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第三章「黄金の太陽はまた昇る」 十五話



 とかく、冤罪とは恐ろしいものだと青年は痛感した。なにせ自分を裁くのは正義感によって突き動かされた人間なのだ。とにかく遠慮というものが無かった。


「まぁ善意で動いてたんだし、責められないけどねぇ……でも僕、そんなに見た目が不審者っぽいの?」


 あの誤認捕獲事件から三十分後、青年は水浴びと着替えを経てようやく一息ついていた。

 伸し掛かってきた戦士たちにペコペコと謝られながら、青年はこの仮設ラボへと戻りいい加減に仕事を再開しようと工具を準備しているところである。


「まぁ、それはともかく……」


 のだが……ちらりと、仮設ラボの隅っこを見る。部屋に戻ってきて暫くして気が付いたのだが、部屋の隅に何かいる。数分前に気が付いたその存在をどうしようかと頭を悩ますアラム。

 緑の髪とこの白衣、そして子供の様な見た目からして間違いなくカーインチームの一人、博士と呼ばれていたリヤーフなのだが、なんでここで自分の道具を勝手に使い実験をしているのか理解できない。

 それに一応、自分のプライベート空間に無許可で誰かが居座っているのは、青年にとって多大なストレスだった。寂しがりやな癖に他人と一緒だと疲れるという矛盾した生態を持つ彼にとって今の状況は大変よろしくない。


「あのぉ~」


 しかしヘタレ、自分は悪くないのに弱弱しくそんな声掛けしかできないアラム。そもそもこの子供、いや、年齢は二十四歳の女性とアラムにあまり接点は無い。人見知りな彼が気安く話しかけられる訳がなかった。

 なので途方に暮れる。通信機でカーイン辺りに助けを求めようとかと悩んでいると、外から誰か自分を呼ぶ声がした。


「すみません、今お時間よろしいでしょうか?」

「はい。どうぞ!」

「お邪魔します」


 テントの入口から遠慮がちに入ってきたのはこの島では珍しい色白の肌を持つシャムス王子であった。なぜ来たのか、は聞くまでもないだろう。先ほどの件だ。


「先ほどは我が国の戦士が無礼を働き申し訳ありませんでした」

「いやぁ、あれは君たちを不審者から助けようとしてくれただけなので、気にしてないですよ! それに本人たちからも何度も謝られましたし、いやマジで……あれで戦士さんに罰則とか僕の気が重くなるんでやめてくださいね?」


 目を合わせた瞬間、意を決した表情で頭を下げたシャムス王子にそう返すアラム。悪意が無い間違いは大目に見る。これがこの青年の基本方針なのであった。


「ああ、それよりもこちらこそあなた謝らないと、すぐに渡さないといけない物があったのですが、失念してまして……」


 そう言いつつポケットから先ほどのペンダントを取り出すアラム。それを見た瞬間、シャムス王子が目を見開いて言葉を失っていた。


「これは、この島の海辺付近の戦場跡で死体から預かったものです……あなたのお父さんの物ですよね?」

「……はい。これは、父の物で間違い、ありません」


 大切そうに、そのペンダントを手に取り両手に握りしめるシャムス王子。この王子が父をどれほど大切に思っていたのか、それだけで理解できた。


「それと、先ほどのあれはなんだったのでしょうか? あの若い男二人組は? 随分と失礼なことを口にしていたようですが」

「……昔、この島内で争いがありまして、あの両名はこの国と戦っていた村を収める族長の息子なのです」

「あー……そういう」


 その説明で、青年は察する。親から先祖代々この国憎しの感情を教えられて育ってきた人間、ということだ。

 今は食料が無く“仕方なく”中央の助けになっているが、そんなことで長年の恨みは消えず一人でいた王子に絡んでいた、というところだろう。


「いやぁ……人間ってどうしてこう」


 今はそんな争いをしている場合ではないと言いたげに、アラムが苛立ち交じりに項垂れる。


「あの村だけではありません。まだ王命に背き自分たちの村に残っている場所が三か所もあります。今、その村を地元をしている城仕えの戦士を向かわせ説得していますが、従うとは思えません」

「今の戦力でこの城以外の三か所は守れない……」


 見捨てなければならないという考えがアラムの頭によぎる。だが、そこにはもちろん子供もいて、村の方針に心から賛同していない者もいるだろう。


「私は、その村も救いたいと考えております」

「シャムス王子は、自分たちに反発する人間も助けたいと?」

「当たり前です。私は将来この島を納める身、彼らは庇護する対象であり敵ではありません。父もそうして命を賭して戦い散りました。父の意思を無駄にはできない」

「うん……立派だ。僕もできる限り協力します。まぁ、できることは少ないでしょうけど」

「ありがとうございます」

「しかし、あまり無理をなさっては亡きお父上も心配なさるでしょう。荒事はこちらにまかしてください」

「いえ、確かに私は本の虫ではありましたが訓練は受けております。父から受け継いだこの宝剣があれば――」


 と、なにやら緑色の髪がアラムの視界下に現れて、すっと目の前に手を出される。気が付けば、部屋の隅にいたリヤーフが話の流れをぶった切ってシャムス王子とアラムの間に入っていた。


「えっと、博士さん? 何です?」

「ライト……」

「明り? 懐中電灯ならあるけど」


 そう言ってアラムは偵察機のライトを付けてリヤーフに渡すと、満足したのか部屋の隅っこへ戻り実験を再開していた。よく見れば何かの鉢植えを持っていた。


「植物?」


 なんの実験をしているのか気にはなったが、今は他にやるべきことがある。と、そろそろアラムもシャムス王子にお引き取り頂いて、自分の用事を始めようとした瞬間、再び誰かが訪ねてきた。ひょこりと黄色いが扉から覗く、サイカだ。


「アラムさん。少しいいですか?」

「え? 僕?」


 いきなりのお呼ばれに戸惑いながらも、そんな返答をする。どうやらまた彼の仕事は先延ばしになるらしい。





 鮮明に映った映像に、歓声が上がった。青年は引っこ抜かれた端子をしかるべき場所に差し込んだだけなのだが、ついついそんな反応が面白くて顔をほころばせた。

 場所は避難してきた島民が避難する城内の広場、ここで誰かがアラムが徹夜で用意した配線を足に引っ掛けたらしく住民が機械が壊れたとてんやわんやの大騒ぎだったらしい。カーインが落ち着くようになだめ、サイカにアラムを呼んでくるよう頼んだらしい。


「直ったよぉ!」


 と、小麦色に焼けた子供が嬉しそうに大声で叫ぶ。大人たちも自らの安全を守る目が直ったことに安堵し思わずほっと胸を撫でおろしていた。朝ガウハルが話していたように自らの目で安心が確認できる物は、その性能以上に島民たちの支えになっていたようだ。


「いやぁー、アラム君は本当に機械弄りが得意だねぇ」

「いやいやカーインさん、ここの人たちはともかくあなたバイトの出身なんだから端子が抜けてるぐらいすぐに直せるでしょうに、本当にケーブルをここに差すだけよ?」


 一仕事、というほどでもない作業を終えたアラムにカーインがそう語りかけるとカーインはバツが悪そうに視線を逸らした。どうやら機械が壊れてしまったと慌てたのは島の住人だけではなかったらしい。


「それで、君のお兄さんと相談したいんだけど」

「うん。こなたの方で相談時間を設ける約束はしていたからそろそろ連絡が来るはずなんだけど……あ、丁度連絡が来たかな」


 いきなり鳴り始めた通信機片手に、カーインが真剣な面持ちで出る。兄とはいえ今まで微妙な関係だったのだ。緊張しているのだろう。


「やぁカーイン、この兄に何か用かな?」

「お兄様、こなたが何を望んでいるかなどすでにオペレーター室の閲覧禁止のデータを覗いてご存じなのでしょう? 昔からいつも――」

「あー……その話は止してくれ、今オペレーター室に居てね。隣にファナール船長殿もいるんだ……今は別件で忙しそうにしていらっしゃるが、こちらを睨んでいる。あまり私の悪戯を知られたくないな」

「ええ、そうだろうなって思っていました。わざとですわ、お兄様」

「ははは、これはこれは、本当に可愛い妹だ。昔から君は私と同じで悪戯好きだったね」


 カーインがうすら寒い笑顔を浮かべながら、薄気味悪いお嬢様言葉を発する。その姿に背筋が凍ったのか、アラムがブルブルと震え始めた。この妹、兄相手となるとお嬢様言葉で腹黒くなるらしい。


「まぁ、君の頼みは聞き入れるよ。可愛い妹のピンチだ」

「あの、アラムです。そのことで一つ、僕から提案があります。ラウフさんの立場で身内を贔屓すればいらぬ角が立つのでは?」

「まぁ、そうだが。何か君から策でも?」

「そこで形だけの報酬でガウハルさんの一回無料貸し出し券を今回の件の貸し……にしようかと」

「ああなるほど、それならば対価として十分、うるさい連中もケチを付けにくい。大いに助かるよ……で、そのままこちらの正式なメンバーとして向かい入れても?」

「いや、それは不可能かと」


 即答だった。今ガウハルは自らの意思でアラムに従っているが、彼の機嫌を損ねるような命令を出せば即刻敵対するかもしれないリスクがある。アラム自身、ガウハルには信用を寄せてはいるがそんな愚行は犯せない。


「いや、冗談だよ」

「冗談には聞こえませんでしたよ、お兄様?」

「いやいや冗談だとも、行動に移さなければ我々の世界(船の政界)では冗談にできるものさカーイン。まぁ、無茶を言ったのは自覚しているとも。で、そちらの助力の具体的な内容だが、私自らそちらの敵国を落とすことにした」


 その言葉に、一瞬空気が凍った。バイトの重役であるラウフが直々に出撃する事態は、二人とも予測していなかったからだ。


「ちょっと待ってください! ラウフさん直々にですか?」

「ああ、ちょうど私は休暇中でね。暇があるので自ら出向くことにしたよ。使いを出して指示通りにやらせても国の復旧となると大仕事だ。私自らその場にいた方が色々と“早い”」

「いや、しかし危険なのでは?」

「ああ、それはこちらの調査で敵国の国力はほぼ壊滅状態、と結果が出た。私とマレカの二名で容易く落とせる。君たちを襲ったらしい戦艦以上の物がでてこなければ、だがね……それと今しがたバイトの調査で出た結果だが、あの戦艦は君たちの国に向かっている。深夜にはその島にたどり着く計算だ」


 その情報に、アラムは息を呑んだ。やはり今、あの戦艦がこの島へと向かっている。ならば戦闘は避けきれないだろう。


「ワープをする前兆とかはないのですか? 現状あの転移機能が一番厄介なんです」

「無い。使えるならばもう使用しその国を強襲しているだろう。ゆえにあれは相当なエネルギーを消費すると予測される。あの船は補給しに一度国に戻っているが万全の状態でも使えるのは一度切りと予測する、ゆえにあれは逃亡の切り札にしか使わないだろう」

「そんな保証は――」

「あるとも、確かに一度バイトは調査不足でそちらに迷惑を被った。だが二度目は無い、徹底的に調べ尽くした。なにせこの私が直々にそちらに出向くとなるとそんな怠慢は許されない、と言えば理解していただけるかな? まぁ、まずこの私がその怠惰を許さないがね」


 ラウフの残忍性が覗き見えた声質に、ごくりと青年の喉が鳴った。

 陽光の王は言い切った。なるほど、家出娘のカーインの仕事ならばミスを起こしてもさして問題にならないが、確かにバイトの重鎮であるラウフが出向くとなると安全の調査にミスは許されない、といことだろう。なにせ責任重大とかそういう話ではない。どのように調べているかは知らないが、それはもう熱が入るだろう。


「まぁ……人命が掛かっているんですから、人を選ばずに普段から手抜きしないでほしいですけどね」

「確かに、一般的道徳で考えるならば命の重さに順位はつけてはならない。もっともな意見だが……介入者の仕事は実に数が多い。全て捌けずこういうミスは起きる。一つアドバイスだが、この仕事をするならばあまり船を過信しないことだ。どれほどの技術を持とうとそれを操るのは人、ということだよ」


 身も蓋もないとアラムは頭を抱えながら、文句ありげにその話を聞いていた。自分の命が危険にさらされるならばなんとかその意見を飲み込んでみせただろうが、今回はそれが原因で村一つが焼き払われている。死人も多数出たのだ。とても納得などできないだろう。


「いや失礼、人命が掛かっている以上常に最高の仕事を求めるのは当たり前だが……ただ現場に出る以上、そういった割り切りはいると言いたいのさ。私も昔、似たようなことで何度か煮え湯を飲まされたのでね。先導者として可愛い後輩と妹には教えておきたくてね」


 画面越しにアラムの不満顔が見えたのか、優しくそう諭すラウフ。アラムの考えも間違っていないが、彼の言うことも一理あるのだろう。


「ではアラム君。カーインのことをよろしく頼む。頼りないとは思うが――」

「いえ、むしろカーインさんにはお世話になりっぱなしです」

「ああ……うん。そうか」


 最後、嬉しそうな声と共に通信が切られる。

 と、会話を終えた途端、遠くで一人の子供が転んで大きな声で泣き始めた。


「あーあ、転んじゃった」


 さきほどの表情が嘘のように白い娘は穏やかな表情に切り替わった。一気に緊張の糸が切れたのだろう。一応味方なのだが、あの兄相手に通信機越しでも隙を晒せなかったらしい。

 カーインはそのまま仕方ないなぁと苦笑いをしながら転んだ子供の元に駆けよろうとすると、黄色い頭がぴょこぴょこと転んだ子供に近づいてきた。


「ああ、サイカちゃんだ。あの子さっきまで別の仕事してなかった?」


 アラムを呼び出したあとすぐさま別の雑用をしていたサイカは別行動をしていたはずだが、子供の泣き声を聞いて飛んできたらしい。


「あの子は働き者だねぇ~」

「ちょっと働きすぎかな。今は食料の管理、昨日は医療品の整理と患者の包帯替え、薬草を積んできたり博士のお世話、こなたの食事とチームのサボり魔二名の説教、劇をしたりして子供の精神的ケアとかおじいちゃんおばあちゃんのマッサージとか、えー他には」

「いやいや、一日でできる仕事量じゃないでしょうに。あの子そんなに働いてるの?」

「あの子、普段からハードワーカーなんだよねぇ……」

「取りあえずチームのサボり魔二名の説教はカーインさんが受け持つべきでは? あと自分のご飯も」

「こなただって忙しいの! それにアラム君のチームみたいに部下が率先して仕事してくれるのなんて珍しいのよ? 君はどれだけ部下に恵まれたことか今一度考えなさい!」

「いや、そんな説教されてもねぇ……もうガウハルさんが僕より優秀だなんて毎日感じ取って自分の存在価値を疑うなんて日常になってますよ?」


 と、二人がそんな会話をしていると、子供の元に見慣れた少女が走っていくのをアラムは見た。なるほど、あの透明の髪を持つ少女ならば、子供の怪我などすぐに治せるだろう。


「あ、キレスちゃん。まだちょっと元気無いけどほとんど立ち直ったんだ」

「……うん、良かった。じゃあ僕はこの辺で――」

「アラムくーん? 遠巻きに見てないで話しかけてきなさい。一応あなたの直属の部下なんだから」

「いや、なんか話しかけ辛くて……あの子がショックで泣いてる時、本当に僕はなんにもできなかったからさ」

「なら今から何かをしてきなさい! こういうのはほっとくともっともっと話しかけ辛くなるのですよ、これすなわち、こなたの経験則! はい、先輩命令だからね。駆けあーし!」


 と、両手で脇を抱えて少し強引にアラムを起立させ、少女の元へ走らせるカーイン。そのまま行った行ったと急かすように青年を少女の元まで送り届ける。

 いきなりのことで、もちろん気の利いた台詞など青年の口から出てくることもなく暫く見つめ合う両名。それが……なんだかくすぐったかったのかはわからないが、少女はクスリと笑い、何も言い出せないアラムの代わりに少女からその口を開いた。


「アラム様、ご心配をおかけしました。私めはもう大丈夫ですのでお仕事にお戻りくださいませ」

「うん……良かった」


 思っていたより元気そうな姿を見て、アラムも安堵の笑みを作る。

 と、青年の耳に人の声がやたらと入ってくる。気が付けば、やいのやいのと島の住人がいつの間にか集まってきてアラムたちを囲む輪の様になっていた。島の住人の目的はキレスタールとサイカらしい。


「サイカちゃんサイカちゃん、昨日マッサージしてくれてありがとうねぇ。電気っていうの? あれ気持ちよかったよぉ。あ、これ昨日作ったお礼のお守り。この島に古くか伝わる物なの」

「おう、キレスのお嬢ちゃん。悪いんだけどまた例の結界とやらで足場作ってくれねぇか。避難民が増えたせいで屋根のある建物作らねぇといけなくなっちまってなぁ。雨が降ってきたら場所の取り合いになるからよ?」


 老若男女あつまってお礼やら仕事の依頼を頼んでくる。先ほどサイカはハードワーカーだと言っていたが、いつの間にかキレスタールも色々な場所に引っ張りだことなり忙しいらしい。


「キレスタールさんがいつの間にか島の人気者になってる!?」

「そうなのです。アラム君がテントに籠ってる間にキレスちゃんも人気者となってる訳ですよ! サイカとも一緒に仕事をしていくうちに打ち解けてくれたんだよぉー」


 謎に得意げにそう話すカーイン。私が育てたと言わんばかりに得意げだ……いや、実際、子供を目の前で亡くし落ち込んでいたキレスタールを仕事漬けにしたのは彼女なのだろうか?

 こうして忙しくしていれば自分を責める暇も落ち込む暇も無く、皆から頼りにされれば少しは励まされるだろう。普段お茶らけている彼女だが、意外とカーインならばそこまで考えていてもおかしくはない。


「いやぁ~、今回のお仕事すんごい楽だなぁ、サイカが二人いるみたいだよぉ」

「……」


 熱いのか手で顔を仰ぎながら小声でそんな感想を漏らすカーイン……うん、実はただサボりたかっただけなのかもしれないが……聞かぬが仏だろう。

 まぁ、それはさておき見えないところでサイカとキレスタールはこの島の人たちと大分打ち解けていたらしい。たった一日で知り合った人間と笑顔で話せるなど、アラムには無い才能だ。キレスタールは事務的すぎて人付き合いが苦手かと思っていたが、その誠実さゆえか島人に受け入れられていた。

 ふと、青年は笑う子供を少し悲しげな表情で眺める。古い牢獄の中で、幼少の頃に見た彼の知る子供の笑顔は、裏に絶望を隠していた。親の声と顔を覚える前に引きはがされ、不幸を不幸として認識できない知識しか与えられず、搾取され殺されることが当たり前だった時期。


「……うん、ここに血は似合わない」


 だから、守りたい。土地に愛着も無ければ、さほどこの島の人と親しくもない。ついでに言えば自分だって死にたくないし、そもそも痛いのも辛いのは嫌だ。

 だが、ここで全部放り出して逃げるのが一番ダメだと彼は理解している。その責任の放棄に、彼は圧し潰されるぐらい自分が弱いことを知っている。ならば――。


「カーインさん、僕はこれで戻るよ。時間いっぱい、やれることをやっておきたいからね」

「うん。あ、でもご飯はきちんと食べて休みも適度に、ね?」


 そんな、優しい言葉をどうすればいいのかわからず、青年は困った表情のままラボへと戻って行った。これから休憩無しで作業に取り掛かろうと決めたばかりだったからだろう。


「僕も船長のこと、言えないな」


 あの多忙なファナール船長に似てきた、なんて思いながら青年は人知れずにほほ笑む。ふと、空を見上げた。そこにある天に上る日は、これから下がり始める。それは巨大な砂時計の様に戦いへのカウントダウンを始めるのであった。



次回更新は明日の朝六時です。

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