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第四章「男は女の愛を知る」 五話



 鋭い朝日が目に染みたのか、青年は目を細める。

 朝日が昇って間もない時間、砂利を踏み潰す音が二人分。アラムたちはすでにデザートドラゴンの脅威から解放されたあの村から旅立っていた。理由は単純、ルアネとギャレンが早朝に村長に挨拶してひっそりと次の目的地に向かったからである。

 村から徒歩で一時間後、穀物の畑だけが広がっていた風景が段々と自然の領域を見せ始めた。ただの草原と、その遠くに太い幹を持つ大樹が集合した森がぽつりぽつりと見え始める。この地域は自然が豊からしい。


「さて、アラム船員……何か申し開きはあるかね?」

「えーっと……すみませんでした。溢れ出るパトスを押さえられませんでした」


 そんな緑が美しい自然の中、青年は通信機から説教を受けながらトボトボと歩く。無論内容は昨日の痴態について、そして通信機からはファナール船長(天敵)の声が響いている。

 つい先ほど、オペレーター室にやってきてショクルから事情を説明されて、ため息交じりにこの愚息への説教を始めたのであった。


「で、でもメイド服って素晴らしいものということは一般的な感性であると僕は――」

「はぁ……アラム船員、少し真面目な話をする。異なる世界に我々の常識を持ち込んではならない。法律から自然の節理からして違うのだ。無論、性的趣向もだ。確かに船ではメイド服に情欲を示す男は一定数いるが、その世界では異端ではないという保証はどこにも無いだろ?」

「それは、インタービーナーズでの講習でも聞きましたけど……」

「確かに講習でもそれは教えられている。だがどれほど我々の船とズレているのか、転送された世界によりまちまちだがほとんどの新人はそれを実感できない。お前だけではない……常識というのもは、強く人に根付くものなのだ」

「……すみません」

「いやアラム船員、謝罪を言う場面ではないぞ。私は叱っているのではなく先達者として君に教えているのだ。異なる、ということを実感することを……その世界は我々の常識とは違うことをだ。まぁ、この続きは一度お前が帰船してからだな」

「え? 僕ら一度、帰るんですか?」

「理由は複数ある……国境越えに手間取るだろうし、今後の作戦が変更されたなど、それはショクル船員と話しあってくれ。では私は忙しいのでこれで失礼する」

「はい、ではまた今度……」


 真面目の怒られて目に見えて落ち込むアラム……いや、怒られたと言うより本気で注意されたという認識なのだろう。あの多忙な船長を煩わせてしまったことを気に病んでいるらしい。


「アラム様、そう落ち込まずに」

「ああ、うん。ごめん、僕ってさ、一度落ち込むとすんごい自己嫌悪するから回復に時間掛かりますんで……でも仕事はきっちりこなすので、はい」


 見れば、泣きそうな顔でも偵察機を捜査して前方の見えない位置にいるであろうルアネとギャレンの会話をしっかりと聞き取っていた。会話の内容はどこの貴族は優秀だとかそうでないとかと一方的にルアネがギャレンに説明しているものだ。


「……キレスタールさん、その、僕のこと嫌いになった?」

「昨日のことですか? 私めは時折、アラム様の言うことにはついていけません。なので昨晩は何を言っているのか理解できていないので嫌いになるどうこう以前の問題……ですね」


 どうやら昨晩のメイド談義はこの少女にとって高度すぎて理解不能だったらしい。それになるほど、とアラムは納得した。ここでキレスタールが本心から気にしていないと言っても多分アラムは信じずに優しさから嘘だと思っていただろう。


「ですが相手を不愉快にしてしまったのは理解できます……なぜアラム様はその、セクハラ癖をお持ちなのですか?」

「ちょっとそのぉ、昔僕がお世話になっていた人が、セクハラは一種のコミュニケーションという考えのお持ちの方で……それが僕に移ってポロっと……言い訳臭いかな?」

「いえ、しかしそうなのですか。それは困ったお方ですね」

 今明かされる衝撃の真実、というほどでもないがそんな事情があったのかと驚く少女。

「まぁ、セクハラされた相手はそんな事情知らないからさ。治そう治そうとは思ってるんだけど勢いでどうしても出ちゃうんだよ」

「では私めがその癖が出た時、対応できるようにならなければなりませんね。精進します」


 そしてなぜかやる気になるキレスタール。とはいえ、お互いの欠点を補い合うことは仕事をするうえでも重要ではある。


「アラム様、ステイです! これでどうでしょうか?」

「え、そんなペット感覚で止められるの、僕?」


 まぁ、あの程度のことでは二人の仲は悪くならないということらしい。そんななんとも気の抜けたやり取りの最中、一瞬にして二人の顔は真剣なものへと変わった。通信機から聞こえてきた話の内容に変化があったからである。やはりきちんと仕事はしているらしい。

 ルアネとギャレンの会話も少し事務的なものであった。


「そういえばお互いの戦闘スタイルの確認をしておきましょうか? これから一緒に旅をしていくのだし。そっちはまぁ、殴ってそれが駄目なら自分に強化魔術をかけて殴る……頭が痛くなるぐらい脳筋だけど、私の方は理解してる?」

「ああ、あなたの戦闘スタイルはよく知っている。よく修練している美しいその姿を目に焼き付け日々の励みにしていたからな!」

「あの、隠れて見てたとか普通に気持ち悪いんだけど……まぁ言ってみて」

「多彩な武器の召喚しそれを周囲に浮かせるのが基本的な戦法、まずは牽制から始まり相手の戦力を測りそれに応じた特性の武器を召喚、対応するのだろう?」

「へぇ、よく調べてるじゃない」

「あなたに勝つ為に色々と研究したからな。ゆえにコロシアムでは一撃で倒す他、愚生に勝機が無かった。初手を防がれ白兵戦への対応を成された時点であなたには勝てないからな」


 通信機からそんな嬉しそうに解説するギャレンの声が聞こえてくる。きっと満面の笑顔で愛しのルアネさんのことを話しているのだろう。


「……ねぇ、それ止めない?」

「む、愚生に至らぬ点があったのか!? 直ちに正すので教えてほしい!」

「いや……まぁいいわ。というかそれ、あなたって呼び方嫌なのよ。だから名前で呼びなさい」

「い、いいのか!?」

「なんでそんなに驚くのよ?」

「いや、あなたは俺を嫌ってると思い、遠慮していたのだが」

「あんたにも遠慮するっていう機能があったことに驚きだわ……まぁそれはさておき、いいから名前で呼びなさいよ」

「ルアネ殿!」

「敬称は止めて! なんだかむず痒いし、ルアネって呼びなさい」

「だが年上である以上、敬称をつけるべきでは?」

「え、待ってあんた何歳?」

「今年で二十になる!」

「二歳年下なの!? うっそ、そんな図体でかいのに年下とか……いやそういえばコロシアムでは末の子とか言ってたような……白竜家(ヴァイス)三兄弟の一番下なの?」

「ああいや、ヴァイス三兄弟は全て兄のことだ。愚生は四男にあたる」

「いや白竜家は三兄弟って……ああいや、やっぱり言わなくていいわ」


 会話の途中、歯切れの悪いルアネの声が偵察機から聞こえる。気づかず暗い話題になっていたようだ。


「ああ、どう転んでも聞いていてあまり聞いていて気持ちの良い話にはならないから、是非ともそれで頼みたい」


 それから通信機から二人の会話は途切れた。何かルアネが察したらしい。それからまた何度か野生のドラゴンとの戦闘音と、短い会話のやり取りしか行われなかった。


「複雑な家庭事情、なのでしょうか?」

「みたいだね……まぁでも戦闘スタイルについて聞けたのは良かったね。彼らをスカウトするかの良い判断材料になるはずだし、と言ってもあれだけ強いとスカウトは確定とは思うけど」


 アラムが強引に話の舵を変える。家庭の薄暗い事情というのはどうにも気が滅入る。それが赤の他人のものであっても、憶測であれやこれやというのを彼は嫌ったのだろう。


「まぁ、これから長い間あの人たちのことを調べるんだし、それもおいおいわかるかな?」


 ふと、傍に飛んでいる偵察機を弄りながら少女に言うでもなく、青年はそうぽつりと言葉をこぼした。まだ旅は二日目、長い道のりは始まったばかりなのであった。





 ルアネとギャレンが国を出て、すでに二週間ほどが経っていた。村から村へ、旅する勇者を追いかけてアラムたちも移動する。ルアネとギャレンは基本的に野宿なので、必然的に青年と少女も竜が闊歩するこの世界で野宿するしかなく、危険に怯えていた。

 しかしこの世界には竜除けの香なるものがあるらしく、野宿する際はそれを焚くのが常識らしい。

 なので即決で購入。ただお値段が高く、痛い出費だとキレスタールは少し渋い顔をしたが安全には変えられないということで二日目からアラムは竜除けの香を使い始めた。香の不思議な匂い、どのように作られるかは不明だが、これの存在により青年と少女は安眠を確約された。

 だが、問題はそれだけではない。


「あー、足がぁ……」


 夕方、今日は一日ずっと青年と少女は森の中にある商業道を歩き詰めであった。森を開拓して作られた道なので歩きやすくはあったが、一日中徒歩移動、というのは青年にとって苦行に他ならない。


「アラム様、あとで回復魔術をお掛けしますね」

「ああ、お帰りキレスタールさん。ごめんね任せっきりで」


 川沿いにテントを張り、薪拾いから帰ってきたキレスタールがそう青年を気遣う。

 歩き旅の終わりにキレスタールがアラムの足に回復魔術を施すのももはや日常となっていた。そうしないと青年の足がもたないのだ。単純に彼の運動不足、というのもあるがやはり旅慣れていないので少女が言うには歩き方に無駄がある、ということらしい。


「しかし、勇者の偽者、というのは何人いるのでしょう。ルアネ様とギャレン様の行く先々の村で援助金はすでに持っていかれた後、ということでルアネ様の機嫌が日に日に悪くなっております」


 そう、この二週間、そんなことの連続であった。ルアネとギャレンが先に村に着き、勇者と名乗ればすれば、すぐさま勇者の偽者だと村人に罵声を浴びせられ村から追い出される始末だった。

 このアケル国の国王様が勇者が訪れれば援助金を村に出させる政策を行っていたが、はっきり言ってどこの賊かもわからない悪党に資金源を提供する形にしかなっていなかった。


「はぁ、あのコロシアムで見た王様、かなり問題ある人だったみたいだね……それにしても、僕って現状かなり役立たずだよね? こんなに旅が過酷だとは思わなかったよ。いや本当、足を引っ張って申し訳ありません!」

「いえ、アラム様には別方面で良くしてもらってます。これなど素晴らしい物かと」


 話しながら焚火の準備を終えたキレスタールはなにやら虫眼鏡の様な物を取り出すと、偵察機が勝手寄ってきてその虫眼鏡に光を当てた。すると虫眼鏡から強い光が通され、一瞬で焚火に火が灯った。これは少ない光で火を付ける道具らしい。


「これもアラム様が作ったのですよね?」

「まぁ今回の仕事で旅をするのは知っていましたから、原始的な理論で簡単に火起こしできる道具があったら便利かなっと……しかもお値段は廃材だからタダだしね!」


 お値段を強調するアラム。ここ最近、少女が金銭管理に厳しいことが理解できたのでアピールポイントであると思ったのだろう。しかし効果は薄く、キレスタールは小首を傾げるだけだった。


「……そういえばあちらはすでに村に?」

「うん、夕方ギリギリに村に着く計算だったらしい。あのルアネさんって人本当に色々とできるね。聞いてる限り始めての旅らしいのに偉く慣れている感じがするよ」

「才女、天才、そうギャレンさんは褒めたたえていましたね。昔から才気あふれる方だったのでしょう。戦闘力も相当高いらしいですし」

「まぁ、出てくる竜はギャレンさんがワンパンで葬ってるからどれほど強いのか未だにわからないけど……」


 アラムも男の子、好きな人に良いところを見せたいという気持ちは大変理解できるのだが、二人の力量を測すという今の段階での仕事でそれをやられると本当に困る。


「……報告書どうしよう」


 今日も今日とてギャレンさんの筋肉が大活躍でした……という内容ではもちろん駄目なのだが、ルアネとギャレンに関しては本当にそれしか書くことがなく、青年は困っていた。

 なので報告書にはこの世界の地理や野生動物、独特な道具についての記述が多くなった。この世界の自然物はとくかく大きい、木一本にしても太く巨大だ。野生動物である竜にも種類があり、人の益になる存在も少なからずいるらしいが、ほとんどが獰猛な悪竜や害竜と呼ばれる危険な存在だ。


「悪竜と害竜について明確な違いはない……と」


 ふと、青年が周囲を見る。報告書の制作に苦戦していると、気が付けばすでに日が山に沈み辺りは暗くなっていた。まだこの世界の季節は夏らしく、それほど寒くはないが焚火の熱が心地よいらしく、火に手をかざしてアラムは目を細めた。


「あったか~い」

「アラム様、インスタント麺ができあがりましたよ」


 青年が報告書に奮闘している間に、キレスタールが袋麺を茹でて今晩のご飯をつくっていたらしく、どんぶりに盛られた麺類が湯気を出された状態でアラムの前に置かれる。


「……ねぇキレスタールさん」

「はい? なんでしょう」

「毎日これで飽きないかい?」


 実は昨日も一昨日も、朝昼晩この袋麺であった。アラムとて食事にうるさい訳ではないが、流石にこうも同じ物が続けば飽きもくる。だがキレスタールは平気そうな顔をして麺を啜っていた。


「……大変に美味ですが?」

「キレスタールさんって食事に対して欲が無いというか……なんでも食べるよね?」


 最近、この少女についてアラムが新発見した事実であった。旅となるとキレスタールはなんというか食に対して無欲である。船にいる時は野菜など栄養バランスを考えて食事をしているみたいで、アラムも小言を言われた経験も一度や二度ではない。

 が、現在キレスタールの基本スタンスは食べられればいいなんでもいい、という考え方であるらしく、この通り袋麺三食三日続いてもケロッとしていた。


「旅の中では食べられるだけ恵まれていると思いますが……」


 食べ物があるだけありがたい、というのが少女の弁だ。それでも普段、船では栄養バランスとか言っている彼女だが旅となると人が変わったようにその思考を変えてるらしい。やや守銭奴になりかけて節約主義になっているのもその切り替わりによるものだろう。


「うん……船に帰った時、色々なインスタント商品を買いこもう」


 経費として持たされる必要最低限の食料としてバイトから支給されたインスタント麺が主食となっている現状をアラムは嘆く、確かに自分の軽いお財布には大変よろこばしいのだが、やはり人間色々な物をその時の気分で食べたいものだ。

 それから二時間半後、ここから歩いて一時間先にある宿でルアネとギャレンが寝たことを確認してから、青年と少女は就寝……とはいかなかった。


「アラム様、私めはそろそろ寝ますがまだ仕事が残っているのですか? 寝ずの番はアラム様の偵察機がしてくれるので見張りはしなくてもいい、という話ですが」

「ああ、うん。ちょっと今日中に完成させたいものがあってね。今日まで悪竜とかに襲われずにここまで来れたけど、それは追っているギャレンさんが退治してくれたのと運が良かったからだと思うんだ。道中どんなヤバいのに出くわしてもいいように、デコイを造っておこうと思って」

「囮、ですか?」

「偵察機に僕らのホログラムを映させて囮にするんだ。その後偵察機は逃げた僕らを追ってきて無事回収、資源とお財布に優しい大変エコな機能を追加させたいんだ」

「そうですか……ただ、あまり根を詰めすぎぬようにしてくださいませ」

「うん、キリの良いところで寝るよ。先に寝ててキレスタールさん」

「はい、おやすみなさい」


 大義の火を消しライト一つで偵察機の一つを弄り回して部品を付けたす青年。その作業は少女が思っていたより長く続いたのであった。



次回更新は明日の朝六時の予定です。

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