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第三章「黄金の太陽はまた昇る」 二話



 くすんだ赤を基調とした船長室、いつもは現在のこの部屋の主が毎晩毎晩、山積みの書類やらパソコンに似た道具を入力しながら、電話を繋げて同時並行で仕事を行っているのだが、今夜だけいかなる魔法かその仕事が無くなっていた。

 それもこれも、この御仁が今夜この時間を確保する為に手を回した結果だ。


「申し訳ありませんファナール船長。このような夜分遅くに我が侭を通してしまい」

「いえ、栄えある純血主義のトップであるクロードヴァン家のご長男の願いであれば――」

「ああいや、今夜は無礼講で、そういう堅苦しいのは無しで願いしたいのですがね。しかし、良い紅茶だ。まさか船長殿も私と同じ趣味を同じとは、もっと前に知りたかった。今度ここに私の茶葉を届けてもよろしいでしょうか?」

「よろしいですが、今回同様ご内密に、賄賂と勘繰られてしまうのでね」

「ええ、もちろんそこは抜かりなく」


 ラウフ、先日アラムとガウハルを取りあった人物が部屋の中央にある客人用のソファーに座り優雅に紅茶を飲んでいた。

 対する船長も部屋の奥にあるいつもの席ではなく、長机を挟んだ対面のソファーに座り秘蔵の紅茶を楽しんでいる。久々のゆったりとした時間にリラックスしながらラウフとの対談に臨んでいた。


「しかし、例の件についてはご助力いただき感謝してもし足りない」

「先々代の時、汚職問題で流れたトラベラーの垣根を超えた個人間での合同チーム結成制度。表向きは練度不足によるトラブルでの怪我や殉職を防ぐ為、裏は我が船の武力であるトラベラーが徒党を組み反乱分子を作ることを未然に防ぐ為に長らくできませんでしたが、私もいつかは実現しなければと思っていたので」

「おや、そこまで知っていましたか」

「ええ。そこいる方の知恵も少々借りましてね……実にスムーズにいきましたよ。ですが、短期間でこの船の裏事情を探りすぎではと私は思うのですが……」


 そして、ファナール船長はこの部屋にいる“三人目”に視線と言葉を投げかける。

 その人物はドア近くの壁にもたれ掛かり二人のやり取りを聞いていた。


「うむ。いや、我も最初はそう突っ込もうとは思っていなかったのだが……ふはは! やるうちに楽しくなってきてな。調子に乗っていたら知らなくていいことまで知ってしまったわ。ふはははは!」


 何がおかしいのか、この魔王は酔っているのかと思うぐらい豪快に笑ってみせる。

 そう、双角の魔王ガウハルがそこにはいた。ドアのすぐ横にある壁に背を預けてファナール船長とラルフ相手に臆せず言葉を発している。しかし、なぜこの魔王がこの深夜の密会に参加しているのだろうか?


「あまり、この船の深部に関わらないようにお願いしたいのですが……ガウハル殿?」

「いやぁ、確かにやりすぎたな。だが安心してもらってよい。急所は見つけたが突いておらん。なに、暇つぶしに深部を覗いたのみ、この船の裏で蠢く者の邪魔はせん……まぁ、それもあの栗毛にちょっかいを掛けぬなら、と言っておいたが」


 その付け足された言葉に紅茶に口をつけていたファナール船長が固まる。その言い方はまるでその裏にいる人物と接触したような言い回しではないか。


「失礼……ガウハル殿、あなたどこまで切り込んだのですか?」

「ああ、私の父と会いましたか?」


 動揺を見せる船長と、にこやかに笑いながら当たりをつけるラウフ。いやはや、暇つぶしにしては凄まじい大冒険をしていたようだ。


「会ったぞ。貴様の父親、あれはない。厳粛すぎる保守派など政治の害でしかないだろうに」

「いやはや、私もそう思うのですがあの人に忠告など――」

「したぞ」

「ははは、え? したんですか! いや怖いもの知らずだ。いやぁーやはり私あなたが欲しい。今からでも私の部下になりませんか? 無論、賞与は今の十倍は――」

「ふははは、断る。栗毛が必死になって貴様に勝った意味がなかろう? 今日ここで我と会った瞬間にも誘いをかけてきたが、諦めの悪さも度が過ぎると大切な物を取りこぼす大病と知れ」


 もう好き勝手が過ぎるこの魔王様に、ファナール船長は顔面蒼白であった。これならばいつもの激務がマシなのではないかという気持ちすら抱いているのではないだろうか?


「まぁ、最初はバレずにやっていたのだが、段々と貴様の父親に一言、言っておきたくなってな。必要悪というものも理解は示すが……栗毛にまたちょっかいを掛けようともしていたので飴と鞭の両方で殴っておいた」

「それー、途中で面倒くさくなって力技で解決しただけですよね?」


 と、ドアが開けられそこからアラムが呆れているのかため息交じりに入ってくる。どうやら先ほどの会話を盗み聞きをしていたらしく上機嫌で今までの暗躍を話していたガウハルをやんわりと叱り始めた。


「もぉー、ガウハルさん無茶しちゃ駄目でしょう。政治とそういうの僕は全くわからないけど危ない橋を渡っちゃ駄目! ほら、船長の顔見てよ。真っ青だよ」

「栗毛、いたのか。盗み聞きをしていたとは思わなかったぞ。というよりこの部屋は船長室、機密保持の為に防音をしておくべきであろう、漏れるのか、声?」

「あー……この部屋って大昔に造られたから、そういう最新技術での防音対策とかしてないんですよ。ガウハルさんの大声も思いっきり廊下に漏れてましたし……それとあんな物騒な会話が聞こえてきて、僕このまま部屋にとんぼ返りしようかと考えてたんですから」

「ぬぅ、不覚。栗毛にはバレぬようにしておくつもりだったが」


 悪戯がバレて少し反省……しているのかはわからないガウハル。いや、悪戯で済む度合いではないのだろうが、本人的には本当にちょっと遊んでみたというところなのだろう。


「ま、まぁ、あまり純血主義を刺激しないようにしてもらいたいですなガウハル殿。さて、アラム船員、今日呼び出したのはここにいるラウフ様のご指名だ」

「ラウフさんが?」

「アラム、ラウフ様だ」


 と、ファナール船長の注意をすっと手を上げて止めるラウフ。堅苦しいのは止めていただきたいという意思表示だろう。

 その隙にアラムはすたすたと歩いてファナール船長の隣にちょこんと座り、具合の良いソファーを沈ませるが、この部屋に説教で呼び出された時に座るソファーなので座り心地が良くても居心地が悪そうにムズムズと落ち着かない様子だ。


「私のことは自由に呼びたまえアラム君、君と僕は股間を蹴りあい絆を育んだ仲だ」

「いや、すみません。確かにそうなんですけど股間蹴りあっても仲は深まりませんからね? むしろ険悪にしかなりませんかね?」

「ははは、そうかな? 実はあの時、君が漫画というものを読んでいると聞き私も最近、嗜み始めてね」


 確かにアラムはあの魔王争奪戦の時、最初読んだ漫画の影響で頭突きでラウフに勝つ算段であったと公言していた。まぁ、その渾身の一撃は氷塊により阻まれ、やぶれかぶれの金的が炸裂した訳だが……。


「その漫画で一度殺し合った仲の登場人物が激闘を経て絆を芽生えさせていたのだが、なるほど、その法則に習うならば君と私はすでに友人であるのだなと思った訳だ、どうだろうか?」


 そんなことを言われ、見るからにどう返事を返していいのか困惑するアラム。実はこのラウフという人物はディザスター絡みでなければ案外気さくな人物なのではと疑い始め、そういえば妹があの暴走娘(カーイン)なのだと思い至り、この人物の遺伝子にオモシロ成分が入っているなと一人、心の内で納得する。


「というか……どういう風に漫画を買ったんですか? あなたが漫画を買いに書店にいったら大騒ぎでしょうし、あの姫騎士さんにでも頼んで買ってきてもらったとかです?」


 あのやたら辛辣な言葉を口にする姫騎士がお使いするところなど想像しただけで胃が重たくなるのだが、まぁラウフの頼みならばこの人物に行き過ぎた忠誠を誓っている姫騎士ならば、断らないだろう。

 だがそんな書店の店員が罵倒を受けてそうなイベントは起きてなかったらしい。


「いや、家の者にバレると色々と厄介だったのでね。カーインの元に行き借りた。あの戦いの後、彼女との関わり方を色々と改善するべきだと思ってね。まぁ、その第一歩だとも」


 突然あまり会話をしたことのない兄がやって来て、漫画を貸してくれと頼んできたカーインがどういう反応をしたのか気になるが、時計を見たファナール船長の咳払いを聞いてアラムは脱線していた話を戻す。


「それで、そろそろ今日ここに僕を呼んだ理由を尋ねてもよろしいでしょうか?」

「ああ、まずは夜遅くに呼び出してすまない。が、こちらも監視の目があってね。大目に見てくれないかな? それで、先の私との間で行われた賭け試合だが……君との戦いを見世物にした詫びがまだだったと思ってね」

「そんなの別にいいですよ。まぁ、確かにあんな大勢の人見られるとは思ってませんでしたけど、別にお詫びなんて――」

「いや、あれはトラベラーとエスコートが一般の人間に知ってもらうという建前はあるが立派なビジネスだ。君の気持ちに関係なく君の労働に対してそれ相応の対価が払われなければならない」

「はぁ……」


 思えば、アラムが大どんでん返しをしたせいで会場でちょっとした暴動が起きかけた。その為、予定に会った閉会式すら行われずにトロフィーの一つさえ勝者に与えられなかった。大会運営もラウフが勝つと思っていたのに、商売の初動の常客確保のサービスをアラムに盛大に狂わされた為だが、まぁそれを差し引いても運営の勝者へのあの扱いはあまり褒められたものではない。

 今頃次の商売で多くの客に損をさせた為、次からの客足をどう確保しようか頭を悩ませていることだろう。


「私の方で大会運営と話し合ってね。延滞料込みの戦利品を君に届けにきたんだ」

「戦利品って……え、僕の知らないところでなんか大事になっていませんか?」

「なに、策謀などこの船では日常茶飯事だよ」


 あっさりとアラムの言葉を受け流すラウフ。前回も自分の知らぬ間に第一研究所から命を狙われた例もあり、恨み、逆恨みを買うことに敏感になっている様子だ。

 確かに色々とあったらしいのはため息を吐く船長の顔を見ればアラムも理解できた。だがもはや済んだこと、ラウフは不必要と判断したのか、それを語らなかった。


「それで、君に渡す戦利品だがラボを用意した。君の命を狙い色々と計画が破綻した立場が危うくなった第一研究所から二つ返事で倉庫を受け取ってね。少しばかり私からの気持ちも上乗せしてある」

「……え、ラボ?」

「そうだ。君の技術者としての腕を買っての――」

「確か個人の部屋以外の敷地って毎年税金取られるんですよね? しかも広ければ広いだけ。えっとー……その倉庫ってどれくらい広いんです?」

「ははは! いや、実は先ほど船長殿にもこの件を相談した際、同じことを言われてね。広さだがそうだな……君が想像しているより五倍は大きいだろう」


 その言葉に、アラムが絶句する。なぜ第一研究所が二つ返事で倉庫を売り払ったのか、単にラウフによって厳罰をくらい税金を払うだけの資金力を失ったからとアラムは予想する。というか十中八九そうなのだろう。

 大きなおもちゃ箱を貰っても中身に入れるおもちゃが無ければなんの価値もない。むしろ所持しているだけでお金が掛かるなら無い方がマシだ。


「あー、アラム。だから早急に貴様をここに呼び出したのだ。その倉庫を売り飛ばそうにも元が純血主義が所有していたものなど誰も欲しがらないだろう。遺憾だが彼らの横暴はバイトの隅まで轟いているからな、下手に因縁をつけられたくないのだろう」

「え、じゃあラウフさんが責任をもって所持してもらうしか! 別荘ってことで! お気持ちだけ受け取って返品します!」

「しかし、だ。私もお前が研究所を持つことには賛同する。事前にラウフ様から研究所をお前に託す話を聞いた時、金銭的な問題を除けば良いアイデアだと思ったんだよアラム。貴様の技術は惜しい、本来開発部門にいるべき人材だ。だからまぁ、あまりこういうことはしたくないが……他に思いつかないのでこうする」


 などと言いつつ、ファナール船長は机の上にある用紙を器用に滑らせてアラムに見せた。そこには難しいことがびっしりと書かれいることから何かの書類であることは一見して理解できた。


「この書類は公共に土地や物品を寄付をする為のものだ。これにサインをすれば問題は解決する」

「寄付……ですか?」

「公共の所有物としてあの倉庫を寄付し、そこの管理人を貴様とする。そうすれば毎年の税はかからずに貴様はあの場所をほぼ自由に使えるという訳だ。まぁ、一般が望めば研究所を使わせる必要はあるから完全な私物化はできないが、世間では知られていない制度だ。まずそんなことにはならないだろう」

「え、何それズルい」

「第一研究所が普段使っているこの船の裏技だよ。世間に見られては困る物でも隠していたのか、万が一の為に今回買い取った倉庫には適応されていなかったがね。大昔に通った法案だから世間にはそこまで知られていないが……ゆえに世間から批判はされることはないだろう。第一研究所も一応は貴様に負い目があり、自分たちと同じ手を使われても変な因縁をつけてくることも流石にあるまい。これでどうだ?」


 色々考えての処置、ということらしい。青年は大人は汚いなという感想しか漏らしてなかったが、どうも反応が照れ隠しが隠しきれていない。ファナール船長が親心で知恵を貸したと内心では理解し、感謝しているのだろう。


「それに万が一、事が思惑を外れ不味い方向にいっても……ラウフ様が責任をもってなんとかしてくれるはずだ。ええ、失礼ながら流石に苦言を呈しますが、この額の税金など取るに足らないと考えていたなど……少し庶民の金銭感覚も知っておくべきではないでしょうか?」

「いやぁ、それに関してはあなたに頭が上がらない。しかし、流石は現場からのたたき上げでこの船の船長になったお方だ。本当に頭が回る。短時間でこの解決策を思いつくとは、是非とも今後もその頭脳をこの船の為に使っていただきたいものです」

「お褒めいただき光栄です……ああ、それとあなたは贈り物をする時にサプライズをしない方がいいとだけ忠告も加えておきましょう。まず相手に必要かどうか確かめてください。妹御に漫画を借りたお礼に巨大な本棚など用意しても、普通ならば部屋が狭くなるだけでしょう?」

「あぁ、あれは賄賂やら根回し以外で何かを送るなど新鮮でして。楽しくなって少し勢いに身を任せすぎたと今は反省をしていますよ。ところで、その情報をどこで? 家の者から漏れたの――」

「怖いことを言わないでもらいたいですね。その贈り物を受け取った本人が情報の出所です。たまに、この部屋にあなたの妹さんを呼び出し説教をしておりますので、家柄が家柄なので私が怒るしかないのですよ……」


 そう言い終わり、ティーカップを口につけながら少し恨みがましそうにラウフを眺めるファナール船長。兄妹共に迷惑をかけてくれるなということだろう。


「……いや、参った。お恥ずかしいばかりだ」


 苦笑いと共にその海に沈む鮮やかな夕日の様な長髪を揺らし額を人差し指で押さえるラウフ。と、すでにアラムが出された書類にサインを書き始めていた。一応文面に目を通し、自分でわかる範囲で理解しようと努めていたが諦めたらしい。ついでにたびたび欠伸をしてなんとも眠そうにしていた。


「あ、そういえばなんでガウハルさんがここに?」


 サインをする手を一旦止めて、話を思い返しこの双角の魔王がこの部屋にいる必要性を感じられずそんな質問をぶつけるアラム。するとガウハルは一瞬目を丸くした後、なにやら豪快に笑いだした。


「いやな、そこの船長に呼び出しをくらってな」

「え、情報収取以外に何かしたんです? もー、せっかくガウハルさんの為にプレゼント用意したのに船長に迷惑かけるなら暫くは僕が預かってないとですよ!」

「なに!? 我に贈り物だと。いやぁ、嬉しいぞ栗毛! 何をくれるのだ!」


 と、まるで子供のように目を輝かせるガウハル。こんなに喜ばれてはプレゼントを渡さない訳にはいかず、少し照れ臭そうにアラムは話し始めた。


「一応は僕、ガウハルさんの上司になるので面倒は見ませんと。で、この前のこと覚えてます? 洗濯機を欲しがってたので用意したんですよ。まぁその前に服だけど、あんまり僕は服とか詳しくないしガウハルさんの趣味も知らないですから、でも家電なら廃棄品を修理したら使えるので、ああ、きちんと新品同様、綺麗にしたんで」

「アラム、お前……家電の修理とかできたのか?」

「何言ってんですか船長、あなたが子供の頃に家電が壊れたら『アラムは機械弄りが得意だからなんとかできるだろう?』とか言ってきて専門外の知識がいる冷蔵庫とかレンジとか修理させまくってくれましたからねぇ、得意ですよぉ、ぼくぅ~」

「ああいや、すまん。口を滑らした私が悪かった。だからその話は止めてくれ」


 昔のあの所業を忘れたのかと言わんばかりの青年に、藪蛇をつついたと慌てて謝るファナール船長。と、露骨に話の内容を変え始めた。


「こほん! ああ、それとガウハル殿を呼び出したのは別に説教ではない……近々貴様は現場に出るし、早めにこのことを貴様にも知らせておきたくてな。ガウハル殿には夜分遅くに申し訳ないがご足労頂いたのだ」

「なんです?」


 と、ガウハルがなにやら上機嫌でドアの近くからソファーに座るアラムに近づいてきた。まるでできたての作品を自慢してこようとする芸術家みたいだ。


「これを見てくれ、栗毛!」

「……なんで通帳?」


 そんなもの自分と大して変わらないだろうと思いつつ、額を見てみると……見たことも無い額の数字がそこには記載されていた。


「ガウハルさん? これぇ……なぁに?」

「ふはははは! 一発当てたのよ」

「なんで!?」

「ヒントをやろう。金的だ」


 金的、と言われ思いつくのはつい先日、自分が目の前にいる陽光の王に炸裂させたあれしかない。それで儲けたということはあの試合で大穴であろうアラム側にそこそこの金額を賭けていたことになるのだが……。


「……え、いくら僕に賭けたの!?」

「親切な老人がいてな。貸してくれたのだ。いやぁー、貴様がそこの者に金的を食らわした瞬間に立ち上がり手を叩いて喜んだものよ! その老人も貴様に賭けていたからなぁ。それはもうお互いに喜んでなぁ」


 そんな初対面の人にお金を貸したり借りるなどアラムには信じられなかったが、まぁこうして真新しいガウハルの通帳に見たこともない数字が記載されているということはそういうやり取りがあった証拠だ。


「あぁ、なるほどモアか。彼女なら財布の金をそういう風に使うだろう。確か、最近あぶく銭が入ったと言っていたか……」


 と、紅茶の香りを楽しみつつそんなことをぼやくラウフ、意外なところからガウハルに出資されていたらしい。何せ彼女はラウフの部下に当たる人物、そんな彼女が敵であるアラム側に賭けていたらラウフとて面白くはないだろう。


「まぁ、なんだ。額が額だからな。できる範囲で良いのでガウハル殿に資金運用について教えてやってくれ」

「いやぁ、僕もそんなのからっきしですからね?」

「そうか……んまぁ、だろうな。まぁだが、耳には入れておこうと思ってな。最近流行っている詐欺程度はお前でも知っているだろう?」


 頭を抱えてそう話すファナール船長。ただでさえ元魔王という立場上、ガウハルは注目を集めているのに大金を手にしたとなればいらぬ邪推を集めてしまうかもしれないと危惧しているようだった。

 とはいえガウハルも馬鹿ではない。アラムやファナール船長にそうそういらぬ世話は掛けないだろう。


「はぁー……それよりガウハルさん。そんなにお金入ったら僕の洗濯機はいらないですよね?」

「何を言う! 栗毛、貴様が時間を掛け修理し我の為に磨き上げた物が無価値になる訳なかろう? それに賭け事で得た金など、まぁー身につかんものよ。この船の税の仕組みもまだそれほど理解はしていない為、暫くは必要最低限の物は揃えるが節制よ。その洗濯機、ありがたく頂戴する」

「そ、そうですか。無駄にならなくて良かったです」


 洗濯機一つでずいぶんと熱く語られたと驚きつつも、アラムは少し褒められて喜んでいた。となればもう話すことは無い。夜も大分更けている。


「ああ船長、これ夜食です」

「む、何を持って部屋に入ってきたと思っていたが……気を遣わせたな」

「ついでに朝食分のパンも入ってますから、むしゃむしゃって全部食べないようにお願いしますよ。太っちゃいますから」

「女性に太るとか言うんじゃない! まぁ、だが礼は言っておく……お休みアラム。では、お二方も夜分ですので気をつけてお帰りください。とくにラウフ様? 消灯後、許可を取らずに活動するパパラッチはいますのでね?」


 その言葉を最後に夜の密会は解散する。王二人が先に退出し、最後アラムがドアを閉める時にファナール船長はすでに仕事机へ座り、明日の仕事を前倒しでしていた。それにため息を吐きながら青年は自分にしか聞こえない声で「おやすみなさい」と言い残し、部屋を後にしたのであった。



次回更新は明日の朝六時の予定です。

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