第二章「彼ら彼女らの日常は騒がしい」 十一話
「魔王さんって……スパルタすぎない?」
特訓初日が終わり、そう漏らしたのは見学に徹していたカーインであった。なにせ午前の自分のしごきが可愛く思えるほどの過酷さなのだ。
強敵を想定した戦闘訓練となれば敵役はガウハル自身、そしてキレスタールに実践方式で新しい技術を叩き込んでいく。時に自分で考えさせながら、実に効率よく十四歳の少女を追い詰め成長させていく。
そして、そのキレスタールほどでないにしろショーラとマァの両名にも専門外であろう風魔術を使用し、実践形式の厳しい訓練を課していた。正直三人相手に修行をつけているガウハルが一番負担が掛かっているはずだが、本人は汗一つ流していない。
「どうなってんのよぉ。どうしてアタシの水魔術が通じなのよ!?」
「知るかよ! オレだってお前と完璧にかみ合った連携で何度か攻撃してみたが、一回も剣が届かないんだぜ? 一周回って笑えてくらぁ」
そんなガウハルの反則的な強さにそう愚痴を漏らす赤青コンビ。こんな荒行が一週間も続くのかと嘆かずにはいられないらしい。
「はいはーい、皆お疲れさまー」
カーインと共に見学者となっていたアラムが運動後ということもありバイトで一番メジャーなスポーツ飲料を人数分用意していた。どうやら自分はやることが皆無だと気が付き、マネージャー業を始めたらしい。
「あー、お前はいいなぁ見てるだけで!」
「そうよ! あんたもアタシたちが頑張ってる間、そこら辺走ってなさいよ!」
そんな彼の気遣いむなしくそんな野次が飛ぶ。こちら側に来いと生きた屍の如く生贄を求める二名。基本、ストレスのはけ口というのは弱い人間に集中して浴びせられるものなのだ。
「アラム様。ありがとうございます」
ただ一人、そんな感謝を口にしたのはキレスタールだけで、アラムは他二名の怨嗟を適当に「はいはい」と流しながら少女と会話を始めていた。悪意には無視が有効なのである。
「うんうん。キレスタールさんが一番頑張ってるからしっかり休むんだよ。ああ、それとなんか反射結界と結界術式の移動? とかしてたけど、あれすぐに覚えれそう?」
「はい。コツはすでに掴んでおりますゆえ、大丈夫です」
ガウハルの指導か、はたまたこの少女の才能か、今日の訓練で得た成果は多いようだ。
「明日は回復魔術を結界に閉じ込めて離れた人間の元まで運ぶ訓練を行う。寝る前に結界の移動を何度かしておきコツを忘れぬようにしておけ」
と、アラムとキレスタールの話に割って入るガウハル。キレスタールはまるで部外者を扱うようにガウハルを睨むが、疲労からかあまり迫力が感じられない。
「うむ。仔ウサギに睨まれてもな」
「私めが仔ウサギと?」
「我と比べて、な。今日一日で嫌というほど我との力量さを痛感したであろう。改めて単身我の城に乗り込みこのガウハルを打ち倒そうとした己の愚行を恥じておけ」
キレスタールの一方通行の嫌悪に顔をしかめるも、大して気にしていないガウハル。逆に嫌味を言う辺り、自身に嫌悪を向ける相手の扱いには手馴れている風に見える。
「いやぁー、つよつよだね魔王さんは! こなたびっくりしちゃった」
と、その声にビクっと肩を揺らすガウハル。背後から近づいてきたカーインに少し驚いたのか、眉をひそめていた。
それと確認してすかさずカーインの背後に隠れるように移動するキレスタール。
「ぬ、貴様。虎の威を借りるのか」
ぷくっとふくれた少女の意図を瞬時に理解し、思わずそう漏らすガウハル。この魔王が苦手意識を抱えているであろうカーインに魔王撃退を任せたらしい。
「ふっふーん。キレスちゃんに頼られちゃったらやる気を出すしかなーい!」
新しくできた妹分に頼られて、腰にさしていた木剣を抜きブンブン振り回す暴走娘。といっても本気で当てる気はないらしく、少し離れたところで「むきゃー」と奇声を上げながら暴れていた。
「やりにくい。栗毛、白い娘の相手は貴様が受け持ってくれるとありがたいのだが」
「ぼかぁ、女の子を相手にすると自動的にデバフ入る悲しき生物なんですけど?」
「それはすでに聞いた。それと知っておるか? 人、否、生物全般に言えることだがな、繰り返すことにより成長するものなのだ。わかるな?」
ようするに実戦をもって慣れろ、ということらしい。今朝この青年の人付き合いの下手なのを忠告した延長戦と、言葉裏には厄介な人間の押し付けも潜んでいるのだろう。
すると、誰かの腹の虫が空腹を知らせる。
皆の注目は自然と音の方へ。自然とその白い娘にへと集められた。
「……こなたじゃ……ないよ?」
取り合えず、男性の前ということもあり、そんな見え透いた嘘を吐いて見せるが効果無し。
すぐさま赤面しながら、小さく手を挙げて嘘を吐いたと自白するのであった。
人間というのは醜いと気づいたのは、その娘が小さい頃だった。
家では派閥争いが、学校では虐めが、知らぬ家では虐待が。そんな暴力は実にこの世にありふれているのだと幼少期に見せつけ、気づかされていた。
裕福な家であれ教育に度が過ぎて痣をつくる子供。自慢話をしたいが為に繰り広げられるパーティ(自慢大会)でたまに見つけ、親は転んだと笑みをつくり説明するが、それが嘘だと見破る洞察力を幼くしてこの白い娘は備えていた。
古くからバイトの主権を握ってきた家の血か? はたまたこの娘の素質だったのか。ともあれ、それゆえに娘は孤独だった。
「ねぇ、君たち? 何してるの?」
それは訓練の帰り、先日爆発騒ぎのあった商業エリア近くで、アラムの前で腹の虫を鳴らしてしまったことをいい加減に忘れないと思った頃に、血まみれの子供を見つけたのだ。
時刻は夜。空を見上げれば電子映像で造られた偽物の月と星が見え、仕事帰りの大人がその暴力を見て見ぬふりをし、中には携帯端末でその様子を撮影する野次馬がいる中、たった一人白い娘が当たり前のようにそれを止める。
「はっ何? 何か用?」
「君たち殴ってたよね? その子」
「だから何?」
カツアゲなのか、喧嘩か……七人のうち四人がそれを隠すように傍観し、三人はやり足りないのかまだ囲んで、その内の一人がただ血の気のかまだ血まみれのその子供をいたぶっていた。この場所は警務部が巡回ルートに含まない道での暴力で、計画的なものかもしれない。
「何を持ってるの? ナイフ? しまっておいた方がいいよそれ」
「だーかーらー、何?」
「止めてるの。わからない?」
「……うざ」
顔に青あざを作っていた少年の胸倉をつかんでいた少年を振り投げ、七人全員がカーインの元にゆっくりと歩いてくる。完全に標的が完全に変わったらしい。
「ねぇ、レイプされてぇの? ああこれ合意だわ。合意だよね? レイプじゃねぇわ」
「おら、こっちこ――」
逃げることなく複数人の男に捕まえかけられたカーイン。このままではヤバいと、先ほどまで暴行を受けていた少年は助けを求めて周囲の大人に話しかけようと手を伸ばすが、携帯端末のカメラを向けていた野次馬は今更に無関係を装い少年から目をそらす。
そんな中、人込みを分けてこちらに来る二人組がカーインに掴みかかっている男の肩を軽く叩いた。
「あー、君たちちょっといいかな?」
「は? 何?」
「ここの警備してる者なんですけどね? 騒ぎがあるって聞いて来たんだけど……君たちだよね?」
見れば年配の男二名、実に優しそうな笑顔を張り付け少年たちに質問を投げかける。
「は、ちげぇし! こいつ、この女が喚いて襲い掛かってきたんだよ。ここで長いこと暴れてたのを俺たちが押さえてたんだぜ! 感謝されてもいいぐらいだよ!」
「……それは本当かな?」
「当たり前だろうが! 俺たちを疑うのかよ! 俺たち学生だぜ!?」
「あー……私たちねぇ。さっき彼女をそこで見かけたのよ。理由は知らないけどがっくり肩落としてなんとも目立ってから。で、君たち長い間この子をここで押さえてたって、それは何秒の話よ?」
「だ、だから違うし! おい逃げるぞ!」
嘘がバレたと判断し七人のうち六人が脱兎のごとく逃げ出すが、一人は警備員にがっしりと手首を掴まれ逃げ遅れている。必死に掴まれている左腕を右手で引っ張るも、どういう訳かこの年配の警備員は微動だにせずただただ少年を捕まえたまま無線で応援を呼んでいた。そしてそのついでに少年に要求をする。
「ああ君、その手に持っている物をくれないか?」
囚われた少年は、警備員に言われ自分が凶器を所持しているのを思い出したのか、焦っていた表情に狂った笑みを浮かべ勢いよくナイフを横に振る。
「は?」
振った……と本人は思っただろう。その視界が天地逆さまになったことに気が付いた瞬間には手遅れ、腕一本で少年は警備員に投げ飛ばされ、背中から固い地面に不時着する。
「ごっ!」
後頭部だけは警備員の足がすかさず地面との間にすかさず挟みかまれるが、少年は背中からの強烈な衝撃にしばし呼吸を忘れる少年。
「受け身、下手だねぇ。まぁ背骨やらないようには投げたからすぐに歩けるでしょ?」
あーあ、と笑いながらすかさず足で少年の手から離されたナイフを蹴り飛ばす警備員。あまりにも見事な早業に、周囲にいた野次馬さえも何が起こったのか理解できなかっただろう。
「あー、こちら第五エリア、第五エリア。居酒屋と小売店の前で七人組の少年が騒ぎを起こし一人が暴行、鎮圧済み。応援を送られたし。繰り返す――」
と、もう一人の若い警備員は無線でそんな言葉を繰り返すだけ、特に驚く様子もなく淡々と作業を進めていた
「あー……君、顔酷いことになってるね? 殴られた? 血も凄いね」
「あ……いえ、その……」
「痛いだろうけどちょっと待ってね。ああ、それと今のうちにそこのお嬢さんにお礼言っときなさいよ……おい、この子を頼むよ」
加害者を鎮圧した年配の警備員は無線で応援を呼んでいた若い警備員に背負い投げした少年を任せ、被害者らしき子供にそう言い残し野次馬の方へ行き撮影データの消去を促しに行く。まぁ一人で全員をチェックすることは不可能なので無駄に終わるだろう。
「あ、あの、お姉さん、ありがとうございました」
「あー、いいのいいの。それより顔大丈夫? なんで殴られたの」
「……お金、よこせって」
「カツアゲだねぇ。あの子は知り合い?」
「学校の……」
「それで夜に会えば金銭目的で殴られる仲だと、それは普通に度が過ぎたいじめだねぇ」
おおよそ事情を把握したカーインは、ポンポンと少年の頭をなでる。
「うんまぁ、これから平穏にはなると思うから」
慰めではない。警備員へナイフで切りかかろうとしたのだ。あの少年はこれから“ヤバいことに”なるだろうとカーインは予測し、言葉尻に元気がない少年にそう言い聞かせた。
「おい! テメェふざけんなよ! 覚えてろよ糞女」
とまぁ、本人はそんなこと考えもしないのか、若い警備員に無理やり立たされながら暴言をまき散らしている。カーインは困ったものを見るような目で吠える仔犬を退屈そうに眺めていた。
なにせ、こんなものとは比べ物にならない狂犬を部下に置いているのだ。そんな者に吠えられても怒りすら湧かないだろう。けれど、彼を投げ飛ばした年配の警備員は違うらしい。
肩を乱暴に二回叩き、強引に自分の方に少年を向かせてなにやらブツブツと説教がなされる。言葉こそ聞き取れなかったが、その迫力に罵詈雑言はピタリと止んだ。
「あ、おじちゃん、元現場の人でしょ?」
「おや、そういうお嬢さんも現場かい? 見たところ戦闘員ではないけど随分と肝が据わってる。部下に手を焼いてるね?」
「にゃはは、わかります?」
もはや自分に殺気を向けていた青年など興味がないのか、カーインは先ほどまで鬼の様だった年配の警備員に気さく話しかけた。
会話はすぐさま歓談になる。仕事中とはいえ応援の若い衆が駆けつけてくるまで暇なのか、はたまた若い娘と話せるのが嬉しいのか事情聴取も含めてカーインと言葉を交わす。
「なるほど、お嬢さんは訓練の帰りかい?」
「うん。訓練と言っても仲間のなんだけど。おじちゃんはなんで警備員をしてるの? 現場に長いこといれば蓄えはあるんでしょ?」
「昔ドジってねぇ。足を両方ちょん切っちまってなぁ。治療で再生はできたんだが、保険入ってなくて蓄えほとんど持ってかれちまったんだよ。まぁ、それでも生活費はあるんだが、酒代が結構なぁ」
「あんまり飲んじゃ駄目だよぉ。おじちゃんもしかして悪い人?」
「いいやぁ、おじちゃんが悪いんじゃないの。お酒がおいしいのが悪いのよ、お嬢さん」
とまぁ、こんな風に会話は弾んでいく。すると先ほど読んだ増援が慌ただしく駆け寄り、野次馬を適当に捕まえて事情聴取を始めていた。
「おお、来た来た。お嬢さんもう帰っていいよ。ああ、そこの顔を怪我した子は治療するから付いて来なさい。別に悪いようにはせんからね?」
優しい手招きと共に被害者少年を呼び寄せる年配の警備員。そんな彼を、カーインはきょとんとした表情で眺める。
「お嬢さん、明日も訓練で早いんだろ? 聞き取りなんて被害者と加害者で十分だから。それよか、あんたも被害者ということでこのバカたれの親に金せびるかい? ひどいこと言われてたしまぁ、可能だけど」
なんて、カーインが疑問の言葉を投げかける前にそんな言葉が出てきた。なるほど、この警備員なりに気を使ってくれたらしい。ならばとお言葉に甘えてその場を後にするカーイン。
背中を見せて大きく手を振る彼女は、一仕事終えたヒーローの様だ。ただ、本人は微塵もそう思っていないだろう。子供の喧嘩に酔っぱらいの喧嘩、先ほどのような大掛かりな人数での暴行も必ず見過ごさない。
なるほど、他人から見れば彼女はまさしく正義の味方だ。正当な暴力に酔いしれず、利益を求めず、何より個人に肩入れしすぎない。そうだ、過剰な援助は人を駄目にするものだと彼女はこの歳ですでに知っている。誰が文句などつけられようか。
「……でも、一番助けたい人は助けれなかったんだよねぇ」
だから、これは自己満足なのだと彼女は思い耽る。すべては自分の後悔を誤魔化す為の行為なのだと、自虐的な笑みを偽物の星が輝く船の天井を見上げた。
まるで自分はあの電子の映像で造られた星の様に偽善者なのだと、自覚する。そもそも、彼女が正義の味方を始めたのだって、あの青年の――。
「うんまぁ、でも、だからこそ今度はちゃんと、だから、うん。そう、こなたは君を助けるんだ。正義の味方は、格好いい存在なんだから」
たどたどしい言葉を紡がれた。彼女だけが知る過去、もうあの青年が覚えていない過去を胸に、白き娘は空に広がる偽物の星々に、そんなささやかな誓いを掲げるのであった。
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