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第二章「彼ら彼女らの日常は騒がしい」 十四話



 集団、というものはそれだけで力を生み出すものだ。自然界で小動物は群れをつくり己を守り、また戦争でも数というものが絶大な力となることは常だ。

 だから、これほどまでに集まった人衆に小心者のこの青年が圧巻されるのは致し方ないことで、冷や汗を流しながら青年はこう口にするのだった。


「なーんで、こんなに人が集まっちゃってるの?」


 アラムがひょっこりと入場口の通路から顔を出し、観客席を見上げながらそんな感想を漏らす。見渡す限り人、人、人。

 そう、ここは普段は大きなスポーツの大会に使われる巨大な体育施設。そこを一日で改修して賭博場に変えたのだから、この船の娯楽に対しての熱量には驚かされる。

 客足はというと空いてる席などなく満員御礼。さらに狭い通路には値段が強きな屋台がずらりと並び、一層の賑わいを会場に与えていた。

 そもそも、なぜこんなことになったかというと……原因は彼らの対戦相手、ラウフにあった。


「あははは……まさかお兄様との対決がそのまま賭け事になるなんて……」


 カーインもアラムと同じく、即席の賭博場の選手入場通路で心底困ったような表情を見せる。

 そう、時は孤児院からの出来事から数日後、今日この日こそラウフとの決闘の日であった。そしてなぜ彼との戦いが賭博になっているかというと、ファナール船長の案件。つまりこの船の主砲を強引に使用した責任問題を解消するのに、大きな金の動きが必要になったとのこと。

 そこで有権者がコネを使い、合法な賭博場を作ったのだが、その華々しい最初を催しを飾るのが彼らであった。

 アラムと率いる新人チームと、カーイン率いるショーラとマァの二人の女傑が暴れるバイトで悪名を轟かせる自称正義の味方のチーム。その合同チームが“必ず負けるであろう”サービス賭博が今日、開催されていた。


「バイトに乗る非戦闘員に、この船で日々戦っているインタービーナーズの戦力を知ってもらう為に作られた政府公認のデモンストレーション施設。そしてその運営を続けていく為のささやかな資金調達の為の賭博……には見えねぇなー?」


 赤毛の女剣士はこの公認の賭博施設に合わせて作られたパンフレットの一文を呼んで鼻で笑う。選手入場通路の陰からちらりと客席を見れば、賭け券を握りしめまだ戦いも始まってないのにラウフに熱烈な応援をしている暇人が目に入ってくるのだから、大金をベットしている輩が何人いるかわかったものではない。


「どうせ、運営最初は規制を緩くして搾り取った後に、世間様から文句言われる前に自主的に規制を厳しくして問題にならないように儲けようって魂胆か? いやぁ、お役人は堂々とこういうことができるのがせこいねぇ」


 にやにやしながら裏で何がされているのか当たりをつけるショーラ。まぁ、悪知恵が働く分この狂犬はこういったことには鼻が利くのだろう。


「で、どうするのよ? アタシこんな見世物になるなんて思ってなかったんだけど……」

「ごめーんマァ! お兄様に後で出演料をもぎ取ってくるから、ね?」

「まぁ、そういうことなら仕方ないわねぇー。やることは変わんないんだしぃ」


 人の目を気にしていない狂犬はさておき、魔女は取りあえずは苦情を口にする。だがまぁ、自らの主が両手を合わせて、実に自分好みの台詞を口にしたので見る見るうちにその機嫌がよくなっていく。


「結局金かよ。現金な女だなぁー、お前」

「あら、アタシが出るんだからそりゃあ出演料貰わないと? 毎日頑張って美しくあろうとしているアタシの努力が報われないじゃない?」

「いや、魔王様との特訓でダイエットできたー、とかなんとか喜んでた奴が日々の努力とか言ってもなぁ」

「それはそれ、これはこれ、エステとか美容院とか本当にお金かかってるんだからねアタシ! 少なくとも男性客はアタシが戦うところを見るだけでも眼福ものなんだからお金を払ってもらわないと」

「はいはい、そうですか。まぁでも金は欲しいなぁ。オレも客の方ならあっちに賭けるんだけどな」

「はぁ!? こっちに賭けなさいよ!」

「オレが客に回ったらオレがこっちのチームに参加してねぇだろ。だったらこのチームに勝ち目ねぇからなぁ、まぁお前が抜けてもオレがいればこっちが勝つだろうけど?」

「へぇー、言ってくれるじゃない。後ろから水魔術で流してやってもいいのよショーラ?」


 と、なんでこの人たちは自尊心の塊みたな人格をしてるんだろうとぼんやりと眺めているアラムとキレスタール。この女傑の精神構造はこの青年にはとうてい理解できるものではないらしい。


「でも公式での賭博なんざよく速攻で許可下りたよな? 馬鹿共が非公式で同じような賭博やってたのが本当に馬鹿みたいじゃねぇか」

「その違法賭博を潰す目的もあるのかな? 自分たちが日陰でこそこそやってることを大手を振ってする商売敵ができたら、相手も止めるだろうって考えだと思う」


 ショーラとカーインが色々な憶測をしていると、アラムが向こう側にある選手入場口からなにやら殺気を感じ取り、目を凝らしてみてみれば、姫騎士が鬼の形相でこちらを睨んでいるではないか。


「すみませーん! なんか睨まれてまれてるんですけどぉ!」

「おお、お前目がいいんだな。あのゴリラ姫やべぇ顔してやがる。おい、もやし、睨み返しとけ」

「いや、僕は今日、この持ち前の気配の無さをいかんなく発揮する所存なのでそんなことできませんからね?」

「まぁ……確かに宣伝の時点でもお前影、薄かったなぁ」


 そう、今日の両チームは名前の通りがいい為、宣伝効果が有るのかこう宣伝されていた。最強格であるインタービーナーズ、ヴァンクロード・ラウフとその妹であり知る人ぞ知る女性チームを率いる白い娘、カーインの対決……それでまぁ、アラムはおまけである。

 あの魔王が出るならばアラムもお情けで宣伝にその名前が使われたのだろうが、今回彼は不要物として扱われているのか、宣伝用ポスターに名前すら入ってなかったほどだ。


「一応はアラム君とお兄様の戦いなんだけどなぁー」


 と、青年が雑に扱われているのが気に食わないのかカーインがひっそりと苦情を口にするも、その声はすぐさま大きな声にかき消されることとなった。


「レディーアーンドジェントルメェーン! 皆様、大変、たいへーん、お待たせしました。本日行われるのは世紀の一戦! 僭越ながら今回実況をやらせていただきますのはわたくし、ハルと申します! 今日は一日皆さまとご一緒にこの戦いを観戦できること、至福の極みでございます! ありがとうございます!」


 会場を盛り上げるべく、そのやけに耳に通る高音の声をマイクを通して実況は会場に轟かせる。会場もその実況の声に呼応して歓声を上げ始めた。


「それではまずはこの大会のルールをご説明いたします! 両チームの勝利条件はいたってシンプルゥ! 相手の側のチームのトラベラーを行動不能、および拘束すれば勝利!」


 つまりラウフを戦闘不能にすればアラムたちの勝ち、逆にカーインとアラムがあの姫騎士のボコられればこちらの負けとなる。


「更に更に! 明らかに相手を殺す攻撃などの度が過ぎた攻撃とレフリーが判断すれば失格ですが、ぶっちゃけこの会場には最新鋭の医療技術で死んでいなければ完全回復! となっていおりますので即死でなければノープログレム! 基本なんでもありのノンキリングマッチ(非殺傷試合)となっております!」


 その言葉に沸く会場、皆平穏な生活で血に飢えているのか実況が言葉がガソリンとなり会場を熱くしていくが、それをやらされるこちらはたまったものではないとアラムは顔を引きつらせていた。


「では次はぁ、チャレンジャーの紹介といきましょう! 純白の美少女率いる天下の女傑チーム。そのバイトでたびたび問題を起こす彼女たちの悪名を知る方も多いのではありませんか! はた迷惑な狂犬、そして魔女、最後になぜかいる無垢な修道女! カーインチィイイイイイイム!」

「……僕の紹介一切入ってないよね? ねぇ?」


 とまぁ、若干どころか大分失礼なことに、入場の口上にアラムの名前が案の定、入っていなかった。

 女性陣は堂々と入場していく中、本当にここに自分がいていいのか半信半疑で挙動不審で会場に入っていくアラム。観客の何人かも指を指してその異物(青年)に疑問の目を向けた。


「アラム様! 大丈夫です……選手として通されたのですから部外者として扱われて……ないはすです」


 と、少女にそう言われるもアラムがこの試合の審判(レフリー)と目が合い、そそくさと何かを聞きに行く。


「あいつ、遂に自分がここにいていいのか聞きにいったぞ」

「いや、流石にねぇ?」


 そんな彼の涙ぐましい努力を嘲笑まじりに見守る女傑二名、するとなにやら大会スタッフが慌ただしくなり、すぐさま実況が混乱交じりにこんな説明を始めた。


「えー、ここでルールの変更がございます……えーと誰だっけ? え!? アラムさんも大会に参加されるようです……彼はトラベラーなのですが、現在すでにお客様から集金しておりますのでルール上特に影響のないように彼もエスコート役として扱われることとなります。失礼しました!」


 つまり、本来アラムとカーインが両方が取られたら負けるキング役だったのだが、すでに賭け金を集金ししまっているのでアラムの戦闘員として扱われている運びとなる。

 それに対しての客の反応はまちまちだ。何せ変人アラムの悪名はバイトにそこそこ広がっている。文句が出てくる中、彼が技術者で戦闘能力が皆無なのだと誰かが言い出すと、すぐに鎮静化、いてもいなくても影響のない存在として扱われていた。

 と、実況が咳ばらいをしてなにやら気合を入れ始める。それもそのはず、今から紹介するのはバイトの超が付く有権者なのだから。


「そして本日の主役! その身に流れる純血こそがこの船を導くにふさわしい証! その髪はこの船の太陽、その指先はこの船の羅針盤! さぁ皆様、喝采の準備を――」

「ラウフ」


 美辞麗句を並べる実況がその名前を叫ぶ前に、アラムは堂々と万来の拍手と共に歩みを進める者を確認しその名前を口にした。この船において時期後継者とも呼べる存在だ。

 彼こそが次代の純血主義の王。そしてアラムが生きる時代の王とも呼べる。

 そんな彼が、割れるような声援の中すっと手を掲げると、実況が慌てて声を放つ。


「皆様、静粛に!」


 ライフの声が会場に轟いた瞬間、会場が嘘のように静まり返る。あまりにもそれが見事だった為に、思わずキレスタールが小さな歓声をこっそり上げたほどだ。

 そして会場スタッフの人が慌てて走ってきてマイクを持ってくる。どうやら事前にそういった打ち合わせがあったらしい。


「諸君、今日はこの場に集まってもらい私は感謝をしている。この場は日々この船から旅立ち辛く厳しい戦いに身を投じる者たちの姿を見てもらい、勇気を受け取ってもらう為の施設だ……まだ、記憶にも新しいディザスター撃退の一報を思い出してほしい。あの戦果の裏で、多くの犠牲があった。死んだ仲間たちがいた……されど、私たちは歩まねばならない! 時に駆けなければならない!」


 会場の真ん中で、白い装束を纏った陽光の王は力強く握りしめられた拳を掲げ叫ぶ。その白い手袋を嵌めた手に、誰もが注視した。


「ああそうだ。我らは! かの世界を崩す怪物を打ち倒さなければならない。この船の長い歴史の中で二回、我らはかの怪物を倒した。そして私が生きているうちその記憶を塗り替えるとここに宣言する。故に、この場を通じ、世界に介入者する者たちの熱を……感じてほしい! では始めよう!」


 その言葉と共に会場が熱狂に包まれた。そして舞台は整ったと言わんばかりに、ラウフが放り投げたマイクは、遠くのスタッフへと吸い込むように落ちていく。


「あれ絶対何回か練習したでしょ! ぶっつけ本番であんなの無理だって!」

「アラム様、今はそのようなことをおっしゃっている場合では」

「アラム君、始まるから備えて……あれ、お兄様本気だから、気を付けてね」


 あまりもの格好良さに指を指してそう指摘するアラムだが、キレスタールとカーインにそんな突っ込みを入れられる。普段自分の味方をしてくれる数少ない女性二名による忠告ということもあり効果覿面であった。

 二名に怒られ青年の表情はすんっと真面目な顔に切り替わり、それを見たラウフは笑みをこぼしたのであった。


「どうだろう。今からでもあの魔王を譲ってくれる心変わりはしてくれないかな? 先ほどの演説は会心の出来だったと思うのだが、感銘を受けて考えを改めてくれてたりはしないだろうか?」

「すみませんけど変わりませんよ……あなたの信念と信条は素晴らしいものです。間違ってなどいない。それを理解したうえで僕はあなたの申し出を断ったんです。それに、その決意が聞こえのいい言葉を並べられただけで変わるなど、あなたに失礼では?」

「なるほど、君は僕を讃えてくれるのか。だが、それでも譲れないと……」

「はい……まぁ色々と小さな理由で嫉妬とかこの人モテるんだろうなぁーとかそういう嫉妬とかも正直ありますけどね!?」


 と、先ほどまでの清廉な顔つきはどこへやら、いつもの青年へと戻りかける。隣でそんなことを言われる気が抜けそうだったのか、流石にこの局面でキレスタールとカーインがちょっと青年の両方から小突き、小さく「ぐへぇ」となんとも苦しそうな声を漏らした。


「……とにかく、僕はガウハルさんをあなたに譲りませんしその考えをこの場で変える気もありません」

「なるほど理解した。されど、私は一人でこの船の舵を切り、導かなければならない……先日は君は凡夫と罵ったが、私の考えを高潔であると認めてくれた君はやはり、敬意を持って挑まなければならないかな。たとえ志無くとも、世界崩落の怪物をしりぞけし無名の英雄なのだから……私は、全霊を賭して君を倒そう」

「いいですか! 両者準備を――」


 会場の熱に押されてか、交わされる会話の途中、レフリーが両者を見やって赤い旗を掲げる。決戦の火ぶたを今か今かと確認しだす。それを確認してもなお、アラムは最後の言葉を続けた。


「……私は、と言いましたか。では尚更僕は貴方にあの双角の魔王を譲る訳にはいきません。次代の王へこの凡夫が吠えましょう。一人でなんでもしようとしている貴方では僕たちには勝てないと!」


 挑むは陽光をその髪に流す時空を渡る箱舟の王子。そしてその前に立ち最強の矛として君臨せしは銀の鎧をまとった姫騎士マレカ。バイトにおいても最上位に位置する実力者に青年はひるむことなく、その口で宣戦布告をしてみせた。

 チャレンジャーらしく武器を取り構える赤と青と琥珀の髪を持つ女。それをただただ嘲笑交じりに姫騎士は眺める。腰に下げたレイピアは鞘から抜かず、絶対強者としてただ佇むのみ。

 そしてそのまま、決闘の火ぶた()が落とされた。


「――戦闘、開始!」

「ブーストォ!」


 審判の合図とほぼ同時に、会場に一閃、朱色の光が走る。鮮烈な光は壁に影を焦げ付かせんとする勢いで観客の眼球を容赦なく焼き、客の大勢は驚きの声と共にその強烈な光から目をそらした。

 開幕と同時に放たれたその突きは、紛れもない赤毛の女剣士の不意を狙った先制攻撃。ショーラによる最短最速の刺突、それは赤毛の女剣士の最強の技であった。

 それを……こともあろうに姫騎士はその左手一つで受け止めていた。


「くっそ、このゴリラ姫!」


 思わず己の最強の技を簡単に止めた相手に唾交じりの罵声を飛ばすショーラ。赤くその刀身を紅に染めた短剣は押しても引いてもビクとも動かない、そんな彼女を姫騎士は堂々と見下していた。


「ふん、下種が、開戦直後の一撃ならば不意をつけるとでも? 甘すぎる」


 浅はかだ。そう言いたげに姫騎士は空いている片手を振り上げ、その鉄を纏った指をゆっくりと固めた。格上、しかも自分の最強の技をあっさりと片手で受け止めた剛力によって作り出されたそれを眼前で見せられはショーラは、その握りこぶしが鋼鉄の槌に見えたであろう。


「さて、殺さぬ程度に痛めつけてやろう」


 美しい口から犬歯を覗かせ姫騎士がにたりと笑う。ああ、こいつ真正のドSなんだろうなとショーラは確信した瞬間……その顔に強烈な痛みを感じた。

 岩をも砕けるのではないという一撃、銀の小手を纏った拳によるストレート(正拳突き)によりショーラは殴り飛ばされる。おまけに姫騎士の手には刀身が赤から鈍い銀に戻ってきた短剣が一振り残されている。


「ふん、犬が。這いつくばるのが貴様にはお似合いだ」


 まさに圧倒的。手も足も出ず……彼女に賭けた客が大いに叫びこの姫騎士の勝利を確信して、大穴狙いなどせず堅実に絶対の覇者に銭を投じた選択は間違ってなかったと喜び笑う。


「……おい、あれ?」


 されど、客の一人が異変に気が付つき姫騎士を指を刺す。ざわりざわりと困惑は広がり、実況もそれをすぐさま感じ取ったのか「んん~」と何が観客を騒がせているのか探し始めた。


「一体どうしたことでしょう? 会場が謎の困惑につつまれて……あ、あああ!」

「いや、やられたね。マレカ」


 姫騎士の後ろにたたずむ陽光の王は苦笑して銀騎士の腰の得物を眺めた。言われ、姫騎士もその手で腰のレイピアに手を伸ばして……あるはずの柄を握ろうとして空を握りつぶす。そこにあるのは本体が無くなった鞘のみ、その軽い鞘のみ彼女の腰に残されていた。


「きさ、っま! この盗人がぁ!」

「武器交換だゴリラ女。その安い短剣とこの高そうなレイピアでなぁ!」


 激昂に任せて姫騎士が己の武器を得意げに見せてにやつくコソ泥に怒り吐いた。そう、開戦直後の突きはこれを狙っての一手、最速で近づき一撃をもらう覚悟で姫騎士の腰に下げていたレイピアを気づかれずに奪っていたのだ。

 魔石を散りばめられた彼女の宝剣がショーラの手の上で煌めいてみせる。


「なんという手癖の悪さ! なんとショーラ選手が開幕早々に姫騎士の武器を奪っただとぉ!?」


 実況が驚きのままそう叫ぶと、正々堂々戦えと会場からブーイングが飛んでくる。が、ルールには違反していない。そもそも試合開始前にレフリーが口にしていたではないか、なんでもありのノンキリングマッチと――。

 そう、油断して自分の得物を戦いが始まった瞬間に奪われたのは明らかに姫騎士側の落ち度である。なので、ショーラはその見当違いのブーイングに笑いを堪え切れず噴き出していた。


「いやぁー、面白れぇほどうまくいったな。あの魔王様の作戦通りだぜ。戦闘が始まる前に武器も抜かねぇほどこちらを舐めているなら、開戦直後に攻撃仕掛けて武器を奪ってやれってなぁ!」

「なるほど、かの魔王の策か……流石と言うべきか」


 強奪品に気を良くしてそう叫ぶ赤毛の女剣士の言葉に、ラウフは得心したようだ。開戦直後の一撃、相手が格上ならばと作戦の一つとして選ぶ人間は多いだろう。だが、武器の強奪まで欲張る者はそういない。

 ショーラの突きの速さとその手癖の悪さを理解して成せる見事な一手だ。


「おらよカーイン、これ持っとけ」


 殴り飛ばされた体勢のまま見せびらかしていた戦利品放り投げてカーインに渡し「よっこらせ」とふらつきながら立ち上がるショーラ。どうやら殴られたダメージは相当なものらしい。


「く、こんな物!」


 と、せめてもの腹いせか、姫騎士は短剣の刀身をUの字に折り曲げそのままチリ紙か何かの如く遠くに捨てて見せる。周囲はその怪力に唖然としているが、自分の武器を壊されたショーラは先ほどの笑みは一瞬で消しさり、やいのやいのと文句を言い始めた。


「おいこらてめぇ! この試合終わったらそれ弁償しろよな! 武器を打ち合って壊れるなら納得してやるが、試合での腹いせで人の剣を折るとか舐めてんのか!」

「こんな安物の短剣ぐらいで喚くな犬! そんなことよりもよくもラウフ様の前でこのような侮辱を、許さんぞ。ええい、殺生禁止のルールが恨めしい!」


 なにやら物騒な言葉と共に腰の鞘を抜く姫騎士。レイピアの変わりということだろうが、宝剣を奪われた今、最大の力は出せまい。

 と、武器を奪われた混乱を突く狙いか、早々に叩きかける為にショーラが地を蹴り先ほどの報復とばかりに拳を握りしめ姫騎士に一直線に突っ込んでいく。


「返り討ちにしてくれる!」


 されど、先ほどの借りを返したいのはこの姫騎士も同じ。正面から姿勢を低くして餓狼の如く目を狂気に染めた。

 そして向かい来る赤い線にカウンターを仕掛ける準備をして――。


「いやぁその握力、やっぱ怖えぇから」

「なっ!」


 攻撃範囲に入る寸前、下卑た笑いを浮かべ拳ではなくその足裏を姫騎士に向けて火を噴射させる。そう、一直線に向かってきたショーラはザリガニみたいなバックで逃走したのだ。

 急な方向展開をして逃げた敵に泡を食らった姫騎士、しかもバックする瞬間その足裏から噴出した火の粉と黒い煙で視界を防ぎ、呼吸しずらくなるというおまけつき。


「どこまで私を、コケに!」


 姫騎士は更なる怒りに震える。この女性にとって戦いとは力と力をぶつけるものであり、こんな小細工をして恥すら感じないとはいかなることかと憤慨していた。


「おおっとぉー! ここでショーラ選手のお得意の発火だぁ! なんという姑息さ、会場にブーイングを巻き起こしています!」

「正々堂々かかってこいシーフ(山賊)もどき!」


 と、実況の言葉と共にそんな怒号を受けてか、はたまた最初からその気だったのか黒煙に黒い影が現れる。

 煙に巻かれたことに腹を立てていたのに、急に自分の思い道理に敵が行動して拍子抜けをするが、今は戦闘中である。すぐさまその人影に反射神経とも言える速度で鞘を振り、武器と武器が激突させる。


「――(武器、しかも長物!)」


 先ほど、ショーラからは短剣を奪っている。仕込み武器ぐらいどこかに隠していてもおかしくないが流石に長物は出ないはずだ……ならばこの黒煙に紛れ突進してきた影は誰なのか?

 煙を鞘から起こした風で吹き飛ばしてかかってきた相手を視認すると、姫騎士の表情から感情が消えうせた。今まで散々ショーラにコケにされ怒り狂っていたが、これは完全に姫騎士の逆鱗に触れたらしい。


「な、なんとぉ! 結界術師であるキレスタール選手が前衛に進出、血迷ったかぁ!」


 そう、鞘に打ち付けられた武器、それはあろうことか回復術者(後方支援)の杖であった。


「術者? しかもこんな子供を……援護役を前に出す、だとぉ!」


 実況の声など耳に届いていないと、必死の顔で杖に結界を張り付けて殴りかかってきた少女。この姫騎士と比べて筋力は年相応に非力、断じてこの姫騎士に接近戦を挑んでいい存在ではない。それが今、自分と武器を重ねている。それに、姫騎士は耐え切れなかった。


「貴様ら……どれだけ私を舐め腐れば気が済む。ひき肉に変えてやろうか!」


 レイピアを収めていた鞘に螺旋の風が巻き付けられる。大蛇と見間違うしなやかさと力強さを持つ風のうねり、あそこに手を突っ込めば瞬く間にへし折れ引きちぎれるであろう。

 その凶悪な力に思わず後ろに飛びのくキレスタール。心の内の動揺を表すように、照明の光により宝石の髪の光沢が揺れた。


「消し飛べ!」


 だが、もはや距離など関係ない。鞘に巻き付かれた風は一振りで大気を唸らせ暴れ、カーインを蹂躙する――はずであった。


「!?」


 姫騎士はその目を見張る。目の前に現れたのは少女の髪と同じ七色の光を煌めかせる薄い結界、その光沢を彼女は知っていた。

 同じくラウフに仕えるあの老魔術師、あれが使用していたところを見たことがある。


反射結界(カウンター)か!」


 だが、気が付いたところで遅い。相手をせん滅する為に解き放たれた風はすでに鞘から離れカウンターに触れ、大爆風となり帰り、姫騎士を吹き飛ばした。


「く、小細――」


 己の技が衝撃となって、鎧を貫通し姫騎士に牙をむいた。暴風に一瞬耐えるもその肢体を引っ張り彼女の主の眼前の床まで吹き飛ばした。


「――小細工を!」

「マレカ、落ち着いて彼女たちを見るんだ。あの結界術師(キレスタール)は接近戦用に調整してきている。不足はない。彼ら彼女らは成すことを全てやり終え我らに挑んできている。我らはそれに全力で応えるべきであると、私は思うが?」

「……申し訳ございません」


 主からの言葉と共に冷静さを取り戻す姫騎士、それにショーラはたまらず舌打ちした。


「ち……ああくそ、あのゴリラ女、冷静になりやがったぞ」


 血が頭に上っている隙に決着をつけたかったのか、悪態を吐きながらちらりと後方の魔女を確認するショーラは、懐から投擲用の短刀を取り出し構えた。どうやらスペアの武器を隠し持っていたらしい。


「さぁーて、アタシも仕掛けてみようかしら、ねぇ!」


 青く長い髪をなびかせ魔女が小さな水弾を乱射する。水弾の数はおおよそ五十近く、その全てが銃弾と同じ威力、それを――姫騎士は無言のまま腕を振り、風を起こして水弾をはじきのける。そしてただの水に変え会場に雨を降らせた。


「はぁ! ふざけんじゃないわよぉ」


 倒せなくとも何らかのダメージを負わせられるかと思っていたマァが、いとも簡単に水弾を消し去った姫騎士になにやら抗議をし始めたが、全員そんなもの無視する。

 呆れではない。単純にそれどころではないのだ。あの姫騎士が本気を出し、肌がびりびりとした殺気が観客までも襲う。そして次第に皆が鳥肌を腕に走らせた。

 なのに呑気に抗議などしているこの魔女が異常なのだ。いい加減黙れとカーインが後ろから小突いて、マァもようやく姫騎士の顔が氷のように無機質になっていることに気が付いたらしい。


「マレカ、やれるね?」

「喜べ、地に頭をこすり付け歓喜し咽び泣け……主命だ。全力で貴様らを狩り尽くしてやる」


 ぞくりと、血管に氷が流し込まれる。怒気でも殺意ですらない感情が会場を支配した。もはや実況すらも言葉を忘れ、マイクを通して説明される戦況は、己の目のみが全ての情報となった。

 そう、ただただ敵を葬りさるというその決意。禁忌を破ってしまった後悔をこの場にいる全員に植え付けた。


「おい! 糞尼、きちんと援護しろよ」

「わかってるわよ! あんたこそ前衛を破られるんじゃないわよ!」

「ブース――!」


 極限の緊張感の中、罵声交じりの喝が飛び交った。油断を無くすどころか、呼吸、指先、瞬きをするタイミングすら完璧に戦闘に特化させた状態で、ショーラは敵をその両目で捕らえ先制攻撃を仕掛けようと足に燃料(魔力)を入れかける。

 だがそれでもなぜ両目でしっかりと捕えていたはずの姫騎士がその視界から消えたのか、女剣士には理解できなかった。

 ――いつの間にか、ショーラは頭を鷲掴みにされていた。


「遅い」

「――トォ!」


 突進用の技が急遽、蹴りへと変えられる。衝撃波を使った鎧通し、いかに怪物的な強さを誇る姫騎士とて人間と同じ耐久力である。いや、あってほしいと願いながらショーラは紅蓮の蹴りを放った。


「お遊戯は終わっているとなぜわからん」


 だが、その蹴りが腹に届く前に風に弾き飛ばされる。そう、風だ。姫騎士はその身体に風を纏わせていた。これはあの魔王の訓練でも見た強化技の一種、魔王は風を読み相手の攻撃を察知する為に使っていたが、これはもうレベルが違う過ぎる別物と化していた。

 移動速度の大幅な上昇と風圧による防御能力の向上を目的とした能力向上まで付与されている。


「ざっけんな、反則だろ!」


 蹴りと同時に起こした爆発により、後方に飛ぼうとするショーラ。そう、これは攻撃ではなく退避、開戦直後に見せた最高速度で逃げようとするも、一度姫騎士の手から離れかけるも、その赤毛がを再び掴まれこの暴力の化身から逃れられなかった。


「反則ではない。ただただ純然たる実力の差だ。愚か者」


 再び鞘に纏わせた暴風がうねりを上げ、姫騎士の金色の長髪をかき上げた。それはとどめを刺す準備、姫騎士は超至近距離での処刑を行う為に魔力を鞘に込め、赤毛の女剣士の胴に暴風の暴力を叩きこもうとしている。


「ショーラ様!」


 だが、それをキレスタールの結界が防ぐ。反射結果(カウンター)ではなく純粋に強度のみに力を注いだ正方形の箱により凶器と化した鞘は結界に挟み込まれ、振られる前にその場に固定された。狙いはいい、だが――。


「ふん、小癪な」

「ぁあああああああああああ!」


 ならばと、姫騎士はその赤い髪を掴んでいる片腕のみを上下に動かし、ショーラを自らの頭上に、そう、人体を逆さまの形で振り上げたのだ。

 ふわりと片手で空中で一度止まる人一人(ショーラ)

 そして次の瞬間、ぶちぶちと音を出し千切れる髪の毛、掴んでいる髪の量が多すぎる為そのまま全て切れて離れず振り回される、赤毛の女剣士の普段の言動からは想像できない女らしい高い悲鳴が絞り出され――。


「――まずは一人」


 そのまま、逆さまの体制のまま地面へと思いっきり叩きつけられる。無言の会場に、ごきんと鈍い音が響いた。頭蓋骨から地面に激突して、なぜあんな風に人間がゴムボールみたいに飛び跳ねるのかとアラムは不思議に思って――。


「っ、こんの化け物!」


 マァが慌てて水の塊をショーラに飛ばしてその無防備な体を回収した。そのままだらんと首が折れているのではないかと思うほど全身に力が入ってはいないショーラが、カーインの前まで避難させられる。

 と、審判のホイッスルが響く。試合の一時中断させる合図だ。そのまま慌ただしくショーラの元に担架を担いできた医療班と共に、彼女の容態を確認する。


「ショーラ選手、意識不明により戦闘続行不能!」


 当たり前だが、ショーラは気絶していた。というか、頭から黒い血を流してる姿はどう見ても戦闘を続行できる訳がない。

 すると、何か……べちゃりと嫌な音がアラムの耳に入る。普通に生活していて、まず聞く音ではない。


「汚い、指から離れん。汚らしい毛だ」


 そう言い、実に不愉快そうに手を振りながら、小手にある指の関節部分の髪をほどいている姫騎士。その足元に、赤い髪がついた肉塊が落ちていた。


「あいつ……え? 髪を頭の肉ごと……千切って」


 頭皮、いや、もはや皮ではない。マァがつぶやいた通り、その肉は紛れもなくショーラのもので――。


「試合を続行しますか?」

「……え?」

「負けを認めましょう」


 審判がカーインにそう語りかける。もはやこれは試合ではないと彼はそう目で断じていた。あとはカーインかアラムがそれにな頷くだけ。


「かろうじて、死ぬ怪我ではありませんので……相手は失格になりませんが」

「いや、死ぬでしょ……これ」


 ぽつりとアラムはそんな言葉を零した。

 その脇で、担架に乗せられたショーラが運び出され、大急ぎで大会スタッフが散乱した髪と肉塊を会場のモニター映像に映らないよう速やかに撤去していく。

 あれは間違いなく反則(やり過ぎ)だ。だが――。


「すみませんが純血主義相手に不利なことは言えません……審判である私がこんなことを言うのは間違っていますが、棄権してください」


 苦虫をかみつぶした表情で審判が再度そう進言する。アラムが周囲を見る。カーインは運ばれていくショーラを口元を押さえて心配そうに眼で追っていた。

 キレスタールは気丈にもあの怪物(姫騎士)を睨んでいるが、その手が微かに震えているのを青年は見逃さなかった。

 彼らは勝機をすでに逃している。あの姫騎士が冷静さを欠いている状態で相手を詰めの状態までもっていけなかった。その時点で詰んだのだ。


「そう、ですね。流石にこれは」

「……ざっけんじゃないわよ。あんたは黙ってなさい! カーイン、仇取るわよ。口元押さえてんじゃないの!」


 そんなアラムの弱気な言葉を、マァが怒声でかき消した。その目は怒りを宿している。


「そこのぼんくら! 男の癖に戦う気が無いなら黙ってなさい。カーイン、何とか言いなさい! アタシは怪我一つしてないわよ!」

「マァ……」


 ショーラがやられて、一番激昂していたのは青い髪をたなびかせる魔女であった。普段仲が悪いくせに、彼女の怪我に一番憤慨しているのが意外にもこの魔女だったのだ。


「二人とも、やれる?」


 アラムがカーインとキレスタールに確認する。目で彼女たちはまだ闘志はあると青年に伝えた。ならば――。


「……すみません。試合は続行します」

「ナイス、ちょっと見直したわよ……ほら審判、再会よ。試合は続けるの」


 アラムは、彼女の意思を汲んだ。審判は一瞬本気で言っているのかと疑った後、二回小さく頷いてなにやら姫騎士の元に駆け寄り忠告を始める。純血主義相手と気後れしながらも、彼らの闘志に敬意を示し、先ほどのあれは普通は反則であると注意しに行ったのであろう。


「ならば元から殺し以外なんでも有りの試合などとほざくな! ラウフ様を見世物にしているだけでも我慢ならんのに、手加減して駄犬を躾ければ文句など! 貴様は審判など即刻辞めろ。おい、代わりの者を出せ!」


 そして、そんな姫騎士の怒号が響き渡る。会場はすでに氷点下まで冷え切っていた。好奇心で血を見にきていたはずの客は、黒く零れた鮮血(想像以上の光景)にその顔を青ざめさせていたのだった。



次回の更新は明日の朝六時の予定です。

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