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第四章「男は女の愛を知る」 四話



 村に一つしかない酒場には、ものすごくご機嫌斜めな女性がそこにはいた。椅子に座り足を組み、指を何度も机にやや強く叩き、目じりを吊り上げ酒場にいる村人を一瞥し、机の上のコップを見て、また村人を一瞥する。

 そしてその隣でギャレンが冷や汗を流してなんともやり辛そうにしていた。


「わぁ……」


 修羅場だ。それとルアネという実物を初めて間近で見て、アラムは恐怖を感じていた。性格上、相容れないと思ってたがこれまでとはとため息を吐いてしまうほどだ。

 彼にとって不機嫌な女性という存在は毒である。近くにいるだけで精神にダメージを負い、情けない自分と存在は気の強い女性という存在を無意識にイラつかせてしまう。そう、青年自身もそういう女性に対し毒になりえるのだ。

 なので傍観、村人にあの人は間違いなく本物ですよと伝えて酒場の隅に避難し視界から逃げていた。


「……女の方は子供?」


 しかし、それで逆に目立ったらしい。少女と共に酒場の隅にいるローブを羽織った男など怪しいだろう。けれど、ルアネからアラムに話しかけない。彼女も見るからに自分を避けている存在にちょっかいをかける気はないだろう。


「すません。本当に本物だとは思わず、これまで多くの偽物がこの村に来まして」

「ああ、そんなのいいわよ。ちょっと不愉快だから虫の居所が悪いけど……私が怒ってるのはあんたたちじゃなくて穴だらけの政策をしている王に対してだから、気にしないで」


 その言葉に村人は顔を見合わせる。どうやら機嫌が悪いのは、ここの村人たちからたっぷり一時間、勇者の偽者として扱われたからではないらしい。


「王への暴言など……あなた様は貴族なのですからそんなこと……」

「そう、貴族よ。民衆から巻き上げた税金で生活をしているお貴族様よ。で、この村の近くに前から居着いてるデザートドラゴン、どうにかしてほしいんでしょ?」


 その一言に、村人たちはざわついた。なぜそのことを知っているのかという顔だ。


「約三か月前、サハラジェ連合の黄金砂漠に密入国した奴隷商人が賊に襲われ運搬していた“商品”が逃げ出した。奴隷が十名、ここに住んでいない悪竜が五匹、ほとんどの奴隷はその悪竜に食べられた。で、うち四匹を王が派遣した騎士団に討伐されるも一番厄介な奴が今も潜伏、騎士団も諦めムード……でしょ?」

「そ、それはその通りなのですが」

「ならそのデザートドラゴン、なんとかしてあげるわ」


 なんでもないことのように、ルアネは机に頬杖を突きながらそう言い放った。村人は喜ぶ者と警戒心を見せるもの半々だ。


「ただし――」


 ほらきた、と警戒していた半分が身構える。どんな要求をされるのだろうという顔だ。


「まず、私ではなくそこの筋肉の塊が戦うわ。今こいつの試験をしててね。デザートドラゴン相手なら不足じゃないわ」

「わかった。なればこのギャレン、渾身の拳をもって砂の竜を打倒しよう!」


 話は終わった、とばかりに酒場の椅子から立ち上がる黒い女と白い男。それに村人たちは目をぱちくりさせる。話がうますぎる、と。


「ちょ、ちょっとまってください」

「え? なに……私あまり長い話とか好きじゃないんだけど」

「あ、いえ、その、勇者様は金銭などを要求しないのですか?」

「もう貰ってるわよ」

「はい?」

「私は勇者である前に貴族よ。なら納税者を守る責務ぐらいはあるのよ。それに、私この村で作られているパン、好物だったのよ。だからその恩返し」


 そう言って颯爽と酒場から出ていく二人。村人たちは珍しいものを見た、という顔でお互いの顔を見ていた。


「僕らも行こうか」

「はい」


 それを見て、酒場の隅で息をひそめていた青年と少女も外に出て二人についていく。

 無論、二人の観察という仕事もあるが、この先で出てくるこの世界での強力なモンスターの力を知りたいと青年は純粋に思ったのだ。デザートドラゴン、というのはこの国の騎士団でも倒せないならば、目安にはなるだろう。


「しかし、どうやって倒す気なんだ?」

「戦うのは勇者様じゃないらしいが……あの男の方は強いんだろうか?」


 二人の後を追い外へと出てきたのは青年と少女だけではない。村人たちもぞろぞろと不安そうにしながら酒場から出てきた。

 一方で竜退治を引き受けたギャレンとルアネはなにやら話している。


「で、あんたどうやってデザートドラゴンを見つける気?」

「そこは手伝ってはくれないのか?」

「試験って言ったはずよ……戦うだけが能力じゃないのよ?」

「なるほど、道理だ」


 突き放すような冷たい言葉に、男はニコリとして頷いた。嫌味が通じず鬱陶しそうにギャレンを横目に村の観察を行うルアネ。


「……特に家畜小屋の被害が酷いわね。人間様が育ててるご飯の味を覚えたみたいね。そのうち人間そのものを食料として認識するわね」


 デザートドラゴンに何度も襲撃され、その度に修理された家畜小屋をルアネは見る。そこにも人サイズの竜が怯えるように身を固めていた。次々と仲間を食い殺されてブルブルと震えているのだろう。


「それは深刻だな」

「ええ、深刻よ。あんたも末の子とはいえ貴族でしょにわからないの? 死人が出る手前の事態よ?」

「愚生は非才ゆえ、政治はてんでわからないんだ」

「あら、そう。愚鈍なのね」

「愚鈍、か。まさしく!」

「あんたねぇ、馬鹿にされてなんで笑ってるのよ」

「そう言われても明晰なあなたの言葉ならば進撃に受け止め成長の糧とすることこそが――」

「はぁ……あんたと話してると疲れるわ」


 なんだろう。棘のある言葉をあれほどかけらているのにギャレンは嫌な顔一つせず腕を組んで頷いている光景を見て、青年はショックを受けていた。あれほど強い人間がいるのかという顔だ。

 この青年ならば耐え切れず、すでに涙目になってあの黒い女の視界から消えるべく全力疾走していることだろう。


「ちょっとあのギャレンさんのこと尊敬するかも……」

「アラム様?」


 そんな青年の心中など理解できず、キレスタールはその一言に小首を傾げた。すると、ギャレンになにやら動きがあった。


「おい! アーマードラゴンが出たぞ、男衆を集めろぉ!」


 村の入口に先ほど出てきたアルマジロのドラゴンが出てきた。あれもあれで危険なものらしく、村の男たちが騒ぎ立てる。中には杖を持っている者もいるところを見ると、やはりそこらの村人でも魔術を使うのだろう。

 その瞬間、血肉が弾けた。そう説明するしかない……一瞬でギャレンが正拳突きで人の大きさほどあるアルマジロをただの肉塊へと変えたのだ。一連の動作を目で負えなかった者も多いであろう速度である。


「お、おい、さっきの魔術を使ったか?」

「いや……魔力なんて感じなかっただろ? 素人目でもそれぐらは判別できるだろうが」

「じゃああの人、一体何でアーマードラゴンを倒したんだよ? ただ殴り殺したとかありえないだろ?」


 うむ、そうだろうそうだろうと青年がなぜか得意げになる。あんなもの初めて見ればそうなるだろうと期待した通りの反応に満足げだった。


「……は!? これだ、愚生は天啓を得たぞ! これをデザートドラゴンの目撃場所にこれ(エサ)を置いて奴をおびき寄せるんだ!」


 そして返り血まみれでなにやらはしゃぐギャレン、というか先ほどのアルマジロ型の竜は彼に反射的に殺されたというのか。


「あんたねぇ……」


 その姿に頭を押さえるルアネ。まぁ血まみれで子供みたいにはにかむ男、というものは猟奇的すぎる。その姿に頭も押さえたくもなるだろう。

 しかし別段悪い作戦という訳ではない。と、いうことで作戦は決行された。運よく餌も手に入れ街はずれの森へと向かう。餌となる死体の運搬には一応腕に覚えがあるという村の男衆が五人ほどが手伝い、それにアラムとキレスタールも護衛という形で同行させてもらえた。


「私はギリギリまで手助けしない。手助けをさせた時点であなたは失格、大人しく国に帰ること」

「ああ、心得た」


 そして、試験が始まった。作戦は一応はうまくいった。というよりうまくいきすぎた。何も血肉に飢えているのはデザートドラゴンだけではないからだ、数分後、森から大きな牙が特徴的な大トカゲの群れが沸いて出てきた。

 最初、村人は男を心配した。アーマードラゴンを倒せても、竜の群れに襲われてはひとたまりもないのではないかと。

 だが、ギャレンはその心配を一撃で粉砕した。一匹ずつ丁寧に殴り飛ばしていつしか小さな竜(巨大トカゲ)の群れは尻尾を巻いて逃げていく。


「……あんた、化け物なの? どうなってるのよその筋肉」

「ああ、小さい頃から鍛えた成果だ!」


 ルアネからの誉め言葉……ではなく呆れた言葉に、自信満々にそう胸を張るギャレン。この竜と魔術の世界で、己が肉体の身で敵を打ち砕くこの男がどれほどまでに異質かルアネの顔を見れば理解できる。というかどの世界でも異常だろう。


「いやぁ……男ってのは筋肉を鍛えるとあんなことできるんだなぁー」

「いや、無理だろ。あの貴族様が異常なんだって、貴族様ってのは凄いんだなぁー」


 ついてきた男連中の村人もそう言っていた。地べたに座りお弁当のパンをもしゃもしゃと食べている。あの男の強さを前に警戒するのも馬鹿らしくなったらしい。


「貴族と肉体強度は関係あるんですか?」

「そりゃあ俺らよりいい物食べてんだから体も強くなるだろう?」


 青年の問いに村人の問いが答える。いつのまにか輪に混ざっていたのはアラムだ。人見知りの青年だが、空腹に耐え切れずご厚意でパンを分けてもらっているところであった。


「アラム様、少しばかり緊張感がありません」


 と、少し拗ねた風に少女はそう言うも、キレスタールも彼らに混ざり地面に座りパンを食べていたので説得力が無い。しかしその言葉は効果があったらしい。


「……うん。そうだね、本命が来たらしいしいざって時に備えて立つぐらいはしないとね」


 と、青年がそう言ってパンを咥えて立ち上がる。見れば、森から不気味に動く砂山が出てくるところであった。


「見ろ、デザートドラゴンだ! おかねぇな。黄金砂漠にはあんなのがうようよいるのかよ!」


 村人が叫ぶ。これまでアラムは砂を使う竜を想像していたが、実物は竜とは程遠い見た目をしていた。まるで砂のナメクジだ。足は無く、もぞもぞと砂を動かし森からのっそりと出てきた。だが顔は竜の顔をしている。どういう進化をすればああなるのだろうか?


「……あれって物理攻撃が効くんですか?」

「そりゃあ効かねぇよ。体が砂でできてるんだからな、水魔術が弱点だって騎士団は言ってたが、俺らの魔術では威力が足りないだろうから、逃げるようにとは言われてる」


 物理無効、それを聞いて遠くで腕を組んでいるルアネの方を見るアラム。


「あの人、意地悪だなぁ~」


 きっとルアネはそのことを知っていたのだろう。なので殴るしかできないギャレンと相性の悪いデザートドラゴンをぶつけたのだ。試験と言いつつ、合格させるつもりはないらしい。

 だがギャレンはやる気満々だ。やっと標的が来たので嬉しいのだろう。その顔は兜で隠れていたがおそらく満面の笑みなのは間違いない。負けるなどと思っていないらしい。


「キレスタールさん、ヤバかったら結界術でギャレンさんを守ってくれる?」

「はい、ですがルアネ様もいますし、下手に手出しをしない方が得策かと」


 しかし、アラムはあの意地悪な女性をそこまで信用できなかった。アラムも自分のコードシステムで最悪の事態に対処する方法に思考を回す。


「諦める?」

「まさか、こういう生物には核があるのだろう?」

「ああ、それぐらは知ってるんだ……物理無効の生物には確かに大体は核という弱点はある。でもそれは体の奥深くにあるのよ、あなたの拳じゃ届かないわ」


 だから勝てない。諦めなさいとルアネは言いたそうだった。しかしギャレンの闘志は消えない。


「いや、絶対に勝つ。どうか手は出さないでくれ!」


 その言葉にため息を吐くルアネ。どれほど馬鹿なのかと心底呆れている様子だ。

 そんな彼女の姿とは裏腹に、ギャレンは地を蹴ってデザートドラゴンへとただまっすぐに接近する。普通ならばカウンターの攻撃でやられる単調な動き、自殺行為だ。だが速度が違った……ギャレンはデザートドラゴン(野生動物)の反射神経を上回る速度で、すでに目の前まで近づいていた。


「はぁ!」


 炸裂する白い拳、その目にもとまらぬ衝撃にデザートドラゴンの体がはじけ飛ぶ。まるで爆薬でも使ったかのような威力に村人たちは歓声をあげるも、砂竜の命を刈り取るには足りなかったが、その水色の核を露出していた。あと一撃で蹴りが付く。


「ちっ馬鹿」

「!?」


 だが、ルアネの舌打ちと同時にデザートドラゴンは巻き戻った。草木に飛び散らせた砂は瞬時に露出した核を守り、すぐさま砂でできた竜の顔をつくる。追撃は不可能であった。あまりにも再生速度が速すぎる。

 そして次にきたのは反撃だ。デザートドラゴンは大きく口を開け、砂のブレスを至近距離にいるギャレンに遠慮なく浴びせた。それもそうだ、一撃で己の核(急所)を露出させた人間に遠慮などする訳がない。

 もろに攻撃を浴びてボールみたいに吹き飛ばされるギャレン。真新しかった城の騎士と同じ鎧は砂のブレスにより鏡みたいな表面から、すでにすり傷だらけになっていた。


「……ギャレン、諦めなさい!」

「嫌だ! 絶対に嫌だ!」

「なに意固地になってるの! 自分の命を大事になさい!」

「いや、待ってくれ! 頼む、愚生を、いや俺を信じてくれ!」


 しかし、吹き飛ばされたギャレンはケロッとしていた。鎧が頑強であったこともあるが、ギャレン自身が鋼鉄に引けを取らないほど鍛えられた肉体を持っていたからだろう。

 それでもだ……勝てないならじわじわといたぶられて彼はデザートドラゴンに殺される。あの砂の竜は動きこそ遅いものの、遠距離攻撃が得意らしくすでに第二撃目を放とうとしていた。

 一方ギャレンはまた拳を構えていた。また同じように突っ込んで先ほどと同じように吹き飛ばされるのだろう。それを見てルアネは何もないところから槍を召喚した。試験は終わり、これ以上は見ていられないという風だ。


「――身体強化、発動!」


 だが、それよりも早くギャレンは“魔術を使っていた”のだ。アラムたちもルアネも彼は魔術を使えないと思っていた。だからあれほど肉体を鍛えていたのだと……だが違った。使えたのだ。

 その魔術は身体強化、補助魔術のエキスパートである白竜家(ヴァイス)の十八番であり、ギャレンにこれ以上ないほど相性の良い魔術だった。極限にまで鍛え上げられた肉体……それを強化するとはたしてどうなるのだろうか?

 答えは目の前の光景にあった。


「なっ!」


 ルアネの目が見開かれる。空気が彼女に逃げてきたからだ。身体強化の魔術により、ギャレンから暴風が吹き荒れた瞬間、彼は消えていた。先ほどした高速の踏み込みがスローモーションと思えるほどの神速、その接近をもってデザートドラゴンは動きを止められた。接近された衝撃(暴風)は、そのまま攻撃となり砂の竜を止めたのだ。

 黒い女同様に砂の竜も瞠目する。理不尽がすでに目の前にあったからだ。なんだこれはと砂の竜は世界(神様)に怒った。寝ているところを人間共に捕らえられ、こんな遠い地に連れてこられた。だがここは天国であった。

 元の住処では同族の強い雄に餌を何度も奪われた。だがこの地では自分が一番強かった。人間共も弱く、同じ竜にも天敵などいない、この地では覇者になれた。交尾の相手をする雌がいないことだけが不満だが、それでもここはこの砂竜にとって楽園、ここでは覇者となれた。

 ――なのに、今更こんな天敵が突然現れるなど、砂の竜は神を呪う。


「悪いが貰う」


 一言、男がそう謝る。人間の言葉など理解できない砂の竜だったが、それが強者の礼儀であるとだけ理解し、はじけ飛ぶ。だが、強さは先ほどの非ではない……水色の核の破片ごと、デザートドラゴンはその命を拳一つ(正拳突き)で貫かれたのであった。


「……は?」


 目の前の出来事を飲み込むのに、ルアネは時間を要し……コロシアムでの自分との模擬戦では、あいつは本気を出していなかったのかと結論を出した。あの威力は流石に死ぬ。防御魔術を展開していない状態でくらえば自分は死ぬだろうと。


「み、見てくれただろうか!」


 と、忠犬の如く目を輝かせて大男は愛しの女の元まで走ってくる。さきほどの戦闘のダメージなど一切感じさせない。


「え、ええ……」


 もう、お手上げだった。正直に言えばやはりというかルアネは一人で気楽に旅をしたかったが、彼は見事デザートドラゴンを打ち倒した。ならば、約束を今更白紙とする訳にもいかない。


「はぁ、合格よ」


 その一言にギャレンは拳を突き上げて喜ぶ、空を見ればすでに夕暮れだった。今日はこの村に泊まる他ないだろう。

 こうしてギャレンはルアネから旅の同行をする権利を見事、勝ち取ったのであった。





「ちょっとぉー! なーんであんたそんなに強いのよ!」


 砂竜が討伐されたその日の夜、アケル王国の王都近くの村ではささやかな宴会が行われた。

 旅立ちの日を迎えた勇者を祝う為、村の窮地を救ってくれた勇者に感謝をする為……理由はそんなものだったはずだが、今は飲みたいから飲んでいるみたいだ。村の酒場では酒が惜しげもなく飲まれ男と女が酔いに酔っていた。

 それは勇者(ルアネ)も例外ではなく、ジョッキ片手に顔を赤くしていた。今は旅のお供に絡みに絡んでいた。

 それを酒場の隅っこにいるアラムはちびちびとジュースを飲みながら観察している。目立たないようにという狙いもあるのだろうが、とにかく隅っこが定位置というか落ち着く性分らしい。


「日々の積み重ねとしか……無論、頭を使わぬ努力ではなく、愚生なりに考えできることを最大限にした結果だ」


 晴れて正式に彼女の旅のお供となったギャレンも、少し顔を赤くしながら得意げにそう語る。酔っているにはいるが、目の前にいるルアネほど深酒はしていない様子だった。


「私と戦った時は手加減してたの!?」

「あれは! いや、仕方ないだろう! 愛しき人に暴行を働くなど愚生にとっては苦渋の選択、怪我の一つでもすれば我が一生の悔い! ゆえに強化魔術抜きでやるしかなかった!」

「へぇー、へぇー、私はぁ、あなたにぃ、手を抜かれて負けたんだぁー、はぁー!」

「いや、実力ではあなたの方が上だ。それは揺るぎない真実、しかし常に強者が弱者に勝つという節理も無い。ただ“試合開始時による正面からの不意打ち”だからこそあなたを傷つけずに勝てた。この試合運びは愚生がまだ小さい頃から考えた戦術で――」

「そーんなのどーでもいいのよ! 手加減されてたって事実、それが腹立つのよぉー!」


 なんという絡み酒だろうか……だが絡まれている方は満更でもなさそうな顔をしている。きっとあれほど自分に冷たかった彼女が自分にこうも話しかけてきてくれるのが嬉しいのだろう。


「いやぁー……凄いなぁ、あの人」


 そんな包容力のある男の姿を見てアラムは感嘆のため息を漏らす。彼も酔っぱらいの相手を何度かしたことがある。相手はもちろんファナール船長、高いお店でお偉いさんに嫌味を言われながら酒を飲んできた日はそれはもう荒れに荒れていたものだ。

 そして今のルアネもあの日のファナール船長とおんなじぐらい面倒くさくなっていた。やれお前の強さが気に食わない、やれ体がムキムキすぎる、やれ国王の政策は適当すぎる、やれ他の貴族は効率が悪すぎるなどなど、それはもう盛大に愚痴を漏らしていた。


「いいぞぉー! 勇者様!」


 それに村人たちも乗っかる乗っかる。普段からここの領主に不満を持っていたらしく、アルコールが手伝って国政の悪口大会が開かれていた。


「凄まじいな……」


 日頃の鬱憤を吐き出す人々を見て、酒場の隅で息をひそめていたアラムはここに自分の居場所は無いなと思った。普段から自分の生活で手一杯で政治なんか勝手にやってくれと思っている青年である。そんな話に興味は無い。

 おまけにここは知らない土地、それにすぐに次の国に向かうだろう。この国の政策がどうなっているかなどはなから覚える気にはなれなかった。


「うむ、なるほど」


 しかし目の前の少女はこれも仕事、といわんばかりになにやらメモを取っている。この情報が有益かは知らないが仕事熱心なことだ。


「大体ここの領主って誰だっけぇー! あー、あいつ、ウェスタ―の家だ! あの家政婦(メイド)の服に発情しまくってる変態貴族でしょ! 村の危機だってのになんにもしないとかありえないんだけど!? どうせ新しい露出が多い特性メイド服を仕立て屋に作らせてたとかでしょ!」

「うーん、メイド服を可愛いと思うのはそこまで特殊とは思えないけどなぁ」


 ここの領主は自分と趣味が合いそうだと思いつつ、アラムは酔っぱらっている集団を遠巻きに眺めつつそうぽつりと言葉をこぼした。ほぼ無意識である。

 だが、それが開戦の合図となった。


「あー!? あんたぁー、文句あるわけぇ!」


 しまった、とアラムは思ったが時すでに遅し、あの手段で一番にお酔っぱらがずんずんとこっちに向かってきている。できることならば数秒前に戻りたいというタイプの後悔が彼を襲った。


「すごい地獄耳!」


 ほぼ呟きに等しい独り言だったというのに、あんな騒がしい酔っぱらい共の中にいて聞き取れのかとアラムは驚嘆する。


「メイド服なんて家政婦の服なのよ! ドレスとかにムラっとくるのは理解できるけどさぁ」

「いや……メイド服は素晴らしいですよ? 可愛さが引き立つと言うかなんというか」

「あんなのおばさんの服じゃない! 若い子が着る服じゃないのよ!」


 どうやらメイド服というのはこの世界では高めの年齢層が着るものらしい。だが彼のメイド服に対する愛か、はたまた場酔いでもおこしたのかアラムの口調も次第にヒートアップしていく。


「若い子が着ても似合いますって。女の人が家事をしている姿とか男はぐっとくるもんなんですよ」

「はぁー! それ歪んだ制服欲を満たしてるだけでしょ?」

「そんな訳ないじゃないですか! 歪んでませんよ正常ですから! いいですかロングスカートとミニスカートの――」


 さて、人間には譲れないものというものが数多くある。その中の一つに性癖というものがある。

 性的趣向は人によって千差万別、そして普通は隠しておくものである。場合によっては露見すると社会的地位が落ちるとう理由もあるが、それが他人にとって不可侵領域であるというのも理由だろう。

 なにせ心のデリケートゾーンだ。自分の秘密を共有すると相手と親しくなるというクロージング効果、というものがあるが、今回に限ってそれは無かった。


「――だから、僕としては胸元が強調されたメイド服が最強だと思ってます!」

「へ、へへ、変態! 露出してたらどんな服でもいいんでしょ!」

「断じてノーマルな趣味です! それに着込んでる貞淑なメイド服だってあれはあれでいいものだと僕は理解してますからね。舐めないでください!」

「い、いや、だからさ」

「ちなみに僕の可愛いメイドとの最上級の生活は幼馴染、ええ、小さい頃から一緒に育って見習いメイドだった彼女がだんだんと立派になるも自分はだらしくなくて、でもそんな自分を仕事でささえつつも時折見せる幼馴染としての顔とかもう最高としか――」


 ――さて、今の各方面の状況を説明しよう。

 熱心にメイド服について語るアラム。そしてその青年の深淵に段々と勢いを削がれていくルアネ。

 遠くであれほど酔って騒いでいたのに、徐々に生々しくなる青年の性的趣向の暴露に沈静化しいていく酔っぱらいたち。

 そしてプルプルと震えながら小声でアラムの名前を呼ぶキレスタールとルアネが酔っぱらい旅人に迷惑をかけていてどうやって彼女を止めようかと思っていたが、いつの間にか形勢が逆転して呆気に取られているギャレン。

 酒場の外、アラムの早口によるメイド談義が夜更けに説け消えていく。野生のドラゴンが吠える声が遠くから聞こえる夜の村は、この暴走した青年の話に付き合わされ全員もれなく寝不足になったのであった。



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