第四章「男は女の愛を知る」 十四話
「いやぁ、ドラゴノス帝国の皇帝様は話がわかるわねぇ~」
ドラゴノス帝国の検問所から徒歩三十分、まだ近くにドラゴノス帝国を確認できる商業道でルアネは真新しい槍を抱えながら満面の笑みを浮かべていた。先ほど竜退治と息巻く皇太子とその私兵部隊のお守りを押し付けられたのにも関わらずである。
さて、厄介ごとを押し付けられたはずのルアネがなぜ上機嫌である説明をしよう。理由は簡単、報酬が良かったからである。
前々から勇者に送る為にと用意されたドラゴノス帝国の腕利きの鍛冶師に依頼して作らせた雷帝の槍とかいうすんごい武器を皇帝から譲与され、他にも竜退治の前払いとして皇帝の所有物である何本かの魔剣やらなにやらを送られていた。
なので今はアラムとキレスタール、そして頭にすっぽりと兜を被り完全武装となっているギャレンと共に、皇太子様とその私兵の護衛としてその役目を全うする所存らしい。
「アラムが機転を利かせてくれたおかげで女の私でもこの国で武器を購入できる手はずになったし、重畳ね」
またしてもルアネが声が弾む。実はその他にも皇帝に他に何か必要かと聞かれて、アラムは女性であるルアネも自由に武器購入できるように頼み込んだのだ。単純にルアネの為、という訳ではなく船の利益になるからである。
ルアネと正式に仲間になってから数日後、暇を見てアラムは彼女のコレクションを見せてもらうことになった。その際にデータを取り、船へと送信。まだコレクションの全てを確認できていないが、それでもその内のルアネの一押しの傑作は違ったのだ。バイトにとって未知の技術がそこにあったらしい。
「僕らの為ですよ。ドラゴノス帝国はこの世界でも一番の鍛冶国家、なら船に有益な技術や解明されていない未知の力を有している武器もあるかもしれませんから」
「そう。あんたって案外と頭が回るわよね?」
「いやいやぁ、バイトの恥とか陰口言われてる僕がありえないですよぉ……あはは」
「え、なに? 恥とか言われてんのあんた?」
とまぁアラムが茶化して、いや、冗談と本気半々といった感じでそんなことを言うと、自分の私兵部隊に囲まれているはずのレルドルト皇太子が兵士を両手で押しのけてこちらに来た。
一瞬、キレスタールと並んで歩いていたギャレンが兜越しにアラムの方を眺めていたが、声をかけた相手がルアネではなくアラムであった為、特に止めることはせず静観を決め込む。
完璧に恋敵としてレルドルト皇太子を認識しているのだろうが今は仕事、不要な衝突を避けたのだろう。だがアラムとしては、この高圧的な皇太子から助けてほしいところらしくギャレンに熱い視線を送ったが、その意図が伝わることは無かった。
「ふん、なにやら恥とか聞こえたが、貴様、故郷では嫌われているのか?」
「ええ、まぁ、色々とありまして……」
嘲笑、というか見下しながらアラムにそう問うてくる皇太子。馬鹿にされるのかなとアラムは身構えたが、出てきた言葉は意外なものであった。
「俺もドラゴノス帝国の恥などと陰口を叩かれているがな、そこで卑屈になったり自信を失えば更に馬鹿共はつけ上がる。もっと堂々としろ!」
「はぁ……」
「俺は勉学が嫌いだ。そのせいで色々と馬鹿だなんだと言われている。俺が第一後継者たる皇太子に収まっているのは、現皇帝である長男である他にも、馬鹿だから操りやすいという見え透いた魂胆の元老院が俺を時期皇帝に推奨しているからだ。だが、いつかは見返す!」
聞いてもいないのに、身の上話をしだしたレルドルト皇太子。自分の弟は二人いたが一人は暗殺、それを受け一人は国外へと避難しているとかなんとか。
まぁ、例の竜がいるという洞窟まで時間があるのでいい暇つぶしにはなるが……そして最後に皇太子はこうアラムに言った。
「それに上には上がいるものだが、下には下もいる。自分だけが悪いと思うな。そうだな……ドラゴノス帝国の最大の汚点である骨削り姫伝説は知っているのか?」
「いえ、初めて聞きます。骨削りとはなんとも狂気的な響きですが」
「まぁそうか……吟遊詩人も初代皇帝である英雄ドラゴノスの光の伝説である竜退治は歌っても、陰の伝説である骨削り姫は歌わんと聞くしな……なにしろ後味が悪い。民は気持ちの良い最後となる話を求めるものだからな。悲劇で終わる物語は嫌われる。いいか――」
骨削り姫、それは英雄ドラゴノス伝説に出てくる大勢のヒロインの一人であるらしい。そしてその骨削り姫の結末はその異常性から、英雄ドラゴノスに終焉の竜に単身挑むことを強制されたというのだ。
「……その骨削り姫さんがルアネさんと同じご趣味の為に女性は武器の購入を禁じられてるんですよね? しかしなんというか……祖国の英雄を貶す発言で失礼を承知で言いますが、英雄ドラゴノスさんひどすぎません?」
「ああ、俺も思うところはある。だがしかし骨削り姫に対してそうするしかなかったらしい。名前も残らぬ人だが、骨削り姫は死体から骨を抜きそれを削り強力な武器に変えたという。魔女の末裔だったという説や、ドラゴノスの部下を殺して武器に変えたという説まである」
「なるほど、許容できないレベルのヤンデレだったと……」
「ヤンデ……? おかしな造語を使うな、貴様は」
「でもドラゴノスさんのことは愛していたんですよね?」
「まぁ、俺が思うにその愛に偽りは無かっただろう。ドラゴノスは大勢の妻に愛された男だ」
どうやらドラゴノスさんはハーレムを作っていたらしい。それを聞いた青年の表情が怨嗟に染まった。
「俺もドラゴノスを愛している……無論憧れという意味でな。英雄ドラゴノスは俺の目標だ。まさに英雄にふさわしい男、俺も民を苦しめる竜を退治するのだ!」
なるほど、尊敬する英雄の伝説をなぞりたいがゆえに皇太子様は竜退治をしたいらしい。無論、民の為という目的もあるのだが、口ぶりからするにそれはついでなのだろう。
と、そんなことよりも今は目の前の障害だ。ターゲットがいるであろうと言われている洞窟の入口に着くと、アラムはミューカスドラゴンについての情報のすり合わせを始めた。
「暗いな……そういえば国を出る前にも聞きましたけど、一応復習ということで……ミューカスドラゴンは人の装備を溶かす竜、という認識でいいんですよね?」
「そうよ。そのせいで冒険者から嫌われてる。鱗も爪も無いから素材としての価値もほぼ無し。それに卑怯なのよ」
アラムの質問に答えたのはルアネであった。彼女の知識なら間違いないだろう。ギャレンに松明を持たせながら、足場の悪い洞窟を慎重に移動しながら情報のすり合わせを行う。
だが、卑怯と事前に聞いた時、アラムはその話を聞き流してしまったがどのように卑怯なのだろうか? 逃げ、挑発、盗み。卑怯や狡猾と一言に言っても、その戦法は多岐にわたる。
「具体的には?」
「そうねぇ。とにかく弱者を狙うのよ。ミューカスドラゴンはよく商人の品を盗むけど、護衛をたくさんつけている商団や身なりの良い商人がいる荷車は絶対に襲わないのよ」
「護衛はわかりますが……竜が身なりの良い商人を判別してるんですか?」
「そうよ。金持ちに喧嘩を売れば復讐とばかりに冒険者を送られるけど、貧しい商人なら自分を討伐する冒険者を雇う余裕が無いことを知ってるらしいわ。ついでに人を殺さないのも、人から必要以上に恨まれないようにする為だとか」
にわかには信じられないとアラムは思った。長い年月で培ったミューカスドラゴンの生存戦略だとしても、あまりにも人間臭い方法だからだ。
「戦闘もとにかくやり難いって話よ。ミューカスドラゴンは群れないけれど、数の暴力に頼るって、逃げる時に他の竜の群れに突っ込んだりするのよ。そのまま乱戦になってミューカスドラゴンは消え去ってたなんてのは珍しくもないらしいし」
「竜が人間相手に擦り付けですか……」
「ええ、だから冒険者から一番嫌われてるの。冒険者の財産である装備は溶かすし、襲ってくる竜の擦り付けは冒険者で一番嫌われる行為だもの。卑怯と罵られる訳ね」
と、そこまで口と共に動かしていた足を止めるルアネ。ギャレンも小さい声でぼそりと彼女の名前を呼び静かにするように言うが、それよりも早かった。
「ああ、この独特な臭い。間違いなく嫌われ者がいるわね」
その言葉に皇太子とその私兵部隊が目を見開き唾を飲み込む。皇太子も私兵部隊も若く、実戦経験をそれほど積んではいないのだろう。最年少であるキレスタールの方が落ち着いており頼もしく感じる。
「ど、どどどどどうしましょう」
「ふ、ふん。臆病者め。俺が害竜などすぐに倒してやるさ」
とはいえ、やはり性格の問題もある。少女と同じような修羅場を潜ってきたはずの青年は明らかに完璧にブルっていた。それを皇太子に馬鹿にするも……その皇太子も少し歯切れが悪い。
「み、見ろ! ミューカスドラゴンだ!」
アラムが馬鹿にされていると皇太子の私兵の一人が叫んだ。その少し周囲に伝えるように大声で張り上げられた声を、まるで劇みたいな台詞だなと青年はおもいつつ、さっと少女の後ろに隠れる。その他の皇太子の私兵の一人が腰の剣を抜きながらのそりと現れたそれを指し示す。その先には大きな竜が音もたてずにこちらを凝視していた。
「……カエルでしょうか?」
それを見た瞬間、そうぽつりとつぶやいたのはキレスタールだった。カエル、そう、それは蛙の顔をしているのだ。
ギョロリと飛び出した目に透明の瞼。やたら分厚い唇にのぺっと横に開いた顔。ただ体は細長く、尻尾はオタマジャクシの名残みたいなヒレ状のもので、トカゲとカエルを足して二で割った様な三メートルほどの竜がそこにはいた。
「ゲコ!」
と、喉を風船みたいに膨らませて鳴いてから、ミューカスドラゴンは一目散にその場から逃げる。それはおおよそ巨大な生物とは思えないほど迅速な逃げ足だった。
「お、追え! 追えぇ!」
「待ちなさい」
さきほどまで少し怯えていたが、相手が逃げるならば強気になるものだ。とにかく血走ってそう号令を飛ばす皇太子だったが、それをルアネがぴしゃりと言葉のみで止めた。
「な、なにかなルアネ姫」
「あなたこの洞窟の構造は熟知してるの?」
「それは……していないが」
「一本道とは限らないし他の害竜だっているのよ? むやみやたらに突っ込んで迷って部下共々ドラゴンの胃袋の中に入る気かしら?」
「いや……そんなことは」
「一応、私はあなたの護衛としてドラゴノス帝国に雇われてるから、雇用相手だしそっちをある程度は尊重するけど、流石に死に直結する行動は止めるからね。いいかしら?」
「それはもちろんだ! 頼む! 皆の者、我らには黒竜姫の加護あるぞ! 臆するな!」
キツイ言い方、ではなかった。ルアネはレルドルト皇太子のことが嫌いかと思ったが、仕事というなればこういう対応もできるということか。
「随分とお優しいですねルアネさん」
「そりゃあ、正論で怒鳴り散らして解決するなら人間はなんの為に大きな頭をつけてんのよ」
ごもっとも、その言葉に青年はそう返して、一団からはぐれないよう暗い洞窟の奥深くへと歩みを進めるのであった。




