第三章「黄金の太陽はまた昇る」 六話
「で、あんたらは一体、何者なんだ?」
ポルスという名前の触手の化け物をガウハルが処理し、皆が落ち着きを取り戻した頃……アラムたちを襲った兵士たちの中で一番老年の男がそう切り出した。
砂浜に座りながら、アラムがその老兵をまじまじと観察する。鉄の胸当てと腰回りを守る木の小さな防具、後は皮の小手といった機動性を優先した最低限の防具を着ている。軽装なのは南国ゆえ、着込めばすぐに暑さでまいってしまうからだろう。
そして皆その肌を日で焼き、全員こんがりと小麦色に仕上がっていた。この島の太陽は一年を通して強烈らしい。
「えーと……先に説明しますと、取りあえず僕たちは敵ではありません」
「信じられるかよ。あんたら島の外の人間だろ? いや、そこの角生えてる兄さんは人間かも怪しいが」
そう言い、相手もアラムたちを観察していた。改めて考えてみれば、アラムたちの格好は初見の人間からすれば、異様にも程があるだろう。迷彩服の青年、修道服の少女、そして何より禍々しい黒い双角の魔王。不審に思われても無理はない。
一方で相手の格好にはまとまりがあり、全員が同じ兵士か何かであることは予測できた。ただギリースーツに似た葉と枝の被り、カモフラージュをしている者もいる。
それがなんの装備かはおおよそ見当はつく。先ほどの蔦の怪物、ポルスから身を守る為の装備だろう。先ほど彼らは森にいたことから、擬態し自分の身を守っていたらしい。あれに視覚というものが存在するのかは不明だが。
「僕たちの目的はこの島の調査で、学者か何かと思ってもらえたらいいです。で、出身地は……ガウハルさん?」
と、アラムが慣れない説明に苦戦していると、隣でどこに隠していたのか、魔王がおもむろに一本の瓶と人数分のグラス取り出していた。それはどう見ても……酒であった。
「あなたは仕事をしているのに酒を持ち込むんでいたのですか?」
「修道女、何がおかしい?」
「非常識です」
と、それをすぐさま察知したキレスタールがガウハルを咎めるも、当の本人は眉をひそめて鼻で笑う始末だった。
「戯け、常識が無いのはそちらよ。我らは今、他所の国に不法侵入している身だぞ? 戦時下の国で不審人物が入国許可なんぞまずでまい。それは致し方ないことだが……せめて土産ぐらいは用意するは筋よ。例えばそう、国王に献上する酒などな」
「で、その献上品のお酒……ここで飲むんですか?」
「ああ、王に届けるより先にこの酒でやるべきことができた……して、すまないがこの国の者に一つ教えを乞いたい」
そう言い、これまたどこから出したのか、グラス一杯に注いだ酒を持ち立ち上がるガウハル。何をするのかと皆が双角の魔王を見つめた。
「この国では死者にどう酒を送る? そちらの流儀に習って弔い酒を散った戦士に送りたいのだ」
それに、警戒していた兵士たちの敵意がみるみるうちに薄れていった。そう、このガウハルは自らの身の潔白の証明よりもそれを優先するべきと考えていたのだ。
「……堅苦しいことはしなくていいさ、ただ……撒いてやればいい」
「心得た」
「……ありがとうよ。異国の人」
礼を言われながら、ガウハルは天に向かい酒で虹を描く様に撒いて数秒、目を閉じた。
弔い酒、死者を慰める為にガウハルはここで酒を取り出したのだ。その行為は相手の信用を勝ち取るのに万の言葉に勝る。亡き仲間に敬意を表する者を誰が蔑ろにできようか。
「……(うまい。これが王の器か)」
狙ってやったのか、ただ礼を尽くしたのか。どちらにせよガウハルはこの場において最善の行動をした。その証拠に、兵士たちのアラムたちを見る目が明らかに変わっていた。
「さて、一番重要なことは済ませた。後はまぁ弁明をさせてくれまいか。不当に入国をしたこと、ここに深く詫びよう。されど我らは汝らの敵にあらず、条件によっては今行われている戦争に貴殿らの助けとなる気だ」
「なんだって!? 馬鹿言え、たった三人で何ができるんだ!」
そのガウハルの言葉に若い一人の兵士が食って掛かる。当たり前、当たり前なのだが、今目の前にいる人物の力はすでに彼らも見ている。
「馬鹿野郎。さっきのこの角生えた兄ちゃんの強さは見たろう? 三人もいらねぇ、この人さえいれば戦況をひっくり返せるだろうよ」
老兵士に言われ、若い兵士はパクパクと口を動かしたまま硬直した。そう、空を飛び、地を抉り、パルスという怪物を単身で倒せるほどの力を持つ男が今、彼らの目の前にいる。
これほどの男が味方になるならばと、老兵士の目はぎらぎらと輝き始めた。まるで長年抱えていたどうしよう問題の解決に糸口を見つけたような食いつきだ。
「でもよぉ……こいつら、敵国のスパイかもしれねぇぜ」
「必要ねぇだろ、そんなもん。てめぇだってわかってんだろ? 俺たちが戦ってる敵がいかに膨大か。スパイ? なんでそんなもんこの島に送り込んでくる必要があるんだ?」
「それは……でもよ」
兵士の仲間内で話が行われる。それを見ながらアラムはなんとも困った表情で頭を抱えていた。
「……ア――」
様子のおかしいアラムにキレスタールが話しかけようとするも、先に兵士たちが答えを出したようで口を開いた。
「すまない待たせた。んで、そのあんたらの条件ってのはなんだ? 一国を救うってんならそりゃとんでもない代価を払わなくちゃならねぇだろうが」
言われ、ガウハルが渋い顔をしていたアラムに視線を撫げかける。その表情に色は無く、何を考えているのか判別はできなかった。
するとアラムは頭を掻きまわしてからやけくそ気味にこう切り出した。
「もう開き直って言いますが、僕らは善意押し売り業者です。まぁ胡散臭い奴ら、という認識で結構です」
それは、先ほどガウハルが勝ち取った僅かな信用を無に帰す言葉だった。その言葉に一番驚いたのは兵士たちだろう。
「いや、胡散臭いって! やっぱりあんたら悪者なのかよ!」
「まぁー……どっちかというと悪者ですかねぇ」
あっけらかんとそう話すアラム。もう、キレスタールは隣で言葉を失っていた。
「お、おう……で、その悪者が俺らに何を求めるんだよ?」
「最初に言いましたよ? 僕らはここにある調査をしにきました。まぁ考古学とかそうものだと思ってください。この戦争問題が丸く収まったら、調査に協力していただきたいんです」
「……それだけ? いや、それだけなら――」
「それだけ? それだけってなんです? 調査をすると言ったんですよ?」
少し強い口調でアラムがそう切り返す。だが彼の言葉の意図が分からないのか、現地民はお互いの顔を見合わせて青年の言葉を待っていた。
アラムは少し目を細めてから、堂々とこんなことを言い始めた。
「では調査の過程で、あなた方の国の城の下を調べたくなったと僕らが言いましょう? 城を壊して下を調べたい。多分、僕らは遠慮なくそれを言いますよ? では先祖が眠る墓を暴きたいと言われたら、もしくは王族の墓を爆発物で壊してから調べますと言ったら? 貴方たちは快くそれを許しますか?」
「……いや、それは」
「あなたの命を助けたから、あなた方の妻子を助けたから、でも戦争が終わったらあなた方の大切な物を汚します。それから困る、そんなものまで要求されるとは思わなかったと言われたらこちらが困りますからね。そのすり合わせはしておくべきでしょう?」
ガウハルのやり取りを見て信用を勝ち取りすぎた。そうアラムは感じ取っていたのだろう。
これは後でごねられる。そう判断したからこそアラムは自らを不審者を言ったのだ。普段ビビりな青年らしからぬ言動ではあったが、相手の為を想い下手な芝居を打ってきつい言葉を吐き続ける。
「調査と言ってもそこら辺の何にもない土地を掘り返して終わりって訳にはいかないんです。僕らは今あなた方が戦っている奴らより強大な怪物と戦ってます。その怪物の手がかりを得る為ならばあなた方を冒涜する行為もやります。断言します。で、それが我慢ならないから死を選ぶというならば僕はそれを尊重しますよ?」
はっきりと、青年はそう言い切った。すまし顔だが脂汗を流しながらの無理をしての芝居ではあったが、この場で一番気弱と思っていた青年がこうも強いのかと、兵士は彼の目をまっすぐ見据える。
「……それでも、生きてる家族が大事だなんだよ。子供がいるんだよ!」
「俺もだ……まだ言葉も喋れねぇなんだよ」
「姉がいるんだよ。最近結婚したんだ。まだ死なせたくねぇ」
「まだ、親に……恩を返せてねぇ」
皆がそう語る。大事な人がいると、ならば答えはここで決した。
「では、僕らを王様のところに連れて行ってくれませんか? そこで調査の許可をいただければ、最低でもここにいる三人が、あなた方を全力をもってあなた方を守ると約束しま……あ、待って胃が、胃酸が昇ってきた」
などと、最後にそんなことをのたまうアラム。慣れないことをしてストレスがたまった挙句、胃に異常をきたしたらしい。
最後は締まらなかった。実際に彼はリーダーの器なのではない。しかしリーダーというのが貧乏くじで他人から嫌われる仕事をしないといけないというのはあの船長を見て理解しているのだろう。
「ほぉ! 先を見据えておるではないか栗毛、いや見直したぞ! 貴様なりに色々と考えているのだな!」
「人に嫌われているのは慣れてるんでね! でも人にきつくするのってストレス半端ないですね! 胃が、胃がヤバい!」
自身が築き上げた目先の信用よりも、それを無下にして今後の話がスムーズに運んだアラムを褒める魔王。
先ほどのアラムの行動に特に気分を害した様子もなく、彼を褒め讃えていると、アラムが急にジト目になった。
「で、ガウハルさーん……もしかして僕のこと試しました?」
相手に言い難い自分たちの目的を隠したまま下手な信頼を築けば、後で話がこじれる可能性が高い。
なので信用を築く前に素早くそれは開示しておき、相手に裏切り行為と判断されないようすれば後腐れが無くするのが上策だ。それがわからぬ魔王ではない、というのがアラムからのガウハルへの評価らしい。そしてその予測は当たっていた。
「うむ、試した! これからも我が上司に相応しいか試させてもらうぞ」
悪戯を白状する子供みたいに白状する魔王様。そして「こっわ……」とブツブツ言いながら逃げようと後ずさりしたアラムだったが、ガウハルにがっちり腕を掴まれた。
「待て、逃げるな逃げるな。いや、もしかすると貴様、司令官向きではないか? 本格的に頭の冴えがどれほどか見てやろう」
「いやぁ放してぇ! 仕事してたら唐突にガウハルさんがなんか試してくるとか僕ぅ、ストレスで死んじゃう!」
本気で嫌がる青年と、肩をバンバンと叩き褒める魔王。アラムはここに来る前は帰りたいなどと言っていたが、自分の仕事を理解しているようだ。
「それで、この島は何度攻め込められてきたのか、教えてもらいたい」
「あ? ああ……二度だ。一度は昼中に、その時は奴らポルスのことを知らなかったのか、あいつらに追い返されていたが、二度目は夜間、この浜に来てな……詳しくはわからんがこのありさまだ」
状況確認をしたガウハルしたガウハルは何か考え込む。
「この地の荒れから、ポルスという怪物に対策して一帯を焼き払ったか、そういう兵器がある……と考えて間違いあるまい。栗毛、何を使用されたか見当はつくか?」
「火炎放射器? いや、地面の起伏と焼け焦げた跡から見て発火性の爆発物……ですかね?」
「爆発物、か。それも強力な。実に厄介な。まぁ、今は憶測の域を出ぬか……む、屈強な戦士らよ。我らを気にせず酒を飲むとよい」
その一言を皮切りに、どこから取り出したのか、複数の杯に酒が注がれる。それから数分後、ガウハルが持ってきた酒を振舞われた兵士たちが顔を赤くし始めた頃、けたたましい機械音が響いた。
アラムの通信機から発せられるそれは間違いなく緊急音。何事かと青年が通信機を落としかけながら連絡に出ると、ショクルの焦った声で間髪入れず報告をする。
「緊急事態です! 今カーインさんたちが敵襲を受けています!」
次回更新は明日の朝六時の予定です。




