ら目の位置の骨を魔術で削り落とし、そのまま回復魔術をかけて正常な視力を取り戻していたのだ。
その後、回復した視力で悠々と光の魔術か何かでアラムの足を狙撃したらしい。
「馬鹿、な」
「あなた方とは場数が違うのですよ。国の城壁ではなく、木の柵で囲っただけの村々を巨竜の脅威に耐えていた時代の人間を相手に、何を生ぬるいことをしているのですか?」
「くっ……」
「ああ、それと思い出しました。最初会った時にあなた、私とこの男がカップルだのなんだのとほざいてましたよね? 忌々しい。なので、一番最初に殺すのは貴方にしましょう。本当はアケルの者でなければ見逃すつもりだったのですが、まぁ、復讐のついでです」
その言葉を聞いて、キレスタールが自分の周囲三メートルほどに結界を張る。馬鹿みたいな理由でアラムが殺されるのを、最後まで阻止しようとしていた。
「おや、悪あがきですか? ですが」
だが、ヴァイスが指を鳴らすと、少女の結界は雪が解けるように溶解してしまう。魔術の構築か何かに干渉されたらしい。
「そん、な」
「筋はいいですが練度不足です。その献身、私は嫌いではありませんが、あなたは若すぎた」
そう言って、ヴァイスは十もの光の矢を自らの頭上に出現させて、その骸の面で青年を睨みつけた。
「では、さようなら」
瞬間、青年の目に光が焼き付く。一つ一つが自らの体を貫くに足りうる青白き光の矢、その全てが目前に迫り――“赤黒い魔力の光”によりそれが飛散した光景を、確かに見たのだ。
「なっ!」
「おい、何が起きている! というか、何が現れた! なんだ! この馬鹿みたいな魔力の塊は! 目を閉じてても感じ取れるぞ!」
まだ目が見えていないシュバルツが吠える。その声には明確に、明白に、怯えが交じっていた。
「ふは、ふはははは!」
笑い声が観客のいないコロシアムに木霊する。その魔石の双角を主は、眼前にいる敵に向かってこう名乗りを上げた。
「何かと聞いたか? 我は元魔王、そして今は時空を渡る箱舟の平社員という奴よ! ふははははははははは! 我が名はガウハル! この名、存分に刻むと良い、許す!」
――青年の絶命寸前、このタイミングで最強の助っ人がやってきたのだった。
ほーし(聖晶石)がぁ またーたく(消え去る) こんなよーるにぃー、ねがーいごーとをひーとつー(押しの宝具6) かなーうなーらぁ このときぃー(限定ピックアップ)よぉつづーけとぉー。




