第二章「彼ら彼女らの日常は騒がしい」 七話
「これは……凄い、です」
「ようこそ、バイトのショッピングモールへ! ふっふっふー、ここはあんな物やらこんな物まであるバイト屈指の商業エリアな、の、さ!」
瞑った瞼を突き抜けて視界が青白く染まったと思ったら、いつの間にか少女の転送は終わっていた。目の前の転送機のドアが勝手に開き、外に出るように機械に急かされる。
そしてドアの向こう、その景色にクルクルと周りながら白い髪と手を広げ、いつの間にか別の転送機で移動してきたカーインがなぜか自慢げにそう語っていた。この景色を少女に自慢したかったのだろう。
そこはとにかく広かった。大きな巨大な円形の穴が突き抜けて、ドーナツ型の階層が何層にも連なり、その全てが商業を営んでいる。
中央の穴から下を見れば一階など見えず、上を見れば太陽に似た光源らしきものは確認できたが最上階などまるで見えなかった。
「さぁさぁさー、こなた行きつけの喫茶店へレッツゴー! いやぁー、可愛い女の子とお茶できるのはテンション上がりますなぁー」
「は、はぁ」
果たしてこれ以上この人物のテンションが上がったらどうなってしまうのか? いまいちカーインという人物を計りかねているキレスタールは、取りあえず鼻歌混じりに歩き出した彼女の後ろを着いて行きながら、会話の話題を考え始める。
されど、こういう時に何を話せばいいのかキレスタールには思いつかなかった。
「……(ああ、アラム様もこうして、悩んでいたのでしょうか)」
今更、出会ったばかりで不愛想な自分に四苦八苦しながら距離を縮めようとしていたあの青年の努力を思い知る少女。だからだろう。少女はあの青年について話し始めることにした。
「カーイン様はアラム様のことをどれほど知っているのですか?」
「え、うーん。セクハラしてるね、よく」
「ああ……はい。先日も誤解をして胸の小さい大きいなど気にするなと女性に……」
「あはは、でも優しい子だよ。あの子いっつも一人で頑張って、それで一人で手一杯なのに、一人でいつも人のこと気にしてさ」
「……そうですね。そのような人だと思います」
目を閉じ、首を少し傾ける。あの旅を思い出しながら、少女はカーインの言葉に賛同した。
「けれど、アラム君の周囲は優しくはなかったの」
だが、先ほどまでにこやかだったカーインの顔つきが変わると、少女の穏やかな気持ちも凍り付いた。
「大人から、子供から、酷いことを言われていた。学校から追い出されたのに、その当人たちから学校に通えない不出来な子だと烙印を押された。全員が全員じゃない。けど、人一人潰すのにそんなに人数はいらないの」
どんな言葉を浴びせられたのかは語らなかった。そこに胸をかき切りそうな強い言葉は無かったのに、なのに、なんでこんなに悲しいのだろうかと少女は、胸の前で拳を握りしめた。
「だから、こなたは今度こそ助けたいんだ。キレスタールちゃん……ていうのは長いね。キレスちゃんでいい?」
「え、あ、はい」
辛い話を、人懐っこい笑顔で隠すカーイン。同性としてもそれはずるいようにも思えた。白銀の毛に美しさを持ちながら、その実内面はこんなにも可愛らしい。美と愛嬌を兼ね備えた存在に、少女は嫉妬こそしなかったが羨ましく思った。
「さぁさぁさぁ、ここがこなたの行きつけのお店なのよ!」
話をしている内に、いつの間にか目的の場所に付いたらしい。古く小さな建物だった。ただ、両端を最近建てられたお洒落な店に挟まれてもその存在感は薄れることがない。
「その、このお店は開いているのでしょうか?」
「やってるよ。コーヒーの臭いがするからね」
その存在感の強さはその閉鎖された空気のせいだろう。ドアは重く閉ざされ、窓はカーテンで遮られ、ただいま営業中の看板すらないのだから、客など来ないだろう。
だが、そんな閉鎖的な喫茶店のドアを、カーインは臆すること無く開けてみせた。そして、その開けられたドアが閉まる前にキレスタールが隙間に滑り込む形で入店した。
「マスター。奥使わせてー」
「おや、今日は初めて見る子を連れて来ているんだね」
店内はまるで地下室にいるのかと思うぐらいに外部からの光が遮断されていた。
少し手狭な店内には初老のマスターがカップを磨いているカウンター席とテーブル席があるが予想通り客一人いない。果たしてこの店はどうやって採算を取っているのかとキレスタールが訝しんでいると、カーインが彼女の手を引っ張って、店の奥のドアへと連れていく。
「あ、あの、そこは入っては……」
「ああ、こなたがいつも使っている特等席に行くだけだから」
簡潔すぎる説明が成される。店の外へと連れていかれると思った少女だったが、この店には店内以外にも席が用意されているらしい。
店の奥のドアを抜けると、すぐさま左右をレンガの壁に挟まれた急な階段を昇ることなる。これはもう階段ではなく坂か梯子ではないかと思う程の傾斜だったが、すぐにその荒道が途切れ、広々としたバルコニーが乙女たちの前に現れる。
「……素敵な場所ですね」
「そうでしょ、そうでしょ! ここはこなたのお気に入りの場所なんだ」
バルコニーからはショッピングエリアを一望でき、多くの人の営みを観察できることができた。
麺類を売る屋台から立ち昇る煙、誰かの手を離した風船。ウインドウショッピングをする少女グループ。迷子の子供と警務部の人間らしき数人が走る姿と、なにやらデモが起きており、その大声が少女の耳にも届いていた。
「失礼、お嬢さん。コーヒーは初めてですかな?」
「あ、はい! すみません」
と、いつの間にかキレスタールの背後には湯気が上がるコーヒーを銀のトレイに乗せた初老のマスターがにこやかに笑っており、今その存在に気が付いたキレスタールはすぐさまペコリと頭を下げてみせる。
「いえいえ、謝られなくとも結構ですよ。カーインお嬢様。いつもの物をお持ちしても?」
「うん。ああでも二人だけだから量はそんなに。今日はそれほど長くいないから」
「わかりました。ではごゆっくり」
コーヒーをバルコニーのたった一つある大きいテーブルに乗せてから、マスターはあの急な階段を難なく降りていく。
「あの方は……ただ者ではないような」
「うんうん、マスターって気配無いよねー。元暗殺者とか兵隊さんとか?」
冗談なのか本気なのかよくわからない同意をしてから、カーインは席についた。
「どうぞ」
「あ、はい。失礼します」
カーインがキレスタールも席に着くように促し、ようやく二人は向き合う。いまから厳粛な儀式ではないかという緊張感が少女を襲ったが、対する白い娘は優雅にコーヒーを飲まずに香りを楽しんでいた。
「さて、今回君をここに連れてきたのはとある説明をする為です」
「説明、ですか」
「うんうん。君を、というよりアラム君を中心に巻き起こっていたにも関わらず今の今まで本人に知覚させなかったとある事件……今がその最終段階と言えます」
あまりにも急すぎる話に混乱するキレスタール。無理もない。自分の知らないところであの青年に関わる事件が起きていた、などと言われても実感など湧くはずもない。
「最近ディザスターをガルバリン砲で撃退したというニュース、その立役者として報道されたのが純血主義が指揮を取る第一研究所。あそこは純血主義においての序列で、自分たちが下の立場であることを憤慨していました」
第一研究所という名前にキレスタールにも覚えがある。先日アラムと食堂で彼の功績であるディザスター撃破の一番の功労者として報道されていた。無論、真っ赤な嘘である。
「あれは別に名誉が欲しかった、とかそういう単純なものではなく純血主義内での下剋上なの。ディザスターに関してこの船はなによりも重要視するから、この件を自分たちの手柄にして純血主義内での立場を向上させようとしていたらしいのね」
「はぁ……」
「簡単に言うと、アラム君の成果はこの船の政治的争いに利用された訳なのです。で、第一研究所としては本来の立役者であるアラム君は邪魔な存在なので、今から起きる騒ぎの犯人として冤罪を被せる計画が密かに始動していました」
その言葉に目を丸くしてテーブルを叩き立ち上がるキレスタール、この言葉だけは瞬時に理解した様子だ。
「それは……おかしいです!」
「うんうん、こなたもそう思って今日まで色々と頑張りました」
「……すみません。大声を出してしまい」
「はい座って座って、ちょうどケーキが運ばれてきたからね。これ、こなたが好きな奴なの」
いつの間にか先ほどのマスターが白いクリームがふんだんに使われたケーキを二つ銀のトレイに乗せて、少し離れた位置で話の邪魔をしないように待機していた。
ただカーインに気づかれたからか、淀みの無い動作でケーキをテーブルの上に置いてから一礼をして去っていった。そしてさっそくカーインはケーキを口に運ぶ。
「うーん、美味しい。いやぁここのケーキはこなたの心の栄養になるのですよ」
「それで、アラム様は無事なのですか?」
「それはもう、今彼は抑止力としてあそこに陣取ってもらってるからね」
と、フォークで遠くの方を差してウインクをするカーイン。キレスタールが目を凝らすと、そこには猫の石像の前でデモ隊に囲まれているアラムの姿があった。
「アラム様、あんなところに」
「お、きちんとショーラも一緒だね。サボってどこかに行くかなって思ってたけど、うんうん、根は真面目ちゃんだね」
「どうしてあの場にアラム様が?」
「それは単純に、こなたがショーラにあの子をあそこに連れてくるように頼んだから。あそこにデモ隊がいるでしょ? 第一研究所の目的は改装中の店に秘密裏に運び込んだロボットを暴れさせあのデモ隊を襲わせること、そして、それにはアラム君が造った人工知能が積まれている」
「それを証拠にアラム様を捕まえると?」
先ほどからアラムの近くにいるデモ隊が盛り上がっている。内要は純血主義への批判で、ディザスター撃破で命を落とした遺族らしき人間が賠償を求めているらしい。
そんな小さな火の粉すら純血主義の指先である第一研究所にとって危険なのだ。なにせあの作戦に関わっていた現場の人間、オペレーターも多い。今回の報道を疑問視している人間も多い為、死人を出して恐怖によるかん口令を引かなければならないとでも考えているのだろう。
「……不可能なのでは?」
「強引も強引、警務部の上役に賄賂を渡しまくっての力押しでの策略なのよ」
確かに、あまりにもずさんな計画ではある。そも、あそこでデモをしている遺族に今回警務部に渡されたであろう賄賂の半分でも口止め料として渡せば、あんなデモ隊が結成されることはなかった。あまりにもやり方が無計画すぎる。
「ずさんな分、計画の進行が恐ろしく速かったですが今回はその穴を突かせてもらおうと、アラム君にはあそこにいてもらうことにしたのですよ」
「それは、なぜです」
「罪をかぶせる相手が襲撃現場のど真ん中にいたらロボットによる殺戮は中止。計画は破綻。ずさんな計画が一度失敗すれば要らぬ露呈を恐れて警務部もこれはもう面倒見きれないと匙を投げ、第一研究所にはもう手は貸さないでしょう。リスクを背負う程あそこは馬鹿ではないでしょうから」
それがカーインの一手だった。なるほど、とキレスタールも納得した。この人物、随分と愉快な言動をしているが、実は凄いキレ者なのではないかと少女が疑い始めた頃、事件は起こった。
空気と揺らす爆発音と周囲に逃走を促す悲鳴が二人の耳を貫く。唖然とした表情のキレスタールと薄い笑みに滝の様な汗を流しているカーイン。
「え……え! なんで! あそこにアラム君いるじゃない! 冤罪を被せる相手を殺してどうするの! え、第一研究所っておバカなの!?」
先ほどまでインテリぶっていた人間とは思えない程の間抜け面でパニックを起こすカーイン。なんというかやはりこの人物、ただの馬鹿なのではなかろうか?
ほどなくしてショッピングエリア内をけたたましい警報音とアナウンスで悲鳴がかき消されていく。混乱渦巻く中、キレスタールはただ遠くにいる青年を見つめ、一粒の汗を額から流すのであった。
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