第四章「男は女の愛を知る」 十二話
晴れ空の下、小さい村で宿をとったり野宿をしながら特に危険も無く整備された商業道をのんびりと歩くのはアラムとキレスタール、そしてルアネとギャレンの四名である。
――そこは人の手により切り開かれた尖った岩石群の中、舗装された商業道であった。緑豊かなアケル王国とは違い草木一本生えない岩石しかない荒地だ。
この地は名をドラゴノス帝国、農産業ができない不毛の地だが、無尽蔵と言われる岩石と鉱石を使った鍛冶産業にて発展した古の大英雄が作ったとされる帝国だという。
右を見ても左を見ても尖った岩がそびえ立ち、それはただの石に見えて、実は全て魔石なのだという。
「削っても削っても自己回復する魔石とかバイトでも珍しいよ。ここに年中金欠の魔術師を放り込んだらそこら辺の岩に頬ずりしはじめそうだね」
それがそこらにある希少素材を見ての、青年の感想であった。ちなみにアラムもこれを持って帰って一儲けしたそうにしていたが、インタービーナーズが無断で出先の物を売るのは違法なので歯を食いしばり血涙を流しかけながらも耐え切れず、こっそり再生魔石を懐に仕舞うところでキレスタールにやんわりと止められていた。人間、理性より欲望が勝る時もあるのだ。
まぁそんなことはともかくとして、彼らが仲間となり三週間の時を経てアケル王国からの国境越えは難なく為された。この世界には国境に間所などなく税もかけられておらず、これでは自国に逃げてきた犯罪者を国内に招いてしまうのではないかと青年は首を傾げたが、碌な装備も持たない逃亡者はほぼ確実にそこらの竜に食われるとルアネは言う。
万全な装備でも危険を伴うこの世界での過酷な旅路。そんな苦難を乗り越えてきた旅人は、素性がわからなくとも害が無ければもてなすのがこの世界での常識だという。まぁ一部、排他的な所もあるらしいが。
「うーん! 今日は野宿じゃなくてベッドで眠れそうね~。まぁアラムの寝袋だっけ? あれの寝心地が良すぎて野宿でも苦じゃないんだけど。あんなもの持ってるなら故郷を旅立ったその日に話しかけたら仲間にしてあげたのに」
「ルアネさんの性格上、僕なんかが話しかけたらものの数分でイライラしだして武器片手に襲ってきそうですけどね。この前みたいに」
「ちょっとぉ、いつまでネチネチ言うのよ。三週間も前のことなんていい加減忘れなさいよ」
「ぼかぁ結構根に持つタイプなんでね! 向こう一年はこんな感じですよ」
「あんたそんなんだから女にモテないのよ」
「ちょっとぉ! そこら辺の船でのプライベートを僕はルアネさんに話してないですよね!? え、キレスタールさんから聞いたんですか?」
「いや、見たらわかるわよ。モテない男なんて時空を超えても似たようなもんでしょうに」
「ねぇねぇ酷くなーい! 偏見でそういうこと言うの良くないと思うんだぁ、僕!」
「でも当たってるんでしょ?」
それがとどめの一言になりアラムが黙る、というか拗ねた。結構ルアネはこうしてアラムを弄る。とはいえルアネも一応は気を使い過ぎた暴言は出てこないので、こうして毎度毎度の青年と黒い女の定番のコミュケーションの流れとなっていた。
「そりゃあ昔やらかして、バイトでは変人として名が通ってる僕ですけどね? 別に僕より酷いのなんて沢山いるんですよ? なんせあらゆる世界の癖の強い変態たちが集結するのが僕らの船ですから」
「え、もしかしてあんたの言う船って変態じゃないと乗れないの?」
「そんな条件はありませんけど、自分から故郷を捨てて船の乗ってやろうっていうのは冒険中毒の剣士とか研究狂いの魔術師とか科学者とかなんでね。皆さんそれはもう我が強いんですよ」
と、船での色々なエピソードを披露するアラム。いつもは人と何を話していいのかわからないといった感じの青年だが、船での無尽蔵とも思える事件の数々はそんな青年を疑似的に饒舌にさせた。
そんなこんなで青年の語りで旅路の時はあっという間に過ぎ去って、細長い筒と黒い煙が次第に彼らの視界に入ってきた。
「やっと見えてきた。あれがドラゴノス帝国の首都、ドラゴノスよ」
「国の名前と首都の名前が同じなんですね」
「昔この地のヌシだった竜を退治した英雄の名前よ。嘘か本当かもわからない英雄伝説だけど、まぁそんなことより! あれ見て! 流石は鍛冶の国ドラゴノスってもんよ!」
遠くに見える無数に伸びる煙突を指さし、はしゃぐルアネ。ドラゴノス帝国は鍛冶産業がこの世界では一番発展しており、あの百を超える長い長い煙突の下には全て工房があるというのだ。なのでどれも他国ではドラゴノス産の武具は一級品として取引されるらしい。
武器や防具に異常なこだわりや持つ彼女にとってはそれはもう天国だろう。が、一度咳払いをして少し冷静になるルアネ。アラムにはあの痴態を見せてしまったが、ここまでなんとかギャレンにはこの秘密を隠し通してきたのだ。ここでボロを出す訳にはいかない、のだが。
「ああ、ルアネは武器や鎧が好きだからな。存分に見て回ると良い」
「そうそ、もう楽しみでたの……え? なんて」
「ルアネは武器や防具が好きなんだろう? 夜な夜な一人で武器を愛でるほどに」
だが、そんな彼女のテンションはギャレンのこの一言によって下がった……というより上昇していたゲージを瞬間凍結させられた。ルアネの表情はなぜそれを秘密を知っているのか、という感じだ。
「い、つ……から」
「旅に出た二日目ぐらいか。愚生も夜は鍛錬の時間を設けており、その際に見かけて――」
「いいわ、わかったわ。ええ、私はクール、いたってクール……お前を殺して私も死ぬぅう!」
そして轟いた爆音は、ドラゴノス帝の寝不足でアクビをしていた検問兵の目をものの見事に覚まさせたという。
顔を真っ赤にしたルアネの手加減無しの炎魔術が炸裂して黒焦げになったギャレンとなんとなく巻き添えをくらってしまった青年が不審者として兵士に長時間、無駄に尋問されたのはまぁ……少し後の話である。
「あー……この国の武器、全部買いたいわ」
張り付いていた。大の大人が少し煤で汚れた武具店のガラス越しに陳列してある商品を見てうっとりとして眺めて、だらしない顔をしていた。とても子供には見せられない有様である。
さて、ドラゴノス入国後、ルアネは先走った。それはもうお連れの三人など知らぬといった感じで、念願の遊園地に来て迷子一直線になるほどの全力疾走の後、こうして武具店が多く並ぶエリアまできていた。
ドラゴノス帝国、再生する火の魔石を食べる小型の石竜が食いちらかした穴だらけの大岩や崖を利用して作られた一大帝国、穴だけでなく、土魔術で作られた灰色の石造りの家が立ち並ぶ鍛冶の国である。
住んでいる国民のほとんどが色黒の肌を持ち燃えるような赤い頭髪を持っていた。
岩を体に張り付けて石を食べる石竜がいるらしいのだが、その柔らかい肉はこの国の名物であり、そこらで香ばしい匂いを放つ焼肉の店も鍛冶場と同じぐらいあるという。
「ギャレン、お金出して、手持ち全部を使ってここの武器を全て買い尽くすわよ!」
「流石にそれはやめてほしい、これからの旅費もある。あとルアネ、後ろを見てくれ。通行人の目線が少し集まりすぎている。そなたの美しさは大衆を魅せるものだとよく理解しているが、衆目を集めるにしても好奇の目に晒されるべきではないと思うのだが……どうだろう?」
「うっさいわね! 恥ずかしい真似してるのは重々承知よ。でももう自棄なのよ暴走してんの! 長年、家族にも知られてない秘密があっさりバレてたのよ! もう金に飽かして趣味に走り現実逃避しないともう、なんというか無理なのよ!」
目をグルグルと回して叫び散らすルアネお姉さん。四人の中では年長者なのだが、今はお菓子売り場で駄々を捏ねる子供より厄介な存在に成り果てていた。
「取りあえず店に入るわよぉ!」
そしてその勢いのまま店に突撃する絶世の美女。人というものは自暴自棄になるとここまで子供返りするんだなと青年は熱々のお肉を平らげながら思いつつ眺めていた。
もうあれは止めるのは無理という判断をしたらしい。
だがすぐにルアネの入った店から彼女の金切声に似た怒声が聞こえてきた。流石に中で何が起こっているのかと青年と少女が覗こうとした時、ドアが外れそうなぐらい荒々しく開け放たれる。
「なんで女に武器は売れないのこの国は! 差別よ差別!」
「いや、しかしルアネ。なにやら事情がある様子……少し冷静になってだな」
「冷静になんてなれる訳ないでしょ! こうなりゃ皇帝とやらに直談判よ。どうせ勇者としてこの後に謁見しないといけないんだし、この際、皇帝に文句言ってやるわ!」
「そんなことで揉めたら国際問題になるのでどうか止めてほしいのだが……」
どうやら武器の購入を断られて怒って出てきたらしい。しかし女性だから武器が売れないというのはどういうことなのだろうか?
青年と少女も不思議がっていると、これまた遠くから怒声が飛んできて数人の団体がこっちにやってくる。なんとも騒がしいことだ。
「コラ! そこ何を騒いでいる」
買い物途中のご婦人方やその子供、暇を持て余してる酒浸りの冒険者などの野次馬ができつつある中、重い鎧をガシャガシャとならして見回りの騎士がすっ飛んできたらしい。
「随分と重装備だねぇ、この人たち」
「見回りの兵があれほどまでに着込むとは、変ですね」
「変なの?」
「それはもう、賊が逃走した時に重い装備をしていては邪魔にしかなりませんので……」
分厚そうな鎧にこれまた立派な長斧、どちらかと門番に配置される騎士の格好だ。キレスタールは無言だが、もしや手の込んだ偽物ではと言いたげに目が細められる。
が、そんな疑いはある登場の人物のインパクトにより吹き飛ばされた。
「えーい何者だ無礼者! 我が伝説を飾る武器を探し求めている中、この往来で騒ぎを起こすとは大した度胸だ!」
とにかく偉そうであった。若く顔の良い騎士のみで構成された騎士団に囲まれるように現れたのは……とにかく偉そうな若い男であった。
国民より濃い色黒の肌に、赤く発光しているのかと勘違いするほど鮮やかな赤い髪、そして自信に満ちた顔は、おおよそこの世界は自分中心に回っていると信じている証拠であり、それを表す様にピカピカに磨き上げられた赤く輝く鎧はまさに小さな太陽を思わせる。
「え、なにこの馬鹿っぽいの?」
「……なん、と!」
派手に着飾った男に、ルアネがそんな感想をぽつりと漏らす。だがそんな言葉聞こえないと言わんばかりに男は赤面し、地面に片膝を付いてさっと手をルアネに伸ばしこう言い放った。
「美しい! 我が第一の妃に迎えいれたい!」
「……えぇ」
唐突なプロポーズ。それにおもっいきり嫌そうに顔を歪ませるルアネだったが、それ以上にその言葉に過剰な反応を示した者がいた。言うまでもなくギャレンである。
「な、それは駄目だ!」
「なんだ? 貴様、その人の恋人か?」
「い、いや……そういう訳ではないが」
「ならばいいだろう。略奪愛でなければ躊躇など無い! ふっははははは! さぁ、ルアネ殿と言ったか、どちらの手を取るのだ」
ギャレンと赤く輝く鎧の男がなにやら言い合いを始める。最終的にお互いがルアネに向けて手を差し伸べ自分のそれつかみ取ってくれるのを待っていた。それはまるで口を開けて親鳥に餌を求める雛を連想させる。
そんな大きな子供二人を眺めて、いや、眺められずにルアネは顔を手で覆い、天を仰いでこう言ったのであった。
「……いや、どっちの恋人にも伴侶にもならないから」
次回更新は明日の朝六時の予定です。




