第四章「男は女の愛を知る」 十三話
あの偉そうな男はドラゴノス帝国の皇太子レルドルト・ドラゴノスであると、本人の口から説明された。ルアネへの告白合戦が無効試合となり、ならばと自分の権力でほだそうと彼はアラムたちを帝国の城へと招くと言い出したのだ。
レルドルト皇太子のことは気に入らなかったが、皇帝には早いうちに勇者として皇帝に挨拶をしなければならないルアネが丁度いいと言い出して、今から皇帝陛下に会う運びとなった。
とはいえ事前告知無しのいきなりの訪問、レルドルトの付き人らしき騎士の一人が先に城へと走り、勇者の謁見許可を取り付けに向かっていくのだが、果たして謁見は可能だろうか?
「その、無知を承知で聞くんですが、皇太子って……どれぐらい偉いんですかね?」
ふと、その道中に政治の言語についてあまり教養の無いアラムは、レルドルト皇太子の自己紹介を聞いてポツリとそんな質問をした。それに皇太子はそれを小馬鹿にするように鼻で笑っただけであった。ルアネの言葉には耳を貸すが、そのオマケはぞんざいに扱うつもりらしい。
するとお付きの若い騎士の一人がレルドルト皇太子に許可を貰い、理解しやすく青年に質問してくれた。レルドルトのことを少し嫌いになったアラムだが、この騎士への好感度はアラムの中で爆上がりした。基本的にこの青年はチョロいのである。
皇太子、それは皇位継承第一位を持つ皇帝の子のことである。ちなみにただの皇帝の子は皇子と呼ぶのだが、それはさておきこのレルドルト皇太子の地位はかなり高いということらしい。
「俺の元に来ればなに不自由の無い暮らしを約束しよう! おおルアネ、その美しい――」
「いや、そういうのいいから。私はただ現皇帝に挨拶するだけだから」
「いずれ君の父君になる人だから、失礼の無いように……まぁ、何かあっても俺が父との仲を取り持つがな!」
「……はぁ、こいつギャレンより人の話を聞かないんだけど、なんなのかしら」
うんざり、といった顔でトコトコと自分のすぐ後ろを歩くアラムとキレスタールを流し見るが、恋愛経験など皆無に等しい二人は小刻みに首を振り力になれないことを必死に伝える。
その動きがあまりにもシンクロしていて面白かったので、ルアネの不機嫌な顔が少しだけ緩んだが、すぐさまレルドルト皇太子の言葉で元に戻った。
「しかし麗しき黒竜の君が今代の勇者だとは、俺も皇太子でなければ一緒に――」
「勇者って呼ぶのやめてくれないかしら? 私あまり勇者って呼び方好きじゃないのよ。黒竜姫、最近名を上げてる冒険者、知ってるでしょ? あれ私だから。今はそっちの方が通りがいいし、そう呼んでくれないかしら?」
「姫? 貴族の娘という話だが……いや! 姫だ! 君の美しさは姫と呼ばれるにふさわしい! ならばこう呼ぼう! ルアネ姫と!」
「はいはい、もう好きにして」
先程まで自慢話とルアネに対する美辞麗句しか言わなかったレルドルト皇太子は一人で納得し勝手に盛り上がる。しかし、ルアネはなぜ勇者と呼ばれるのが嫌なのだろうか?
そのまま皇太子のマシンガントークは止まることなく、ドラゴノス帝国の城にたどり着き見張りの兵士に敬礼されながら皇帝陛下への謁見へと向かう。
ドラゴノス帝国の城は街中とは違い自然の地理をそのまま利用した建物ではなく魔術を使い堅牢な黒岩を加工し建造された居城であった。
そして城内の廊下を歩くだけでも、歴史を感じさせる高そうな壺やら絵画、旗に甲冑などが一定間隔で置かれておりアラムは物珍しそうにそれを眺める。
そして場内を歩くこと約十分、目当ての場所にたどり着く。他の場所より一段と豪勢に飾られた長い廊下にある大扉、それを抜けると大きな広間へとたどり着いた。
とにかく天井が高い、それがアラムが最初抱いた感想だった。壁も床も赤い布で飾られたその空間は横に大きく、縦も城の三階部分までぶち抜かれていた。
そして巨大な国旗の下に玉座があり、そこに目当ての人物がすでにアラムたちを待っていたようだ。
「塔の一つでも建てれそうな広さね」
感心しているのか、呆れているのか……どうにも判別が難しい顔でそう言って、黒竜姫はその広い空間の奥でふんぞり返っている男に鋭い目線を送る。
「……はるばるご苦労である。我はドラゴノス帝国が皇帝、ウォンハルダー ドラゴノスである」
「お初にお目にかかりますわ。アケル王国が二大貴族、ルアネ シュバルツでございます」
いつもの遠慮のない物言いを引っ込ませ、貴族の令嬢モードでそう現皇帝に挨拶をするルアネ。こういうのを見ると彼女は非の打ちどころの無い淑女と思えるが、普段の言動を知っているアラムは何か文句を言いたそうにそれを隣で眺めていた。
「何よ」
「詐欺だと思う」
と、小声でそんなやり取りをした後、ルアネから肘で脇腹に一撃を貰うアラム。思いの外良いのが入ったのか、青年は苦悶の表情を浮かべ腹を押さえて無言で痛みに耐えていた。
「父上よ! 聞いてくれ。俺はこのルアネ姫と結婚する! ああいや、姫ではないのだが――」
「レルドルト」
ふと、現皇帝ウォンハルダーは息子のその言葉を聞きルアネの顔をちらりと見て、癇に障ったような不機嫌な顔になる。
「いえ、失礼ながらあちらが勝手に騒いでるだけですので」
そう言いつつルアネは完璧な笑顔を顔に張り付けているが、見る人が見れば作り物とすぐに見破れる顔だ。
一方アラムは内心穏やかでなかった。というか完璧に顔に動揺が現れていた。先ほどのルアネの言葉で、お偉いさんの怒りを買っていれば大ごとになるといった顔だ。
「……これは愚息が失礼した」
だが帰ってきた答えを聞いて、青年はほっと胸を撫でおろした。皇太子とは違い、父親の方は常識を持ち合わせていたらしい。
「父上!?」
「レルドルト。先ほど聞いたが、また勝手に城から出ていたらしいな? それと害竜を退治する為の装備を探していたとか、先日言ったことを忘れたか?」
「しかし父上! あのミューカスドラゴンを退治せねば民の生活は脅かされるばかりです」
ミューカスドラゴン、つまりは粘液竜。
アラムはスライムがドラゴンの形でもしているのだろうかと想像してみたが、ルアネはその名前に覚えがあるらしく先ほどまで顔につけていた笑顔の仮面をポロリと落として露骨に嫌そうに顔をしかめた。
「ルアネさん……随分と嫌そうですね。女性が気持ち悪いと思う竜なんですか?」
「冒険者に一番嫌われている害竜よ。人は殺さないけど装備を溶かすのよ。て、なんで目を輝かしてんのよ、あんた」
装備を溶かす、その言葉に見るからに目を輝かせるアラム。きっと彼の脳内には部屋の端末の奥深くに隠してあるエッチな本のデータに出てくる女性の服が謎の液体により溶解されるページが思い浮かべられているに違いない。
「冒険者ギルドにはすでに依頼を出している」
「依頼を出して一か月も経っているのですよ! そろそろ国が動かなければならない頃合いでしょう!」
「だからと言って皇太子自ら剣を持ち害竜退治など、万が一があってはそれこそ国が混乱し民にいらぬ不安を与えるであろうに」
どうやらそのミューカスドラゴンとかいう竜退治の件で前々から喧嘩しているらしい。そして皇帝はちらりとルアネを見る。
嫌な予感しかしないルアネとアラム。こういう時、勇者というものは厄介ごとを押し付けれると相場が決まっているからだ。
「黒竜姫と白竜公、その活躍は皇帝である私の耳にも届いている……一つ、実力者であるルアネ殿に頼みたいことがあるのだが」
ふと、青年はキレスタールとギャレンを見る。すでに二人の顔は民を脅かすという竜の話を聞いて、なにやらやる気に満ちた顔になっていた。根っこからの善人と言うか、人助けはこの二名にとって当たり前のことなのだろう。
大して残りの苦労人二人は、ほらやっぱりと言わんばかりに諦めた様なため息を吐いたのであった。
次回更新は明日の朝六時の予定です。




