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第二章「彼ら彼女らの日常は騒がしい」 十二話



 翌日の昼。ガウハルによるスパルタな訓練が朝から行われた後、マァ(魔女)はばったりと床の上に倒れていた。

 元々運動量の少ない魔術による支援役ということもあり、日ごろの不摂生が祟った為である。


「あいつ、三日後ぐらいには死ぬんじゃねぇの?」

「あ、あの、回復魔術をかけた方がよろしいでしょうか?」

「別にあそこで倒させておきゃあ、そのうち立ち上がるだろうさ。というか怪我とかはともかく疲労にてめぇの回復魔術って効くのか?」


 一方で昨日まであそこで倒れているマァと同じぐらい疲弊していたキレスタールとショーラは慣れ始めたこともあり、汗をタオルで拭きながら力尽きた仲間を眺めてそんな会話をする余裕はできていた。


「後衛職ということに胡坐掻いて体力訓練を適当にしてた罰だよ。ほっとけほっとけ。それよりもだあの魔王だ。涼しい顔しやがって、魔術は苦手とかほざいてるのになんだあの強さ? しかも風魔術だけでオレたち三人を圧倒しやがる」

「元々私めの世界に無かった魔術も使用しておりました。この船に来てから新しい魔術を習得したのかと、小癪な」

「小癪っておめぇ、それ意味わかって使ってんのか?」


 ケラケラと笑いながら珍しいキレスタールの毒舌に肩を揺らす赤毛の女剣士。先ほどの可愛らしい悪態がえらく気に入ったらしい。


「で、あの魔王さんはあんな所で何してんだ?」


 小癪などと悪口を言われているとはつゆ知らず、先ほどまで美人三人を相手に鬼コーチをしていたガウハルは遠くで難しい顔をして唸っているアラムの隣で興味津々で何かを見ていた。


「アラム様は保険、というものを吟味しているらしくあの魔王はそれを珍しがっているのかと」

「魔王が保険制度にご執心ってか? なんだよそりゃ? 保険なんて必要なのかよ……ていうか、あのバカは何モジモジしてやがるんだ」


 保険の用紙を数枚見比べているアラムから、ちょこっと離れた所でなにやらそわそわしている不思議生物にショーラは思わずため息を吐いた。

 普通に話しかければいいものを、まずは相手が何をしているのか先に情報を確保したいという考えなのだろうか、遠巻きに青年を見ているだけであった。


「まったく、手のかかる飼い主だな」


 意外にも面倒見の良いのか、見かねて疲れた体に鞭打ち珍妙な生物に成り果てているカーインの元に救援に向かう。そしてそのクリクリとした目で見つめられながら彼女の背中を何度かポンポンと叩いた。


「まったくまどろっこしい。今夜抱いてもらうか? あんなの一回ベッドで寝たら一発で堕とせるぞ」

「なんで! そそ、そういうのは結婚してからで!」


 まぁなんだ。この女剣士、掛ける言葉は最低だが一応白い娘に力添えしようとする意思はあるらしく、冗談を交えながらアラムの元にカーインを誘導していく。


「おいセクハラ男。ちょっとこいつをそこら辺、連れまわしてこい」

「え、なんです!? 新手の虐め?」

「いや、なんで虐めになるんだよ」

「十中八九、僕にそういうイベント起きる時は他人の悪意があるんものでして」

「喜べ、今回は単純にこの挙動不審の生物が目障りなだけだ。まったく訓練中にエサを探している小動物みたいにそわそわしやがって。気が散るからどっか連れてけ。どうせ暇だろ?」

「まぁ忙しいというほど切羽詰まった状況じゃないから否定はしませんが……」


 そう言いつつ見ていた保険の用紙をカバンに仕舞うアラム。と、知らないうちに話が進んだがカーインは持ち前の頭の回転の良さで自分が今置かれている状況を瞬時に理解したのか「はわー」と謎の奇声を発して疲れ切っているショーラに事の説明を求めるが、本人はこいつ面倒くさいといった表情で無視を決め込んでいた。

 一応は助けるがやはり面倒と感じたらしく、あっさりと投げ出すショーラ。基本この女に善意というものを期待してはいけない。


「あーもう面倒くさい。いいから行け行け、どうせお前なんか恋愛下手なんだからまずは行動起こさないと他の女にもってかれるぞ」

「アラム君はそんなにモテないから大丈夫……誰がモテないんじゃ! 優しい人じゃわい!」

「いや自分で言って自分でツッコむな。というか意外に冷静に分析してる部分もあるんだな。そら、いつもの猪突猛進はどうした? どっかそこら辺適当にブラブラしてくるだけでいいから行ってこい」


 野良犬を追い払う様にしっしっと手を動かし赤面して吠えてくる主を追い払う。そして悪党のセリフよろしく「覚えてろー」といいながらアラムを置いて逃亡するカーイン。


「えっと」

「うむ。女子の機嫌をとるには甘味が良いと先日、本で読んだぞ。栗毛、参考になるか?」

「……ガウハルさん一体どんな本読んだの?」

「船内デートスポット百選という書物だ。どこで読んだか、何かの店の待ち時間に置いてあったのが目についてな。色々と参考になった」


 ニヒルに笑いなぜか自慢げにそう話すガウハル。この魔王、世俗にまみれすぎではなかろうかと言葉を飲みこむ青年。今はあの白い娘を一人ほおっておく訳にはいかない。


「じゃあ悪いけど息抜きに出かけてくるよ。ガウハルさんもあまりやりすぎないようにね」

「この程度でついていけなくなるのでは例の姫騎士とやらには勝てん。これ以上、手心は加えられんな」

「いやはや、ガウハルさんも厳しいね。うん、三人とも頑張って」


 修行に手を抜く気のない魔王をしり目に、アラムはそそくさとその場を立ち去る。この青年も運動は苦手、強制的に汗を流させられる苦しみは重々承知だが、今回はあの三人に頑張ってもらうしかない。

 とまぁ、こうして唐突に青年と白い娘の強制デートは始まるのであった。





「……どうしよう」


 さて、いざ訓練場を出ると青年の足取りが重くなった。さもありなん、自他共にこの青年は女性の相手は不得手であると認識しているし、されている。

 そんな彼が突然女の子と遊びに行けと言われても気の利いたアイデアなど浮かぶはずもなく……こうしてカーインと合流するまでに歩みを遅くし時間を稼いでいるらしい。

 とはいえ名案など浮かぶはずもなく、必然的に先ほどガウハルが言ってきたあの言葉に縋ることにしたようだ。


「うん、ガウハルさんの言う通り糖分を摂取しに行こう」


 基本スイーツは高級なものでもなんとか手を伸ばせれる価格だ。青年の頼りないお財布と相談しても、その選択肢が一番だろう。あの魔王、それを見越してのあの助言だったのかもしれない。

 そうと決まれば青年の足取りが幾分軽くなり、人通りの無い訓練所の前の廊下でキョロキョロと件の娘を探しだした。

 そして目に入ってくる白い娘による謎のダンス。なぜかは不明だがブツブツとショーラへの文句を口にしながらなにやら慌ただしく体を動かしている様が、謎の部族秘伝の踊りに見えてしまう。


「あー……えっと」

「ひゃい! あのアラム君! いきなりでごめんね」

「いやぁ、そのぉ……行こうか!」

「へ? あ、どこに」

「あ、えっと慣れてなくてこういう時どうすれば、じゃなくて甘い物を食べに!」

「え、あっはい! お供します!」


 さて、いざ話しかけてからこの青年は問題に気づいた。自分の女性に対してのコミュ力の低さだ。

 先日のショーラ相手ならばあちらから粗暴な対応をされていたということもあり別段コミュニケーションに困ることがなかったが、カーインが相手ならば別だ。

 これから一緒に出掛けるというイベントに今更ながら怖気づいてしまったのか、はたまた緊張したのか発言がたどたどしくなる。

 これだけならば良いのだがカーインの方もここにきて奥手、いつもの自由奔放さなど彼方に放り投げてしまい、こちらもいつもより大人しくなってしまっていた。


「えっと……カーインさんは甘い物食べれるお店知ってる?」


 そしてまぁ、普段行く店などたまに食品を買いに行くスーパーとジャンク部品を扱う怪しげな店しか知らない青年は、引っ張っていかなければならない女性に行先を訊ねてしまう。無論テンパっているこの男に、今自分がしでかした失敗を自覚する余裕すらない。


「え、ええっと! こなたが行きつけの店でいい!」


 で、まぁこちらもテンパっているで問題は無いのだが……。

 とまぁ、それからは酷いもので気の利いた雑談でもしようかとアラムが口を開けば頓珍漢(とんちんかん)なことを言い出し、妙な間ができたり、逆にカーインが気を使い無理やり納得したそぶりを見せるも完全に気を使われていると思ったアラムが更に落ち込んだりと両名共に四苦八苦する。

 遂には転送機に乗り込みカーイン行きつけのカフェとたどり着く頃には男女並んで、自分の不甲斐なさにえらく落ち込んでいた。


「……(く……キレスタールさんの時の反省を活かしてこういう事態になったらスムーズに女の子と話せるようにそういうゲームしたのに!)」


 そう思いながら青年は拳を力強く握り涙を流す。残念かな、恋愛シミレーションゲームの経験は現実での男女交際ではくその役にも立たないものなのだ。いや本当に。


「……(なんで! こなたそういう漫画とか小説呼んだのにまったくうまくいかない! なんで!)」


 そう思いながら白い娘は唇を噛み目に涙を潤ませる。残念かな、こちらも恋愛漫画や小説を読んだところで現実でそんな都合のいい展開が起きることはまずなく、起きたところでそれに対しての耐性が得られる訳があるはずがない。なので緊張して変な挙動になるのは当然だ、いや……本当に。

 そんなこんなで二人は落胆しながらカーイン行きつけのカフェの扉を開ける。ここは先日キレスタールを連れてきた場所だが、この店には基本、客がいない。なのでここからが挽回のチャンス、カーインは二人っきりの空間(カフェのマスター込み)にドキドキしながらその扉を開けて――。


「おんやぁ、お嬢ちゃんじゃないか」

「おばば! なぜここにいるの……」


 驚いたような嬉しそうな声が二人を出迎えられたのだった。見れば、カウンター席でコーヒーカップ片手にあの老魔導士が座っており、いかにもお客ですよといった感じでマスターとなにやら話していたらしい。

 ラウフの側近である彼女との遭遇に驚き警戒したアラムだが、カーインは驚きはしたものの親しげに話しかける。どうやら彼女の中ではこの御仁は敵、として認識されていないらしい。


「心外だねぇ。年寄りが一人でコーヒー飲んでるのがおかしいかい? それにこの店をあんたに教えたのはあたしじゃないか。たまにしか使わないが、あたしゃこの店そこそこ気に入ってんのさ」

「……ぬをぅおおおおおおおおおおおおお!」


 と、悶絶しながら床を叩き出すカーイン。何事かとアラムも挙動不審になるが、カーインがデート中であると早々に気が付いた老魔導士は、やりにくそうにほくそ笑んだ。


「ああ、そういうことかい。なら知り合いに出くわしたくなかっただろうねぇ。まぁで会っちまったものは諦めな。まぁなんだい、面白いもの見れたからコーヒーの一杯ぐらいは奢ろうかねぇ」

「おばば~」


 情けない声を出しながら、自らをからかいつつも優しく相手をしている老魔導士にのっぺりとひっつくカーイン。祖母と孫、というより老人が人懐っこい猫にじゃれられている風にしか見えない。


「その、カーインさんとモアさんはどういった関係で?」

「おんやぁ、こんな老いぼれの名前を覚えててくれたのかい。まぁ一応は今はあんたらの敵だからねぇ、でもそう警戒するこたないよ。別にあんたらをどうこうしようなんて思っちゃいないし、あたしゃ、あの坊ちゃんにそこまでする義理は無いんでね」


 言われ、無意識に体を強張っていたアラムは取り合えず深く息を吐きながらその警戒心を少し緩めた。

 そもそも警戒したところで目の前の魔術師相手には手も足も出ない。ひょいひょいとした話し方だが、本能でアラムは相手の実力を理解していたのだ。


「とまぁ、さっきの質問だけどね……そこのお嬢さんとの関係だけど、その子の亡くなった母親に兄妹共々、面倒を見てくれと頼まれちまったんだよ」


 亡き母親、という言葉に顔を伏せる白い娘。どうやら彼女の母はすでに亡くなっているようだ。するとアラムがなんともやり辛そうに周囲を見渡し始めると、老魔導士は「かかか」と小さく笑い方を揺らした。


「気にせんでええ。もう何年も前のことだしねぇ。お嬢ちゃんも気持ちの整理はついとるだろう……まぁ、うちの坊ちゃんはまだかもしれんが」

「と、言いますと?」

「ああ、あれは自分の母親と会っていないのさ、ただの一度もね。その存在を知ったのは母親が死んでから、そうさ……この二人の父親はろくでなしでね。病弱な母親を子供から隔離して存在しない者として扱ってたのさ」


 実に忌々しいという面持ちで老魔導士は語る。まだ彼ら彼女らの関係性は青年に測りかねるが、その父親が彼らに暗い影を落としている原因らしい。


「まぁ、会っていない母親の死をどう受け止めているのかは知らんがね。あの坊ちゃんがディザスター討伐を掲げたのは母の存在を知ったその日からさ。この子らの母親の故郷はあの災厄に滅ぼされたからねぇ。まぁ、それだけであそこまで頑なになったのかまでは保証しかねるが……まぁ、そういうことさ」


 そう語り終え、コーヒーを啜りその味を噛み締めるかのように瞳が閉じられる。あるいはそれはこの老魔導士なりの追悼にも思えた。先ほど語られたカーインとラウフの母に向けてのだ。


「……ちょいと茶飲み話にしては喋りすぎたかね。この話をあたしから聞いたというのは止めておくれな」

「あ、はい」

「口止め料、という訳じゃあないが何か知りたいことはあるかね? 答えられる範囲で答えるよ」

「え! いいんですか! じゃあラウフさんの弱点とかあります? 虫が苦手とか!」

「はは! 遠慮もしないで良い質問するねぇ。そういうのは嫌いじゃぁないよ。けれど、弱点ねぇ」

「まぁ、あの人完璧超人みたいなんで無いですかね?」


 ダメ元での質問だったのか。あっさりと引き下がるアラムに老人は目を見開いて驚く。そしてああ、と得心いった顔ですぐさま頷くと肩を揺らして笑い交じりにこう話した。


「あれはそんな傑物じゃあないさ。あんたと同じ若造さ」

「いやぁー、僕とあの人は違いますよー。天と地ほどに」

「なぁに、見栄を張っているだけさね。今回の件だってそう、もっと楽にお互いに利益を出せたはずなのにあの外道(父親)の影響かねぇ。坊ちゃんも下手な手を打ったもんだよ」

「お互いに利益……」

「まぁ、弱点があるとすれば頭が固いことかねぇ」


 と、アラムと老魔導士が話し込んでいると、いつの間にかカーインがさささっと周囲を移動し隅っこの方で仲間外れ感を出していた。なんとうか拗ねていた。

 ただこの青年(鈍感)に期待することなかれ、そんな構ってオーラなど気づくことなく老魔導士との会話を弾ましていく。当初の目的を忘れ情報収集に専念するアラム、そして仲間外れとなりむくれるカーイン。まぁ餌をほっぺに詰め込んだハムスターみたいになっているが、本気では怒っていないのだろうが……。


「おやおや、仕方ない子たちだねぇ。どれ、このおばばが占いでもしてやろうか」


 と、そんな恋愛下手な二人に呆れながらも、助け舟のつもりかなにやら服の袖から水晶玉を取り出しす老魔導士、どうやら若い二人の為に一肌脱ぐらしい。


「え、占いですか? 突然ですけど、何か僕、悪い運勢的なものでも見えたんですか?」

「まさか、占う前には見えんさ。たんなる暇つぶしさね。それに本職でやってる連中ほどのことは知れないさ」


 そう言いつつ二人の相性でも占ってやろうと勝手にアラムを占い始めた。まぁ暇つぶしならばと青年も水晶玉を覗き込むが、湾曲した自分の顔が映り込むばかりで何も見えない。

 と、占いと聞き、いつの間にかカンター席でケーキを食べていたカーインもお皿片手に寄ってくる。基本的に女子というのは占いが好きな傾向があるが、この白い娘もその例に漏れないのか興味津々といった面持ちであった。

 そして占いが終わったのか、老魔導士が水晶玉から視線を上げ青年をまっすぐに見て――。


「あんた、保険には入ってるかい?」

「え、いや、今どんな保険に入ろうかと迷ってまして。船長に絶対に入っておけと言われてまして……でも、もうこういうの面倒なんで適当に安いのに入ろうかと思ってます」

「そうかいそうかい、なら……一番高いのに入っときなね?」

「すみませーん! 僕の未来に何があるんですか! え、怖いんですけどぉ!」


 その大声に驚きながらもカーインはケーキを頬張りつつ唸り声を上げ、占いの結果に眉をひそめた。おおよそ、この老魔導士の占いの制度を知っての反応なのだろう。どうやらアラムがひどいことに合うのは確定事項らしい。

 ――とまぁ、そんなやたらはっきりとした忠告がなされた後、コーヒーと共に運ばれた上質なケーキが彼の喉を通ったかというと……小心者の彼がどうなったのかは言うまでもないだろう。



次回は明日の朝六時に更新予定です。

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