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第二章「彼ら彼女らの日常は騒がしい」 八話



 それはまるで巨大な羽虫あった。複数の開店前の店から突如窓ガラスを割り現れたそれを人を殺す為の鉄で造られた殺人虫の群れか何かと、青年は幻視した。

 そんな想像を更に強固にする為か、空中を裂くように飛び回り高速で回転するプロペラは攻撃的な蜂を思わせ、針の変わりに銃を詰んだ戦闘用ドローン、それがおおよそ百体。

 だが奇跡的に犠牲者がいないのは、とっさにたまたま近くにいたマァが水流魔術で水の防壁を作り、デモ隊ごと自分を囲ったからである。


「ああもう! なんなのよ。こんなに一般人がいる場所に戦闘ロボットばら撒く馬鹿は誰なの! ショーラ、心当たりあるんじゃないの!? どこで恨み買ったのよ!」

「ねーよ馬鹿女、それより口より手を動かせ手を! 全部お得意の水魔術で故障させろ。機械ってのは濡らすと壊れるもんだ! 道理だろ!」

「誰が防御魔術を展開してると思ってんのよ! 二つのことをいっぺんにできる訳ないじゃない! それよりあんたこそ、これをどうにかしなさいよ」

「短剣一振りでこんな百体いるかもしれないロボットの群れをどうしろってんだ! そういうのは魔術使い様の仕事だろうが魔女がよぉ!」


 飛翔音が鳴り響く中、赤い髪と青い髪の女性が言い争いがヒートアップしていく。

 すでに買い物中であった無関係の人間は一目散に逃げていき、この階にはデモ隊と巻き込まれたアラムたちしかおらず、今すぐ誰かが助けてくれる、という状況ではない。


「いい、アタシの防御魔術は五分ともたない! デモ隊の中に戦闘が得意な人がいたらすぐに名乗り出て!」

「それよりなんでこんな状況になってるんだよ! 説明しろよ!」

「アタシもわかんないわよ! 今、偶然買い物してて巻き込まれただけなんだから! それより他の人、攻撃でも防御でもいいから力になれる人はいるの、いないの。どっち!」


 いい加減、不毛な言い争いに見切りをつけて、マァは今度はデモ隊の中から助っ人を募集するが、誰も彼もが恐怖に顔を歪ませているか形にできない怒りで説明を求めているかのどちらかだった。集団パニックを起こしかけている状態と言っていい。

 するとそんな中、恐る恐る手を上げる者が……デモ隊から少し離れた所で一人ポツンと座っていたアラムである。


「はぁ!? セクハラ野郎は引っ込んでて!」

「いやぁ、お邪魔かなって思って端っこで縮こまってましたけど……一応この状況を打破できる物があるんですよ。コード、レッドスモーク」


 マァに邪険にされながらも、そう言って自慢のコードシステムを使いなにやら手榴弾を召喚して見せるアラム。


「おい、なんだそれは?」

「空冷式の機械の天敵です。さっきから飛んでるあれ、構造的に外気を利用して自分を冷やしてるからこれで壊せると思うんですが……やります?」

「あー……よくわからないけど、いいから早くしろ!」

「えー、僕の説明が悪いのかなぁ」


 手短な説明をするも、ショーラには理解してもらえなかったらしく少し拗ねてみせるアラム。自分が説明下手なのかと頭を悩ませながら、マァと目配せをするアラム。


「せーので投げるんで一瞬だけ水の防壁に穴を開けてみらえませんか?」

「わかった! これであの機械どうにかできなかったら怒るからね!」

「じゃあいきますよ、せーの!」


 すでに怒っているのではないかという言葉を飲み下して、水の結界に一瞬だけ開いた穴に例の手榴弾を投げるアラム。するとすぐさま派手に破裂して赤い霧を周囲に充満させる。


「ちょっと! 何を投げたのよアンタ!」

「特殊ガスグレネードです。ああ、一応人体に悪影響あるのであのガスは吸わないでくださいね」

「あんた、それ早く言いなさいよ!」


 遅すぎる忠告にキレるマァだったが、すぐさまその溜飲が下がることとなる。


「え、何どうなってんの」

「さっき説明した通り、これは空冷式の機械にあの赤いガスを吸わせてオーバーヒートを起こさせるんですよ。飛行させる機械ってのはできるだけ機体を軽くさせなくちゃならないんでね。基本的に空冷式であるはずなので、まぁこの通りですよ」


 熱による機体の変形、もしくは発火し次々と殺人ドローンが落ちていく。アラムとて一応技術者なのだ。用途から機械の機能を割り出し弱点を付くことは容易いことである。


「プラスチックとかの素材と化学反応起こして熱に変えるガスなんですが、ある程度濃度が無いとほとんど無害なんで、霧散したらすぐにでもここから移動できますよ」


 助かったと先ほどまで震えて混乱し、一部怒鳴っていたデモ隊が歓喜に沸く。生存の喜びに、すぐさま青年に言い渡す礼など無かったが、ショーラだけが青年にニヤリとした顔で話しかけてきたのは彼にとって意外だったのか少し驚いた表情をした。


「へぇー……意外にやるんだな」

「意外ってなんですか。これでも僕はそこそこの技術者なんですよ」


 己の唯一自覚している長所をここぞとばかりに胸を張り自慢する青年に、ショーラは素直に感心する。彼女は技術者になろうとも思わないが、それでも持ちえない技を持つ相手に彼女はある程度敬意を持っているらしい。


「あんなの造れんだなお前、見直したぜ。次の仕事でもオレを楽させてくれると嬉しいんだが?」

「ああいや褒めてくれるのは嬉しいんですけど、あれ通販で買った奴をちょっと弄っただけなんで。個人の設備であんなの一から作れませんからね?」

「おい、オレの褒め言葉を返せ!」

「ははは、人間なんて一人でなんでもはできませんから。こんなもんですよこんなもん」


 まぁ、今ヘラヘラと笑っているこの青年とは、ショーラは根本的に合わないだろのだろう。なにせ、この青年は彼女の主君と似ていると、彼女本人がたった今気が付いてしまったからだ。


「てめぇは苦手だわ。オレの飼い主そっくりで」

「へ?」


 ため息混じりに吐露した言葉に、目を丸くするアラム。だがその言葉を深く追求することはなかった。

 ――蜂の羽音に似たプロペラの快音が耳を刺激する。すでに赤い霧は霧散した宙を突き進み、一直線にその黒い群れはデモ隊から笑顔を奪い去った。


「――あ」


 突如現れた第二派にアラムが何かを察知し、その表情を凍らせた。さきほどのドローンは左右上下に動き、攻撃を躱す為の動きをしていたが、あれはなぜこちらに一直線につっこんでくるのか?

 その疑問の答えを出す前に、ドローンの細部がわかるほど接近してきて、無理やりその答えを理解させられたのだから、銃らしきものも無く、変わりに赤と緑のランプが光る四角い物が張り付けてあるからだ。その為、ショックで思考が一瞬止まるのも無理もない。

 ――要するに、あれは自爆用だ。


「全員走れ! あれは爆発する!」


 端的に、的確に、アラムは周囲にそう伝える。

 先程から赤と緑の二色のランプはセンサーの類であると予想を付け、ドローンの動きからその用途を確信したのだ。

 その一言で自分たちに訪れる未来が明確に想像できたのか、再び周囲はパニックになる。我先にと先ほどまで喜びを分かち合っていた人々をかき分け、押しのけながら逃走を図った。


「おい、さっきのガスはもう無いのか!」

「もう品切れ! それより走ってください!」


 もはや守りの手はなし、皆等しく脅威から逃げるしかなく、先ほどのマァの水魔術でも流石に百近い連続爆発を凌ぐことはできないのは明白だ。


「くっ」


 必死に足を動かしながら、青年が最後尾で後ろを振り向き迫りくる脅威を確認する。青年の中で、間に合わないと自分の冷静な部分が判断し、命にしがみ付く彼が取りあえず走れと叫ぶ。

 どうすると、走馬灯を見かけた頭の中で手段を検索する。そのどれもが無謀であると理解し、悔しさに目を閉じかけた瞬間、一迅の風が物言わぬ特効兵を攫い集めていく。


「……風?」


 そう、アラムの呟き通り風だ。第二陣として現れたドローンたち全てを強力な風が絡め取るように集めていき、周囲に物が無い高い位置で風の牢に閉じ込められる。

 一瞬、赤い光りを放ったと思ったその刹那、空気を轟かす大爆発が起きた。その衝撃により床が縦に大きく揺れ、走っていたデモ隊の何人かがその場で転倒していくも、人がある程度広がっていたので子供や老人が圧し潰される事態にはならなかったみたいだ。


「おいマァ、どうやら助かったみたいだぞ」

「さっきの爆発聞いてなか……え、本当に助かってる?」


 未だ混乱の空気がある中、戸惑いながらも一人、また一人と足を止めて、状況確認をしようとしている。また次が来るのではないかという恐怖が微かにある中、とある人物がその心配を一声で払拭させた。


「皆様、安心してください。我が姫騎士の手であのドローンは排除させて頂きました」


 突如響いた透き通る声に、誰もが振り向いた。

 階段から降りてきたその人物は一言で語れば壮麗、一個人だというのにその存在感は太陽に匹敵していた。オレンジの長髪は強烈な生命力を感じさせ、その動作は至高の芸術品を思わせる。

 黄金の瞳に一瞬女性かと思わせる優しい顔、そして細身の体に純白のスーツが見事に合っている。夢見がちな女の子がいれば、王子様が絵本から飛び出したのではないかと錯覚したであろう。


「あら、いい男じゃない」


 と、先ほどまで決死の逃走劇を繰り広げていたとは思えない声が聞こえる。マァである。それを呆れた様子で横目で睨みつけるショーラ。


「お前は、金持ってそうな男に一々反応するんじゃねーよ」

「いいじゃない別に、男も女も第一に美貌、次に稼ぎよ。さーて、唾でもつけておこうかしら」


 と、早速階段を降りてくる美丈夫に妙な女走りで駆け寄るマァ。すると再び突風が吹き、青い髪をした魔女の接近を阻害する。


「きゃ」

「無礼な、この方に気安く近づくではない。小汚い魔女め」


 猫を被ったまま可愛らしい悲鳴をあげるマァに、風と共にそんな忠告がなされる。アラムがそのやけに刺々し声の主がどこにいるのかと探せば、さきほどまで居なかったはずなのに、件の王子様の前に銀の装飾が施された鎧を身に纏った女騎士が壁となりマァからその人物を守っているところであった。

 その髪は金砂の如く美く長い髪で、銀の鎧をまとっていてもその精鍛に整った顔つきを見れば、その肉体も芸術品と見間違えるほどのものなのだろうと勝手に想像させる。


「ちょっとぉ、髪が乱れたんですけどー」

「ふん、媚びるな香水臭い下女が」

「カッチーン。ねぇあんた、アタシが何かしたかしら」

「このお方に近づいた。いや、その目に姿を映したことが腹立たしい」


 ……まぁ、口はその容姿とは真逆で、とんでもない悪態を吐き出していたのだが。

 と、青年が嵐の前触れに大きく一歩身を引いた。基本的に男というのは女同士の諍いに首を突っ込むべきではない、そう本能が理解したのだろう。だがそんな避難行動は、思いもよらぬ形で無駄になってしまう。


「ああ、そこにいらしたのか。初めまして、アラムさん……いや、アラム君。どちらがいいか。失礼、あまり近い歳の者に声を掛ける機会が少ないので迷ってしまった」

「えっと……すみません。僕みたいな下々の者の名前を知ってもらえて光栄なのですが……そのぉー、どちら様でしょうか?」


 王子様が端っこの方で存在感を消していたアラムに声を掛けたのがあまりにも意外だったのか、ショーラ、マァ、女騎士が青年を睨む勢いで凝視する。

 それだけでも生きた心地はしないが、あまりにもオレンジの長髪の貴公子からセレブオーラが出ていたからか緊張する青年。そして辛うじて口から出た言葉は得意の自虐混じりの質問だった。


「ああこれは重ね重ね失礼を。私はラウフ、この船の政治に古くから関わっている一族の後継、と言えば理解してくれるかな? それと、かの厄災を退けた真の立役者と言葉を交えたい。いいかな?」


 にこりとラウフは慈悲深い笑みを作る。言葉も仕草も柔らかいはずなのに、物言えぬ強制力を感じて青年はたじろぎながら二度も頷くのであった。





 ほどなくしてバイトショッピングモールでのデモ隊襲撃事件は、一人の犠牲者を出すことなく収拾していた。今は警務部が現場検証などを行い、直に事件解決が成されるであろう。


「そう硬くならなくともいいのだがね。どうか楽にして頂ければ」


 そして今、その現場近くの無人のファミリーレストランのチェーン店で紅茶の香りを楽しんでいるラウフ、そしてなんの間違いか、アラムがその場で同じく紅茶を前にして固まっていた。

 なぜこんなことになっているかと言うと、今アラムの目の前にいるラウフが会話の場を設けたいと言い、この店のオーナーと話を付けて店一つ貸し切りるというとんでもないことをしでかしたのだ。

 今日は事件のせいでここら一帯が封鎖される為、客が来ず儲けが出ないと嘆いていたオーナーがラウフから貸し切り料として提示された額に目を輝かしていた姿をアラムは思い出しながら、この御仁の両隣で立っている付き人に目をやる。

 右手に先ほどマァと舌戦を繰り広げていた姫騎士、彼女の鋭い目つきにアラムは冷や汗を流す。だがそれ以上に左手にいるローブの老人の方がアラムは怖かった。

 ローブで目元は隠れているが、皺が幾重にも重ねられた口元で年齢はわかる。だがまるで置物の様に動かないその老人に得体の知れない恐怖感を青年は感じ取っていた。


「どうやら彼女たちが気になるようだね?」

「あ、いえすみません……彼女たち?」

「ああ、隣のご老体も女性だよ。ローブで顔を隠しているから分かり辛いだろうがね」


 それを聞いて少しの間固まってから、今更ながら失言をしてしまったと冷や汗を流すアラム。いくら老人とは言え男と間違われれば気を悪くしてしまうだろう。

 だが反応は意外なものですぐさま置物の様に動かなかった老婆が、大声で笑い始めた。


「はっはっは、いやいやお兄さん。あたしゃなんか気にせんでいい、気にせんでいい」

「は、はぁ」


 意外に気安い言葉に安堵の息を漏らすアラム。と、なると残る問題は隣の豪奢な銀の鎧に身を包む姫騎士の方だ。もはや視線だけでアラムを殺せるのではないかというぐらい殺気立っている。


「マレカ、どうかその殺意を収めてくれないかな? せっかくの紅茶が台無しでね」

「ラウフ様。なぜこのような者があなたと対面しているのです?」

「それはもちろん私が望んだからに決まってるじゃないか」

「そういう意味ではありません。このような腑抜けにイスなど要りません。貴方様の前ならば床に座らせるべきです!」


 言われ、一瞬お尻を上げかけるアラム。大変人権を侵害する発言だったが、それで彼女の視線が柔らかくなるならばと面白いほど協力的だった。が、それをラウフがすっと手を上げ制止させる。


「失礼、せっかくのユーモアだがあまりにもそれは君に対して失礼だ。止してくれまいかね。それとマレカ、君が私を慕ってくれているのは理解してはいるが、少し私以外の者にも慈愛を向けるべきだよ。君が周囲に心無い言葉をかけるのは、とても心苦しい」

「……ラウフ様は皆に優しすぎます」


 さて、尻を上げたことはユーモアでもなく本気なのだがという言葉をアラムは飲み込みつつもゆっくりと腰をソファーに預け、今一度目の前にいる人物をまじまじと観察した。

 言葉は柔らかく慈悲深い。嫌味なところなどなく誰もが慕い誰もが憧れる人間がそこにはいた。だがそれだけではなく芯に強さがある。王子などと先ほどは思っていたが、彼は既に若くして王として完成している。例えるならば――陽光の王とでも言おうか。


「はっはっは、いやはやどうして、愉快そうな子だねぇ」


 と、初めてローブからその顔を覗かせ、老魔導士もアラムをまじまじと観察しだす。その飛び出しそうなほど大きな両目にアラムは少し驚くも、これ以上の失礼はできまいと恐怖心を顔に出さないようグッと我慢していた。


「さて、改めて自己紹介を、私はラウフ、俗に言う純血主義の者だ」

「純血主義、ですか」

「ああ、だが君の敵ではない。そして今回の起こった事件の非礼もここで詫びておこう。第一研究所の暴走は後で私が処理しておく、それで今回は手打ちにしてほしい」

「第一研究所……難しいことは計りかねますが、まぁ大体はわかりました」


 あっさりとそんなことを言ってのける陽光の王、どうやら彼は独断でそういう判断ができるほど純血主義内での地位は高いらしい。


「理解が速くて助かるよ。ああ、それと彼女たちの紹介もしておこう。ローブの魔導士はモアッレム・アルセルフ。長いのでモアと呼んでいる。そしてこの麗しい私の騎士はマレカだ」

「えーっと初めまして、アラムと言います」


 ペコリと頭を下げて両隣にいる二人に挨拶をするが、マレカはまるで地面を這う幼虫でも見ているかのような目でアラムを大いに見下していた。

 一方でモアと呼ばれた老婆はニコリと笑みを作りその挨拶に反応する。もはや最初の警戒心など捨て、この緊張状態で青年は妙な信頼を老婆に抱いてしまっていた。基本、この青年はちょろいのだ。


「さて、本題に入らせてもらおうかな。今日、君に挨拶したのは取引、とは言えないね。ある頼み事をする為なんだ」

「頼み事、ですか。いやぁ、僕なんかがあなたのお役に立てるとは思わないんですが」

「いや、そう謙遜しなくてもいい。私は知っている……君はディザスターを撃退した者、私は君を同格として扱っているのだよ」

「同格とか言われましても……」


 ラウフの好意に心底困った様子で目を線にしているアラム。するとそんな彼に主の施しを無下にしたと感じたのか、マレカはまたもやこの青年に対して怒りを露わにした。


「おい愚民、貴様よもや、我が主の思し召しを……蔑ろにしたか?」


 再び襲ってきた氷の様な冷たさと怒れる火山の如き激しい怒気と殺意。決して交わらぬ二つの激昂を交えた視線が青年を襲う。が、波の者ならばそんな心が即死しそうな殺意に少年は少し不機嫌そうな顔をして堂々とこう反論した。


「僕がこの人と同格なのを肯定したら、それはそれで怒ってますよね?」

「すぐさまその首を飛ばすに決まっているであろう」

「すみませーん! 僕にちょっとした人権をいただけないでしょうか? いや普段からそんなもの無いも同然の扱いですけど! 色々あって女の敵みたいに扱われてますけど!」


 アラムのいつもの自虐が飛び出すと、意外にも姫騎士は目を丸くして戸惑った。どうやら怯えて言葉を無くすとでも思っていたのだろう。しかしこの青年、追い込まれるとだんだんと図太く、というか自棄になり砕けた態度に変わってきた。


「ほう、マレカに言い返す人間は珍しい。いや、慎重な人物かと思いきや勇猛さを隠していたとは」

「ああ、いえ、追い込まれた小動物の威嚇行為みたいなものなんで、はい」


 そういう生態なんですよと手をヒラヒラさせて説明がなされる。さて、場が少し温かくなったところでラウフは襟を正した。


「うむ、君の興味深い習性(威嚇行為)は置いておくとして、この船に乗る多くの者はいささか勇敢さが欠如していると私は常々思っていてね」

「はぁ……勇敢さ、ですか」

「この船の創設理由を知っているかな? 大雑把に言えばディザスターの討伐であり、その為にありとあらゆる世界から力を取り込み組織を増幅する。現にバイトはこれほどまでに巨大になった。いや……なってしまった、と言えばいいのかな……」

「何か……不満でも?」

「大いに。この船は快楽を貪る家畜の巣窟となった。元来の目的であるディザスターの討伐を蔑ろにして手段である技術の吸収を第一とし、今では自分たちの生活の向上のみに力を入れてる有様だ」


 声のトーンが二つほど下がり、机の上に膝を置いて睨むようにアラムを観察するラウフ。対するアラムも恐怖心が消え、自らを試すような目線を真正面から受けていた。

 空気が変わる。これからは談笑でも交渉でもなく命令に近い何かが成されるであろうとアラムは察した。故に臆せない。目の前の人間が誰であっても媚びたりできない。軽んじて発言すると、一生の悔いになると青年は判断したからだ。気が負けてはこの勝負に挑めない。


「私は駒を集めている。自らも駒の一つにして、かの怪物を打倒する術を模索している。その一つに君が使役しているあの魔王を向か入れたい」

「端的に言って……ガウハルさんをそちらに譲れと?」

「そうだね。君からすればそう思うだろう。だがこれは、バイトの将来への投資だと思ってもらいたい。この船の未来の為に、良い返事を期待してるのだが、ああ、返事は別にすぐでなく――」

「断ります」


 即答だった。あまりにも堂々とした返答に陽光の王の眉が吊り上げられた。


「貴様! このお方の誘いを断るな――」

「いいんだマレカ。私が彼に選択権を委ねたからね。しかし……少し予想外ではあるがね」


 ラウフにとってこの青年の印象はとても弱弱しい印象だった。先ほどは自身の姫騎士に言い返す場面もあったが、根本では押しに弱く他者の意見に依存しやすい主体性の無い人柄……これまでの会話でそう分析していたが、ここに来て思わぬ反撃を喰らったのだから動揺を顔に表してしまったのも無理はない。


「いやはや、生まれて初めての交渉事だったのだがね……こうも上手くいかないものか。それで、今後の参考の為に私のどこに落ち度があったか聞きたいのだが、いいかな?」

「貴方は自らを駒と言いました。なるほど、あの世界を崩す怪物を屠るならばその身を道具の一つと割り切る他ない。僕だってそう思いますし理解はできますが、あの魔王、ガウハルさんは一応は僕の部下なんです。この船に来て間もない人員をそんな茨の道に放り込めと言われたら貴方ならどうします?」

「ははは、部下ときたか。魔王相手に部下と……中々に豪気ですね」

「いえ、自分で言っててあのガウハルさんが僕の部下だとかそれはもう違和感しかありませんけど……ああ、それともう一つ、理由があります」

「ほう? 是非それもお聞かせ願いたい」

「単純に、この先での現場での仕事で僕の生存率を落としたくないんです。ガウハルさんは僕のチームにおいて最大の戦力ですから」


 その言葉に場の空気が一瞬凍った。あろうことかこの青年はディザスターの討伐というこの船において最大の大願に対する助力を自分の命可愛さに断るというのだ。


「それはまた、自分に正直な方だ」

「罵られても構いません。僕はとにかく死にたくないんです」


 ディザスター撃退、バイトにおいて最重要であるこの命題の前に命など安い。誰しもがそう言うだろう。死んだ者の為、犠牲など怖れるなど愚者であると。

 そして、それはこの陽光の王とて同じであった。


「……想定してた返答の中で、一番してほしくなかった返しだ、アラム君。いや、私は君を過大評価していたようだ。認識を改めよう」

「ええ、僕は凡人ですのでそれが正しい認識でしょう」

「けれど、私はあの魔王ガウハルの力を諦めることはできない。それで、こういう条件ならならばどうかな?」


 心底失望したような表情で一枚の紙を机の上に差し出すラウフ。それはアラムには一度見たことがある用紙で、すぐに彼が何を交渉材料に持ってきたのか理解できた。


「転属届けですか」

「そう、もう一度君を研究者に戻してもいい。志は無くとも君のその才能はバイトにおいて有益だ。今一度、人工知能でも使いバイトの為に――」

「いやぁー……すみませんがその気はありません」


 それはマズイ、と言わんばかりに表情歪ませるアラム。本気で嫌がっているのがラウフにも理解できたが、その理由までは思い至らなかったらしい。


「……しかし現場に出る以上、命の危険がある。先ほどの言葉通りならば研究職に戻るべき、だと思うのだけれど、どうかな?」

「まぁ……確かにそうなんですが、僕の研究成果を丸々持っていった第一研究所をあなたが処罰を与えましても、先ほど僕を殺そうとした相手と同じ職に戻る、というのもぞっとするでしょう? むしろ追い込まれた人間ほど何をするかわかりませんし……逆恨みで多分、僕はなんらかの被害を受けるのは明白ですし。なら、船から出て働く現場の方が身の安全を守れますから」


 戻りたいとも思うのですが、と付け加えて青年はそう説明をする。それに得心がいったのかさすがのラウフも口をへの字に曲げてみせて理解したのか何度か頷いてみせた。


「では、これではどうかな?」


 まだ交渉材料があるのかとアラムが驚く、先ほど交渉事は初めてと言っていたがきちんと相手が一番欲しいであろうものを用意してくるあたり、ぬかりない。そして――用意したものは飴だけではなく鞭も用意していたらしい。


「先のディザスター撃退、それに伴いファナール船長がかのガルバリン砲を半ば強引に使用したことが責任問題になっていてね」

「……それは、はじ、めて聞きました」


 明らかにアラムが動揺を見せた。それもそうだ。自分のせいで恩人の立場が危うくなっていると知った直後に自分を強く持てるほど彼は強くないのだ。


「まぁ出回っている情報ではないからね。今この船は貴方ではなく第一研究所がディザスターを撃退したことになっている。だが、今代の船長は実に敵が多い……現場からの叩き上げというのが気に食わない人間が多いのが原因でね。さぞ苦労しているだろう」

「……」


 無言で両者睨み合う。陽光の王は優雅な笑みを、青年は苦虫を噛み潰したような苦悶を。どうやらこの話題はラウフの切り札であったらしい。


「まぁ、そういうことだよ。私も若いがそこそこ、この船の政界に顔が効く。君の返答次第で船長の味方をしようじゃないか、それに、先のガルバリン砲を使うアイデアは君だったと私の耳には入っている。自分の責任で養母が苦しい立場にある現状を打開してみては?」


 ――何も言えなかった。脂汗が流れ表情が強張り、あげくに呼吸と心音が荒れた。

 ああ、この言葉は青年に効く呪いだ。ファナール船長がどれほど追い込まれているのかは知らないが、自分のやらかしたことで恩人を追い込んでしまったという事実はとにかくこの青年に深く刺さる。


「ああ、もちろん恨んでくれて構わない。こういうやり方は好みではないのだがね。ただ、私もあの世界を崩す怪物を倒す為ならば悪者にもなる覚悟があるんだよ。船長の件は君の罪だよ、アラム君」


 追い打ち(チェックメイト)がなされた時点で青年が項垂れる。この眼前の王に青年は徹底的に負かされてしまっていた。

 勝者の傍らにいる姫騎士は当然だといわんばかりに項垂れる青年を見下し、老魔導士はやりすぎだとやれやれと肩をすくめた。


「おい、我が主に無駄な時間を使わせるな。答えなど決まっているであろう」

「……い、あ……僕は」


 姫騎士から、その麗しい見た目に似合わない棘のある言葉でアラムに降伏の言葉を急かさせ、青年は口をパクパクと動かし後、辛うじて意味のなさない言葉を絞り出す。


「いいよ」


 陽光の王はまるで迷子に手を差し伸べる様な優しさで、青年の言葉を待つ。その瞬間だった。空気が爆発した。


「たーのーもぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 力強く扉が開け放たれ壁に当たり破裂音が重い沈黙を吹き飛ばす。その衝撃はラウフの前にある紅茶に波紋をたてるほどだった。誰しもがその来訪者に目を向ける他なかっただろう。その娘は、アラムにとっては救世主で陽光の王にとってある種、一番の難敵であった。


「何者だ無礼者! 悪戯でこの場に現れたのならば処断するぞ」

「ああ、マレカ。君にはまだ紹介してなかったね。彼女は私の妹だよ。名前はカーインというんだ。ある日突然、貞淑な性格だったのにあんな風に愉快になって家出してしまったのだよ」

「……それは、その……どうい……は、あのお方は妹君様なのですか!?」


 優雅に紅茶飲みながら剣を抜きかけた姫騎士にそう説明を行うラウフ。それだけで流血騒ぎに発展せずにすんだ。そう、妹、アラムの周囲で色々と各策していたこの白い娘はラウフの実妹、そしてこの場で彼に唯一抵抗できる人材でもあった。

 ずかずかとカーインがラウフとアラムのいるテーブルまで歩いていく。通常ならば姫騎士がそれを阻止するのだが、今は尊敬する主の妹君に無礼を働いてしまったことで軽いパニックを起こしているらしく身動きが取れないらしい。

 そしてもう一人の側近である老魔術師はそもそも止める気が無いのか。いつの間にかそこら辺にあった椅子に移動して「よっこらせ」と言いながら座る始末だ。

 なので仕方なく、彼女らの主が自ら口を開くのだった。


「外には警務部の者に見張りを頼んでいたのだがね?」

「ヴァンクロードの名前を出しました。こなたはあなたの妹ですからね。簡単に通してくれました」

「……驚いた。君が家名を使うとは、一体どういう風の吹き回しかな? 家出をしてもう三年も経ち、とっくに君の中ではあの人とは縁を切っているものだと思ったのだけれどね」

「お兄様のせいで緊急時には使えるものはなんでも使うことを覚えてしまってるの。で、何してたの?」

「……見てわからないかな? お茶会だよ」


 ばん! とテーブルが思いっきり叩かれ暫く揺れ動く。それに姫騎士とアラムの肩が驚きに揺れたが、ラウフは薄い笑みを顔に貼り付けただ目の前の紅茶をじっと見つめていた。


「お兄様、人の顔を見て会話してもらえますか?」


 その言葉により、初めて兄妹の視線が交差する。怒りと平静、探りと隠ぺい、あげくに呆れと親愛へと変え、兄の方の目蓋が閉じられた。


「うむ、交渉だよ。君ならばこれだけで大体は察せるのではないのかな?」

「……」


 ふと、カーインが眼光炯々(がんこうけいけい)にアラムの方を見る。まだ引かない汗で髪の毛を貼り付けさせた青年が呆けた顔でそこにいる。そして次に小さくニコリと笑う老魔導士へと目をやった。


「おばば、お兄様がやらかしたのね?」

「いやはや、その通り。えげつない方法でそこの坊やを追い込んだのさ」


 お茶目に肩を上げやれやれと首を振り、老人らしからぬ愛嬌のあるジェスチャーと共に白い娘の質問に肯定する老魔導士、それに初めてラウフがその平静を装った仮面を脱ぎ捨て困り顔を見せた。


「モア、君はいつもカーインに甘い。君は今、私の味方をするべきではないのかな?」

「おやおや、言ってなかったかい? あたしゃ男の子より女の子の方を可愛がるんだよ。基本、お前さんよりお嬢ちゃんの味方さね」

「ああ、そうだったね。貴女はそういう人だったね……昔、五歳の頃に同じセリフを聞いたか」

「おや、記憶力がいいんだねぇ」

「そうでもない。今まで忘れていたさ」


 紅茶が飲み干されたティーカップが少し乱雑に置かれ、短いため息が零れる。

 自分より妹を贔屓されたことが相当気に食わなかったのか、ここにきてラウフはようやく人間らしい感情を覗かせる。そして主への明確な裏切り行為に姫騎士も老魔術師を剣呑な表情で睨むも老婆は屈託なく笑っているところを見るに、小娘に凄まれた程度の認識なのだろう。


「お兄様。何か仕込みましたね?」


 老魔導士からの助け舟を最大限に生かすべく、好機を逃すまいと机から身を乗り出しカーインは自身の兄を尋問する。そう、質問でも確認でもないく、尋問だ。

 それほどまでの鬼気とした迫力が感じられる。嘘を吐いたならば爪を剥がさんと言いたげに指を机に一定間隔でたたきつけながら返答を待っていた。


「……確かに仕込んだ。第一研究所を追い込みそこにいるアラム君を襲うようには誘導したかな?」

「……え?」

「おや、理解が追い付かないかな? 私は君を嵌めたんだよアラム君。多少予定は狂ってしまったがね。まぁマッチポンプというものかな。私は自分で仕込んだ事件で君を救い交渉の場と君に恩を着せようとしたのだよ。まぁ、うまくはいかなかったがね」

「……あ、え?」


 あっさりと、そんなことをラウフは実に優雅な笑みと共に自白する。一方そんなことを突然に言われても理解が追い付かないのかアラムは口から何か感情の搾りかすのような声を出すことしかできずにいた。


「うむ。怒られると思ったのだが、そういう反応をされるとは」

「お兄様が追い込んだからからでしょう! 放心状態になるまで何したの!?」

「いや、アラム君の元にいる魔王を戦力に欲しくてね。実は、先日のディザスター撃退、あれはこのアラム君の手柄なのだが――」

「ああー、それは知ってるから次に飛ばして」

「おや、それなら話は早い。それで今後ディザスター討伐に使われたこの船の主砲の使用責任が船長に問われていると彼に話したのだよ。あれは彼の発案だからね。魔王を譲ってくれれば船長を助けると言ったのだよ。彼は強情だったから最終手段を使ったのだが――む?」


 まるで他人事のようにそんなことをつらつらと話す兄を前にしてわなわなと震えるカーイン。そして心の底から申し訳なさそうにアラムを見てからラウフを怒鳴りつけた。


「バカ! お兄様のおバカ!」

「いや、そんな可愛いののしり方をされてもね」

「……もう実家に帰ってお兄様のコレクションのティーカップを全部割ろうかな」

「待て、待ちなさい。なぜそうなるのかな?」


 と、ここにきてラウフが初めて焦りを見せた。カーインの呟くように零れた暴挙は効果抜群だったらしい。


「だって! 身内が! 人様に迷惑えお掛けして! わりとそんなに反省とかしてなさそうだったから! こなたが罰を与えるしかないかと! 一人の人間として!」


 そんな心の叫びをあげるカーイン。おおむね正当な理由ではある。


「……ついでに昔こなたがコーヒーを飲んでると泥水とか言ってきたし」

「それは、お互い子供だった時の話だろうに」


 ああいや、少し私怨が混じっての罰だったらしい。


「とーにーかーくー! 迷惑かけたのなら謝るのが大人でしょうに! お兄様は今何歳!?」


 白い娘はまるで駄々っ子の如くそう言うが正当性はある。

 まだショック状態から回復しきっていないアラムの変わりに話を推し進め、見事陽光の王に王手を決めたのだった。


「うむ、君を純血主義内のゴタゴタに巻き込んでしまい申し訳ない、アラム君。しかし私はディザスターを討つ為ならばなんだってする覚悟ではあるのだよ。今からでも魔王の件、考え直してはくれないかな?」

「あの……一ついいですか?」

「何かな?」

「船長の件については何か自分の優位に働くように動いたんですか?」

「それは私は無関係だよ。ただ知り、交渉材料に持ってきただけだ」

「まぁ、はい。なら……いいです」


 己の命が危機に晒されたことなどもはや青年の頭になかったのだろう。その一言を聞きなぜかほっとした表情をするアラム。逆にラウフが彼の恩人であるファナール船長を陥れていれば、完全に彼は目の前の貴人を敵として認識していたのだろう。


「うむ、まだ交渉の余地は残されているらしい……どうだろうアラム君。一つ賭けをしないかな?」

「賭け、ですか?」

「ああ、私はどうしても君が連れてきたかの魔王の力が欲しい。あのディザスターとの戦闘記録を見た瞬間感動を覚えたほどだ。地を割り露出したプレートに流れるマグマに叩き落せるほどの力と聞く。しかし君は魔王を譲りたくない。だが、船長を取り巻く厄介ごとは消えてほしい」

「そう、ですが」

「なら賭け試合をしよう。この勝敗に関係なくこの試合を受けてくれるだけで船長の件は私がどうにかしよう。なに、約束は守るとも」

「なっ!」


 破格の条件ではあった。ガウハルの賭け試合を受けるだけで青年の最大の憂いが解消されるというのだから、十分に受ける価値はある。

 だが、問題は勝てるかどうかだ。相手はディザスターを本気で討伐する気のある人物、加え純血主義トップの家系、それに集う戦士の実力は間違いなくこの船でも上位だろう。


「……細かい条件を決めましょう」

「それは受ける、ということでいいのかな?」

「まだ決めかねます。こちらの条件を飲んでくれるならば一考しましょう」

「おや、放心状態から立ち直ったのかな? 強かだ。実に私好みの返答だよアラム君。で、君の条件は?」

「まずこちらはガウハルさんを賭け試合に使いません」


 その条件に陽光の王は意図を図り切れず一瞬硬直した。その一瞬でありとあらゆる思考を走らせたのだろう。それもそのはず、まさか自分が不利になる条件を真っ先に持ってくるとは思わなかったらしい。


「――それは意外だね。どうしてかな?」

「賭け試合をするとして、あの人が本気になればこの船が壊れます。あなたの手札は知りませんが、あのガウハルさんに匹敵する実力者がいるからこの話を持ち掛けたんでしょ? なら僕らの個人的な賭け試合でこの船の船員全ての命を危険にさらせません。それに……個人的に転送機を使い別の世界で戦うにもお金が掛かりますし……半分ずつ出すとしても僕のなけなしの財産では足りません」


 身振り手振りでそう説明してみせるアラム。だがそれは見当違いの心配ではあった。ラウフの自由に使える資金で船の転送機を借り、どこか生物のいない世界で賭け試合を行う気でいたのだ。だが相手は勝手に自滅してくれた以上、ラウフからは文句はない。


「いいでしょう。確かに船が壊れるのは避けたいですね」

「とは言え、こちらも弱小中の弱小チームなので……ガウハルさんを出さない以上、せめてそちらで一番弱い人で相手していただけませんか?」


 いや違う。これは青年なりの罠であった。先ほどまで精神的に追い積まれていた青年がやっと調子を取り戻してきてのこの一手、自らの最大のカードを捨てることにより相手に一番弱いカードを切らせる作戦だった。

 臆病(アラム)らしからぬ思い切った一手だが、ラウフがこの話を持ち掛けてきた以上ガウハルと同等以上の戦力があるのは必然、ならば奇策が通じるぐらいまで戦闘のレベルを下げなければ逆転の一手すら見いだせないと考えてのことだろう。

 先ほどの提案を承諾したのだ。今更、自分の金で決戦の場を用意できるなど言えない。


「……いいだろう。先ほどの謝罪も兼ねてその提案、受けるとしよう」


 荒い策だがここにきて窮鼠に思いっきり噛みつかれラウフ。悪くはない策だ。素直に自分の交渉戦術の落ち度を認め、ラウフもそれを承諾した。

 と、話がまとまりかけたタイミングで唐突に机を思いっきり叩くカーイン。少し痛かったのか赤くなった手をプラプラと不利ながら兄をジトリと睨んでいた。


「たーりーなーい!」

「……カーイン、何が足りないのかな?」

「ハンデが足りないって言ってるの! お兄様のチームの最弱って誰?」

「彼女に失礼だからあまり口にしたくはなかったのだけれど、そこにいる我が姫騎士となるかな。私のチームは人の領域に入っている者がほとんどいないもので」


 そう聞くと否やカーインがすぐさまマレカの顔を覗き込むように観察する。気の強い姫騎士だが主の妹にはやはり強く出られないのか、言葉を喉に詰まらせながらただただ白い娘からの視線にたじろいでいた。


「この人、絶対に強いでしょ! ハンデが足りません」


 カーインの予想は当たっていた。アラムの条件を飲んだとしてもラウフのチームはこの船最強格の強さを誇る化け物集団だ。その末端であるこの姫騎士においてもぎりぎり人の範疇には入っているものの、アラムとキレスタールだけでは到底太刀打ちできないだろう。


「あーいや、それは理解しているんだけど、助っとを呼ぶにも伝手がないんで……」


 ここにきてアラムが初めてカーインに自分の意思を伝えた。すると白い娘はどういう訳か一瞬きょとんと驚いた顔をしてからムニュムニュと口を動かしてからもう一度机を大きく叩く。


「なら! こなたが助っ人を出します! 二対一……じゃ確実に負けるか。三対一じゃないと駄目!」

「それはいささかハンデが大きすぎるのでは? 確かにマレカは強いがね」


 そう言ってラウフとマレカがさりげなく目配せをする。話を合わせるようにとのことだろう。しかしそんなアイコンタクト見抜いてましたと言わんばかりにカーインが怖い顔、を作っているつもりなのだろうが一周回り変顔でマレカに絡んでいく。


「はーん! ディザスターを討伐しようとしていてお兄様の護衛をしている人がたった三人に負けるのぉー? へぇえええええ!」

「ま、まぁ……手には余るかと」


 主の意思を汲み取り言いずらそうにカーインの挑発を受け流すマレカ。しかしカーインの面白おかしい追撃は終わらない。


「はー! そうですか! はー! へぇー、だったらそんな人がお兄様の護衛なんて無理ですねー! お互いの為に護衛を辞退するべきですよぉ!」

「そ、そんなことはありません! このマレカ、ラウフ様の為ならばいかなる困難をも排除してみせましょう!」

「うん決まり、はい三対一、決定!」

「ぐ、ぬぬぬぬ!」


 安い挑発に乗りマレカが口を滑らす。その様子を心底楽しそうにラウフは眺めていた後、小さなため息を吐いた。


「いや、カーイン。私は昔から君が苦手だったよ。君はとにかく私の思い通りに動かない」

「そりゃそうでしょ。私たち一家のお家芸は足の引っ張り合いなんですから」

「ああ、それは確かに。よろしい。エスコートが三対一、トラベラー二対一、それで賭け試合をするとしよう。では失礼、賭け試合を行う場所を確保しなければ、ああそう。賭け試合までの時間は約一週間後と思っておいてほしい。では失礼するよ」


 話は決まったと言わんばかりに早々に席を立ち、ラウフは従者二人を連れ店を出ていく。去り際は実にあっさりとしたものだったが、残されたアラムの心臓はいまだにバクバクと暴れていた。

 バイトの最強権力者に最も近い男といっても過言ではない。そんな者と論を交えたのだから、変な高揚感が未だ心中に残り火の様に燻っていた。

 そしてなんとか心を落ち着かせてから助けに入ってきてくれた白い娘をまじまじと見やる。どう言葉を切り出していいのかと迷っているのか、青年は少し視線を泳がせた後に短く「ありがと」となんとか自分の気持ちを伝えた。

 ――そして。


「……ど、どどど、ど!」

「ど?」

「どうしてこうなったぁあああ!」

「え、あれ。なんで逃げるの! ねぇ、ちょっと! うええ?」


 そして、謎の奇声を上げて青年から脱兎のごとく逃げ出すカーイン。そして椅子から立ち上がり中途半端に手を伸ばして固まるアラムがただ、電気が点灯していない店に残されることとなったのだった。



次回更新は明日の朝六時を予定しております。


このお兄様は才に溢れ慈愛に満ち、口調が丁寧な人でなしという認識でOKです。

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