第四章「男は女の愛を知る」 十六話
その日の夜はドラゴノス帝国で舞踏会が開かれた。
レルドルト皇太子によるミューカスドラゴン退治の成功を祝う為である。
「まぁ、吟遊詩人によっていい感じに皇太子様がドラゴンを倒した話に変わるわよ。きっと」
ワインに似た飲み物を黒石のコップを持ちながら、キレスタールを横にして鼻で笑いながらそう言う。二人ともドレス姿、少女は露出の少ない白でルアネは大胆に肩と胸元を開けた黒のすらりとしたドレスだ。
彼女は今、広間の隅で人目につかず休憩中だった。ドラゴノス帝国も城にある大広間に、帝国から集まった貴族が話に華を咲かしている中、外様用の笑顔でドラゴノスの貴族から申し込まれる婚約の話やらをやんわりと断り、断り、断りまくり、げんなりしていていた。
「こういうのはどこも変わりないわね……キレスタールはいいわよねぇ~。まだ子供なんだし面倒事が無くて」
「いえ、私めもそういった誘いがありました」
「あら、モテるのねキレスタール。貴族でもない者が見初められるのは珍しいことよ」
「そうでもありません。私めの回復魔術を聞きつけてのことでしたから」
「ああ、なるほど。あなたの回復魔術は巨万の富を産めるからか。まったく、どこで聞きつけたのやら」
「それはわかりませんが、アラム様がそれを見て……なんで僕はまったく話しかけられないか、と拗ねておりました」
「ぶっ! えぇ、ええ、そうね。アラムはそう言うわね」
それを聞いた瞬間、ルアネが噴き出す。あの青年はこっちの苦労も知らず、いや、知っていてそんなことを確かに言いそうだと妙に納得して、笑ってしまったらしい。
「ギャレン様も何かのお誘いを受けておりました」
「へぇー」
と、今度は興味なさそうに飲み物を飲みながらキレスタールの話に適当に返事をする。
「困惑しておりましたが、話が終わると快諾しておりました」
「て、え!? 快諾!? あいつ私のこと好き好き言ってて何を……あ、いえ、心変わりしても私はなんとも思いませんけど?」
「いえ、色恋沙汰ではなく別の誘いだったかと」
「ああ、別の……ねぇ、さっきの勘違い、まさかアラムとかあいつに言わないわよね?」
「……はい」
「妙な間があったわね!? 本当に言わないでよ!」
少し歯切れの悪い少女にルアネがそう念押しして口止めする。恋愛話などに興味を抱きそうにないが、実は年相応に、ということなのだろうか? すると女衆がキャッキャッとはしゃいでいるのを聞きつけてか、片手に骨付き肉を持った青年が寄ってきた。
「あらアラム、好みの女性は見つけられた?」
先ほどの話を聞かれまいとルアネがそんな意地の悪い質問を先制攻撃でかます。アラムはそれにものすごく悲しそうな顔をした後、片手の骨付き肉をキレスタールにプレゼントしていた。
どうやら浮かれた話の気配を感じ取ったのではなく、食べて美味しいと思った料理を少女に食べさせたいと、ここまで運んできただけらしい。
「ねぇねぇ酷くなーい、ルアネさぁーん。ぼかぁねぇ、モテんないんですよぉー。なんとなくわかるでしょ? それ残酷な質問じゃないですぅ?」
「……まぁ、ごめんなさい?」
「なぜ疑問形。これは弁護士案件では?」
「別に不細工でも家柄さえ良ければ貴族相手ならモテるわよ。逆にあんたが絶世の美男子でも貴族ではない限りこの場では相手にもされないもの。そもそも一般人の恋愛観はここでは通用しないの、大人しく料理でも食べときなさい」
ここは貴族同士が政略結婚相手を見定める場所である、と落ち込んでいるアラムにそう説明するルアネ。彼女にとっては常識だが、それを聞いたアラムは少し驚いた表情をしていた。
それが面白かったのかクスリと笑うルアネ。パーティーの雰囲気がそうさせるのか、露出の多いドレスがそうさせるのか、深い艶麗さを醸し出していた。
美しかった。彼女はそういうがやはり家柄だけではないのだ。この一輪の黒い華に魅せられ、多くの男が声をかけるのも納得だろう。
じっと自分を見る青年の目線に気が付いて、髪をかき上げ細首を見せつけるようなポーズをとるルアネ。これは、まだそういった経験が少ないであろう青年をからかう悪ふざけだ。周囲で休憩を終えるのを待っている男共なんぞ、なにやら盛り上がっている……が。
「ああ……ところでギャレンさんがパンイチにされてるんですが」
「ぶふぅ!」
そんな夜に咲く華の悪戯など完全に無視し、その艶麗な姿を青年の一言がぶち壊した。
青年はこの華が武器を愛でている場面を見てしまい“不幸な事故”に遇っている。異性として見れていない、とまではいかないが今更そんな姿でときめける精神構造はしていなかったらしい。
「あいつ何してるの!? 何かに誘われたとは聞いてたけど、本当に、え、何してるの!? パンイチって、え、パ、パ、パンツだけってこと、よね?」
「なんか筋肉、筋肉って叫んでる彫刻家に脱がされてモデルにされてます」
「え、モデ、え、舞踏会で?」
ルアネから動揺が溢れ出る。さて、一応鬱陶しい男共を右から左へと捌かなければならないが、ルアネは退屈ではある。そんな面白イベントがあると伝えられれば行くしかない。
「よし、アラム。エスコートしなさい!」
男除けの舎弟を横に、ルアネは歓談の声響く大広間を移動しようとする。しかし悲しいかなこの青年では羽虫の威嚇にすらならない。移動を開始した瞬間、ワンチャン狙いの下級貴族からアケルの二大貴族を嫁にするのも良いと言わんばかりに偉そうな上級貴族までもが休憩終わりの三人を取り囲んだ。
この世界の舞踏会でのマナーなのか、会場の端で休んでいる異性に誘いの声をかけてはいけないらしく、それで先ほどまで無事だったが移動を開始したならば別、今日ルアネに一度袖にされたであろう人物までも寄ってきて男の壁ができてしまった。
「すみませーん! ちょっと通してくれません!?」
一応エスコートを頼まれた青年が勇気を振り絞ってそう言うも、舌打ちと酒を片手にしている大人たちの汚物を見るような睨みにすぐさま委縮してしまう。アルコールが入った大人の倫理観の無さはファナール船長で学習済みであったらしい。
「皆の者! 道を開けよ! ルアネ姫はこのレルドルトが直々に労う! 散りたまえ!」
と、そこに本日の主役が登場した。紅く豪奢な正装に身を包んだレルドルト皇太子だ。今日、ミューカスドラゴンに全裸にされた人間と同一人物とは思えないほど堂々としている。
それを見て貴族たちは笑顔を顔に張り付けて、散り散りに消えていく。流石にこの帝国の皇太子が来れば、極上の餌ですら諦めるらしい。
「あらレルドルト皇太子、次期皇帝としての挨拶回りはもうお済みなのですか?」
「大急ぎで済ませてきたとも! どれだけルアネ姫と語らいたかったか! では今夜、この私と踊っていただけ――」
「では私についてきてくださいまし、あのギャレンが何か面白いことになっているようなので」
「ははは、もちろんいいとも! いい、とも……」
これ以上ない男除けが手に入ったと喜ぶルアネ。レルドルト皇太子はそれなりに鬱陶しいが、あの貴族共の壁は掃けるならばそれにも目をつむる構えらしい。
そしてそれを察して顔を引きつらせる皇太子様。流石に可哀想ではあった。
「レルドルト皇太子様、このお肉どうです?」
そこにアラムが少し冷めたお肉を手渡す。無言ではあったが皇太子は涙目で口を引き締め、それをしっかりと受け取る。彼の優しさはまぁ、伝わったらしい。
「うん、うまいよな、これ」
「ですよね。これなんて言うんですか?」
「たまに食事に出されるが……帝国お抱えのシェフのオリジナル料理だろう。名前は知らないなぁー」
「そうなんですかぁー」
さて、不運な男二人、そんな間の抜けた会話をしながら黒と白のドレスを身にまとった女性二人のお尻を追いかける。そしてこの舞踏会で一段と騒がしい場所へとたどり着いた。
――女性、女性、女性。この舞踏会に来た貴族のほとんどがルアネ目当てに群がってしまった為、暇を持て余した淑女がここに集まっていたらしい。
数グループが、男をかっさらっていった憎きルアネを見つけ、ひそひそ話を始めここにお前の居場所は無いアピールをするが、彼女はそんなものアケル王国で慣れてるといわんばかりにスルーした。
それもそのはず、その人混みの中心に、例の筋肉がお立ち台の上に立たされているのだ。こっちの方が優先事項なのである。なのでお立ち台にずかずかと歩いていくルアネ。
「ねぇ……それ、何を塗ってるのよ?」
「いや、見栄えを良くする為の油、らしいのだが……」
その筋肉はてら光りしていた。ルアネの少し刺々しい質問言葉に、いつもはきはき喋るギャレンが歯切れ悪くそう返答する。というか恥ずかしがっているのだろうか?
この男にも羞恥心というものが存在しているのかとルアネが驚いていると、なにやら白い石を持ったドラゴノス帝国の兵士と目をギラギラと輝かせた作業着の低身長の女性が現れた。
「待たせたわね! ああ、途中で材料が無くなってしまうなんて! じゃあ芸術活動の続きよ! これほどの肉体美、もうこの先の人生で出会えないかもしれないの! 瞬きの間も惜しいわ!」
何か来たとキレスタールは察知して、ヤバいのが来たとルアネが破顔した。
「あ、あの人が筋肉筋肉と叫んでた方です」
そしてそう説明する青年。だがもう少し詳しい説明が欲しい。なのでレルドルト皇太子に女性二人の目線が集まる。
「いや、あの女性はドラゴノス帝国お抱えの宮廷魔術師だ……彼女の作品はアケル王国の一部の貴族にも好評とは聞くが、ルアネ姫は知らないのだろうか?」
有名人だぞ、と言われてルアネが記憶の中を探る。そして数秒後、脳内の中からそれらしき情報を釣り上げたらしく「あー!」と声を上げた。
「裸婦像! アケルの男貴族が妻に内緒で腹筋が薄っすら割れてる裸婦像がブームになってたけど、え、もしかしてあれ!? 女性が造ってたの!?」
驚くルアネさん。アケル王国はちょっと引き締まった裸の女性像が流行っていたらしい。なんともいい趣味をお持ちなようだ。
「最高の筋肉だわ! 機能美、究極の機能美よ! アケルの地に生まれた奇跡だわ!」
そして宮廷魔術師とやらの絶賛が舞踏会の中で響かせ、土魔術と一本のノミで精巧なギャレンの像を高速で作り上げていく。そして集まった淑女もパンツ一丁の逞しすぎる男を見て顔を赤らめつつも、その場から動かない。どうやらこの方々も筋肉が“お好き”なのらしい。
「そういえば、どうしてギャレンさんを男除けに近くに置かなかったんです?」
性癖に素直な同性に呆れ顔で眺めてから、顔を押さえ天を仰ぐルアネ。そんな彼女にアラムがそんな質問を投げかけた。貴族がどういうものか知りつくしているであろうルアネは今夜、貴族の男に群がられることは予想できたはずだ。
彼女の反応からして言い寄ってくる男んんぞ鬱陶しいこの上ないという感じなのだが、それなのにギャレンを隣にいさせればある程度はマシにはなっただろうに、と青年は訝しんだのだ。
「ミューカスドラゴンの討伐で一番活躍したのはあいつでしょ。だから今夜は自由にさせたかったのよ。ご褒美よご褒美、ほら、あいつそこそこモテるし、今夜、可愛い子に出会えるかもでしょ?」
ギャレンの気持ちを知っていてそういうルアネ。ご褒美というならば、今夜一緒に踊ってあげるくらいいいのに、と青年は思いながら、体に油を塗られテカテカに光ってやり辛そうに赤面ギャレンを眺めていた。
好きにさせた結果あんな罰ゲームみたいな事態になっているのだからなんとも浮かばれないだろう。青年はなんとも迫力の無い顔でルアネを睨む。ついでにキレスタールもそれに加勢する。話に入ってこないがアラムと同じ気持ちではあるらしい。
「ちょっと、二人してそんな目で見ないでよ。ドラゴノス帝国の舞踏会はなんていうか緩いって聞いていたから息抜きになると思ってたのよ。あんな変なモデルを受けるなんて予想外だわ!」
「緩いって……それはアケル王国と比べてって話ですか?」
「ええ、舞踏会が開かれれば男はとにかく中にの無い自慢話と政敵へあることないことを周りに吹聴、女ならば妬みから侍女に預けていたドレスを知らない間に引き裂かれてたり陰口ばっかり、ね。帝国の夜は平和でいいわ」
「貴族ってのも大変なんですねぇ。ルアネさんも昔から苦労してたんです?」
「ま、私はそれなりにうまくはやってたわよ。て、それよりレルドルト皇太子が消えたんだけど」
貴族であるルアネを姫、姫と呼んでいるあの皇太子さまがいつの間にか消えていた。どこに行ったのだろうと周囲を見渡すと、例の筋肉万歳の宮廷魔術師にあーだこーだと文句を言っているところであった。
「待て待て待て! 白竜公の像を量産してどうするんだ! 今の貴様の仕事はミュールドラゴンを討ち果たした俺を讃える像を作ることだぞ!」
「いやぁ、それは後で造りますので、今は至福の時間、邪魔しないでくださいよ皇太子様」
「貴様、雇われている身ということを思い出せ! ええい、俺の像も造らんか!」
「でしたらこの像の顔をちょちょいと、これでどうです?」
と、失敗作なのか脇に捨てていた像の顔を、魔術でささっとギャレンの物からレルドルト皇太子のものに差し替える宮廷魔術師、見事なやっつけ仕事であった。
「待て待て待てぃ! 俺はそんな筋骨隆々ではないぞ! 帝国の祖であるドラゴノスより逞しい像なぞ、父上に怒られるわ!」
「筋肉を、否定しないで、ください!」
「貴様ぁ! 筋肉が好きすぎるだろう!」
そしてギャーギャーと不毛な言い争いが始まる。あの宮廷魔術師、皇太子相手にかなり強気だが肝が据わっているのか狂っているのか……。
「じゃ、隠れますか」
と、そんな争いを尻目にルアネがそう言いだす。このまま舞踏会にいても変な男が寄ってくるだけ、レルドルト皇太子様も今は言い争いに夢中、なのでこのまま適当に姿をくらませてゆっくりとするつもりらしい。
「アラム、後は頼んだわよ」
「えぇー」
面倒事をアラムに押し付け、キレスタールの手を引っ張り姿隠しの魔術なのか、指を鳴らして少女共々姿を消すルアネさん。そしてそのまま、舞踏会の大きなガラス扉をこっそりと開け、月夜と椅子しかない広いバルコニーへと避難していた。
「あの、アラム様を放っておく訳には……」
「大丈夫よ。あの子、恋愛以外は頭が回りそうだし、私の場所を聞かれてもなんとかうまい言い訳を考えるでしょう」
無理やり連れてきた少女をそう説き伏せて、誰もいないだだっ広いバルコニーで無造作に並んでいる椅子にの一つに座るルアネ。見上げれば月が一つ。壁一枚向こうで行われている舞踏会の騒音が、ひどく遠い。まるで別世界に紛れてしまったような感覚が少女に飛来する。
「あ、ドラゴノスの宝剣」
「えっと、なんです?」
「英雄ドラゴノス。男は皆、この伝説が大好きなのよ。多くの妻を娶り帝国を築いた最高の英雄ってね。私は興味無かったけどドラゴノスとその妻の魂が封じ込まれてるって伝説の宝剣には昔から興味があったのよ。国宝だけど、くれないかしら?」
「流石に国宝は……」
「冗談よ冗談……私、友達いなかったからこういう時どういう話をすればいいのかわからないのよ……ごめんなさいね」
寂しそうに、彼女はそう言った。アケル王国における二大貴族にして才に恵まれた美しい女は、月夜を見上げてそんなことを言ったのだった。
「ルアネ様は、一体どのような人生を過ごしてきたのですか?」
裕福な家に生まれ、順風満帆な人生を送ってきたはずでは、と言いたげなキレスタールが、いつの間にか彼女の隣に座っていた。そう言えばこの子に自身の半生を語りはしなかったなと思い、ルアネは目を閉じた。
女は貴族であった。
この女の母は愚物であった。
この女は父を尊敬していた。
この女に、ある日一人の男が自分に言い寄ってきた。
この女はその男に変えられた。
この女はその男に希望を抱いた。
「まぁ、普通よ。子供のままでいられなかった……ありふれたつまらない人生よ」
そして、語るまでもない話だと鼻で笑って。急に立つ上がる。
「ねぇ、キレスタール。踊ってくださらないかしら?」
いきなりの申し出に目を丸くするキレスタール。それもそのはず、舞踏会と聞いて、三時間ほど前にアラムから端末を借りて貴族の踊りの予習をするにはしてきた。
が、所詮は付け焼刃。うまく踊れるか不安で、このままその予習の成果を披露せずに済むと安堵していた矢先であるのだから、目も丸くなる。
「それは、なぜです?」
「ま、初めてできた友達と踊りたくなったのよ」
少し、照れ臭そうにルアネはそう言う。きっとそれは、私とあなたは友達だよね? という確認であったのだろう。
初めての友達。そう、言われてしまったら腰を上げる他ない。キレスタールはおずおずとルアネから差し出された手を握り、友達あると手の握る強さで返答する。
「その、踊りはぎこちないかとは思いますが」
「いいじゃない。別に鞭で足を叩いてくる踊りの先生はいないもの」
美しい月下。誰もいないバルコニーで黒と白のドレスがワンツー、ワンツーとリズムを刻む。この日、ルアネは生まれて初めて、楽しい気持ちのまま舞踏会を終えたのであった。
次回更新は明日の朝六時の予定です。




