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第三章「黄金の太陽はまた昇る」 一話



 焦げ付いた大地に血の川が流れる。赤黒く、月明かりに照らされたそれは見るだけで粘性があると判別できた。

 その血液を出し重ねて倒れているのは赤と銀が特徴的な軽装の戦闘員、いや戦士と言った方がいいだろう。手にしている者は剣と盾と槍、まだ人間が戦いに誇りを求めていた文明レベルの者たちだった。

 戦争の跡、だが今さっき行われた戦いは、戦争ではなく誤魔化しようのない虐殺であったというのが正しい。

 剣と盾、槍と弓は役に立たず、敵に蹂躙された後だ。敗走すら許されず……歴戦の戦士、役五百名の血と肉でこの地獄は作り出されていた。


「どうだおっさん、無念か?」


 そこに、最後の戦士が地に剣を突き立て、片膝を付きながらも蹂躙者たちを睨んでいた。その戦士と死体となっている戦士の武装は違う。いや、ほぼ同じなのだが色が違うのだ。他の者は銀色だが、その戦士の物は黄金である。ゆえに、一目見てこの男が戦士たちの長であると、理解できた。

 その長が、無表情にぽつりと、目のまえでやたら興奮している若い男にこう言い返す。


「ああ、無念だとも」

「そりゃ結構! 負け犬、どうした? それだけか? もっと吠えろよ! ほらよぉ」


 勝利を確信してか、膝をおる戦士に至近距離で武器を突き付けながら挑発をおこなわれる。その侮辱に戦士は怒りこそしなかったが、目をわずかに細め不快そうにする。

 それを気に入ってか挑発する兵士はますます気を良くした。そう、兵士だ。この者の格好は戦いに効率を求める文明レベルの者だ。長い銃(ライフル)を抱え、腰には爆発物。人を殺す為に発展させた技術を身にまとっていた。

 見れば、兵士はこの片膝を折る壮年の戦士より十ほど若い男だった。戦士には彼の装備している装備がどういうものか理解できなかったが、これにより仲間の死体が築き上げられたことは確か。ならば、この散り際にやることはある。


「無様、無様、実に無様だ! あんたも俺と同じ隊長だろうになんだろうなぁこの差は! 部下を無駄死にさせて最後の最後に何もできずに犬死だ!」

「確かに無様。されど、我らに誇りあり。たとえ同胞とこの身が散ろうと汝らに心までは折れぬ。それに、何もできぬことはあるまい?」

「はぁ? 何を言って――」

「ここに、誓いを立てる。我らこそは次代を導く箒星なり、たとえこの肢体が燃え尽きようと次代への輝ける道標となろう! 黄金の太陽と成りえり」

「何言って――」

「これは現存するたった一つの古い呪文だ。それよりもこの距離は“剣士の間合い”とは思わぬのか? 愚か者」


 瞬間、金色の一閃が走った。

 一瞬の出来事だった。膝を折り首を垂れていた戦士は、大地に突き立てていた剣を眼前にいる兵士に向け、最速の一太刀を浴びせる。

 だが、その洗練された一撃は光の壁に衝突し動きを止めた。

 これだ、肌に当たる直前に矢を弾き、槍を折り、剣を防いだ透明の防御壁、これがあったから戦士たちは死体の山を築くこととなった。

 何かしらのエネルギーによる攻撃を阻害するバリア技術。これがこの戦場をただの処刑場へと変えたのだ。


「はぁ――!」


 ――そう、だからこそ、これがあるから自身の欲を満たすだけの安い挑発を行った兵士はこの戦士に近づいたのだ。絶対の安全、戦場においてこれほどの盾は無いと豪語し、その結果それが裂かれる瞬間を目の当たりにする。

 その光の壁は戦士の渾身により裂かれたのだ。

 驚きの声を上げたのは若い兵士の方だ。満身創痍の戦士は無言のままあれほど破れなかった光の壁をただ一度のみ切り裂いて、兵士の右腕を宙へと切り飛ばす。それはまるで出来の悪いロケットだった。血をまき散らしながら細長い腕は空中で踊り空を目指した。


「あぁ、あああああ!」


 負け犬と罵った相手に腕を切り落とされ、痛みで転げ回る兵士。そう、この男は勘違いをしていた。目の前の男は負け犬ではなく、死ぬ間際まで猛犬であることに――。


「てめ、てめぇ、てめぇ! 許さねぇぞ! よくも、よくも! 俺の腕を切り飛ばしやがったな!」


 その剛剣を振った腕はもはや人の形をしていなかった。最上の一矢を報いる為に己の腕を犠牲にしての一撃。それを成した後、戦士は目を閉じ悔いを言葉に残す。


「いや、無念。首を落とすべき一撃であったが……ああ、我らが祖よ、どうか、この島に平和をもたらし――」


 瞬間、決死の一撃を放った戦士の頭からザクロがはじけ飛ぶ。同時にパン、パン、パン、と乾いた音が戦場に響いた。だが、戦士が死んでも銃声は止まらない。

 頭の次は心臓を、腹を、足を、潰れた腕を、腕を飛ばされた兵士は止血剤を打った瞬間怒りのまま立ち上がり、鉛の玉を打ち続ける。復習を、報復を、負け犬に最後、手痛い反撃を貰った己の未熟さではなく、単純な相手への怒りによりまだ温かい死体から赤い花を咲かせ続ける。


「おい、こいつの家族を殺すぞ! 嬲り殺しだ! そこそこの女がいたら犯して殺す! ついて来い!」

「本作戦は敵の部隊の壊滅。本拠地を叩くのは後日の作戦と――」


 銃の弾が作戦続行を反対した兵士に放たれる。しかしその弾は光の壁に遮られる……しかし、その口を止めるには効果があったようだ。


「いいから来い! 皆殺しのパーティーだ!」

「それは看過できない」


 頭に血を昇らせ、腕の痛みを忘れ怒り狂う若い男の通信機に、そんな音声が入る。


「貴公は、総統の意向に背く気か?」


 冷徹に、確認のみが行われる。

 裏切者か、複縦する犬かどうか?


「……了解。これより帰還する」


 怒りを飲み込み若い男とその舞台は撤退を始める。去り際、男は焼かれた大地を眺めこう言い放った。


「覚悟しとけ。俺がてめぇの家族を殺してやる。あの世で指くわえて見物しとけ」


 ――ああ、その一方的な怒り、憎しみ、恨み。それは紛れもなく、どこの世界にもありふれた人間(怪物)の呪詛であった。





 バイト船内にあるなんでもない居住区画、そこにあるアラムの部屋はとにかく物が散乱していた。

 まるで箱からそのまま部品や工具がぶちまけられたかの様な有様だが、この部屋の主は七割はどこに何があるのか把握しているのは部屋が汚い人間の基本的な特殊能力なのであろう。

 そんなせっせとゴミ捨て場から使えそうな集めてきた部品に囲まれながらも、就寝スペースであるベッドの上だけは小綺麗に片づけられておりその上で寝ころびながらアラムは携帯端末で誰かと話していた。


「いやぁ……有名人ですねアラムさん」

「ははは、悪い意味でね! ぼかぁ晴れてこの船の王子様に金的を食らわした極悪人となった訳ですよ!」

「あはは、はは……ええ、純血主義の王子様(ラウフ)は一般人気もありますしね。特に女性からは恨まれるでしょうね」


 もうやけくそだ、と言わんばかりに無理やり笑っているのは先日、ラウフとの魔王賭け試合を終えたアラムであった。あれから一週間が過ぎあの興奮から冷めた頃、でかける度にすっかり後ろ指を指されてひそひそ話をされてここ最近は引きこもりになっていたアラム。やはりというか当然というかストレスが溜まっておりここぞとばかりに鬱憤をまき散らしていた。

 だがまぁ、通話相手が苦笑いをしてお茶を濁し始めると、アラムもそれを察してか、会話の内容を切り替える。


「いやぁ、でもやっとお仕事だよ……これが僕の正式な初仕事ってことになるのかな?」

「ええ、最初のあれは仕事ではなく事件、アクシデントからの遭難でしたからね。完璧なサバイバルでしたし」


 もはや懐かしいと感じるキレスタールとガウハルの世界での出来事を通信越しに語るのはショクルだ。

 あの事件でのオペレーターを担当した彼は、今回もアラムの仕事をサポートしていることが決定しておりプライベート時間を使って仕事前の打ち合わせをしているのだった。

 とはいえ堅苦しい会話ではなくほぼほぼ雑談。すでに会話が始まってすでに一時間が経過して就寝時間が迫る。そろそろ会話のネタも尽きてきたのであくびを噛み殺しながらアラムは部屋の時計を確認した。


「それじゃあ、そろそろ寝ますね」

「はい、ではおやすみなさい」


 実にあっさりと会話が終わる。ショクルも眠たくて会話をどう終わるか悩んでいたのだろうか? そんな考えの中、アラムは携帯端末にたった今来たコール音に驚いてベットから飛び起きた。


「びっくりしたぁ!」


 半分寝ていた脳が耳に刺さるコール音に無理やり覚醒される。相手はファナール船長らしく、放り投げられた携帯端末には船長の不機嫌そうな顔写真が映し出されていた。なぜこの顔写真を着信の写真に設定したのか、他者が見れば、青年のセンスが疑われるであろう。


「……こんな時間になんだろう?」


 時計の針がてっぺんを指し示す時間に電話をかけてくるのが珍しいのか、意外そうな顔をするアラム。そもそも船長は常識人、こんな夜更けに電話を掛けてくるなどありえないのだ。基本あの人物は気遣いができる人物のはずだ。


「はいアラムです。なんです? 残業してたら部屋の電球でも切れて変えてほしいとかですか?」

「電球ぐらい自力で変えられる。まぁ、忙しい時に何度か貴様を呼び出したことあったが……いや、それよりまぁ、なんだ。元気か?」


 そんないつもの軽口を添えながら電話出る青年に、反射的にそう返す船長。しかしそれに続く言葉がどうも歯切れが悪い。これはいつもの船長らしくないなと青年は思いながら、眉間にしわを寄せ始めていた。


「どうしたんです? こんな時間に電話を掛けてきて」

「ああいや、そうだな。夜分遅くに申し訳ない……のだが、今、人を待たせていてな……すぐさま船長室に来てくれ、アラム船員」

「んん? これはぁ……」


 いまいち要領の得ない回答に首をひねるアラム。いつもはきはきと喋るファナール船長がこうも歯切れ悪くなるのは本当に珍しい。相当頭が痛くなる要件なのだとすぐさまアラムは察して、堂々とこう言い放った。


「すみません。寝ますね」

「待て待て待て待て、切るな! いいから今すぐ船長室に来い!」

「……お言葉ですが、消灯を回ってからの外出は原則としてこれを禁ずる。この船ではそう決められているでしょうに」

「船長室に呼び出しをくらったと言えば巡回の刑務部もその場で納得する。万が一しなかったら私に連絡してこい。その場で私が証人になろう。それに、仕事での消灯後の外出はきちんと認められている。まったくの無問題だ」

「はぁ……仕事、というのであれば僕には断れませんが……では、一旦切りますね」


 そう言って通話を切り、ドア……ではなく冷蔵庫に向かい中から食べ物を取り出し何か準備するアラム。


「こんな時間まで仕事して、もう、そんなんだから嫁の貰い手が見つからないんだぞぉ」

 自室ではなく船長室に来いという命令でそう推測するアラム。真っ先に台所に向かった理由はどうやら船長の為に夜食でも持っていくもりらしい。まぁ、あのファナール船長のことだから残業用のガソリン(糖分)ぐらい船長室にある机の引き出しに隠していそうだが。


「さてと、消灯過ぎて廊下に出るの初めてだけど」


 準備が整い自室のドアからにゅっと顔を出すアラム。青年はこの船に乗って長いがそこには彼が見たこともない景色が広がっていた。


「うわぁ、お先真っ暗、誰かさんの人生みたーい」


 廊下の電機は全て消されており、非常用の赤いランプが見えるのみの闇の空間。それにいつもそれほど騒がしい訳ではないのだが、歩き慣れた廊下が完全な無音に包まれて別世界となっているのだから、臆病な青年の不安を煽るには充分であった。


「……いやぁ、もう僕ってば十八歳ですし? こんなの平気ですけどぉー」


 慌てて部屋から仕事で使う偵察機を起動してライト機能を使って廊下に出るアラム。そして一呼吸置いてそんな誰に聞かせているのかわからない言い訳がおこなわれた。まぁ、怖いのであろう。

 だが船長からの呼び出しを無視する訳にもいかず青年は重い足取りで暗闇に包まれた廊下を歩いていく。

 となれば、怖さを紛らわす為に鼻歌でも歌うかどうでもいい思考に意識を割くの二択になる。そして青年はご近所迷惑も考え妄想に浸ることにしたらしい。


「……ん?」


 ふと、彼に不思議な感覚が沸き上がる。

 デジャブだ。初めて消灯を過ぎた廊下を歩くのに、何か妙な既視感を感じたのだ。

 この船の室温など、一年中人間が快適に過ごせる温度に調整されているはずなのに、どこか薄ら寒さを感じ青年の腕に鳥肌が立つ。


「……ああ、そうか」


 すぐさま、青年は妙な既視感の正体を突き止めた。

 忘れもしない、まだ青年がこの船に乗る前の過去。彼が家畜の様に扱われていた奪う側と奪われる側しかいない世界で、こんな景色を見たのだ。

 確か、電力を節約する為に電気が消されている通路を後ろで大人が銃を突き付けられながら歩いたのだったと、青年は思い出す。


「……」


 無意味に、上を見上げる。

 あの時も、今も星など見えない。彼は空に広がる宝石たちに望郷の念など抱けないはずなのに、すぐ近くに屋根があるこの景色が、ひどく自分を裏切っているように思えた。


「次の仕事場は、星は見られるだろうか?」


 まだ記憶に新しいキレスタールと出会ったあの世界の夜空を懐かしみ、青年は乾いた足音を響かせながら廊下を歩く。この暗がりが彼の記憶を蘇らせるのだ。

 ただ、昔のように誰も後ろから銃を突き付けていないのにどこか急かされている気がして、青年の足音が速くなる。

 心臓の鼓動も、呼吸もだ。後ろから亡霊が冷気の蔦をゆっくりと伸ばしているような薄気味悪い恐怖が青年を襲う。


「いや本当、人間の脳って不便だね。嫌なことほど中々に忘れてくれないか……あれから僕は、何か変われたんだろうか?」


 唐突にそんな言葉を漏らすアラム。彼がファナール船長から助けられて約十年、まだ傷は癒えぬようだ。



次回更新は明日の朝六時の予定です。

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