表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/131

第三章「黄金の太陽はまた昇る」 四話



 人間、仕事始めというのは基本的に憂鬱である。

 休み明けの朝や、長い休みが終わっての会社や学校。レアケースでは半年間調査船に乗り、この船へと帰ってこない研究者が自分の書いた日誌に仕事始めは死のうか迷ったとまで書かれてある。

 その例に漏れず、迷彩服に身を包んだアラムもなんだかこの世の終わりみたいな顔をしていたのだった。


「帰りたい」

「いや栗毛、まだ行ってもいないのに何を言うか」


 転送機を前にそんなことを口走る青年に、ガウハルは笑いながらそう言葉を投げかける。

 第五転送室。アラムが最初使ったあのワンマンオペの転送室とは違い、整備士や職員が多く在籍するこの船の乗り降り場となる清潔感のある巨大転送施設の中で、仕事前のブリーフィングを行われようとしていた。

 今はそのブリーフィングを仕切る職員待ちとなっており、皆が雑談をしているところだ。


「しかしここの転送室……というか転送機の建物? は綺麗だね。僕が初めて現場の仕事で使った場所は電灯が切れかかってたのに」


 そして故意におこされたトラブルにより、予定とは違う世界に飛ばされたのだ。最初からこんなしっかりとした場所を使いたかったと愚痴をこぼすアラムだが今更そんなことを嘆いても仕方がない。


「ここの転送機の管理は公共ではなく民間事業が行っているらしい。客受けの為に見栄えも張ろうものよ。それに民間の方は現場の仕事だけではなく別世界への旅行が主な収入となっていると聞くではないか、値段と質に差があるのは当然よ」

「まぁ、詳しい体制とか知りませんけど……従業員の酷使は悪だと思います! それで人身事故とかありえませんよ! というか僕また狙われないですよね?」

「今回はその心配もあるまい。此度はあのカーインめが信頼を置いている転送機関の使用。ついでに貴様を逆恨みしているかもしれない純血主義の研究機関だったか? それはその兄めに睨まれ下手に動けまい。危険と利益を考えるならば今更貴様をどうこうしようとはしまいよ」

「うーん。頭ではわかってるんですけどね……」

「まぁなに、時が経てばそれが憂いだと理解しよう。で、だ。修道女はなぜ栗毛より顔面蒼白なのだ?」


 言われ、アラムはさきほどから静かであったキレスタールを見る。いつもクールな彼女が明らかに動揺している。杖に体重をかけて前かがみになり異常な発汗、体調不良かと思うほどだ。


「え? キレスタールさん調子悪いの?」

「いえ。体調に異常は無いの、ですが……」


 少女は歯切れ悪くそう答え、なぜか言葉の最後ガウハルをちらりと睨んだ。


「む、我のせいだとでも言うのか?」

「……魔王ガウハル。なぜあなたは転送機などという未知の代物を恐れないのですか?」

「む、そういうことか!」


 その質問で、ガウハルは全てを察し破顔した。よもやこの少女がそんな人間らしい反応をしているなどと夢にも思わなかったからだろう。


「なんだ貴様ぁ、怖いのか!?」

「当たり前でしょう……魔術ならばいざ知らず、よくわからない技術で他の世界に飛ばされるのですよ?」

「いや、我も知らぬ技術に対し恐怖心はある。ある、がな。どうにも、いつも好奇心が勝つのだ、これが。それにまったく理屈がわかっておらん訳ではない。書物を読み転送機の原理のさわりぐらいは理解したのでな。そう恐怖心は無い」


 そう、ガウハルは熱心な読書家とアラムは聞いていた。この船に来て魔王の仕事から解放されたガウハルは暇な時間を有効活用し適度な運動、小銭稼ぎの雑用、そして一日に必ず三時間ほど読書の時間を設けていたらしい。

 アラムはその話を聞いた瞬間、この人は生活リズムから優秀なのだと感嘆のため息を吐いたほどだ。


「く、この魔王、小癪な」

「なに、我が小癪とな? ふはははは! いや、修道女、面白いこと言うな」

「なにが面白いのですか……」


 真正面から悪口を言われているのになぜか上機嫌のガウハルと、自分の悪口が効かないことに悔しがり怒るキレスタール。これはこれで一周回って仲が良いのかと青年が訝しんでいると、カーインチームの方からなにやら歓声が上がる。

 腹を押さえて涙を流しながらゲラゲラ笑うショーラと顔を真っ赤にしているマァ。まぁこの二人が言い合いをしているのは別段珍しくない。しかし、そのとばっちりを謎の因果律により高確率で被ることをこの青年は学習しているのか近づこうとしない。

 ちなみにその謎の因果律とはこの“青年の余計な一言(セクハラ)”なのだが……。

 ただ周囲の様子が変だ。カーインとサイカが顔を赤くしてなにやら騒いでおりそれに対してもマァが怒っていた。まだ知り合って間もないサイカはともかく、あのカーインは一人で暴走するタイプだが他者をバカにする行為などは率先してやらない性格なのはアラムもわかっているので、奇異な光景に見えたらしく、首を傾げていた。


「どうしたんだろう?」


 気になる。普段女の子など話しかけたら、いや、眺めているだけでも問答無用で自分を気持ち悪いと聞こえるか聞こえないかの音量で言ってくる恐怖の対象なのだが、あのカーインがあんな反応をしているのを青年は無視できなかった。

 なのでそろりそろりと気配を消して近づく、言わずもがなこの青年のステルス能力は高い。普段は口を開けばやかましいくせに、いざ自ら目立とうとすれば周囲に無視される才能(呪い)なのだからそれをここぞとばかりに発揮しこそこそと近づく。


「ぶっは、マジかよ! 男泣かせの魔女様がほだされてやんの!」

「うっさいわね! 別にいいでしょうが! それよりカーインとサイカもその生暖かい目を向けるのやめて!」

「いやぁー、あの魔王様とデートしてたとはね。訓練で散々痛めつけられた恨みはどこにいった? ああ、お前実はマゾか? そういう性癖か?」

「オーケー、仕事前にあんた半殺しにして準備運動するわ!」


 その会話を聞いてアラムは脳内で情報をまとめる。顔を赤くさせるマァとそれをからかうショーラの会話を聞くと、どうやらマァがあのガウハルとデートをしたというではないか。

 まぁ、別段プライベートであの魔王様が犯罪行為以外の何をしようとアラムには何も口を挟む権利は無い。ないのだがぁ……出会いを求めても普段の言動で女性の天敵として扱われるこの青年には大変面白くない話なのである。


「ちょっとガウハルさぁん! なにデートって! この船に来てまもないのにすぐさま女性を攻略し始めるとか、ギャルゲーの主人公並みのフットワークの軽さとか驚くんですけどぉ!」

「うわ、びっくりした! ちょっとモヤシ男、気配消して近づいてくんのやめてくんないキモイんですけど!」

「うーん、なんかひどいこと言われてるけどいいや、僕への誹謗中傷なんていつものことだし無視! それよりガウハルさん、どういうことかご説明お願いします!」


 それでいいのアラム君と言いたげなカーインをよそに、魔女の八つ当たりを含めた刺々しい物言いでもアラムもの追及は止まらない。ガウハルとささやかな友情を育めていたと思っていたこの青年は、魔王の突然のリア充への抜け駆けに、大変ご立腹の様子だ。


「いや栗毛、ただ服選びに付き合ってもらっただけだ。マァは衣服について精通しておるゆえその知恵を借りただけよ」

「呼び捨て! この元魔王さんナチュナルに呼び捨てにしましたよ! あー、やーらーしーいー!」

「むぅ……何が貴様の起爆剤になるのか読めんなぁ。相も変わらず貴様は我の予想を超えてくれる」

「それ、多分喜んじゃいけないタイプの誉め言葉ですよね?」

「ええい、いきなり冷静になるな。まぁ、話を戻すとだ、別に恋仲になった訳でもあるまいしそう(はや)し立ててくれるな。マァにも迷惑ゆえな」


 そう言ってなんとかアラムをなだめるガウハル。まぁ、この青年にはたとえ恋仲であろうとなかろうと女の人と休日に一緒にお買い物を行けるスキルが妬ましくてたまらないので、その言葉に意味は無いのだが……。


「それになぜマァをなぜ頼ったかと言えば衣服よ衣服。衣食住はその国の文明を手っ取り早く知れる情報よ。それがありとあらゆる技術と文化を混ぜるこの船ではどういったものに昇華されているのかと、知的好奇心に従い詳しそうな者に師事しただけだ。貴様の思い描くような甘ったるい発展などありなどせん」


 言われ、その場にいたほとんどの人間がマァの顔を見る。

 赤面する魔女の顔、その艶っぽい反応を確認し、またもやその場にいた全員が容疑者(ガウハル)(ガウハル)へと目線を向き直す。


「いやぁ! なんかあったでしょこれ! あった反応ですよ! 例えばそう、伝説に聞く大人の休憩所とかに――」

「んな訳、ないでしょうが!」


 と、アラムの地雷発言にマァがすっ飛んできてビンタをかます。自業自得だが、それはもう見事に空中で三回転して吹き飛ばされたので、カーインが優しく起こしてあげようか先ほどの発言について咎めるべきか迷い、手を伸ばしたポーズで固まっていた。


「まったく! 信じらんない信じらんない信じらんないんだけど!」

「……あー、なんだ。栗毛、そういう場所には行っておらん。まぁ、服屋には何件も足を伸ばしたがな……それと、今の失言は早めに謝ることを進めるぞ。今後の仕事に差しつかえかねん」


 激昂する魔女と頭を押さえる魔王。テンションが上がりついセクハラ発言をしてしまったアラムは、その場で倒れ伏しながら頬っぺたの熱い痛みに耐えつつ小声で「申し訳、ございません……調子に乗りました」ときちんと謝罪の弁を口にしていた。


「あのぉー……そろそろよろしいでしょうか?」


 すると、控えめにそんな言葉が皆に投げかけられる。見れば青髪の美男子が書類を持って待機しているではないか、どうやら彼がミーティングを取り仕切る職員らしい。


「へぇ、おいマァ。お前好みの色男だぜ?」

「うっさいわね。今それどころじゃないの。あーもう、顔真っ赤じゃないアタシ?」

「ははは、炎みてえにな。休日に適当な男を手玉に取って色々奢らしている魔女様もからかわれ慣れてねぇってか?」

「でもいい男ね」

「おい、流石にてめぇ、切り替わり速すぎだろ」


 と、その美男子の登場に周囲の女性陣がざわつく。部外者の他の女性客や女性職員の注目を独り占めする彼に、アラムは床の上で倒れたまま、死んだ目でその人物を見ていた。


「イケメンか。つまり……僕の敵ってことだね?」

「アラム様……美丈夫だからあなたの敵、ということにはなりませんよ?」


 なにやら顔の良い男性の登場に(ひが)む青年に優しく諭す少女。


「ごほん。礼儀を欠いてすまないがオペレーターとやら、時間が押しているゆえ自己紹介は省かせてもらう。誰が誰かなど言わずとも資料で知っておるであろう? して、皆の者……この度の仕事の概要は頭に入っているだろうか?」


 とまぁ、そんな床に転がる敗北者はほおっておき魔王ガウハルは咳ばらいをして仕事を始めるように周囲に促す。いい加減時間を浪費するのは嫌だったのだろう。


「初動はアラム君チームとこなたのチームに分かれての島の探索だよね?」

「はい。皆様には二手に分かれてとある島を探索していただきますが、島自体は小さいのですぐに合流する形にはなると思います。しかし温暖、というよりも熱帯に近い気候ですので緑が深く迷われないように注意してください」


 そう言って青髪の美男子は、腕時計型の端末からホログラムデータを投影し皆に説明を始める。島の形はほぼ円形、森林が土地のほとんどを占めており人が住んでいる場所は中央部と他、数か所の小さな村だけだ。


「しっかし、なーんで二手に分かれるかね?」

「今この島は戦争中でして、一刻も早い住民との合流を目的としています。そこで二手に分かれ、それぞれが住民を守るなどして信用を勝ち取ってから中央部にあるこの島の首都へと行ってください。片方が失敗しても片方が信頼を勝ち取れればこの島の王との交渉もしやすいでしょう」


 つまるところ、アラムたちはこの島にある国へ貸しを作るのが目的なのだ。なぜそんなことが必要なのかというと――。


「でもこの島に本当にディザスターの痕跡があるの? そもそもあんな巨大な怪物が現れたらこんな小規模な島なんて滅ぼされるんじゃ?」


 そう、ディザスターの調査。それがアラムたちの今回の仕事なのだがこれはその最初の一手、ディザスター調査の拠点と協力者を得る為の任務で、負けている国の味方をしろという内容であった。だが、あんな怪物が現れたら人類存亡の危機、その痕跡がある土地に人が住めるのかとアラムは疑問に思ったのだが、その不安は簡単に解決されることとなる。


「ディザスターにも種類があり、積極的に世界を崩落させるタイプのものもいれば、そうでないタイプもいます。今回のものは不必要に世界を壊さず必要な栄養素を取り込み世界を半壊させながら時空を移動するタイプなのでしょう」

「半壊でも人類にとっては存亡の危機だけどね……」


 規模が違う……あの災厄はあるだけで人を滅するに至るのだ。

 だが、ディザスターが起こす問題はそれだけではない。


「そして今回行く世界は、ディザスターによる撹拌現象が起きていると予測できます」

「うむ、事前に配られた資料にもあったな。ディザスターによる文明情報の運搬か……幾たびの戦争により発展した兵器やらがディザスターの体表に付着して別世界へと運びこまれたか……興味深い」


 ばっちり予習をしてきたであろうガウハルが、何それという表情のアラムにもわかるように説明を交えてそう相槌を打つ。さりげなかったが、その意図を青髪の美男子は察したのか、苦笑いと共にアラムを見た。


「相手の戦力は未知数。銃やバリアを使うことはすでに確認されていますのでお気を付けください。アラムさんならば相手の武器の技術を解析できるかもしれませんが……戦闘はなるべく避けてもらえた方が良いかと」

「うーん? なんだか気安く呼ばれたんだけど、これがイケメンの距離の詰め方?」

「いえ……あのぉ、アラムさん」

「はい、なんです? 初対面のお人?」

「いや、私、ショクルです。声でわからなかったでしょうか?」

「……」


 言われてみれば……その声に青年は聞き覚えがあった。この人当たりの良い声はまさしく彼が何度もキレスタールとの親睦を深める時に泣きついた彼の声ではなかろうか?


「……僕、知ってたよ?」

「いや栗毛、その虚言は苦しいぞ」

「ですよね! すみません嘘です! ごめんなさい気づかなくて、え、ショクルさんなの? 本物? 実在したの!? 僕と友達になってくれる人なんて空想上の存在かなとか思ってたんだけど!」


 盛大に床で寝たまま取り乱すアラム。無理もない。恩人とも呼べる人間に、先ほどの無駄にたぎらせていた敵対心を思い返せば、この男は今夜寝床の上で転げまわることは必須だろう。

 そしてなにやら混乱のあまり更に失礼なことを口走っている。その醜態に、青髪の美男子改めショクルは、最後まで苦笑いを見せるのだった。



次回更新は明日の朝六時の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ