第二章「彼ら彼女らの日常は騒がしい」 九話
バイトにおいて食糧問題や領土、エネルギー問題はすでに解消されている。
人が生きていくのに必要なものは過剰なほどに溢れており、消費文明を何の憂いもなく満喫していると言っても過言ではない。
ならば次は何を人が求めるのか? それはもう、娯楽である。
芸術、学問、スポーツにバーチャルコンテンツなど実にこの船には多くの娯楽があり、中には頭に電気信号を送り超大作映画を見終えたような感動を一瞬で得れるという人道的にどうなのかと思うような機械すらある。
その一方で満たされた人類が何を求めるとかというと「なぜ人は生きる」という学問、つまり哲学を掘り下げていくらしい。
「ぁあああああああああ」
奇妙な唸り声が上品な家具を揃えた部屋に響く。
少し手狭だが、一人暮らし用の部屋なのでこの部屋の主であるカーインはこの部屋を気に入っている。せっせと自ら稼いだ給料から欲しい家具を揃えるのが彼女のひそかな趣味なのだが、今はそんなことはどうでもいい。
そう、ただいま彼女は苦悩している。哲学に縋りたかったのか、小難しい哲学書が本棚から五冊ほど引っ張り出されてページがめくられている状態で散乱していた。
「ぬわあああああん!」
再び白い娘から奇声が発せられる。おまけにベッドに前のめりに倒れこみ枕に顔をうずめてお尻を突き上げているのだから、珍妙な生物と呼ばれても仕方ないだろう。
ただ繰り返すがここは彼女の自室、なので奇行に走っても何ら問題はない……客人がいなければの話だが。
「おーい。乙女がそんな恰好してていいのかー?」
「なぁああああああん」
「会話しろよ。お前の兄貴からあのもやしを守ったんだろ? それでいいじゃねーか」
数分前、カーインが荒れ狂う台風の如く本棚から哲学書を引っ張る時に拝借した漫画を読んでいるショーラがそんな突っ込みを入れる。
しかし満足な返答は帰ってこず、彼女の主は突き上げているお尻を左右に振りながら奇声を発しているだけだったが、いい加減人間の言葉を発して誰かに悩みを聞いてもらいたくなったのか、その謎の奇行を続けながら言葉のキャッチボールを始めだした。
「守ったんだけどさぁー、だけれどさぁー! 絶対こなた怖い女って思われたぁー! お兄様の相手なんて凄まないとできないから仕方ないんだけどぉー! ああああん!」
「はぁ……別にあのもやしに何を思われても構わねぇだろうよ。そもそもお前はバイトの変人として名前が通ってるんだから今更気にしてどうすんだよ。大体なぁ、そういうありのままの自分を隠すだのなんだの面倒くさい努力は好きな男の前だけにしとけ、疲れるぞ」
と、その瞬間左右に振っていたお尻が止められた。好きな男という言葉に反応して静止した為に、思わず漫画から視線をミニスカート越しの小さなお尻へと目をやる赤毛の女剣士。
「いやぁ……嘘だろ?」
「いいじゃんか! なんか文句あるのぉ。こなただって年頃の女の子ですしー! 恋の一つや二つしますよぉーだ!」
「驚いてんのは相手だよ! お前さぁ……男の趣味悪すぎだろぉ!」
「大声でアラム君の悪口を言―うーなぁー!」
と、再び荒ぶる小さなお尻。恥ずかしいやら怒りやらでベッドの上で叫びながらカーインを、ただただショーラは眺めることしかできなかった。
「帰ったわよー……いや、何やってんのあんた。お尻を突き上げて振りまくって、なんでそんな体勢なのよ? 何かの邪教の儀式?」
と、部屋に新たな客が入ってくる。青い髪が特徴的なマァだ。そして手にはなにやら買い物袋と強烈な匂いをさせる食品が一つ、ピザである。どうやらマァは食料の調達に出ていたらしい。
「今更こいつの生態を解き明かしても仕方ねぇだろ。それより聞いて驚け。こいつ、あのセクハラ男が好きなんだとよ」
「は!? 男の趣味悪すぎでしょ!」
「なんで二人して同じ反応な訳! こなた怒るよ本当に!」
随分と賑やかになっていく。どんな世界でも大なり小なり色恋の話は女性陣の話題にうってつけなのか、マァとショーラは根掘り葉掘りカーインに質問していく。
「で、いつから好きなのよ。あんた」
「十歳の時に一度会ってる……その時に、でもアラム君は覚えてないっぽいけど」
いつの間にか突き上げていたお尻を元に戻し、ベッドにうつ伏せの状態で質問に答えていくカーイン。普段羞恥心など皆無な彼女だが、自身の恋愛話となるとさすがに気恥ずかしいのか枕に顔を半分埋めながら、足をパタパタさせて頬を少し赤くさせる。
「お、おい……本当にどうしたんだよ。ずっとそういう感じなら多少はモテるんじゃねぇのか?」
「やだ、しおらしいとかどうしたの? アタシこの子のこんなところ初めて見るんだけど。呪い? 何かの呪いなの?」
いつのまにかミニテーブルを囲み、ピザを食べながら完全にくつろぎながら好き勝手言ってくるこの二名。カーインは自分とてあなた方と同じ女性なんだという主張をしたかったのか、すっと顔を上げるが自然とその目線は二人がもう半分までその胃に放り込んだであろうピザへと吸い込まれていく。
「……それ、こなたも食べる」
「まぁ、あんたの金で買ってきたんだしさっさと食べなさいよ。買いに行ったのはアタシだけど」
そう急かしながらも口からたくさんのチーズを延ばし一切の遠慮なくピザを平らげていく二人。カーインはさっさと台所へとパタパタと走っていき飲み物を取りに行った。
「オレは炭酸」
「アタシは……何か適当なジュースでいいわ」
そして当たり前のように飛んでくる注文に、カーインは一瞬口をへの字に変えたが取り合えず注文の品を手早く冷蔵庫から出してコップへと注ぐ。一応部下と上司の関係だが、どうにも気安い。この関係性はやはりカーインの人柄ゆえなのだろう。
と、自分の部屋にいるかのようにくつろぐ二人は唐突に鳴り響いたインターホンにお互いの顔を見合わせる。そして自分たちの飲み物を用意するという大役を請け負っているカーインは来客の対応はできないと判断し、数秒のアイコンタクトののちじゃんけんを始めた。
「はいアタシの勝ちー」
「へいへい行きますよ」
軍配はマァに上がり、敗者であるショーラはぶつくさと文句をいいながら気だるそうに立ち上がり部屋の入口へと歩いていく。
「……ああ、わかった。おーい、カーイン」
「ん? 誰が来たの」
「いや、お前の兄ちゃんから助けてくれたお礼を言いに、例のもやしが訪ねてきたぞ」
さて、年頃の娘の前に好きな人が訪ねてきたら、という状況になればどうなるか?
現時点でのこの室内の状況を整理しよう。先ほど本棚からなんの参考にもならなかった哲学書が散乱しており、部屋にはピザの濃厚な臭いが充満。おまけにだらしなく寝そべる女友達が二名、しかもマァは露出の多い服は若い男にとって目に毒だろう。
「ちょっと待ってくだしゃい!」
一秒をきる最速の思考の後、白い娘は心からの叫びをあげるのであった。
古来より男の子が女の子の部屋に入るというのは一大イベントというのはバイトでも常識である。客人は純粋であれ邪であれ期待を胸に、受け入れる側も様々な思いを募らせるものだ。
まぁ、アラムはそんなこと考えもせずただボケーっとお礼を言いに来ただけだろうが。
「ぅうう」
枕をぎゅっと抱きしめ娘は来訪者を涙目で睨む。
アラムの訪問で速攻で片づけられた部屋は元々綺麗にしていたこともありすぐさま清潔感のある空間へと生まれ変わった。次にすぐさま脱臭機が最大出力で稼働し男を堕とす目的の露出の服を着ているマァにはカーインの物である白い羽織りが着せられた。
完璧である。懸念事項をすべて排除したカーインだが――。
「……(アラム君に普段から汚い部屋に住んでると思われたかなぁ)」
尋ね人を待たせた三分で、彼がどんな想像をしたのかとカーインは気を重くさせる。一方アラムは小さな机をマァとショーラと囲んで、落ち着かない様子で部屋を眺めていた。言うまでもないがこの男、女の子の部屋に入ったことなどない為に挙動不審なのである。
「いや、僕としては外の適当なお店で作戦会議かなって思ってたんだけど……入って良かったのかなぁ?」
部屋に入って暫くして、無言に耐え切れず今更ながらそんな言葉を口にするアラム。それを聞いたカーインが「その手があったのか!」と言わんばかりにベッドの上で悶絶を始めた。
「あのぉー、僕って何かあの人に嫌われることでもしましたか?」
「気にするな。常時あいつは頭がおかしいだけだから」
ショーラの悪口に当人はむすっとした顔で抗議するも、手をひらひらさせて適当にあしらう赤毛の女剣士。すると気だるそうな目線でアラムを観察し始めた。
「なぁ、お前って女にモテるのか?」
「え、なんですか? そんな風に見えるなら病院に行ったほうがいいですよ?」
「ははは! 見えねぇよ。そこまでオレは血迷ってねぇ」
「すみません。その確認する必要ありました? 僕ちょっと泣きたくなったんですけど」
「でだ、話は変わるが……実は自分に好きな奴がいるのに自分はモテないとかいう奴はどう思う?」
そう言われ顎を触り考え込むアラム。世間話のつもりで聞いたことだが、これはかなり切り込んだ質問だとショーラは心の中で少し反省したが、もう遅い。アラムが察しが良ければカーインの気持ちに気づきかねない質問だ。
証拠にカーインが猫のように目を丸くしてショーラを見ている。文句があるというよりなんでそんなことを言い出すのかという驚きなのだろう。
「ああ、いいや、悪い。この質問は忘れて――」
「僕はそんな奴は死ねばいいと思います。いや本当に、そんな鈍感な男、腹立ちません? ハーレムアニメの主人公とか現実にいたらいけないんですよ。ええ、リア充は滅せよ!」
「……なぁカーイン。こいつ、ぶん殴っていいか?」
「え、なんで僕が殴られるの! 百点満点の回答でしょ!?」
「いや、人間として零点どこかマイナス点の回答だからな……それ」
とまぁ、この青年にそんな察しの良さなど備わっている訳がなく見事なブーメラン発言を繰り出したアラム。そんな彼にショーラとマァは呆れたのかため息を吐くが、ただ一人カーインは安堵という違ったため息を吐いていた。
「というか、あんたなんでこの子の部屋の住所知ってたのよ。もしかしてストーカー? やだキモー」
「ねぇねぇ酷くなーい? 僕って傷つきやすいんでそういう刺々しい言葉を浴びせないで貰えるとありがたいんですが、冤罪の怒りより悲しさが勝つんで、はい。それとカーインさんの住所は船長から聞きました。今回の一件の報告もあったのであれから一度立ち寄って、お二人にも協力してもらうので一度きちんと挨拶にこようかと」
「いや協力って何よ?」
「え、僕のところにいる子と協力して賭け試合に出てくれるって話……ですよね?」
そして数秒の間、青年と女傑二名が目を合わせてベッドの上に陣取っている白い娘へと視線を動かし、説明を求めた。
訳がわからないといった表情の三名からの注目を集めたカーインは、暫く目を細めて口をもごもごと動かした後、なんとも申し訳なさそうにペコリと頭を下げる。
「おいおいおい! いやそれ一番大事だろうが。オレら戦うのかよ!」
「ちょっとカーイン! きちんと説明して!」
部下二人に問い詰められるカーイン。まぁ先ほどまで心中アラムの件でそれどころではなかったとはいえ、確かに二人には伝えておくべき案件だったはずだ。
二人への謝罪か、拝み倒しながら兄と交わした賭け試合の詳細を伝えていく。二人は怒っていたものの、ファナール船長を助ける為という理由からその溜飲は簡単に下がってくれた。
「まぁ、事情はおおむね理解できたが……流石にオレはあの姫騎士様とやりあいたくねぇな」
「ええ、なんでよ。合法的にあのいけ好かない女、袋叩きにできるんでしょ? アタシは賛成よ」
意見が分かれた。以外にも好戦的と思われたショーラが乗り気ではなく汗臭いことが嫌いそうなマァが超個人的な理由から協力的な態度だ。
「三人がかりだったら余裕でしょ」
「楽観しすぎだ。相手はバイトで最大権力派閥の王子様の護衛だぜ? オレたちが束でも勝負になるかどうかもわからんだろうに」
実力差があると主張する女剣士、仕事で命のやり取りをしている人間ならば強い敵には挑まないというのが鉄則ということだろう。
ただ今回は試合、殺されるということはない。事後承諾というのは大変ショーラにとって不満だが、一応は主からの命令だ。彼女一人が反対したところでアラムへの協力は取りやめにはならないだろう。
「はぁ……で、カーインさんよぉ。策は考えてるんだろうな?」
「うーん、今考えたので三通り。博士に頼んでマジックアイテムを量産してごり押す案」
「時間と金がねぇ」
博士、というのが誰かはわからないが、武器の性能と物量で敵を圧倒するという案らしいが、ショーラが現実味がないと一蹴りする。
「マァの水魔術で相手に呼吸させず勝つ方法」
「えぐいなおい。だが相手が格上なら閉じ込めておくことなんて無理だろうよ。閉じ込めたところですぐ逃げられるだろうさ」
この案も格上相手にできる案ではないとショーラがまたもや否定的な態度をとる。提案者であるカーインもその反応は予測済みなのか別段気分を害した風もなく、最後の案を口にした。
「最後にショーラとキレスタールさんに前衛を出して支援をマァにだけする方法」
「いや待て……確かキレスタールってのは結界術を使ってたな。後衛向きだろう。それを前に出してどうすんだよ?」
術者は後衛、というのはバイトでも常識だ。全体が見渡せる位置でサポートに徹させるのが最適解だとショーラは口にする。
「うーん。でもショーラさんとキレスタールさんの二人掛かりで前衛を押さえないと後衛狩りをされるってことだからキレスタールさんを前に出すって考えなんだよね? 僕は有りだと思いますよ」
「ああ……そういうことか」
アラムの補足と賛同にショーラが納得したのか。腕を組み「うんうん」と唸り始めた。頭の中で趣味レーションでも始めたのだろう。
「ていうかあんたそこそこ頭いいのね。この子の考えなんかそうそう理解できないわよ」
「まぁ意図があるならそういう意図しか考えられなかったので……そもそも僕は術者を前衛に置こうなんて僕には思いつきませんけどね」
と、さっきまで難しいことはほかに任せると言わんばかりに聞き手に徹していたマァが、素直に驚いた表情でアラムにそう言う。先ほど策はあるのかとカーインに聞いたショーラといい、彼女という人物を周囲の人間は変人として扱っているが同時に参謀としても頼っていた。
青年がそれに気が付いたのか、まじまじとカーインを観察する。そんな不躾な目線に見つめられたカーインも気が付き妙にそわそわしだす。そして――。
「……もしかして、実はカーインさんおバカではない?」
そして乙女心などつゆ知らず、この青年はちょっと失礼な質問を繰り出すのであった。
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