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第三章「黄金の太陽はまた昇る」 十八話



 アラムという青年にとって、怒りという感情は縁遠いものである。

 暴力には恐怖を、暴言には逃避を、それがこの青年の処世術だ。

 例え小さな怒りを感じても、それを維持し続け行動することは皆無であった。

 だが今は違う。


「はっは――はぁ!」


 草むらに隠れながら、青年は荒い息をなんとか正常にしようとする。理由は単純、青年は怒りを押さえつけているのに必死でまともに呼吸ができないでいたからだ。そして、それと同時に怒りというものがこんな劇物であることを、青年は今の今まで知らなくて、混乱もしていた。

 最近になって怒りを覚えることは増えた。転送の事故で遭難したあの世界で、キレスタールという少女の境遇に彼は怒っていたはずだ。それどころかこの世界に来てからもシャムス王子とサイカの二人が族長の息子に心無い言葉を浴びせられている時も不快感を感じていた。

 だが、あれと今の抱いている気持ちは違う。混ざりものか純粋かの違いだ。同情や恐怖といった不純物が混じっていない純粋な怒りが彼の内から湧き出していた。


「早く引き金を引けよ!」


 そう言って、掲げらえたライフル銃から一発銃弾が空に向かって発射される。

 それは十名程度の部隊で構成された狩人(ハウンド)だった。見ただけで理解できる人を殺す為だけの道具、それを全身に装備した無機質な兵士たち、その中で異色の男がいた。

 その男は腕が義手であった。偉そうに、高圧的に、まるで自分が何をしてもいい偉い人間と信じ切っている目がそこにはあった。だから、子供に銃を手渡し自決するように迫っている自分に、なんの嫌悪を抱かないのだろう。

 そして、子供の後ろに大量の人質がいた。何がどうなってこんな状況になっているのか理解できないが、彼らも同じように「早くしろ!」と叫んでいたので、王子を助ける力も気も無いことをアラムは理解させられた。

 それに、アラムは言いようのない赤い感情で視界をチカチカとさせたのだ。


「ああもう早くしろって言ってんだよガキ!」


 怒声が上がる。その言葉に子供、シャムス王子は恐怖に満ちた顔でその目を力強く閉じて何かを決意する。それを見てすでにあれは限界だとアラムは察した。

 あれはやる、恐怖心を超えてあの王子は引き金を引いてしまう強さがある。それを確認すると同時に青年の耳に雑音(雷鳴)が届く。それがなんなのか、今の彼には理解できなかったが。

 見れば、シャムス王子の横には父の形見である剣がある。誘拐された身で、あれだけは死に物狂いで離さなかったらしい。


「――はっ」


 短く、だが強く息が吸い込まれた。力の凝縮を最大限短くした結果、死にかけの畜生みたいな不出来な呼吸だったと青年は思っただろう。だがパワードスーツに身を包む彼にとって、それで十分だった。

 本当に怒り任せに、足の骨と肉を気にしないほどの渾身の力で、地が蹴られる。


「誰だ!」


 反応は迅速だった。叫んでいた義手の男に“付き合わせられていた兵士”の一人が、俊敏に草むらから飛び出したアラムを見つけ銃口を向ける。だがそれだけ、アラムの身に着ける装備が自分たちと同じものであった為その引き金を引くのを躊躇する。


「いや敵だ! 撃て!」


 だが他の者がそう判断した。一人で行動しているという時点で自分たちの仲間ではなく、その装備を鹵獲されたものだと瞬時に判断したのだろう。

 ゆえに次の行動は発砲、だが銃口はアラムに向けられない。呆けた顔でアラムを見るシャムス王子の後ろにいた島の者に向けられた。島の者達は察しの良い物から順に、恐怖から人間の声とは思えない絶叫を上げた。

 鹵獲品とはいえバリアは発動する。自分たちの装備は自分たちが一番詳しい。なら沢山いる人質をある程度殺し、脅しでこの青年を止めようと判断したのだろう。

 見捨てるか? 先ほどこいつらは子供に自殺を強要していた。助ける価値があるのかと怒りでぐちゃぐちゃになった心で考え――。


 ――その中で、青年は母親に抱かれている赤子と目があった。


 後悔より先になぜ見落としたという疑問がその心を満たした。冷静であったならすぐに気が付けただろう。あの中の一人、母親が自分の子供を隠すように抱いていたことなど、平常心だったならば、すぎに気が付いたはずだ。

 そしてあんな赤子を見捨てれるほどアラムという青年は強くない。できるはずが無い。


「くそ!」


 自分を馬鹿だ馬鹿だと青年は常日頃から自虐していたが、この時、本気で自身を呪っただろう。軽率だった。怒りで我を忘れても、漫画の主人公みたいに未知の力が覚醒する訳ではないのに、なぜ怒りに囚われてしまったのだと。

 だが遅い。後悔なぞ意味も無く、人質の命を奪うべく引き金が引かれようとして――衝撃が大気を揺らした。

 一瞬、空に黄金の様な光が目に入ったと同時に落雷の様な轟音が耳と脳を揺らした。何が起きたのか、この場にいた人間全てが理解できなかっただろう。それは黄金の雷光となったサイカの一撃だ。別段、アラムを助けようとした一撃ではなかっただろう。だがそれがアラムの判断ミスを帳消しにする。


「いける!」


 世界が揺れていた。とんでもない一撃に地面が揺れ、次に衝撃で巻き上げられた土砂が容赦なく降り注いできた。これは今上空で暴れているサイカの攻撃により巻き上げられたものだ。

 理解不能の緊急事態、誰もが混乱し身を守る為に頭を手で覆ったりその最中、アラムだけがこれをチャンスと判断して走り続ける。


「デェヘクティブコード!」


 全員を助ける。その一心で青年はその特殊なコードを呟く、デェヘクティブ(欠陥品)と。


「ペッパーボックス!」


 そう言って出てきたのは胡椒入れ、ではない。

 ペッパーボックスピストル。それは拳銃であった。大まかな仕組みはリボルバー(回転式拳銃)と変わらない。撃つ度に薬室が回転し次の銃弾を発砲するタイプの銃だ。

 ただ普通のリボルバーと違いは多い。その中でもバレルとシリンダーが一体になっているのだ。そう、弾を通す為のバレル、筒も六つあるのが普通のリバルバー銃との最大の相違点なのだ。


「なんだ、あの変な銃?」


 まだ先ほどの衝撃から感覚が回復しきっていない中、敵兵士の一人がちらりとそれを見て言葉を零した。

 このペッパーボックスピストルはいわゆる“古式銃”である。安価で頑丈であるという利点、それと同時に重大な欠点を孕んだその銃は、ある世界において銃の進化図の主軸から外れてしまった異端の銃である。

 その重大な欠点は二つある。

 一つは弾丸の装填に時間が掛かりすぎること、布を巻き付けた棒で筒の中を一つ一つ掃除し銃口から火薬と弾丸を詰めていく前装式、無論、戦闘中にそんな悠長なことはできない。

 そして二つ目はチェーンファイヤと呼ばれる暴発だ。発砲時の発射炎が他の薬室に引火、結果全弾発射されてしまうという不具合だ。

 だがアラムはこの二つの欠陥の片方を克服した。装填に時間が掛かるなら数を造り使い捨てで次々銃を召喚すれば解決する。安価で作りもシンプルゆえ、アラムの心もとない財力でも常日頃からストックしていた廃材からでもこの古式銃を大量生産は可能だった。

 次にチェーンファイヤ、連発すると内部の熱で火薬が暴発するのだ。そう、暴発。銃としていきなり暴発するなど致命的な欠陥だ。銃は弾が無ければただの鈍器となり下がる。なのに意図せず銃弾を全部吐き出してしまうなど致命的すぎる。

 だが青年はそこに目を付けた。逆にそれを利用すればいいのだと。


「――っ!」


 青年は意を決した表情でその古式銃を敵に向ける。敵兵士の誰もが心中で鼻で笑った。そんな化石で何をするのかと、彼らもアラムが今持っている古式銃にさほど詳しい訳ではないが、普段から銃を扱う者の勘で、それが遺物(ゴミ)だと理解できる。

 その通りである。これはアラムの手作り、パイプを切ってそのまま銃身した不格好にも程がある玩具だ。

 だが玩具にも使い道はあるのだ。引き金が引かれた数秒後、青白い炎がアラムの銃を包んだ。


「は?」


 ――その炎と同時に、短い連続した爆発音が轟く。それと同時に敵兵士の一人が足から血を噴き出してその場に倒れこんだ。

 アラムはすかさず青白い炎を纏った銃を捨てる。使い捨てで問題無い、また新しいペッパーボックス(欠陥品)を召喚するだけだ。

 敵兵士は何が起きたのか理解できなかったのだろう。その証拠に間抜けな声は、先ほどまでシャムス王子に怒鳴り散らしていた義手の男が発したものだ。

 彼らは知らない、自分たちを守る絶対の盾に不具合があることを。

 彼らは知らない、自分たちの目の前にいる青年が技術者であることを。

 そう、彼らの装備には弱点があった。彼らを守るバリアは、狭い範囲に同時に衝撃を加えると付加処理を起こし物体を通してしまう。それは彼らが知らない欠陥であり、青年がこの二日の期間で執念のみでたどり着いた攻略法でもある。

 もし撹拌現象での文明差が無ければ、実戦の中で簡単に周知されるこの不具合が、ここに来てこの世界の頂点であるはずの彼らに牙を向いたのだ。


「殺せ! まずあいつを殺せ!」


 その命令で、ただただ銃口は人質からこちらに走ってくる自分たちを殺せる脅威(青年)へと向きが変えられる。

 そう、アラムは彼らの脅威と判断されたのだ。

 研究と事前準備でアラムは狩人と獲物の立場を入れ替えた。彼は一人でこの不具合を突き止め、その弱点を突く物も用意していた。

 ――銃本体が発火し強引にチェーンファイヤ(全弾発射)するバカげた銃をだ。

 簡単な話、散弾銃(ショットガン)があればこのバリアは簡単に無効化できるのだ。だが材料と時間、そして青年の技術力が無かったゆえに、青年は低コスト品のペッパーボックスの量産が最適解と判断し準備をしてきたのだ。


「撃て、撃てぇ!」


 すでに複数人の兵士が発砲しているのにも関わらず義手の男は遅れてそう叫ぶ。アラムは心臓が早鐘を打っている状態でなんとかその表情を見た。

 恐怖だ。おそらく自分よりも屈強な肉体を持ち、戦闘技術もあり、数も有利な人間がはっきりと恐怖に顔を歪めていた。

 それは青年には、とても信じられない光景であった。自分よりも強いはずの人間が恐怖し銃を乱射していることに、誰よりも彼自身が驚く。


「――」


 その驚きを隠し、青年はひたすら無言で兵士たちに撃ち込んでいく。それはまるで単純な作業みたいだった。

 青年の周囲で飛翔音が鳴り響く。無論、複数の銃に撃たれれば青年のバリアとて負荷処理を起こし数発の弾丸を通してしまうだろう。だが、それは起きない。そう、不具合が起きなかったのだ。

 シンプルな話だ。欠点が見つければ直すのが技術屋だ。バイトの知識を持つアラムはそんな弱点など一時間、いや、十分ほどであれば改善できただけのこと。今、青年が来ているパワースーツは彼らの物をアップグレード版とも呼べる代物なのだ。


「ふざけるなよ! なんなんだあれは!」


 迫ってくる脅威に対し、そんな怒声があげられる。自分たちより劣る文明レベル、劣る武装、少ない人数。彼らの“上”は事前説明でこう言っていた。今回も楽な狩りになるだろうと。

 そこらの獣や鳥を撃ち殺すこととさほど大差ない労力でことは済むだろう。そう言ってこの島へと送り出されたはずだ。なのに、今目の前にいる男は何なんだと今このこの場にいない上官に説明を求める。


「あんな奴報告にいないはずだろう! それになんでこっちのバリ――」


 発砲しながら仲間にそう確認している兵士の体が、言いかけた言葉と共に足を後ろに引っ張られたみたいに倒れる。太ももには三つの穴、絶命はしていないがかなり痛いらしく地面の上でのたうち回っていた。歩けるもしないだろう。


「人質だ! そこにいる村人を人質にしろ。早く!」


 そう怒鳴ったのはさきほどシャムス王子に自殺を強要していた義手の男だ。

 こちらの攻撃は無効にされ一方的にやられるならば、やはりこの手が一番効果的、と判断してのことだろう。もう一度人質へと銃口を向き直す。

 だが、青年はそれを読んでいた。いや、読んでいたっという格好の良い話ではなく、それを“恐れていた”ゆえに対策が迅速であった。


「させるか!」


 青年の腰から何か小さな球体が放り投げられ、それが兵士が駆け寄ろうとしたシャムス王子のすぐそばに転がっていく。


「な――」


 そしてそれを見た瞬間、兵士たちは考える間もなくすぐさまシャムス王子から離れた。なにしろ投げられたのは兵士たちの腰にあるものと同じスタングレネード、それがすぐさまどういうものか理解した為の撤退だった。

 例えばバリアでも光と音は防げない。気づけば近くにまで走ってきたアラムに投げれば自分らごと巻き込むので使えなかったが、アラムは問答無用でそれを使用してきた。


「馬鹿かあいつ!?」


 しかもアラムはこちらに向かって一直線、己の投げたスタングレネードに突っ込んでいく。その姿が兵士たちの混乱を極めた。いったい何が起きているのか、冷静になりかけた頭がまた役に立たなくなっている。

 そして、光が爆発した。だが鼓膜は無事、強烈な光ではあったが眼にもさほどダメージは無い。


「スタングレネード……じゃないだと?」


 そこで敵兵士は合点がいった。見た目は同じであったが、効果まで同じという保証はないからだ。そう、アラムは敵兵士の知識を利用したのだ。

 自分たちの持っているスタングレネードと同じ物を見れば、それがスタングレネードとすぐさま勘違いしてくれる。一度きりの初見殺し、こういうしょっぱいというか狡猾な小細工はアラムの十八番であった。


「ダミーか、くそ」

「隊長……見た目は違いますがあれはバリ――」

「見りゃわかる! 一々報告してくるな!」


 見れば、アラムといつの間にか父の形見である剣を抱きかかえたシャムス王子、そして後ろの村人を包むように結界が展開されていた。アラムがスタングレネードを改造して作ったのはキレスタールの結界術をパクッて……解析して手榴弾に閉じ込めていたものである。試作品ではあったがうまく作動したようだ。


「……ふぅー!」


 ふっと、機械になっていたアラムの顔が一瞬疲労で弱気なものに戻るも、また機械のそれへと戻った。それにシャムス王子は目をぱちくりさせる。一瞬見せたあの顔をする人間が、先ほど冷徹に敵を排除していたあれとこの人物が同じものだとは受け入れられなかったのだろう。


「アラム、さんですよね? なんでここに、というかなんですか、これ?」

「シャムス王子。助けに来ました。まぁ、と言っても頼りない斥候兵ですが……しかし、思いの外、うまく事が運びました。後は増援が来るまでこの結界内に引きこもりましょう」


 それがアラムの作戦であった。増援が来るまで穴熊を決めこんでここで時間を潰す作戦らしい。対抗手段は用意してきたが、何も馬鹿正直に戦う必要性は無い。

 彼は臆病でか弱い非戦闘員なのだ。悪役を倒すヒーローは他に任せるスタンスらしい。


「……なんだぁ、お前?」


 いきなりの襲撃を仕掛けてきた青年に、周囲の者の奇異な目が集まる。この場をひっくり返した男は一体どんな者なのだろうと。結界が外と中とを分け、戦闘が止まった戦場の中、ゆっくりとアラムは観察されることとなったのだが……そんな周囲の目を無表情で見返す青年。

 すると、義手の男が仲間の兵士を押しのけながら結界の前までやって来て銃を向ける。だがアラムは先ほどと打って変わり動じない。先ほどまでシャムス王子に話しかけていた彼は、今度は抑揚の無い声でこう言い放った。


「撤退をお勧めします。すぐに増援が来ますよ?」


 氷みたいな冷たい声で、必要最低限の言葉を伝えた。ロボットみたいな彼の顔に義手の男は気味悪がりかけて……笑った。


「てめぇとんだ甘ちゃんだな? 撤退しろって敵に言われてするかよ。罠だろ罠? お前、あれだろ。普段は負け組のカスなんだろ。俺はそういう弱者を見つけるのが大の得意なんだよ」


 嬉々として、若い男はそう語った。孤児と生まれどれだけ苦労し奪ってきたか、兵士となり一個の部隊を任されるようになり絶対的に奪う側に回れたこと、口早に自らの半生を語る。

 一方アラムはなんでいきなりそんな熱烈に自己紹介を始めたのかと疑問に思っているのか、見るからに訝しんでいた。眉間にしわを寄せて相手の出方を伺っている。何か、企んでいると感づいたのだ。

 疑い、防衛する。アラムの判断は正しく、その反応はこの場において裁量ではあった――が、そこまでは良かった。良かったのだが、相手の狙いはアラムの後ろにあった。

 今まさにアラムの後ろで凶器が後ろから振り下ろされようとしていた。それは鉈だった。魚か獣を裁く為のそれが今、人を捌こうとして――アラムの後頭部すぐ近くで、光の壁に阻まれたのだった。


「……」


 鉄の塊が固い物に当たり、軋んだ音に無言でアラム。そこには鉈を手にした“村人”の姿があった。唖然としていた。何が起きたのかという表情でアラムをただ茫然と見て……すぐさま無意識に銃を向けた青年から恐怖から腰を抜かして逃げ出す。


「こ……殺さねぇでくれ! 仕方なかったんだ! こうしないと俺たちがそいつらに殺されるんだ!」


 まず口からでた言葉は言い訳だった。先ほど、確かにアラムは殺され掛けたのだ。パワードスーツのバリアが無ければ頭を鉈でかち割られたであろう。

 だが青年に怒りは無かった。思考は疑問に埋め尽くされる。なぜ殺され掛けたのか? いや、それは襲ってきた本人が言っていた。アラムを襲わないと兵士たちに殺されると……先ほど結界の向こう側で義手の男が嬉々として自らの半生を語りながらアイコンタクトでも送って指示したのだろう。


「ちっやっぱりバリアが発動したか……おいてめぇ、俺たちの技術を使いこなせるなんて何者だ? この島の人間は原始人だって聞いてたんだがぁ?」

「簡単です。あなた方の敵で、この島の人たちの味方ですよ」

「味方……味方ねぇ」


 敵、というよりこの島の人たちの味方という言葉の方が気に食わなかったのか。馬鹿にするような顔で結界越しにアラムをじろじろと観察する義手の男。そんな男をアラムも観察した。

 青年より年齢は上だがそれほど離れてはいない。だが青年とは明らかに人間として毛色が違う。とにかく他者に威圧感を与える言動、自分の力を誇示する為に生きているような人間だとアラムはすぐさまに見抜いた。何しろ彼はこう言った類の人間の餌だった。船に乗ってから、その前もだ。そういう人間には敏感だ。


「……俺たちを、助けてくれるのか? なんで、俺たちはシャムス王子を誘拐したんだぞ?」

「はい、助けますよ。あなた方は脅された……真実がどうであれ“今はそういうこと”にしましょう。そこにいる子供には罪はありませんから」

「そんな……」


 アラムを殺そうとした村人はそのアラムの言葉に固まった。ある者は助かるのかと喜び、ある者はただただどうするべきか迷っていた。


「おいおいおいおい! 裏切るのか! おい、この島を裏切って俺たちに付いたお前たちが、今度は俺たちを裏切って元鞘に戻ろうってかぁ!」

「我々は最初から、自分たちが生き延びる為に動いている! 状況が変わったなら、我々は……この青年に従う!」


 確かにシャムス王子は誘拐された……この村の族長の指示でだ。どういう経緯かは不明だが彼らはこの島の裏切り者である。だが、それでも子供には罪は無い。そしてその子供がこれから生きていくのに親が必要なのも事実だ。

 だから、感情を抜きにして青年はそう答えを出した。鉈でアラムを襲った男はアラムを見て泣きそうになりながらただ口を堅く結ぶ。どうやらアラムを自分たちの味方だと認識はした様子だ。


「はぁ!? 何それ、ああ、だったらこういうのはどうだ? おい、お前、鉈持ってるお前だよ。そこにいる赤ん坊だ! 殺せ!」


 その言葉を、青年は一瞬、意味を理解できなかった。何しろ脈略が無い。なんで今、赤ん坊を殺せと言うのか? 青年が後ろを振り向く。密集している村人の集団の中で、母親がきょとんとした顔で周囲で自分を見つめる者たちを見て、次第にその表情が恐怖に歪めた。


「いや……嫌ぁ! や、やめて、ください。え、え……わた、私の子供がなんで殺されなく――」

「こいつぅー、お前らの味方なんだってぇ!」


 心底楽しそうな声が響き、アラムの表情から“本当に”色が無くなった。それに気づかず、何が楽しいのか、義手の男は役者の仰々しく更に諸手を上げてこう言い放つ。


「でも考えろよ! この戦争は俺たちが必ず勝つ。当たり前だよな? 弓と矢で生活してる原始人のお前らが、この俺たちに勝てんのか?」


 その言葉に、村人たちがお互いの顔を見る。最終的にどちらが勝つのか。どちらに付けば生き残れるのかを考え、迷っているのだ。


「俺らの装備がなんなのかすらわからない原始人が勝てんのかぁ!? このちっせぇ島から出る手段がねぇ馬鹿共が、俺たちに勝てるのかよ! そう思えねぇから俺たちと協力したんだろうが! ああ!」


 義手の男の、責めるような言葉がまだまだ続く。


「この島の王族と仲が悪いから簡単に俺たちにすり寄ってきたよなぁ? この戦争の後自分たちの安全を保障してください協力いたしますってなぁ! お前たちはこの島の裏切者なんだよ! 今更それは変わらねぇ!」


 それはアラムの予想通りの筋書きではあった。まぁ、少しは違ってほしかっただろうが。


「そんな、屑な奴らがだ! 今更何してるんだよ? この戦争、俺たちが絶対に勝つんだよ。そいつが味方になったからって何だ? お前たちの命運はこっちが握ってるんだ……なのにそんな弱そうな奴に絆されかけて、普通なら全員皆殺しだぁ! それをその赤ん坊一人の命でまたチャンス与えてやろうって言ってんだ! 慈悲だよ、慈悲!」


 つまり、自分たちを裏切った村人たちを再び信用する為に赤子を殺せ、と彼は言っているのだ。


「だ、だがあんたたちは俺たちの族長を殺したじゃないか! 最初に裏切ったのはあんたらだ! 言われた通りシャムス王子をここまで連れてきたのになんで族長を殺したんだ!」

「あ、誰? あー、あの糞爺か、いや記憶から飛んでたわ。そりゃあの糞爺が変な勝手に勘違いしてて口論になっただけよ。俺はその王子をこの手で殺したかっただけ、なのにお前らの族長はてっきり人質にするものだとか思ってたとかそんなことの為に危ない橋を渡らせたのかとか、作戦成功の為に仕方なく自分の息子を城に置いてきたのにとか、まぁーうっとおしかったからよぉ」


 アラムもそう思っていた。シャムス王子は人質であると、だが当然だ。まさか自分が殺したいから、危険を冒しこの村まで連れてこさせたなどと誰が想像できようか。


「ほら、おかしくないだろ? 文句あるのか?」


 これは狂人であった。アラムはこの人物を軍人か何かとして認識していたがこれは違う。作戦を遂行する為の訓練された人間でもそれ以上の優秀すぎる兵器でもそれ以下の信念無き道具でもない。そこら辺のチンピラと同列だ。


「そらさっさとそこの赤ん坊を殺せぇ! なんならその母親ごと殺せぇ! 助かりたいならさっさとしろぉ!」


 その怒号にビクついて、村人たちは自分たちと同族であるはずの赤子を抱いている女に一人、また一人近づいていく。どちらを信用するか、その天秤が傾いたのだ。

 その瞬間、母親と赤子の鳴き声が響いた。


「外道が!」

「あ、なんか文句あるのかよガキがよぉ。おい、それより見ろよこの義手をよ? 俺の腕は切られたんだよ……あの負け犬によ。そうだお前の父親だよ! ここの族長が教えてくれたんだぁ。俺が殺したあの爺もそいつを恨んでたぜぇー、だから王子を誘拐しろって指示したらあんなに喜んでいたのによぉ! 息子一人ぐらいでぐちゃぐちゃ後から文句言いやがってクソが!」


 その言葉に目を見開いたのはシャムス王子だ。


「お前も父親同様、俺がぶち殺してやるよ!」

「――お前が、お前がぁ!」


 それは、年齢が一桁の子供が出していい声ではなかった。憎しみに満ちて、殺意があふれ出していた。慕っていた父を殺した本人が目の前にいたのだ。冷静さなど吹き飛んだだろう。

 だから飛び掛かった。そして顔面から突っ込んで結界により、後ろに倒れたが頭から血を流しながらそれでも向かっていった。それを、義手の男は嘲笑っていた。


「なんだよそれぇ、最高の芸――」


 そんな男の笑いを、乾いた大きな音が止めた。白く細い煙が小さな穴から立ち上る。それはタバコの煙にも似ていた。そんな音に、誰もが動きを止めた。激昂していた王子も、その笑っていた仇の男も、今まさに赤ん坊を取り上げようとしていた複数の村人も、弱くも抵抗していた母親も、止まった。

 青年が、いつの間にか銃を握りしめそれを天に向かって発砲していたのだ。


「すみません。後ろの方々、生き残る為に赤ん坊を殺そうとしてるんですよね?」


 丁寧に、畜生に劣る行為をしている人たちに、アラムはそう確認する。それに、村人たちは答えもしない。きっと、目の前にいる青年があまりにも機械的な確認をしたからだろう。


「あ?」


 せっかくのショーを邪魔されたと、義手の男は威嚇のつもりで一言、そう発する。だが、そんなもの今の青年にはなんの役にも立たない。すでに彼は捨てていたからだ、様々な機能()を捨ててただ一つのことを成す機械に成り果てていたのだから、そんな威嚇は本当に意味が無かった。

 ふと、義手の男とアラムと目が合う。


「……」


 それだけであれほどやかましかった義手の男が押し黙る。その目にどう反応していいのか、この男の人生において前例が無いことがおきたので対応できなかったのだ。

 その目は、ただただ虚無であった。感情も、意思も無く、その目は義手の男をただただ見ていた。男はその目に何か、既視感を覚える。そうだカメラだ、監視カメラのレンズみたいだと義手の男は思い至り――戦慄した。


「この戦争はこちらの勝ちです。ですが言葉では信用してくれないでしょうから、手始めに今からこの人を僕が殺してみせましょう。その間、その母親と赤ん坊に傷一つつけたら……僕があなた方を殺します? いいですね?」

「――は?」


 気づけば、義手の男と青年の間にあった結界が解除されていた。結界の色が技術元の少女の髪色の如く透明であったのもある。だが、一番の要因は青年が予備動作を全く感知できなかったからだ。いつの間にか青年の手には結界を作り出していたグレネード型の装置があり、自ら解除したのだろう。

 そこでやっと、義手の男は初めて青年が自分に敵意を持っていることを理解し、後ろに飛びのく。それを追う青年、距離は縮まらない。

 そう、すでに遅い。男はその腕を切り飛ばされた時と同じ過ちをすでに犯していたのだ。敵に近づきすぎていた、青年と義手の男を隔離していたのは檻ではなく青年の手でしか開かれない扉だということを理解していなかったからだ。


「くそ!」


 敵に不用意に近づきすぎて腕を失った男は、同じミスで今度はその命を脅かされる。

 そして、いつの間にか青年の手には六つの銃口を持つあの胡椒入れが握られている。そう、いつの間にか、だ。



 いつの間にか青年は自分を殺そうと決心していて。

 いつの間にか自分は追い込まれており。

 いつの間にか銃口を向けられている。



「おいおいおいおい! なんで、どうしてだ!?」


 青年は義手の男からして間違いなく弱者に分類されるはずだ。周囲に媚びて暴力に怯え逃げるか強者に何かを献上していきている劣等種。それが今まさに自分を殺そうとしているのが心底理解できないでいた。


「気色悪い、気色悪い! お前はなんなんだよ!」


 その問いに青年は答えない。いや、答えられない。先ほどその機能はとうに捨てたのだ。今は目の前の義手の男を殺害する単一機能しか存在しない。

 ゆえに躊躇の無い発砲、義手の男を確実に殺す為に額を狙ったチェーンファイヤ(全弾発射)だが、バリアを破れるはずのそのバグ技は義手の男を守る光の壁を貫けなかった。

 青年は知らなかった、部隊長には一般の兵士より強力な装備が支給されていることを。義手の男はたった今知った、自分のバリアが青年の銃を無効化できることを。

 この兵士たちも知らなかったのだろう。命を守る道具が、階級でその性能差があることを。これはこれを作った技術者と、一部の上役しか知らない真実なのだろう。彼らの国は……そういう国なのだ。


「は、ははは! 残念だ――」


 たまらず義手の男は笑う。絶対的な安全圏に最初から自分がいたことを確認し、自分が弱者をいたぶる狩人に返り咲いたのだ。青年にも手出しはできないが、その後ろに急所(人質)がいるのだから形勢は逆転したといってもいい。

 ――もう青年が何も用意していなければ、の話だが。


「デェヘクティブコード、パイルライフル」


 一つ手が通じない程度で、青年に動揺は無い。ゆえに驚きも無く思考することも無く淡々と新しい武器を召喚する。

 それは名の通り確かにライフルであった。パワードスーツと同じ鹵獲した武器、だが敵の兵士たちが持つライフルとは見た目が違っていた。これもパワードスーツ同様、改造品である。

 銃口から巨大な杭がその姿を覗かせている。それは一発かぎり、至近距離でしか進化を発揮しない青年の切り札であった。

 ライフルを改造して作った杭砲、杭を火薬や強力な杭を打ち出す工具がバイトにはあるのだが、それを元にアラムが真似て作った武器であった。それは魔王ガウハルの結界にトラウマがある彼が用意したもう一つの結界破り。それが、義手の男に至近距離で向けられる。

 青年の左腕のみで持たれたパイルライフル、その先端がバチリと、やかましかった男の光の壁に触れ白い電流が走った。無論これは攻撃ではない。


「――ファイヤ」


 その一言と共に、引き金が引かれる。瞬間“青年”の左腕が捻じれ折れた。そして、そんな馬鹿げた物で攻撃された義手の男はというと――。


「あ、ああああああああああああああああああああああああああ!!」


 数メートル吹き飛ばされてた。痛みで地面の上で暴れながら動物の叫び声となんだ変わらない絶叫をあげている。

 義手は完全に壊れていた。とっさにそれを突き出した身を守ったのだろう。恐るべき人間の防衛本能と言うべきか。だが、義手()では青年が用意した杭打機の前には紙切れとなんら変わらなかったらしい。


「腕が、俺の“両腕”がぁ!」


 そう、発射された自らの身を守る様に前に出した義手を容易く貫通し、もう片方の生身の肩に突き刺された。義手の男はシャムス王子の父と、青年によりその両腕を欠損したのだ。


「ゆる、許さねぇ、許さねぇ許せねぇ許さねぇ! 殺、殺して、や、殺して――!」

「……」


 地面をのたうち回りながら、恨み言を口にしていた男の腹に、青年は足を置いた。何故か? それは固定する為と、先ほどの一撃により義手の男の装備が壊れているかの確認だ。そう、先ほどの一撃により義手の男のバリアはを作り出す装置は故障していた。


「想定通りバリアに馬鹿げた負荷を加えると壊れた。良かった、これなら簡単に殺せる」


 そう言う青年の手には銃だ。ペッパーボックスピストル、六つの銃口を持つその銃が彼の残された右手でしっかりと握られていた。


「……あ」


 瞬間、義手の男は情けない声と小便を漏らした。今から自分は殺されるのだと理解したからに他ならない。そして怒りに満ちていた顔はとっさに恐怖に上書きされていた。


「や、止めろよ。止めろよなんだよ! お前、お前はさぁ! 俺を殺す理由なんてないだろ! 俺が、お前の何を奪った? 何を壊したんだよ! は! 意味がわからないんだが!」


 それは、多分命乞いだった。少々高圧的ではあるものの、みっともない命乞いではあるのだろう。


「別に俺がそこにいるガキに復讐しようと勝手だろう!? 他人だろお前! な!? なに人を殺そうとしてるんだよ!」

「そうですアラムさん! やりすぎです!」


 と、思わぬ声が響いた。それは青年の隣に浮いていた偵察機からだ。緊急につき周囲に聞こえるのも構わずショクルが強制的に通信してきたらしい。


「殺す必要はありません! それよりアラムさんはすぐ止血を」

「いや、もう止血剤は打ち込んだよショクルさん。まぁ、今はドーパミンが過剰に分泌されてるからか痛みは大丈夫。数分後には地獄を味わうだろうけど」


 驚くほどアラムは冷静な声でそう説明する。


「僕は冷静ですから。ただ、目の前のこの人を殺せる状況を作り出したかっただけです」

「……本当に?」

「はい、僕の目的はあそこいる村人に僕がこの人たちに対抗できることの証明ですから……で、そこの赤子を殺そうとしている人たち、止めなさい。僕らは彼らを必ず倒します。ゆえにこの戦争はこの島の勝利に終わります」


 そう、アラムはあくまで冷静であった。さきほどの淡々と殺しかかる様子から、ショクル(オペレーター)は彼が怒り狂っていると誤認したがきちんと理由を持って戦闘を行っていたらしい。

「どのみちこの人は捕虜の後、死刑でしょうが。この島の次期後継者を殺し、しかもその子供までも私的な理由で殺そうとした。僕がタージュ王の立場なら捕虜にはしません。絶対に処刑させます。戦争が終わりまたシャムス王子を殺そうとする可能性がありますし、それが原因でまた戦争が怒ったら目も当てられません」

 淡々と目の前の男の未来を語る青年、それに義手の男は顔を青ざめる。助かったと思ったらただただ死ぬまでの期限が伸びただけと教えられたのだから、無理もない。

 と、青年がふと周囲の兵士を見る。そのどれもが銃口をこちらに向けており、どうやって自分たちのリーダーを取り戻そうかと考えているらしい。すると一人の兵士がどこかに連絡を取っているのが確認できた。どこかに連絡を取っているのか不明だが指示を仰いでいるらしい。


「了解しました。ではそのように処理します。全ては総統の為に」

「さて、これからが本番かなぁ……割と満身創痍なんだけど」


 その敵の動向を観察するアラム。一応こちらも両腕を失った人質を取っている状況だが相手もまた村人を殺せる状況だ。あちらに人数が多い分こちらが不利だろう。彼らの上が撤退命令を出してくれればそれに越したことはないのだが……。

 アラムは先ほどの結界を作り出すグレネードに意識を集中させる。これをまた発動させて村人と王子を守れれば青年の勝ちにもっていける。


「総員、グレネードの準備」

「!?」


 だが、その言葉の意図をすぐさま理解し、敵は爆発物を集団で投げ込む準備する。アラムは間髪入れず先ほど手に入った人質の首根っこを掴んで村人の近くまで移動する。

 だが、それでも敵兵士の動作は止まらない。


「お、おい! てめぇら何してるんだ! 俺がいるだろう!」

「隊長、上の判断です。あなたは切り捨てられました」

「はぁ!?」


 アラムの手元で義手の男が喚く。アラムは自らの未熟さを呪った。頭がおかしいのはこの男だけだと思ったが、そうではない。周囲にいる兵士たちも、命令一つで見殺しにできるほど狂っていたらしい。


「……くっそ」


 短く、そう言葉を漏らす青年。

 彼は出血で少しぼんやりする頭で周囲を確認する。敵の数はおおよそ八人、加え青年の左腕は捻じれ血を噴き出している。完全に使いものにならない。全てを一瞬で無力化することは不可能。すでに兵士はグレネードの栓を抜いている。標的はアラムとシャムス王子とその後ろの村人だ。とても今のアラムでは対処できないし間に合わない。

 さっき解除したバリアグレネードは再度展開に時間は掛かる。無数の破裂片から全員を助けることは現段階では不可能だ。

 青年だけはバリアで助かるだろう。だがそれでは意味は無い。アラムは王子を助ける為にここまで来て、この後ろの村人を助ける為に片腕を犠牲にしたのだ。

 ここまできたのだ。全員助けるべく自問自答を繰り返す。助けたい、どうやって? 何か手は、最速で全員の生存を可能にする策は、青年は冷徹な思考のまま諦めず、策は無いかと考え続け――。

 この声で、青年の止まらなかった思考は停止した。


「ぁあああああああ!」


 青年ではどうにもできないこの状況を瞬時に理解したのだろう。シャムス王子が形見の剣を抜き、一人の兵士に立ち向かう。勝機も勝算も皆無、されでもこの少年は、自分を誘拐した村の者を守る為に剣を抜き敵に走っていった。

 自棄だろう。やぶれかぶれだろう。それでも、シャムス王子は剣を抜き敵に立ち向かう姿に、青年は機械から人に戻り、その目を剥いていた。


「父上が命を賭して守ったものを奪うことを、私は許さない! この島から出ていけ!」


 そうシャムス王子は叫ぶ。瞬間、剣が黄金の輝きを放った。その現象をここにいる誰もが理解できなかっただろう。それはこの子の父親が義手の男の腕を切り落とした時の力の残滓であった。鞘から引き抜かれた黄金の太陽の名を冠する剣が、その魔術の力を今だ宿していたのだ。

 父の残り火が再燃すると、王子の横に振った斬撃が“飛んだ”。代償として王子の両腕が捻じれるように皮膚が締まり、凄まじい血が噴き出たが、黄金の輝きは力の濁流となり兵士四人を弾き飛ばす。光の壁は超えられぬとも、彼らをバリアごと吹き飛ばすことは可能であったらしい。


「シャムス王子!」


 アラムと同じく腕を負傷し涙を流しながらも、もう一振りしようとするシャムス王子。本当に強い子供であった。父が守ったもの(島の全て)を、彼もまた守ろうとしていた。たとえそれが自分の命を狙った族長の村であってもだ。


「父は、父は! 守ったんだ! だから私も、守るんだ!」


 ――そこに、闇夜を切り裂く黄金の太陽が絢爛した。

 だが、間に合わない。王子が決死の覚悟で挑んでも、四人を無効化しても間に合わない。わずかに全滅の時間が伸びただけ……。

 そう、一瞬だけ時間が伸びたのだ。シャムス王子が謎の力を解放した驚きにより、一瞬兵士の動きが止まる――それが、運命を決めた。

 ふと、アラムは肌寒いことに気が付いた。おかしい。ここは温暖な南の島、なのに、なんで周囲の植物が霜が付いているのかと……すぐに答えは夜森の闇から“やって来て”敵を三人、氷漬けにした。そしてそのままグレネードは氷漬けにされた兵士の手元で爆発した。


「ここにいたか、我らが救世主よ」


 それは、正真正銘の化け物であった。下半身は紅い鱗を生やす馬身、上半身は純白の鎧を纏う屈強な老兵。そう、かつて同胞(同胞)の救済という大義の為にアラムに協力したサルジェだ。


「ひぃ」


 村人から恐怖の声が漏れる。当たり前だ。だがアラムだけは違った。やっと援軍が来たのだと歓喜する。だが、その歓喜はすぐさま消え去った。


「く……」


 一人、一人だけ兵士が生存していた。その一人の兵士は苦し紛れにグレネードを投げる。その方向はアラムでも新しく来た脅威(サルジェ)でもなく、剣を持った王子の足元であった。

 なぜ彼がそこにグレネードを投げたのか、理由はわからない。いや、理由など無かったかもしれない。だが、それはアラムにとって一番やってほしくない選択であっただろう。


「! シャムス王子!」


 駆けた。手にしていた銃を捨てて、痛む左腕など気にせずアラムはシャムス王子の下まで全力で走る。そしてそのままそのグレネードに覆いかぶさる。

 瞬間、青年の肉体に強い衝撃が加わり上空へと吹き飛ばされた。瞬間、彼の目には満点の星が焼き付いた。ああ、そう言えば、そう言えばと、青年は思い出した。


「――ぁ」


 空中で回転しながら、本当に弱弱しい、そんな声が青年の口から漏れた。そういえばここに来る前に、船で薄暗い廊下の空を見上げて、仕事先では星が見れるかなんて考えていたなどと、そんなとりとめのないことを思い出しながら、青年の意識はその満天の星々が彼の視界から消えたと同時に、失われたのであった。



次回更新は明日の朝六時です。

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