第二章「彼ら彼女らの日常は騒がしい」 六話
バイト広しといえど、大衆が集まる場所は決まっている。
人間、娯楽を求めるものであり、その娯楽を提供する店は客足を逃さまいと交通の便を考慮して店舗を展開する場所を考える。が、この船においてそれはあまり重要ではない。
まるで電車の駅の様に大量にある船内にある簡易“転送”施設。ようするにバイト全域にテレポートできる場所が大量に設置されている為、交通の便よりも広告戦略がバイトにおいて商業が生き残る道なのであった。
が、その他にもこの船で商業を行うのに有効な手段がある。品揃えの充実である。ドーナツ状の階が何層にも重ねられたバイトの巨大ショッピングエリア。その階一つ一つが広大な面積を誇り、一層はもはや一つの街ほどの大きさの集合商業エリアがバイトには三つあった。
――そしてここはその超巨大商業エリアの一つにあるとある広場なのだが……。
「……と、いう訳でね。僕が他の同じ年の子が学校行ってる間、研究室に通ってた時に起きた悲劇なんですよ。テンション上がりましたよ。そりゃあ可愛い女の子に話しかけられるだけでボッチには大事件ですから、なのに! 罰ゲームで、告白した女の子は僕を指差して泣いててさぁ」
「ああ、その話もういいから」
「ねぇねぇ、酷くなーい! お話聞いて、泣くよ?」
「いやぁ、流石に同じ話を五回もされたら萎えるんだよ。別の話はないのかよ?」
その超巨大商業エリアのベンチでアラムとショーラはそこらで買ってきたアイスクリームに似た食べ物を食べながら、二人は雑談をしていた。というか一方的に青年が愚痴を吐きまくっていた。
「別の話と言われましてもー、何も思いつきませーん。まぁカップルの恨み言ならいくらでも言えそうですがねぇ」
周囲の状況を見てアラムが実に邪悪にほくそ笑む。今二人がいるのはこの商業エリアの待ち合わせ場所として定番の猫の石像がある広場のど真ん中なのだ。
なので独り身のアラムからすればこれほど居辛い場所はない。というか周囲のカップルも猫の石像前の一番良い所にあるベンチを占領しているこの二人からある程度距離を取っているところを見るに、カップルの方々もこの場違いなペアの近くに居辛いのであろう。
「なーんでこんなカップルがいちゃついてる中、僕たち暇を潰しているのでしょうか?」
「さぁなー、オレにもわからん」
「え、どういうことです? あなたがこのバカップルの巣窟に連れてきたんですよね?」
「うちの馬鹿、もといリーダーがお前をここに連れてこいって命令してきたんだよ。理由とかなーんも言わずにな」
ベンチで両手両足を広げ大の字を作っているショーラは、横で狭いスペースで縮こまっているアラムに、つまらなさそうに事情を説明していく。
「白いボサボサの髪に、赤い眼。とにかく喧しい女だ」
「え……それって――」
その容姿は、船長室で会ったあの白い軍服の少女、カーインのものと特徴が一致していた。アラムが真相を聞き出そうと、ショーラの顔を覗き込む。しかしすでに彼女の意識は傍にいる青年から別の方へと移っていた。
「はぁー、嫌なのに見つかった」
「はぁ!? あんたこんなところで何してるのよ!」
ショーラの視界の先、それは買い物袋を大量にぶら下げた女性であり、アラムにもその人物に見覚えがあった。前会った時と違う服装だが、やたら露出が多いことは前と変わらない。
「マァ、てめぇこそこんなところで……また布切れ買ってたのか?」
「別に休日にアタシが服を買おうと勝手でしょう? それこそあんたこそ何してんのよ」
「さっきの言葉そのまま返すぜ……て言いたいが、うちの馬鹿の命令でな。こいつをここに連れて来て暇を潰しとけと命令されてんだ。一応は仕事だよ、仕事」
「え、そいつこの前のセクハラ野郎じゃない!」
と、マァがここにきて初めてアラムの存在に気が付いたようで、ベンチの隅っこで懸命に縮こまって存在感を消している青年を睨みつけた。そしてその効果は効果覿面らしい。大型犬に睨まれた小型犬の様に身をすくませるアラム。
「そんなに睨まれましても……あとその、僕あまり香水の匂いに慣れていないので近くに来ないでください」
「はっはっは! マァ、お前くせぇんだとよ。だから戦闘職の人間が香水なんか付けるなって前から言ってんだ。お前さん鼻が馬鹿になってんだよ」
香水の匂いが苦手なのかそんなアラムの余計な一言に大笑いするショーラ。そしてどうも前から香水に対して二人の間で何かしらの口論があったらしい。
「うっさいわね。きちんと仕事の時はしてないわよ……ああ、それで? 例のあの子はどこなの?」
問われ、赤毛の女剣士はショッピングモールの高い高い天井を見上げる。太陽に似せた照明に目を細めながら、ショーラは面倒くさそうにこう返答するのだった。
「いや、知らねぇよ。ま、今もどこかでドタバタ走ってるんじゃねーのか? オレらのリーダー様はそれはもう、忙しい正義の味方様なんだからな」
その娘が歩けば、横切る者は誰もが目を奪われた。
このバイトでアルピノ体質はそう珍しくない。そも、この船において見た目で視線を集めること自体難しい。いや、訂正しよう。流石に素っ裸にでもなれば簡単に視線を集めることは可能だが、生まれついての身体的特徴で注目されたりしない。
ありとあらゆる世界から、ありとあらゆる人種が交わる船なのだ。アルピノだからと言って目立つ訳ではない。だからこそ、彼女が多くの者の目を引きつけるのは、その見た目ではないのだ。
「ふんふんふーん」
何が楽しいのか即席の曲を鼻歌で奏でながら、スキップで廊下を移動する白い娘。そう、その容姿端麗の癖に、やけに言動が子供っぽいところが周囲から奇異に見られる原因だ。
それだけではなく、普段から元気いっぱいにボランティアでゴミ拾いやら孤児院や保育エリアに現れては、特撮ヒーローのお面を被り子供たちの人気者になる彼女の日常の過ごし方も周囲の人間とは違っていた。正義の味方を自称する彼女は、この船においても善人過ぎて、異端なのだ。
「いいじゃーん。ご飯に行こうよ」
「いえ、おかまいなく……」
ただ、彼女はそんな周囲から奇異に見られるからといって決して自分を曲げない。周囲から理解など得られずともただ真っ直ぐに善を語り善を行う。
「へいへいへーい! ねぇねぇ君たち? こなたのお知り合いに何してるのかなぁ~」
なので、知り合いの女の子が若い男三人組に絡まれていれば、迷わず乱入するのは当然の理なのであった。
「なん……え、君可愛いね?」
一瞬、邪険に扱おうとするがカーインの顔を見るや否や態度を変える男共。よく見ればこの三人組、先日もキレスタールにちょっかいをかけてアラムに追い払われた三人組である。今日も今日とて少女に懲りずに声を掛けていたらしい。
「どう、君も一緒に来ない?」
「いやぁー、こなたはそういうのいいかなって。それよりも、こなたその子に用事があったのよ。ということで確保ぉー!」
こういう手合いは強引に勧誘してくると理解しているのか、会話もそこそこにキレスタールの手を引っ張り猛ダッシュで逃げる。
「あ、コラ! 待て」
「邪魔すんじゃねーよ!」
一瞬の間で男たちは獲物を横取りされて怒号を上げるがもう遅い。
「ぬははは! 足の速さには自信があるのだよ。この美少女は貰っていく、さらばじゃあ~!」
ドドド、と轟音を響かせながら白い娘に後ろから追いかけてくる怒声など追い付くはずがない。それはもう音を置き去りにとかそういうレベルで、ナンパ男たちから遠ざかっていた。
「ぬはははははははは!」
「あ、あの、もう止まってもよろしいのでは! 相手は撒きましたので」
「ははは、おえ、ゴホ! ボゲェー!」
「な、何やらとんでもないお声を出していらっしゃるのですが!」
さて、女の子が出しちゃいけない声が聞こえ出した頃、ようやくカーインは失速していく。
廊下を全力疾走してエンストする白い娘。取りあえず彼女に連れ去られていたキレスタールは彼女の背を撫で、落ち着くまで面倒を見ていた。
「あー……こなた足は速いけど体力は皆無なんだよねぇ」
「は、はぁ。あ、あの、それより助けて頂いてありがとうございました」
「む、ふ、ふー。こなたは正義の味方。ヒロインを助けるのは当然なのよ!」
体力が尽きたというには、すぐさまいつもの調子で喋る出すカーイン。腕を組みながら鼻を高くして自慢げにしていた。そして無意味に腰も左右に振って小躍りしている。
「で、本当に君にね、用事があったのだよ。ちょっとお時間下さりますかねー」
「あ、はい。私めは構いませんが……」
「よしよーし、いざガールズトーク! あ、いい店知ってるの! 奢るから付いてきて!」
「え、あの、自分の分は出しますゆえ」
「いいからいいからー、お近づきの印ゆえお受け取りくださいって、ことなのですよ! あ! でもその前に自己紹介、自己紹介しましょう。してなかったよね?」
朗らかな笑みと共にくるりと一回転し、まるでお伽噺に出てくる王子様の様なお辞儀をしていた。それがあまりにも自然で、綺麗だからか目を奪われるキレスタール。だがすぐさまはっとしてへこへことお辞儀をしながら自己紹介を始めた。
「わ、私めはキレスタールと申します。今はアラム様の元で守り役をしております」
「こなたはカーイン。バイト、この船における純血主義という派閥にて、実質のトップである者を父に持つ美少女です」
その言葉に、キレスタールは固まった。白き娘の口から零れ出た言葉はお伽噺とは程遠い、現実を突きつけるものだったからだ。
「……カーイン様は、純血主義の方なの、ですか?」
「そうだよー。ああでもでも、こなたは家出中! そう、お年頃の娘らしく父親が大っ嫌いなのですよ。そう、絶賛反抗期! それと純血主義の考え方ってこなた、きらーい」
「えっと、あの」
情報の嵐に眩暈を起こすキレスタール。カーインは純血主義を仕切っている家の出らしいが、どうもその家とうまくいっていないらしい。
「つまり、こなたはアラム君の敵じゃないって訳なのですよ」
未だ頭の中を整理しきれていない少女にカーインはそう告げる。そう、大事なのはその一点であった。アラムは純血主義に二つ、手柄を盗られている。明確ではないにしろ敵対関係と言ってもいい。
強い警戒心が、キレスタールを無表情にさせる。目の前にいる白い娘の目的がなんなのか、少女なりに頭を動かしているのか途端に黙りこくってしまう始末だった。
「ありゃりゃ、今言うのは失敗だったかな? うん、ここで君の質問に答えていってもいいけどせっかくだからお菓子食べながら話したいな。付いてきてくれる?」
「どちらに?」
「バイトの超大型ショッピングモール、そこにアラム君もいるはずだからね」
白き娘はまるで悪戯っ子の様に、小さく舌を出しながらそう告げる。敵か、味方か、はたまた中立か。キレスタールは白い娘を後ろから観察しながら廊下を共に進んでいく。
「あー、そうそう、君はどうしてアラム君と一緒に?」
唐突に、楽しそうにスキップをしていたカーインが振り向きざまにそう問いを投げた。
「……私めは、私めの世界はあの方に救われました。私めの責務を肩代わりし、共に悩んでくださりました。その恩に報いる為です」
「ほうほう、義であると? それはまた予想外の返答だ」
「そうでしょうか?」
「てっきり……恋とかそういうのなのかと」
「……はい?」
ちょっぴり頬を染めて、カーインは指をツンツンさせながら体をくねくねさせるカーイン。
しかしキレスタールとは言うと目をぱちくりさせるのみで、彼女がなぜそんなことを口走ったのか理解できていない様子だった。
「えっと……本当に違うみたいだね……その、さっきの忘れてくれないかなぁ?」
そんな淡白な反応をされて、恥ずかしさで自滅し顔を押さえるカーイン。そんな彼女を見て、少女は辛うじてこんな言葉を絞り出した。
「私めはその、教会の育ちでそういうのはよく……わかりません」
「そうなんだ。年齢は十四歳ぐらい? それぐらいになったら女の子はみんな恋とかに夢中になるものなんだけどなー」
「は、はぁ……」
「で、こなたもアラム君には昔お世話になって感謝しているのですよ。まぁ、本人はこなたのこと覚えていなかったけど」
「それは――」
どんな過去なのか、そう聞こうとした言葉をキレスタールは飲み込む。
目の前にいる白い娘が、アラムのことを語る時の顔は、少しもの悲しく、切ない思いを秘めていたから、その思い出に土足で踏み入ることを躊躇したのだろう。
「あ、転送機、見えてきたよ」
それから無言で歩くこと数分、三つ並んだ無人の転送機が見えてきた。その縦長の丸みのある無機質なデザインは棺桶にも見えなくもない。
バイトのいたるところにある簡易転送機はこの広大なバイトで生活するのに欠かせない施設なのだが、それを見た瞬間キレスタールがフリーズした。
「……」
「あれ、なんで固まってるのかな?」
「そ、その……目的の場所に移動にこの転送機を使うなどとつゆと思わず……」
「え! もしかして苦手なの! テレポートが苦手なの! かーわーいーいー、初々しいー。ということは商業エリアに行くの初めて!?」
少女の不安がる姿に狂喜乱舞するカーイン。この人物、きっと可愛い小動物などが大好きなのだろうと、この場にアラムが入ればそう言うのかもしれない。
されどツッコミ役は不在。キャッキャッとカーインがはしゃいだ後に、少し顔を青くしたキレスタールをポーンと転送機に放り込む。
と、なれば後は狭い転送機の中、カタカタと震えながらも歯を食いしばり恐怖に耐え忍ぶ少女が一人。外でカーインが行先を端末に入力したので、後は自動で飛ぶだけ、なのだが。
「――大丈夫死にはしません、大丈夫死にはしません、大丈夫死にはしません!」
――顔面蒼白でキレスタールはそんな言葉を自らに言い聞かしていた。
今まで徒歩と馬車で移動してきた人間が、飛行機に乗れば最悪パニックを起こす。未知の技術に人間は通常恐怖を覚えるのも無理はないが、これは度が過ぎている。
「そうです! よくわからない技術を怖いのは別に変ではないはずです! この船に順応しすぎているあの魔王が変なのです! おのれガウハ……ひぃ!」
この少女らしからぬ狼狽であった。相当怖いのだろう。普段の大人しい彼女からは想像できない言動が出るわ出るわ。
と、パニックになってガウハルに八つ当たりしだした頃、青白い光りにキレスタールは包まれる。驚きのあまり目を閉じて、そのまま硬直していた。
そして今日、少女は今まで見たことも無い景色を見ることとなる――。




