第四章「男は女の愛を知る」 三話
生まれ育った王国の首都を出て、左右にまだ若い麦に似た穀物畑が広がる商業道を歩きながら、あれをどう言葉で表していいのかと黒い女は悩む。
端的に言えば人生で一番であろう晴れ舞台を台無しにされた。首都から出る時に国中の人々が集まって彼女を見送ったが、その中であのコロシアムでの騒動を見た者は笑顔ではなかった。いや、引きつってはいたが一応は笑顔……まぁ、どのみち心の底から彼女を救世主として送り出してはいなかっただろう。
それを嗤う様に黒い鎧の腰に下げた王から贈呈されえた銀の剣がなんとも空しくそよ風に揺れており、ルアネは剣が自分を馬鹿にしていると思ったのか、柄を強く握りしめてその動きを止める。
「あーあ、馬鹿みたい。そうね、あれはバカ騒ぎだわ」
あの騒ぎの表現方法は見つけたが、そんなもの見つけたところで慰めにもなりはしない。
あまり好きではなかった王から祝辞を貰い、馴染みがある貴族街からあまり行けなかった平民街、そして街の入口あたりで王城に仕える兵士が敬礼をしていた場所を通り過ぎて……彼女は歩く。
そう、旅の足となる乗竜は、大分前にいらないと言っていたので、今彼女はその二本の足で世界へと歩んでいる。手ぶら、とも思える身軽さだ。身に着けている鎧とそこそこの路銀しか今は持っていない……清々しい気分で旅立てるはずだろうと旅立つ前の彼女はそう思っていた。
背後に一人、邪魔者がいなければそうなっていただろう。
「いや、旅立ちの日にふさわしい晴れ空だ! あなたの美しい黒い髪がよく映える」
「はぁ、どういたしまして……で、鬱陶しいから帰ってくれないかしら?」
そう、一人旅ではなく二人旅となっていた。ルアネの背後から口説き文句かと思われる言葉を連発しているのは誰であろう、彼女をコロシアムで吹き飛ばしたギャレンその人である。
街から出ていく時から自分の背後を当然のといった顔でついていきたのだ。城の兵士に取り押さえてくれと心の中で念じていた彼女だが、どうやら国王から直々に許可をもぎとってきたらしくそのまま検問所を素通りした。まぁ、王もルアネに勝ったのだから終焉の竜の討伐戦力になると判断して嬉々として許したのだろう。
「私さ、あのコロシアムであんたの告白を断ったんだけど?」
「ああ、だが諦めはしない。二度目の告白も失敗に終わったが俺はあなたを諦めきれないのだ……嫌だとは思うが、どうか旅の動向を許してほしい」
そう、ルアネはギャレンの告白を断った。彼にやれたダメージでふらついている時すぐさま駆け寄り謝罪と心配の声を掛けてから、咳ばらいをして片膝を地面にそれはもう熱烈に愛の言葉を紡いでから、盛大とフラれた。いや、盛大というのは語弊があるであろう。何しろ「……普通に無理だから」というあっさりとした一言で彼の一世一代の告白は断られたのだから。
しかし先ほどの言葉は少し彼女の気を引いた。気になる部分があったからに他ならない。
「二度目って?」
「覚えていなくて当然だろうが、俺はあなたに何年も前に告白している」
「そう。あの有象無象の一人だった訳ね。鬱陶しい奴らは全員断って……たん、だから……」
それで、彼女はあることに気が付いた。まだ彼女が一回り小さい頃の話である。
告白された。相手は国でも一番の美男子と言われる貴族だった。
告白された。相手は国でも一番の商人の息子であった。
告白された。相手は国でも一番の剣の腕を持つ男であった。
そのどれをも、彼女はこう言うのだ。冷めた顔で「私より弱い男に興味は無いわ」と、何度も何度も言ってやってくる男全員を袖にして、時にそれでも理解しないなら実力行使で、全員を諦めさせたのだ。
「……ねぇ、まさかあんた、私に弱い男に興味無いとか言われた?」
「ああ、もしかして覚えていてくれたのか!」
なにやら喜ぶギャレン男子。だが違う、断じて違う。彼女はただ男の申し出を断る為に一時期多用していた言葉を思い出しただけ。彼女は自らの顔を片手で覆って天を見上げた。
「……それで、何年も前の私の言葉を信じて、私に勝つ為にコロシアムに来たの?」
「流石だ! その通り、俺が考えたことなど才女であるあなたならすぐに理解できるのか!」
なんということだろう。元凶は当時の自分、自業自得だったのかと黒い女は神に許しを乞うた。彼女はそう敬虔な信徒という訳ではないが、この世界で一番規模大きい宗教の神を信じている。
なので小声で「あの時の私はその、ちょっと男をけなして楽しいお年頃というか、男なんて全員を馬鹿としか思えなかっただけなんです」と神に懺悔をしたのだが、彼女が当時、男の告白を断っていたのは男という生物を見下していたからなので自業自得だ。
しかし今は違う。告白してくる者がいれば一応は社交的にやんわりと断る。相手が“本気”と思わなければ、更にしつこければ辛辣な言葉を浴びせるが、当時よりは幾分かはマシだろう。
「……どんだけ愚直なのよ」
強烈な自己嫌悪とこの男に八つ当たりしたい気持ちを押し込めて、爽やかに笑っている男をジト目で観察する。疑う余地も無くこの男は本気だろう。
何しろ馬鹿な当時の自分の言葉を信じ、由緒正しい式典に乗り込み、あまつさえ王に許可も無く彼女に勝負を挑んできた。あの場では王の気まぐれでなんとかなったが、通常ならば重い処罰を科されかねない蛮行だろう。
「愚直? 俺がか」
「ええ、そうよ。はっきり言ってあんたは愚直すぎるわ」
「あなたが愚かと言うならばそうなのだろう……うむ、俺はこれから愚生とでも己を言い表そう!」
「いや、なんで喜んでるのよ……悪口よ? 怒るのが当然じゃないの?」
「俺……愚生は非才の身だからな。天性の才と神に愛されたとしか言いようのない見目麗しい見た目を持つあなたの隣にいる非才など、自らを愚かと言い表さなければならんと思ったまで! 流石だ、あなたの言葉には理がある!」
そんなトンデモ理論で愚かと言われたことを喜ぶギャレン……アラムみたいに卑屈、ではなくルアネを神格化している節がある。
「はぁ、まぁ好きになさい……それはさておき、わかりました。私もあなた誠意に応えて真剣に答えましょう」
「というと!」
「まずは謝罪を、私の軽率な言葉であなたに無茶をさせてしまいました。その上でその申し出、改めてお断りをさせていただきますわ」
それは丁寧な言葉だった。なるほど彼女が良い所のお嬢様であると思えるほど完璧な笑みと完璧な言葉使いで、ギャレンはやはりフラれたのであった。
「だ、だが……いや、あなたの気持ちはもちろん尊重するべきだろう。だが! どうしても俺はあなたを諦めきれない。長年想ってきたのだ! せめて、今は旅の同行だけでも許してほしい!」
それでも食い下がるギャレンとそれにため息を吐くルアネ。彼の旅の同行が心底嫌であるらしい。
「確かにあなたは私に勝った……驚嘆するべき真実です。されど、あれは一度きりのまぐれ、そうですわよね? 失礼ですが、あなたに魔術の才能は無いのでは?」
距離を感じさせるほどの礼儀正しい言葉を崩さず、会話を切り出すルアネ。ギャレンはそれに捨てられた子犬みたいな顔で全て聞いてから、それでもまだ諦めなかった。
「俺は、愚生はあなたに勝つ為に今まで研鑽を積んだ! あなたを守れる男だと、それだけは保証しよう!」
「はぁ、しつこすぎるわよあんた。もういいわ、自分の腕に自信はあるのね。わかった……じゃあ試験をさせてもらうから、そうね。まずは出会った悪竜や害竜を片っ端からやってつけなさい。そしたら次の試験、いい?」
「!? 理解した。このギャレン ヴァイスの力を示そう!」
そう言い、籠手を着けた拳をぶつける闘志を燃やすギャレン。それを見たルアネはこの時はまだ、この男がすぐに音を上げるだろうと空を見上げながら考えていたのであった。
二人の男女の旅を追う青年と少女の姿があった。
広大な穀物の畑に目を奪われそうになりながらも、しっかりと偵察機を駆使しての千メートルも後方から尾行をしていたが……アラムとキレスタールの表情は驚愕に染まっていた。
「なんなの、あれ?」
青年はいもしない誰かに質問を求めた。国を出た黒い鎧の女ルアネ、そしてただの鎧に身を包んだ男ギャレンの尾行を初めて二時間、そんな疑問が彼の口から何度も出る。
「アラム様、人間の肉体とはここまで練り上げられるものなのですか?」
「いやぁー……でも、事実あの人、肉体のみでモンスターを倒してるからそうなんだろうね」
そう、疑問の元凶はギャレンだった。
鎧越しでもその体格の良さを確認できる。偵察機越しにアラムは男というものはあれほどまでに肉体を鍛えられるのかと驚いたほどだが、彼の凄さはそれだけではなかった。
「まさか出てくる竜を片っ端から拳でやっつけていくとか……人間じゃない」
そう、力強く握った拳、それのみでギャレンという男はアラムでは到底勝てそうの無い竜を何度も倒していた。しかもどれも一撃で……あの大男は人間か疑わしい。そう思いつつ、青年と少女は驚き、感嘆の声を上げるしかなかったのだ。
最初はすばしっこそうな成人男性ほどの大きなトカゲを、次は羽毛の生えた翼を持つ鳥とオオトカゲを合わせたような竜を、最後に堅牢な鱗を持つ巨大なアルマジロ型の竜をだ。
「あ……さっきの転がる竜がミンチになってる。一応死体からサンプルでも取っておこいうかな? キレスタールさん、ちょっと作業していいかな?」
そう言って青年はピンセットで死骸の肉片を集めていく。なんの役に立つかは不明だが、これも仕事なのだろう。
「しかし、やはり信じられません……腕力のみでこんな大きな動物を倒すなど」
そう、腕力のみなのだ。あのギャレンという男をバイトのオペレーター室でショクルが何度も解析したが、やはり魔術の才能は無いらしい。魔力量はこの世界の子供と同等であろうという結論が出た。
「純粋な肉体能力で竜を倒すとか……ねぇ?」
……あの白い髪を刈り上げた男は単純な肉体能力のみで人間を簡単に捻り殺せる竜種を瞬殺している。何度その事実をアラムは受け入れようとして、受け入れられなかった。
それはあちらも同じなのか、見張りにつけた偵察機の映像から、驚き半分呆れ半分のルアネの顔がよく映っている。
「あ、村に着いた」
あれこれと考察していると先行組が村を発見して喜んで……いや、喜んでいるのはギャレンのみでルアネは予定通り試験期間を延長すると宣言していた。難癖……ではなく、単純にあんな出鱈目な方法で襲い来るドラゴンたちを倒されては実力を測りかねているというところか?
「僕らも急ごうか」
「はい」
途中、強力な竜に襲われては困ると先を急ぐアラム。しかし、しかしだ……周囲は穀物の広がる畑が延々と広がっている人の領土で、あんな怪物が出てくるのかと青年は頭を抱えていた。
「うん、モンスターと出くわしたら絶対に逃げよう。戦うなんて無理、この世界恐い!」
改めてこの世界の異常性を確認するアラム。王国の農村地近くであんな大人と同じサイズのトカゲが出てくる事実に青年は震え上がった。この先人間以外の領域に足を踏み入れた瞬間、どんな怪物が出てくるのだろうと。
なので隠密、尾行とか関係なくモンスターと出くわせませんようにと祈りながら村へと向かう。その祈りが通じたのか、運が良かったのか青年と少女は大事無く無事に目的地へと到着する。
「あ、子供だ」
と、村の入口で子供が棒で地面に絵を描いて遊んでいた。情報収集を目的に、アラムは子供ならば警戒心は薄いだろうとニコニコとしながら近づいていく。
「やぁ、ちょっといいかな?」
できるだけ優しいお兄さんという風に話しかけるも、ジトリと睨まれいきなり話しかけてきた不審者から逃げる子供たち。
「……」
無言で少し離れた場所にいたキレスタールに助けを求めるアラム。まぁ、始めて見る人を信用せず大人を告げ口をするという素晴らしい英才教育がこの村では徹底されているだけだろう。
その証拠にすぐに親と思われるが大人が農具片手に複数人やってきた。農具は武器のつもりなのだろうか。
「何用ですかな旅の方?」
「いえ、宿を探していまして」
「……それだけですかな?」
「はい、ただただ旅をしているだけですから」
アラムがそう説明すると、なにやら安心したような表情を見せて仲間内で小声でやり取りする村人たち。初対面で武器を持ち出すあたり、何かあったのだろうか?
「すみません、どうしてそこまで僕らを警戒をするんです?」
「申し訳ない。勇者様の偽物が最近多発してまして」
「勇者の偽物が……多発」
「国政で各村々で勇者様の援助をするべく資金などを溜めていたのですが……どこの村でも勇者の偽物が現れ援助金を騙し取ると言う案件が多発しているのです」
「ちょ、ちょっと待ってください。今日、王国から勇者が国から旅立ったんですよ? 勇者が出発していないのに勇者の偽者に騙されるんですか?」
「そうなのですか? そうか、今日送竜祭が行われたのですか」
「ああ……この世界には新聞とかの情報伝達手段が無いのか」
道はあるが王都近くの道中であんな竜が出てくるのだから、人の行き来も他の世界に比べて少なく、そのせいで情報が他の場所に伝わりにくいのだろう。
「まぁ、この村は王城の近くにありますので勇者がまだ騙されず今日まで資金を守ってきました……ということは先ほどの者たちは本物?」
話を聞いた村人が騒ぎ出した。先ほどの二人、といことはルアネとギャレンのことだろう。
「ええ、実は僕らは王国で送竜祭を見てからこの村に半日かけてきまして、その方たちが本物か確認しましょうか?」
その青年の申し出に、村人たちは顔を見合わせてから数秒後に「助かります」と言葉を続けたのであった。
次回更新は明日の朝六時の予定です。
筋肉、筋肉は全て解決する。




