第二章「彼ら彼女らの日常は騒がしい」 五話
用途不明の機械が狭い部屋の中で散乱していた。これは彼の努力の結晶であり、彼の足掻きの証でもあるその鉄クズは、初めてここに入ってきた人間を驚かす。
そんな足の踏み場の無い部屋で、一人アラムは物思いに更けていた。
「あれって僕に言ったんだよねぇ?」
自室のベッドの上で、数時間前に見たあの女性のことを考えていた。あのカーインという名の少女が口にしたあの言葉、あれは青年に向けられたものなのだろう。
ああ、簡単な消去法だ。「ごめんね。今度はちゃんと助けるから」という言葉は前に会ったことがある人間に向けられるものだ。ガウハルとキレスタールはバイトに来て間もないので除外、ファナール船長はそもそも地位、性格からしてあの少女に助けられる対象にはならない。
ならば、最後に残ったこの青年に向けられた言葉であるはずと考えるのが妥当である。
「……で、今度って何?」
鉄と、潤滑油と、配線で構築された部屋の中で、青年は彼女の言葉を思い返す。
あの不敵な笑みを顔で張り付け自信に満ちたあの少女の、一瞬だけ見せた切なげで悲しい顔。あれが忘れられず、就寝時間が迫った今の今まで彼女のことを考えていたらしい。
「はぁーあー……どこかで会ったかなー。僕が同年代の子と会う機会なんて今まで無かったし……学校には行ってないからねぇー僕……学校? いや無いか」
そも、彼が学校に行っていたのは短い期間だ。なのにアラムの存在を相手側が覚えているのが不自然である。
だが可能性はそれしかなかった。
「えーと、“あれ”は、ここら辺に封印してたはずだけど……あったあった」
子供時代。青年はある日突然、全く自分の写っていない卒業アルバムが届けられたのを思い出した。
当時は特に興味も沸かず開くことの無かった他人の思い出を、朧げな記憶を頼りに十分ほどかけて部屋の奥底から発掘しペラペラとページをめくる青年。
「……ああ、え、んん?」
そこにカーインらしき人物がいた。だがそれが彼女だと青年は判別できなかった。写る写真が全て氷みたいな冷たい表情で、教室の中に一体だけ置かれた人形にすら思える。
「うーん。いや別人? わかんないや、まぁ今度、船長にでも聞いてみよ」
青年はそう言って、散らかっている部屋の用済みであろう書類や本が散乱しているエリアに自分とは無関係の思い出アルバムを埋め直し、ベッドの上で瞼を閉じた。
「……僕は、人に助けてもらえることなんてしてたのかな?」
最後、そんな言葉を口にして。
「うむ、栗毛、一応耳に入れておいた方が良いと思うことがあってな、聞いてくれるか」
昨日と同じく、今朝もバイトの大衆食堂で朝食を取るアラムとガウハルの姿がそこにはあった。
似たようなおかずの定食を並べながら、今日も会話をしてながら二人でお喋りと食事を同時に行っている。しかし、なにやら今日は歓談という訳ではなさそうだ。
「あー、また何かトラブルです?」
「いや、情報だ。先日あのニュースに出ていた第一研究所だったか、それがなにやら企んでおるらしい」
「……えー、面倒臭い」
「栗毛、そう露骨に顔をしかめるな。それに、聞いて損は無いぞ」
「まぁ聞きますが、というかどこでそんな情報手に入れてきたんですか?」
そこで会話が途切れる。お互い黙々と定食のおかずを胃袋に流し込んでからなんとなくお互い手を止め、また会話を始めた。
「尾行よ尾行、足を使ったまでよ」
「いやぁ、尾行ったってその角は目立ちません?」
「ふははは、いやな、実は姿隠しの魔術を最近覚えてだなぁ、まぁ容易いことよ。それに元為政者ゆえ、短期労働に精を出しつつ小さいながら情報網もすでに船内に敷いておいた」
「なにそれチート、僕こわーい。ガウハルさんって万能すぎない?」
そう言いつつ汁物をずずずっと音を立てて口に含むアラム。なんとものんびりと覇気のない会話をガウハルと繰り広げていた。どうもまだこの青年、眠気が頭に残っているのか言動がえらく軽い。
「して、詳しい内容だが大量のロボット、という鉄の兵を準備しているらしい」
「まーた、お金掛かることしてるなぁー。羨ましい。どんだけ経費ぼってんのよ、あそこ」
「ほう、それほど資金がいるのか?」
「そりゃあロボットなんて基本的に金食い虫ですから。維持費だけでも馬鹿にならないし、戦闘目的で武器を積むなら重火器にいくら掛かるのか、考えたくもないですよ」
「むー、しかし、格好良いと思うのだがなぁ……ロボット」
「え、好きなんですかロボット? ガウハルさんファンタジー寄りの世界の人でしょうに」
そしてそこでまた会話が途切れ、食事が再開される。食器の音を立て双方の食事が終わるまで沈黙が続いた。
「ごちそう様」
「うむ、良き食事であった」
「……で、好きなんですかロボット?」
「ああ! 是非とも欲しい。そうさな、合体とかする奴が望ましいぞ!」
「本当にもー、この人なんでも欲しがるなぁ」
「我の悪癖よ。いや、自身で悪いとは思っていないんだが、よく昔から部下にたしなめられた」
昔、何度かこの好奇心を部下に苦言を呈されたのか、苦虫を噛み潰したような表情でそのことを話すガウハル。その話を突っついたら面白そう、と思いつつもアラムは我慢して席を立った。
「して、これからどうする?」
「うん、ぼかぁ調べ事とか苦手ですからねぇー。ガウハルさん、さっきの話ちょっと警戒しといてくれます? ほら、ディザスター撃退の手柄の乗っ取り、あれの問題と絡んでくるかもしれませんし」
それを聞いて、満足げな表情で青年に続き食器を片付けに立ち上がるガウハル。
「安心した。やはり貴様は大局を見るに優れている」
「いやいやいや、元魔王の人にそんなこと言われてもね。それに後手ですよ後手、問題が起こってから対処いたしましょってスタンスを褒められましても、ね?」
「後手の方が有利に動くこともある。まぁ、暫くは気を付けることだ」
それを最後に食器を乗せたお盆を手にさっさと立ち去っていくガウハル。アラムも口をへの字にしてから空の食器を運び始め、返却口までとことこと歩いていく。
「しっかしロボットねぇ、一体何に使うんだか?」
「おー、いたいた。あんた昨日の奴だろ? ちょっと面貸せ」
食堂のごったな人ごみから手が伸びた。ちょうど食器を戻したところで、誰かに肩を押さえられるアラム。その人影にはこの青年にも見覚えがあった。
「……カツアゲだ!」
「ちげぇよ!」
開口一番カツアゲと断言したアラムは、早足で逃げようとしたがすぐさまその肩を押さえていた相手に今度は腕も掴まれいとも簡単に確保されてしまう。
「あのぉー、僕お金ないですよ? ジャンプしても何にも音は出ませんから。チリーンとか愉快な音出ませんよ? 本当に」
「いやだから、ちげぇっての」
アラムに声を掛けたのは昨日彼を喧嘩に巻き込んだあの赤毛の女剣士、ショーラだ。
「あー……なんだ。逆ナンって奴だ」
「そんな嘘つかないでください。僕みたいなボッチの人生にそんな愉快なイベントが発生する訳ないでしょう!」
「いや、それ自分で言ってて悲しくならねぇのか?」
「ちょっと悲しいですけど人に言われる前に自分で言うとダメージ低いんで、はい」
「ああ、まぁなんだ。お前さんを一日連れ回せって訳のわからん命令でな」
ショーラがその赤い髪の毛を指で弄りながら、なんとも歯切れの悪い説明を行う。どうもアラムに声を掛けたのは誰かから言われたかららしい。
「……え、イジメ? 告白されて喜んでたら女の子が大勢出て来てドッキリとか罰ゲームとか言いだしてなんか告白した女の子が泣き出して最終的に何故か僕が悪者にされる、あれです?」
「いや、なんだそれ、そんなことある訳ないだろうが」
「……」
――じわりと、アラムの目元が濡れた。
「……無言でちょっと泣くなよ。え、されたのか? マジで?」
「もう昔の話ですけどね……僕、あの時一言も喋ってなかったのに、翌日すっごい罵詈雑言を吐き散らしたことになってましてねぇ、ええ。もうそりゃあ悪者にされましたよ」
「あー……まぁなんだ。その愚痴聞いてやるからちょっと面貸せ、な。男が泣くな! ちょっと困るだろ。オレ何もしてないんだぞ、おい!」
悲しい過去を思い出し、口元を押さえながら完全にブルーとなったアラムの首根っこを掴み、ざわつく人ごみを押しのけその場から立ち去る赤毛の女剣士。バイトで噂の狂犬と変人のこの悲しい即席漫才は、こうして多くの人々の目に焼き付けられたのであった。
次回は明日の朝六時に更新予定です。




