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第二章「彼ら彼女らの日常は騒がしい」 二話



「ようこそ、しみったれた遊技場へ」


 通報を回避する為、役所から場所を移し女剣士に先導されるままガウハルが付いて歩くこと十五分。どうやら目的の場所へと辿り着いたらしい。

 遊技場、と女剣士は言い表したが、遊具らしき物も、スポーツを楽しむ道具すらなく、ただただ広く四角い部屋だった。壁には傷跡があり、天井の照明が何個か交換が必要らしく少し薄暗い。


「ほう、闘技場か?」

「ああ、だが真っ当な模擬戦を行う場所じゃあない。腕力にしか自信の無い頭の悪い連中が、賭けの喧嘩をする賭博場さ」


 言われ、女剣士が顎で部屋の奥を見るように促す。見れば薄暗闇の中で酒を煽る数名の柄の悪そうな男が突然現れた来客を睨んでいた。

 この多くの人に忘れられた大きな大きな空のおもちゃ箱に価値を見出した連中なのだろう。


「うむ、失礼する。少し、ここを使わせてもらう。我らのことは気にしないでくれ」

「おいおい、誰だお前?」


 やけに優しく、友好的な笑みを浮かべそんな挨拶を繰り出すガウハルだったが、男たちはそれを挑発とうけとったらしい。


「どうやら礼儀作法を間違えたらしい。ここではどうするのだ?」

「はっ! 馬鹿だねあんた、ここの礼儀作法? んなもんこうすればいいんだよ!」


 瞬間、火の粉が舞った。発生位置はガウハルのすぐ隣、女剣士のいる位置、否、いた位置だ。先ほどの言葉尻が遠くへいき、瞬く間の間に女剣士は消えたのだ。


「ほう、武器は脚か」


 二十五メートルも離れた奥から男たちの情けない悲鳴が聞こえる。さきほどまでガウハルの隣にいた女剣士に蹴飛ばされているからだ。

 そう、女剣士は瞬間移動をしていた。ガウハルは瞬時にそう判断する。足の裏から発火、同時に爆発し距離を詰めたのだと予測を立てる。が、その考えに思わず思考した本人(魔王)が苦笑する。

 瞬間移動などという言葉で誤魔化さなければ、あれは自分を吹き飛ばして無理やり早く移動しているのだ。


「変わった使い方だが、なるほど……あなどれぬ技巧よ」


 馬鹿げているが魔王は素直に褒めた。事実、接近戦を好む剣士にとって距離というものは戦闘中に大きな障壁となる。それを一瞬で接近できる技はその弱点を消し去る利点は大きい。


「暗くてわからなかったがショーラか! また俺らから金巻き上げに来たのかよ!?」

「あ? そんな暇じゃあねーんだよ。たまーに仕事して、ここで油売ってるお前らと一緒にするな!」

「いいか! ここは数年前から俺たちの縄張りだ。血を見たい連中の為に俺たちはここを陣取ってんだ! ここをどうこうしたら多くを敵に回す! 悪党がガス抜きする為に必要な場所なんだよ。他の連中だって寄り付かねぇのは知ってるだろ!」

「治安の悪いブロックの公共施設乗っ取って賭け事で儲けてるセコイ奴がオレに指図するんじゃねぇよ……それに今日はてめぇらに八つ当たりしに来たんじゃねぇ、こいつと戦うんだよ」


 どうやらここの連中と女剣士は知人だったらしい。いや、適切には加害者と被害者らしいのだが……そんな彼女(加害者)の目的は入り口で呑気にこの模擬戦場をまじまじと観察している魔王との一騎打ちらしい。


「おい! という訳だ。あんたの実力が知りたい」

「む? 模擬戦か! それは良い、アルバイトなるもので力仕事をしているだけだったからな、戦いを忘れていないか確認する良き機会だ」

「ああ? 鈍ってるとか言い訳したら刺し殺すからな」

「ふはははは! これは手厳しい。して、先の話だが一戦交えるなら賭けの客を呼ぶのか?」


 と、殺気丸出しで警告したのに、ここを占領している男たちに気を使いそんなことを口走るガウハルに女剣士は苛立ちを覚えたらしい。よそ見をするなと――。


「――ブースト」


 女剣士の足元でオレンジの火花が空気に散る。爆発による瞬間加速、二十五メートルの距離をものともしない正面からの奇襲、模擬戦は合図など無しに始まった。


「へぇ、鈍っていないらしいじゃないか。それとも、鈍っててそれなのか?」

「はてな。たかが一手では我自身も判断はつかん。続けるぞ」


 人間ロケット、まさしく女剣士の一撃はそれだ。急速加速による短剣による突きをガウハルは難なく籠手で掴んでいる。

 唯一の観客である柄の悪い男共が口をあんぐりと開けてぼうぜんとしているが、そのうちの一人が目をキラキラさせて部屋から出て行った。良い見世物になると判断したのだろう。


「むぅ、どうやら客を呼びに行ったか」

「ちっ後で儲けの半分を毟り取ってやる」

「ふははは、ほどほどにな。して、その話、我の分け前(出演料)はあるのだろうか?」

「てめぇ、意外に俗物だな!」


 赤毛の女剣士はそんなツッコミと共に蹴りを放つ。無論ただの蹴りではない。先ほどの火炎能力の応用だ。蹴りと同時に爆発を起こし、ガウハルから距離を稼ぐ。


「何分、新入りの身ゆえ先立つ物が欲しくてな。暫くは金策よ。まずは鎧以外の衣服が欲しい。いや、先ほど支給された服はあるのだがどうも飾り気が足りん。外向きの服ではなかろう?」

「はぁ? 服なんてなんでもいいだろう、布だぞ、布。そんなのに金を使うとか信じられないぜ。そんな人類は仲間の魔女しかいないと思ってたよ! おめぇは人類か怪しいがな!」


 そんな雑談をしながらも、赤毛の女剣士は攻撃を止めない。初手でガウハルを格上と認め、リスクのある接近戦を避け遠距離攻撃に徹する。威力の低い火球、それに隠すように赤く熱した投げ針も仕込んでいる辺り、実にいやらしい。

 だがそれを見抜いてか見抜かずか、双角の魔王は万全の守りを用意する。薄いがアラムの対物ライフさえ防ぐあの透けた紫色の結界だ。


「おい、ズルするな」

「む、結界はズルなのか? 始める前にルールを聞くべきだったか、以後気を付けよう」

「ちっ本気にするなよ。やりにくいな……なぁ、あんたこの船をどう思う?」


 と、女剣士の質問が入り戦闘が止まった。相手への油断は無くならないが、元よりこの模擬戦に鬼気迫る理由も無い。むしろガウハルを知りたいと言う赤毛の女剣士には武力より言葉を贈るべきなのだ。


「まず最初に言っておく、我はまだここに来て日が浅い。今から言う考えが明日変わることもある。それを心しておいてくれ」

「ああ、いいぜ。了解した」


 魔王は軽んじて言葉を発さず、そう前置きを行う。ひどく慎重だ。だが喋り出しに一瞬の間も無かった。まるで、この女剣士に問われる前から、そのことについて思考していたかの如くすらすらと言葉を吐いていく。


「うむ、では語ろう。まず驚いた。国は、そう帝国であれ連合であれ時が経てば熟れる。通貨があれば一部が金銭を貯め込み貧困の差が広がる。経済であれ武装であれ競争は勝者と敗者を作る。餓えが広がる。差別が伝播し、戦争なり内戦なりが起こる」

「へぇー、で、この船にはそれが無いと?」

「否、あった。少し情報を掘ればこの船の腐敗を垣間見た。そう、だから驚いたのだ。その問題を、その課題を残したまま人は、ここに至れるものなのか、と」


 ここ数日、ガウハルはこの船を練り歩いた。

 食糧問題を解決した施設を見た。エネルギー問題を抹消した施設を見た。労働問題を次の段階へと繰り上げた施設を見た。そして、どこもかしこも、差別問題を誤魔化していた。


「素晴らしい技術だ。科学、は専門外だが魔法、魔術ならばこちらも計れる物差しを持っている。素晴らしい、本当に素晴らしい技術力だ。そう、恐ろしいぐらいにだ……ありとあらゆる世界から知識を蓄えるこの船は、最も効率的に人類を進化させる箱舟だと思い知った」

「そりゃあ褒めて頂きどうも、まぁオレはこの船に愛着は無いから全然嬉しくないけどな」

「だがそれでも、人は他者を陥れることを止められないのかと呆れ果てた。それが我がこの船に抱いた感想、というより人というものに対しての再確認、か」

「……それがあんたがこの船に抱いた感想か?」

「左様、では問答はここまでにし、先ほどの続きを――」


 戦闘を再開しようとした魔王ガウハルに、女剣士が手が上げそれを止める。どうやらまだ、話を続けたいらしい。だが先ほどの質問にはすでに言葉は尽くされた。ならだ――。


「ショーラ、と呼ばれていたか。我を知りたいと言ったが、まだ満足しないのか?」

「次の質問がしたい。ああ、安心しな、これで最後だ。オレも長話は柄じゃない」


 違う問い。さきほどの質問は前座だと言わんばかりにその表情は引き締まっている。ただ、少し気怠そうに首を傾げているは彼女の不真面目さがにじみ出ているせいなのだろうか?


「して、何を問う?」


 次の質問こそ本題だと感じ取り、ガウハルも戦闘の続行を止められたことも気にせず小さな笑みを口元に浮かべる。暗に聞くぞ、という意思を相手に示しているのだろう。


「あんた、何人殺した?」

「それには答えられん」


 即答だった。魔王は眉を潜め大層困っている様子でショーラを見据える。やさぐれた女剣士はその表情を真顔から不機嫌なものへと変えた。


「なんで言えない? 別段、隠すことじゃないだろ? オレは何人やってようと軽蔑しないぜ?」

「いや、明確に答えられないだけだ。直接手を掛けた数、部下に命じた数、我すら認識せず間接的に殺した数。そも、細かい数も、おおよその総数の記憶は長い時に摩耗した。要するにだ、数など覚えてなどおらん。ゆえに答えられんのだ。まぁ、数え切れんほどではあっただろうが」


 その言葉は真実だ。仲間を守る為にこの魔王は人を殺してきた。周囲の男たちがその言葉を聞いた瞬間ガウハルを明らかに敵視する。ただの殺人鬼や狂人ではなく、この魔王は正しく人類の敵なのだ。

 言葉も解し、理性もある。だがこの魔王ガウハルが人の味方を名乗るには、血にまみれすぎていた。なのだが――。


「は、ははははは! 百点だ魔王さんよぉ。あんたはオレ(悪党)と同類だ!」


 赤毛の女剣士の不機嫌な表情が吹き飛ぶ。彼女は魔王の返答をえらくお気に召したのか、高笑いと共に突きの構えを行う。だが、異様だ。ただの突きの構えではない。

 皮膚が赤く高揚し、女剣士の輪郭があやふやになっていく。体が発火寸前ほどの熱を持ち、自身の発火能力を暴走と似た使用方法で限界以上の力を引き出そうとしているのだろう。


「……それは、模擬戦で使う技ではないのではないか?」

「は! あんたに勝つにはこれぐらいやらねぇと駄目なんじゃねぇのか?」


 確かにその通りではあった。女剣士の能力はそれほど高いものではない。発火能力をジェット噴射に使っているのも、能力がそれほど強力ではないのを技術でどうにかしている結果すぎないのだろう。

 だから、己が肉体に負担を掛けるほどの技でなければ、目の前の双角の魔王には戦いをしているとさえ思わすことができないのだと女剣士は判断したのだ。これは、質問の返答の礼の、魔王(強者)への返礼なのだろう。


「仕方あるまい。そこまでするならば我も本気で答えねば不作法か」


 狂っている。常人ならば真正の怪物に命を削ってまで技を放とうとする女剣士の行動をそう解釈するだろう。だが、それほどまでにこの女剣士にとって命とは軽いものなのであっただけのこと、魔王もその意志を尊重し、来るべき一撃に構え――それを制止する声が闘技場に響いた。


「――ショーラ! 君は一体全体何をしてるの! 賭博? 賭博なのね! 賭け事で儲けようなんていけないんだぞぉ!」

「ああ……馬鹿が来やがった」


 なるほど、まさしく馬鹿としか言えない喋り方だった。勢いよく扉が開いたかと思えば、白い軍服の女性がショーラを怒鳴り散らしたのである。

 白い髪に白い肌、赤い瞳に白い軍服、それとチェック柄のスカートだ。その見た目は麗しく美しいが、とにかく手入れがされていない。ほっぺたに張った絆創膏、美しいのに艶が無くぼさぼさの長髪、そして軍服に子供の玩具か何かなのか、腰のベルトを剣帯代わりに木剣が突き刺さっていた。

 一見、薄命の令嬢のような見た目だが、言動がどうも子供っぽいというか一々大げさである。つまり無駄に元気(バカ)で間違いない。


「おいおい、休み日ぐらい飼い犬が何してようといいだろうよ。プライバシーの侵害だぜ?」

「いんやぁ、正義の味方は年中無休、休みだからって悪いことしちゃ駄目なんだからね!」

「はぁっ面倒くせぇ」


 どうやら彼女はショーラの上司らしく、彼女にグチグチと説教を始めていたが、途中でガウハルに視線をやり、すたすたと彼に近づいてくる。


「やぁやぁやぁやぁ! 君が最近バイトに来た魔王だね! そうでしょそうなんでしょ! 正義の心に目覚めてバイトに入って来てくれた新戦力なんでしょ!」


 ふんす、と鼻息荒くガウハルに絡む軍服の娘。どうも、常にテンションが高い人種らしい。


「うむ、そのような志を我はいつの間にか胸に秘めていたとは驚きだが……して、なんだこの生物は、美麗な容姿とは裏腹に会話をして二秒で頓馬(とんま)と露見したのだが」

「はは、いやすげぇな。オレの飼い主の馬鹿さ加減は二秒で露見するのか。新発見だよ、まったく」


 ショーラがガウハルの言葉を拾い自分(狂犬)の飼い主の馬鹿さ加減に頭を押さえてみせる。この反応を見るに、常日頃からこの人物に振り回されていると見て間違いない。


「あーあー、で、ショーラ、君あれでしょ? このつっよそうな魔王さんと今度一緒に仕事するからどんな人柄か調べてたんでしょ? もー、そういうのは一緒にカフェでお菓子でも食べながらしたらいいじゃない! なーんで戦うのぉ!」

「戦闘力を計るなら戦う方が手っ取り早く知れるだろうが」

「そーいうのは闘技訓練所の許可書を取りなさーい!」


 どうやらショーラは次の仕事を共同で行うガウハルの事前調査を行っていたらしい。彼を探し、バイトの役所で遭遇し、取りあえず実力などを計る為に模擬戦を申し込んだ、というのが大まかな流れなのだろう。


「あー、すみませんねー。こなたのところのショーラがご迷惑を掛けましてぇー」

「いや、こちらも良い運動になった……して、こなたとはまた変わった言い表しだな。身分が高い者か?」


 と、ガウハルの言葉に白い娘は目を丸くする。そこを指摘されるのに慣れていない様子だ。


「いやぁ、こなたっていうと皆こなたが名前かと勘違いするのに、魔王さん実は博識~?」


 こなたと自らを言い表す者は特権を持つ身分の人間、つまり身分の高い者だ。なのだが……どうもこの女性、気安い。


「学は少し持ち合わせてはいる。して、我はガウハルという者だが、とまぁ名乗ってみたもののこちらのことは知っている様子。説明は不要であろう。そちらの名を教えて頂きたい」

「名前……あぁ、こなた名乗ってなかった!? こなたはカーイン、正義の味方だよ!」


 自らをこなたと言い表し、カーインと名乗る女はピシッと決めポーズと取りながら大きな声でガウハルに挨拶を行う。それを眺めていたショーラは心底ウザいと言わんばかりに、苛立ちの表情を浮かべながらため息を吐いた。

 だが、今はこのコンビの仲の修繕よりも、ガウハルには聞かなければならないことがある。


「ところで、今回の非公式の模擬戦は黙認ということにはならないだろうか? 白き娘よ」

「え、無理! といより、もうすでにこの部屋で賭け事を始めようと盛大に客呼びを行った奴が捕まってるのですよ……で、芋づる式に各位怒られると思うよ。もちろん身内(ショーラ)の監督責任として上司のこなたを含めて」

「……うむ、そうか……さてぇ……では、自首するとするか」


 カーインからすでに賭け事の発覚は時間の問題と言われ、清くそう覚悟を決めるガウハル。いや、なんというか、悪いことはするものではないなと、双角の魔王は片方の眉を吊り上げ天井を仰ぎ見てから……枯れた大輪の様に盛大に項垂れてみせるのであった。



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