表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/131

第四章「男は女の愛を知る」 七話



 帰船命令が出たのは、青年と少女が命からがら武具屋から逃げおおせてから一時間後であった。

 アラムとキレスタールによる観察対象の接触が困難と判断され、人員の変更を検討するらしい。そうと決まれば二人の回収は早かった。人気の無い森の中で船へと帰る為の転送ポッドが送られそれに乗り込み、すぐさまバイトへ帰船。

 戻り次第簡易的な報告書など提出し、健康診断の後、忙しいファナール船長からちょっとした小言を貰って……今、アラムは喫茶店にいた。カーインに紹介された彼女行きつけのあの店である。

 彼が貸し切り状態の中、静かな店内でマスターにこの店の売りであるコーヒー、ではなくジュースとケーキを注文する甘党。この青年は苦いのがあまり得意ではない、おこちゃま舌なのだ。


「……なんか、あの旅が夢みたいだったな」


 船長から個人的に宿題として出されたルアネにしたセクハラの(メイドを熱弁)反省文(した代償)を書く為の端末とにらめっこしながら、青年はそう呟いた。

 ――青年は旅の余韻に浸っていた。

 あの竜と魔術の世界で別に大したことをした訳ではないが、彼にとっては大冒険ではあった。ほとんどをただキレスタールと歩いて村から村へ移動しただけだが、それが新鮮だったらしい。


「ま、お役御免なら仕方ないけど」


 一抹の名残惜しさはあった。しかし仕事は仕事、そう割り切ってアラムは反省文を仕上げていく。


「お待ちしました。ご注文のゴップルジュースとクアソンケーキでございます」

「ありが……と」


 夜間、少女と共に囲った焚火、安いインスタント麺の味と竜の気配にビクついていた緊張感、そんな思い出が目の前にいる人の姿で一瞬に拭き取んだ。

 カチューシャと黒いひらひらとした服、大きく開いた背中と少し緩めの胸元、それはまごうことなきメイド服である。そして、それを着ていたのは――。


「……カーインさんバイト始めたの?」


 青年が辛うじて絞り出せた一声がそれだった。だが反応は無い。とりあず、青年は白い娘が持ってきたケーキとジュースを飲んでリラックスしてから、今一度カーインに問いかける。


「で、そのぉ……カーインさん?」


 先ほどの商品を持ってきた声が、あまりにも堂々としていたので一瞬、アラムは別人かと思ったがやはりよく見てもカーインであった。しかしそんな仮面はポロリと剥がれ落ち、顔を真っ赤にして口を固く結び羞恥しているカーイン。その恥ずかしがっている姿に青年がどぎまぎしていると、白い娘はようやっと言葉を切り出した。


「お、お願いがありまして……いや、その前にこの姿の説明をさせて!」

「あ、はい」

「その、アラム君がメイド服大好きだって極秘情報を手に入れまして……この格好でお願いしたら皆、アラム君がお願いを聞いてくれるって言いだしまして……」

「ああ、入れ知恵は多分あの二人かぁ。でも、その情報漏洩についてちょっと詳しく、情報元は船長じゃないですよね? もしそうならあの人のところに行って文句を言わないといけないのですが!」


 なるほど、バイトのオペレーター室の情報規制は実にずさんらしい。しかし、カーインの皆、というのは彼女の部下である狂犬(ショーラ)魔女(マァ)辺りの入れ知恵だろう。しかし、しかしだ。そんな恰好しなくてもいいのだ。


「で、色々とアラム君を誘い出す作戦とか考えてたんだけど、アラム君がこの店に来るって情報を入手しまして、急遽その、マァが用意してくれたこのメイド服に着替えて――」

「う、うん。でもさ、僕はカーインさんのお願いならそんな恰好しなくても大抵のことなら聞き入れるよ? 前の仕事で大変お世話になりましたから」


 それは嘘偽りのない青年の言葉である。確かに眼福ではあったが、そんなサービスしなくとも別に良かったのだ。それに今まさにそのメイド服の件で反省文を書いているのから、アラムは今、素直にその姿に喜べないし、いや、何度も言うが眼福ではあるのだろうが……もしアラムに尻尾がついていたら歓喜のあまり千切れるぐらい振っていたと断言できるが。


「……こなた、もしかしてショーラとマァに遊ばれた?」

「確実に今頃あの二人はほくそ笑んでますねぇ」


 その一言により膝から崩れ落ち、床をドンっと手をハンマーにして叩くカーイン。乙女の純情を弄びやがってと全身から伝わってくるほど悲痛な姿であった。どうやらカーインはあの二人にからかわれたらしい。

 取りあえず彼女の後悔が終わるまで、もう一度ケーキとジュースを口に運んでから本題へと移るアラム。人間、目の前で興奮している人間がいると落ち着くようにできているものなのだ。


「それで、お願いというのはなんでしょう?」

「え!? あ、うん。実はあの魔王さんを少しこなたに預けてほしいの!」

「いやぁ、でも今あなたのお兄さんに貸し出し中でして」

「それがね、これはお兄様の発案なのですよ。実はお兄様の仕事はすでに終わったんだけど、こなたたちが今している仕事が厄介なことになってて……それでディザスター絡みの案件と後々発覚してお兄様が首を突っ込んできたという次第なのです。あ! それとあの人、魔王さんをアラム君に黙ってこなたに又貸ししようとしたんだよ! それでこなたが怒って……でも、その、魔王さんがいると助かるのは事実で……駄目?」


 ぎこちなく小首を傾げてそうお願いするカーイン。これも誰かの入れ知恵なのだろうか? だが例えこれが演技だろうと青年には効果抜群であった。


「あ、あざとい、だがそれがいい!」

「え?」

「ああいえ、なんでもありません」


 心底困った、という表情でアラムにそう相談を持ち掛けるカーイン。そんな顔を見せらては、青年に断ることなんてできようはずもない。カーインには色々と前の仕事で情けない姿を見せて、励ましてもらった恩もある。

 しかしディザスター絡みの仕事、というのは基本的に大仕事だ。ディザスター打倒に心血を注いでいるラウフならば持てる全てを使い事に当たるだろう。それがアラムから預かっている魔王の又貸し行為でも、迷わず行うはずだ。

 今回、カーインがこんな姿をして現れたのは、そんな兄の強行に待ったをかけてきちんと筋を通すべく青年にわざわざ会いに来たのらしい。


「うん、僕はいいですよ。後はガウハルさん本人の承諾さえあれば問題は無いです」

「ありがとう! 凄く助かる。またこのお礼は必ずするから! 今回の作戦はお兄様も出るし、報酬もたんまり入る予定だから期待しててね!」

「ああ、でもインタービーナーズ同士でのエスコート派遣ってまだ試験段階の試みなのに、やっちゃっていいのだろうか?」


 今回ラウフの元にガウハルを派遣したのはエスコートの派遣法案を樹立させる為の試みだ。なので今この船でのエスコートの貸し出しは違法である。無論、その法案はラウフが推し進めている為、すぐにでも可決され、この船の新しい常識となるだろうがそれでも現在は非合法だろう。


「そこはまぁ、お兄様がなんとかすると思うけど……あの人本当に手段を択ばないから深くは考えたくないのですよ。はい」


 カーインもあの兄の好き勝手に頭痛を覚えている様子だ。とはいえまぁ、あのラウフならば実践を兼ねた第二の試験運用とかで誤魔化しうまくやるであろう。


「まぁ、そこら辺は僕らが考えても仕方ないか。ああ、そうだカーインさん。モアさんに占いのお礼を伝えといてくれないかな? ほら、前の仕事で大怪我する前に保険に入っておけとか言う助言をもらってたじゃない? 助言通り良い保険に入ってたら大怪我した時に、随分と助かったから」

「あー! あの時のおばばの占い! 確かこの店で占ったんだっけ? 伝えとく!」


 とまぁ、ラウフの部下であるあの老魔導士の話を皮切りに、話題は雑談の方向へと変わっていく。

 しかし、話の途中、青年はどうにも話が耳に入っていない様子になった。それもそのはず、サイズが合っていないのか時折少し余裕胸元やら覗けば見えそうな脇などの無防備なカーインに、青年が気が付いたからだろう。いつもの軍服みたいな服を着ている為、カーインは気が付いていないらしい。

 男の性には逆らえず悪いと思いつつ何度も白い娘を盗み見る青年。しかし青年とのおしゃべりが本気で楽しいのか、カーインは最後までそれに気が付かなかった。

 ――彼はこの二日後、白い娘の部下である狂犬と魔女に問い詰められ、こう自白させられる。あれはチラチラ見てしまったのは仕方がないと。自分もお年頃の男で、本能で目が吸い寄せられたと弁明した。だが唯一青年の突然の幸福の目撃者であるこの店のマスターは後日、こう語ったという。

 あれはチラ見ではなく、ほぼガン見であったと。





 船に戻ってから特に目立ったことがなく青年の一か月が過ぎた。引継ぎ作業やらで忙しいと思っていた青年には小さな仕事すら舞い込んでくることも無く、今日も今日とて機械弄りに精を出していた。

 ラウフが第一研究所から買い取ってアラムに戦利品として贈呈した広大な倉庫、そこに転送機で直にここに飛ばされた空中を飛べる小型艇がど真ん中に置かれていた。ただ、小型艇と言ってもクジラほどの大きさ、中に五十人ほど乗りこめるデカ物だ。

 先の仕事でガウハルが鹵獲し、魔王の交渉術をフルに発揮し私物化したこのエイみたいな形をした飛行艇がそこにはある。それが今やアラムのこのだだっ広い空間しかなかったこの実験室に預けられ、将来あのとにかくはしゃぐ魔王のおもちゃにされるべく修理されていた。


「なんで自分で飛べるのに飛行艇に乗りたいんだろう?」


 あのぶっ飛んだ魔王様の思考回路など、ただの凡人には理解できないがとにかく乗りたいらしい。なので毎日こうしてコツコツとどういう原理で浮くのか、人工知能を使って一人でも操作できるようにできるかなど、色々と調べており、その作業も終わりを迎えていた。


「んー、飛行艇の中にあった余分な銃器や資源は僕にくれるって言うし、まぁ悪い気はしないけど」


 お釣りが出るぐらいの報酬と未知の技術を分解する楽しさで、この一か月は青年にとって充実していた。それに空を飛んではしゃぐのはガウハルだけではない。カーイン辺りは間違いなく喜ぶだろう。いつか彼女と彼女がよく訪ねる孤児院の子供たちも乗せてあげたいと青年は考えていた。


「もしかしてアトラクションにしたらお金取れるかな? いや、燃料費で大赤字か」


 この飛行船を動かす燃料は元々積まれていたので何時間かは動かせるが、燃料を確保する資金が無い為に巨大な粗大ゴミに早変わりだ。太陽光発電にでも変えてやろうとかとも思ったのだが、それなら人一人乗れるぐらいの廃棄品の乗り物を改造した方が速いし安全だろう。


「まぁ、こんなのどうに一人でどうにかするのが無理なんだけど……まぁなんとか飛ばせるようにはなったし、ガウハルさんも満足かな」


 ちからした工具やジャンク品の電子機器を片づけながら、うんうんと満足げに頷いて自分の何倍の高さもある飛行艇を眺める青年。何はともあれ一仕事終えたというのは気持ちが良いもので、今夜はちょっと贅沢して良いお肉でも食べようかなと考えていると、彼の城(ラボ)に来客者が訪ねてきた。


「ん?」

「精が出てますね。アラムさん」


 いつの間にか青年の背後にショクルがいた。ノックも無し、とは文句も言えない。このラボとは名ばかりの巨大な倉庫に呼び鈴などというものは無い。扉も防音性が高い為、外から叩いても合図にすらならないのだ。

 だが知っているはずの人物の登場に、青年は天敵を見た猫みたいにぎょっとして固まったかと思うと、なぜか手にしていたドライバーをショクルに向けて警戒の意思を示した。


「ア、アラムさん?」

「は! すみません。あまりにも顔面偏差値の違いに肉体が嫉妬心に駆られて敵対行為を」

「は、ははは……」


 多分、青年の冗談である……多分だが。それはさておきショクルは咳払いをしてからとある話を切り出した。


「アラムさん、折り入ってお願いがあるのですが……今、お時間は宜しいでしょうか?」

「ええ、ちょうど手が空いたところです。なんですか?」

「実は、先日途中で終わってしまった竜の世界での仕事の件で、少し揉めてまして」

「もめ、てる?」


 何か嫌な予感がしつつ、アラムは大人しくショクルの話を聞き続けていた。

 彼曰く、純血主義が取り仕切っている第一研究所がなにやらアラムに文句を言ってきているらしい。“我ら”が開発した偵察機の試験運用、それをつまらない失敗で途中放棄するとは何事かとお怒りの様子とのことらしい。

 無論それは建前でアラムの試験結果をまた自分たちの手柄にしようとしたが、データ不足で横取りしようにも成果が無いという事実に逆恨み、俺らの為に汗水働いてこいということらしい。なんとも勝手な話である。


「えぇー、知らないよそんなのぉー!」


 まったくである。しかし、自分たちのボスに当たるラウフに懲らしめられたはずなのにまたアラムにちょっかいをかけようとしてたとは、第一研究所に勤める人物たちは随分と精神構造が頑丈なのか、ただ単に学習能力が無いのか……。


「それで、アラムさん以外への仕事の引継ぎが困難でして……」

「まぁ、純血主義が成果を横取りしようとしてる仕事なんて誰も引き受けたくないか。ラウフさんも今なんだか忙しいって小耳にはさんだし、抑止力にはなってくれないだろうし」

「え、そうなのですか?」

「ちょっと船に戻った直前ぐらいに聞いたんだよ。カーインさんの仕事が何か大事になってみたいで、ラウフさんもそっちを手伝ってるみたいなんだ。詳しくは知らないけどディザスター絡みとか」

「アラムさん、それ多分情報規制が敷かれている極秘事項なのでは?」


 詳しくはわからない。だが概ねはアラムの予想通りなのだろう。となれば、この問題はファナール船長が処理しなければならない案件になるのだが……。


「船長の最近、様子どうなんですか?」

「ストレスで死にそうになってます。この件で純血主義に何度も衝突し、その度に無理難題を言われ続けているとのことで、相当にイライラしています」

「うーん……ショクルさん、僕が今回の仕事の続行が困難なのはルアネさんに顔がバレてるのと、メイド好きなのを気持ち悪がられている節があるからだよね?」

「はい、それさえクリアすればアラムさんでも今回の仕事は続行できますが、アラムさん?」

「……仕方ない。船長の為にあれを引っ張り出しますか。ショクルさん、少し船長室まで付き合ってきてくれますかね。イライラしている船長を僕一人で説得する自信が無いので」


 そう言ってため息を吐きそのまま立ち上がり二人で倉庫の外へと出いく、自然と、青年の顔には小さな笑みが浮かんでいた。何はともあれ青年もあの世界をまだ歩きたいらしい。

 どうやら、彼の冒険はまだ続くようだ。



次回更新は明日の朝六時の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ