第三章「黄金の太陽はまた昇る」 八話
初仕事の初動を振り返す青年。思い返せばあの一連の出来事は実は幸運だったのではないかと青年は思い、やはり不運であったと首を横に振ってみせた。
戦場跡で死体漁りと間違われ、仲良しこよしと協力関係を結ばなくてはいけない国の戦士たちに襲われ、一方でカーインたちは村人を助ける為に生命の危機に直面、やはり散々な結果と言えるだろう。
だが、雨降って地固まった。今アラムたちはこの島の国の中央部にある王城へと招かれている。現在、城門前で地面の上でシートを引いてなにやら寝転がっているが、誰も咎めようとも話しかけようとすらしない。なにしろ多くの民を救ったヒーローたちのあまり活躍しなかった人、というのがアラムのこの島の人間たちからの評価なので、もっと良いところで休んでくださいとも言われないのだ。
そう、彼らは今や英雄。カーインが敵兵に囚われていた村人を助けようとしたことが大きく、半日かけて王城へとたどり着いたアラムは安堵からかヘニャリと地面の上で溶ける様に沈んでいた。
「あー、なんとかなったぁー」
基本的に気が小さく心配性な彼に対して掛かっていたストレス値はすでにオーバー、なのでこうなるのも仕方がない。そんな彼にも唯一ねぎらいの言葉を掛ける少女がいた。無論、キレスタールだ。
「アラム様、お疲れ様です」
「いやぁ、一番疲れるのはガウハルさんじゃない? 僕らはともかく人質にされていた村人を浮かして王城まで連れてきたんだからね。あのポルスとかいう怪物は太陽が昇っている間は暴れて夜は大人しいって話だけど、夜までは待てないしね」
そう、アラムたちはあのポルスとかいう触手の怪物が巣くう森を抜けてきたのではなく、ガウハルに島の中央まで浮かしてもらったのだ。ガウハルの物体を操る能力、液体や気体などは無理だが固形物ならば一度触れればという条件付きだがかなり自在に操れるらしい。服や鎧を人体ごと浮かし飛行したり、剣の雨を降らしたり、自らの鎧を武器へと変えれたりと反則級の能力だ。
それに加え本人は不得手などと言っているが、バイトにいるそこら辺の魔術師よりも魔術の扱いが上手い。まったく非の打ちどころが無い戦力だ。しかし――。
「元はと言えばあの魔王めが暴走してこの国の戦士様たちを襲ったりしなければ話し合いのみで解決できたのです。人運びは軽めの罰、ということにしておきましょう」
このように、大変おちゃめな部分もあった。いや、あの魔王様は普段、相当の切れ者のはずなのだが、久々の太陽の元ということもあり“はしゃいだ”と先ほど本人から少し頬を染めながらの自白があったのだ。
――長年の王の責務から解放された反動があるとかなんとか、というのが本人の弁明である。
「いやまぁ、あの時は相手の方も聞く耳持ってくれてなかったし、少々強引でもガウハルの行動はプラスに働いてたとぼかぁ、は思いますよ?」
「アラム様はあの魔王めに甘いです」
「いやいや、普通ですとも。キレスタールさんこそガウハルさんに厳しすぎません? 元は敵同士でも、もう悪い人ではないのはもうわかってるでしょうに。それになんだかんだ言いつつさっきあげたお菓子、ガウハルさんの為に残しましょうって言いだしたのキレスタールさんでしょ」
「それは、これから共に仕事をするのですから私情で厳しく当たりすぎてはいけないという線引きです……」
と、宝石の髪を持つ少女が弱弱しくそう反論する。なんだかんだでキレスタールは先のラウフ戦のコーチでガウハルに世話になっている。本人にその自覚はあるのか不明だが、口では邪険にしながらも少しその態度を軟化させていた。
このまま二人の仲がじわりじわりと良くなっていけばとひっそりと願うアラムであったが、たった今上空から最後の村人たちを王城へと連れてきた上空でガウハルが手を振ってくると、一睨みした後にプイっと不機嫌そうに顔を逸らす少女。
「うーん、感情をあまり表に出さないタイプじゃなかったけ? この子」
あの出会った当初の事務的すぎるキレスタールはどこにいったのだろうかと青年は首を傾げる。実は長年の責務から解放されて一番はっちゃけているのはこの宝石の髪を持つ少女なのではなかろうか?
青年がそんな思考にふけっていると、まったく疲れを見せないガウハルが上機嫌で降りてきた。一仕事終えたというのにまだ元気が有り余っていると見える。というかなにやら木の棒に刺した得体のしれない物体を齧っているではないか。
「え、ガウハルさんそれ、何を食べてるの?」
「ああ、ポルスという怪物が食えるのかどうか気になってな。いや、現地住民に強めに止められたのだが好奇心に勝てんなんだ。ふはははは! ああ、ちなみにかなり不味い。命を奪った手前、最後まで食べねばと思っていたが、これは実は毒ではないかと思い始めてな。舌が痺れてきたぞ」
「うーん、絶対に捨てたほうがいいと思いますよ……」
アラムに言われ、「では」と木の棒に刺して火で炙ったであろうポルスの触手を遠くの森に放り投げるガウハル、なぜかいつもの高笑い付きでだ。フリーダムすぎるのではなかろうかこの元魔王様はと、アラムとキレスタールは目を細めて呆れていたが、ガウハルは真剣な顔つきに戻りこう話を切り出した。
「でだ、まだ城内に入れてくれないのか?」
「まぁ戦時中ですから。村人を助けた英雄だからよくわからない人たちだけど本拠地に入れるよ! なんて馬鹿な王様じゃないってだけでしょう?」
「さりとて王としての器……いや、忘れよ。確かにそうか、今は王としての矜持を示すよりも民の命を優先して当然よ」
穏やかにガウハルはそう笑い、シートの上に寝転ぶアラムの隣に座る。完璧にこれからお話ししますよ、という態度にアラムもガウハルの方を向く。
「でだ栗毛よ、時にだ。貴様にとって理想の王とはどういったものだ?」
「減税して経済を豊かにして、ぐうたらしてても贅沢させてくれる王様です」
「いや、即答で金に関することを言うな。些か即物的すぎではないか?」
「そう言われましても、バイトって基本的に船員が政治家に求めるのはそういうのなんで、領土争いとか宗教観の違いによる戦争なんて起こりようがありませんしね。それに王様と存在は僕にはピンときません。最近関わるようにはなりましたが、仕えるとかその国民として求めることなんて言われてもちょっと思いつかないんですよ」
青年はそう語る。王、バイトであればあのラウフが該当するが、ガウハルが彼の部下にならなければまず関われなかった人物である。仮に彼が技術開発部門に籍を置いたまま、カーインと仲良くなったとしてもおいそれと面識を持てる相手ではなかっただろう。
「そうか。我の知る組織というものは王という存在が不可欠であったがな。血筋、権力、知性。何によってその玉座に座るかなど多種多様だった。それに求められるものもだ。時に恒久的な平和を、時に憎き敵の血を、時に貴様が先ほど語ったように富の施しを。されど、我は思うのだ。真に理想とする王とは、皆と共に悩み歩める存在である、とな」
「それが、ガウハルさんの理想の王様像なんです?」
「厳密にいえば、民との関係のそれか。民が政治に関心を示さなければそれは国の鬱血、王が民を蔑ろにすればそれは心臓の鼓動が止まると同義。我はな、そう考える」
何かを思い出しているのか。少し寂しそうな横顔でそう語る双角の魔王。その心の奥底は、まだ青年には見れず、そこで会話が終わってしまう。絶対強者、覇者、超越者、その全ての言葉が似合う男は、そんな理想を胸に王という職務をまっとうしていたのだろうか?
すると何か周囲が騒がしくなる。見れば城の見張りが一人の子供を追いかけまわしていた。
「あれ、肌が焼けてない」
太陽の光が差すようなこの島の者は、皆が日焼けをして肌を小麦色に変えていたが、その子供の肌はアラムたちと同じで日に焼けてはいなかった。
同じ外からの客人、ではないらしい。なにせ追いかけている兵士が「王子、王子」と連呼しているのだから、この国の者で間違いないだろう。
「この国の王子様がなんでこんな所に?」
そんな疑問を浮かべながら横目でその騒動を目で追うアラム。泣き叫ぶ王子と困惑する兵士をただただ、ぼんやりと青年は眺めていた。
「ああ、肉親が死んだのか」
簡単に、その結論に至る。戦場に王家の人間が出ていたのであろう。だから、今王子の元に届けられた形見の剣を手渡され泣き叫んでいるのだと予測できた。そんなことを考えながら、目の前の出来事なのにまるで画面越しのような感覚で青年はその泣き叫ぶ王子をただただ無言で眺めていた。
「栗毛、貴様らしくない冷めた目をするではないか」
「え? これってそんなにドライですか?」
「いや、この栗毛がそれほどまでに冷めた目をするのかと思うてな。貴様はどちらかというと激情家であろうと認識していたが……貴様、存外に現実主義か?」
「まぁ……そりゃあ、目の前に死にそうな人がいたら助けようとはしますけど……初対面の人間の不幸に感情移入できるほど僕は感受性豊かではないですよ。基本、ぼかぁ自分のことで手一杯なんでね。それが普通でしょう?」
ガウハルの問いにそう答えるアラム。いつもの自虐交じりに自らを薄情とは言わない。そう、これが普通だと青年は言い切る。顔も名前も知らない他者の不幸に本気で心を痛められるほど人間は希少なのだ。
そして青年はその希少性を持ち合わせられるほど幸福な人生を送っていない。ゆえにこれは当然の反応なのだ。この青年は年相応以上に現実というものを嫌という思い知らされているのだから。
「王へのお目通りの許可が下りた。無礼が無いように」
と、アラムたちを襲ってきた若い戦士が二人にそう伝えにきた。伝言を預かってここに来たのだろうが、仕事を終えた後、痛ましい目で遠くで泣き叫んでいる王子を見ていた。なるほど、あの王子とその父親はそれなりに慕われていたらしい。
「さて、行くぞ栗毛。仕事の時間だ」
ガウハルのその言葉とと共に重々しくその腰を上げる両名。あの王子には悪いが、今は自分の仕事を全うしなければならないのだ。それがひいてはこの国の民を守ることとなる。
「案内をお願いできますか?」
「ああ、もちろんだ」
アラムが礼儀正しくそう言うと、若い戦士もきりっとした表情でそう返す。
「カーインさん、行きますよぉー!」
と、アラムチームとカーインチームを青年が呼び集めて、いよいよ固く閉ざされていた城門から城の中に入っていく。
随分と大所帯になったが、皆今から王への謁見ともあり緊張しているのか口数は少なくなっていたが、この男は違う。
「ほう、二重門か。それに石を器用に積み上げてこの規模の物を作るとはな!」
と、いの一番にそうガウハルが目を輝かせた。この魔王はまるで観光をしているかの如く気楽に城内を観察する。
「魔王ガウハル、子供ではないのですから――」
「修道女、ここが敵に責められた時どう守るか今から観察しておけ。貴様の結界術はわかりやすく防衛の要、常に頭を使うことを意識せよ」
と、キレスタールにそう注意され掛けたガウハルだが、逆に声のトーンを落としそう彼女に説教じみたことを言う。何か言いたそうにした少女だったが、正論ではあるので不満の声を飲み込み城内を観察し始めた。
「……ここは上から攻撃する場所ですね。最初の門を破られた時、城内に侵入してきた敵を上から矢で撃つ為の場所……ですね?」
「左様、して修道女、ここで結界術をどう使う?」
第二の門がゆっくりと開いていく間、ガウハルの質問に頭を悩ます少女。
すると今度はアラムの目を見て魔王は答えを求める。
「え、僕です? やりたくはないけど……うーん、油を上からばら撒いて火をつけるでしょ? で、結界術で出入口と上を塞いで火がつかなかった敵も煙で窒息死させるかな? ほら、敵ってバリアみたいなの使うんでしょ? でも窒息なら効くかなって。まぁ、キレスタールさんが戦争心的障害でも起こしたら困るからやりませんが」
そのえぐい言葉に周囲がドン引きする。が、ショーラとガウハルは満足げにしていた。血を知っている者の差だろう。
「ああいや、さっきの無しで、単純に低威力の地雷をここに埋めます。人間、上を警戒してたら下がおろそかになるからかかりやすいいので。殺さない殺さない。負傷者を一杯出して敵にお荷物一杯造らせた方がいいし、捕虜にしたらその後の交渉材料に使えるでしょ? 命は大事にしないと」
顎に手を添えて熱心にそう語るアラム。この青年、やはりどこかおかしい。とはいえ基本ビビり、自分が圧倒的優位にならねば表舞台に出てこないあたり、狂い切ってはいないのだろう。
――まぁ、そういう人物こそ戦いでは敵からすれば厄介なのだが。
門が開くまでの暇つぶしが終わり、第二の門から城内に入るとすぐそこは避難所となっていた。
村々から避難してきた者が草や木、石を集めてそこそこ立派な家を作っている。この城といい、この島での伝統的な手法なのだろう。されど圧倒的にスペースが足りず、ほとんどの人間が外で眩しい太陽に目を細めながら手作業などをしていた。
すると、先ほどの話の続きをしたいのか、アラムの隣にカーインがひょっこりと顔を出して、少しむすっとした表情で話しかけてくる。
「ねぇねぇアラム君。さっきのは正義の味方じゃなくて悪の黒幕とかの思考だよ? こなたたちは基本的に正義の味方じゃないと、ほら、船長さんに怒られちゃうよ?」
「僕も殺し合いなんてごめんだけど、自分と仲間が殺されそうになったら悪魔になるよ。戦争に正義なんて求め始めたら駄目ですって、その本質は人間が利益を求めての殺し合いなんだから」
「まぁ、そうなんだけど、人道を欠いた戦争をするとその遺恨は百年レベルで続くのはありとあらゆる世界の歴史が証明してるし……」
「あー……歴史とかを持ち出されたら僕はなんにも言えないなぁ。ほら、僕は学校のお勉強は苦手だからね」
正義の白き娘に栗毛の青年がそう語り、逆にそう悟らされる。敵は容赦なく滅せよ、されど獣に堕ちるな。白い娘もなんだかんだで現実を見ている。どちらの言い分も正しいだろう。
「その問答には答えなど出ぬ。戦いは避けるべきだが、必要な時もあろう。して栗毛、今更ではあるが王への謁見、誰が代表を務める? ふさわしいのは貴様かカーインのどちらかだが」
その魔王の問いにカーインとアラムは顔を見合わせた。そしておもむろにコインを取り出すアラム。
「……おい、もやし、まさかそれで決めようってんじゃ――」
「カーインさん、お金あげるんでやってくれる?」
「てめぇ! コイントスじゃねぇのかよ!」
斜め上の行動に思わずツッコみを入れるショーラ。無理もない、まさかそんなはした金で大役を任せるなどと誰が思おうか。
「いや、僕は運が悪いからコイントス不利だし? それに一回僕さぁ、ここにいるガウハルさんのお城にカチコミしてから交渉したんだよ、僕。もうあんな思いするの嫌だし!」
「ふはは、あの時は耳を疑ったぞ。城に殴りこんできて交渉しようなどとは、酔狂な男だと思ったものだ」
「ええ、そうなんですよ。あの時のトラウマでぼかぁ王様にご挨拶なんてしたら絶対に失礼なことをしちゃんで! お願いしますねカーイン先輩」
基本的に責任からは逃げたい十八歳の青年、アラムなのであった。
「いやいやぁ、後輩の成長の為に試練を与えるのもまた先輩の務めですよー。アラム君、君を王様の交渉役に抜擢します」
そしてこの白い娘も面倒なことはしたくない十八歳の乙女、カーインなのであった。
まぁ、この調子で外れくじを押し付け合ってもきりがない。なので青年はこう提案する。
「あー……一緒にしよう。そうしよう」
「だね。お互いサポートする感じで」
最終的にそこに落ち着く、王への交渉が一人でやらなくてはならない決まりはないのだ。
「で、どうしようか? 僕らの正体を正直に言っておく? 隠していても不信感を増長させるだけだし」
「信じてくれるかは別にして、国王様が相手なんだから誠実にいかないと、政治に関わる人に下手な嘘をつくと怖いよ?」
そんな確認作業の後、皆は無言のままぞろぞろと足を揃えて王の間がある城の奥に案内される。するとそこには扉もない大きな出入口が見えてきた。他の場所と明らかに造りが違う。どうやらあそこがこの城の王の間らしい。
「着きましたんで、どうか無礼の無いように。本当に」
先ほどの押し付け合いを聞いていた案内役の若い戦士は念入りにそう言ってきて、この国の敬礼なのだろうか。胸をドンっと叩いてからその場を去っていった。
そして引き継ぎの者なのか、老年の戦士が部屋の中から出てきてじろりとアラムたちを見渡す。
「代表は?」
「僕と彼女です」
その鋭い眼光に内心怖がりながらも、しれっと先ほど決まった役割を口にするアラム。それに老戦士は眉を吊り上げた。
「代表者だというのに随分と若いな。まぁいい、全員入れ」
それだけ言うと、顎で王がいる部屋へと入るように促す老戦士。カーインとアラムは一度お互いの顔を見てから、皆の先頭に立ち部屋に入っていく。
「てっきり代表者だけ入るようにと言われるかと思ったんだけど」
「うん。多分後ろの魔王さんがこなたたちの真の頭だと思われてるから、全員を中に入れたんじゃないかな?」
力ある者がトップに立つ。それがこの島の人たち、というより戦士たちの考え方なのだろう。
そしてガウハルはアラムたちの中でずば抜けて戦闘力が高い。それは今日、散々その力を戦士たちに見せつけたので話は通っているはずだ。
それに加え元魔王ということもあり貫禄もある。アラムやカーインが代表と言ってもガウハルが後ろにいれば確かに信じ難いだろう。
まぁそれはいい、今はこの国の王との交渉だ。アラムとカーインは部屋に入ると、玉座に座っていた焼けた肌とは真逆の見事な白髪を伸ばした老王を確認し、深々と頭を下げた。
そして王と自分たちの間にはなにやら資料らしき物が置かれた長い長いテーブルが設置され、大勢の家臣が横に並んでいる。見ればアラムたちと戦った戦士の姿もあり、この国の重要人物が勢ぞろいといったところだろう。
ただやたら機能的なせいで、玉座の間というより、会議室という印象を受ける。
「本日は見知らぬ我々に謁見の許可を頂き、感謝しております。まずは自己紹介を、我々はバイトなる世界を渡る船から参りました時空の渡り人でございます」
そんな丁寧な挨拶をしたのはカーインであった。流石育ちが良いこともあり、すらすらと口から丁寧な言葉を紡いでいく。
そういえばこの娘は令嬢だったなどとぼんやりとアラムはその横顔を眺めながら考えていると、王からの返答が返された。
「私はこの国の王、ムソソヌダ・タージュだ。しかし……世界を渡る船……とは?」
「言葉通り、ありとあらゆる世界を行き来しております。この世界よりも原始的な世界、この世界よりも文明が発達した世界。そもそも人間がいない世界。人間以外の者が栄華の極みにある世界など、様々です」
その言葉に王の周囲にいたものが次々に言葉を交わしていく。そんな世迷言を信じられるか、というのが大半だろう。
「信じられんな……」
「そんなことある訳もなかろう」
だがこのような反応わかり切っていた。
時空の介入者として働いていくにあたり自分たちの正体を明かした時どう信じてもらうか、それはこの仕事をしている上で避けては通れない課題であり、同時にその解決方法もいくつか用意されている。
単純も単純、その世界に無い技術を見せるのだ。科学のみの世界には魔術を、魔術の世界には科学を、両方あるならば存在しない物質を、そうして己たちが自分たちの世界にやってきた時空の旅人であると証明する。
「マァ? お願い」
「はいはーい」
わかってましたよーっと言わんばかりに手をひらひらとさせながら、マァはブツブツと呪文を呟いきながら宙に魔術で作り出した水を浮かべて見せた。
その魔女の水芸に周囲の家臣たちはどよめきざわついた。攻撃か何かと勘違いした者もいたのか腰に差した剣を抜きかけた者もいるが、カーインは涼しい顔でそれを無視して王の顔をじっと見た。
「これは魔術という技術です。他にも見られますか?」
「むぅ……」
眉を吊り上げて、顎髭を手でさするタージュ王は納得したようだ。頭の固い人物ではなかったらしい。
「いや、なるほど――」
だが、周囲はそうもいかない。
「しかし、信じられませぬ」
「やはりこの者らは怪しすぎます」
王とは逆に、周囲の家臣にはそれを見てもやはりアラムたちを信じられない者たちが多い。そりゃそうだ、いきなり現れて窮地のあなた方を助けますと言われても信用できない。
しかし、タージュ王はそれに更に眉を吊り上げた。
「この者らが信用できぬと言うがさて、それは当たり前であろう。しかし、信用できるかどうか知る為の機会は作るべきだ。昔から外の者と接する時、そうしたであろう。相手を知る機会を与えよと、我らの父も祖父も代々そうしてきた」
その言葉に、ざわついていた言葉がピタリと止む。王自らがそういうならと、無理やりに家臣たちは疑心を飲み込んだらしい。
「いやご客人、家臣が失礼をした。伏して詫びおう」
「気になされるな。我も元は王の身、国を統べる者の気苦労は少しぐらい理解はある」
「これは……高貴な血の方だったのですか。重ねてとんでもない失礼を」
「いや、わが身は王家の血など引いておらぬ。武勇と支えてくれた家臣の尽力により玉座に付いた男ゆえ、貴殿に謝られては些かやり難い。それに今はこの者に仕える剣士にすぎぬ、ゆえにどうか王らしく、家臣に威を示しながら我ら客人を迎えていただきたい。それが王という者の務め。軽々しく謝罪をすれば、己が家来に示しがつかぬもの」
そう言いつつ、アラムの頭をポンポンと叩きながら青年を紹介するガウハル。完全に敬意とかそういうものを感じない扱いだが、アラムは特に不満なく己の頭でバウンドする魔王の手を許していた。
「え、ガウハルさんって剣士なの? なんでもできすぎるから剣士とか言われても違和感しかないんだけど」
「栗毛、今は王の眼前だ。世間話は後にせよ」
アラムの気安いツッコみを軽く咎めるガウハル。元魔王ということもあり、他国の王に対して礼を尽くす姿勢がついているらしい。
「では、そのお言葉通り、と言いたいのですが……今我が国は知っての通り島の外にある大国から攻撃を受けておりましてな。つきましては願いを聞いていただきたく……」
「理解しております。なのでこちらの条件を承諾していただければ力を貸しましょう」
「……話が早くて助かる。それで、その条件というのは?」
再びカーインが話を進める。アラムはやることがないなぁーっと目線を窓に中庭からこちらを眺めている子供と目が合った。あれは確かこの国の王子だったようなと思うと、相手も気が付いたのか逃げる様に去っていった。
そんなことをしているうちに、アラムの意識外で話が進んでいく。
「端的に言えばこの島の調査です。我らは時空を渡りながら世界そのものを破壊しかねない怪物を追っているのですが、その痕跡がこの島にある可能性がありやってきた次第であります」
「怪物……世界をも滅ぼす怪物、か。そんなものと戦っている者ならば、この島に迫りくる大国の脅威など大したものではないと?」
「必ずや、この戦いを収めましょう」
その一言に家臣たちが再びどよめく。敵との圧倒的戦力差による窮地、その現状にまるで神の使いがやってきたからのような話が来たのだから顔にも出よう。
「……(そんな強気でできるって言っていいのカーインさん!)」
まぁ、こっちの青年は流石に顔には出さなかったがこんなことを思っていたのだが……。
「……願いを、聞いてもらいたい。戦争の終結後、この島の全てを掘り返しても構わぬ」
「王!」
一人の家臣が声を荒げたが、王はゆっくりと目を閉じるのみでその家臣を黙らせる。苦心ゆえの決断だと誰もが見ても理解できた。
「皆、言葉にせぬが異論はあろう。しかしだ。私は後の世に愚王とそしられようと、守らなければならぬものがある。何よりも大事なのは民の命、次に国の存続。皆の者……わかってくれ」
そう、タージュ王は周囲にいる家臣を説き伏せた。それに誰が言葉を返せようか。
「まぁ、大体エコー調査とかで調べるだろうから掘り返すのは最低限になると思いますが」
――いた。アラムだ。いつもの軽口でそんなタージュ王の一大決心に水を差す。空気を読めと後ろからショーラにどつかれるが、反省する気配もなくこう言葉を続けた。
「えっと、超音波っていうのは知らないですよね? えー。まぁ雑に言えば僕らは地面を掘り返さなくても地面の中を調べることができるんです。まぁその地面の中に何かあれば掘りますが、あっちゃっこっちゃ掘り返すなんてことはまずないでしょう」
「お前! 俺らには王家の墓や城を取り壊しも考えろとか言ったろう!」
と、見れば戦場跡でアラムにそう言われた戦士が苦情を入れていた。あの墓も掘り返すという宣言はなんだったのかと。
「え、いやぁ、あれは例え話ですよ?」
「こ、この、俺たちを試したのか!」
「いやだって、人の言葉を鵜呑みにするなんて大人として駄目でしょうに。それが他国との交渉なら裏があるとか考えないと! 僕らって怪しいですから! ちょっと心配になったから親切心でそこを自覚させたのに、怒られるなんて心外ですよ!」
その、一体お前はどっちの味方なのかと思う発言をしてアラムはそう反論した。
「ははははは! そこの戦士よ。まぁ、この栗毛なりの気遣い、ということで理解してくれまいか?」
「いや、まぁ先祖代々の土地が酷いことにならねぇなら喜ぶべきことなんだろうがよぉ」
「あー、では失礼を働いた詫びにこれはどうか?」
「む、それは、見慣れぬ入れ物だが」
「入れ物はともかくとして、中は上質な酒。タージュ王よ。これは我らからの手土産としてお納めいただきたい。後で毒見でもなんでも済ませて飲まれるとよい。まぁ、先ほどの戦士らがすでにしてはおるが」
遠慮なしに毒見してから飲めという言葉と、仕事中に酒を振舞われた戦士が一斉に家臣たちから非難の目を向けられる。
「……飲んだこともないほどうまかったんで、王よ。よければ皆に振舞ってくれませぬか? 私はいいので」
「よかろう。皆、久々の酒だ。喜べ」
その一言に周囲の家臣たちの表情が緩む。どうやらこの島の人たちはお酒好きらしい。
「む、受けが良いな。もう少し多く持ってくるべきだったか。ふはは、ぐ、なんだ修道女。いきなり脇腹を小突くな」
その様子を見て快活に笑うガウハルの脇に、キレスタールが杖で軽く一撃を入れる。まぁ、これはガウハルが悪い。自分が謁見の礼節をアラムに説いていたのに、王の前で砕けた態度をしすぎなのだから反論はできまい。
「では、協力する手はずでよろしいのですね」
「ああ、どうか我らを守ってくだされ。その為に協力は惜しみません。誰か、この者たちに部屋を、丁重にもてなしてくれ」
こうして交渉は成立する。なんだかんだあったが、アラムたちはこの国に好意的に受け入れられたのだった。
次回更新は明日の朝六時です。




