第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 四話
ゴトンと、タイヤが跳ねた音がした。
キレスタールの容体が少し回復したのを確認し、アラムは危険手当すら出ない自分の薄給にブツブツと不満を言いながらテントを片付けたのだった。
そして今、とにかく先立つ物が無い現状を打破しようと先ほど討伐した怪物の頭を運びキレスタールの仲間だった勇者が依頼を受けた村へと歩いている途中なのである。
「いやぁ、まさかこの手押し車がこんな風に役立つだなんてね……」
大の大人が両手で抱えてやっと持てる怪物の頭は今、アラムが召喚して引いている手押し車の上に乗っていた。
凄まじい悪臭いだが、キレスタールは仲間に手持ちのお金を全て預けていたらしく、文無しの今はそんな文句は言ってられない。むしろキレスタールによると、この臭いは他の怪物を寄せ付けないらしいので、むしろ願ったり叶ったりだ。
えっさほっさと青年は肉体労働に精を出す。アラムは少ない体力から、キレスタールは当然の如く始終無言のまま、二人は歩幅を合わせ目的地へと足を運ぶ。
「アラム様、村が見えました。まずは面識がある私めが村長夫妻に話を付けます」
「あ、うん。お願いします……」
スタスタと迷いの無い足取りでアラムの横を通り抜けるキレスタール。無駄のない動きで村長夫妻のものと思われる家の戸を叩き、これまた出てきた白く短い髭を顎に蓄えた老人と無駄なく仕事の終了を告げていた。
「あれぇ、僕、まったくもって頼られてない? おかしいなぁ、僕あの子より年上だと思うんだけどなぁー……年下とか思われてない筈だよね? 僕そんなショタ顔じゃないし」
アラムは自分の存在意義に疑問を持ちながらも、戦利品である怪物の頭を乗せた手押し車を引いて村長に合流する。
「おお、これはまさしく仇の怪物です。ありがとう、ありがとう……」
老人は何度もアラムとキレスタールに頭を下げた。確か、この老人は先ほどこの頭を仇の怪物と言った、なら誰か殺されたのだろうか?
「さぁさぁ、外ではなんですから中にお入りください」
「あ、お邪魔します」
勧められるままアラムは中の造りがログハウスになっている村長宅へと上がり込む。目に付くのは木彫りの物置と壁に掛けられた数々の絵だ。それだけでこの家には長年の暖かな記憶と年月が積み重なっているのが理解できる。
「で、そこの青年の方はお初にお目に掛かりますが、別の勇者様、なのですか?」
「あー、いや、怪物を倒したのは僕なんですが、別に僕は勇者じゃないんですよ。単なる他国から来た旅人だと思ってください」
「ほう、それはまた、戦争中の国境を超えてここまでくるのは大変でしたでしょうに」
「あーいえ、事故みたいなもので空から降ってきたと言いましょうか……実はこの国についてまったく知らなくて、少し教えて頂けませんか?」
「空から、はは、それはまた、貴方は女神様の遣わした使者か何かなのでしょうかな? まぁ、嘘でもなんでもいいです。あの怪物を倒してくれたのですからなぁ」
アラムの言うことを冗談か何かと聞き流しながらも、老人は快く彼に笑顔を向ける。
「ですがそうですな。その前にそこの聖女様、水浴びでその体を清めておいきなさい。年頃の娘は綺麗にしとかんとなぁ。おいお前、その子を洗ってやれ」
「ええ、わかりましたよ爺さんや」
旦那に言われキレスタールを連れて外にある井戸付近までキレスタールと連れていくお婆さん。まじまじとそっちの方を見ているアラムを気にしてか、御婆さんは少し困った顔をしてから、窓に板が置かれた。
「おっと、僕としたことが! いや違うんですよ! ちょっと井戸水で体洗うのが珍しくて! 覗こうとした訳じゃないんですよぉ! そもそも覗きとかする度胸ないですし、ええ!」
弁明の為、必死に外にそう呼びかけるアラム。きっと半分本心で半分言い訳なのだろう。
「ははは、まぁ男というのはそういうものですよ。しかしどうして聖女様と一緒に?」
「昨日の夜、彼女があの怪物に襲われているのを目撃しまして、まぁなんとか頑張って助けられたのですが……どうも仲間に見捨てられたらしくて」
「ああ、その方たちなら今朝がたここにきて怪物退治の報酬の金を持っていきました。大方、別の国に逃げるのでしょう」
「えぇ、救いようのないクズじゃないですか! キレスタールさんよくそんな人たちと今まで旅してたね本当! ああ、いや、大声を出してすみません……」
「いやいや、怒ってやるがいい。私もあの者たちが嘘を付いているとわかっていましたが、剣を片手に脅してくるのでね……それに、あの聖女様は最後まで人を恨まず死ぬような方でしょうから、誰かが変わりに怒ってやるぐらいが良いでしょう。さぁさ、こちらの椅子に腰をかけてくだされ」
老人に言われ四つのイスが置かれたテーブルに案内されるアラム……二つのイスは使い込まれていて、残り二つのイスは少し新しく感じる。来客用のイスなのだろうか?
とりあえず新しい方のイスへと座り、アラムは老人の話に耳を傾けた。
「そうですなぁ……まずはまぁ、この国の現状を話すならば。今起こっている戦争がどうして始まったかを話さなければなりますまい」
「戦争が起きているというのはなんとなく聞いていますが……何年ぐらい続いてるんですか?」
「かれこれ十三年ですかなぁ……この国の聖人が暗殺、それに隣国が関与していたとかで戦争が始まりました。隣国は小さな国だったので、一年以内にこの国の勝利で終わると誰もが思っておったのですが……そもそもこの国はその大きな武力を振りかざし、近隣諸国から不満を買っておりましてねぇ」
「……同盟ですか」
「ええ、隣国はこの国の周囲の国と結託し、四方から囲む形でこの国と戦争を行いました。多くの国使えの兵が死に、大きな街から始まり、商業で栄えた町や、そしてこのような小さな村までもが若者を一般兵として徴集され、連れていかれました」
老いた男はそう言いながら、部屋の暖炉の傍に飾ってある絵を懐かしむように眺める。
描かれているのは今より少し若い老夫婦と、若い男女だ。
「連れて、行かれたんですか?」
「ええ、そして無駄死にしたとも……宗教国家と栄えたこの国は、そもそも数による力押しの戦争以外は知らないのです」
「そうなんですか?」
「何しろこの国の王は神の教えを隠れ蓑に私腹を肥やす教父の長……そして何を血迷ったか、国土内部にある魔族が住まう土地に、魔石を求めた」
「え、魔石、ですか? それはどういう?」
「そうですなぁ、私も詳しいことは知らないのですが、強力な魔術を使う為の燃料だとかなんとか、しかし、魔石は貴重。それに魔族たちの食糧なのです。一発逆転の兵器である魔石を求め、戦争で疲弊しているにも関わらず魔族とも争うこととなった。もうこの国は長くはないでしょうなぁ。そもそもすぐに魔王に滅ぼされる」
「……(あ、この国詰んでる)」
思わずアラムはそんな感想を心の中で抱く。いくらなんでも後先考えず動きすぎであった。
宗教の信仰は自由だが、信仰と現実的戦略は分けて考えなければならない。神が守ってくださるから我らは不敗であるなんて考えは傲慢だ。一度や二度やともかく、自分で頑張らない奴に何度も頼られては、神様だってウンザリするというものだ。
「そうして魔族と交戦し、彼らが押さえていた知能の低い魔獣共はその枷が無くなり、人々を襲い始めました。そして息子の恋人だったあの娘も……息子が死んでから私らの面倒をよく見れた良い子だったんですが……もう若い者はこの村にはおりません。私たち夫婦と同じ老人だけです……魔王が我々を滅ぼすまで一週間、それまでにあなた方は国外へとお逃げください」
「いえ、キレスタールさんは絶対にそうはしないでしょう。あ、あと僕、死ぬ気なんて一切ありませんよ、童貞のまま死にたくないんで! お爺さんみたいにお嫁さん貰いたいです。昔はお婆さん綺麗だったんでしょう。羨ましい!」
「……は、ははは、いや、そうですなぁ! いやぁ、ははは」
一瞬、キョトンとした顔をしてから必死にそう宣言する童貞の言葉に思わず笑顔になるお爺さん。
それからなんでもない話で盛り上がる二人。暗い話の後には明るい話題を。昨日まできっと静かだったこの家に、小さくて活気ある火が灯ったのだった。
「では、お世話になりました」
「いや、こちらこそ。まるで息子とその恋人と一緒に過ごしていた日々のようで……楽しかった」
霧が濃い早朝、老夫婦とアラムたちは分かれの挨拶をしていた。
思いの外キレスタールの疲労の蓄積が酷く、水浴びを澄ましてからフラフラと足取りがもつれ、そのまま気絶してしまったのだ。
そのまま夜まで死んだ様に眠り、目が覚めすぐさま魔王討伐の旅に出ようとしたところを、老夫婦が夜は夜行性の怪物が出て危ないと止め、一晩泊まったのだった。
「ご迷惑をお掛けしました。お二人に女神様のご加護がありますように」
「ありがとうございます聖女様、宜しければ死んだ息子とその恋人にも祈ってもらえんでしょうか?」
「聖女などと、とんでもありません……私めはただの修道女です。ですが祈りは喜んで捧げましょう」
手を握り合わせ、深々と祈るキレスタール。老夫婦も目を閉じ亡き息子とその恋人を想い祈りを捧げ、アラムも三人に遅れて見様見真似で祈りを捧げる。
「……うん。じゃあキレスタールさん。そろそろ行こうか。これからお二人はどうするんですか?」
「もう、思い残すこともありません。息子の恋人の仇はあなた方が取ってくださった。最後の時まで静かに暮らすつもりです」
もはや悔いは無いと老夫婦は語る。
いや、息子の死、その恋仲だった女性の死、きっとそれ以外にもきっとこの老夫婦、双方に悔いや無念はあるだろう。
だが、もうそれをどうこうできる時間がこの老夫婦には、いや、この国に住まう人間の全てに残されてはいない。
「では、これから一週間で死ぬかもしれないのにお元気でって言うのも変ですが……夫婦共々良い日々を」
「ええ、そちらもどうかお若い身ですから、この国の終わりに巻き込まれませんように」
別れの挨拶は丁寧で簡潔だった。
若い足はただ未来を求め歩み出し、老いた足は過去を想いその場に止まりながらそれを見送る。数度、キレスタールは後ろを振り向き、いつまでも家に戻らず自分たちを見送ってくれている老夫婦をその目に焼き付けた。
ふと、日の光が強くなる。キレスタールは太陽の気まぐれに目を細めてそれ以降、振り向いて老夫婦の家を見ることは無かった。
「アラム様……あの方たちは良い人たちでしたね」
「うん。僕もそう思うよ」
昨日の夜。キレスタールが目を覚ましてから、彼らは食卓を囲み、寝る前に星空を見上げながら語らった。暖かな暖炉の炎と笑いを青年と少女は忘れることはないだろう。
「私めに父と母はおらずわからないのですが……家族とは、ああいうものなのですか?」
ふと、そんなことをキレスタールはアラムに質問する。するとアラムは困った顔でこう返答した。
「さぁ、実は僕もよくわからないんだ。でも、ああいうのいいよね。笑ってご飯食べて冗談言って。いつかああなりたいものだよ」
「……そうですね」
陽光に照らされた道を二人は歩く。
――きっと、ここからが二人の本当の旅路の始りなのだろう。




