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第三章「黄金の太陽はまた昇る」 五話



 本物の波の音というものを、青年は初めて聞いた。船で映像では見たことがはあったがこの世界に飛んだ瞬間、その視界一面に広がる青がアラムの目の前に広がっていた。

 寄せては引き、砂粒がこすれ合い耳心地の良い音を作り出す。その潮騒と、太陽による海の水光に青年は見惚れていた。


「綺麗……写真とかで見たことはあったけど、高いお金払って旅行行く人の気持ちもわかるかな……」


 肌に感じたことのないほど温暖な空気がやたらと心を高揚させる。と、それを冷ますように海風が青年の体を通り抜けるように吹いていく。


「栗毛、転送は成功したようだな」

「アラム様? いかがなさいましたか?」


 すると、バチバチと大きな音と強烈な光と共に現れた少女と魔王が、そんな海に感動している青年に声をかける。ああ、そうかと青年は気持ちを切り替えた。今は仕事中、そしてここは――。


「うん……戦場跡でいつまでも感動してちゃ駄目だよね」


 美しい海から目を離し、後ろを見れば砂浜を挟んで黒く焦げた地面が永遠と続いていた。

 ここに飛んでくる前にショクルにブリーフィングでこの戦場跡に彼らを飛ばすことは決まっていた。もし生き残りがいればキレスタールの魔術で治療、それと保護。しかし生き残りがいる可能性は低いという情報で、遺品の回収しかできないだろうショクルは話していた。


「じゃあ手分け……いや、どんな危険生物がいるのかわからないから三人で固まろう」

「まぁ、温暖な気候だからな。毒を持つ蛇やら昆虫やらもいても不思議ではない。賛成だ」


 この魔王様は毒蛇とかに噛まれても平気なのでは? とアラムは密かにそう思うが、おおよそ魔王自身ではなくキレスタールとアラムの身を案じての賛同であろう。


「さて、では始めようか。気持ち悪くなれば休んでも良いぞ。無理はするな」


 そう言ってから、戦場跡の真ん中に向かうガウハル。青年と少女は顔を見合わせてから頼もしい魔王に続いていき、その光景に息を飲んだ。

 覚悟はしていた。というよりしていたつもりであった。アラムとて死体を見るのは初めてではない。キレスタールとて旅の中で死んでいる人間など何度も見てきた。


「……ああ、これが戦争か。いや違うか……片方の軍しかいないなら虐殺か」


 鳥が、ついばんでいた。虫が湧き、白くて小さな虫が張り付いていた。何かの獣が齧った跡もあった。これらは人によって殺されたものだ。だが、死体変えたものに敵の人間は関心を示さなかったらしい。ただただそこらに転がる死体に用があるのは野生動物だけ。


「……」


 なんとか吐き気を押さえて、青年はふと隣を見る。修道女は祈りを捧げていた。ああ、なるほど、こういう時に宗教ってのは便利なんだなと思ってから、アラムもそれを真似る。だがそんな形だけのものになんの意味があるのかとすぐさま止めて、遺留品を探し始めた。

 臭い。青白く固まった体と恐怖にそまり見開いた目、それを一回一回手のひらで瞼で閉じてから、アラムは遺族に届けられる遺留品を物色していく。戦場跡ということもあり剣が多い、だがどれも刃こぼれしたり折れていた。

 すると祈りを終えた少女は黙々と作業をする青年に、小さな声で話しかけた。


「……バイトには、宗教はあるのですか?」

「あるにはあるけど、技術が発達しすぎると宗教は廃れていくものらしくて、あの船では一部の人しか信仰とかしないよ……それに、僕らが戦ってるのって神様とかそれに類似する存在だしね」

「神は……人を殺したりなどしません」

「うん……それは僕にはわからないけど。でも、人間と同じで神様にも色々いると思うけどな」


 そんな当たり障りのない返答とともに、アラムは銃弾を執拗に撃たれぐちゃぐちゃになった死体からペンダントを丁寧に取り外す。確認の為、中を開ければ夫婦が赤ん坊を抱いている小さな写真が中に収められていた。


「……この人の家族か」


 顔は確認できないほどめちゃくちゃにされていた。だが妥当に判断すればこの写真に写っている家族はこの人のものであろう。悲報を届けることとなるが、この写真は遺族に渡しておきたいとアラムはそれをポケットに忍ばせた。


「生き残りはいないのでしょうか?」

「いたらここから離れてるかな。医者じゃないから断言はできないけど、死後三日は経ってるだろうし……まぁ、土葬か火葬かそれ以外かはしならいけど、死体がこのままだし可能性は低いかな。味方なら埋めるか焼いて弔うだろうし」

「そうですね……救える命があれば良かったのですが」


 生き残りがいれば誰かがこの死体を弔っているはずと話すアラムの話に、落胆を見せるキレスタール。可能性は低いと言われていても、誰かが生きてる可能性を心の奥底で捨てきれていなかったのだろう。

 すると、アラムの動きがピタリと止まり、眼球だけが左右に動き何かを探し出した。


「キレスタールさん。人がいる……目に見えないけどレーダーで反応……拾った」

「え?」


 見ればアラムの顔近くにステルスを解いた偵察機が飛んでいた。キレスタールが出発前に持たされた支給品とは見た目が違うところをみると自作の物なのだろう。ここに来てすぐに飛ばしていたのか? なんとも用意周到なことだ。

 緊張感からか、キレスタールの杖が強く握られ軋んだ音を出す。


「何人ですか?」

「最低五人。森に隠れて分散して三か所からこっちを見てる。そんなに遠くないけど草木にカモフラージュしてる……」


 敵か? 味方か。いや、その疑問など後回しだと少女は悟り、取りあえず結界を張ろうとした瞬間、何か細長い物が青年たちに向かって飛んできた。


「うわ!」


 思わず情けない声を出すアラムと、冷や汗をかきながら結界を展開するキレスタール。そして――。


「うむ、矢か」


 突如、地面が爆発した。そう、まるで地面に爆弾を埋めて端から順番に爆破していったような攻撃で、矢はあっけなく消し飛ばされる。

 あまりにもオーバーな過剰防衛に、思わず青年と少女は唖然としてしまう始末だ。そして土煙の中、上機嫌で二人の元に歩んでくるガウハル。


「ふはははは! いや、驚かせたか。勢い余った」

「魔王ガウハル、力加減を誤らないでください。ここには遺体があるのですよ!」

「心配せずともそこは避けたわ。我とて故人を蔑ろにするほど戯けておらん。まぁいざという時は死者より生者の方を優先するが……して、栗毛。どう見る?」


 試すような口調でそうアラムに尋ねる魔王。派手に爆発を起こしたのは、土煙で姿を隠し、相談する時間を確保したかったかららしい。言われ、少しパニックから落ち着いたアラムは口を押えてなにやら考える。


「……さっきのは矢だったから、この島の原住民さんだよね? 確か侵略側の敵は銃とか使うって話だし」

「左様、まぁ、それだけで判断するのは早計だがな。銃が使えなくなったから敵から奪った弓で攻撃してきたということもある……が、練度が違う。先ほどの矢の軌道からして使い慣れている。銃を扱う人間がいきなり弓矢を使ったならばできない業よ」

「ならやっぱり?」

「うむ、そう判断しても良かろう。で、どうする栗毛?」


 あくまで貴様が舵を取れと言わんばかりに質問を繰り出すガウハル。まぁ、彼ならばアラムの言う答えなど予見していようが、形だけの確認作業が行われている。


「そりゃあ、穏便に、交渉相手ですから」

「だろうな! さぁて、どうするか。弓を穿ってくる相手に穏便に会話をせよか、これは中々……」


 台詞とは裏腹に妙に楽しそうな魔王に、少女が批難の視線を送るが、現状を打開できるならばと不満は口にしない。今は結界を張り青年と自らを守ることに専念することを選んだようだ。

 となれば少女への軽口をガウハルは引っ込め、どう周囲に隠れている射手とどう友好関係を築くか悩み始める。


「聞け! 我々に敵意は無く対話を求める。いかがか!」


 守から鳥の声のみ聞こえる中、ガウハルが大声でそう伝えるももちろんのこのこと出てくる人物などいない。それどころか、返答代わりに矢がガウハルの顔めがけて飛んでくる始末だ。

 それを鼻で笑いながら、難なく素手でつかみ取るガウハル。この魔王、反射神経も人間離れしているらしい。


「うむ、栗毛。一応は聞くが、機械による翻訳はできているのか?」

「できてなかったら僕とキレスタールさんは会話できてないですよ? ついでにガウハルさんも」

「ああ、いやそうだそうだ。いや、呆けていた。確かに――ならば良い」


 それだけを確認すると、ガウハルは魔術によりその場で少し浮遊する。


「ガウハルさん。くれぐれも穏便にお願いしますね?」

「怪我などさせんが……人の顔に矢を飛ばしてきたのだからな。驚かすぐらいは良かろう?」

「え、ガウハルさん!?」


 この魔王の悪辣な笑みを見て、思わず彼の名を叫び留める。が、時すでに遅い。

 それは初出から最大出力を出せるジェット飛行機だった。海を漂うクラゲの様に浮遊していたガウハルの姿が青年たちの前から消えたかと思うと、矢が飛んできた方角で叫び声が轟き森から鳥が一斉に飛び立つ。


「あの魔王は! 遊んでいますね!?」

「あーあ……」


 怒る少女と諦める青年。あの速度で移動したらソニックブームができそうなものだが、果たしてガウハルめがけて弓を放った人間は胴体がくっついているのか不安だ。

 と、ほどなくして黒い人影が森から上へと飛び上がっていく。よく見れば、ガウハルが弓を持つ人の首根っこを掴んでおり、先ほどの射手はその人生で経験したことは無いであろう大空への挑戦に涙を流していた……無論、恐怖によるもので。


「うわぁー……」

「ふはははははは!」


 それはもう見事な高笑いを響かせ、ガウハルは天高くへと飛んでいく。というか、あれはなぜ逃げる様に上へ飛ぶのかと青年が疑問に思い始めた時、なぜあの魔王が空を目指すのかすぐに答えが現れた。

 ――森が得物を求め手を伸ばした。そう表現すればいいのか、おびただしい数の太い(つる)がガウハルを追いかけ天に伸びていく。


「何あれ!? 事前報告にあんなの無かったよね!」


 遠目からでも植物であるのはわかるが、動きが俊敏すぎる。まるで童話か御伽噺(おとぎばなし)に出てくるお化けの木だ。しかし、それでも魔王の速度には追い付けず、次第にその太い蔓は速度を落としていき一つ、また一つ森へと落下するように戻っていった。


「いやぁー、驚いた驚いた! して、あれはなんというのだ? 森の木々が襲ってくるとは愉快な島よな」

「てんめぇ! ポルス知らねぇとか馬鹿なのか! 昼間に森で騒いだらあいつらに殺されるなんて常識だろうが!」

「ほぉ、ポルス! あれはそういう名か。で、食えるのか?」

「なんで名前の次の質問がそれなんだよ!」

「食えるかどうかは大事であろう? 森の中はほぼあのポルスとかいう怪物の木。あれが食えれば食料に困ることもあるまい。んん?」


 などと会話をしつつ、とっ捕まえた弓兵片手に、ゆっくりとアラムたちの元に降りてくるガウハル。しかしゆっくりしている暇は無い。先ほどの騒ぎで森を刺激したのか、ポルスとかいう怪物植物がうねうねと波を作り、森の中を動き回っている。それにたまらずと、森からアラムたちを見ていた兵士たちが慌てて森から飛び出してきた。


「ポルスが怒ったぞぉ!」

「何しやがるんだ! あのおかしな恰好した奴ら!」


 当たり前だが、遠くからそんな恨み言が聞こえてきた。なにしろあちらは絶賛命の危機なのだ。


「我のせいか?」

「うーん。ガウハルさんのせい」

「そうかぁー……して、栗毛、そんな目で見るな。我とて失敗ぐらいするのだぞ?」

「まぁそれはともかくとして、早く助けに行ってください。マジで!」


 知らぬこととはいえこの状況を招いた魔王は、アラムにじとぉーっとした視線に急かされてこちらに逃げてくる兵士を助けに向かう。そしてその際に地面にほっぽり出した兵士とアラムの目が合った。


「すみませーん。すみません! 本当にすみません!」


 さて……この国の兵士を危機にさらした時点で、遺品を手土産に国王に取り入ろうとする作戦はすでに破綻したと言っていいだろう。そう、要するに青年の公式での最初の仕事は、その第一歩、盛大にずっこける形で始まったのである。

 もう、本当にどうしようかと涙目になりながら、ただただアラムは頭の理解が追い付かない兵士に、ただただ謝り倒すのであった。



次回更新は明日の朝六時の予定です。

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