第四章「男は女の愛を知る」 一話
バイトから時空の海を越え世界を渡り、この国で一番大きな街に入って一時間後、その大量の人間の列に暗い海みたいだなっと青年はこの風景を見た感想を抱いていた。
というんも、この大きな街に住む人々のほとんどの髪色は青……いや、厳密にいえば藍色だろう。青と黒の間の色が、この街の大多数だ。たまに赤っぽい髪色も見かけたり、黄色い髪も少なからずいるがこの街の覇権をとっている人種は藍色の髪色らしい。
ふと、青年が上を見上げれば少しだけ強い日差しと街をぐるりと囲む壁が視界に入る。そしてこの国の国旗も……国旗まで暗い青なのかと思いながら、そろそろ昼時ということもあったが、人の熱気のせいか空腹よりも喉の渇きの方が気になっていた。
喉を潤そうと腰にあった皮袋に手を伸ばして、その軽さに彼は少し残念そうな顔をする。
「水は……もう無いのか」
「アラム様。私めの水筒をお使いください」
「ああいや、そこら辺で何か買うよ。こういう場所で買い物するのって新鮮でワクワクしない?」
「この世界は私めのいた世界と似てますので、あまり……」
「あー、キレスタールさんはそうか。旅に慣れてるし新鮮さとかはあまり感じないか」
「つまらない返答しかできずに申し訳ありません」
「いやいや、仕事中に浮かれている僕の方が悪いから謝らないでよ」
そんな、青年と少女の会話は雑多な人間の騒がしさにかき消されていく。今彼らがいるのはこの世界で一番大きな国と言われている首都の市場だ。ゆえに周りを見渡せば多くの露店と客、そして明日開催される祭りの内容が掛かれたポスターが何枚も貼ってあった。まぁ、大体露店の種類は食料品と日用品の二択で品ぞろえはそこそこなのだが。
「おじさん、その、そこの黄色い果物を二つください」
「あいよ」
この道二十年ぐらいの貫禄のある果物屋の店主からぶっきらぼうな返事が返される。この世界には接客術というものは浸透していないのかとアラムは思ったが、反面、ファンタジーな世界を冒険をしているらしさがあってこの反応を嬉しがっていた。
「あんた、珍しい髪色をしてるってことはここいらの人間じゃないな。俺が子供の頃に見た茶髪の人間はもうちょっと濃い色をしていたが……というか変な顔してるな、あんた」
「ええ、イケメンでしょ? 遠い国から旅をしてきたんです。ちょっと訳アリで」
「へぇ、顔は不細工だ」
「そこはわざわざ訂正しないで、接客業をしている自覚をもっと持ってくれません?」
破滅的に接客態度は悪かったが無口ではないらしく、果物と銅貨を引き換える時に栗毛色のアラムの髪色が珍しいのか、そんなことを言ってきた。
だが時空移動船ではそれほど珍しくもない自分の容姿がこの世界では珍しがられることにも、この青年は慣れたという風だ。この問答もこの世界にやって来てまだ一日なのに、国に入る時、道を尋ねる時、そこしてここで三度目だ。いい加減慣れる。
よくある城下へ入る検問以外では、この返答も訳アリということにすれば、相手も深く詮索はしてこない便利な設定である。
ちなみにこの設定はカーインが青年に伝授したものだ。
「そうか。で、連れも似たような髪色だから頭隠してるって訳か」
言われ、店主はアラムの後ろで控えているカーインを見る。彼女はいつもの修道服ではなく青年と同じ全身をすっぽり隠す白いローブでその姿を隠していた。違いがあるとすればフードを被っているかどうかである。
「ええ、似たような理由です。それと彼女は恥ずかしがり屋で」
「恥ずかしがり、ね。この暑いのにそんな厚着をするぐらいとは……」
会話をしつつ店主は店のカウンターの下をちらりと見る。それを盗み見て、キレスタールはなぜかため息を吐いていた。
「まぁいい……明日は祭典があるし、この街を楽しんでくれや」
「はい、ありがとうございます」
そう言って青年と少女は店を後にする。
店が見えなくなるまで移動すると、後ろを気にしながらなにやらキレスタールがアラムに耳打ちをした。
「アラム様、先ほどの店主の動き、カウンターの下に手配書か何かを隠していたと思われます」
「手配書?」
「怪しい者が店に来たら手配書と見比べ“当たり”ならば通報し賃金を得ているのでしょう」
「うわぁ……逞しいなぁ。でも僕らの手配書なんて存在するはずないし、大丈夫でしょ?」
「いえ、見慣れない髪色の怪しい者が来たとどこかに通報するやもしれません。それに何も警備の者だけに話はいかないかと、商人の繋がりというものは底知れませんから……珍しい容姿の者はコレクターが喜ぶと奴隷商の方に話がいく可能性もありますゆえ、くれぐれもご注意を」
「……なにそれ怖い」
なるほど、そこまで考えが及ばなかったと青年は無言で反省する。
というより、年下であるキレスタールがこんなにしっかりしているのに自分は知らぬ地での買い物一つで浮かれていたのを本気で恥ずかしがっていた。
「うん……夜道には気を付けるよ」
「あの、知らぬ街で夜に出歩くなど自殺行為ですのでそもそも夜は出歩かない方がよろしいかと」
「あ、はい」
年下とはいえ彼女は旅の経験者だ。双角の魔王を打倒するべく長い間旅をしていたのだから、こういう危機管理もきちんとできているらしい。
「ごめん……頼りないよね? どうも旅行気分が抜けなくてさ。仕事なのに」
「アラム様は旅の経験がほとんどありませんから、浮かれるのも致し方ないかと。それに旅の過酷さを示すのは私めの仕事、お気になさらず」
「いや、うーん。僕の方が年上だから、流石に、ね? 情けないなぁーって」
年上ならば流石です姉御なんて調子の良いこと言ってみせるが、相手は自分より年下ということもあり自分の不甲斐なさに頭を悩ますアラム。
なんだか二人は絶妙な関係だった。依存しそうでしない関係、青年は年下という理由で少女の優秀さに甘えることなく、少女は青年の年上らしくない性格が原因で恩人ではあるが神格化せず支えている。
「……申し訳ありません。少し言葉が強かったです」
「いや! いやいや、キレスタールさんは優しいよ。ありがとう」
少し照れながらそう口にするアラム。そのにへらと笑った緩い顔を見て少女は無表情のまま目を閉じた。と、口元が少しだけ緩んでいる。仕事中ということで笑いそうなのを我慢していたらしい。
そんな変化に気づかず青年は前からひっきりなしにやってくる人混みを慌てて回避していた。少女はそれを見ずに避け、空を見上げた。
「これならば明日の祭典という催しは、晴れ渡った空の下で行われますね」
そんな波の無い水面のような穏やかな表情で、少女は明日の天気を予報するのだった。
宿、というものにもいくつか種類があった。稼ぎの少ない者や節約したいものが休む下級の宿。高級なもの、そしてその間にある中級の宿、キレスタールは迷うことなく中級の宿に泊まりましょうとアラムに進言した。
金銭は節約するに越したことはないが、下級の宿は防犯に信用が無い為である。ついでにベッドにダニみたいな虫が沸き、テントを使っての野宿の方がまだ安眠できるらしい。
「という訳で、僕らの転送初日の成果は買い物だけで終わりました。偵察機も飛ばして聞き込みもしたけど、事前情報以上のものは出てこなかったです」
「概ね予想通りですね。初日の調査お疲れ様ですアラムさん」
「……あのぉショクルさん。こんなのでいいんですかね。今回の仕事、僕、役に立ってない感じがしてならないんですけど。歯がゆいというかなんというか、少し危ないけど楽な仕事、というもは事前にも説明されましたけども流石にこれは……」
日が落ちた夜に最低限の物しか置かれていない宿の一室で、アラムとキレスタールの両名は通信機を使いバイトへと報告をしていた。
相手はいつものオペレーターである。あの青髪の美青年は少し困ったような苦笑いをしてから、こう説明した。
「今回の仕事は通常業務での偵察機を使った情報収集の実験も兼ねていますから、初日はこんなものですよ。それに忙しくないというのは良いことです。それに機材トラブルが起きた時一番大変なのはアラムさんですから、その時に慣れない旅の中で問題なく動けるよう普段から英気を養っていてください」
それを聞いて安堵のため息をこぼすアラム、自分の評価が落ちないことに安心したらしい。とことん小心者であった。
「ショクル様、本番は明日ですので念の為にもう一度確認を、今回の作戦において私めたちが接触する者は長い黒髪の若い女性、明日の祭典の主役なのですよね?」
「はい、この国の二大貴族と呼ばれる名家の片割れ、その長女です。彼女が明日この国からこの世界を窮地に陥れる竜の討伐に旅立つ為の祭典が行われるので、そこから彼女を尾行してください」
と、ベッドに腰掛けるアラムの隣にいたキレスタールの事務的な問いに、すらすらと情報を口にしていくショクル。机の上に資料でもあるのだろう。
黒髪の女性の尾行、それが今回アラムとキレスタールの仕事である。要するに魔王みたいなのを倒す勇者のストーキングである。その黒髪の女性がバイトにとって“有益”かどうかの判断、そして船に引き込むと決めたならば友好な関係の構築をするのが仕事だ。
「最初、半年から一年の長期間の仕事と聞いた時は嫌だったけど、これでお給金貰えるなら有り……なのかな?」
「その通りですよ。この手の仕事は人気らしいですよ? 長期間とはいえ二十四時間換算での仕事ですから時給換算と手当で給料が多く、旅好きの者なら船に閉じこもっているよりこういう仕事はストレス発散になると、まぁ、安全面は配慮されているので旅行気分の方が多いらしいですね」
旅行気分、と言われアラムが押し黙る。自分もそうなので馬鹿にできない。室内育ちの彼は外に出られるというだけで一大スペクタクルクラスの冒険なのにそんな彼が今日から街から街へ、国から国へと移動する旅に出る。
キレスタールとのあの冒険が無ければ好奇心を通り過ぎて恐怖心でどうにかなってしまいそうなほど耐性が無いのだ。そわそわしたり期待に胸膨らませても仕方がない。
「ですがアラムさん。今回の仕事は少し毛色が違います。何しろガウハルさんを除いた二人旅となりますので戦闘は極力行わない方針でお願いします」
「ああ、ガウハルさんはラウフさんのところにお手伝いだからね。前の仕事での借りであるガウハルさん一回貸し出し券だから仕方ないですね。ああ、あっちの方は順調ですか?」
「それがラウフ様ほどの大物となると情報に規制が敷かれるので、私ではどうなっているか知りえません。ただガウハルさんをチームに加えての試験的な実践演習ではないでしょうか?」
流石に一度も一緒に戦ったことのない者と大きな仕事をする訳がないと判断するショクル。ただあの魔王様ならばいきなり完璧な連携をしてみせるかもしれないというのがアラムの予測だった。
「まぁ……あちらの仕事がどれほどになるかはわかりませんが、今のアラムさんのチームにはアタッカーがいません。銃などの武器を出せるとはいえ、その世界の生物は大変強力だと調査結果に出ていますので、逃走が基本的な方針ということでお願いします」
「うん。僕も戦うより逃げる方が性に合ってるし異論はないですよ……あ、もうこんな時間か。キレスタールさん、そろそろ自室に戻ってください」
ガンガン逃げよう。そう方針を決めてこの部屋に一つしかないやや硬い布団の寝心地を確かめ始めるアラム。するとキレスタールはキョトンとした表情でただただ彼を見つめていた。
「……え?」
「はい?」
疑問は二人の口から同時に漏れた。そしてやや遅れて通信機からも間抜けな声が漏れた。
「アラム様、部屋は一室しか押さえておりませんが」
「……なんで!? 僕たち一応、男女ですからね!?」
「部屋を別にするなど、寝ている時に賊に押し入れられた時に対応できません」
なるほど、理にかなっている。万が一にも強盗が押し入った時アラムはあっさりと殺されるだろう。なるほどなるほど、だが……青年と少女はやはり男女である。
「で、ででででもね! 同じ部屋なのは理解したけどなぜベッドが一つの部屋に!?」
「シングルなのは出費を抑える為です。私めは壁にもたれて寝ますので」
「ああ、同じベッドじゃないのね、安心……いや、そうじゃない! キレスタールさん、きちんと横になって眠って! これから長い旅をするんだしそんな調子じゃ駄目!」
同じベッドに寝るなどと言われなくて安心しかけて、青年は少女の身を案じた。これからの長い旅、自分だけ横になって少女が夜通し警戒をするなどあってはならないことだと言いたげだ。
思えば少女と初めて会った時も警戒心が強すぎて寝不足であったように思う。バイトは安全な場所であると認識しているが旅となると昔の異様な警戒心が戻ってしまったのだろう。
「いえ、しかし私めはアラム様の守り人ですから。瞬時に動けなければいけません」
「防犯は大丈夫。ほら、この偵察機に見張りをやらせておくから誰か押し入ったら宿の皆さんが起きるぐらいの警報音を鳴らしてくれますよ? ご近所迷惑を考えない最強の報知器ですよ?」
そう言ってアラムは召喚機能で偵察機を出して必死にそう説明するアラム。そんな物を用意していたのかと驚いて同時に感心したキレスタールとショクルだがそれは誤解だ。用意したのではなく、これは普段から臆病な彼が使っている防犯機能だった。
バイトの純血主義、その第一研究所という厄介な人たちに目を付けられた時からの習慣であり、彼が船で寝る時はいつも部屋の防犯に偵察機が使われていた。
「……そういう物がありましたらアラム様の言う通りにしましょう。では横になります」
納得したと言い、床にぷにぷにの頬っぺたを付けるキレスタール……それを見てアラムは顔を押さえた。女の子が迷わず床で寝るという光景に眩暈を覚えたらしい。
「キレスタールさん。ベッドで寝てください。僕は寝袋で寝ますんで」
「ですがアラム様の方が――」
「いや、寝袋は出るのに時間が掛かりますから襲われた時にとっさに行動できないから。だからキレスタールさんがベッドで寝てくれないと僕は怖くて安眠できません! ね?」
もっともらしい理由を付けてそう床の上で横になっていたキレスタールにそう説明するアラム。無論そんなもの方便で、単純に年下の女の子には自分より良い環境で眠ってほしいだけの良識があっただけ、それだけなのだ。
「確かに、私めが浅はかでした。ではお言葉に甘えまして寝具を使わせていただきます」
「ほ……うん、それじゃあお休みキレスタールさん。明日からよろしくね」
そう言って部屋の灯りを吹き消すアラム。寝る前に色々とあったが、青年と少女はこの世界の初めて夜をこうして終えたのだった。
次回更新は明日の朝六時を予定しております。
しかし親族が亡くなりドタバタしておりますので、更新が無ければその翌日に二話分更新する予定です。




