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第四章「男は女の愛を知る」 二話



 ――この世界を船はこう評価した。過酷な自然環境に適応する為に魔術が異様に発展した世界であると。

 キレスタールは自分の世界とよく似ていると評価したが、彼女が二日目の朝、街を歩いているとその認識は大きく違っていると訂正することとなった。


「アラム様。この街にはレンガがありません」

「……えっと、レンガ? なんでレンガ?」

「はい、信じられないです。レンガ造りの建物が存在しません。綺麗な土と石のみで建物が建てられています。とても人の手で建てられたものではありません」

「そうなの? 僕は建築とか詳しくないけど……あ、あそこで新しい建物を建築してる、よ?」


 宿で目覚めてから朝ご飯を求めて街を散策していると、キレスタールが建物を見てそう言いだした。なぜこれほど彼女が驚いているのかとアラムが街を見渡すと、ちょうど建物を建築している風景が目に入り、言葉を失う。

 筋骨隆々の男たちがなにやら呪文を唱えて今まさに骨組みに石の骨組みに泥みたいなもので壁を造っていく。その逞しい力こぶはなんの為にあるんだ、見せ筋なのかと青年は叫びたくなった。力作業をすることなく、立派な建物が魔術により数分で完成していた。


「……今の見た? キレスタールさん」

「はい。魔術師とは思えない人があれほど精密な魔術を……見た目で人は判断してはいけませんね」


 と、アラムがふと橋の上を見る。見れば橋の上から街の川で釣りをしていたおっちゃんが魚を釣り上げると、そのまま手から炎を出して炙り朝ごはんをせっせとこしらえていた。


「……あれ! あれ!」

「アラム様、あれをご覧ください」


 二人して街中で魔術を簡単に使う一般人をお互いに教え合う。そう、昨日の市場では忙しくて気がつかなかったが、この世界は魔術というものが一般的な日常技術として用いられていた。

 建築家は土を操り見事な家を完成させ、主婦は火を指から火を出し食材に火を通し、そこらの子供は水魔術で水を掛け合いじゃれ合い、客が来ない店の店主は風魔術で自らに風を送り涼む。


「……アラム様、申し訳ありません。先日は私めの世界と変わりないと言いましたが、この光景は私めといえど少し胸が躍ります。まるでお伽話か神話の中に迷い込んだみたいで……」

「そう? ぼかぁ逆に怖くなったよ。一般人がこんなに魔術を使いこなさなければならないほどこの世界の外敵は強力なのかってね……はは、は、いや笑えないよ。これ」


 違う感想を口にする二人、だがその口元は両方とも引きつっていた。これはとんでもない所に来てしまったという表情だ。


「アラム様、昨夜の忠告、お忘れではないですね?」

「うん。戦闘は避ける。極力じゃなくて絶対に! 素晴らしい方針だと僕は思うんだ」

「私めもそう思いますれば、徹底しましょう」


 ここに鋼の誓いが交わされる。一般人でこれならば戦闘を生業としている人間はどれほどの魔術を操れるのか、想像もしたくない。

 そこら辺の山賊やらでもバイトでの中級魔術師ぐらいの実力を持つのではなかろうか? そんなのが十人単位でヒャッハーと言いながら襲ってくるなど想像もしたくない。


「まぁ、それは街を出てからもう一度話し合うとして……朝ごはんはあれにしようか」


 腹が減っては思考も鈍る。今日はターゲットとのファーストコンタクトの日、気合を入れる意味でもお腹を満たしておきたいらしく、アラムは大きな卵を焼いている若い男が経営している屋台を指さした。


「巨大な卵だけどその分、栄養はありそうじゃない?」

「そうですね。英気を養う意味でもそれが良いですね。まぁ、値段次第ですが」


 などと、少女はそんなことを言う。どうも財布の紐を緩める気はないらしい。まぁ、それが間違いなどとは青年も思わないが。


「おじさん。それ二人前くださいな」

「おう。トッピングは何にする?」

「一番のお勧めは?」

「テルトだな」

「じゃあそれで」


 テルト、などと言われてもアラムにはそれが何かは理解できないが、お勧めならば美味いだろうとそれを頼むアラム。未知の世界に来てこう言えば美味しい物にありつけるとカーインから授かった知恵だ。一度の仕事であの白い少女はやたら実践的なことをアラムに伝授しまくっていた。


「はいよ。値段は銅貨二枚ね。あんたらが今日の最初の客だから一番おいしい所を切ってやるよ」


 そう言って鉄板の上にある巨大な目玉焼きを切り分けて、真ん中辺りを葉っぱの皿の上に置きソースをかける店の主人、流石に卵一個で一人前ではないらしい。


「いやぁ、お安いですね」

「そりゃそうさ。グリーンドラゴンの卵が材料なんだから」

「ドラ……ゴン?」

「常識だろ? まぁ家畜以外の天然物は値段はそこそこだがな」

「……え? これ竜の卵?」


 アラムは混乱した。この鉄板の上に載っている巨大な卵はなんだろうと思っていたが、どうやらドラゴンの物らしい。人の顔ほどの黄身と白身のサイズから見て納得はできる、がドラゴンの卵が安いっていうのはどういうことだと混乱していた。

 竜種、ありとあらゆるファンタジーの世界で生態系の頂点に君臨するのがドラゴンであり、その素材は大体が高級品である。そのドラゴンをこともあろうにこの世界の者は家畜にしていると言うのだから恐ろしすぎる。


「キレスタールさん……どう思――」

「ふぁい?」


 と、アラムが少女に意見を聞こうとすると、彼女はすでにドラゴンの卵を口に運び、口を動かしていた。


「あ……取りあえず食べよっか」


 動じていないキレスタールを見て自分が異常なのかなと思いつつ、ドロリとしたソースの掛かった卵焼きを食べるアラム。まぁ、味は良かった。とにかく濃厚で栄養満点なのは理解できた。ただ、胃に重い為、青年は今度からこれは朝から食べないだろうなと、そういう感想を抱いた。


「お客さん、これから竜の祭典に行くのかい?」


 と、屋台の店主おじさんが気さくにそう話しかけてくる。多分どの店で買い物をしても今日はこの話題から会話が始まるのだろうなと思いつつ、アラムは店主と情報を交換しだした。


「ええ、竜の祭典を見る為にこの国まで来ましたから」

「ま、世界を救ってくださる人の旅立ちなんだから見たいわな。そういやあんたらいつからこの街に来たんだい?」

「昨日ですよ」

「ああー、それじゃあイスには座れねぇな。コロシアムでやるのは知ってるだろ? 席は予約制でな、三日前に全部予約は埋まってたはずだしな。まぁ立ち見はできるが」

「贅沢は言いませんよ。それに予約なんて……無駄な出費をすると隣の彼女に怒られるので」


 言われ、キレスタールは少し不服そうにする。必要経費なら迷わず出すと言いたい顔だった。


「ははは、しっかりした妹さんじゃねぇか。じゃあ見るなら早めにコロシアムに行かねぇとな。立見席は無料だがぐずぐずしてると埋まっちまうぜ」


 そうアドバイスを受けてテルトと呼ばれるソースが掛かった卵焼き片手に店を後にするアラムとキレスタール。目指すは式典の会場であるコロシアムだ。


「そういえばなぜコロシアムで祭典が行われるのでしょう? 祭典の内容はただの見送りというはずですが……」

「えー、ちょっと待って、確かそれについて書かれてたはずのものがあったはず」


 アラムがそう言ってカバンを漁り出す。きっとカバンの中は色々な日用品が入っていてぐちゃぐちゃなのだろう。


「アラム様は召喚術が使えるのですからカバンの中は最小限にしてみては?」

「いや、逆なんだよキレスタールさん。コードシステムが故障したら怖いから必要なものは絶対に持ち歩かないと、これ結構精密な物で壊れやすいんだ」

「そうなのですか……万能とはいきませんね」

「まぁ所詮、こんな僕が小銭はたいて造った欠陥だらけの粗悪品ってことだよ」


 いつもの自虐が出たところで、アラムのカバンから目相手の物を引きずり出した。それは一枚の紙で、どこをどう見てもポスターであった。

 内容は送竜祭、つまり今日行われる祭典の場所と日時、そして書くスペースが余りまくって思い付きで書かれた祭りに関しての豆知識がびっしりと書かれていた。

 多分このポスターの製作者は自分の知識を披露するのが大好きなタイプの人間なのだろう。


「それをどこで?」

「今朝に宿の人から貰ったんだ……どうもこれ、店の人が国から店に貼ってくれって頼まれた物らしいけど過剰供給らしくてね。トイレの紙とかに有効利用されてたみたいだったから、一枚貰ったんだよ」


 つまりゴミである。この世界の紙の生産技術と印刷技術は高いらしい。まぁ……資源と労力の無駄だとは思うが。


「流石ですアラム様」


 鼻息を少し荒くして、お手柄ですとアラムをわっしょいするキレスタール。なんだか異世界に転生してすぐに主人公を褒めてくれるヒロインみたいな反応に、アラムはなんだか微妙な顔をした。


「いや……別にぃ、こんなことでそんな無理に褒めなくていいからね?」

「しかしアラム様は先日、自分は褒めて伸びるタイプの人間だとおっしゃっていたので成長の為に私めが褒めるべきなのではと考えまして」

「あー……」


 はっきり言って青年にはその記憶が無い。が、確かにこの青年ならばその手の軽口を日常的に言っているはずだ。ついでに「でも周りに褒めてくれる人がいないから誰か褒めて!」などと言ったので、純粋なキレスタールは素直にそれを実行してくれたのだろう。


「ごめん。やっぱり僕は褒められ慣れてないからそういう過剰供給は毒にしかならないっぽい……うん、それにキレスタールさんは自然体でいてほしいな」

「そうなのですか、私めは人の心の機微に愚鈍ゆえ……気づけずに申し訳ありません」

「ああいや……こちらこそごめんね?」


 お互いペコペコしてから、アラムはそう言えばと自分が手にしている物に気が付いた。そう言えばなぜ祭典がコロシアムで行われるのかを説明しようとしていたのだ。


「えー……殴り書きすぎるでしょ、字が汚いなこれ。翻訳機能がたまに機能しないんだけど……ああ、そういうことか。昔の名残らしいよ」

「名残、ですか?」

「うん。この国には王直属の貴族がいて、白竜と黒竜を家紋にしている家系があるらしいんだ。その家系が昔、王の前でコロシアムで戦い負けた方が国の守護、勝った方が旅に出たらしいよ」


 白竜と黒竜の家系、その両家が戦い勝者が旅に出てこの世界の危機を救う。この祭典は古くはそういうものだったらしい。


「それが長い時の末、形だけになった……開催場所も、式典の内容も簡略化はされたけどいまだそれが残っている……らしいね。原因は白竜の方の家が補助魔術に特化していたからとかなんとかで、単純な戦闘面で逆立ちしても黒竜の方の家に勝てないからとかなんとか」

「長い歴史をもつ祭りなのですね……そして、その歴史の中で、未だ世界を滅ぼしかねない悪は滅せられてないと」

「そういうことだね。封印、封印、封印の繰り返し……でも今代はその世界を滅ぼす終焉の竜? の討伐を期待されているらしいよ。そうとう強いらしい」

「終焉の竜ですか……この白竜と黒竜、そして世界の敵である終焉の竜、なんだか竜ばかりですね。この世界は」


 竜、これがこの世界の特徴なのかもしれない。と、歩きながらそんな話をしていると、ひと際大きく古い円形の建物が見えた。説明されなくとも、あれがコロシアムだと二人は瞬時に理解できた。

 大きく、明るい土色の巨大な王冠がそこにはあった。いくつものトゲトゲが建物の外壁にあり、その先端はなんらかの魔術で火を付けている。

 棘の先端の火が蝋燭にでも見えたのだろう。青年は少女とは違うもう物を連想したらしい。

 コロシアムの周囲には多くの露店と人でごった返していた。なるほど、これならば立見席すらあと数時間で無くなるかもしれない。


「中に入ろうか」

「はい」


 コロシアムに入る途中、見張りの兵士が身体調査を行う。ただ兵士が男の者しかいなかったせいか、女であるキレスタールのチェックが甘かった。そのままアラムは黙って通り過ぎようとしたが、キレスタールは自分が杖をローブの下に隠し持っていることを自己申告、少し騒ぎになる。

 危険物を持っていたが自己申告をしたことで通行は一応は許可、とはいえ杖は入口の騎士に預けるという形になった。


「すみません。騒ぎを起こしてしまい」

「いや、中で杖を持っているなんてバレたら追い出されたかもしれないし、良かったと思うよ?」


 少し落ち込むキレスタールにアラムがそうフォローする。


「まぁ、杖があろうとなかろうと結界は展開可能ですので、荒事になれば頼ってください」

「あれ、そうなの?」

「あくまで杖は魔力消費を抑える補助的な物ですので」


 そうだったのかとアラムは驚き、そういえば同じ世界のガウハルは確かに杖無しで魔術を行使していた……いや、あの反則とこの少女を一緒に考えるのはよそうと青年は数秒後に首を振ったが。

 細長い通路を歩いて、そのまま立見席に到着する。すでに席は埋まっておりコロシアム内は賑わっていた。椅子に座っているのは裕福な人間が多く、石造りの席の上に柔らかそうなクッションを置いて開会を待っていた。


「アラム様、あの方がこの国の王なのでしょうか?」


 少女に言われ、アラムはそれらしき人物を目で探す。ちょうど真正面、向こう側の席の上に巨大な箱が設置されていた。そこで多くの兵士と貴族の者に交じり、青い外套を身にまとった太った男がそこにはいた。


「うん。間違いないね。あれはさぞいい物を食べてるって三十顎だよ」

「アラム様、失礼ですよ?」


 年下にたしなめられ少しシュンと萎む青年、すると昼間だと言うのに花火が高々と打ち上げられた。見れば兵士が天に手の平を向けている。花火の正体は火属性の魔術だったらしい。


「それではこれより、送竜祭を行います! まずはアケル国、エドガルンド国王による挨拶に移りますのでどうか静粛にお願いします」


 これもなんらかの魔術だろう。大音量で鼻の下に闘牛の角みたいな髭を生やした騎士の言葉が拡声器を使ったみたいにコロシアム内に轟く、それと共に同じ魔術で国王が演説を始めた。こういうものは長話になるものだとアラムは思ったが、三分程度で話が終わった。

 見ればエドガルンドという名前の国王は汗だくらしく、布で顔を拭いていた。今のこの国の季節は夏らしく暑い。それにあの太った体型と分厚い外套のせいで滝の如く汗が噴き出し、予定していた話の二割だけ話して撤退したのだろう。


「キレスタールさんは暑くない?」

「いえ、この程度で根はあげません」

「……実は僕、このローブちょっと脱ぎたいかも」


 そんな弱音を口にするアラム。とはいえおいそれとは脱げない。少女の修道服はともかく、青年のローブの下は先日の仕事で手に入れたパワードスーツを弄ったものである。このファンタジー世界に住む者の目にはさぞ奇異な格好に映ることだろう。


「それでは次は二大貴族による式典始めます! まずは英雄となる黒竜の騎士、ルアネ シュバルツの入場と、勇者の剣の贈呈を行います!」


 会場が沸いた。これから世界を救う者の登場に、興奮状態に塗り替えられる。コロシアムの会場に確かな足取りで出てきたのは黒一色の鎧に身を包んだ美しい女であった。

 兜は被ってはおらず素顔は出し、その見事な長い黒髪を風に任せていた。ガウハルの鎧とは違い漆黒一色の鎧だが、見事な紋様が掘られやたらと凝られている。ただ、なんのこだわりか肩だけは露出しているが。防御ではなく機動力に重きを置いているのだろうか?

 それ以外がしっかりとしていて、あれはやはり戦う為の装備であるとアラムの脳がしっかりと認識しているからだろう。王から銀の剣を受け取る姿は随分と様になっていた。


「ああ、こりゃあ人気出るね」


 そんな感想を漏らすアラム、あの女は自信に満ちていた。青年は一目見て自分が苦手なタイプで、世間受けの良い人種であると感じ取ったのだ。


「続いては白竜の騎士……白竜、の?」


 と、鼻の下に立派な髭を生やした騎士の言葉が淀んだ。コロシアムには、紹介を待たずして鎧にがっちりと鎧に身を包んだ男がさっそうと現れていた。見ればその鎧はこの会場を警備をしている騎士たちと同じ物だ。

 違いがあるとすればまぁ、サイズが違う。その男はやたらと大柄であったのだ。


「誰だ?」


「あそこにいるのが白竜(ヴァイス)家の方はず……ですわよね?」


 観客の言葉でアラムは会場の端の方を見た。見れば祭典用の立派な白い鎧に身を包んだ男が、自分の代わりにコロシアムの会場に出てきた男を唖然とした顔で見ている。


「……誰?」


 黒髪を風になびかせ、そう美しい女は急に出てきた乱入者にそう問うた。だが乱入者は無言を貫き、そして、返答の変わりに拳を前に構えた。

 武器は持っていない。籠手をはめた手を力強く握りしめ前に突き出したのだ。


「――はっ」


 それを、女はどう受け取ったのか。絶対に好意的に受け取っていないとアラムは判断する。あれは怒っている。きっと侮辱か何かだと思ったのだろう。


「武器も持たないで私に挑むの? あなた、私が何者か知ってる?」


 その言葉に頷き一つ、反応があった。乱入者は無言だが意思疎通をする気はあるらしい。


「ほほう、これは面白い」


 と、王が先ほどの大音量(マイク)の魔術でそう言った。


「失われて久しい白竜と黒竜の高家による儀式をここに現在に復活させるか。その心意気に免じ、我が名において乱入者、貴様に挑戦の権利をやろう」

「王よ、感謝します!」


 と、今まで無言を貫いていた男が王へと向き頭を垂れた。兜で顔は隠れていたが、どうやら若い男らしい。

 厳格な式典は王の一言で完全に余興へと変貌した。会場が大いに沸く、まさかこんな見世物がサプライズで用意されていたのかと興奮に包まれた。


「王よ。そこで願いがあります!」

「なんだ」

「この戦いに勝てば、我が願いを聞いてほしいのです」

「ほう、恐れも知らぬ厚かましい男よ。まぁ良い、その時になれば申せ」

「ありがたき幸せ!」


 どうやら男には願いがあるらしく、それを叶える為、祭典に乱入したらしい。突然起きた決闘に会場が盛り上がるが、いくつのかの冷静な者がこう口を開いた。


「いや、無理だろ。相手は黒竜家きっての天才だろ? しかも挑戦者は武器すらもっていない」


 だが、アラムはそんな声を聞いてからこう思った。何か策があるのだろう、と。そうでなければあの美しい女の前には立たない。立てない。あの女は容姿端麗なタダの恵まれた天才などではなく、絶対的な強者だとアラムは本能で理解する。


「遊び半分で挑んでいい相手じゃない。なら勝算を用意してあるはず……まぁ、アニメとかではああいう大柄の男はやられ役だけど」


 周囲の観察を他所に、会場にいる二人は決闘の開始を今か今か待っていた。見れば会場に旗を持った審判代わりの騎士が走ってきた。


「……あなた、死ぬわよ?」


 バチリと、黒い女の体に黒紫の電流が流れ、その頭上に二本の剣と槍が召喚される。


「召喚術!? あんな簡単に!」


 バイトでも召喚術は研究される。だが召喚術は高度な技術だ。呼び出すものが生物であれ非生物であれそれなりの準備とエネルギーを使う。ゆえにアラムの作った瞬時に物を召喚するコードシステムは船でも画期的なのであった。

 それを、黒い女は指を動かすだけでやったのだ。間違いない。あれは船に乗っても十分に上位者として活躍できる逸材だろう。


「遺言は?」

「無論、考えていない。だがプロ――」

「そう、なら悔いなさい」


 黒い女の頭には魔術により宙に浮かばされた五本の武器(槍と剣)が大男に狙いを定められた。あれらの武器は空中で自由自在に飛ばしたり動かせるらしい。


「……もうこれは第三者による攻撃しかない」


 アラムはそう判断し客席を見た。正攻法であれに勝つなど不可能だ。ましてや筋肉自慢の男など瞬殺される。なら魔術が得意なのだろうか? いや、偵察機による魔力感知ではあの男はそれほどのものではない。

 魔力はある。だがこの世界では人並以下ほどの魔力だった。今朝出ていった宿の店主の方がマシなレベルだ。


「キレスタールさん、不審な人がいないか周囲を見て。狙撃か何かで不意打ちの攻撃でしかあの男は勝てないから」

「はい」


 青年に言われ、少女は客席を見渡す。その途中、審判代わりの兵士による決闘の開始を告げる声が会場に響いた。


「始め!」

「それじゃ――」


 だん、と何かはじけた鈍い音がした。黒いルアネは先制攻撃を仕掛けよとした瞬間、コロシアムの壁まで吹き飛ばされていた。


「え?」


 会場を見ていなかったアラムは理解できなかった。いや、見ていても会場を見ていた観客や王同様に、何が起きたか理解できなかっただろう。


「……ふぅー」


 コロシアムの中央で、鎧を身にまとった男が“拳を突き出した体勢”でゆっくりと息を吐いた。それは、攻撃を放った後のポーズではあるまいか?

 誰もが無言だった。これから世界を救うはずの女が、簡単に敗れたのだから当たり前だ。


「王よ! 我が願いをどうか聞いてほしい!」


 そんな中、鎧を身に着けた男が兜を脱ぐ。そこには短い白い髪を刈り上げた男が顔を出した。


黒竜家(シュバルツ)の長女、ルアネ シュバルツにどうか、この白竜家ヴァイスの末息子であるギャレン ヴァイスに交際の申し込みを行う権利を頂きたい!」

「……へ!?」


 それに、一番アラムは驚いた。ギャレンというこの男、金や名誉などではなく、あろうことか先ほど殴り飛ばしたであろう女に交際を迫る権利をくれと言い放ったのだ。

 会場が困惑の声一色に染まる。まぁ、なんだ。その後に国王から「そんなもん勝手にしてフラれるがよい」と投げやりに言われたのは語るまでもないだろう。



次回更新は明日の朝を予定です。

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