三話章「黄金の太陽はまた昇る」 七話
緊急事には、人の本性が現れる。
普段はおっとりしている人物が皆をまとめたり、偉そうにしている人物が慌てふためくだけだったりと、いつもつけている仮面がポロリと剥がれ落ちるものだったりする……のだが。
「ちょっと博士! 実験してる場合じゃないから。その気持ち悪い植物の死体捨てなさいよ! アタシ今、魔術であんたたち守ってんだから説教させないで!」
「おいこらカーイン! てめぇは参謀だろ引っ込め! 前線で戦うのはオレの役目だからんな!」
この通り、普段からフリーダムに生きている彼女たちには、そもそも剥がれる仮面など無くいつも通りだった。
――事の発端はほんの十分前、アラムたちと島の反対側に飛ばされた彼女らは、最寄りの村へと寄り村人と接触する作戦だったのだが、事情が変わっていた。制圧と捕虜、銃を持った兵隊が村人を集めて人質にしていたのだ。
一旦アラムたちと合流しようとカーインが早急に判断したのだが、その本人が子供が撃ち殺されそうになったところを見て思わず飛び出してしまったところからこのドタバタ劇が始まる。
今現在、青髪の魔女マァが村からの銃撃を水の壁で防ぎ、後方からは森への流れ弾で怒り狂ったポルスの蔓を赤毛の女剣士、ショーラが焼き斬っていた。
「皆ごめん。こなたが我慢できなかったばっかりに」
責任を感じてかカーインが弱々しく謝罪を口にする。普段ふざけてはいるが根っこの部分がまともなのだ。しかし——。
「今さらよ。なに謝ってんの? あんたが猪みたいに突っ込んでトラブル起こすのなんていつものことよ」
「気持ち悪いから黙ってろカーイン! 気が散るんだよ!」
魔女と女剣士が戦闘の片手間に辛辣にそう返す。優しさからの言葉、ではないだろう。本心からの嘘偽りのない言葉だ。
「なーんで二人はこういう時だけ息ぴったりなのかな!?」
「言ってろ! 謝る前にその頭フル回転させて打開策をとっとと捻りだせ!」
しかし、今の状況は非常にまずい。なにせ村のほうには人質がいる為に下手に動けない。故に敵の銃弾をこのまま消費仕切るまで待てば、その場合敵は人質をとっているアドバンテージを最大限に生かしてくるだろう。
人質に危険を及ぶ展開は避けたいが、まずは後方の森からのポルスを処理するべきだが、ショーラ単騎で森そのもといえるポルスを捌くのは不可能。
おまけにマァが先ほどから水の防壁から水弾を発射して兵士を攻撃しているが、謎のバリアにより水弾は全て弾かれており、こちらの飛び攻撃も効かないと見える。
「指示通りさっき通信でバイトに応援呼びましたけど、やはり時間が掛かります!」
カーインの後ろでポルスの死体に興味津々に観察している博士を抑えながら、サイカがそう報告する。二人は、というかサイカは戦闘能力が無いなりに仕事をしているがそれでも事態の好転はしない。
——詰んでいた。カーインチームの能力の落ち度ではなくバイト側の偵察機を使った事前での調査の不備でだ。
しかしそれに今文句を言う暇などない。今の状況をなんとか打開しようと白い娘は爪を噛みながら思考に没頭していると、通信機から聞き覚えのある声が響く。
「む、これであちらに声が聞こえるか? ほぉ、実に便利よな」
「誰です!?」
「おー、随分とはっきりと声を拾うものだ。確かその声はサイカといったか。ガウハルだ。なにやら今、困っているそうではないか。助けるゆえ状況を教えよ。ああ、栗毛、なんだったか……カメラか? おお、カメラだカメラ。まずそれでそちらの敵を見せよ」
「え……」
誰もその魔王の意図を理解できなかった。今現在、島の反対側にいるはずのガウハルがどうやって彼女らを助けるというのだろうか? 思わずサイカも思考停止に陥ってしまう。
「娘よ落ち着け。まずは深呼吸を――」
「サイカ! カメラ機能オン! パニックになってるならこなたに通信機を渡して! 状況は村には飛び道具で武装した兵士と人質、外野に数名、村の建物に沢山と推測、私たちは村はずれの森で応戦しているけど後ろから変な触手の怪物にも襲われてて手一杯!」
「おお、その声はカーインか。的確な情報よ! いや、あの兄の妹だけはあり存外に頭がキレる」
「で! こなたたちは何をすればいいの!」
「極力動くな、そして身を守れ。こちらも注意はするが初の試みゆえ“剣の雨”に巻き込むかもしれん」
「剣の雨!? ショーラこっちに戻って! 一塊になる! マァは絶対にこなたたちを守って! 死ななきゃいいから最悪こなたたちを氷漬けにしてもいい! 覚えたての氷魔術でもそれぐらいは簡単だよね!」
言われ、カーインは素早くそう指示を出す。そんな滅茶苦茶な支持に面食らいながらも、ショーラとマァは言われた通り皆、一か所に集まった。
「やって!」
「うむ。実に手際が良いぞ、白き娘!」
ガウハルの言う通り、驚くべき速さだった。この土壇場で疑問も挟まず彼女氏に従う他のメンバーも、なんだかんだショーラを信用しているのだろう。そして非戦闘員であるサイカと博士の上にカーインは覆いかぶさり、サイカから受け取った通信機のカメラを村にいる敵に向ける。
――その瞬間、発砲している敵兵は確かに空に煌めく何かをその目で見た。
「あ?」
それは彼らにとってのまさに死兆星であった。だが天より降り注ぐそれをこの兵士たちは一度見ている。矢の一斉発射、二度目の上陸の際、初手でこの島の戦士が使った手だ。大量放たれた矢の矢じりが太陽光に反射してから降り注いでくる。
だが彼らはそれを脅威とみなさない。先ほどから水弾を防いでいるバリアだ。これにより彼らにとってほとんどの攻撃は無害となる。弓矢など襲るるに足らない。ゆえに、油断した。
「ほっとけ、悪あが――」
兵士の一人が何か、鼻で笑いそう言いかけた瞬間、彼のライフルが砕け散っり足元には矢なんて物より恐ろしい物が刺さっていた。刃こぼれはあるが、長く太い剣であった。
「は?」
瞬間、それに続き無数の剣が遥か天空から降り注いでいく。小屋の周りだけではなくカーインたちの後方にいたポルスたちには容赦なく剣の雨が降り注いでいた。
勘の良い兵士が一人、人質のいる小屋に飛び込むがそれだけだ。残りの兵士の装備は天から降り注ぐ剣の雨に破壊尽くされる。高高度からの質量の暴力にバリアなどまるで役に立たない。上空千メートル以上から自由落下してきた鋭い鉄を防げるほどの代物ではないらしい。
しかし“剣の雨”は武器や装備を破壊し、四肢を傷つけるだけで、殺されはしなかった。精密なコントロールにより、誰一人としてあの死の雨に命を取られはしなかったらしい。ただ血を流しながら敵兵士たちは苦悶の表情を浮かべる。
正真正銘、半殺し状態というやつだ。
「ふははははは! いや、初の試みであったがうまくいったか。栗毛も随分と思い切ったことを思いつく」
その笑い声は通信機からではなく、頭上から響いてきた。
カーインらも、それにライフルを壊され地に転がる兵士たちも、知能があるかも疑わしい森で蠢くポルスさえもが、その豪快な笑い声で動きを止めた。絶対的な力がそこにいると皆、瞬時に理解したのだ。
「我はガウハル! 双角の魔王ガウハルなり! いや、元だがなぁ、平社員のガウハルではいかんせん迫力欠けるゆえ、許せ」
「な……んであいつがここにいるんだよ!」
「おぉ、全員無事か! それと答えだが、普通に飛んできたのよ! 先ほど降らした剣を持ってきてな」
ショーラが思わず目を疑い、そう口で漏らすとそんな返答が返ってきた。双角の魔王ガウハル、今島の反対側にいるべきその人物が天より自分たちを見下ろしているのだから無理もない。
「ああ、お兄さまがあの魔王様を欲しがる理由が理解できた……」
まるで天変地異みたいな助けられ方をして、カーインがぽつりとそう呟く。
小さい島ならばあの魔王は一瞬で飛行し助けに駆け付けられるのだ。なるほど、その可能性を緊急時に考慮できなかった自分を恥じたが、同時にあの大量の剣はなんなんだと非難がましくも見ていた。
あの剣は島の反対側の戦地後から持ってきたものだ。しかし、死んでから敵に己の武器で一矢報いれるなどとこの島の戦死者たちも思いもしなかっただろう。
そして、魔王はふわふわと舞い降り、優雅に歩き出す。まるで休日の散歩の様な歩調だが、足元に転がっている敵兵士からすれば死神が闊歩しにきたとしか思えまい。
「さて、人質は室内に多数という話か……まぁ、やはりこうするのが上策よな。その為に“生かしておいた”のだからなぁ」
音速に近い速度で振ってきた剣が体を裂かれた兵士が悶え苦しんでいる中、一人一人の魔王はその服に触れて兵士を浮かし、喉元にそこら辺に刺さっている剣も浮かす。
魔王の後方で、横一列に浮いている兵士たちは怪我により苦悶の声を漏らしながら小屋にいる仲間に目で助けを求めていた。
――もうそれだけ充分であった。小屋に逃げ込んだ兵士、元から人質の見張りをしていた兵士、あげくに助けられようとしている肌を日に焼けた村人でさえも、その宙に浮かされた負傷兵の人質に恐怖の目で魔の王をただただ無言で眺めていた。ここに勝敗は決した。
「……むぅ、貴様ら少し怯えすぎではないか? 安心せよ。当たり前だが村人も、そこの兵士らも殺しはせん。敵はできるだけ捕虜にする。無抵抗ならば殺さぬのは戦争の鉄則……というのは建前で、まぁ貴様らはこの国の王への献上品よ」
流石に脅かしすぎたと反省しつつ、魔王は眉をひそめてそう言い放つ。
さりとて大した効果など無い。村人からすれば頭に角を生やした人の形をした怪物が現れたという認識なのだろう。
「まったく、助けてやったというのに……あー、白い娘、手を貸してくれまいか」
そして最後、自分では交渉にならないと判断し、ため息を吐いてからガウハルは森の中から唖然としていたカーインたちへと手招きをするのであった。
次回更新は明日の朝六時の予定です。




