第三章「黄金の太陽はまた昇る」 十四話
翌朝、朝日が昇ると同時に、大きめのテントから髪がぐちゃぐちゃの二人がのっそりと出てきた。
朝日に向かって大きな欠伸が漏れる。睡眠時間は約四時間、仮設ラボから出てきたアラムはまだ眠たいのかムニャムニャと口を動かしながらなにやら錠剤を口にする。その瞬間、閉じていた眼が強制的に開いた。
「いやぁ、このお薬は市販の癖してすんごい効きますねぇ……」
「栗毛よ、なんだそれは? あまり、良い物ではないな?」
昨晩アラムと一緒に徹夜で監視装置の調整をしたガウハルが、明らかに怪しいその薬を訝しんで目を細める。寿命の前借みたいな肉体の酷使は嫌いらしい。
「あ、昨晩はお付き合いくださりありがとうございます。いいお天気でなによりです」
「うむ、良き日柄よ。して、誤魔化すな、その薬は?」
「そんな詰問しなくても……ただの眠気覚ましですよ。まぁ強力な薬なんですが……徹夜した時とかによく飲むんですよ」
「そうか……しかしなぁ、あまり薬物に頼った生活は感心せんぞ。劇物であれば尚更にな」
「忠告はありがたいんですがぼかぁは凡人なんでぇ……こんなもので誤魔化さないと無理はできないんですよ。それにこれから色々と準備しないといけないんで、眠い頭じゃ都合が悪いんです」
「ほぉ? 何を準備するのだ? 監視の目はすでに撒いたであろう?」
「まぁ、色々とありますが……取りあえずはペッパーボックスですかね……」
「なに、胡椒入れだと? そんな物を作ってどうする?」
「ああいや、そういう……まぁいいか。じゃあガウハルさん。僕ちょっと顔……いや体を洗ってきますんで」
「ああ、清潔に身を清めるのは大事だ。戦時であれば尚更にな。それと昨晩せっせと作った監視装置だが、昨晩からえらく好評だったな。空を漠然と見あげるだけではなくああいった物で自分たちの安全を確認できるのは良い、民の心の安定になる。栗毛よ、良き仕事をしたな。いや歯がゆい、我が貴様より上役なれば褒美を与えているところなのだがな?」
「……ガウハルさんって隙あらば人のこと褒めるよね?」
「我の癖よ。気持ちは仕舞うものではない、言葉に変えて初めて意味を持つ、価値は知らぬがな。貴様も心掛けよ」
「そんあ素直に自分の気持ちを口にできるほど僕はまっすぐ育ってないんですよ。まったくこの人たらし魔王様は……いつか女の人と修羅場になっても、ぼかぁ助けませんからね?」
「ふははは! そういうな栗毛よ。しかし、素直に褒めさせてくれぬなぁ、貴様は」
いつものガウハルの手放しの褒め殺しにやりづらそうに顔を赤くするアラム。照れ隠しなのか、それを捨て台詞にその場から青年はすぐさま逃げる様に退散する。
人に褒められることなどあまりなかったから、憎まれ口を叩いてしまうのだろう。
「えーと、確か井戸は、あっちだったっけ?」
まだ気だるいのか、覇気の感じられない顔で人気の無い井戸まで行く。普段なら洗濯をする為に人が順番待ちしていると誰かから聞いていたが今はこの青年が作った監視装置の見物に人が行っているのか、青年一人の貸し切りだ。
さっそく一日着てちょっと臭う服ごと洗う為、井戸からくみ上げた水を頭からかぶろうとして、そういえばポケットの中を確認し忘れていたことを思い出し一旦止めた。
部屋がとっ散らかり食事も簡素という普段からだらしない生活をしている青年だが、洗濯前には必ずポケットの中を確認する作業は習慣付いていた。一度、小さい機械の部品やら店で貰ったレシートをそのままポケットにつっこんだまま洗濯機を回して故障させてしまった反省からである。
「危ない危ない」
洗濯機ではなく井戸だった為、そのいつも無意識にしている作業を飛ばしかけたが寸前で気が付いたことに安堵しながら、全身のポケットをまさぐるアラム。何か水に濡れてはいけない電子部品があれば大変だ。
「……ん?」
だが、そんな物は出てこず覚えのない小さな物体がポケットの中で自分の指に触れる。なんだろうと首を傾げながら引っ張り出してみると、見慣れないペンダントが出てきた。
「……あー!」
数秒、見覚え無いと混乱したがこれはこの世界に来た時、戦場跡で死体から遺族に渡す為に持ってきたペンダントだ。忙しかったとはいえそんな大切な物を今の今まで放置していた自分を叱ってか、少し強めに自身の頭を小突くアラム。強く後悔したらしい。
「あー、いやいやこれ! どうしよう!」
もはや水浴びなど頭から抜け落ちた。すぐさま周囲を見渡し城の関係者を探すと、ちょうどは箱詰めされた食料を運んでいる兵士と目が合う。
普段人見知りな青年だが、緊急事態ゆえなんの躊躇もなく駆け寄り、ペンダントの持ち主に心当たりがないか尋ね始めた。
「……これは、戦士長の物ではありませんか!」
「偉い人の物なんですが?」
「それはもう、タージュ王の子にしてシャムス王子の父君であらせられる亡くなった戦士長の物ですよ」
「え、王様、王子……うえぇ!」
どうやら、この国で一番偉い人の肉親が残した形見を今の今まで忘れていたらしい。さきほどまで遺族にせめてこの遺品を届けたいという一心だったが、今は外交問題とかそういう重圧が青年を襲う。こんな大切な物をポケットに仕舞い忘れていたなど、相手の不況を買う理由には充分だ。
「と、ととと、とにかくタージュ王の元にこれを届けてきます!」
「いえ、王は今日集まってきた村の長と話しておられます。その、あまりこういうことは大きな声で言えないのですが、今日新たに来た村とは歴史的に折り合いが悪く、険悪な雰囲気になっていてもおかしくないのでそこに飛び込むのは……」
「それは、新たな避難民ですか?」
「ええ、王の避難要請に難色を示しておりましたが、食料の備蓄が尽きたとかで今朝方この城へやってきたのです。ですので今我らが王は忙しく……」
「ど、どうしましょう?」
「ならばシャムス王子に渡されては? 王子ならば先ほど兵舎の庭でお見掛けしましたから、あぁ、いっそのこと私に預けてください。仕事が終わった後に渡してきますので」
「いえ、そちらも仕事中で申し訳ないので、自分で渡してきます。ありがとうございました! すぐ渡してきます」
えらいこっちゃと慌てながら、アラムはお礼を言いつつ駆けだした。この人に任せようかと思ったが、やはり謝るべきだと思い自分で渡すことにしたらしい。存外、この青年は義理堅かった。
アラムは急いで仮設テントの方向へ走り、焚火の後を掃除をしているガウハルと遭遇していた。
「む? 栗毛、早いな? して、何をそんなに慌てておる?」
「ちょっと、ミスをしました!」
「ははは、そうか。まぁ取り消せるミスならば早々に消しておけ」
そんな会話をそこそこに、暫く走ってガウハルのいる仮設ラボを通りすぎ、人気の無い兵舎にたどりつくもシャムス王子は中々見つからなかった。思えば、あの王子とは一度会話をし、父が死んだことの怒りをぶつけられている。なぜもっとあなた方は早く来なかったのだと責められたのを今更アラムは思い出す。
「……さっきの人に渡しとけば良かったかな……いやいや、駄目だ駄目だ。自分で謝らないと! で……シャムス王子様はいずこですかぁ?」
大慌てで青年は小走りで兵舎近くの敷地でシャムス王子を探す。
中々見つからずもう移動したのかと諦めかけたその時、兵舎の影でそれらしき人物を発見した。暗くてよく確認できなかったが四人いる中に、王子らしき背丈の人物がいる。
「……どうしよぉ」
唐突にこの青年の足が重くなる。いざ謝るとなり、寸前で尻込みしてしまったのだろう。年下相手とはいえ一国の王子相手にどうやって謝罪を切り出そうかと息を殺し悩んでいると、なにやら不穏な会話が青年の耳に届いた。
「無意味だったんだよ。お前の父親の死は! あんたらが流した血も!」
一瞬、言葉の意味が理解できず固まるアラム。少し混乱した頭を深呼吸で正常に戻し、まじまじと王子を囲っている男たちを観察する。
二人、アラムと同じ年ぐらいの若者だ。かなり刺々しい雰囲気を纏い、どうやらシャムス王子に暴言を吐いているらしく、聞けば亡くなった父親のことを侮辱しているようだ。
シャムス王子は言葉こそ発さないものの、目の前の男どもの調子良く回る口を睨んでいた。
「……いや、分が悪い」
一度何とかしようと足を前に出すも、あの状況でどう助けるか迷うアラム。バイトならば悪い意味で有名人である彼が寄ってくるだけで大抵の相手は逃げるが、今回は自分を知らない相手。
むしろ自分は部外者、島の者同士の内輪もめに顔を突っ込んでいいのかという疑問も彼の動きを鈍くする。すると王子よりも小さな黄色い頭が視界に入る。あのヒヨコを思わせる髪は、確かカーインの部下のサイカだ。
「あなた方は子供相手に何をしているのですか!」
説教じみた声が響く。状況をよく理解しないまま、道徳的感情に従い猪突猛進したらしい。ああいうところカーインに似ているなとぼんやりと思いながらも、あれは後先考えずに首を突っ込んだなと青年は頭を抱えた。
「おいやべ……なんだ子供かよ。誰だお前?」
「例の外人だよ。まったく中央はなんでこんなのを信用したのやら。父上が呆れていたぞ」
王子の前で大の字に体を広げ、守る姿勢をサイカの頭を小突きながら、若い男の一人が笑っていた。
一瞬焦った表情を作ったが、相手が女子供だと分かったとたん気を大きくする。あの手の弱者に対して大きく出る輩は取りあえず暴力で相手の口封じなりの手段が主力なんだよなと遠巻きに眺めながら、青年は腕を組んで考え始めた。
「うーん。どうしよぉ」
さて、自分も漫画の主人公みたいに不良に絡まれている女の子を助けたい訳だが、正直あの筋肉の塊みたいな若者にもやしっ子の自分が勝てる訳ないよねとアラムは早々に判断する。それに暴力沙汰になり問題にしたくない。そして問題にしたくないのはあの若い男二人も同じらしい。こんな人気の無い所でこそこそと王子に罵声を浴びせ、サイカが声を掛けた瞬間うろたえたのがいい証拠だ。
と、いうことで――。
「いやぁあああああああん! 痴漢よぉー!」
初手で大声で助けを求めた。なぜ甲高い声でおかま口調なのかはさておき、これは効果てき面であった。
まず地の利がありすぎる。兵舎近くということもあり自分より数倍屈強な男たちが窓を開けなんだなんだと騒ぎ出した。若い男たちはここが兵舎だと知らなかったのか、血相を変えて逃げていく。
「はい、一件落着! 僕って(ずる)賢い!」
相手に姿を見せることなく声色を変えて自分を特定させず逆恨みすらさせない。少ない労力で最大のリターンを得る。実に青年好みの方法である。
「おい! あそこに誰かいるぞ! 不審者だ!」
「え、僕!? 違う違う! そりゃ不審者かと言われれば強く否定はできませ――ぐへぇ!」
まぁ、このように自分が悪人として誤解されなければの話なのだが……。
あっさり筋骨隆々の大量の若い兵士たちにタッチダウンされるアラム。一瞬逃げようと背中を見せたが、そのまま上に大勢に何層にも伸し掛かられ身動きが取れなくなる。
「あ……あの、あのぉ!」
「お嬢さん大丈夫ですか! 私たちが来たからにはもう大丈夫です!」
男所帯の仕事柄、とにかく出会いが無いのか、兵士がここぞとばかりに騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきたサイカにいいところを見せようと白い歯を見せてにっかりと笑う。ああ、なんといういい笑顔だろうか。だがそんな笑顔も顔面蒼白のサイカを見て何かを察し曇っていった。
「……その、もしかして、この人は無関係……なのですか?」
「むしろ、助けてくれたんだと思うのですが……圧死してません、よね?」
幾層にも重ねられた筋肉の重石を眺めながら、サイカは死んでたらどうしようと冷や汗を流す。と、肉の重石の下から潰れた爬虫類みたいな声が漏れた。どうやらアラムは生存していたらしい。まぁ、ギリギリ、と言葉の頭に付く状態だろうが。
「ダズゲデェ!」
「皆の者、すぐさま散りなさい! す、すぐさまそこから離れよ!」
シャムス王子の慌てた声が響く。アラムはペシャンコになりながらも、辛うじて救助されるのであった。
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