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第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 六話



 バイトとの作戦会議後から一時間後、アラムとキレスタールは例の砦前まで来ていた。ここにくる途中見張りの者を見つけて殺し合いにならないように手を上げながら話しかけて、ここまで案内して貰ったのだが……どうやら相手はキレスタールを知っているらしい。

 最後の魔王討伐を志した者として、案外有名人らしい。あの田舎に住む老夫婦もキレスタールを聖女様として敬っていたことを考えると、この国で彼女を知らない者は少ないのかもしれない。


「問おう、貴様は何者か?」

「アラムって言いまぁす! 現在キレスタールさんと一緒に旅してます! 毎日おいしいご飯作ってくれて一緒に添い寝してくれる可愛い彼女、募集中でーす!」

「なんだお前、童貞か?」

「いやまぁ……童貞けど、一応卒業したい意思はありますが未だに童貞ですけど!」

「……まぁ、そんな顔してるな貴様」

「ねぇねぇ酷くなーい? 僕の顔ってそんな童貞っぽい顔かな。ていうか童貞っぽい顔って何? 不細工ってこと?」


 しかし、アラムは違う。有名人である聖女に同伴している彼は砦にいた多くの武装した集団から見れば、こんな不審な人物はいない。

 結果、丸太を削り巨大な刺山が作られた難攻不落の砦の前で、三十名ほど八方を囲まれ弓を引かれているという現状となっていた。今アラムと話している顔に傷があるリーダーらしき人物の言葉一つで、青年はハリネズミへと早変わりする。

 だがそんな彼は動揺せず、相も変わらずふざけた態度を崩さない。その言動もそうだが彼の見た目が不信を買うのに大きな要因となっていたらしい。


「見たことも聞いたことのない服、そしてその栗色の髪……だが、遠い異国からきたにしてはえらくこの国の言葉を流暢に話しているじゃねぇか。貴様、もしや化けた魔族か?」

「いやぁ、立派なホモサピエンスですよ、僕!」

「嘘を付くなぁ!」


 瞬間、弓を引く弦の音が強まった。この青年もここまで警戒されると、内心冷や汗を流す。

 もはやアラムの証言など意味をなさない。今度はキレスタールが口を開いた。


「彼は私めの命を助けてくださいました。人に化けた魔族ならば、そんなことはしないでしょう」

「いや、聖女さん。どうもこいつは信用ならねぇ」

「……では私めはこれにて失礼させていただきます」

「いや、それだと……問う。貴殿らには何もやましいことは無いと?」

「神に誓いましょう」


 即答だった。真っ直ぐな目でキレスタールは砦あの主らしき男の目をじっと見据える。


「はっ中々根性座ってるじゃねぇか。それに聖職者にそれを言われるとなんとも言えねぇわな。おい、護衛二人付けて彼女を見てこい。失礼のないようにな!」


 部下に指示を出し念の為かキレスタールになにやら術を掛けて取り調べをしているらしい。その間アラムは自分たちを囲んで弓を引いている人物を観察していた。


「……(全員武器の形が違う。それにそれぞれ程度が違うけど装飾されている……まるで町や村で買った物みたいだ。ああだったらここにいる全員、根っからの賊じゃないな)」


 装備を見て、アラムはここが元勇者崩れの山賊の根城であると判断した。手に持っている武具は“現役時代”に手に入れたものなのだろう。


「親方! 変な物は鞄に入ってましたが武器らしき物はありやせん!」

「よし、では二人を中に入れろ。話を聞こう」


 瞬間、キレスタールはアラムの顔をちらりと見た。アラムから判断を仰ぎたかったのだろう、中に入ってしまえば逃げることができない。彼らが自分たちを敵と判断し襲われては確実に死ぬ。

「行こう。ここで彼らの要求を拒んだら頭にあの矢が刺さるからね」

 門前で交渉をしたかったが、こうも最初から警戒されては相手の要求を読むしかない。未だ周囲の人間はアラムたちに矢を構えたままだ。

 こういう交渉は一瞬の判断が必要になってくる。表情、開示する情報と秘する情報を瞬時に決めなくてはないのだが、アラムにそういった経験は無い。むしろ人付き合いが苦手な彼にとってそんな芸当は無理なのだ。

 加えてアラムも自分のことを棚に上げて、キレスタールもそういったことは苦手だろうと予測していた。ここ数日で彼は彼女の人となりは理解していた。コミュニケーションに難があるというのもあるが聖職者である彼女は真っ直ぐすぎる。嘘を付くのが苦手、というよりしないと言って良いレベルかも知れない。


「はぁー。いやぁ、これからどう交渉したものかぁ……」


 重いため息と共に不安が漏れた。

 砦の重々しい門が開かれ、アラムとキレスタールはゆっくりと歩みを進め中へと入る。その二人を大人数の周囲には武器を持った歴戦の勇士共が目を光らせ、少しでも不審な動きをすれば殺しに掛かろうとしている。

 そしてそんな猛者たちを従える男が一人。門をくぐった先に腰に下げた剣の柄に手を掛けながら。顔に傷のある男が待ち受けていた。

 額に巻いたバンダナと逆立った黒髪が印象に残る。年齢は三十代から四十代だろうか? だがその立ち姿はまるで大樹の様にどっしりとしており、老いなど感じさせない。しかし長年、死線を潜ってきたであろう気迫が確かにその鋭い眼光に孕んでいた。


「ようこそ、俺はザガという者だ」

「どうも、アラムって言います。殺さないでくださーい!」

「っはは……愉快な奴だ。でだ、貴様なぜ聖女さんと一緒に行動している? 戦士としてまったくなっとらんではないか。剣を振ったことはあるのか?」


 まじまじとアラムを下から上に舐め回す様に観察し、ザガはそうアラムを評価した。


「いえいえ、僕は特殊な魔法使いと思ってください」

「魔法使い、ね。まぁいい。まぁ近くで見て確信したが、確かに魔物という感じではないな……下手に動かなければその首は飛ばさん。それよりもだ、聖女さん、少し頼みたいことがあるんだが、いいか?」


 アラムの次はキレスタールに話を回すザガ、どうやらこっちの話の方を彼はしたかったらしい。


「仲間の治療をしてくれ……あんた、回復魔術なんて馬鹿げたことができるんだろ?」





 曰く、この世界において回復魔術は伝説上の産物だった。

 曰く、聖女はそれが使えるゆえに奇跡の人として扱われた。

 曰く、その能力さえあれば、百の兵で万の兵を相手取れると言われた。

 ゆえに、曰く彼女はその煌めく髪(ダイヤモンド)と同じく、生きた宝物であると――。


「しかし、本当に凄いな……あんた」


 怪我人が収容される巨大なテント内でみるみる内に消えていく怪我に、ザガはそう感嘆の声を漏らした。

 一時間前、所せましと三十名ほどいた怪我人はキレスタールの回復魔術によりみるみるうちに治療し、流れ作業で完治済みの人間は歓喜しながら、邪魔になるとテントを追い出されていく。

 一人に掛かる時間は二分。恐ろしいほどの効率で彼女は怪我人を治療し、そして今、丁度最後の一人の治療の最中である。


「これほどまでに怪我人がいらっしゃるとは、一体何が?」


 キレスタールは一本の長く細い傷を指でなぞりながら、そう何か試すようにザガに質問をする。すると彼の挙動が少しだけおかしくなった。


「あ、ああ。まぁ前に強い化け物が襲ってきてな。その時にやられたんだ」

「……そうですか」

「で、聖女さん、あんた何しにここに、何かあってここに来たんだろう? そこの連れと一緒に話を聞かせてくれねぇかい?」


 ザガはすでにこの二人の目的を察してか、自ら二人の要求を聞く話を切り出した。


「はい、魔王討伐の仲間を募る為に参りました」

「ははは、ストレートだなぁ聖女さん。真っ直ぐなのは嫌いじゃねぇが……すまん。仲間を診て貰って悪いが力になりてぇがそれだけは聞けねぇ」


 頭をがりがり掻きながらザガはキレスタールの申し出を断った。何か訳ありらしい。


「うーん……残念です。ザガさん強そうなのに」

「お、そう言ってくれるかい青年。だが、もう俺は……いや、この話は止めようか」


 すると最後の怪我人の治療がすっとキレスタールは立ち上がり、ザガの目を真っ直ぐ見据えた。

 暫しの沈黙、そして彼女は目を伏せてアラムの方を見た。


「そうですか……では、私めとアラム様はこれにて」

「うん。僕もそれに賛成。ザガさん、悪いけど僕たちはさっさと先に行かせてもらうよ。残念だけど交渉が成立しないなら仕方ないね」


 アラムもそう言いキレスタールの意見に賛同した。なんだか妙な焦りが感じられたが……。


「おいおい、礼ぐらいはさせてくれよ。流石に仲間助けてくれた恩人を蔑ろにはできんさ」

「いえ、先を急ぎますので」

「そうか、本当に残念だ……本当にな。おめぇらやれぇ!」


 ――瞬間、テントが崩れた。

 誰かが骨組みを壊したらしく、天井が二人の頭に降ってきたのだ。


「しまった、キレスタールさん!」


 軽い混乱状態の中、アラムはキレスタールと合流しようと名前を呼ぶ。しかし返事が無く、ただ頭から覆いかぶさったテントから脱出しようともがくしかなかった。


「ぷは!」


 なんとかして崩れたテントから脱出し頭を出すアラム、見るとすでにテントの周囲は大人数で取り込まれていた。どうやら最初から仕組まれていたらしい。


「あーらら、こりゃ駄目だ」


 流石に逃走は不可能と悟り、彼は両手を挙げて降伏の意思を見せたが、すぐに見せつけれた光景にその両腕を降ろした。

 その勇者であると誇示したような鎧を身に纏う男は、下種な笑いを浮かべ無抵抗の少女の顔を踏んでいたのだ。そしてその紫髪の男はアラムにも見覚えはあった。


「グリズ。てめぇ、そいつの仲間だったんだろうが! なんで顔を踏みつけてやがる!」


 そう、キレスタールの元仲間だ。就寝中のアラムのテントを襲撃し食べ物を取っていたあの二人組の片割れだ。その紫の長髪は寝ぼけてなければアラムの印象に深く残ったことだろう。


「おいおいザガさん。こんな気色の悪い髪してるのが俺の仲間だって? ふざけないでくださいよ、こんなのと俺がな――」


 キレスタールを踏みつけている男が何か言い終わる前に、強い風がアラムと周囲の人間の体を撫でた。見ればザガがいつの間にか抜刀し、グリズという男は姿を消していた。

 そして、天から小さな叫び声が聞こえて、すぐさま音量が上がっていき――。


「おわぁああああああああ!」


 グリズとかいう男が崩れたテントの中央に落下したのだった。


「すご、上にふっ飛ばしたのか! 目に見えなかったけど何したの!」


 見えなかった。誰一人、その目でザガの技を視認できたのか、いや。間違いなく技を放った本人しかその目にも止まらぬ早業を認知できなかっただろう。


「仲間を蔑ろにする外道は俺が許さん……おめぇらもだ! こいつに何を吹き込まれたか知らねぇが手荒には扱うなよ。取りあえず聖女さんは客室にお連れしろ。彼女は俺らの恩人であるとその肝に命じとけぇ!」

「へい」


 部下にテキパキと指示をだすザガ、どうやら彼はキレスタールに危害を加える気は無いらしいが、なにやらあのグリズという男の独断で彼女に縄が縛られかけたらしい。


「で、その男は荷物を没収し牢屋に押し込んどけ……荷物は、彼女と同じ客室に持っていけ」

「ザガ! あなたは一体何が目的なのですか」


 頭を踏みつけられていたキレスタールは体を起こし、そうザガに問う。彼は一呼吸置き、キレスタールの目を見据え、こう口にしたのだった。


「いやちょいと、国を裏切ってくれやせんかね。聖女さん」



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