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第三章「黄金の太陽はまた昇る」 十話



「僕、暫くお外出ない」

「栗毛よ。ショックだらかといって巣穴に籠るというのは関心せんな」


 皆が昼食を済ませたお昼過ぎ、あんなことがあり孤独に携帯食料を齧り終えたアラムは早急にテントを補強し、引きこもりを決め込んでいた。

 一応心配だとキレスタールとガウハルが訪ねてみると、なんともか弱い電灯しかない薄暗い空間でアラムはこんなことを言い出したのであった。


「真剣にモテるにはどうすればいいかって聞いて笑わずに聞いてくれて、あっサイカちゃん本当にいい子なんだなぁとか思ったんですよ。で、鼻毛出てるのとチャック開いてますよのダブルパンチとか恥ずかしくて、もうお外歩けないです……うん」


 そう、サイカには落ち度などない。ただ真剣にアラムを観察して当たり前のことを指摘したら、青年が羞恥心で自爆しただけなのだ。むしろ最低限の身だしなみを整えずに異性にそんな相談をしたアラムが悪いと言える。

 ゆえの引きこもり。私は世間に顔を出してはいけない人間なのですとアラムはこの薄暗いテントを安住の地に決めたらしい。しかしその言葉にガウハルは眉を釣り上げた。


「あの黄色い髪の娘も貴様を不用意に傷つけてしまったと落ち込んでいた。我がそれとなくフォローしていたが、落ち込み終えたらその足で行き本人の口から大丈夫だといっておいてやるがよい」

「えーと、ご迷惑をお掛けしますガウハルさん……」

「良い、我も男よ。女子の前で恥をかき気落ちする気分もわかるゆえ、これ以上は言うまい」


 双角の魔王の気づかいに深々と頭を下げるアラム。先の会議で酔っぱらって問題発言をしていたような気もするが、この魔王は本当によくできた人物だなぁと青年が感心していた。


「まぁサイカちゃんには謝りには行くけど、どちらにせよ僕は暫く仮設ラボで引きこもりかな?」

「それほど忙しくなるのですか? アラム様」

「ああうん。調べる物は多くはないけど、いかんせん安月給で揃えた個人設備だからね。どうしても時間は掛かるかな?」


 キレスタールのその問いにアラムはそう言って机の上に並べられたライフル、手榴弾、パワードスーツを横目に眺める。今彼ができることはこれを解析し、敵がどの程度の科学力を有しているのか測ることにある。誰に言われずともアラムはそれが自分がやらなければならないことだと判断し、すぐさま行動しこうしてテントを建てたのだ。


「やはり貴様は大局を見ることに長けているな。まぁ、少々未成熟なところもあるが、特に対人が奥手すぎる」

「そりゃあぼかぁ、今まで友達いないボッチの引きこもりですからねぇ。学校で学ぶ人間関係とか知りませんよ」

「拗ねるな拗ねるな。そんなものこれから学べばよいだろうに。では仕事の邪魔にならぬよう出る。用があれば言え、我は貴様の部下なのだからな」


 そう言い残し、ガウハルは仮設テントから出ていく。残されたのはキレスタールとアラムのみ、キレスタールもガウハルに習い、部屋を出ていく前にペコリと頭を下げながら歩いた瞬間、青年は彼女を呼び止めた。


「あの、キレスタールさん」

「はい?」

「今は、その、やっぱり負傷者の手当を?」


 彼女の能力から、今彼女がしている仕事の予測をするアラム。バタバタしていて指示も出せなかったことを少し気に病んでいるのか、どうも歯切れが悪い。


「はい、その通りです。カーイン様がそのようにと仕事をくださりまして、と言っても思いの外負傷者の思いの他少なく、指で数えるほどでして私めの負担はさほどありません」


 そう言ってはにかむキレスタール。なるほど、負傷者が少ないのは喜ばしいことだろう。しかしそれを聞いてアラムは少し、無表情のまま固まっていた。


「どうかなさいましたか? アラム様」

「ああいや……なんでもないんだ。じゃあキレシタールさん、無理しないで」

「はい。アラム様も無理はなさらずに」


 そう言ってキレスタールは今度こそテントを後にする。そしてアラムは、机にかじりつくように向かい。取りあえずはとライフルを分解し始めた。


「……ああそうか。負傷者は指で数えるほど、か。それは――」


 おかしいのだ。この国は一方的に敵国にやられている。それで負傷者が指で数えるほどというのはおかしい。なら、可能性は二つある。やられてはいるがうまく敵兵から逃げおおせているパターン。だが、あの死体だらけの戦場跡を見たのならば、そんな可能性がゼロであることなど明白だ。

 だから、青年は少女の喜ぶ顔を見ながらこう考えたのだ。負傷者がほとんど出ないほど、皆、戦場で確実に殺されてしまっているのかと。そして、あの少女も幼いが愚かではなく現実というものを知っている。己の間違いにすぐ気が付いてしまう未来を青年は予見してしまい、それを口にできなかった虚しさを、今は飲み込んでいるのだった。





 その王子にとって、父は全てであった。

 生き方を示し、大義を説き、剣の業を教えてくれた。そして何より王子を、我が子を認めてくれていた。


「……」


 その父が、死んだ。物心つく前に死んだ母の代わりに二人分の愛を注いでくれた最愛の父が死んだのだ。自分が夜、心配で目が冴えていたのに、いつしか眠気に負けベッドの上で横になっている間に、死んだのだ。

 死ぬなどと思わなかった。怪我をしてでも帰ってくと思っていた。いや、まだ父が生きていて、戦死したという報告が何かの間違いでなんて考えが頭から離れず、こうして今も父との思い出が染みついた城内をフラフラと彷徨っていた。

 いつの間にか晴れていた空は曇天となり、さらに王子の気持ちを暗く変えていく。形見である父の剣を胸に抱きながら、彼は死神か何かに誘われるように人気の無い兵舎近くにやってきたのだった。


「……これは?」


 だから、王子はこんな不純物が置かれているのが我慢ならなかった。

 見たこともないない建設物が兵舎近くの道に我が物顔で置かれていた。ここは慣れない剣術の稽古の後、父が城で育てている果物の木から食べ頃の果実を内緒でくれた場所だ。人目につかないので、しばしば父と子のささやかな悪事を行う場所だった。

 そんな思い出の場所にこんな物を設置され、父との思い出を侵されたと王子は歯ぎしり交じりに身勝手な怒りを込みあがらせる。こんな物を置いたのは誰かとテントを勢いよく開ける。怒りに任せた来訪、その鬼気迫る迫力たるや、その小さな体でよくぞ出せたものだと感心するほど、そしてこのテントの主には効果覿面であった。


「え、何! え、え!」


 案の定、パニックになる青年。このアラムは小型犬の威嚇であろうと全力で逃げる男なのだ。たとえ子供であろうと怖いものは怖いときちんと怯える。おまけに剣など抱いているのだ。

 そんな姿を見て王子は毒気を抜かれた。子供ながらに自分が八つ当たりじみた行為をしていると自覚はあったのだ。しかし相手も怒るならば反骨心でそのわがままを貫きとうそうとしていたのだが、期待していた反応とは真逆の反応であった為、泡を食らう。人間、隣人が取り乱せば逆に冷静になるようにできているのだ。


「えーっと、すみません?」


 そんな相手の心中など知る由もなくアラムは後ろに疑問符をつけて謝罪をする。それを見て面食らっていた王子は初めて言葉を発した。


「いえ、その、いいんです」

「そのぉ、君……じゃなくてあなたはこの国の偉い人、ですよね? 王子様的な。何か僕に御用で? というよりその剣なんですか! ぼかぁ知らない間に何かやらかして斬られるんでしょうか!」


 今日、何度か見かけた王子の身分を予測していたアラムはそんな事実確認をする。基本的にこの青年は相手の地雷を踏まないようにおどおどしながら周囲を観察する機能が備わっているのだ。まぁ異性相手にそれが発動することは稀なのだが。


「いえ……剣については気になさらず……逃げてきたんです。その、城の者がやたらと私を気に掛けるので」


 それはとっさに出た言い訳、ではなく本当のことでもあった。先ほどまで王子がブラブラとしていたのは父を亡くしたばかりの王子を気にかけやたらと構ってくる為、一人になる為、人気の無い場所に避難していたからだ。まぁその避難先でアラムがラボを構えていたのだが。


「暫く、匿ってください」

「あ、はい……斬らない?」

「斬りませんから……これは父の形見で、今は手から離したくないだけなので……」


 そこで会話が終わる。初対面の人間とコミュニケーションがとれない青年と、そもそも会話をする気のない客人では当たり前の帰結だ。しかし気まずいと、もにょもにょと口を動かしながらアラムは何かいい話題はないかと頭をフル回転させる。


「あ、あの…僕はアラムっていいます。あなたの名前は……なんと?」


 どうやって話しかけようかと一分ほど悩んでいた青年は、最近読んだ『根暗な君の送るコミュニケーション講座』という題の本に習い、取りあえず自己紹介からを始めてみたようだ。

 だが、沈黙が空気に馴染んできたと思っていたら、いきなり名前を尋ねられた王子は面食らっていた。自己紹介を今更するのかという疑問と、そもそも自己紹介をする必要性を見つけれていないらしい。


「……(え、なんか失敗した!?)」


 王子の驚く表情に子供って正直で残酷ですよね、と内心で泣き叫ぶアラム。しかしこの王子、なかなか人ができており一応自分たちに協力関係にある客人に失礼が無いようにと、戸惑いながらも小声で自己紹介を始めた。


「私は……この島の第一王子、シャムス。あなた方のことは我が祖父から聞いております。この島の為に力を貸していただけると……なので……」


 戸惑いながらも王子らしく堂々とした名乗りを上げたかと思えば、気落ちしたかのように言葉尻を小さくしていくシャムス。いつの間にか目には涙を溜め、口をわなわなを震わせていた。

 その豹変に戸惑うアラム。よもや簡単に済む自己紹介でこんな反応をされるとは思いもしなかったのだろう。


「……私の故郷を救おうとしてくださり、その為に今も労力を割いてくださる貴方にこんなこと、言ってはいけないのでしょうが……なぜ、なぜもっと早く現れてくださらなかった! なぜ、父が戦場に向かった後で! なんで、なんで!」


 数日、ほんの数日早く来てくれれば父が生きていたかもしれないと、子供はその思いをぶちまけた。王子として敬語で、それでも子供として詰まりかけた声を無理やりに出し、気づけば泣いていた。

 そこまで言い、自らの感情が爆発してしまったことに気が付くシャムス。王子として失態に気がつき、暫く硬直し開けていた口をこれでもかというぐらい固く締めて、そのままテントから飛び出していく。

 その王子の後ろ姿が消えゆくさまを、青年はただただ、黙って伸ばしかけた手を突き出し、悲痛な表情で見ていることしかできなかった。


「……」


 今日初めて会った人間にアラムは同情などできなかった。それは翌日でも変わらない。だが、責められれれば話は違う。この青年は、いや人間というものは基本、弱い。

 自分ではどうしようもなかったと言い訳はいくらでもできる。しかし、あの王子の慟哭を聞いて、胸に沸いた罪悪感をアラムは拭いさることは、この青年はできなかった。



次回更新は明日の朝六時です。

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