第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 三話
気が付けば、朝日が山からひょっこりと顔を出していた。
無我夢中で怪物を倒していた途中、すでに空は明るんでいたのにそれに気が付かなかったアラムは怪物を倒してから暫く放心した。そしてその後、ある問題があるのを思い出したのである。
「うーん。どうしよ」
「……」
一難去ってなんとやら、アラムはまた湧いて出た問題に頭を悩ましていた。そう、怪物から助けたあの聖職者らしき少女だ。
「さてさて、取りあえず助けられたのは良かったけど……偵察機が帰ってくるまで通訳機能は無いからジェスチャーでコミュニケーションを取るしかないんだけど……」
ふと、先ほど道の上でうずくまっていた件の少女の方を見るアラム。
彼が抱いたその少女の第一印象は死人だった。まず目が死んでいる。表情に生気が無くアラムを見ても感情の起伏を見せない。
そして服は白を基調とした装飾が凝っているローブを着ているが、そんな高価そうな物を身にまとっているにも関わらず汚れが酷く、ちらりと見えた肌にも傷が中々に多い。
「……虐待かなぁー?」
少女をまじまじと観察してアラムが出した予測がそれだった。だが彼女の異常性はそれだけではない。彼女の髪の色が人間のそれとは思えないほど美しかったのだ。
太陽光を浴びダイヤモンドの髪が様々な色彩を作り出す。
彼女の髪は至高の宝石が如く、神秘に満ちた秘宝の如く、そして千の虹の如く輝いていた。
「この世界の人は皆こんな髪なのかな? いや、あの山賊は紫色っぽい髪だったみたいだけど、あー、まぁ色々考えても仕方ないか。お腹減ったしなぁー、ご飯にしよ。朝飯食べて片づけてたら偵察機も帰ってくるだろうし」
そうして用意される即席ラーメン。きちんと二人分用意したそれを少女に分けて、食べ物であることを身振り手振り説明している最中、なにやらアラムの周囲に羽音が響いた。
「お、帰ってきた帰ってきた!」
「言葉が……」
「お、良かった。言葉が通じるようになったね。偵察機が帰ってきたみたいでさ」
「偵察?」
「まぁ、なんというか仕掛けがあってね。ともかくこれで君と話せるよ。さて、色々聞きたいんだけどまずは自己紹介かな? 僕はアラム。見ての通りの美男子さ」
「……」
「ああいや、冗談冗談、軽いジョークだよ。無反応だとちょっと小恥ずかしいから」
「すみません。冗談を言われ慣れていないので……」
「じゃあこれから慣れておいた方がいいよ。軽口のたたき合いができてこその人付き合いさ。で、君の名前を聞いてもいいかな?」
「はい、キレスタールと申します」
キレスタール、彼女は自身の名をそう恩人に告げた。
ああ、その名前はなんて彼女に似合っているのだろうと大抵の人間は思うだろう。
可憐で、透明感のあり、純真さが感じられる響きで、すぐに散り、砕かれてしまう硝子の華の様な名前だった。
実際、彼女は気を抜けばすぐ死んでしまいそうなほどやつれていた。体中の傷もそうだが、よく見れば目の下に隈を作り、常時頭がゆらゆらと左右に揺れている。
「……ねぇ君、しんどいの?」
「いえ、大丈夫です」
「じゃあ……何日寝てない?」
「二日程度です」
「よし、じゃあ続きはあのテントの中で話そうか、君は横になってていいから、というか寝てもいいよ」
「しかしこの汚れた格好で寝ては、寝ては会話もできません。テントの中が汚れてしまいます」
「いやいや、どうせ後でそこの川で洗うから構わないからさ……ところでぇー。寄生虫とかこの川いないよねぇ? 気絶してた時に手をずっと突っ込んでたんだけど、僕」
さぁさぁと少し強引に入り口が裂かれたテントへと彼女を招くアラム。キレスタールは少し警戒心からか戸惑いを見せてから、疑うのは無駄と思ったのか観念してテントの中へと入っていく。
「ふぅ……二日寝てないのは異常だよねぇ。この世界での旅は過酷なんだろうか?」
彼自身が頭をロケットランチャーで吹き飛ばした怪物の死体に目をやる。あんな怪物がうじゃうじゃ出るならばこの世界で旅など自殺行為に等しいだろう。
「さて、一体ここはどんな世界なのやら」
不安しか感じない彼はため息をついてからキレスタールが入って行ったテントへと続く。
「まぁ、でもこの世界は、少なくとも火薬臭くはなさそうだ」
そんな乾いた笑いと独白を誰にも聞かれないようにして――。
壁には世界に二つとないありとあらゆる装飾が凝らされた織物、そして天井にはこの世で一番巨大と言われても納得できるシャンデリアが三つある部屋に、一人の男が頬杖をついて座っていた。
黒の下地と金の線があしらわれた鎧を纏い、紅のマントを背にただただその目蓋を重く閉じ、何かを座して待つその姿は石で作られた彫刻にも思える。しかし、部屋の扉を三回ノックして入ってきた大きな蝙蝠の羽を持つ悪魔が現れると、たちまちに生気を取り戻しその想い目蓋をゆっくりと開いたのであった。
「ガウハル様。今日のご気分はいかがでしょうか?」
「うむ……そうだな、特に変わらん。今も飢えに民が苦しんでいる、それを思えば、この曇天こそ我が心象よ」
魔王ガウハルと呼ばれた左右非対称の双角を持つ男は、チラリと部屋の窓から稲光を宿す黒雲を眺める。その目は深い慈悲と何かへの落胆を含んでいた。
角は結晶で、頭を突き破って生えてきている。
「……いつしかその御心、晴らしてみせましょう」
「相も変わらずの忠臣よな。アーセファよ」
「有難きお言葉!」
「なれど、この心の雲は我自身が晴らさねばならん。例え人を滅ぼしてもすぐさま民の飢えは癒えぬ……これから長くなる。その果てまで我に着いてきてくれるか?」
「何度でも言いましょう。このアーセファ、魔王ガウハル様に全てを捧げております!」
「我が知将よ。その忠、深く感謝する。して、他の三将は?」
「ジャファーフは命の通り国境で防衛の任を全うしております。ただサルジェは……その」
「良い。奴は前魔王に従えた老兵ゆえ我が命を聞かぬなど常よ」
「ですが、他に示しがつきません。このサルジェ、命とあればあの不忠者を――」
「いや、あの聖都共々あの国が滅ぶまで短い、好きにさせておけ」
そう言ってから魔王は再び玉座にて頬杖をついたまま目蓋を閉じる。それはまるでうなりを上げる前の嵐の如く静けさの如く、ただそこで何かを待っているかのようだった。
狭いテントの中、最初は横になった修道女となにやら用途不明の機械を弄りながら彼女の話を聞いていたアラムは、そのあまりにぶっ飛んだ話の内容に思わず手を止めてしまっていた。
「えーっと、魔王が約一年前に聖都と呼ばれる首都を一年後に滅ぼすと宣言して、君と君を見捨てた勇者さんはその魔王を倒す旅をしていたと……」
「はい、その通りでございます」
「で、その期限が後、大体一週間だと、聞き間違いであることに期待してもう一度聞くけど、一か月の聞き間違いじゃないよね?」
「一週間で相違ありません」
「……どうしてこうなった!」
アラムは頭を抱えた。好調の運気というのは長く持たないものだが、逆に運の悪さというのはどうも続くものでまたしてもアラムは難題に、いや、今までの問題とは比較にならない壁にぶち当たっていたのだ。
魔王による聖都の鏖殺宣言。しかもそのリミットが一週間だという。
バイトからの救助がくるのは最短で二週間、その半分の期間でこのアラムがいる聖都をこの国共々、魔王に滅ぼされるというのだ。
「詰んだ! ちくしょう僕が何したってんだ! いや、普段からセクハラとかしてるけども!」
思わずそんな悪態が彼の口から飛び出した。無理もない。こうも不幸が続けば誰しも発狂の一つや二つしたくなるというものだ。
「嫌だ。死にたくない、童貞のまま死にたくない! てことで誰か魔王を倒してくれないかな?」
「……アラム様は魔王を倒そうとは思わないのですか?」
「僕? 無理と思うなぁ、だってさっきの蛇? 鳥……か? まぁいいや。あの怪物相手に手こずってたんだから」
「そうですか……」
「ところでキレスタールさんだっけ? 君はどうしてあの怪物と戦ってたの?」
その問いに聖職者の少女は虚ろな目をアラムに向ける。
ただただ無表情で、ただその目に僅か折れてしまった華みたいな悲壮感をにじませながらおもむろに答えた。
「依頼です。同行していた勇者様が化け物退治の依頼を受けたのです」
「で、敵わないと悟って逃げ出したと、君の旅もここで終わりじゃない? 僕と一緒に安全な所まで避難しない? 国外逃亡しよ?」
「国境は警備が厳しく、多くの者が隣国に亡命しようとした国民が兵士に殺されていると聞きます。運よく国境を抜け隣国に辿り着けたとしても、果たして敵国の民を受け入れてくれるかどうか。しかし魔王を倒すよりかは現実的かと、逃げるならばアラム様一人で、私めは魔王を討伐しに行きますゆえ」
そう言い少女はその体を起こそうとするも、疲労からか起き上がれず、ストンとなんとも軽い音を出し倒れてしまう。
「一人じゃ無理だってぇ、それに今だって満足に立ち上がれないじゃないか」
「私めは、魔王を倒す為に製造されました。例え一人になろうとも自分の存在意義を捨てることは許されません」
「いや製造されたって……」
製造、その一言にアラムは思わず眉を寄せる。まるでそれは自分を物として扱っていると思えたからだ。
「君は一体――」
「ならばアラム、お前がその魔王を倒すしかないだろう」
唐突にアラムの言葉を遮るようにして気が強そうな女性の声が響く。声の主が誰なのか、キレスタールは目でその人物を探すが見つからない。
一方アラムはうんざりとした顔で脇にあった船へと繋がる通信機を手に取った。
「おはようござますファナール船長、盗み聞きとは良い趣味をお持ちですね。ますます貴女を好きになりましたよ」
「なんだ、貴様にしては珍しい嫌味だな」
「そりゃあ可愛い女の子ととの談笑を盗み聞きされたら怒りますよ。あれですか? 歳を取ると若い男女が何を話してるか気になるんですか?」
「ははは、面白い冗談だ……よしアラム。貴様帰ってきたら鼻が曲がるまで殴ってやるから覚悟しとけよ」
「おっと、ガチで怒ったぞこの人。ごめんなさいちょっと言い過ぎました!」
「……まぁいい。というよりだ、盗み聞きではなく基本通信機の音声と映像は常時こちらに送られている。お前が戦闘中切られていたのは通話のみ、つまり、常に貴様の行動をこちらに筒抜けということだ」
「えっ! 何、じゃあおちおち隠し持ってきたエロ本とか読んだら公開処刑になるの!」
「おい、貴様本当にエロ本隠し持ってるんじゃないだろうなぁ?」
「……一冊、いや三冊ぐらいいいじゃん」
「おい! いやそうじゃない、話を脱線させるな。まぁ貴様はルーキーだから知らなかったのだろうが、常にこちらは現場で動いている人間の行動は把握している。つまり、だ」
「僕の隠し玉もとっくにバレてると……」
「そうだ。なんだあれは、突然ロケットランチャーや鉄の防壁を出して、いつから手品師になったんだ貴様は?」
「まぁそれはついは最近なったんですよファナール船長、種も仕掛けもございますってね。僕が発明した最新技術。赤ん坊からご老人まで、いつでもどこでも物資の召喚が可能なコードシステム! 将来的にこれで老後までの資金貯めようとしてた僕の虎の子ですよ。まぁ試作段階の不良品で、まだ完成してるって言えないんですけどね」
「試作品……そうか、まぁ大体理解した。で、なんでそんなとんでもない物を造っておきながら秘密にしてたんだアラム? 報告の義務があることぐらい理解しているだろう」
「そりゃあ、人工知能で言語解析できる偵察機を造ったら、色々と難癖つけられて開発部にいられなくなったんですよ。ほとぼりが冷めるまで隠してますって普通」
「ああ……」
まったくその通りだと言わんばかりのため息が通信機から漏れる。アラムの処遇に対してファナール船長も負い目らしきものを感じているのか、それ以上の追求は無かった。
「その、アラム様、どなたと話しているのですか?」
「あー、えーっと、どう言えばいいんだろう? これは遠い所にいる人と会話できる道具なんだ。君こういうの知ってる?」
「いえ、そのような物は初めて見ました? アラム様は異国の方なのですか?」
「まぁ、遠くからきたんだよ。実は事故でここにきてしまってね。だからこの国の内情とか常識とか全く知らないんだ!」
「事故で、ですか。今は戦時中ですので国境を超えるのも苦労するはずですが?」
「(事故で別世界に)吹っ飛ばされてここに来たんだ!」
「えっと、吹っ飛ばされたのですか……?」
「嘘じゃないよ。本当に! ちょっと言い辛いことを隠してるだけだから、ごめんね!」
「……そうおっしゃるならば深くは聞きません。それにアラム様は命を賭けて私めを助けてくださいました。悪人などとは思いません」
そう言われキョトンとするアラム。どうも手放しに信用されたのが以外だったらしい。
「こほん、まぁなんだアラム。期限は一週間と言っていたな。まだ聞きたいことはあるが時間が惜しい、それは次の休憩の時にしよう。その子の体力は回復したのか?」
「動けるキレスタールさん?」
言われ少女はゆっくりと体を起こし、何度も手を握ったり広げたりして体の調子を確認する。
「はい、少し休ませて頂いたおかげで回復しました。感謝します」
「ではキレスタール殿、この馬鹿を使ってやってくれ。この戦力で魔王討伐が可能なのかはこちらも判断しかねるが、やるだけやらせてくれ」
それを聞いて思いっきり偵察機のカメラに向かって嫌な顔をするアラム。どうやら抗議のつもりらしい。
「ははは、アラム、お前がやる気で嬉しいよ」
「ファナール船長、性格悪いですよ」
「なんとでも言え、役職上、部下からの悪口には慣れている」
「はぁ……緊急時だし文句を言っても仕方ないか」
「そうだぞ、そもそも我々は――」
介入者たちだと、ファナール船長はそう言葉を続けたのだった。




