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第三章「黄金の太陽はまた昇る」 十三話



 どさっと何者かが倒れる音がして、ガウハルが視線を上空から逸らさずににやりと笑う。気配で誰が来たのか理解できたのか、そろそろ口に馴染んできたその人物の愛称を口にするのであった。


「どうしたのだ栗毛? 息を切らし倒れこんむまで走るとは……健康志向に目覚めて夜のランニングをしていた、ということではあるまい?」

「……いえ、やる気が沸いて無性に走りたくなっただけですので、お気になさらず」


 そう、青年の足は今、悲鳴を上げていた。万年運動不足の彼が義信に駆られ走って目的地にたどり着く頃にはただの棒と化し、上半身を支えきれずアラムは地面に顔から倒れこんだのだ。

 それを仮設キャンプ近くで焚火をしなのがら地面に座っていたガウハルはそのまま実に愉快そうに笑う。

 見張りに退屈していたのだろうか? 面白おかしいこの青年がやってきてご機嫌になったらしく、からかうような口調で質問を飛ばす。


「ほほぉ、若さゆえ有り余った体力を発散したくなったと?」

「まぁー、そんなところですかねぇ」

「ぬ……栗毛、貴様顔つきが少し変わったか?」


 と先ほどまでからかうような態度だったが、アラムの顔を見た瞬間にガウハルの顔から笑みが消えた。

 自分の何が変わったのか青年は気にはなったが、その前に脳みそが酸素を取り入れることを要求したので地面にキスをしかけながら荒れた息を整え始めた。

 荒い呼吸が次第に静かになる。息を十回吸って吐いてを繰り返したら、体力が回復したのかむくりと起き上がるアラム。すると自身の体力の無さを悔しがりつつ全身に付いた土を払い始めた。


「――して、何用だ?」


 だが、土埃を完全に払うのを待たずして、魔王が本題を引っ張り出そうとする。この魔王様が本気で凄むと味方だとわかっていても、背筋が凍る。アラムの顔からも表情が消える。


「ガウハルさん、その前にキレスタールさんのことですが――」

「……そうか、修道女は救えなんだか。まぁ、我が助けた時点で重症であったからなぁ。残念ではあるが……では栗毛、走ってきたところ可哀想ではあるが、貴様はあの修道女のところに急ぎ戻り――」

「いえ、キレスタールさんには今はカーインさんが付き添ってくれているはずです。任せてくれと言われたので、お言葉に甘えました」

「ほぅ……あの白い娘がその役を買って出たか。いや、あの娘は存外に気が回るな。そうか、天真爛漫に見えて気苦労が多いらしい」


 そう言いつつ、ガウハルは薪に枝を放り込む。同時にパチリ、と火の中で何かが弾けた。赤い火の中にガウハルは何かを見ているのか、悲壮感を漂わせて赤い揺らぎを眺めていた。


「栗毛、何があった?」

「……この島の人たちを、是が非でも助けたくなりました」

「そうか。まぁ……多くは聞くまい。大体想像はつく。戦争を知らなかった者が、戦争を知って絶望せず戦おうとしているのならば、我は何も言わぬ」


 そんな、会話が為された。お互いを焚火を見つめ、お互いが己の過去と見つめ合いながら、そう言葉を交わせた。

 そうだ。この青年は戦争を知らなかった。元居た世界では過酷な状況ではあったが、そもそも“敵”を殺す経験はしていない。戦場に立つ前にファナール船長に助けられた。

 だから、戦争というものがどういうものか、よくわかっていなかった……半日前まで。


「ガウハルさん、三つほどお願いがあります」

「ほぉ? 三つか、それは多いな。だが良い。その目、我は気に入ったぞ栗毛。して、何を思いついたか申してみよ」


 それは予想していなかったと、焚火に照らされながら座っていた不敵に笑いガウハルは立ち上がる。気が付けば、いつの間にか空から青年へと視線を移していた。その表情からは聞いてやるぞ、という意思を感じられる。なにやらアラムに興味を引く何かを感じ取ったらしい。


「まず一つ目は見張り役の延長をお願いしたいんです。あと三時間ほどで交代の予定でしたけどキレスタールさん、子供を救えなくて深く傷ついていると思うので、立ち直る時間がほしいんです」

「だろうな。我はそれほど眠らなくてもよい体だからな。なに、三日ぐらいは不眠不休で働けるから安心せい」

「え、そんなに働けるんですか!?」

「いや、途中で小休憩を挟めば、という前提でな? 今もこの島の村々から助かる見込みがある者を運んできたゆえ、見張りと休憩を同時に行ってはいるが、しかし我の身は人のそれとは違う。少しぐらい無理ができる」

「そうなんですか、まぁそこまで無茶させることはしませんが、頼らせていただきます。次はこの国をどうやって存続させるかなんですが、結論から言いますとこの国には時間稼ぎをしてもらおうと思います」


 それを聞いて、ガウハルは目を細めて顎に手でさすりなにやら考え始める。アラムの考えを読もうとしているらしい。


「……そうか、敵勢力が予測より大きければ、あちらは人数を補給するのが妥当……その間に、我々はこのままこの国の防衛、別の部隊に今この国を脅かす敵国家を攻撃させる。ゆえに我らは持久戦の構えに移行する、と?」

「えーと、なんでこれ言っただけで理解できるんですか?」

「戦局が悪くなれば基本、退却か増援か奇策の三択よ。さほど難しい予測ではない。が……しかし、てっきり我は栗毛、貴様は奇策に走ると思ったのだが正方向できたか。我が国の民を別の世界に転移させたみたいにこの国をバイトや他の世界に送ると言い出すと思っていたが? 確実に人命を守るならそれが良いだろうに」


 ガウハルはガウハルでこれからの動きがどうなるか予想していたらしい。が、それは外れた。なぜならば――。


「いえ、そう簡単に人を異世界に送れないんですよ。ほら、ガウハルさんもこの世界に来る前にたくさん予防接種受けましたよね? 世界には目に見えない菌とかウイルスというのがあって、それが原因で僕たちは病気になります。で、その菌やらの抗体を持たないで別の世界に行ったら僕たちはどうなるかというと、最悪すぐに死んじゃうんですよ……というかこの内容、講習で受けたはずですよね?」


 そう、異なる世界に生物を転移すると、最悪まったく耐性の無い菌やウイルスが体内に侵入し、最悪すぐさま死んでしまうのだ。ゆえにバイトはインターベーションズを送る時、その世界の菌類の調査と現地で活動する船員に予防接種を行い抗体を作るのだ。ちなみにそれには莫大な時間と手間がかかる為、地獄の予防接種、などと船員からは呼ばれている。


「ああ、なるほど。強制参加の講習とやらで聞いた気もするな。そうだ、散髪の待ち時間の絵本で読んだあれもか。手洗いうがいは大事、ということであろう?」

「え? ガウハルさん……散髪行くんです? というか絵本とか読むんです?」

「我とて髪は伸びるからな、切りに行くとも。それにだ、貴様らの教育レベルを知ろうと思えば子供向けの本を読むのは効率的であろうに、それを読むのは別段変ではあるまい? しかしだ、菌やウイルスというものがあることに驚いたが、幼子向けの書物でそれを教えるとは我がいた世界では考えられぬのだぞ? 教育レベルの水準が違いすぎる。我も日々学び直しよ!」


 勤勉、努力家、柔軟。この魔王の恐ろしさはそこにある。魔王らしい圧倒的能力とカリスマはあるのに、魔王らしからぬ思慮深さを併せ持つのだ。味方になればこれほど心強い存在もいまい。


「しかしだ。無菌室、というものを最近本で読み知ったんだが、他の世界への転送が駄目ならばバイトにそれを用意して送るという手は?」

「それはまた別問題で、技術漏洩を防ぐ為に禁止されているんです。まぁ、僕もこの島の人たちがバイトの技術を盗んで理解できるとは思えませんが、バイトはそこらへん過敏なんですよ」

「うむ……ディザスターが行う撹拌現象を自分たちで起こしてしまう可能性を危惧してか、今このような軍事バランスを崩した世界を作らない為にも、それは我も賛同はする。理解はしよう」

「で、今後バイトがとる策はさっき僕が言った別部隊による内部からの敵国家の崩壊を狙うと思うんですよ。でもその役を誰に任されるかわかりませんが、並みの人物では時間が掛かるでしょう」

「だろうな。国に革命を起こすなど、圧倒的な力と政治に内通してい――よもや? ああ、あの白い娘の提案だな?」


 どうやらガウハルはアラムのどんな頼み事をしてくるのか勘づいたらしく、顔をしかめてみせた。


「はい、これはカーインさんの案なのですが……二つ目のお願いはラウフさんにその役をお願いしたいのです。カーインさんのお願いならあの人なら二つ返事で承諾しそうなんですが、船の方で妹だから特別扱いされたなんてカーインさんが陰口叩かれるのは嫌なので表向きは僕の依頼でという話にしてもらえませんか……報酬はガウハルさんの一回無料貸し出し券ということで」


 これは、青年のカーインへの気遣いであった。色々と難しい立場のカーインが船で不要な反感を買わないようにする為の対処である。


「あなたを無償で一度あちらの仕事に貸し出すという条件ならば他の人も納得してくれるかと、ラウフさんがあなたを欲しがったのはバイトでは周知の事実ですからね。なにせ、あんなイベント(賭け試合)まで起こしたぐらいですし、この条件なら外野が文句言いづらいでしょう?」

「うーむ、そうきたか……まぁ、我でも貴様の立場ならそうするがな。ああ、ならば我からも貴様と交渉したい」


 流石に自分をラウフとの交渉材料にされるのは不満だったのか、少し拗ねた顔をしたガウハル。だが。何かいいことを思いついたのか急にいつもの笑みを作る。実に表情豊かだ。


「いや、ずっと気になっていたのだが貴様の偵察機、あれは自作か? 我らの持つ船から支給された物とは見た目からして違うが、どうなのだ?」

「え、ええ、ガウハルさんに支給されたのは大量生産品ですよ。一回船長に頼んでそれを一つ貰ってバラしてみたんですが、どうにも無駄が多いのが気になって、性能も耐久性もまだまだ改善の余地があったので、改善して自分の専用の物を作ったんです……」

「ほぉ、やはり改良品(特別製)か!」


 ものすごい食いつきだ。この魔王、どうもこういう機械を見るとやたらと興奮する節がある。


「カメラ機能とか通信も制度を上げてたり、軽量化してるんで速度も出ます。何より耐久性が支給品の三倍はあるんですよ。壊れてしまっては元も子もないので、一番の機能的差は敵の感知機能でして、支給品の十倍は優れているかと」

「……いやまぁ、全ては理解できぬが、なにやら凄そうだな! 栗毛、ものは相談なのだがそれを我にも造ってはくれぬか?」


 はしゃぐガウハル。先ほどまでの頭の切れなど捨てて、今はおもちゃを欲しがる大きな子供みたいになっていた。こういうところがあるからこの魔王は人望があるのだろうなと思っていた。


「まぁそれぐらいならいいですが……」

「ほぉ! 話が分かるではないか栗毛!」

「痛い痛い痛い!」


 アラムの肩をバンバンと叩き喜ぶガウハル。心底嬉しいのが嫌でも伝わってきた。この魔王、ファンタジーな世界出身の癖に、メカが好きすぎではなかろうか?


「で、三つ目のお願いなんですが少し実験に付き合ってほしいんですよ」

「なに、実験とな?」

「はい、今から監視の目を作りたいと思います」


 そう言い、アラムはコードシステムでどんどんと偵察機を召喚する。数えきれないほどだ。


「貴様、偵察機とやらをそれほどまでに貯め込んでいたか! ストックにしても多いだろうに、これもう病気よな!」

「これはカメラだけ搭載した低コスト品ですよ。でも、一つのことに機能を特化させてるんでバッテリーの持ちがいいんです。まぁそれはさておき、これで無線で映像を送れるんですが、これを空に飛ばしてあの戦艦の見張りにしたいと思います」

「ほぉー、それは……かなり飛ばせるのか?」

「はい、今は地上から空を見上げて警戒してますが、曇が出てきたら前みたいに戦艦を確認できませんし、これで見張りをしているガウハルさんの負担も減るでしょう。まぁ、常に敵襲に備えてもらうことには変わりませんが」

「理解した。して、我は何をすればよいのだ?」

「この偵察機にはカメラと不可視のレザーがついてて、そのレーザーに熱源体が触れたらブザーが鳴るんですけどまだ調節が終わってないんです。ガウハルさんが空を飛んでレーザーに触れて反応するのか確かめたくて」

「まぁ、それぐらいならば快く引き受けるが……長丁場になるぞ? 貴様、寝なくて大丈夫なのか」

「ちょっと確かめるだけなんですぐ終わりますよ。それに、監視の目は最優先で作っておかないと安心して眠れないので……まず今できる第一手はそれでしょうし」


 そう言って、どこをどう見ても廃棄品としか思えないモニターやら修復だらけのケーブルも出すアラム。もう時刻は夜更け、今から作業をすれば彼が眠るのは随分と先の話になりそうなのであった。



次回更新は明日の朝六時です。

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