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第三章「黄金の太陽はまた昇る」 十六話



 青年が虫の声が外から聞こえきたことに気が付いたのは、いい加減に頭が疲れてきてさっきまで何をしていたんだろうか? と、度忘れして周囲を見渡したからである。

 部屋で自分の道具を買って使っていたあの小さな博士も、いつの間にかいなくなっており長い間青年は一人でここにいたらしい。

 そんな研究に打ち込んでいた青年が、なんだか涼しくなっていることに気が付いてテントの出入り口から顔を覗かせれば、夜行性の動物が頭上を飛んでいるところであった。


「うわぁ……いつの間に」


 どっぷりと日が暮れていたことにショックを受けている様子のアラム。夜にはあの巨大戦艦が再びこの島に来るというラウフの言葉を思い出す。


「えー……もう夜なの? これから戦い?」


 これから命を掛けて戦うのだからその覚悟をするのに一時間ぐらいは欲しかったらしい。

 すると、砂利を踏む音がだんだんとこちらに近づいてきた。その魔石の双角を見れば、誰が来たのかなど一目瞭然であった。


「栗毛、終わったのか?」

「ガウハルさん……万が一の為の遺書をまだ書いてませんので準備万端とはいきませんね」

「ははは、そうか。ならば“他のこと”は終わったと思っていいのだな?」

「僕のできる範囲で……ですけど。最優先で敵の装備の解析と情弱性を見つけ出しまして、その妨害装置とまぁ武器の準備も、もともと作ってあった部品で武器の増産と鹵獲した敵装備の改造を、いやぁ、疲れましたよ」

「ほう、貴様も戦うと?」

「できればお城の奥の方でブルブルと震えて戦いが終わるのを待っていたいんですけどね。備えですよ」

「だろうな。貴様の務めはほぼ終わり、後は我らに任せよ」


 成果の確認、覚悟の確認、手札の確認。それを終わらせ魔王は何も星が瞬く空を見上げた。目を細め、敵がいないか注意深く確認しながら、一息の後に本題を切り出した。


「三つ、村が避難に応じなかった。この城に努める戦士の中からその村生まれの者がいてな。その者が懸命に掛け合ったのだがその甲斐なく、な」

「そう……ですか」

「栗毛よ。我が先に言っておく。その村の者らの命……切り捨てるべきだ」

「それは――」


 何か、言いかけて……青年は何も言えなかった。理解はしている。アラムたちの戦力ではこの城のみを守るのが限界、遠く離れた村に人員を裂く余裕など無い。

 昔、どのような争いがあって不仲なのかは知らないが、タージュ王は手を指し伸ばし、避難を拒んだ村はその手を払ったのだ。ただそれだけ、それで死のうがそれを選んだ者の自己責任という言葉一つで完結する。


「……すみません。それ、僕の役目ですよね。なのに――」


 何か、間をおいてからそんなことを青年は口走った。唐突で突然で、脈絡の無い謝罪であったが、ガウハルは青年が言わんとしていることを察していたのか、その瞳を閉じて特に言葉も発さずにただただその場を動かなかった。

 ――命令を出す側、それは時に残酷な選別を行わなくてはならない。戦場や医療現場、命の危険のある場所での労働であれば尚更に、だ。命の取捨選択、何を救い何を切り捨て最大の成果を出せるか、それをガウハルは率先して行ったのだ。

 今回は考え込むほど難しい問題ではない。助けられるはずだった自分たちの言葉に耳を貸さなかった者たちを見捨てて、自分たちを信じてくれた者たちを総力で守るだけ。だけ、なのだが……その答えを出すのに、少なからず常人ならば葛藤をせざる負えないのだ。命を見捨てる決断など、易々とできないのだから。


「貴様は一応、現場では初仕事なのだからな……そんな者に命を選別せよなどと誰が言えよう。ゆえに我が先んじて言ったまで、いや、言うべきであった、と訂正する」

「……ガウハルさんは、そういう経験、多かったのですか?」

「ああ、魔王ゆえそのような判断は多かった。最善を追求しても、いや最善を追求するからこそか、そういう選別を行わなくてはならないことが多い。まぁ、何度繰り返しても慣れぬがな、これは」


 昔を思い出してか、ガウハルらしからぬ悲痛な表情が青年の瞳に映った。この人はなんて強い人なんだろうと思いながら、青年は魔王に感謝する。

 その決断は、形式上立場が上である自分がしなければならないのに、一番つらいそれをこの双角の魔王は背負ってくれたのだから――。


「さて、この話はここまでにしておくとしてだ。我は貴様を呼びに来たのだ。これより王の間で最後の作戦会議をするらしい」

「それは理解しました。で、もう住民の避難は完了しているんですよね?」

「夜敵が来るという情報が入ったからな。念の為に夕刻より城壁の内側に民を押し込んでおる。ゆえに中は人だらけ、隙間なくぎっしりとな。安全を考えるならば仕方ないが、長期戦になれば精神面で少々きつかろう」


 閉所に超人数がすし詰め状態ということらしい。長くて半日、それ以上長ければストレスから暴動が起きるであろうとガウハルが危惧していた。時に人という存在は命よりその場の苦痛から逃げる非合理的存在であることを、この魔王はよく知っているらしい。


「では行くぞ」


 話もそこそこに、青年を後ろに付けて速足で王城を歩くガウハル。まるで自分の城かのような堂々な足取りだった。今から戦争であるから気合が入っているのだろうか? アラムは魔王の揺れるマントを眺めながら、その頼もしい背に付いていく。

 道中、ちらほらと遠くに松明の明かりが見えた。この城に住む戦士が見回りをしているらしく、アラムの作った監視装置にも二名ほど張り付いていた。だがそれだけ、民が城に押し込められたという情報は疑う余地もなくほど正しいのだろう。あれほど人でごった返していた避難民が多くいたスペースは閑散としてた。

 誰か、明日取り込む予定なのだろうか、干されたままの洗濯物が目に入る。明日の生存を疑わない楽観主義者なのか、はたまたただ日常で染みついた行動が抜けなかっただけなのだろうか……そういった日常の片鱗を数多く残して、誰一人住民は姿を消していた。


「なんだか、人がいなくなっただけで別世界だ」

「無人の空間というものはそれだけで神秘性を宿す。こういう感覚は我は好きだが、貴様はどうだ?」

「自然の景色ならともかく、人工物から人が消えているのは不気味ですね」

「そうか。あの船はやたらと人が多い。無人、という空間が極端に少ない、ならばそういう感じ方もする、か」

「僕は、子供が駆け回って大人がそれを見守っている風景の方が好きですよ」

「……ああ、我もそれには賛同する」


 そんな、短い会話が成された。それは守るべきものが何なのか、という確認をする儀式であった。

 アラムはただ一人の人間としてやるべきことを、ガウハルは元魔王として異邦の民を自らの国民と重ねて、決意を新たにする。

 そしてそんな会話の後、二人は目的の場所へとたどり着いた。

 空気が、これ以上なく張りつめていた。いつものタージュ王と家臣たちもそうだが、今の今までどこでサボって姿をくらましていたであろう赤髪の狂犬(ショーラ)青髪の魔女(マァ)ですら、真剣な面持ちで机の上にある巨大なこの島の地図に目をしていて、たった今遅れて入ってきた二人に目をやったのだ。

 それだけではない。白い娘と、他の黄色と緑の髪を持つ二名もアラムを見ていた。たった一日二日程度だが、カーインチームが揃っているところを見るのは、青年にとってなんだか久しぶりに思えた。

 そして……透明の髪を持つキレスタールが入口あたりに立っており、部屋に入ってきたアラムの隣にそそくさと移動してきた。大勢の知らない人間に囲まれて心細かったのだろうか?


「遅れてすみません……」

「いえ、限られた時間の中で色々と準備していたと聞いております。謝罪などよしてください」


 別段、時間を決めていた訳ではないのだが、部屋に入るなり大勢に見られると何か悪いことをしたような気持になり取りあえず謝ってしまうアラム。すると、タージュ王がフォローの言葉を投げかけた。


「全員が揃いましたな。では、最終会議を今から行います。まずは作戦の確認を」


 タージュ王にそう言われ、明らかに歴戦の戦士、という男が地図に長い棒で場所を指しながら話を始める。


「事前に話していた通り、我々は籠城戦をすることとなります。しかし長期での戦争は民への負担が多く、ガウハル殿が敵将の首を迅速に取ってもらうことがこの作戦の肝となっております」


 言われ、視線が腕を組んでいつの間にか大勢の輪の中に混じっていたガウハルに集中する。先ほどの青年とは対照的にその目線に臆するなく、たった一言「必ず完遂する」と自信満々でそう言い放った。


「それで、こちらの最大戦力を攻撃へ移す訳ですので、防御が敵戦力と比べてどうしても手薄となりますが――」

「それについて、新しい情報があります」


 ――ピンと、白魚を思わせる綺麗な手を上げ、カーインが話の進行を一時止めた。多くの男たちが場違いながらも、その美しさに目を奪われる。青年もその一人で「この人、大人しくしてたら本当に美少女なんだよなぁ。黙っていれば」などと誰にも聞こえないようにぼそりと言った……つもりだったが、隣にいたキレスタールに聞かれていたらしく、脇腹を遠慮がちに指で突っつかれた。


「ごめん」

「いえ」


 場所が場所なので小言は無かったが、集中してくださいというクレームなのは明白である。


「こちらの博士……リヤーフという隊員が独自の調査で見つけた発見があります」


 そんなやり取りをよそに、そう言ってごとりと鉢植えを机の上に置くカーイン。その鉢植えに青年は見覚えがあった。今日、自分の研究室にいつの間にかいた博士が持っていた鉢植えだ。埋まっているものまでは確認できなかったので、それを今初めて目にした訳だが……。


「えっと……ポルスですかな?」


 タージュ王が心底不思議そうにそう訊ねる。そうだ。その鉢植えにはこの島に初めて来た時襲ってきた職種の怪物、あのポルスの先端部分が埋まっていたのだ。しかもなぜか歯形付きで、ついでに棒が刺さっている。


「え……なんで歯形? ついでに棒付き?」

「元々ついてた……これ、城のすぐ外に落ちてた……」


 たまらず謎の歯形が気になりそう口走ったアラムの問いに、博士ことリヤーフ本人がそう答える。

 そう言われ、何かを思い出すアラム。そういえばこの城にやって来た時、ガウハルが得体のしれない何か棒で刺して齧っていたような……。


「ほほぉ、それは我の食いかけではないか! 舌が痺れて投げ捨てた物だが……ふはは、いや、そんな物を拾っていたとはな!」


 なぜか嬉しそうに話す本人から、そんな確認が取れた。十中八九あの時ガウハルが好奇心から食べようとした物体Xらしい。というか火すら通さず生で齧っていたのか、この魔王は。


「ポルス食うとか人じゃねぇ、毒だぞあれ……」


 誰か、島の者がぼそりとそう呟く。要旨は人のそれだがこの島の者にとってポルスを食べようとするなど人のすることではないらしい。まぁ、カーインの表情を見るに、この島の者でなくても同意見らしいが。


「ごほん、取りあえずポルスについて新発見があります。日中しか活動できないと話を聞いておりましたが、特殊な光を当てることにより活動することが判明しました」

「それがなんだ――」


 “と言うのだ”と言葉を家臣の一人が言いかけて、その言葉を出し切る前に口を開けたままその可能性に思い当たる。そう、最初の襲撃、その際に敵はポルスにより撃退されている。

 それほどこの奇怪な怪物の力は強力なのだ。ならばそれを夜間でも暴れさせることができるのならば――。


「ほほう、これは大手柄よ。リヤーフとやらがカーインめのチームで一番仕事をしたか」


 うんうんと頷きながら、魔王ガウハルはそう述べる。その一方で研究狂いの彼女は、やはりというか流石というか、目の前のポルスを突っついたりと自分が褒められたことにすら興味ないのであった。





「なんだか、蝋燭の火みたいだ。静かだけど、触ったら火傷しそうだね。この空気」


 青年は、この戦いの前の空気を、そう例えた。

 最終会議が終わり、アラムチームとカーインチームは全員城の屋根の上に登り、遠い空を見上げていた。青年は敵から鹵獲したあのパワードスーツを着用しており、いつ敵が襲来してもおかしくない緊張感からか皆、口数が少ない。

 ちなみに屋根の上に登りたいと言ったのはカーインで、ショーラとマァは馬鹿っぽいと嫌がったがガウハルが目視で危機を察したり上空からの攻撃を防ぐには有効と言い出したので、なんだかんだんで全員が屋根の上で見張りをしているのであった。

 ふと、下を見れば転々とした松明が見える。全員がこの城に努めている兵士たちだ。主戦力は間違いなくアラムたちだが、彼らもこの城を守る為に総出で警戒の任に当たっていた。


「蝋燭の火、ですか?」

「うん。静かだけど触ったら火傷しそうだなって、だから蝋燭の火」


 ただただ静寂に、小さな灯りを時折揺らす一点の火。言われ、少女もなんとなく青年の感性に頷いた。少し独特な感想ではあったが、言わんとしようとしていることは理解できたらしい。


「じゃあ、こなたはそうだなぁー。雨が降る前の雲、かなぁ」


 何がじゃあ、なのか双眼鏡で遠くを覗きながらカーインはそう例えを口にする。対抗意識でも燃やしたのだろうか?


「まぁ、ただの雨じゃなくて激しい雷雨になりそうだけど」


 白い娘は先ほどの言葉にそう付け加えながら、双眼鏡を目から離し隣にいるサイカを見てから、魔王ガウハルにそう話しかけた。


「最終確認。魔王さんの準備はいいかな?」

「無論万全よ。ディザスター相手でも遅れはとらぬぞ?」

「いやぁ、自信満々だね魔王さんは」

「そう振舞う癖がついているのだ。玉座を降りた身だが王たる者、敵にも味方にも臆する姿を見せる訳にはいかぬという矜持があるゆえな」

「部下を不安にさせない為の王としての振る舞い、いやはや頼もしいですねぇ~。さっすが魔王さんだ」

「その賛美は素直に受け取っておくとして……こちらからも問うが良いか?」

「うん? いいけど」

「カーインよ。対策有りと思っておりついぞ聞きそびれていたのだが……我はこの城の守りにはつけぬ。守りに特化した修道女がいるとはいえ、敵の戦力は強大、貴様ら――」

「大丈夫、やれるよ。魔王さん、なんでバイトがこの島の方に増援をよこさないか……は、流石に検討ついてるはずですよね? 今更、そんなことを聞くんだから」

「薄々、な。まぁ、そういうことであればこれ以上言うまいが……しかし、なぜ栗毛に黙っておった?」

「うーん……実は本人が嫌がっていて、こなたの口からは言わないと決めてるんです」


 アラムには理解できぬように、そう一言で説明するカーイン。しかしそれだけで魔王ガウハルは得心いった表情で頷く、


「……ああ、その言葉で大方の絡繰りは理解できた。しかしだ……やはり情報共有を疎かにするのは――」

「いやぁー魔王さん。乙女の気持ちは最優先! という気持ちもあるんですが、一番はアラム君は怖がりだから彼女との関係を築くのに支障がでるかなっと……」

「ふむ……それは杞憂だと思うぞ? 我にすら相手に随分と気さくな態度ができる男だ。確かに基本的に臆病だが根は図太いところがある。でなければ、土壇場で型破りな行動は起こせぬ」


 と、魔王と白い娘がそんな会話をしていると、にじり寄るというか忍び寄る影が一つ、ご本人登場である。そしてなんとも不安そうな顔をして、開口一番こう質問を投げるのである。


「……うーんと、つまり僕の悪口なの?」


 眉毛を下げて、泣く寸前みたいな情けない顔でそう質問する青年。そんな姿がツボに入ったのか、カーインは顔を逸らしてわなわなと悶え始めた。相当に面白かったようだ。


「いや栗毛、なぜそうなる」

「なんかよくわかんない話で自分の名前出ると悪口かなって思いません?」

「ならぬならぬ。ちと、被害妄想が酷いぞ栗毛ぇ」

「まぁそれはともかく、戦力が足りてるってのはどういうことですか?」


 さて、この男の生態はともかくとして、会話の内容はきちんと理解していたらしい。とはいえガウハル同様、カーインチームの切り札の正体までは察せなかったようだが。


「アラム様、今更なのですが……なぜ敵はこの島を襲ったのでしょう?」


 と、三人のやり取りを聞いていたキレスタールが、そう青年に聞いてきた。

 敵の目的、言われれみれば確かにそれを聞いてなかった。なぜこの小さな島を襲っているのか。第三の国との戦争において重要な戦略的にこの島が有効な位置にあるのだろうか?

 確かに知っておきたい情報だが、仮設ラボに籠っていた青年にはその質問に答えられない。

 するとそれに関してガウハルから情報が出た。


「うむ、敵の兵士に尋問したが上に命令されただけで知らない、と言っていたが」

「え、ガウハルさん拷問したの?」

箱舟(バイト)のルールでそれは禁止されているだろう。拷問ではなく暗示の術を使ったまでよ。こんなこともあろうと覚えておいたのが役に立っ……てはおらぬな。そこでこれは仮説なのだが……撹拌現象が原因だと推察する」


 撹拌現象、世界を渡り歩くディザスターにより、体表に付着でもしていた他の世界から兵器やらなにやらがこの世界に残され、この世界の文明レベルの均衡を著しく崩す現象。アラムたちがこの世界に来たのもそれが原因だ。


「撹拌現象で文明レベルを押し上げたのは敵国でしょう? この島じゃないはずでは?」

「いや、この島にも一つ、おかしな物があるらしい。タージュ王から聞いたのだが、黄金の太陽と呼ばれる聖剣があるらしい」

「聖剣、ですか?」

「まぁ、聖剣と言うよりも我は魔剣と言いたいが、何しろ寿命を削り力を授かるという代物らしい、だがその分、威力は絶大という話だ。でだ、おかしいとは思わぬか? 魔術が発達しておらんこの島でそんな物が存在しているなどと、なぜ他に魔術が無いのか、とな」

「それは……その聖剣も撹拌現象によりこの島にもたらされた物だから?」

「仮説だがな。まぁ強力とは言え剣の一振り程度、国家レベルでみれば大した脅威ではあるまいが、敵国は警戒しているのではないだろうか? 撹拌現象により自分たちと同じように未知の兵器を有している存在をな」

「たった一本の剣でここまでしますか?」

「それを、敵国も把握しておらぬのだろう。どういう脅威があるのか、制圧してから調べる気なのだろうな。この世界にある他の国も疑わしいから滅ぼされた、という理由で戦争を仕掛けられたのやもしれん」


 とはいえ仮説、敵国はどうやって撹拌現象がどういうものか把握できたのか? 嘘でも有効な関係を築いてから調べた方が犠牲が出ないのではないかという疑問が出てくる。だが、それは今考えても仕方がなかった。


「……それはまぁ、今後の船の調査に期待して……話は戻りますが、催眠術ですか……そんなエロ魔術ってさらっと覚えられるんですね」

「待て栗毛、エロ魔術とはなんだ!」

「そりゃエロでしょうに、催眠術は創作の中ではエロ方面で大活躍ですから」


 エロ魔術、という評価に不満なのか実に嫌そうな顔をするガウハル。と、その言葉に少女と娘も反応を示した。


「むーふふふ、魔王さんも男の人なんですねぇ!」

「軽蔑します」


 その言葉に頭を抱えるガウハル。カーインは間違いなくからかっているが、声に抑揚の無いキレスタールは悪ノリしているのか本気なのか判断がつかない。

 なので魔王が違うからなと念を押していると、下の方がなにやら騒がしくなった。複数人が集まって何か叫んでいる。遂には怒号が聞こえてきた。


「ガウハルさん、すみません、僕を下に降ろしてくれます?」

「うむ、小さなトラブルであれば良いのだが」


 今から決戦だというの、何か事件が起きたのだろうか? 松明を片手に何か言い争いをしている。

 見れば、赤と銀の軽装の戦士と見覚えのある男が二人、そこにいた。


「……避難してきた族長の子供だ」


 何か、嫌な予感が、何か、嫌な考えが、青年の頭をよぎった。

 情報は少ない。ただ目の前で戦士が、昼間シャムス王子に暴言を吐いていた二名。それだけだ。しかし青年は唇を噛みながら、目を丸くし、冷や汗を流す。いつもだ。いつもいつも、嫌な予感だけはよく当たるものだ。


「何か……あったのですか?」


 極めて冷静に、落ち着いて……内心は焦りまくりながらアラムは屋根からゆっくりとガウハルの能力で降りてくる途中、騒動をおこしている場所にそう語りかける。


「離せよ殺すぞ!」


 族長の息子である二名を取り押さえている戦士たちは顔を見合わせる。話していいことか迷っているらしい。

 その間も族長の息子がなにやら罵詈雑言を喚き散らしていたが、その言葉だけでは何が起きたまでは推測できなかった。


「して、そこの者たちが何かをしたらしいが……しかし今は有事、盗み程度なればそこまで騒ぎはすまい?」


 双角の魔王の二つの眼光が、いつの間にか押さえつけられながらも暴れていた族長の息子を捕らえていた。

 鳥肌が立つとか、そういうレベルではなかった。まるで目の前に猛獣がいきなり現れたかのような圧迫感が襲ってくる。呼吸をしたら殺されるような緊張感の中、族長の息子は辛うじて口の中にあった唾を飲み込んでいた。


「――吐け」


 魔の王のたった一言の詰問、軽口も侮りも保身も黙秘も嘲りも許されない。それに――。


「ち、父がシャムス王子を、連れ去りました……村に、その、外人の者がいて……」

「まぁ、そういうことであろうな……して栗毛、何を息を止めておる?」


 と、おおむね想像する中で最悪に近い状況になったとガウハルが憂いていると、アラムが顔を真っ青にして固まっているのが目に入りアラムの肩を揺すった。


「いや、不注意だった。先ほど話した催眠魔術の一種でな……ああ、すまない。そこの戦士も息をしても良いぞ?」


 パンパン、とガウハルが手早く二回手を叩くと、族長の息子を押さえていた戦士たちも大きく息を吸いこんでから、苦しそうに咳をしだした。どうやら呼吸を忘れていたのは彼らもらしい。


「本で読み初めて使ったが、術の範囲がやや広いな。無関係の者まで術中に堕とすとは」


 どうやらさきほどの威圧感は純粋な魔王の圧、ではなくそういう魔術を使っていたらしい。術中から解放された戦士たちは文句を言いたそうにしていたが、今はそれどころではない。


「王子の誘拐!? この局面で」


 事態の重大さを青年の表情だけで物語っていた。圧倒的な戦力を有している敵国家、それがここにきてのスパイを用意しての人質の確保。

 先日、アラムたちに超巨大戦艦の渾身の一撃を防がれた異常事態を鑑みての作戦なのだろう。今日ここに避難してきた村の人間による裏切り行為、おおよそ二度目の襲撃の際潜伏していた兵士なのだろう。


「……コード、ナイフ」


 情報が、足りない。

 そう判断したアラムは、すかさずナイフをその手に召喚する。原始的で目に見える恐怖に、びくりと族長の息子は体を震わした。すでにガウハルに心を折られてか、ただただ恐怖の目でその鈍い銀の光を宿す刃を眺めている。


「教えてください。いつ連れ去ったんですか? 誘拐して何をする気なんですか?」

「い、言わねぇからな! 喋ったら俺が殺されるだろ!」


 青年の口から焦りを無理やり押し込めた言葉が吐かれる。敬語だが、明らかに正常ではないことはその見開いた瞳孔で一目で理解できる。


「アラムさん。それは駄目です!」


 瞬間、バイトに通じる通信機から強制通話によるショクルの怒号が轟いた。だがそんな静止などどれほどの意味があろうか、もはやアラムは声だけでは止まらない。

 ナイフが族長の息子にゆっくりと近づいていく。横にいるガウハルは止めず、ただただ眺めていた。インタービーナーズは拷問は禁止だという話だったが、魔王個人はそれも“有り”という考えなのだろう。そして、アラムは少し乱れた呼吸を整える。それは意を決したという表明だ。


「……ああ、うん、ちょっと指でも落とせば――」

「アラム君、止めて。君はそういうことをしたら駄目な人間なんだよ?」


 それを、白く細い指が青年の腕を掴んで止めていた。アラムが悲壮と困惑をまぜこぜにした表情で振り返ると、そこには少し怒っている表情のカーインがそこには居り、その後ろでキレスタールがどう青年に声を掛けようかと、口を開きかけて止まっているところだった。

 きっと、先に降りたアラムたちの様子がおかしかったので、マァ辺りに魔術で降ろしてもらったのだろう。


「……ごめん」


 カーインの強めの静止より、困っている少女の姿を見てアラムは止まった。年下になんて顔をさせているんだと悔やみ、唇を噛みながら、手に持った通信機をじっと見つめてから打開する為の行動に出る。


「ショクルさん。すぐに応援を呼ぶことは可能ですか?」

「……掛け合いますが期待は持てません。今その島は危険地帯です。確実にシャムス王子を救出する戦闘能力を持つ人員、その世界の細菌予防を行う時間も無い為、少数精鋭になります……そんな人材を確保など……」


 概ね、予想通りの返答であった。バイトからの増援は望み薄、だったらこれしかない。


「ショクルさん、僕が行きます。無茶はしません。王子様だけかっさらってきますので――」

「許可できない」


 と、アラムの言葉を待たず、通信機から強めにそんな声が漏れた。それはショクルの声ではない。


「……ファナール船長、いたんですね」

「私がどういう経緯でオペレーター室にいるかなど今はどうでもいい。戦時だ、時間が惜しいだろ? それよりも先ほどの話だが許可はできん」


 ファナール船長はそういうがきっと、何か別の仕事でもしていたのだろうとアラムは簡単に予測した。が、本当にそんなことはどうでもよかった。今はシャムス王子をどう助けるかだ。


「なぜですか」

「第一に貴様は弱い。そもそもアラム、お前の役割はその技術力を活かした後方支援。単独での戦闘など求められていない。それは貴様の仕事ではない」

「ですが他の人員を救出に回すなんて無理です。ここの守りは現状かつかつなんですよ! 見捨てろって――」

「正式に船長として命令を下す。アラム船員はその場で待機、他の者は予定通りに行動するように」


 その言葉に、アラムは苦虫を噛み潰したような表情で、通信機がパキリと音を立てるぐらい強く握る。それだけは、聞きたくなかったと言わんばかりに。


「……見捨てろと? 子供を見捨てろと言いましたか?」

「言ったはずだ。正式にバイトの現船長、ファナールとして――」

「あなたが、それを言わないでくださいよ! 船長!」

「現場では助けられない命もある! 呑み――」

「僕を! あの時子供だった僕を助けてくれたあなたが、子供を見捨てろなんて言わないでくださいよ! 僕が間違ってるなんて理解してるんですよ! それでも引けないから今、船長じゃなくて親に向かって叫んでるんだ! 船長権限なんて使って黙らせようとしないでください!」

「アラム、今私はお前の母親ではなく船長だ」

「お願いします……お願いします! 僕を、信じてください! 難しい本を読んで、独学で色々学んで、言語翻訳の人工知能を造って、それでもあなたに誇れる人間になれなくて、やり直そうとして、そしたら色々あって、最後はディザスターを破った。あなたにだけは信じてもらえるだけの積み重ねはしてきたはずでしょう!?」

「……アラム」


 そんな、アラムの感情の発露に淡々と話していたファナール船長は言葉を詰まらせた。

 現実的で、無理もなく、正しい考えだ。実にファナール船長の言葉は正しい。正しい……だが、正論だけで人の気持ちを諭せるほど、心とは単純なものではない。

 だから、言葉を詰まらせた。正論だけでは駄目だと思ったのだろう。船長として優秀な彼女でも、親としてアラムに何か言おうとした瞬間、何をどう言えばいいのかわからなくなってしまったのだ。


「……はぁ、難儀な親子よな」


 鬼気迫るアラムの声に周囲は押し黙ったが、ただ一人、ガウハルの身はそんな言葉を漏らした。

 そんな不器用な関係に、思わず魔王は呆れが交じった笑いとため息を吐きながら、仲裁に入ろうとしていた。必死に親に信じてもらおうとするアラムと子供を信じたくとも職務との間で悩むファナール船長、助け船を出してやらねばと、思ったのだろう。双角の魔王はいつものように、自信に満ちた言葉と共にこう言い放った。


「船長殿、一つ提案があるのだが?」

「ガウハルさん……」

「時間が無いので概要だけ言えば、援軍を送り込む」


 援軍、しかしそれは――。


「ガウハル殿、しかし船から援軍は送れません。その事態に対応できる戦力は貴重で、今は誰一人送り込むことはできません。数でカバーしようにもそちらの細菌の抗体をつくる予防接種は時間が掛かりすぎます。緊急策として今ラウフ殿のミッションを中止してそちらに送る算段をしておりますが、目途がたたず――」

「いや、船の戦力ではない。だが実力は折り紙付きだ。長年、我と戦った同胞よ」


 その言葉で、アラムとファナール船長は瞬時にガウハルの策を理解した。すぐさま通信機の奥で慌ただしく支持と準備を行う音が聞こえてきた。悩むまでもなく実行に移すほど、ガウハルの案は有用な証拠だ。


「いいんですかガウハルさん?」

「良い、実はこの事態に対処するための切り札として前々から考えてはいたのだが、巻き込んでよいか少し迷っていた。しかし、奴らも平和な世界で暇を持て余しているところであろう……して、ファナール船長、素早く指示を飛ばし我の策を準備しているところ悪いが、話があるゆえこちらに耳を傾けてもらえぬか?」


 と、アラムと話し終えると通信機にガウハルはそう語りかける。まだ考えがあるらしい。


「ああ、慌ただしくて失礼を……それで話とは」

「栗毛の話だ。一人で王子の救出、というのは流石に無理があると我も思う。我が貴殿の立場ならば同じように反対しよう。しかし、だ。この栗毛は相手の兵器を分析し対策も立てている。時間稼ぎなれば、できると思うが?」

「……彼は非戦闘員です」

「シャムス王子を助ければ今後の交渉において恩を売ったということで優位になれよう。リスクに対しての利点も多い。すぐに我が同胞を援軍に向かわせる間の僅かの時間だけ耐えれば良い」


 その提案に、ファナール船長は難色を示した。が、立場として優先すべき事柄が入れ替わった。船長としての立場ならば無謀な救出は止めるべきだが、時間稼ぎぐらいならば現実的な話に変わってくる。


「それとも、知らぬ者の人命などの為に息子を、火中には放り込めぬと申されるか? 先ほど、今は母ではなく船長と言ったのは嘘だと?」

「……本当に、貴方という方は為政者だ。痛い所を突く」

「船長殿、今は自分の息子を親として信じてやるがよい。その選択の正しさは、この魔王ガウハルが保証しよう」

「はぁー……アラム船員、命令だ。王子を救出し――必ず生きて帰還するように」


 親としての言葉ではなく、最後まで船長としてそう命令するのは照れ隠しか……はたまた単に仕事中だからか、癖が出たのか。だが、確かにそこに親愛はあったのだ。

 それに戸惑いながらも、青年は目を細め、ただ一言「ありがとうございます」と、礼を言い走り出した。


「ガウハル殿、船長として私情を優先してしまい――」

「いや、それは後に、敵襲らしい」


 青年が走り去った後を見届けた後、ガウハルとキレスタール、それに続いてカーインたちも空を見上げる。

 星空を消し、無数のサーチライトが空を塗りつぶす。最初は地平線から現れた点であった。それがとんでもない速さで島へと近づいてくる。

 大きな、大きな、空飛ぶクジラと見間違う戦艦が、轟音と共に戦火をまき散らす為に、迫ってきていた。



次回更新は明日の朝六時です。

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