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第四章「男は女の愛を知る」 十話



 彼女はまさしく才女であった。武術、学問、魔術、果ては貴族としての処世術までをも完璧にこなし、シュバルツ(黒竜家)きっての天才ともてはやされた。

 が、それゆえに問題であった。彼女は女であったからだ。家を継ぐ男の兄弟より優秀な娘は、同時にシュバルツ家では厄ネタでもあった。優秀ゆえに疎まれ、阻害され、家族と色々とあり自分は家を継ぐことに興味が無いことを示して安寧を手に入れた。

 ゆえに、冷めていた。一時期そんな家庭環境と、彼女が優秀すぎた為に人を見下していた時期もあった……だがそれも長続きはしない。ある日、数多の才能を秘する彼女は自分の国が終わったことを理解してしまった。今代の王が就任した日である。

 今代の王は愚王であった。権力に溺れ、前王(父親)の蓄えを貪り食う豚と変わらない。それが彼女の評価であった。アケル王国のエドガルンド国王は彼女にとって心底気色の悪い存在で、そんな国王の収める国の貴族の当主となったところで彼女に益は無かっただけのこと。

 そんな王に胡麻を擦る兄弟を見て、いい歳でありながら色目を使い取り入ろうとする母親を見て、彼女は見下すのではなくただただ呆れてしまったのだ。要は更に冷めた。見下すほどの価値を自分の家族にすら見いだせなかった。

 彼女は必要以上に優秀だ。だから底に穴が開いた船がどうなるかなど、嫌というほど理解できてしまっただけ。そして皆、その船のスイートルームに入り込もうと必死になっている姿が、痛々しかったのだ。


「……ねぇギャレン。あなた、母親は好き?」


 だから、そんな質問がふと、出たのだろう。


「それは前に話したはずだが……だが今はそんなことを言っている場合では――」

「そうね。忘れてたわ……私、少し気が動転してるのね。でもなんとかしないとね……これ」


 今の状況は、一言で言うと最悪であった。


「てめぇら、これ以上来たらこいつぶっ殺すぞ!」

「おかぁさん! おかあさぁああん!」

「うるっせぇぶっ殺すぞ!」


 女性が倒れ、血が流れていた。そして、汚い恰好をした男が幼い女の子を抱きかかえられ、その倒れている女性に必死に呼びかけている。

 先程のことだ。ルアネはこの砦を完全に制圧しら。攫われた旅商人や奴隷などが人質となっているのは事前情報で知っていたので、百本の短剣を用意してその一本一本を同時に操り盗賊団を無力化していった。

 百本の短剣を精密に飛ばしその全てをコントロールするなど、この世界でも並みの人間ではできない芸当だ。盗賊団からすれば悪夢そのものだっただろう。

 そして十分かそこらで砦を制圧し、人質を解放……したまでは良かったが、誤算があった。


「……人質の中に盗賊団の一人が紛れ込んでるなんてね」


 そう、解放した人質の中に盗賊団の一人が紛れ込んでいたのだ。人質を解放して列を作り安全な場所まで移動させようという時である。一人が隠し持っていた剣を抜いた。

 襲撃に際し慌てて牢屋に入り紛れ込んだのか、元々人質が脱走を試みないか見張らせる為に一緒に牢屋に入っていた者なのかは不明だが、この男は牢屋から助け出された後に隠し持っていた刃物で小さい子供を襲い、抵抗したその母親を斬ったのだ。

 その瞬間、三十人ほどの人質は我先にへと男から逃げた。やっと助かったのに誰しも死にたくないらしく、今は物陰からこの状況を黙って眺めている。ギャレンほどではないが逞しい男もいたが、子供を救う為に立ち向かったのはやせこけた母親のみであった。


「いいか! すぐに武器を捨てて地面に這いつくばれ! おい、聞いて――!」

「――汝、微睡み午睡に鎮みたまえ」

「聞いて……ん……のかぁ」


 子供を人質にとっていた男は目をとろりとさせて地面にどさりと倒れこむ。

 ぼそりと、ルアネが短い呪文を口にしたからだ。そう、人質を取られたところで彼女にとっては問題はない。こんな風に、睡眠魔術を使えば人質を斬り殺す間もなく興奮していた男を眠りに落とすことなど造作もなかった。

 だから、ルアネが険しい表情を作らせている問題は、ここからのことである。


「……ギャレン、ダメ元で聞くけどあなた治癒魔術は? 実は使えましたとかそんなことはある?」

「すまない。知っての通り……ヴァイス家(白竜家)は補助魔術のエキスパートであるが、愚生は残念ながら他人に作用する治癒魔術を習得していない。そもそも治癒魔術を使用できた者は我が家の者でも指で数えるほどしかいない……そんなものを愚生は使えん」

「そう、まぁ治癒魔術は高等魔術だもんね。私ですら使えないんだから……ギャレン、すぐに釣り針と糸出して、薬もありったけ」

「了解した」

「ちょっとあんたら、人が死にそうなんだから協力しなさいよ! 医者とかいないの!」


 傷口からどんどん溢れる血を止める為、何らかの魔術で血を固定させ出血量を押さえるルアネは傍観を決め込む周囲に苛立ちながらそう叫んだ。

 だが誰も反応はしない。あれはもう無理だと言わんばかりに何をしているんだとルアネを眺めているだけだ。


「くっそ」


 そんな短い悪態が絶世の美貌を持つ黒い女から漏れる。


「お、お母さん助かるよね?」

「大丈夫、助けるから、助けてみせるから」


 先ほどまで人質にされていた子供がすがるようにルアネにそう質問を投げかける。この子だけ、盗賊団に攫われた人間の中でこの子だけが母親が助かる希望にしがみついていた。


「針と糸を準備した」

「貸して。初めてだけどなんとかするから」

「ならば俺がやる。昔、何度も大怪我をしたので縫合は慣れているんだ。素人の付け焼刃だが経験はある。ルアネはそのまま出血量を押さえててくれ。まずは紐で圧迫止血を行う」

「……そう、助かるわギャレン」


 愚生、ではなく俺と言い、この土壇場で随分と頼りになるギャレン。その言葉に嘘偽りが無く、確かにそらからの処置は手早く行われる。

 切られた母親は腕を落とされていた。ショック死してもおかしくない大怪我だが運良くまだ生きている。まずギャレンは腕を心臓より高い位置に上げさせて、紐を取り出して腕を縛る。そのまま酒で傷口を消毒しようとして――。


「あー、あー、もしもーし! 縫合する前にその人の腕拾って! 早く!」


 そんな切羽詰まった声で、動きを止めた。


「何? これ」


 驚いたのはギャレンだけではない。ルアネもそうだった。そりゃそうだろう。目の前に変な黒い鉄の塊が浮いて自分たちに話しかけてきているのだから。


「事情説明は後でしますんで! いいから早く手、今からこっちでくっつけますんで!」


 見れば、その鉄の塊は下から伸びた日本のくの字の部品で何か箱を持っている。結界魔術の中に何か黄緑色の光が封じ込められているが、用途は不明だった。


「な、なんだこれは!」

「ですからのその説明は後で、取りあえずその人の手を拾ってください。この結界の中には治癒魔術のエネルギーを閉じ込めていますんで、これでその人の腕を直しましょう!」


 声の主は必死だった。この母親を助けたい一心なのは理解できるが……ギャレンは警戒した。


「信用できない。いきなり現れて――」

「ギャレン、いいから。これは治癒魔術よ。まぁ、勘だけど……子供の頃に治癒魔術を見たんだけど、似てるのよ」

「む、そうか。ルアネがそう言うならば従おう」


 先ほどまでの警戒はどこに行ったのやら、ルアネの勘を信頼し、手早く母親の切断された手を酒で消毒してから、欠損部にくっつける。


「これで良いか?」

「はい、そのまま!」


 そして謎の機械が近づき結界が溶けるように消え、治癒魔術が気を失っている母親の腕をみるみるうちにくっつけていく。


「嘘……治った。それにここまで回復するなんて」


 あっさりとつながった腕を見てルアネはぽつりと呟いた。見れば出血から青白くなっていた母親の顔色も少しだが回復している。命の危機は去ったと見て間違いないだろう。


「はぁー、良かったぁ良かったぁ。初めての試みだけどうまくいって」

「アラム様……一体いくつこのドローンとやらを作っていたのですか? 先ほどの回復魔術を運ぶ宅配型やら攻撃型やら自爆型とやらを計五体を飛ばしていましたが……」

「そこはまぁ、状況がわからないから数撃ちゃ当たるってね。本命である回復魔術を運ばせたドローンしか役に立たなかったけど……途中故障して落っこちた自爆型回収しないとなぁ……いやぁ、発信機つけといて良かったよ! 本当にね! 回収しないと色々と船長がうるさいし、というか危ないし!」


 ドローンから年若い男と少女のそんなやり取りを聞いてから、ギャレンが恐る恐るプロペラで宙に浮かぶ鉄のそれに触った。


「あっちょっとやめて、まだ試作段階で空中制御がぁああ!」


 そして指につつかれただけなのにそのまま落下するドローン、どうやらちょっとした衝撃でバランスを崩してしまうらしい。


「す、すまない! 怪我は無いか?」

「え? 怪我……あー、これ、違うんですよ! これは道具で、僕らは遠くからあなたたちを見てるんですよ」


 それを聞いて、ギャレンは混乱した。彼からすれば未知の物体がいきなり話しかけてきて、本体は遠くにいると言われても理解するのに少し時間を要するらしい。だが、才女である彼女は違った。


「そう、じゃあお礼も言わなくちゃいけないから近くで合流できるかしら?」


 すぐさま謎の人物がどういう物を使い自分たちの恩人となったのかを把握し、そんな提案をするルアネ。一波乱はあったが、こうして白と黒の男女と青年と少女は、ようやく本格的なかかわりを持つ運びとなったのであった。





 さて、失敗続きであった仕事に光明が差した。とはいえ、すぐさまルアネとギャレンと合流したかったのだが……そうい訳にもいかなかった。


「お勤めご苦労様です!」


 まずはそう、事後処理である。もはや無人となった盗賊団の砦近くの森の開けた場所に、臨時の巨大キャンプ地が建設され、いくつものテントが乱立する中で、手持ち無沙汰な青年は賊の捕縛と攫われていた人質の保護に来た国の騎士たちに挨拶をしていた。

 ちなみにキレスタールの方は囚われた捕虜の治療を行っている。大きな怪我は無いものの小さな怪我が治療もされずそのまま菌が入り込み悪化している者が数名いたからだ。


「……あいつ誰だ?」

「知らないが、まぁ冷やかしだろう。俺らに対してのな……あんなの無視しとけ」


 今回の依頼はアケル王国がギルドに依頼していたものらしく、無力化した賊は全て拘束、事前に手紙か何かで呼ばれていた国に仕える騎士と思われる三十名近い団体に引き渡されていく。

 そんな戦いもしないのに重武装の兵士たちに敬礼と共にねぎらいの言葉を掛けるアラム。相手はそれをなんとも眉を吊り上げて不愉快そうにする。どうやら賊の引き取りに来ただけの自分たちに対する嫌味か何かと思われたらしい。


「うん? なーんで僕、嫌な顔されたの?」


 どうやら青年ははるばるアケル王国からオオトカゲに引かせた荷車に乗りやってきた騎士たちを本気で労っていたようで、首を傾げていた。なにせその距離を青年と少女は歩いてきたのだ。その大変さは身に染みてわかっているだけなのだが、逆効果だったらしい。

 ――ちなみに今の彼の顔は例のマスクでショクルのものとなっている。


「さて……あそこにいるのは黒竜姫様かな? 全身真っ黒の人なんてこの場にあの人しかいないだろうし、とにかく目立つからね」


 遠目になにやら騎士のお偉いさんと話している女性をアラムは目を凝らして確認するも、距離がある為顔まではわからない。だが、やはり特徴的な肩を出した鎧と長い髪で一発であの人物がルアネであることは明白であった。


「そうだろうとも! 遠目から見ても彼女の美しさは万人の目を引き付ける。神が産み落とし至高の芸術とは思わないか!」

「……」


 突然の声に、青年は口を開けて驚いていた。驚いた理由は複数、まず筋骨隆々な大男がいつの間にか自分の背後のいたこと、そしてその見た目の暑苦しさを打ち消す爽やかな声がやたら大きいこと、そして自分とは一応は初対面であるに関わらず、猛烈なのろけを披露してきたことだ。

 このギャレンさんがいかにルアネに惚れているかは知っていた。一方的に知っていた。だが開口一番、自己紹介をすっ飛ばしてまでのろけてきた事実に、彼は衝撃を受ける他なかった。


「ああ、いや失礼。彼女の賛辞が聞こえてきたので、つい。彼女のすばらしさを誰かと共有できる機会がなかなかないので、少し礼節をかいてしまった。すまない」


 別に褒めた訳じゃないのだが、と青年は思ったが……ギャレンには良い印象を持ってもらいたい青年は黙る。沈黙は金なのだ。


「それで、君は先ほどの奴隷の親子を助けてくれた人、でいいのだろうか? 君の仲間でろうあの少女から特徴を聞いて、話しかけたのだが?」

「そうですよ。キレスタールさんに会ったんですか?」

「ああ、それと、助けて貰った手前少し言い難いのだが、あまり人前で治癒魔術を披露しない方がいい。治癒魔術を使える者は稀、下手をすれば攫われる」

「え? そうなんですか」

「いや、常識だろう」


 どうやらこの世界で治癒魔術を行える者は希少らしい。それこそその能力が大金を生む価値があるほどに、キレスタールが心配になり迎えに行こうとする青年。しかしそれをギャレンが止めた。


「ああ、慌てなくても勇者ルアネの仲間である、と周囲の者には言っておいた。王国の騎士と囚われていた商人もその一言で納得はしてくれていた。世界を救う為に旅する勇者ならば、それほどの御仁を同行させていていてもおかしくはないからな」

「それは……助かります」

「いや、礼ならルアネに、彼女の指示だ」


 なるほど、あそこで忙しそうにしている才女がこちらにも気を回してくれたらしい。迷いなく自分たちを助けてくれた人間だから、その後も治癒魔術を使い奴隷を治療するだろうと先読みしての助け舟なのだろう。随分と頭が回る。


「それで、そちらのお名前を聞いても?」

「もちろん、僕はアラムと言います」

「アラム殿か。良い名だ。愚生はギャレンという。こちらの素性は知っているかな?」

「それはもう、最近名前を挙げている冒険者、黒竜姫様と白竜公様の噂は有名ですからね」

「そうか、うん。旅の者にまで名前が届いているとは、彼女の作戦もうまくいっているらしい。近頃はいなくなったが最近まで勇者の偽者が好き放題していただろう? 実はその対策で愚生と彼女は冒険者をしているのだが――」


 そこからは彼の今までの冒険譚を聞くこととなった……とはいえ国を出たところから尾行をしてきたので大部分は知っている。

 たがアラムが船に帰船している間の話もでてきたので青年は退屈しなかった。ほとんどがルアネに対する誉め言葉だったが……空白期間の話をまとめるとコルネ村を拠点としている間、彼らは冒険者としてそれはもう大活躍だったらしい。


「実はルアネと愚生は貴族の出だ。ノブレスオブリージュ(貴族の責務)というものを重要視して、アケル王国が放置していた問題を冒険者としてできうる限り解決していた。それももう終わったが……今回の盗賊退治で冒険者稼業も一段落となる」


 少し寂しそうに言葉の最後、ギャレンはそう付け加えた。ノブレスオブリージュ、確かにルアネの言動はその信念に沿っていたし、現アケル王国の国王への不満も随分と口にしていた。


「もしかして貴族としての責務を全うする目的もあって、ルアネさんは冒険者に?」

「ああ、本人はあまり口にしなかったが。貴族として当然であると言わんばかりにさほど見返りを求めずに民を助け続けた。貴族の責務など知らぬと放り出す奔放な愚生と違い、彼女は立派だ。行動を共にしていて愚生も考え方を何度も改めさせられる」


 気が付けば、囚われていた人質から体調の良い者を選び、近くのコルネ村や他の村に荷車で運ばれているところであった。そんな中、ある一組の親子がやってくる。


「あの……」

「貴女は、腕は大丈夫ですか?」


 母と娘、盗賊団に囚われていた二人だ。どうやら彼女たちは奴隷であったが、一緒に囚われていた彼女たちの権利を持っていた商人からルアネが二人を買い取り、人手を欲しがっていた貴族の屋敷にメイドとして仕事を持てることとなったらしい。


「ルアネ様には本当に頭が下がります。夫を竜に食い殺されてから色々とあり奴隷になりましたが、やっと希望が持てそうです」

「お兄ちゃんたち、お母さんを助けてくれててありがとう! お兄ちゃんたちカッコいいね!」


 と、なにやらアラムが動揺していた。見れば自分の顔を触りながら、戸惑ったような驚いたような顔をしているではないか。今の彼はショクルフェイスを付けているので、顔を褒められてもそれは自分の顔ではないのだが――。


「……人生で初めてカッコいいって言われた。ちょっと嬉しいかも。ありがとうショクルさん」


 まぁ、それでも青年はちょっと嬉しそうにしていた。

 さて、そんなこんなと話をしていると、騎士団の一人が親子を迎えに来た。どうやら出立するらしい。すでに囚われていた人質は体力が回復次第近くの村まで騎士により護送されながら送られていっており、この親子は最後のグループだった。

 そして騎士団が全員撤収して、あれだけあったテントも一つも残らない中、四人の人間が静けさを取り戻した大自然の中に取り残されたのであった。


「はぁー! やぁーと終わったわ! あんの髭ぇ、本当にどうしようもないわね! 何が騎士団長よ、愚王の腰ぎんちゃくに肩書を改名しなさいよ!」


 と、盛大に文句を垂れながら野営の準備をせっせと始めていたギャレンとアラムの男組二人に、キレスタールを引き連れたルアネが合流してくる。どうやら騎士団長とやらと長時間、随分と揉めていたらしい。


「え? 何、今日ここで泊まり?」

「ああ、どうせ、奴隷の買取に今日の報奨金を使ったのだろう? ならば宿代は節約せねばと思い野営をすることにした。先ほど騎士団の者に少なくなっていた竜除けの香を少し恵んでもらったので安心してほしい」

「あら、気が利くわね。それと報奨金の件は謝っとくわ」

「いや、無問題だ。それよりも食事の準備があと少しで終わる。それまでゆっくりとしていてほしい。少し早いがももうすぐ日が暮れる。今日は体力を温存し明日万全の状態で動こう」


 ルアネは奴隷の買い取りに報奨金を全て使ったという。普通は大事なのだが、二人とも随分と軽い感じでその件を話し合う。何度かそういうことがあったのだろう。


「じゃあまぁ、休憩がてら私は二人と話しとくわ……まずは旅の方、深い礼を。今回あなたたちがいなければあの奴隷だった親子の母親は死んでいました」

「いえいえいえいえ! お礼なんて大丈夫ですよ!」


 随分と砕けた会話をしていたギャレンとルアネに部外者である青年と少女は委縮していると、唐突に自分たちに話を振られ盛大に取り乱す青年。完全に野営のお手伝い(薪拾い)に徹していたので、話しかけられるとは思わなかったらしい。


「で……あなたたちは何者? 治癒魔術を使える人間がなんで旅人なんてしてるのかしら? 普通はどこかの無駄に金持ちな貴族に雇われてるか、国とかに宮廷魔術師として召し抱えられるけど?」

「実は、複雑な事情がありまして……」

「……そう」


 治癒魔術を使える者はこの世界において希少である。そう事前にギャレンから説明されていたが、青年は枝拾いの間うまい説明を考えていたが、ついぞ用意できずにいた。

 すると、なにやらルアネはぼそりと呟いて、宙に青く小さな球体を作る。それを見てギャレンは一瞬動きを止めたが、構わず料理を作り続けていた。


「それは……一体?」

「気にしないでちょうだい。それで、あなたは何者なのかしら?」

「……うーん。正直に言いましょう。今、僕は本当のことを言うと頭がおかしいと思われるので言おうかどうか迷ってます」


 その返答を受けて、ちらりとルアネが青い球体にちらりと目をやる。いったいどのような魔術かは不明だが、アラムは弱者の勘でそれが自分を追い詰める為の何かだと感じ取っていた。


「……僕、実は女で不老不死でモテモテなんです!」


 と、いきなりアラムがそんなことを言うと、青い球体は真っ赤になる。それを見て青年は確信した。


「それ、嘘を見破る魔術か何かですか?」

「あら、バレた? 勘が鋭いのねあなた。最近私たちの仲間にしてくれって来る言葉だけの新人冒険者が後を絶たなくてね。色々と尋問する為に自作で嘘を見破る魔術を作ったのよ」


 そんなもの使われていたことに、少し面食らった青年だったが、まぁルアネとギャレンからすればいきなり未知の技術を使う二人組など警戒して当たり前だろう。

 それにしても、圧迫面接用にルアネは嘘発見器みたいな魔術を一から作ったらしい。なるほど、才女なだけなことはある。そしてこれにより見栄を張り誇張した話でもして無残に散っていったであろう新人冒険者に哀れみを抱いた後、そういうことならばと青年は言葉を続けた。


「つまり、それがあれば僕は本当のことを言えばわかるということでしょうか?」

「ええ、そうね。この魔術、精度には自信があるの」


 通常、嘘を吐けない状況というのは不利にしかならないが、インタービーナーズの事情を説明するのにこれほどありがたいものはない。信じられない話であっても嘘でないと証明してくれるならば青年にとって願ったり叶ったりだ。


「えーと、簡単に言えば僕らは善意押し売り業者です」


 時空の狭間を漕ぎ進む船、世界崩落の怪物、ここ以外の世界、その話をルアネは嘘を見破る魔術を何度も見ながら聞いていた。途中、少女にそれが真実かどうかを確認もする。貴女の仲間は頭がおかしいのかという確認だったのだろう。


「それでですね。安月給でこき使われているその船の下っ端である僕らは、ルアネさんを仲間にする為にこの世界に来たのですよ」

「……流石にちょっと話を整理する時間をくれるかしら?」


 手で顔を覆い天を仰ぐルアネ。頭痛でもしているのだろうか? 一方ギャレンは平気そうな顔でシチューに似たスープを、木のお椀に入れ始めていた。


「ん? ギャレンさんはそれほど驚かないんですね?」

「いや、愚生は単に理解することを諦めただけだ。途中から何を言っているのかよくわからなかったからな。そもそも愚生はさほど頭が良くない。だから別の世界があると言われても、そういうものがあるのだと納得する他あるまい? ああ、少し早いが夕食だ。食べるだろう?」

「あ、いただきます……」


 大人物なのかただ単に考えることが苦手なのか、ギャレンはそいうこともあるのか、といった反応だ。


「あんたは本当に単純よね……私は信じられないわ。いや、嘘を看破する魔術の色が変わらない以上信じるしかないんだけど……半信半疑ってところね」

「まぁ、今はそれでいいです。で、ルアネさんを仲間にするのが僕らの目的ではあるのですが、その為にルアネさんの旅を無事に終わらせないといけません。これから、そのお手伝いをさせていただけませんか?」

「……正直、治癒魔術師は欲しいわね。生意気な新人冒険者なんていらないけど、彼女はなんだか歳に似合わず妙に落ち着いてるし……でも仲間になるのは保証できないわよ? 私、死ぬかもしれないし」


 と、その言葉を聞いてギャレンが目を見開いて勢いよく立ち上がった。地面に腰を下ろしていたルアネは大きな壁みたいなギャレンに見下ろされる形となっていた。これがただ町娘なら驚いて固まるか泣き出しているであろう。


「それは! 駄目だ! 愚生がいる限りルアネは何としてでも守り通す!」

「はいはい、ありがと……で、一応私が死んだ時の報酬を決めときましょうか。ギャレン、あんた旅が終わった時に実家に帰る気ある?」

「い、いや………怒鳴って悪かった。実家に帰る気は無い。あの家に愚生の席は元より存在しない。ルアネの同行は家族に相談していないまま愚生の独断で決めた。戻ったところで他人として扱われるだろう」


 なるほど、ギャレンは実家との縁を捨ててルアネについてきたということらしい。ならば船に来るかという誘いにも簡単に応じてくれそうではある。


「はっきり言うわね。じゃあ私に何があった時、あんたが仲間になってあげなさい。どう? こいつ相当強いわよ?」

「うーん、確かにギャレンさんも戦力にはなりますからね。一番良いのは二人そろって船に来ていただく形なのですが、そもそもルアネさんが来るなら自動的にギャレンさんも船に来そうですし」

「まぁ、それはそうだけど……ああ、私共々ギャレンも死んだらまぁ、私の実家に何か貰いなさい。そう次の町で手紙を書いて送っておくから」

「ルアネさんの実家ですか?」

「ええ、私の父は恩に厚い人物だから娘の手伝いをしてくれた人間は無下にはしないわ。と言っても次は隣国だから、手紙を出すのは先の話だけど。これで交渉は成立ね」


 いつの間にか、日が落ち始めていた。小さな鍋を焚火があぶり、小さな竜たちが寝床に戻っているのか少し騒がしい森の中で、黒い女は青年に手を差し伸べた。握手を求めているらしい。


「そっちに握手の文化はあるかしら?」

「はい。では、そういう契約でお願いします」

「これで、あなたたちは仲間ね。あ、それとまだ隠してることとか無い?」

「無いですよ」


 それはからかう様な意地悪な質問であった。ルアネ本人もまだ隠し事をしているなどと思っていないのだろうが、アラムの返答により嘘を識別する魔術が真っ赤になり反応有りと示す。


「アラム様……その、マスクを」


 キレスタールが少し言いずらそうにそうアラムに助言する。今の青年の顔はショクルのものだ。そしてなぜそんなマスクをしているのかというと、目の前にいる黒い女のせいである。


「……隠し事なんてありませんよ~」

「いや、赤くなってるじゃない。大人しくゲロっちゃいなさい?」

「まぁ、いずれバレそうなことなんで言った方がいいんですけど、怒らないでくださいね?」

「え? いや、まぁ正直に言ってくれるなら怒らないわよ。私に言い辛いことなの?」


 妙な間の後、そんな約束をさせてから、アラムは意を決して顔のマスクを剥いで見せた。そこには栗毛の、少女にとっては見慣れた、そして黒い女から見れば痴態を見られた男の顔である。ならば、これからの展開は決まっていた。


「あ……あぁ!」

「ルアネ?」


 異様な雰囲気を感じ取り、ギャレンが顔を真っ赤にしていくルアネを呼びかける。だがそんなもの彼女を静止させるにはなんの役にも立たなかった。


「あ、あ! あんただったのかぁ!」

「ルアネ!?」


 そしてそんな叫びと共に青年に向かって何かの魔術が炸裂し、大地が揺れた。羞恥の爆発である。アラムはそのまま何もかも諦めた様な半目の顔のままボールみたいに宙に放物線を描き、随分と離れた位置にある森の茂みへと落下していったのであった。

 ちなみに全治一か月の怪我だったがキレスタールの回復魔術ですぐに全快しましたとさ、めでたしめでたし。



次回更新は明日の朝六時の予定です。

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