第二章「彼ら彼女らの日常は騒がしい」 四話
あれから一時間半が経っていた。すでに昼食の時間が過ぎ活気が薄れている食堂でやたら騒がしい男が一人いた。少し前に女傑二人に蹴っ飛ばされたお馬鹿である。
「いやぁ、大きい小さいって問題のことだったんだね! 胸のことかと思いましたよ! 紛らわしいね本当に、はは!」
あの後、喧嘩をした二名は警務部に連れていかれ、アラムも事情聴取を受けていたのだが、元技術者ということがわかったとたん人手が足りないと警務部に半強制的に修繕の作業を手伝わされたのである。どうやら警務部の中にアラムが元技術者であると知っている者がいたらしく、強制的に“ご協力”させられていたのだ。
そんなこんなでタダ働きを終えたアラムは、盛大にやけくそぎみに愚痴を吐いている最中である。
「アラム様、あれは流石にあなた様が悪いかと」
愚痴を吐き散らしていると横で自分と同じく遅い昼食をとっていたキレスタールにそう言われる。するとどうもバツが悪そうにして、あれほど不当な暴力だのと喚いていた青年が押し黙る。流石に自分を大切に扱ってくれている少女に諭されたので、大人しく自分の非を認めたらしい。
「うむ、まぁ話を聞いて我が言えることは女性の前で胸部について語るな、という忠告しか出せぬな。男にとってその話題は鬼門と知れ」
そして、すでに食事を済ましていたガウハルが聞くまでもなく自分の不幸を語り始めたアラムに対し、ダメ押しでそんなありきたりな忠告をするのであった。
アラムチーム。まだ発足して一回も仕事をしていないこのチームは親睦を深める為に同席……ではなく偶然にもこの場に居合わせていた。
アラムは元技術職ということもあり警務部に半強制的にあの喧嘩で壊された資材の修復をし、そんな彼に先に昼食を済ませてと言われても健気に待ち続けた少女。そしてその喧嘩の片割れである女剣士の口車に乗せられて色々と骨を折る羽目となった元魔王。
「あー、僕もう疲れた。一日のエネルギー使い果たしたよ」
「はい、私めも少々疲れました」
「我も疲労を覚える。よもや始末書を書かされるとはな」
三人とも同じ感想を口にするが、アラムはガウハルの一言が引っかかったようだ。
「始末書? え、ガウハルさん始末書を書かされたの!?」
「さよう、先ほど貴様の話に出た女剣士とおそらく同一の者だろう。名前をショーラというのだが、奴に一騎打ちを申し込まれてな。まぁ、相手をしたのだが色々あってそれが賭博の見世物になりかけてしまい、色々と施設の無断使用などの責を問われた。まぁ入ったばかりの新人でそれらの規律を把握していない、ということで軽い処罰となったがな」
「あー、でもその内船長に呼び出しくらいそうだね僕。監督責任とかなんとか言われそうですよ。さーて、今のうちに言い訳を考えとかないと!」
「すまない、我としたことが油断した。迷惑を掛ける」
「あー、それはいいですよ。反省してくれてさえいれば僕からは何も言わないです」
小声で「僕の方が普段から問題起こすから叱れないし」とつけたしながらアラムは昼食の麺類を口に運んでいく。
「アラム様、少しこの魔王ガウハルに優しくしすぎでは? 怒る時は怒らなくてはなりませんよ」
「いやぁ、逆に完璧超人そうなガウハルさんでも失敗するんだなぁって安心したぐらいだよ。僕」
キレスタールに諭されるも困り顔でそう語るアラム。完璧すぎる部下というのも、彼にとっては精神的負担になるということらしい。
すると、何千人も一気に詰められる大衆食堂の柱に取り付けられている大型モニターに、今日のニュースが流れる。世情などに普段、特に興味が無い青年でも目に飛び込んできたならばその内容を確認してしまうものだ。
「特報です。突如現れたディザスター、想定されていない現象でしたがそのディザスターをバイトの主砲、ガルバリン砲にて撃退したというニュースの詳細が政府より発表されました」
「お、僕たちのことだ」
青年がキレスタールと出会い、ガウハルが魔王として君臨していたあの世界での激闘についてだった。ディザスター撃退の報道は輝かしい戦果としてその日のうちにバイトを稲妻の様に走り伝えられた。
が、その詳細については報道されず、当事者についてはかん口令が敷かれていた為、今の今までこのバイトの変人がその偉業を成し遂げたことを知る者は少なかった。
だが、これから彼に向けられる目は違ったものでになるだろう。人工知能による言語翻訳を横取りされた彼も、ついに日の目を見ることになる。
「今日はなんと、当番組でそのディザスター撃退で現場指揮をとっていた人物、バイト第一研究所にどう独占取材を行うことができました」
その言葉に、三人が凍り付いた。取材するならば普通、この船の主砲でディザスターを打ち抜いた青年に声が掛かるだろう。あの作戦で中心にいたのは間違いなく今モニターを見ながら硬直しているこの青年であり、いつまで経っても彼の名前が出なかった。
それに現場指揮は通信越しではあったがあのファナール船長がやっていたはずである。
「……えーっと」
青年は、暫く放心していた後なんとかそんな言葉を絞り出した。
「アラム様、これは」
「手柄を横取りされたな。これは異議申し立てをするべきではないか、栗毛よ」
ガウハルが落ちついた様子でそんな提案をすると、アラムは二回深呼吸をしてから頭を抱えた。それから三分ほどの時間が経過してから唐突に席を立ち、一度一人でどこかに行こうとして……少女たちの元に戻ってきた。
「……ごめん、ちょっとさ、付き合ってくれる?」
少し取り乱した様子のアラムは、二人に助けを乞う様にそう言ったのだった。
「――それで、詳しい話を聞かせてはくれるのでしょうか?」
「……まぁ、来るとは思っていたが、もう少し騒ぎ散らすと思っていたよ。アラム船員」
「正直そうしたいんですけど、こっちもふざけている余裕が無いんでね」
くすんだ赤を基調とし、古い時計が今日も現役で時刻を知らせるその部屋で、アラムはその部屋の奥にある船長用のイスに腰かけるその人物の顔を覗き込み、静かな怒りを向けていた。
「ファナール船長?」
青年が部屋の主の名を呼ぶ。今この船長室にいるのはアラムとガウハル、そしてキレスタールのお馴染みの面々と、ファナール船長だけ、遠慮など不要だ。
彼らが船長室に来たのは数分前、無論さきほど流れたニュースについて根掘り葉掘り聞きに来たのだ。
「確認だ。ディザスター撃破、間違いなくバイトの歴史において語り継がれる偉業、それを横取りされた件について、だな?」
「それ以外に何がありますか!」
青年が珍しく怒気を露わにする。いつもの仮面を捨て、彼は育ての母でもある人に問い詰めていた。あのふざけたニュースはなんなのだと。
「……正直、この件に関して私も申し訳なく思っている。特にお前に関してな。人工知能による言語翻訳、その成果を横取りされ、今回もまたディザスター撃破の偉業を他人に横取り……すまなかった」
「そんなの、僕だけじゃないんでしょ!? あの場にいた何人が他人の名前にすり替えられていたんですか!」
その一言に目を見開いたのはファナール船長だった。彼は自分の成果を横取りされたからこれほど怒っているのではなく、今……他者の為に怒っているのだ。
「死んだんですよ! 大勢が! 僕が……助からないから介錯しようとした人だっていたんです。なのになんですか、その人の名前が無い記録が無い、なぜあの人たちは別の件で死んだことになってるんですか!」
「もう、そこまで調べたのか……」
「犬死にじゃないですか! なんにも、報われない! 僕が食堂からこの部屋に来るまでネットで簡単に調べてこれなんですから、もっと酷いんでしょ!?」
怒号があがる。あの場で命を落とした人間の名前が消えている。その記録改ざんに青年は激怒していた。そんな彼の肩に、ガウハルの手が乗る。
「止めよ。まずは話を聞くべきではないのか?」
「……すみません。少し言い過ぎました」
僅かに冷静さを取り戻したのか、アラムからそんな小さな声での謝罪がなされた。だがファナール船長の強張った面持ちが解けることはなく、机の上で膝を置き短いため息を吐いてみせる。
「いや、お前の気持ちも最もだ。私も正直、憤りを感じている……だが、今回の件は純血主義の者が絡んでいてな。バイトの政治的な力が働いてややこしいことになっている」
「純血主義?」
アラムはそんなもの初めて聞いたという風に眉間にしわを寄せた。
「お前、バイトに乗って長いんだからそれぐらい知っておけ……純血主義とはバイトの創設者の血を流す者こそこの船の舵を取るべき存在だと主張するグループのことだ。そのほとんどがバイトにて強権者として君臨している……ああ、今更だがこれからのことは口外厳禁だからな」
「船長、少し口が軽くなってません? いつもの慎重さはどこにいったんです?」
「言うな、私もこれの対応に追われて少し疲れているんだ。後少し誰かに話したい気分なんだよ。つきあってくれ、アラム……それにあの一件を解決したお前には言わねばならん義務がある」
「それは理解しましたが、その純血主義の人たちが今回の改ざんに関わっていると?」
「ああ、消された人間の変わりにディザスター撃退の名簿に載ったのは、純血主義の連中とその犬なのだよ。他者から奪い取った名誉で何をするのかは知らんがね」
飽き飽きだ、と言わんばかりに不機嫌そうにそう語るファナール船長。それを見ただけでこのこの問題が初めて起きたことではないと理解できる。
「実はガルバリン砲の運用計画は極秘裏に進められており、先のディザスター襲来に合わせ周囲の反対を押し切り、純血主義は人命を優先しガルバリン砲の使用を押し切った。というストーリーらしい」
「……あの……なんですかそれ」
呆れて何も言えない、というアラム。無理もない、そんな大法螺をどうどうと吹いてみせているのだから。そんなご都合主義な話、真実味がまるでない。適当に過ぎる。
「……しかもだ。一番始末が悪いのはその場に実際いた関係者に口止めも何もしていないということだよ。一家の稼ぎ頭に殉職された遺族への補償など何も無い」
「ほう、それは由々しき事態だな」
と、その言葉にガウハルが食いつく。為政者として優れている彼ならば、それだけでこの後の展開が読めたらしい。
「して船長殿、苦情はいかほどに?」
「数えるのも馬鹿らしい! 今、遺族や生き残りが忠臣となってデモを行う準備をしているが、正直純血主義の連中が力づくでそれを揉み消すやもしれん……まぁ、そこまで馬鹿ではないと思いたいがね。あそこは自分たち以外の人間は畜生か何かと思っている節があるので断言できないのが……いや、これ以上は止めておこう」
この不条理にたいして被害者はすでに横のつながりを作っているらしい。当然と言えば当然だ。いかに相手がバイトの強権者と言えど、家族や仲間の死を愚弄されて許せるはずも無い。
「うむ、最悪の事態も想定せねばな。捨て置けぬか、何かできることはあるならば手を貸そう」
と、ガウハルから意外な申し出が出てきた。それにアラムとキレスタール、ファナール船長も再び驚く。そして船長が口を開きかけた瞬間、ノックも無しに部屋の戸が荒々しく開け放たれた。
「ヌハハハハハ! たのもー! 船長さん、お邪魔します!」
豪快な笑い声と共に白い長髪が扉の奥から舞い踊る。片腕を前に突き出し、その不敵な笑みと自信に満ちた目はその人物の迷いの無さを物語っていた。そして、そんな木剣を腰に差したその娘にガウハルは見覚えがあった。
「カーイン船員、ドアはもう少し静かに開けてくれまいかね。ここの備品はどれも古く価値がある物で、壊されると困るのだがね?」
その大変インパクトの強い登場に、ファナール船長はなんとも慣れた様子でそんな注意をする。どうやらこの人物がこの船長室に襲来してくるのは初めてではないらしい。
「おっと先客が! て、魔王さんだぁ!」
「うむ、今朝ぶりか」
「いやぁー奇遇だね! というか隣の人の髪、宝石みたーい! なにこれ! 柔らかいの固いの! 触らせてぇ触らせてぇ!」
船長室をピョンピョン飛び跳ねながらキレスタールのその光を吸い込み虹を造り出す髪に興味を示すカーイン。子供の様な反応だが、自らより少し高い背丈から相手が歳上であることを推測しているのか、どうもキレスタールは反応に困りながらぎこちなく頷いてみせる。
「うーん。なに、この見た目が病弱なお嬢様なのに夏季休暇でテンションがオーバーフローしてしまった男子が憑依してしまった人?」
「やたら長い例えだが合っているのが頭が痛くなるな。アラム、お前と同じ年のカーイン船員だが見覚えは無いのか? 貴様と同じバイトの変人として有名人だが知らんか?」
「あー……すみませーん。バイトって変人が多すぎて聞いてても忘れてますかね」
ファナール船長に彼女に見覚えが無いのかと聞かれたが、アラムは頭を押さえて記憶を探ってもカーインらしき人物が出てくることは無かったらしい。
「ふーん……」
その会話を聞いていたのか、目を点にしている固まっているキレスタールの髪を弄りながら、一瞬らしからぬ妖しい笑みを浮かべてアラムを横目で眺めるカーイン。
ふと、そんな彼女の目と青年の目が交差する。
「ん?」
「覚えて無い、か」
何か、とんでもない罪を犯してしまったかのような罪悪感がアラムを襲う。そして少女は仕方ないことだと小さな笑みと共に僅かな期待を捨てたように見えた。
「あー、鉱物みたいだけど柔らかいんだねこの髪! なんでなんで!?」
「えっと……髪の毛ですので柔らかいとしか」
だが、ミステリアスな表情が錯覚だったのかと思ってしまう程に、カーインはこの子供っぽい口調に戻っていた。髪の毛を弄られるのに慣れていないのか肩に力を入れて硬直しているキレスタールに、現在進行形で質問攻めをおこなっている。
「気の、せい。んん?」
「それで、カーイン船員。船長室に突撃とは何事かね?」
ぱちくりと目を瞬きさせ混乱しているアラムを放置し、この部屋の主であるファナール船長がが話を進める。
「正義を成しに来ました!」
簡潔にカーインはそう語る。それだけでファナール船長は何かを察したらしい。
「……今回の純血主義の動向についてかね? 今このアラム船員たちとそのことについて話していたところだ……それと、確かに君の出自について私も思うところはある。しかし――」
「あ、それは関係ないです」
即答だった。何かアラムが知り得ない情報が開示された気もするが、それについてなんの説明もなく話は進んでいく。
「そうかね……君は、純血主義の――」
「まぁ、その話はまた今度ということでですね、ああでも今回あの人は絡んでおいででしょうか? 船長さん」
その瞬間、部屋の空気が凍った。あの人、それが誰のことを示しているのは不鮮明だが、その人物について語ること事態タブーであると目を細めたファナール船長の表情でよく理解できた。
「……いや、おそらく純血主義の中でも下の者の企てだろう。今回の騒動は色々と荒い面が目立つ。少なくともあの御仁の仕業ではなかろう。まぁそれも私を騙すフェイクの可能性も捨てきれないがね」
「そう……わかりました」
聞きたいことは聞けたのか、そう言いあっさりと船長室を後にしようとする。だが、気まぐれなのか、それとも最後の最後で本当に言いたいことを絞り出そうとしたのか、入り口で部屋に振り返り、優しい笑みのまま、こう言い残した。
「――ごめんね。今度はちゃんと助けるから」
謝罪と誓い、二つの言葉を残し正義の味方は去っていく。それが何を意味するのか、ここにいる人間には今はまだ理解できなかった。
次回更新は明日の朝六時の予定です。




