第二章「彼ら彼女らの日常は騒がしい」 三話
目まぐるしくモニター内で動く資料、それと若干滑舌の悪い講師の声が教室に響き渡る。
今やバイトの新人、エスコートであるキレスタールはこの講義室で必修である講習を受けているところであった。
内容はこの船で過ごしていくにあたり最低限の知識を短時間の流れ作業で頭の中に詰め込んでいく作業だ。つまり適当、やる気の無い講師が実に雑な講義を毎日毎日繰り返す。
「このように、えー、現地調査員、いわゆる現場の人間は二種類に分かれます。現地に赴き交渉や調査を行うトラベラー、旅人と呼ばれる人間。その旅人を守るエスコート、護衛がいます」
慣れない電子モニターに目を霞ませながら、必死に字を書いていく。この講義で紙とインクを使っていたのは少女だけだった。だが他が皆、少女には馴染みの無い機器を使ってメモを取っている訳ではない。他は適当に聞き流していたり、居眠りしていたりとしているだけのこと、だがこの少女は違う。
勤勉そのもの、一言一句聞き逃さぬと食らいついている。訳の分からないテクノロジーに冷や汗を流しながら、この少女は目を見開き全てを自分のものしていく。生真面目にも程がある。
「そしてトラベラーとエスコートを一緒にした組み合わせをインタービーナーズと言い表しますが、はっきり言いましょう。ここにおいて最下級職です。ですが、バイトに乗船してきた皆さんが就ける職は限られていますから、この職に就く方も多いでしょう」
と、今までやる気の無かった講師の言葉に感情が宿る。自然の頬杖を付いていた数人がすっと顔を上げ、その話だけは耳に入れていた。
「えー、私もここで教鞭を持って長いですが、現場に行き死んでいった方々を多く見てきました。そのほとんどが、つまらない死に方をしています。なので、皆さんには生き残り、現場に出る以外の生き方を私は望みます。安全で、現場の平均と同じ給料で働ける仕事もありますから、無駄に死なないでください。はっきり言って私の講義ではこれだけ覚えて貰えれば十分です」
と、その言葉が終わると同時に終了のチャイムが教室に鳴り響く、まるで最初から計算していたかのような手際の良さだ。退屈な口調はともかく、長年ここで教鞭を握っているという言葉に嘘はないらしい。
「では、本日はここまで、解散」
その合図を皮切りに講習生が不ぞろいに立ち上がり去っていく。キレスタールも机に散らかしたノートとペンを片付け、遅れて外へと出る列へと加わった。
バイトにおいてトラベラーとエスコートは最下級の職である。先ほどの講義の内容の通り、入ったばかりの人間が、死のリスクを負ってそれほど多くない賃金を得る為の奴隷職と認識している者も少なくない。
「ですが……」
だが、それでもわいゆる現場に出ている人間の中には周囲から羨望の眼差しを向けられる者たちもいるという。今、この少女が目指しているのはその現場職の上位に食らいつくこと、というよりあの恩人である青年をそこまで押し上げ支えることこそ今のキレスタールの目標なのだった。
「ええ、ええ。頑張らなければなりません」
だからこそ皆が適当に聞き流している講義を懸命に聞き、日々勉学に励んでいるのだが、まぁあのやる気の無い青年にそんな野心はないのだろう。今はまだ、少女一人の夢である。
「ねぇ君、この後ご飯どう?」
「……はい?」
帰路の途中、静かにそんな闘志を燃やしていると、思いもよらない声が掛かる。キレスタールを呼び止めたのは同じ受講生で、二十歳にいくかいかないかの男性三人組だ。
「君いつも一人じゃない? 僕らとご飯食べない?」
確かに時刻は昼前、そろそろ朝食をどうしようかと考えないといけない時間なのだが、今日彼女には予定があった。
「その……せっかくのお誘いですが約束がありますゆえ」
「いいじゃん、そんなの。ほら行こうよ」
優しい言葉とは裏腹に、強引に腕を掴みこの華奢少女を食事に連れて行こうとする三人組。するとその男連中の人数が、なにやら増えていることに気づくキレスタール。
「ね、ほら、いい店知ってるから、どうせ大したことない約束なんでしょ?」
「うーんと、そりゃあ口約束だけど、待ち時間にドタキャンされたら相手はショックだと思うなぁ」
「……いや、お前誰だよ!」
「はいはいどうもー、僕はアラムって言いまーす。じゃあ君たちのこと教えて、取り合えず個人情報プリーズ。君たちのお名前と、ああ、どこら辺に住んでます?」
いつの間にかアラムが強引なナンパをしていた男連中に交じり、強引に会話に介入していた。普段から気配の無いが、気づいたらなんかウザいとか言われている彼だからできる荒業だった。
「なんだこいつ、入ってくんなよ!」
「ごめんね、この子の先約は僕だから……ああ、一緒に食べる? まぁバイトに入って来たばかりの受講生に先輩風を吹かすだけ吹かして奢らないけど、万年金欠だからね! ぼかぁ!」
「誰が一緒に食べるか!」
それが捨て台詞だった。突如現れた変人に場の空気を乱され、三人組が退散していく。一方残された青年と少女はお互い顔を見合わせる。
「……えーと、あの人たちお友達だった?」
「い、いえ! その、助けてくださりありがとうございます」
「あー、良かった! ありがた迷惑だったらどうしようかと」
きっと、アラムは偶然絡まれている彼女を見かけ、後先考えずに会話に割って入ったのだろう。青年の確認が済むと、彼から安堵のため息を吐かれた。
「見事な対応でした。手馴れてますね」
「はっはっは、ぼかぁ場の空気を変な感じにすることにかけては一流と言っても過言では無いからね、うん! ところで僕が発言すると皆さん、数秒黙るのでしょうか?」
お得意の自虐を初める青年に少女は苦笑して返答を濁しながら、二人は食堂に向かう。どうやら約束は本当らしく、これからアラムとランチらしい。
「ああ、そうそう、勉強の調子はどう?」
「はい、なにぶん教会育ちの世間知らずなので苦戦しております」
「そうかぁー、まぁ、ゆっくり覚えていこう」
ぼちぼち、急ぐ必要は無いのだ。二人は若い。そして走ればすぐに疲れてしまうとこの青年は知っている。今まで無茶をしてきたから、たった一人で小型のナビに人工知能を搭載し、言語を演算、通訳をさせる機械を造りだした代償は身に染みて理解しているのだ。
「若さに任せて徹夜とかしてたら急にくるからね、本当」
「はぁ……」
おおよそ十八歳の発言とは到底思えない発言をするアラム。妙に実感が籠っている忠告だったが、キレスタールには伝わらなかったらしくなんとも適当な返事が返ってきた。
「あー……今日は何を食べようかな」
「私めはお野菜を頂きたく、アラム様もどうでしょう?」
「うーん、僕も野菜を食べないとなぁ~。いや嫌いじゃないんだけどぉ、つい美味しい物を食べちゃうんですよ」
「駄目ですよ。栄養バランスを考えないと、講習の本に書いておりました。それこそある日突然に健康を崩されますから」
もうすでに腹部に不摂生が現れ始めていることは黙っておくアラム。まぁこれから現場に出るのだから、段々と引き締まり見れたものにはなってくれるだろう。
それから他愛のない雑談を重ねられていく。また一つまた一つ、穏やかで日なたの中にいる様な時の流れ、だが……そんな時間もこのバイトでは長く続かない。
「洪水だあぁ!?」
「はい?」
確かに、洪水と叫ぶ声が響いた。しかしここは船内。確かに明確には潜水艇だが、時空を漕ぐこの船の壁に穴が開いて入ってくるのは水ではない。
――のだが、確かに鉄砲水はやって来た。通路の曲がり角から悲鳴と共に川が氾濫したのかと水量が暴れ狂い人を飲み込んでいく。
「ごめん守ってぇ!」
「守ります!」
即決と即答だった。自己ではこの非常事態に対応できないと判断したアラムは、情けない声を出しながら隣にいた少女に助けを乞う。
だがこれが最適解だった。ドーム状の結界に守られ廊下を流れる水流の中、二人は絶句する。
一種、幻想的だと思う光景だろう。水底から水中見上げるというのは中々に綺麗だ。こういった展示物がある水族館はこの船にもあるが、二人はまだその光景に出会っていない。
だが、感動など湧いてくるはずもなかった。
「……綺麗……ではないですね」
「うーん。皆さんすみません。多分死なないから、僕をそんな恨めしそうな顔で見ないでぇ……」
まぁ、流れてくる物が魚ではなく顔面蒼白の人間なのだからロマンチックには程遠い光景だ。というか間違いなくロマンスではなくホラーだった。安全圏にいるアラムに助けを求めたり、たまに助けてくれないのかと怒りを表している人間がいるのだから、青年にとって新しいトラウマになりかねない。
すると、ただ流れに身を任せるしかない一般人の中で、キレスタールの張った球体の結界に短剣を突き刺し、激流に流されまいと歯を食いしばる猛者が一人現れた。
「ちょっ! 何してくれてるの!」
短剣が差された箇所から水が入り込むことへの抗議なのか、アラムが女剣士にクレームを送ろうとしたが、すぐさまその猛者の鋭く威圧的な眼光にビビり口を両手で塞ぐ始末、どうも染みついた負け犬根性は自分に大義名分があろうとも年中無休で働くらしい。
「やだぁ。あの人怖―い」
胸元に両腕を寄せ、まるで虫を見つけた女子の如く軟弱な言葉を吐く青年。だが言葉とは裏腹に、あの餓えた野良犬の様な目に睨まれてふざけられる根性にキレスタールは感心していた。
「……(人殺しの目)」
たった一瞥で少女はその女剣士の本質を見抜いていた。あれは隙を見せれば喉笛を噛み切る狂犬だと、本能で判断した。そして、水が引いていきその場に残されたのは青年と少女と、その赤毛の女剣士だけとなる。
「……へいへい、ありがとよ」
先ほどまでの激流が嘘のように引いてから、水浸しの赤毛の女剣士は一言気持ちの籠っていない礼を残し、結界から短剣を引っこ抜いて廊下を歩いていく。
「あ、あの、お怪我は?」
だが、それを少女は止めた。これが狂犬だと理解しても尚、慈愛を向けるのは修道女ゆえか、はたまた少女の根幹がそうなのか? ただ事実としてその一言で女剣士は歩みを止めた。
「いいねぇ、反吐が出る善良さだ。嬢ちゃんここの新人か? なら警告だ。怪しい奴には声を掛けるな、安い善意を施すな。カモだと思われるぜ? まぁだが、少しぐらい防衛の心得ぐらいはあるようだけどよ。まぁ、そのうち慣れるか」
水が去っても結界を解かない少女に、親切心にそんな遠回りなお節介をしてから、女剣士は再び歩み出す。軽い皮の防具、だが全身をしっかりと守るそれだけで死から彼女を遠ざける小さな安心感を与えているだろう。
だが、向こうからそれとは対照的な女がやってきた。見ようによっては肩を露出させたその服は社交界で雄を釣る疑似餌にも見える。だがその手に持つ杖と長く水色の髪を流した美貌でその女が魔女であると周囲の者に無理やりに解らせてしまう。
「おいおい、見てみろよ。てめぇのせいで仕事着が水浸しじゃねーか? どうしてくれるんだ? 弁償もんだぜ、これ」
「そもそもの原因は、あんたがアタシを怒らせたこと……でしょ?」
「はぁ、何? 普段男を喰いまくってるのにオレがつまみ食いしたらブチ切れるってのはあんまりじゃねーか? どんだけ男に飢えてんだ?」
「ふざけないで、アタシが怒ってるのは悪評がたつような騒ぎを起こしたこと自体よ! 例の魔王と接触するのはいいわ、でもやり方を考えなさい! あんたがどれだけ損害を込むっても自業自得なら何も言わないわよ? でも、アタシと他のメンバーにまで影響があるなら別。わかってるの、ショーラ!?」
「仕方ねぇだろ……」
「仕方ないって何? は? あんた他人に迷惑掛けといて何その態度?」
「はいはい、ごめんなさい。わるうございました。マァ様許してください。これでいい?」
「……オーケー、ぶち殺す」
さて、この会話を聞いた者ならば満場一致でこう思ってくれるだろう。この二名は喧嘩していると、しかもお互いどうしようもなく気が強い人間が。
「あー……キレスタールさん、わかってると思うけど第二派に備えてくれる?」
「は、はい」
いつの間にか、先ほどの女剣士に差されてひび割れていた結界が完全に修復されているところを見ると、キレスタールもこの先の展開も読めていたらしい。
「果てまで流されろ、このクソ尼!」
一瞬、アラムにはあの杖が特大の蛇口に見えただろう。
横に流れる滝か、はたまた津波か。さきほどの激流より更に激しい水流が魔女によって作り出される。水系の魔術なのだろう。
「周りの迷惑考えてくれますぅ!」
相手の頭に血が上っており無駄と承知でアラムが絶叫する。どうやらさきほどの洪水で流れてきた一般人は、あの魔女と女剣士の喧嘩に巻き込まれてながされてきた者たちなのだろう。
激流は魔女の怒りを表すが如く、大蛇となり唸り揺らめく、女剣士も水中でなされるがまま体を三回転させ――壁に短剣を差し込んだ。
「――ブースト」
声など発せないはずの激流の中、泡と共に何か聞こえた。
「あれは――」
目を見開いたのは激流を作りだす魔女か、結界を張る少女か、守られる青年か。人が抗えるはずのない激流の中、確かに赤い熱が輝いた。
靴底からのロケット噴射、女剣士は力押しで激流に対抗する。三秒の間にアラムがおそらくは火炎系の能力だと当りを付けると、女剣士の身体は激流に真っ向から逆らった。
「ちょっ馬鹿、首の骨折れるわよ!」
激流を作り出している魔女がそんな言葉を吐くほど、それは馬鹿げた行為だった。魔女の言う通り自殺行為、足から推進力を捻り出し前進すれば、必然的に頭部が一番に激流の負荷を受けることとなる。
魔女の焦りと共に激流を作りだす魔術が解除される。それからは速かった。火の線が廊下を走り、魔女の手にあった長い長い杖が盛大に弾け飛ばされる。
「お前の悪い癖だ。馬鹿みたいな魔力量で力押しばっかりやってるから、取り乱すと細かい対応ができない。やろうと思えば魔術を解除した時、別の魔術で自分の身を守る方法なんていくらでもあるだろうに?」
「は、説教? あんた――」
「はぁ。へいへい悪かった……だが、オレは自分のやったことは間違ってねぇと言い切るぜ? 仕事の相方の検査はしとかねぇとな。雑魚でも馬鹿でもこっちが死ぬことになる」
「……だからやり方の問題! それでアタシたちに悪評が――」
「そんなもん小さな問題だろうが! 周囲にどうこう言われるより自分らの生死が重要だろ。というか、悪評どうこう気にするなら廊下で水魔術をぶっぱなすんじゃねーよ!」
「十分大きい問題で――はぁ、ああもうあんたとは色々と決着つかないわね。根本的に違うのよアタシたち」
「それだけは同感だ。話し合いでも殴り合いでもお前とはわかりあえねぇーわ」
「……頭を冷やす時間を頂戴」
「オレも体を冷やしたい……というか腹減った。今何時だ?」
それで終わった。相互理解は不可能と結論付けて、女たちはお互いため息を吐く。
「それで、なーんで喧嘩してたのあなたたち?」
すると、キレスタールの結界に守られていた青年がもう嵐は去ったと確認して、ノコノコと二人に近づいて来た。一応この場を収める気があるのか、まぁまぁと両手で女性二人を落ち着かせようとしている。
だがすでに喧嘩は終わっている。そんな見当違いの努力をしている青年に一種、軽蔑にも似た視線を送った。その視線に冷や汗を流すアラム。基本このお調子者はそういった敵意が苦手なのだ。
「ぼかぁ、どっちかっていると被害者なんですけど。一応この後で警務部の人に説明とかしないといけないんで、お話聞かせてくださりますぅ?」
アラムの言うことにも一理ある。これだけの騒ぎ、目撃者としてアラムも事情聴取やらなにやら面倒臭いことをしなければならないだろう。それを聞いて二人も自分たちに非があるので、取り合えずは視線での八つ当たりをしなくなった。
「はぁ、まぁ大きい小さいで言い争っていたんだよ。くだらねぇ喧嘩だ」
「え、大きい? 小さい?」
するとアラムが二人を凝視する。ある一部分を――魔女は露出の多い服の中でもひときわ目立つその二つの山に。そして女剣士の方は……残念ながら丘と呼ぶにも足りない僅かな膨らみに。
「ああ、なるほどそういうこと。うんうん、別におっぱいの大きさとかで悩む必要ないと思いますよ? でかぱいだろうと、ちっぱいだろうと気にする必要は――げふぅ!」
――飛んだ。憐れ、二人の女傑に息の合った蹴りによりアラムは宙を舞う。大小対照的な胸部を見てからのその一言は見事、二人の逆鱗に触れたらしい。遠くで一部始終を見届けたキレスタールがなにやら神に祈っていた。まぁなんだ、この男のセクハラ癖は今日も今日とて火を噴くようであった。
次回投稿は明日朝六時の予定です。




