表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/131

第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 七話



 ふと、煙の臭いが彼女の鼻を突いた。

 キレスタールとアラムが捕らわれ半日、彼女は客室のような部屋で待機するように言われ、椅子に座りながら夕日が射し込む窓を眺めえていた。

 部屋には大きな絨毯と立派な天蓋付きのベッド、そして小さいながらも使いやすく質の良い木材が使われたイスとテーブルがあり、一つ一つの物だけ見れば貴族の部屋に引けを取らないほど豪華な部屋だが、そのどれもがこの部屋にある他の物と合わないのだ。

 派手な絨毯と対照的に落ち着いたイスとテーブル。それにベッドにいたってはなんというか見ようによっては娼館の乗客用の部屋にあってもおかしくない煽情的な雰囲気だ。


「……私めが軽率でした」


 取りあえず豪華な物を詰め込んだちぐはぐの部屋、そんな部屋の中で彼女はそう自責する。

 彼女がザガに不信感を抱いたのはテントに詰め込まれた怪我人を診た時だ。通常、怪物と戦い負う傷というのは鋭利な牙や爪といった複数の並んだ怪我が多い。

 中には人間と同様の知性を持ち、武器を使う魔族などもいるがそういった者は上級の魔族、つまりあの人数が生き残れるほど甘くはない戦闘となる。負傷すればそれだけで死、もしくは仲間に負担がかかり最悪全滅するのが当然の流れなのだ。

 だが、ザガはこれをモンスターとの戦闘で負った傷だと答えたのだ。そしてその嘘を付く時、少し言葉に詰まるなど不審な点もあった。


「そして私めの指摘で、自分のミスに気付いたザガはあらかじめ用意しておいた強硬手段でアラム様と私めを捕縛といった流れでしょうか……あの時に不用意に質問をし相手にこちらが悟ったのを感づかれなければ……」

「そうとも、あれは俺の失敗だった」


 ふと、彼女の独り言に答える声があった。気づけば音もなく部屋のドアが開き、ザガが腕を組み壁にもたれ掛かかっていたのだ。


「あいつらの怪我で気が付いたんだろ。爪や牙じゃあ傷が並んで付けられるが、あいつらの怪我は剣での斬撃や矢跡だ。人間が付けた傷なのに、咄嗟に怪物が付けた傷だって言っちまったらそりゃあ怪しまれるわな……」

「アラム様は?」

「おや、女がいる部屋に忍びこんでその台詞を聞くとは思わなかったぜ。普通は無礼者だとかノックぐらいしろとか言わねぇかい? 間髪入れず仲間の心配たぁ、あんたあのグリズの屑野郎の元仲間とは思えんなぁ」

「答えなさい」

「そう殺気立つな、別に殺してねぇよ。まぁ一応警戒はして牢屋にはぶち込んだが……その先どうなるかはあんた次第だ」

「……要求を聞きましょう」


 アラムの生殺与奪の権利は相手の手中だ。下手な態度を取れば彼が殺される可能性がある。キレスタールは大人しく話を聞くことにしたらしい。


「魔王がこの国を滅ばす時、この砦に大人数の術師で巨大な魔術防壁を展開する。それにあんたも加わってもらいたい。それにここ最近国の兵士がここにいる元勇者やら実力者を戦争に連れて行こうとしてんのか、襲ってきてるんだわ。その時の治療も頼みたい」

「私めに魔王討伐を諦めろと……言うのですか」


 イスに座っている彼女の太ももに置かれた両手が、強く握られる。表情こそ変化がなかったが、彼女にしては珍しい明らかな怒りの意思表示だ。


「もう目前なのです! 三か月、三か月の旅で怪物に殺された恋人、餓死で死にゆく母子、多くの不幸をこの目に焼き付けてきたのです! それを捨て置けと、貴方は言うのですか!」

「現実を見ろ嬢ちゃん! 大義だけじゃどうしようもねぇこともあんだよ! アンタにあの化け物連中のボスをどうこうできる力があるのか? 現実的な作戦があるのか、信頼できる仲間がいるのか! ねぇだろそんなの、あんたの元仲間のグリズから聞いたぁ、失われた回復魔術と一人で何十人の大儀式で作れるほどの結界を作れるが、攻撃能力が無い! そしてただただ魔王を倒す策を練り出せねぇでただ魔王城に向かっていたこと、そしてあんたの旅に同行していたグリズが俺にあんたの情報を渡したんだよ!」

「……ですが」

「ですがじゃねぇ! 全員は救えねぇんだよ嬢ちゃん。無理なんだ、俺たちは神様でもねぇし神様は俺たちを救ってはくれねぇだろ。なんで馬鹿な俺が生き残ってあいつらが……いや、すまん」


 ザガはいつの間にか持たれていた壁から背を離し、身振り手振りでそう叫んでいた。

 断じて若い者への説教ではない、必死に、そう彼は語るのだ。不可能なのだと、強く強く、そう彼女に言い聞かせた。


「無理だ。無理なんだ……あんたの元仲間もそう思ってすでに魔王退治なんざ諦めてた。二週間ほど前、俺はあんたの噂を聞いて半信半疑で部下使い探させた。結果、グリズと内通して最初は説得してあんたをここに連れてくる予定だったが、あいつが独断で怪物退治の依頼を受けあんたを置き去りにした……正直、生きてるとは思ってなかったぜ」

「アラム様に助けれたのです」

「あの男に? どうやって、強そうには見えなかったが?」

「何か、見たこともない魔術のようなものを使い、怪物の頭を吹き飛ばしたのです……あの方にも魔王退治は無謀だと言われました」

「確かに魔法使いとか言っていたな、しかしあいつも無謀と思ったか、だろうよ。だから魔王が攻撃を仕掛けてきた時、ここにいる術師全員で結界を張って生き延び――」

「ですが、あの方は私めの旅に同行してくださいました」


 心底不思議そうに、キレスタールは小首を傾げてそう言った。その姿があまりにも綺麗で神秘的にさえ感じてしまう素振りだったからか、先ほどまで熱弁していたザガは口を閉ざしてしまう。入れ替わる形で、キレスタールがまるで独白の様に話し始めた。


「今まで旅の中で出会った方は大体私めと出会うとこの髪を気持ち悪がるか、聖女と呼び魔王討伐の最後の希望として扱うかのどちらかでした……ですがどちらもその根本にあったのは自分たち(人間)とは違う者としての扱いでした」

「……だから、なんだと?」

「無謀だと言いつつ、あの方は私めに付き合ってくださいます。あの方にはあの方なりの考えがあるのでしょうが、それが、本当にたまらなく嬉しかったのです」


 ふと、ザガの顔を見ず、日が沈む窓に顔を向け彼女はこう言葉を繋いだ。


「だから、怖かった。怖くなってしまった。私めなどが初めて誰かに人として扱われ、どう話して良いのか……嫌われるのが怖くて、ずっと黙ったままでいました。嫌われることなんて、怖がられるなんて、私めにとって当たり前なのに――変ですよね?」


 アラムと出会うまでの旅、彼女はその回復魔術と何よりその半透明の煌めく髪で出会う者から崇められ無責任に想いを託されるか、怖れられ差別的な発言を受けるかのどちらかだったと語る。

 だからこそ、自分に対し一人の少女として向き合って接するアラムが彼女にとって特別だった。


「あの人は一生懸命に私めと話そうとあれこれしてくれたのに、今までどう答えて良いのか迷っていたのです。ああ、容姿が綺麗だと褒められた時は恥ずかしくなってしまい本当にどうして良いものかと、一日中頭を悩ませておりました」


 少し、ほんの少し声に小さな笑いがあった。

 それは初めての経験に戸惑い機械的に返答していた自分に対してか、はたまたなんとか自分と話そうとして盛大に空回りしていく彼の姿を思い出してなのか、それは彼女にしかわからない。


「正直、一人でここに辿り着いておれば、あなたに説得されていたかもしれません。孤独の中、この心が道半ばで折れかけていたでしょうから、ですがもうこの旅はすでに私めだけのものではないのです……一つ、お願いがございます。今一度あの方と話し合う時間を下さい。あの方の心中を私めは聞きたいのです」


 いつの間にか、キレスタールは窓から目を離しザガの顔を見つめていた。その顔は、まるで本物の聖女の様な、穏やかな笑みを浮かべていた。





「おっぱい揉みたい」


 などと、つい先ほどキレスタールがアラムのことを想い、何か感動的なことを言っていたのだがこの男はそんなことをほざいていた。


「……そうか、若いなぁ」


 さて、キレスタールとの話合いの後牢屋の見張りと交代しザガはアラムと話し合っていた。

 最初は警戒していた青年だが、何か希望はないのかと問われて出てきたのが、この自分の性欲丸出しの返答だった。


「いや、なぁ、他にねぇのか?」

「……うーん、彼女が欲しい! 仕事で評価されてお給料いっぱい稼いでできればストレスフリーで生きていたい!」

「おいおい欲張りだな……なら結果出さねぇとな、努力なんてまぁ結果を出さねぇことには評価されねぇもんだぞ?」


 結果が全て、現実はそんなものだとザガは断言し――。


「いや、確かに結果が全てだなんてよく世間で言わますけど、生憎と僕はやっとこさ結果を出しても、仕事を奪ったなんていちゃもん付けられて部署替えさせられちゃいましたし。だから結果が全てなんて思いたくありません! 現実はそんなに甘くない、容姿と金が全てぇ!」


 アラムは結果なんか出しても評価されない自身のつまらない現実を吐露したのだった。

 思わずザガが泡を喰ったらしい。彼の返しがよほど意外だったのか、すぐさま唖然としたその顔は愉快に歪んでいき――。


「あははははは! なんだそれあんちゃん、そうかそうか、出る杭が打たれちまったのか。いや、年上ぶって現実の厳しさを説教してやろうとした俺が馬鹿みたいじゃねぇかぁ!」


 まぁ、手を叩いてゲラゲラと笑ったのであった。


「人の不幸をそんな笑うことないと思うんですけどぉー、いや本当に」

「いや、すまねぇすまねぇ。あー笑った笑った。そうかい、あんちゃん苦労してんだなぁ。で、その仕事ってのはなんだ。おめぇどこの組織の者だ。ああ? 洗いざらい話しやがれ」

「おっとぉ……口滑らせちゃったかなぁ」


 と、さきほどの気の良い笑い声はどこへやら、きっちりと彼の失言を拾っていたのだった。

 瞬間、静寂が牢部屋を満たした。これは殺気を使った威嚇だ。狼や虎が牙を見せ唸るのと同じだ。この人物はその鋭い視線だけでアラムを刺殺せんとする。

 無論そんなことは不可能だが、そう思わせるほどの迫力がザガからは発せられていた。内心怯えた子犬みたいになっているアラムは冷や汗を流し、真顔のまま言葉をなんとか捻り出す。


「じょ、情報交換しません?」

「け、あんちゃんもあの聖女さんに劣らずなかなか肝が据わってるじゃねぇか。戦闘慣れしてなさそうに見えたが、俺に睨まれてそんなこと言えるたぁ、案外大物か?」

「いえ、僕は小物です……証拠にちょっと漏らしましたから」

「ははは! 冗談言うなよ」

「……」

「……着替え、いるか?」

「あ、そこまで漏れてないです。はい」


 妙な間の後、ザガが咳払いをする。そして自分の頭を掻きまわして、こう言った。


「じゃあ、腹割って話すか! で、なんだ。こういうのはあんまり慣れてないんだが、俺から質問していいのか?」

「構いませんよ」

「じゃあ遠慮なく。正直に言ってくれ、お前何者だ?」

「うーん、正直に言っても多分信じてくれないと思うんですが、怒らないでくださいね?」

「おー、怒らねぇよ、遠慮なく言え」

「実は僕、時空を超えた別の世界から事故でここまできたんですよ。でまぁ僕らは介入者(インタービーナーズ)っていう人類の危機やらなんやらに現れて、お節介を勝手に焼いてあげく報酬を要求するという胡散臭い善意押し売り業者なんです、はい」

「……何言ってんだお前、怒るぞ?」

「怒らないって言った、怒らないって言ったのに。嘘ついたこの人!」

「いやいや、流石にそんな馬鹿みたいな話を信じられるかよ!」


 とまぁ、アラムが馬鹿正直に自分の正体を明かしても信じてもらえる訳もなかった。ザガは悪徳な商売を紹介するセールスマンを見るかの様な目で、牢屋越し「はいはいわかってましたよ」と少し拗ねた表情のアラムを睨む始末だ。


「まぁそう思ってキレスタールさんにも僕が遠い異国から来ていることにしていますので、そう思ってもらった方が良いでしょう。存在も知らない国も異世界も大して変わらないでしょう? じゃあ次はこっちから質問しますね」

「まぁ、納得いかねぇがいいだろう」

「この砦にいる人間はどういう集まりで、何をしようとしているのか教えてください」


 至極当然の質問だった。

 先程、ザガはキレスタールには自分たちの目的を話したが、アラムはなぜ自分たちが捕まったのを把握していない。ならまずその理由を知りたがるのは当たり前の思考だろう。


「そうだなぁ。どこから話そうか……長くなるぞ? 俺がまだ若い頃の話からだな。俺はまぁいわゆるハンター家業ってのをしてたんだ。凶暴な怪物共を倒してその素材を売って生計を立ててたんだ」

怪物殺し(モンスタースレイヤー)を仕事に? だからあんなに強かったんですね」

「ああ、そういやおめぇさんにはあのグリズの屑をぶっ飛ばしたところ見せたんだったか? まぁ、昔はこの国で一番強い男なんて言われたが……あくまで人間の範疇での話だよ。ある日な、本物の怪物に会ったんだよ。魔王軍の三将が一角、サルジェにな」

「あ、そういう四天王的なのあるんだ」


 なんとも呑気な反応を見せるアラム、魔王軍といえば四天王的な幹部が存在するというのが彼の中での常識らしい。


「あれは怪物だ。聞いた話じゃ前魔王から使えてる筋金入りの化け物らしい。若い頃、偶然人間の領域に入ってきたそいつに俺は仲間の意見も聞かずに喧嘩を売ってな……俺以外は肉片よ。浅はかだった。本当にあの時の自分をぶん殴りてぇ、俺は大馬鹿者だよ。だからまぁ、それ以降は仲間を大切にしてんだ」


 その声から後悔の念がひしひしと伝わってきた。それが彼の人生一番の後悔なのだろう。当時の仲間とどれほど絆を深めていたかは不明だが、それが自分の軽率な行動で帰らぬ人となったのだ。さぞ無念だったろう。


「それからまぁ三年ぐらいは廃人だ。何度仲間の後を追おうとしたのか覚えてねぇ。でもまぁそんなろくでなしをほっておいてくれねぇ面倒見のいい女がいてなぁ……まぁ、惚れちまったんで気づいたら成り行きで子供作って、ついでに畑を耕して、小銭稼いで所帯持ってた」

「え、成り行きで結婚ってできるもんなんです?」

「ははは! できらぁ。惚れた晴れたなんてそんなもんだよ。で、まぁ、そんなんだから嫁には頭上がらなかったがな、でも幸せだったさ。国が戦争を始めるまでは……」


 それまで悲しそうに、懐かしむ様に昔話をしていたザガの表情が変わった。明確な怒りへと。


「ある日な、どこかで俺の強さを聞きつけた国の連中が兵士になれって言ってきた。無論俺は断ったさ、守るべき家族がある。俺はもう、剣なんざ持つ気はねぇってな……翌日には俺が留守にしている家に兵士が押し入って、嫁と子供が村の真ん中でさらし首よ」


 ――流石に、それにはアラムは軽口を叩けなかった。


「あの時ばかりは俺は獣になった、人間止めて化け物になったさ。嫁子供殺した兵士も、それを見殺しにした村の連中も皆、皆殺して……気づいたら山の中で気絶してた。ああ、神様ってのを本気で恨んだのはそん時だな。そして俺はめでたく大罪人よ……この砦に集まった連中はな、国に魔王倒してこいって無茶言われて心が折れた連中だ。仲間を殺された。期限に魔王を倒せなかったから家族を故郷の兵士に殺された! 友を! 妻、夫、恋人を! 子供を殺された悪鬼羅刹の復讐鬼だ!」

「つまり、貴方は、いやこの砦の者全員、国への復讐が貴方の望みだと?」

「ま、全員が全員そうじゃねぇ、ただ生き残りたいって奴もいる。あの聖女さんの元仲間のグリズもその一人だ。魔王が何をして俺たちを殺しにくるかは知らねぇ。術師集めて巨大な結界張って、生き残ったその時は、俺はこの国の中央都市に行き……」


 それからは語らずとも理解できた。ザガは復讐を、自分の家族を殺した者どもを八つ裂きにしたいのだろう。


「だから、それには聖女さんの力がいる。実はさっきあの聖女さんとも話したんだ。復讐のことはまだ言ってねぇが、魔王の攻撃時に結界を張るのを手伝ってくれと……そしたらあんたの意見を聞きたいと言ってきたんだ? もう一度言う、腹割って話すぞ。どうか、どうかあの聖女さんを俺と一緒に説得してはくれねぇか、この通り、この通りだ」


 白髪が交じった頭が下がる。額を地面につけ、ザガがアラムにそう頼んだ。

 それがザガの一番の狙いだったらしい。キレスタールは一度アラムの意見を聞きたいと申し出て、それによっては十分にザガに協力する態度だった。

 屈強な決意と意思を持つように思えたが、彼女とて十代前半の少女なのだ。仲間に裏切られ、この三か月の間に様々身に降りかかった差別や人の醜さで彼女自身擦り切れていたのだろう。

 だから、彼に、アラムに委ねた。もう自分を信じることさえ疲れた彼女の心中を知ってか知らずか、アラムはゆっくりと口を開け――。


「……うん、ザガさん。それは無理だ」


 そんなどこか零れる様に吐かれた、否定を言葉にしたのだった。


「……なんでだ餓鬼?」


 目を充血させた鬼が青年を睨む。なぜこの話を聞いて承諾をしてくれないのかと。その内に抑え込んでいるどす黒い憎しみが無関係のこの青年に襲い掛からんとする牙に対し――


「いや正直、僕もこの国は嫌いですよ。戦争を起こして白旗上げるタイミングを逃して国民を薪にしてなんとかこの国は存在を維持してる。だったらとっとと滅ぼしてしまえばいいと思ってるぐらいです」

「だったら!」

「でも貴方のその考えにはその先のプランが無い」


 獣の敵意に、青年はただ、人の理性のみで答えた。


「ザガさんの考えが全部うまく運んで魔王の攻撃を逃れ、国を獲ったとしよう。で、後は取りこぼしを処分する魔王か戦争中の隣国にこの砦の人間は殺されるか奴隷にでもなるでしょう?」

「逃げるさ。これだけの手練れの戦士がいりゃあ船で外海へ逃げて、知らねぇ土地で生きていくさ!」

「無理だ。そりゃ数人かは運よく生きるだろうけど、大半は死にます。そんなの予測できるでしょ?」

「じゃあ、どうしろってんだ! てめぇは何か良い考えがあるってのか! ああ!? この方法しかねぇだろ! 生き残るにはそれしか――!」

「貴方の立場ならそうでしょう。結界に引きこもり魔王が国を滅ぼした直後に国境を超える、もうどうしようもない状況での最善手と言っても良い、だが僕ら(よそ者)には、インタービーナーズには別の方法がある。僕はね。魔王に会いに行って――」


 アラムが自身の考えを口にする。

 その内容をザガは数秒、うまく理解できなかった。さもありなん、その内容があまりにも突拍子なく、この国の誰もが思いつかなかった馬鹿げた話だったからだ。


「……それこそ無理だろ、お前、今更!」

「可能です。僕は、僕らは世界の介入者(インタービーナーズ)ですから。時空を漕ぎ世界と世界を渡り歩く善意押し売り業者、だから魔王との交渉材料を用意できる」

「無理だ!」

「なぜ?」

「……本気でそんなことが可能だと思ってるのか!? 相手は魔王だぞ。まともに話なんて聞いてくれる訳がねぇ」

「この国と魔族の争そいの発端は人間が兵器として魔族の食糧としての魔石を乱獲し、魔族を餓えさせたのが原因です。そこに交渉の余地がある」

「だが!」

「キレスタールさんと僕はここに魔王討伐の仲間を募集しにきたけど、僕個人で別の目的が一つあった。魔石の入手です! それが無かったら僕のプランは無理ですが、逆に魔石さえあれば魔王との交渉材料は手に入る。頼みますザガさん、魔石があるなら僕にくれませんか! 死んだ仲間を想い、今の仲間を大切にしているいう言葉に嘘偽りが無いのであれば! 僕に、どうか僕とキレスタールさん、そしてその他の僕の仲間に、賭けては頂けないでしょうか!」

「……いや、で――」


 青年のまっすぐ目と言葉に、復讐鬼の言葉が詰まった。正直に言ってしまえば、ザガがあの砦の前でアラムを見た時、彼に抱いた印象は軟弱者だった。

 とにかく鍛えが足りない。実際技術者であるアラムの四肢は、歴戦の戦士の目からすれば細い木の枝となんら変わらないのだろう。

 だが、この目だけが違った。肉体が貧弱でも、言動が捻くれていても、今ザガを見抜く目だけは、彼の心を打つほどの力が込められている。だから、あの少女が彼を信用しているのかと、今更ながらザガは理解できた。

「魔石があれば、本当にお前はこの国を救えるのか?」


「大きさ形は問いません。一つあればいい。それと国は救いません。遅かれ早かれ革命でも起きて滅ぶでしょうから、あくまで僕に救えるのはまだ生きている人たちだけです」

「ちょっと、考えさせてくれ」

「はい」


 ザガが下を向き、何かを考える。唇を強く噛み、ただただ黙って考え込んでいた。

 アラムに言われたことを飲み込み、考えているのだろう。自分の案の限界、そしてアラムが正直に話した彼の正体と、なぜあの聖女が彼を信用しているのかという疑問。きっとそんな判断材料を攪拌させているのだろう。

 そして、十分後、ゆっくりと口を開いた。


「……国を助けるってのは俺の敵を助けることと同義だしそっちの方がいいわな。それに、別に魔石一個渡したぐらいで俺たちにはなんの損失にもならねぇ。そんなんで俺たちを助けてくれんなら喜んで渡す……行け若人、あの聖女さんと一緒に、魔王の元へ。ま、魔王の攻撃とやらはあの聖女さん抜きで俺らは耐えてみせらぁ」

「いいんですか一存で決めて? もっと仲間と相談してからでもいいんですよ。ザガさんにも立場があるでしょう?」

「馬鹿言え。魔王がいつ攻撃を仕掛けてくるかもうわからねぇ……だから即決で決めねぇと駄目だろ。だから、まぁ、これでいい」


 ザガが、復讐の鬼がアラムを認めた。

 アラムを人質にでもすれば、キレスタールを自分の思い通りに動かせることだって可能だっただろう。だが、この男はそれをしなかった。できなかった。

 正直アラムの作戦をザガは信用しきれていない。だがこの馬鹿に自分たちの命運を預けて良いと思える何かが、さっきのこの青年の言葉の中に確かにあった。


「おい、善意押し売り業者」

「なんですか?」

「ちったぁマシな男になって俺の死んだ女房みたいないい女と結婚しろよ」

「いやぁ、それはー、無理」

「おい! 今から魔王どうにかしよって奴がそんなんでどうすんだ。童貞捨てろ童貞」

「そっちは無理、魔王倒すより無理難題!」


 とまぁ、ザガの心中で本当にこいつに任せて良かったかと、すぐさま若干の疑問と後悔が生まれたのであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ