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第三章「黄金の太陽はまた昇る」 十二話



「この度は敵国家の軍事技術が我々の推測をはるかに凌駕しており、被害を出してしまったこと心よりお詫び申し上げます」


 机の上で蝋燭の火が揺れる。

 そんなカーインの謝罪と共に始まったのはあの敵の襲撃からちょうど三時間後の緊急会議だった。

 玉座にはこの島の国王であるタージュ王、その家臣たち、そしてアラムとカーインが暗い顔をして話し合いをおこない、他の者は忙しく会議室を走り回り自分ができることをしていた。

 一目見て緊急事態の後始末、といった雰囲気である。


「いや、あの透明の髪を持つ少女のおかげでこの城にいた者は助かった。感謝はこそすれど、責める理由などありませぬ」


 王がそう言葉を返したが、表情はやはり暗いものだ。今日は助かったが、あの赤い光が明日、いや今夜にでもここを焼き尽くさないという保証が無い。

 キレスタールの尽力が功を奏し島の中心である城はほぼ無傷、負傷者は避難の際に転んだ子供ぐらいということだが、あの囮に使われた戦艦が襲撃した村は地獄絵図だったらしい。

 生存者がいるかいないか確認するべく、先にアラムの偵察機で焼け野原となった村を探索、そして片手で数えれるほどの生存者を最速で移動できるガウハルがその手で“掘り起こした”のだが、その半数が搬送途中で亡くなった。

 今、キレスタールが休憩もせず全力で回復魔術で治療にあたっているが、助かっても後遺症がひどいことになるだろう。


「あの、悪魔どもめが!」


 会議の場にいた家臣の一人がテーブルを叩いて唐突にそう叫んだ。武装も何もしていない村人を蹂躙されたのだ。怒り心頭といったところだろう。だが、それだけ……怒声を上げることしか今はできない。あんな敵に勝つなど、誰もが虚勢でも口にできなかった。


「……我々は、死ぬのか?」


 ぽつりと、誰かがそれを口にした。避けられない死が少し先の未来にあるのではないか? そう思っても仕方ない。あれほどの戦力差を見せつけられたのだ。空飛ぶ鉄の要塞など、この島の人間は考えたこともなかっただろう。

 誰もその言葉に異を唱えない。心など、誰もが折れているのだ。そんな中、誰かがぼそぼそと何か口にしていた。一人、また一人とその声の方向へ視線を向ける。いつしか、栗毛の青年に誰もが視線を注いでいた。


「島民をバイトに避難? いやそんな許可下りないし非現実的……なら戦力を増強してもらうにしても予防接種が間に合うかどうか……第一に一級の戦力を投入してもここの守りに費やしていいのか?」

「……アラム君?」


 ただ一人そこに諦めていない者がいる――訳ではない。この場にいる誰よりも死に恐怖し、誰よりも険しい表情を作って、誰よりも逃げ出したい男がそこにいた。心などもう現実に屈している。いつまたあの船がここに来てこの島を焼くかもしれない恐怖に涙が出そうになっていた。

 青年の険しい顔は、青ざめていた。会議の内容など入っていない。ただただ自分の思考に潜り、何度も発案と否定を繰り返し何かを練り出そうとしている。

 でも、そんな青年が島を裏切り船へ帰るという選択を、していなかった。

 誰もが思った。逃げたければ逃げればいいのにと、これほど悲痛な表情を浮かべられれば、自分の命など棚に上げて、ついこの青年の心配をしてしまうほどの苦悩。


「……あなたは、なぜまだ策を練っているのですか?」


 タージュ王が心底驚いた顔で、栗毛の青年にそう説いた。

 無意識に両手を祈る様に強く握っていた青年が、その声だけには反応して、青白い顔をゆっくりと上げてタージュ王の顔を見る。その問いに、すぐ答えずに……いや、意味を理解するのに時間を要したのだろう。

 脂汗を額から流しながら、口をぽかんと開けて数秒、固まっていた。口の中が渇いていたのか、ねちゃりと音を出しながら開いて、今にも消えそうなか細い声でこう答える。


「いや……死にたくないですし、誰もしなせたくない、ので……あんなもの見せられたら……」


 声を震わして青年はそう答えた。一言で言えば悲痛である。その姿は、困難の淵にいる自分たちの方がこの青年を助けなければならないのかと思わせるほどのものであった。

 誰もがその姿に言葉を無くした。この青年もすでに自分たちと同じで心が折れているし、この青年は自分たちよりも心身共に弱いことはこの表情からよく理解できる。だからこそ理解できない、なぜまだ動けるのかと。

 ――ここで心折れぬ英雄(狂人)ならば心強いと感じれただろう。だがこれは違う。弱いまま、アラムという青年は苦難の海に飛び込む。


「……白状すると、僕はこの島の方々に対して情みたいなものを、まだ抱いていません……まだ、会ったばかりですし、僕自身が、少し薄情なので……」


 ぽつりぽつりと、青年はそう言葉を続けた。誰もがそれに聞き入る。


「この島に来た時も、大勢の戦士が死体になっているのを見ました。その時も、それに僕は怒りを感じられませんでした。武器を取って戦ったなら、それはどれほど一方的でも戦争ですから双方に最低限の責任があるだろうなんて、ぼんやりと、そんな風に思ってたんです」

「そんな無責任――」

「控えよ」


 家臣の誰かがその青年の発言を糾弾しようとして、タージュ王は短い言葉で嗜めた。青年の言い分にも、一応は理があったからだ。

 相手に傷一つ付けられなくとも剣を抜き、相手に戦いを挑んだのならばそれは殺し合ったことになる。ならばそれが侵略戦争であっても、殺された人間にも殺されるだけの理由はあると、青年は考えていたらしい。


「……でも、正直……ここまでとは、思ってません、でした。一般人が、無抵抗に殺されるところを見て、思い知らされました……これは、ただの虐殺です」


 あの巨大な空飛ぶクジラみたいな戦艦がこの島を襲撃した後、ここに来るまで、状況確認の為に彼は偵察機を通じて、多くの死体を見たのだ。


「妊婦の人が、黒焦げになってました」


 自分の髪をぐしゃりと掴んで、青年はそう言った。


「爆風か何かで飛んだ瓦礫に頭を割られた男の人がいて、その近くで熱で燃やされながらも辛うじて生きてた子供がいて……でも素人でも見てこれは助からないだろうなって、わかって!」


 その言葉は、怒りであり謝罪だった。今にも泣きそうな声で、いや、泣き声で彼は偵察機を介してみた光景を羅列していく。


「老婆の人が赤ん坊を守ろうと抱いて逃げてたけど! 赤ん坊ごと焼けた家の中でゆっくり燃やされてて! 自分の子供と妻の前でただ一人、体の半身を大やけどした人が茫然と立ち尽くしてて!」


 ここまでとは思っていなかったと、聞いた瞬間に彼を責めようとした人は、何人かはいた。

 だが、その後に続いた言葉に、誰も青年に罵声など送れなかった。彼は――地獄から目を逸らさなかったのだから。


「……もし、この仕事を受ける時に僕が無理ですって断って、もっと経験がある人が来てたら、ゼロじゃなくても、もっと被害を押さえられたかもしれない! なのに僕は――!」

「アラム君、嘆くのは後だよ」


 ぴしゃりとしたカーインの声が、青年の自責を止めた。

 青年が見上げた横にあったその顔は、見たことも無いほどに氷みたいに冷たくて、冷めていた。彼女の本性の一側面である。

 死んでいった人の為に、本気で泣いて後悔している同胞に対してここまで冷たく事務的な態度を取った年端もいかない娘に、島の大臣たちは戦慄を覚えた。

 この状況で、冷静さを失っていない彼女にだ。


「この被害は船の調査が甘かったから起きたの。事前調査がしっかりしていればもっと適性がある人が選ばれてたかもしれないし、こなたたちで対処できた作戦も組み上げられた。それが純然たる事実だよ。でも今、誰の責任だとか追及したり、もしもとか、あの時こうしておけば良かったとか、嘆く暇は無いの」


 それが事実であった。今回の悲劇は船の事前調査不足、相手の武装をしっかりと調査していれば、アラムとカーインのチームで被害をゼロにできた作戦を十二分に練れた。そうカーインは断言し、その可能性を今は考えている時間は無駄だとも言い切った。


「……一つ、案があります」


 青年の隣で、カーインがゆっくりと口を開いた。


「今回、敵戦力を把握しきれていなかったのはこちらの責任、と我々は認識しています。それが原因でこの島に死者を出してしまった。なので今から人員の増員を要請したいと思います」


 その言葉に、島の者は数名目を輝かした。あの魔王と同じ戦闘能力を持つ者がいればもしかしたら、と――。

 だが、その案が現実的ではないというのを青年は口にした。


「いや、それは無理だ……僕も考えたけど許可が下りる可能性は低い。ディザスターに関わることでも、敵の戦力を考えたらリターンとリスクが合わない……」

「アラム君。わかってる……インタービーナーズだって慈善事業じゃない。ディザスターの痕跡調査にこれ以上の戦力を送り込むなんてそんな要請は普通は通らない……でも、手はあるの。あの船で発言力がある人間とこなたと君は、最近戦って勝っているでしょう? なら勝者として敗者を使えばいいの」

「……もしかして――」


 その案に、アラムの目に光が戻る。こうして白い娘により生への希望は示されたのであった。





 かつんと、靴が石の上で跳ねる。

 王の間から一礼をしてから二人で退出し、無言のまま場内を進んでいた。少し前を死にそうな顔の青年が、少し離れて後ろにカーインが青年の後ろ姿を眺めながら、二人とも少し足早に歩みを進めていた。

 ふと、アラムが歩きながら窓から見える島民の避難場所に目をやる。自主的なのか誰かに頼まれてか、数人が焚火をしながら空を見上げてあの敵船感が再びやってこないか見張りをしているらしい。


「……カーインさん。この後、寄りたい所があるんだ」

「もうしかして、キレスちゃん?」


 その声色は、いつもの白い娘のものだった。さきほどのタージュ王の前での冷たい言葉が嘘のようだった。

 それに少し青年は安堵してから、ああ、嫌われ役を買ってでてくれたのかと思い至り、情けない顔になっていた。


「……今も懸命に治療をしてるだろうから覗きに行くだけだよ。彼女の体調によってはガウハルさんとの見張りの時間を調節しないといけないから」


 それだけ言い、アラムは少し歩みを早める。その後ろ姿をカーインはただただ眺めていた。後ろ姿からでもわかる。この青年は何かを決心し張りつめていた。

 それに、どう声をかけていいのかわからなかったのだろう。カーインは何度か言葉を喉に詰まらせ、青年の背後で少し憂いた表情を作る。そして、とうとう何も言えない中で、負傷者が多くいる建物にたどり着いた。

 医療棟、と呼ばれるその場所は、今この城の中で一番人が忙しくしていた。

 ――騒々しかった。もう夜中だというのに、多くの者が慌ただしく走っている。少ない蝋燭と、大量に並べられたベッドと患者、その中央で回復魔術の光が絶え間なく建物内を照らしていた。

 ある患者は泣き叫びながら無くなった手足の痛みに耐えきれず、暴れていた。

 ある医師は、目を丸く開き手術道具で誰かを救おうとしている。

 ある親は、灰色に変色した子供の上で、小さく啜り泣いている。

 ――その中に、あの少女がいた。


「目を開けて、お願いだから、開けて!」


 願う様に、キレスタールは顔をぐちゃぐちゃにしてそう叫ぶ。

 一応、手術室みたいなものはあると聞いていた。しかし容体が急変したのだろう。そこに移されず、多くの患者が日中に痛みに騒いで疲れから寝ている中、少女は死と戦っていた。


「もう体力が無いんだよ!」

「……この子は諦めて、他の人の所にいきましょう」

「馬鹿言うな!」

「駄目……呼吸……心肺も停止!」


 その言葉を聞いた瞬間、少女は回復魔術を止め、人工呼吸と心臓マッサージを始める。その患者の名前が何度も呼ばれ、意識を取り戻させようと逼迫した空気に包まれる。


「生きてく、ださい! 生きて!」


 あれは元々少女の世界に無かった知識だ。きっと、船に乗ってから講習で習ったことを初めて実践しているのだ。なのにその動きは素人目から見てもこなれてこいることがわかった。講習でやるだけではなく、皆が見ていないところで何度も何度も練習していたのだろう。

 ――だが、閉じられた瞼は開かれない。何度息を吹き込もうと、何度胸から心臓を押しても、全身やけどで包帯だらけの小さな子供は目を覚まさない。あの子供は、戦艦に焼かれた村からガウハルが連れてきた一人だった。

 そのうち、あれほど慌ただしく走っていた医者たちが動きを止める。諦めたのだ。

 それでも少女は止まらない。何度も生きてと願いながらも、人工呼吸と心臓マッサージと繰り返し……ついに、ここの責任者らしい老年の男が、キレスタールの肩に手を置いて、彼女を止めた。


「もう……可哀想だから」


 その言葉に、目の前の子供が死んだことをようやく理解して、少女は膝から崩れていった。

 そんな光景を入口から黙ってみていたアラムは、歯を食いしばって力いっぱいに手を握りしてめていた。そして爪が食い込んだのか、血がしたたり落ちる。

 それをそっとカーインが優しくほどく様に、手を開かせた。


「アラム君……」

「ごめん……ごめん。カーインさん、ごめんなさい。ああ、こういう時、僕はどうすればいいの? 僕……なんだよ! なんにもできないじゃないか! こんな、子供の頃から変わらない」


 あきらかに青年はパニックに陥っていた。元々精神がズタボロの状態だっいたのが、さっきの光景がとどめになったらしい。


「キレスちゃんのことは任せて、それからアラム君はもう休んで、また明日から頑張ろ?」


 彼を落ち着かせる為に、白い娘は優しくそう言う。先ほどは厳しい言葉で自分を立たせた女がだ。

 そんなに自分は酷い顔していたのかと青年は顔を手で強く掻きむしってから、自分が涙を流していることに初めて気が付いた。


「ねぇ……カーインさんは、なんで正義の味方だって自分のことを言えるの?」

「なんでって、そうありたいからだよ? だからこなたは自分のことを正義の味方って言うんだよ」

「でも、でもさ。今回僕たちってもっと早くにこの島に来れたんじゃない? ピンチに付け込んでこの島の人たちに調査の協力を取り付けてさ……いや、頭ではわかってるんだよ? それが“僕らにとっての”最善なんだって」

「アラム君、でもそれは――」

「でもさ、この人たちにとってそれは最善じゃないんだよ! 僕らがもっと早くに来てたら未然に防げたことなんていっぱいあったでしょ! あの子供だって、もっと多くの人を助けられたんじゃいの! なのに正義の味方面なんてなんで……いや、ごめん、本当にごめんなさい……言い過ぎた」


 今日一日、あの王子に言われた言葉を思い出して、心の奥にしまっていた感情を噴出してしまった。カーインに当たり散らしてしまった罪悪感に、謝ってからその場を逃げる様に去ろうと、足に力を入れる。

 そんな青年を、カーインは手首を掴んで逃がさなかった。


「行っちゃ駄目、聞いてアラム君。今から大事な話をするから」

「……」

「確かに、君の言う通りだよ。もっとこなたたちが早くここに来ていたら助けられた命があったと思う。バイトは打算の上でこのタイミングでこなたたちをここに送ってきた。それも事実だと思う。でも、こなたたちは船の人間である前に、ただの人間なんだよ。船の設備が無いとこの世界にすら来れないの!」

「そんなの……当たり前じゃないか」

「うん。それどころか、この島でこんな悲惨なことが起きている事実を知らないまま生きていると思う。結局こなたたちはバイトの力を借りないと何もできないの」

「……でも、だからと言って死んでいった人たちにはそんなの関係ないじゃないか!」

「だから! 今から全力でこの島の人たちを助けるの! 死んでいった人たちの為に! いいアラム君、君は一人の人間なの。組織に隷属するんじゃなくてあくまで組織の中で働く一人の人間なの。君はバイトの船員だからといって常にあの船に有利な行動をしなくちゃならないって訳じゃないの! いい? この現実に憤るなら、こなたはこなたの意思で今生きてる人たちに向き合って、助けるの! その為に、船を利用しなさい」

「利用するって……」

「バイトの上層部(父親)の思惑とか、正直そういうのはこなたも大嫌いだよ? それで家を飛び出してきたんだし。でも、あの船を利用しないと助けられない命が多すぎるの。だから、上層部のせいで人が死んだとか責任感とかで苛まれるのなんてただの傲慢でしかないの」


 その言葉に、青年は何も言い返せなかった。自分たちは神様でもないんでもない。だから全てを救えないし、船の技術がなければ救られる人間なんて確かに今よりも少ないだろう。


「でも、こなたは少しでも助けたいの! だからこなたは正義の味方だって言うんだ。だからこなたは今、直接人を助けられる位置で仕事をしているの、だからその為に家を飛び出したの! だから、言うの。こなたはバイトのカーインじゃなくて、正義の味方のカーインだって会った人にこれからもそう言い続けるんだ。だから、だからさ、君がそんな顔しないでよアラム君……人間は走り続けられないの、人間は何度も立ち止まって、それでやっと理想とは程遠い成果を生み出すの。だから今は休もう? それが今は最善だよ」


 正義の味方を志させてくれた青年に、白い娘はそう伝える。

 自分たちのエゴの為に死んだ人間の願いが、その遺族を守ることで、今からそれを全力で遂行するというのは聞こえはいい。

 だが、やはり死んだ人間が生きていたはずの未来の方がいい。けれど、それはやはり傲慢(限界)なのだ。そんな考えが頭の中でグルグル回る。

 現実は非常で、自分たちはただの人間である。答えすら出せない。だが、無力なのは当然なのだ。

 だから、今ここから、最善の結果を見据えて最良の一手を模索し続けないといけないのだ。


「うん……確かにそうだ。ありがとうカーインさん……文句で人は助けられない。今やれべきことをやってから、嘆こう」


 アラムはそう言った。だが、やはり気持ちの整理など簡単につかない。でも、彼と彼女は、もう子供と呼べるほど幼くはないのだ。辛い時でも後悔は後回しにして、自分を騙してでも奮い立たせて、ただただ進み続けるしかないのだ。

 ……と、なにやら青年の視界一杯でカーインが顔を真っ赤にしている。そういえばなんで女の子が自分の視界一杯にいるんだろうと思い、深夜という時間帯のせいかいまいち働いていない頭で考えるアラム。

 ――なんていうことはない。熱弁のあまりカーインがキス寸前まで顔を近づけていたからだ。


「あの……ごめんなさい」


 ゴニョゴニョとそう言いながら距離をとるカーイン。しかしアラムはまだ感情がごちゃごちゃで、なぜ彼女がそんな反応をしたのか理解できなかったらしい。ただただ、少し悲痛な表情で医療棟の扉の奥にいる少女を、見ていた。

 驚いたことに、少女は次の患者の所にいって治療行為を行っていた。泣いた時間は一分もないだろう。子供を死なせてしまった悲しみなど晴れてはいないだろうに、彼女はその傷を放置したまま、戦っているのだ。


「と、とにかくキレスちゃんのことはこなたに任せて、アラム君は眠ること、いい? それも仕事のうちだから」

「いや……僕も早急にしないといけないことをしてから休むよ。今僕だけ休んだら、あそこで立ってるキレスタールさんに顔向けできない」


 その言葉に驚いて、カーインは医療錬を覗き込んだ。そこで再び治療行為をしているキレスタールを見て「あの子……」と呟いてから、再び青年の方を向いた。


「アラム君、あんまり無茶しちゃ駄目だからね?」


 どこまでも自分を心配してくれている白い娘の優しさに、くすぐったさを感じて青年は微笑みで返す。そしてアラムはその場を後にした。

 足音が、一人分忙しく鳴り響く。騒がしいはずの夜城の中、青年は人通りの少ない最短ルートで、自分のいるべき場所へと向かっていた。

 興奮しているのか、やたらうるさい心音のリズムのせいで青年の歩みがやたらと速くなる。

 アラムはそのままガウハルが見張りをしているであろう仮設ラボまで、脚を次第に速くしていき、最後は馬のように駆けながら夜空の下を突き進むのであった。



次回更新は明日の朝六時です。

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