第四章「男は女の愛を知る」 十一話
さて、こんな小話を一つ。この竜と魔術の世界においても恋のおまじないという奴は存在する。どこかの木の下で永遠の愛を誓えだとか、どこかの鐘の音を聞くと結ばれるとか、どこかの高名な占い師の言う通りにすれば男を落とせるだとかそういう類の話である。
曰く、ドラゴノス帝国近辺にある小さな村の岩山には黄金の花が咲くという。その花を積み女に愛を囁けば見事結ばれるとかなんとか。
「いや、冷静に考えて確実に呪いか暗示のアイテムよね、それ?」
そんな話題になってそんな感想を漏らしたのは、つい先日アラムに大怪我を負わしたルアネさんであった。
「金の花だか知らないけど、その花には相手の心を操る呪詛でも宿ってたんじゃないの?」
実に乙女の夢をぶち壊す考察であった。
「しかし、金の花とはこの世界でも珍しいのですか?」
「まぁそりゃあ、実在するかもわからないしね」
「ならば高額で売れると、その女性も瞬時にそう判断した可能性もありますね」
「ああ、私も生活に困ってればそうするかも」
そしてそれに賛同するアラム君の財布番ことキレスタールさん。拝金主義というか現実主義というかこちらも乙女な意見から遠のいている。
――天気は夕暮れ、そろそろ次の村に着こうかという時に、その村にちなんだ伝説をどこかの本で読んだルアネが唐突に思い出し、話のタネにした具合だが……どうにも夢が無い。
「あのぉー、もうちょっと夢を見てもいいのでは?」
と、それに異を唱えるのは我らがアラム君。だがルアネはキョトンとした顔の後に、大笑いしてみせた。
「ぶっは! 何あんた、頭の中お花畑な女が好みなの? 普通、度が過ぎると他の男なら引くわよぉー、そういうの」
「だからその度が過ぎない程度に夢見てもいいんじゃないかと」
「嫌よ。そういうのは馬鹿なお嬢様に任せればいいのよ。アケル王国にはいっぱいいるわよ。それにあんなのとお仲間なんて思われたくもないわ」
どうやらルアネとギャレンの故郷にはそういう世間知らずのお嬢様がわんさかいたらしい。その言質を取るべくアラムはギャレンの方向を見るも、ギャレンはふっと笑うのみだ。
「愚生は知らん」
「あんた、一人で永遠と体鍛えてたんだってね。若い女性どころか誰からも話しかけられてないから知らないんでしょ?」
その瞬間、アラムの目が同胞を見る目に変わった。
「いや、家の年若いメイドにはよく話しかけられたが……まぁそうだな。縁は無かったか」
その瞬間、アラムの目が怨敵を見る目に変わった。
まぁそれはさておき、そろそろ次の村が見えてきた。
「じゃあ今日はここで泊まりね! 予定通り久しぶりに柔らかい場所で寝れるわねー」
と、ぐっと背伸びをしながらこのメンバーの図棒であるルアネがはしゃぐ。空を見上げれば、すでに日が落ちようとしていた。彼女の完璧な時間計算でルアネご一行様、村へとご到着だ。
そんな姿を見て、男二人、アラムとギャレンは顔を見合わせて苦笑する。どうやら彼女には黄金の花なんかより、上質な寝床の方が嬉しいようだった。
酒が飲めるぞ! ということで例の金の花伝説がある村では、酒造が行われた。村の伝説にちなんで金の花の名前があしらわれたちょっとブランド料金が上乗せされたお酒は美味しく、普段あまり飲まないルアネがカッポカッポと口に酒を入れて出来上がっていた。
「ルアネさんは飲みますねぇ」
「いつもはペースを守るのだが、新しい仲間を迎えて相当に楽しいと見える」
村には珍しく大きな宿場があり、その一階にある酒場にてアラムとギャレンは隅っこの方で大人しくしていた。周囲を見渡せば、行商人の旅団や吟遊詩人がいつかの村で見たように騒いでいる。やはり酒しか娯楽が無い為だろう。
で……少し前に、キレスタールは酔っぱらったルアネに攫われた。別れ際にこの酔っぱらいは引き受けるが、彼女とは違い自分のペースで飲んでいたギャレンにくれぐれもアラムを守る様に頼んでいた姿に青年は涙したものだ。
まぁ、あの少女にはそろそろ酔っぱらいの世話という苦行を経験させる頃合いかとも青年は思い、涙を呑んでそれを見送ったのである。向こうでキレスタールが全力で酒の断っているのを遠目で見ていた。
因みに青年はというと、接待などで深酒をする愛すべき育ての親により経験豊富のベテラン兵にまで育てさせられていたのであった。
「ところで、宿をとる前にふらっと消えましたけど、一人で何してたんです? ギャレンさん?」
つい、ミルクか何かの飲み物をちょびちょび飲んでいるアラムは、物静かなギャレンとの沈黙に耐え切れずこの村に入ってきてからのことを思い出しそんな質問を投げかけた。
夜が目前ということもあり、宿が埋まりかけてると予想して取りあえず部屋数が多そうな宿から当たり、見事滑り込みセーフで二部屋にチェックインした時ギャレンの姿は無かった。
別れて別々に探していた訳ではないので、食料の調達でしょとルアネは勝手に納得していたが……ふと、何をしていたのか青年は気になったのだ。
「ああ、これを見てくれ」
と、ギャレンはなにやら大事そうに荷物から小さな物を取り出した、それはどう見ても――。
「花? 黄色い」
「いや、金の花だ」
ギャレンはそう言い切った。だがどう見ても黄色い。金の花ではない……もしかしてこれを探しに姿を消していたというのか。
「どこで見つけたんですか?」
「街の入口近くで見つけたんだ」
「……えぇ」
伝説の花がそんなところに生えている訳がない。もしその通りなら伝説のありがたみの大暴落である。
「ああ、誤解しているようだが売っていたんだ」
「ああ、なる……えぇ」
一瞬納得しかけるも、それ騙されていると青年は目で抗議する。するとギャレンは一拍の間の後に、納得して言葉を続けた。
「安心してくれ。これはこの村の土産物らしい。金の花に見立てて子供がこの村の入口で売っていた物を購入したまでだ」
「あ、ああ~、そう言うことだったんですね」
「いくら愚生でもこんな花を本物として買うことない」
「それは、その、失礼しました」
「いや、恐縮しなくていい。こちらの言葉が足りなかっただけだ……時に相談なのだが」
「え?」
相談、と言われ一体こんな自分に何を相談しようというのかと露骨に不安そうな顔をするアラム。
「恋愛相談、という奴だ」
「いや無理ですぅー。ぼかぁ、そういうの無理ですぅー」
丁重にお断りした。だがギャレンも自分のペースではあるがアルコールを入れていたのでこれを無視。恐るべきアルコールパワーである
「今夜、これと共に寝室に行き――」
「ちょっちょちょちょ! 肉体関係を迫る気ですか」
「まさか、そういうものは結婚をしてからだ。それに今日取れたのは男二人と女二人の二部屋、キレスタール殿がいる前でそんなことできようはずもない」
「おう……」
なんともお堅い男である。いや人前でやれないという部分ではなくそういうのは結婚してからだという部分がだ、だがうら若き乙女の寝室に行くのはどうなのだろうか?
「なぜ寝室に?」
「花が枯れてしまう。それに情念は冷める前に早めに告げるものなのだ」
「まぁ……花は大切にしないといけませんしねぇ……もしかして酒の勢いで行けるか?」
「いけるだろうか!」
アラムらしくない返答だった。アルコールパワーは働いていないが、場酔い、という毒がある。青年もまた場に流され冷静な判断がつかなくなっていた
それから盛り上がる男二人、行ける行けると連呼して顔を真っ赤にする。最終的に、数分前にキレスタールに介抱されて部屋へと消えていったルアネを追いかける英雄一人。
「あ、冷静になったらなーんか嫌な予感するなぁ」
残された青年が他の酔っぱらいに絡まれないように撤退準備を始めた頃、爆発が起きた。
「あー……ごめん、ギャレンさん」
どうせ今ので部屋に穴が開いただろう。そして男部屋と女部屋のチェンジが行われるに違いない。アラムは早速今日の朝、バイトから取り寄せた寝袋の準備も始めた。
因み爆発の原因だが……酔っぱらい、暑い暑いとルアネが個室だからと服を脱いでいたところをギャレンが突撃したのが原因だったとかなんとか――。
その夜、アラムは大穴の開いた部屋で、今日の報告書にこう記載したのであった。教訓、これから不用意に色恋に首をつっこまないようにします、と。
明日の更新は朝六時の予定です。




