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第四章「男は女の愛を知る」 六話



 その村の名前はコルネ、というらしい。商業道の中継地点として交通量が多く、また観光地としても有名であるという。

 村の中心部にある大きな湖は、ただそこにあるだけで訪れた人を魅了する。そして湖の底が海底と繋がる穴があるらしく、海の無いアケル王国で上質な海鮮料理が名物が捕れる汽水湖となっていた。


「エビとかが有名みたい」


 コルネ村の入口でアラムが長文が掘られた石碑を見ながら、キレスタールにそう説明をする。

 村の入口付近でローブを着た二人組の年若い子供に、行きかう人々ががチラチラと視線を送る。

 そんな目を気にしながらも、厳かな石碑だったので村に古くから伝わる伝説やらが書かれているのかと青年は少しワクワクしていたが、書かれていたのはただの観光案内であったらしい。


「海鮮料理は私めには馴染みがありません」

「キレスタールさんの世界で僕、海は見たことなかったね。遠かった?」

「それはもう、私めは大陸の真ん中辺りに生まれたので海を見た人間にすら出会いませんでした」

「え? じゃあこの前行ったシャムス王子がいる島国で海を見た時って驚いてたの? 別段そんなそぶりとか無かったけど」

「ええ、ですが仕事中ですのではしゃぐ訳にもいかず……ですが全てが終わりカーイン様に海に連れられた時は楽しみました。アラム様は残念ながら参加できませんでしたが」


 言われ、あの時のことを青年は思い出し思わず苦笑を漏らした。自分は大怪我をして経過を見る為に暫く安静、しかも怪我が完治したと判断されたとたん支援物資を送る転送機の調整やら機械整備全般を丸投げされ、それはもう忙しい日々を過ごしたのだ。


「あれは地獄だった……戦争というのは終わってからが大変だってガウハルさんが言ってたけどそれを実感したなぁ」


 アラムが島を後にした現在も、バイト職員による支援が続いているという。まぁ、あの島にいるディザスターの痕跡調査の土俵を造るのが真の目的なのだろうが……。


「そういえばアラム様が多忙な中、あの魔王めは島の観光とか言って昔の部下と遊んでいましたが……」

「えーと、アーセファさんとジェファーフさん、そして忘れてならないサルジェさんだね。まぁ、お世話になったし息抜きしてもらってもいいと思うよ? 船の機材を触らせるわけにもいかないし、あの三名の案内はガウハルさんしかできないしさ」

「確かにサルジェ様にはお世話になりましたが……」


 未だ魔族に偏見というか敵対意識があるカーインが唸る。あの蝙蝠の翼を持つ知将と青い炎を操る骸の女武将は未だ彼女の中で敵として存在している。だが、サルジェは別だ。共に旅をした中で見た老兵の魔族(同族)が為に命を賭けた姿は尊いもので、それが彼女の認識を変えるには充分であった。


「アラム様、私めは認識を変えるべきなのでしょうか?」

「認識って?」

「私めは昔から魔族は悪として教えられました。ですが彼らも私たちと同じ生き物であり、心があったのだと……最近思うのです」

「うーん、キレスタールさんは今、魔族に嫌悪感を抱くのは差別であるって思ってるの?」

「そこまで難しく、いえ、はっきりとした考えではないのです。ですがあなた様と共に船に乗り、多くの価値観や生き方を目の当たりにして……元いた世界の考え方に囚われている自分が情けなく思うことがあるのです」


 硝子細工みたいな儚さを思わせる少女の横顔を見て、アラムは悩んだ。無難な答えはすぐ頭の中を逡巡した。教育は一種の洗脳だからその考えは植え付けられただけであり、あなたが醜い訳ではないとか、人間には闘争本能があって何かを攻撃すると脳が快楽物質を出す作りだから、差別はどうしてもしてしまうとか……そんな答えが出てきた。


「うーん……うん」


 でも、そんな言葉を青年はすぐに吐き出さなかった。慰めにはなるだろうが、少女にとって益のある言の葉にはなり得ないと直感的に思ったからだろう。


「変わるなんてのは、ゆっくりでいいんじゃないかな」

「それは、どういう?」

「まぁ、当たり前のことを言うようで申し訳ないんだけど……人間ってそんなにすぐ変われるものじゃないしさ。積み重ねた結果大きな決意をしたりとかあると思うけど、それでもなんの前触れもなくいきなりは劇的に変われない……だからゆっくり、変わっていこうよ。僕もずっと、そうしてるんだ」

「……はい」


 ふと、少女は穏やかな笑みを青年に向けた。その顔があまりにも綺麗だったからだろう。青年は目を丸くした後、照れ隠しのように大声を出した。


「じゃあそろそろお仕事に取り掛かりましょうか! 取りあえず村に入ろうか!」

「そうですね。お二人はまだ宿に?」

「……いや、今さっき偵察機が二人を追って宿屋を出たところだね」


 そう言いつつ、アラムは着ているローブで隠れるように端末を操作しながら標的の同行を把握していた。街中を歩きながらの同時作業に、器用だなとキレスタールが青年を見ていると、なにやら見知らぬ男に話しかけられる。


「お前ら見ない顔だな? ちょっと街を案内してやるよ」


 いつの間にか横に二人の歩幅に合わせるように日焼けで色黒の男がいたのだ。一見ボロボロの服だがその服の下には皮の防具がチラチラと見える。一般人ではないだろう。そして善意での申し出という訳ではなさそうなのは、男が片手にしている短剣が口以上に雄弁に語っていた。


「おう……」

「アラム様、そのまま進んでください」


 ギョッとアラムの目が見開かれた。だがキレスタールは慣れている様子でその男を一瞥しからカンっと杖の底を地面に叩き、そのまま歩む速度を緩めずもせず青年と共に立ち去ろうとしていた。


「おいおい無視するなよ! 人が親切、に!?」


 と、横に並んでついてきていた男が何も無い所で壁にぶつかった様に後ろに倒れて、尻餅をつく。そのまま二人に置いていかれた男は何が起こったのか理解できず周囲をキョロキョロと見渡していた。


「え、キレスタールさん?」

「私めの結界術です。ああいう手合いには言葉など通じませんから話すだけ時間の無駄です」


 どうやら色黒の男は少女の結界術を一瞬だけ進行方向に置かれていたらしい。それに頭をぶつけて尻と地面をキスさせたのだ。


「……もしかしてここ観光地らしいけど、この村って治安悪い?」

「初手で複数人で袋叩きしようとしないだけ平和かと? それに大通りで案内役のフリをしていましたから、犯罪を抑止する人間がいるということでしょう」

「いやぁ……第一村人が短剣持って脅してくる時点でおっかなくない?」


 なんというか、平和という基準に大きな誤差がある両名であった。船で育ったアラムと魔王討伐の旅をしてきたキレスタールならば、当然といえば当然だが。


「タダで安全や平和な状況というのは実現しません。私めだけでなく他に用心棒を雇いますか?」

「いや、ここはキレスタールさんを信じるよ。いざとなれば僕だってスモークグレネードやスタングレネードと悲鳴をばらまきながらトンズラは可能だし」


 そこで戦うという選択肢がまず出てこない臆病な青年だが、その回答はキレスタールを満足させた。彼女は守戦の専門家、守るべき対象が自ら危険に飛び込まないの愚者ではないことは、大変喜ばしいことなのだ。


「ああ、久しぶりだなぁお兄さんとお嬢ちゃん! ちょっとお金貸してくれないか?」

「……また?」


 さて、目的地の場所(ルアネとギャレン)に着くまで三回ほど絡まれるアラムとキレスタール。治安が悪い、というより単純にゴロツキから見たら若い彼らがカモにしか見えなかったのだろう。

 そんなこんなでキレスタールが第一村人と同じような対応をしてやっとこさ目的地の場所までやってきた二人。ただ歩いただけだがアラムの顔には疲労の色が見えた。

 ついた先は村でも三番目ぐらいに大きな土と岩の建物で、建物の前には見るからに強そうな鎧に身を包んだ男や見るからに男勝りな女がたむろしていた。


「なんか疲れた……何回、助けてポリスメーンって大声で叫ぼうと思ったか」

「アラム様、その兵士が正義感ある人物ならばよいのですが、賄賂一つで私めたちの立場が危うくなる場合もありますのでそれは最終手段にしてください。私めも何度煮え湯を飲まされたか」

「……そうなんだ」


 そんな忠告を聞きながら、二人がいるであろう建物へと入っていくアラム。この時ふと、青年はこの建物がどういった場所なのか看板を見てないなと思ったが時すでに遅かった。


「……」


 ギロリと、建物の中にいた男たちが殺気交じりにアラムとキレスタールを見る。


「え、怖い」

「けっ」


 だが刺すような視線に怯えたアラムの表情を見てすぐさま興味を失ったのか、なにやら皆騒がしい方へと目線を映した。騒がしいのは建物の奥である。


「何かあったのでしょうか?」

「いやぁ、僕はこの声聞き覚えあるなぁ~」

「……ですね」


 誰が騒いでいるのか少女も察したらしい。そういえばやたら鼓膜を刺激する高い女性の声には、キレスタールにも覚えがあったからだ。


「だーかーらー! 私たちならこれぐらい大丈夫だって!」

「いえ、しかしあなた方は今日、冒険者登録をしたばかりのルーキーですし、その日に最高難度の依頼をお出しするなんて無理です」

「じゃあここで一番強い奴出しなさい! そいつを倒したらこの依頼を受けてもいいわよね!?」


 そこにいたのは勇者であった。いや、あれを勇者と言っていいのだろうか。どうやらここは酒場兼、冒険者ギルドか何かだったらしくジョッキ片手に苛立っている冒険者に見守られながら、ルアネが受付のお姉さんを困らせているところだった。


「ルアネ、貴女は確かに天才だ。だが世間には順序や常識というものがある。ここはせめて実績を積んでから――」

「天才と私を認識してるなら常識なんて当てはめないで、というか常識とかあんたが口にしていい単語じゃないからね! この脳筋男!」


 ギャレンも理論的に興奮しているルアネを諭そうとしているらしいが、どうもうまくいっていない。どうやらこの騒動はルアネ一人の暴走らしい。


「とーにーかーく、最高難度の依頼を受けたいの! 別にここの町はルーキーでもベテラン誰でも依頼難易度に関係なく全ての依頼を受けれるって聞いたから来たのに! 意味ないじゃない!」

「で、ですがその日に冒険者になって最高難易度の依頼など前代未聞ですし!」


 ルアネの暴走……と思っていたが、話を聞いていると一応ルールは破ってはいないらしいらしい。ただ、あれは高圧的な態度な為クレーマーにしか見えないのだ。

 そして話が二転三転と同じ内容を繰り返した頃、事務所に通じているだろうドアから初老の男が不機嫌そうに出てきて、そのままルアネとギャレンを連れて事務所の奥へと消えていった。


「アラム様、首尾は?」

「元々尾行させてたステルス(透明)の偵察機がきちんと傍で張り付いてるよ。キレスタールさんも中の会話、聞く?」

「これは?」

「ああ、こうやって耳に付けるんだよ。イヤホンは初めて?」


 いつの間にかギルド内の日当たりの悪い席に座っていた青年と少女。そんなフードを被り暗殺者みたいな風貌の二人が、こそこそと内緒話をして逆に周りの注目を集めていた。

 しかしやっていることはただの諜報、人殺しの計画など立ててなどいない。青年は困り顔で少女にイヤホンを渡していた。


「始めまして、私はここのギルドを取り仕切っている者です。で、お二人はなぜこのギルドで騒ぎをおこされていたのでしょうか? 最高難度の依頼を受けたいとおっしゃっていましたが」


 耳から直接不機嫌そうな初老の男の声が聞こえてきて、少しむず痒そうに耳に手を当てるキレスタール、どうやらイヤホンというものは慣れない、といった風だ。


「それは貴方の所の受付に問題があるのよ。私たちの実力派信用ならないならここで一番強い奴を連れて――」

「ルアネ、少し落ち着いてくれ……ギルド長、まずは騒ぎを起こした非礼を詫びよう。隣にいる彼女は少し嫌なことが続いたので気が立っていて、いつもは冷静な彼女なのだが……」


 と、意外にもいつもルアネを担ぎ上げているギャレンが彼女のブレーキ役になっている。旅をする中でルアネの扱い方が変わったのか元々ギャレンがただ意中の相手を妄信するような男ではなかっただけなのかは不明だが、ギルド長はギャレンを話がわかる男だと判断したようだ。


「いや、あなたは礼儀をわかっているようだ。ならばそれ相応の対応をしましょう……見たところ、その鎧はアケル王国の騎士が着るものでは?」

「よくご存じで……少し、言おうか悩んだのですが俺たちはアケル国から出立した勇者、ということになります」

「……ほう」


 その一言でギルド長が長考した。どうやらここにも勇者の偽者が色々とやらかしたらしい。もはや勇者という名前はルアネの足を引っ張るお荷物にしかなっていなかった。


「もし、あなた方が本当に勇者、として……何故冒険者ギルドに? 各村から援助金があるでしょうに」


 ふと、ギルド長の口調が試すものへと変わってたのがアラムとキレスタールには理解できた。姿が見えないが、いや、姿が見えないからこそ声の変化に気づけたと言えよう。

 そのギルド長本人ですらわかり切っている回答を、ルアネが内に秘めたストレスを吐き出すかのように吐露した。


「知ってるでしょうに、どの町も村も勇者の偽物扱いされて……これ以上金はやれるかねって! 偽物が沸くなんてちょっと考えればわかるでしょうに。エドガルンド王が発案の勇者への援助金活動、完璧に失策よ。まったく昔っからあのぶくぶく太った王様は嫌いだったのよ。税金の無駄遣いばかりして、先代の王は優秀だったみたいだけれど……父君からなんにも学んでない」

「……我が国の国王への批判は聞かなかったことに、ここには国の騎士はおりませんしな」


 棘のあるルアネの言葉にギルド長はそんな言葉を返す。どうやらこのアケル王国での王への暴言は罪にでもなるらしい反応だ。


「しかし、資金調達ならば中級の依頼でも十分では? なぜ高難度の依頼に固執を?」

「資金調達も重要ですが、彼女の発案で別に名前を売り出すことにしたのです。真の勇者は新星の如く現れた凄腕冒険者のルアネとギャレンであると、そうすれば勇者を語る偽物も活動しにくいでしょう」

「うーむ……しかし今更冒険者として名を上げるとして、広まるまでに時間が――ああ、だから高難度の依頼を? 確かに新人冒険者(ルーキー)の身で高難度の依頼を達成すれば話題性になる。吟遊詩人もほおってはおかない。となると、各村々であなた方を主題にした演劇が活発になる、と」


 ギャレンが皆まで言わずともギルド長はその考えを理解したらしい。ただの頭の固いお役人という訳ではないようだ。ただ、その案には穴があった。


「しかし、偽物がその“ルアネとギャレン”であると偽れば、今までと同じなのでは?」


 まったくもってその通りだ。いくら冒険者として名を上げても騙す方の工夫で被害は今までと同じだろう。それにルアネはこう答えた。


「真似できるならしてみせろってね。百の武器を召喚し戦う黒竜姫ルアネと拳で竜を殴り殺す脳筋ギャレンの真似なんて誰にもできないわ」

「……拳?」


 色々と突っ込みたいところが多いが、ギルド長が反応したのはそこであった。拳で竜を殴り殺す男。話がわかる方の人間()と思っていた方が、そんなトンデモ存在とは思えなかったらしい。


「そう、隣にいるこいつ、竜を殴り殺すのよ。目にも止まらぬ速さで……凄いわよ」

「いや、ルアネの方が素晴らしい、その戦う姿は猛々しくも美しい、まさに黒い大輪――」

「そういうのいいから、で、ギルド長、話は理解していただけましたか?」


 一連の説明を受け、またもギルド長は長考した。まず二人が本物の勇者かどうか。着ているアケル国公認の鎧、今まで多くの強者を見て培った観察眼、今の国勢、握っている情報を照らしあわせているのだろう。

 しかし、一分ほどの沈黙の後に出た結論は――。


「いや、竜を殴り殺すなど信じられませんな」


 そんなありきたりな疑問だった。


「……そう言うと思った。でも口で説明なんて不可能だから……ああ、もう話は最初に戻るわね。ここで一番強い奴を連れてきなさい。実際に見せましょう」

「はぁ……仕方ありませんな。では急場の賭け試合でもしましょうか」

「そう、取り分は?」


 その場で思いついた小遣い稼ぎに、速攻で自分たちの取り分を要求する黒い女の威勢にギルド長は苦笑しながらも、怒ることもなくこう言い放つ。


「うーむ、では半々で」

「乗った、なんだ。あなた、話がわかるじゃない」


 弾むようなルアネの上機嫌なその一言で、この話し合いは終わったのだった。





 さて、結末から話そう。見事ルアネとギャレンは一級の冒険者として認められた。

 無論手続き上の問題ではなく、このコルネ村の冒険者ギルドで数多くの人物から高難易度の依頼も片づけられるとその実力を認められた形だ。即興で行われたギルド主催の賭け試合、その頂点となったギャレンは難攻不落のチャンピョンとして、きっとこのコルネ村で語り継がれるであろう。

 そう、冒険者の中でも名が通っている魔剣士、魔槍士、魔導士などを片っ端から殴り倒したのだ。血の気の多い冒険者からは突如仕事場に現れて騒いでいた生意気なルーキーという認識(敵意)から、突如現れた筋肉のなんかヤバい奴という認識(畏怖)に書き換わったのである。


「これはギルドの陰謀だ!」

「金返せゴラァ!」


 だがしかし、そこは逞しい冒険者たち、すぐさま金を擦ってしまった被害者(負け犬)の会を結成。ギルド内でギルド長といつもダメ元で口説いている受付の娘に抗議を行っていた。


「いやぁ……なんか見覚えあるなぁ」


 同建物内で、席について昼ご飯を食べていた青年はいつの日か船で行われたラウフと自分との賭け試合の顛末を思い出し、そう言葉を漏らす。

 あの騒がしい集団を横目にアラムとキレスタールはこの村で特産の海鮮料理を頬張っていたところである。いつもはキレスタールが節約に一番安い料理を頼むのだが、実はついさっき実入りが良い賭け事があったので便上し、見事大勝ちしたので今日はご馳走だ……もちろん、ギルド内で起きているデモに関係する賭け事なのは言うまでもない。

 しかし誰が彼を責められようか、この青年は偶然、これまでの旅であの竜を素手で踏破してきた大男の実力を知っていたのだから、こんな美味しい賭けに不参加という選択肢はあまりにも勿体ないだろう。


「これは……美味しいです。アラム様」

「うんうん、たんとお食べー」


 賭け事で得たお金などと料理を食べる前は困惑していた少女のこの実に(無表情で)幸せそうな(頬を高揚させた)顔を見れば、監視をしているショクルも特に上に報告することもないだろう。若い男は女の子の可愛い姿には勝てないものである。


「皆さん、落ち着いてください。あの賭け試合に不正などありませんでした!」

「知るか! あんなの誰も勝てる訳ねぇだろ!」

「ちくしょう、おい人数集めろ。こうなら力尽くで――」


 と、ギルド長の言い分など通じる訳もなく、怒声にかき消された。ギルド長もまさかギャレンがあそこまで“やれる”人物だとは思わなかったのだろう。全ての試合を最短最速の正拳突きで終わらせてしまったのがこのデモの原因だ。一試合でもギリギリの戦いをしてくれれば賭け金を出した客がこうも大々的にクレームを叫ぶこともなかったのだ。

 と、いい加減暴動がおきようとした瞬間、絶妙なタイミングで受付奥にある事務所の扉が勢いよく開いた。そこには賭け事で負けたオケラ連中のデモから避難していたルアネとギャレンがいたのだが、出てきたのはギャレンだけのようだ。


「これはギャレンさん。見ての通り今はその、冒険者の皆様が熱くなっておりまして」

 こんな事態を招いた本人ではあるが、ギルド長は自分の懐を温めてくれた者を蔑ろにする気はならいしい。むしろこの暴動を収めるのは自分の仕事として認識しているのか、ギャレンには敬語で対応していた。

 しかしもはやギルド長の言葉のみで収まる状況ではない。なので、ギャレンはこう言い放った。


「こほん。先輩方、愚生はギャレン ヴァイスという者だ! 暫くこのコルネ村を拠点として冒険者稼業をやっていくので色々と世話となる!」

「知るか筋肉の塊が! 出てけ!」

「てめぇみてえな反則みてぇな奴と一緒に仕事できるか! 手柄を取られちまう!」


 やはりと言うかなんというか、ギャレンに対して冒険者から心無い言葉が浴びせられる。が、受付カウンターでギルド長と受付嬢と並んでいたギャレンは、にこやかな顔のままある物をカウンターにドサッと置いた。


「そこで、この愚生共の歓迎会を催していただきたい。酒代はこちらが持とう。この袋一杯の硬貨、先ほどの賭け試合の主催側の利益を還元する。四分の一となるがこれだけあれば皆に酒が回るだろう!」


 その言葉にオケラ連中がピタッと止まる。還元、はっきりとギャレンは還元するといったのだ。新人歓迎会などと言っているが、その狙いは明白、これから仕事をする同業者に対する“お気持ち”だ。


「ま、まぁ、そういうことなら俺は別にいいけどな」

「タダ酒飲めるならそれでいいや! あの兄ちゃん以外にいい奴だな!」


 それはもう見事な手の平返しであった。食後のお茶を楽しんでいたアラムがせき込むぐらいにギャレンを親の仇か何かみたいに睨んでいた冒険者連中の態度が軟化したのである。


「うむ! さて、まだ夕方だが、夜を待たない酒の飲み方もたまには悪くない!」

「なんだ兄ちゃん。夜にしか酒飲まねぇのか? ここの連中は仕事以外なら四六時中飲んでるぜ?」

「えらくお行儀がいいなぁ。もしかしていい所の出か?」


 とまぁ、爽やかな好青年であるギャレンの人望なのか、はたまた酒を奢ってくれる者には寛容な冒険者の掟か、たちまちに男たちはアルコールが注がれたジョッキ片手に打ち解けていた。


「いやぁ、人見知りの僕にはできない芸当だねぇ」


 愚生、などと自分を呼称するギャレンだが、皮肉屋の青年とは真逆の存在と言っていいほど自信に爽やかさに溢れていた。利発な言動、相手に敬意を持って接する社交性、そして中々に顔が良い。

 ルアネに袖にされ続けているのでこの世界では女性受けしない容姿なのかとアラムは最初思い、親近感に近い何かを感じていたが、彼の期待を見事裏切りギャレンはモテた。この旅の中で村娘から随分と好意を寄せられる場面を青年はいくつも見たのがその証拠、ギャレンがルアネにぞっこんである所を見ても私に乗り換えませんか? というお誘いを受けることもしばしばあったのだ。


「……本当に、僕には真似できない芸当だね。ふふふふふ」

「アラム様、何をそう殺気立っているんですか?」


 食後の一服を済ませ、遠くで気の良い老若入り混じった男連中と肩を組んで酒を飲んでいるギャレンを恨みったらしく見ていた青年に少女の純粋な目が向いた。

 流石にそんな目を自分の醜態で穢すことは躊躇われた。アラムは咳ばらいをして真面目な顔を作る。


「さて、キレスタールさん。お仕事の話です」

「はい」


 世間話ではなく真面目な話、と感じ元から良い姿勢を更に正すキレスタール。一方で青年はいつもの猫背のまま、こう話を切り出した。


「現在、我々の目的はこのルアネさんを我らが船に勧誘することにあります」

「はい」

「ですがインタービーナーズのお仕事はそんな単純なものではありません。対象を観察しながら、その世界のことをある程度は調査し、バイトに有益な物あればこれを持ち帰ったりもします」

「はい、それは講習でも聞きました」


 そこで、「あれ? 自分は講習でそんなことを聞いたかな」と目を閉じて記憶を探るアラム、なんとも頼りない。だが少女はアラムを上司として扱い真面目に話を聞いているのでそれを隠して彼はできるだけ威厳を保ちながら本題を切り出した。


「そこで僕はこの世界の魔術技術に注目しました。一般人でもあれほど魔術を使えるなら船には無い高度な技術が探せばあるのでは、と。ですが知っての通り僕は魔術について素人です」

「私めも結界魔術ならば理解がありますが、高度な魔術となると……」

「はい、なのでオペレーターのショクルさんとその場で相談しながら、有益そうなマジックアイテムを購入したいと思っております」


 発案は、まぁショクルなのだろう。きっと昨晩、少女が眠り青年が機械弄りをしている時にでも、そういう話をしたとみえる。


「ですがこの世界にはどうも遠隔で会話をする魔術は高等技術らしく王族ぐらいしか使えないらしく、ショクルさんと相談しながら買い物をしていると、店の人が独り言をぶつくさ言っているヤバい客が来たと思われます」

「なるほど」

「で、ショクルさんと相談するのは僕、店側の対応はキレスタールさんがしてくれると助かります」

「はい、それならばきっとお力になれるかと、場合によっては値切り交渉も可能です」

「あーいや、キレスタールさん……今までもなんだけど一応、僕らの旅費は船の経費で落ちるからね? そこまでしなくても大丈夫だよ?」

「経費であれなんであれ節制は大切だと思いますが?」


 元々キレスタールが信仰していた宗教が節制を重んじていたのか、彼女は頑なだった。まぁ財布の紐は固い方がいいので無理に聞かせる必要はない。アラムは席から立ち上がった。


「じゃあ、取りあえず外に出ようか」


 そうと決まれば即行動、美味しかったご飯の支払いを済ませて街に繰り出す。外に出て改めて見渡すとやはり冒険者多い。大きいギルドがある為かこの村に在住しているのだろう。


「なぁ、ちょっと良い薬があるんだが――」

「新人か、荷物持ちにならチームにいれてやってもいいぜ。だがその前に入会金って奴を、な?」

「おい、金……持ってるか? 先輩に少し分けろよ」


 そしてやはり絡まれた。キレスタールが杖を持っている為か、新人冒険者とでも勘違いされこのコルネ村にあるギルド伝統の洗礼(新人いびり)を受けているのではと、青年が勘繰るほどに声を掛けられる。


「買い物すらのんびりできないのかこの村は!」


 なのでアラムは激昂した。声を掛けられる度にキレスタールが結界で相手にお灸をすえるが何度追い払っても新しい暴漢がやってくるのだから、青年の苛立ちももっともであった。

 そして六人ほどガラの悪い冒険者をやっつけて、やっとのことで店を探し出す二人。宿探しの時には、ヤバい子供二人がいるという噂が流れることを願っている間に、少女は店の戸を叩いた。


「勝手に入れよ」


 中から不愛想な返事が返ってくる。それにひるむことなく少女は武具屋に入っていく。青年もそれに続くと、店の中は少し埃っぽく武器が多く置かれ手狭だったが、品物はよく磨かれて管理されているのは素人目のアラムにも理解はできた。


「……杖かい?」


 中にいた店主はキレスタールをちらりと見てそう言い放った。まぁ、少女が大きな杖を持っていたからだろう。


「はい、旅の中で予備の物を購入したく、何か良い物は?」

「あんたら旅人かい? 若いのに、訳ありか……旅なら軽量な物が良いだろう。これは?」


 そう言って小枝ほどの大きさの杖がキレスタールに手渡される。その間にアラムはステルス状態の偵察機に店の中にある品を見させて、耳元のイヤホンに耳を傾けた。


「こちらアラム……ショクルさん、通信状態は?」

「音声はクリアですよ。イヤホンと通信機との無線接続も良好ですね」


 流石にこの世界の人の前で通信機(鉄の機械)を出す訳にもいかないので、イヤホンと船への通信機を無線接続してこそこそと会話しているらしい。


「そこのあんちゃん、下手なことはするなよ。この店での万引きは死罪だ。流れ者だから知らねぇだろうが、これでも俺は元冒険者だからな。暴れても青二才ぐらいには負けねぇぜ?」


 アラムの不審な気配を敏感に感じて、店主が青年を睨みつける。この治安の悪いコルネ村で商売をしていることだけはある。


「いや、わかってますよ。ぼかぁ臆病者なんでね。そんなおっかないことはしませんよ」

「だろうな……そこのお嬢ちゃんより弱そうな奴が悪竜に餌にされず旅をしてて生きてるんなら、そいつは小動物みたいにビクビクして危機に敏感って訳だ。お互い利口にいこうや」


 貶されたのか褒められたのかよくわからない言葉を店主に貰い、青年は冷や汗を流しながらショクルの反応を待っていた。


「……アラムさん」

「何か良い物がありました?」

「アラムさん、落ち着いて聞いてください。なぜかギルドにいたはずのルアネさんがまっすぐそちらに向かっています。到着まで約一分」

「……え!?」


 その突然のエマージェンシー(非常事態)にアラムが明らかに動揺し、店主が訝しんだ目で彼を見る。

 が、今は説明している暇は無い。なにせアラムすでにルアネと知り合っている。ここで彼女がメイド好きの変態と再会しても碌なことにはならないのは容易に想像できた。


「すみません店主さん! 隠れさせてください」

「おいおい、厄介ごとの買取はしてねぇぜ? 喧嘩は買うがな」


 しゃれた返しだなと思いつつ、アラムは素早く少女の手を引っ張り商品棚の影に隠れるが、急場のことゆえ入口から見れば姿は隠れていたが、中に入り少し店内を見渡せばすぐに見つかる位置であった。しかしもっといい場所に隠れる時間など残されていなかった残されていない。


「はぁ、うっとおしい。女一人だとこんなに馬鹿共に絡まれるなんて……この村、観光地なのに治安悪すぎでしょう」


 うんざり、といった表情でルアネが店の中に入ってきた。ボディーガード(ギャレン)をギルドの酒場に置いてきた為、青年と少女と同じようにガラの悪い男たちから洗礼を受けたらしい。

 しかし店の中に入るとその表情が一変した。まるで遊園地に遊びに連れてきてもらった子供みたいに、目がキラキラしている。アラムから見て、いつも刺々しい彼女からは想像もできない顔だ。


「……(え? えぇ?)」


 その豹変ぶりに困惑するアラム、いつの間にか彼に口を押えられ一緒に身をくっつけて隠れていたキレスタールからも、青年は口を押えている手から動揺を感じた。


「あー、いいわねぇー。大きい冒険者ギルドがあるから武器の種類が豊富じゃなーい。コルネ村に来た一番の理由だものねぇ」


 え、そうなのと青年の目が開かれる。冒険者になって自分たちの名を広めるとか言っていたが、このルアネさん……武器を買い漁るのがこの村に来た一番の理由とか言い出していた。


「い、いらっしゃい……」


 店主が少し戸惑った声でルアネにそう言う。あれほどアラムたちを軽くあしらっていたやり手の店主がルアネから発せられている異常な雰囲気に呑まれていたのだ。今、それほどルアネは変である。下手をすれば変という文字の後ろに態という文字が付きかねないほどにだ。


「店主、まずはこの長槍と魔剣を頂戴」

「それ、この店で一番良い物だが……値が張るぜ?」

「臨時収入があったのよ。今は懐があったかいから遠慮せず高いの教えなさい。あ、これかっこいい! あー、いいわねぇ―。やっぱり武器は細身なのがいいわ」

「いや……お嬢さんそれ、耐久性が低くてな」


 今のルアネの表情を解説しよう。彼女は今、恍惚としていた。それはもううっとりとした表情で武器を愛でていた。店主の目は少し気になっているがなんのその、細い指で刃をなぞり、形状をじっくりと目に焼け付け手にした大体の武器は購入する。

 それを見せつけられ、心の奥底で間違いないと、青年は確信した。今見せられているのはルアネの秘密(痴態)であると。そしてこんな厄ネタ見たくなかったと後悔もしていた。


「あ、そこは私の魔術で補強するから大丈夫よ。デザインが良いなら購入よ。しっかしこんな姿、知り合いにでも見せられないわね。あらいけない、ちょっと涎が」


 やはりというかなんというか、ルアネ自身これを恥ずかしいことと認識しているらしい。しかし、浮かれていた。もうこれでもかというぐらい浮かれていた。数ある武器を前にうっとり眺めたらり、はしゃいだりと完全に子供返りをしている。


「はぁ、いっつもあの脳筋男がいるから武器屋で思う存分買い物できないからストレス溜まってたのよねぇ。今頃は酒場で酔ってることだし今日は――」

「くしゅん!」

「……」


 さて、突然の音に当たり前だが目が合った。くしゃみをしたのはキレスタールで、アラムは全てを諦めた無表情で石造みたいに固まっていたルアネを眺めている。自分は置物であると誤魔化そうとしている空しい最後の抵抗であった。

 店主は何かを感じ取ったのか、一番近くに置いてあった丸い盾なんかをさっと手にしてカウンターに籠る。瞬間、ルアネの羞恥が爆発した。


「……きゃあああああ!」

「おわぁああああ!」


 静寂から数秒後、店内で甲高い女性の悲鳴と共に爆発が起き、青年の視界が白に染まる。そして一瞬の熱波と閃光に身を包まれると同時に、コルネ村の武具屋は小規模な爆発でドアを吹き飛ばし入口から黒煙を吐き出した。

 まぁ……不幸な事故……事件であった。



次回更新は明日の朝六時の予定です。

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