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第二章「彼ら彼女らの日常は騒がしい」 一話



 その娘にとって、人生とは作業そのものであった。

 生まれたこの船を全てを仕切る一族に生まれたが、家督は長男である兄が継ぐことが確定している。

 しかし、その一族の恥にならぬようにと幼い頃から最高の教養と最低の教育を施され、ある期間を過ぎると賢くなりすぎないように一般の教育スペースに移されることとなった。

 娘はただただ優秀過ぎたのだ。跡目は一人、将来知恵を付けすぎて兄の障害になられては困るという判断であった。

 やたらご機嫌取りをする教師。親に言われ自分と仲良くする為、嘘の笑みを顔に張り付ける形だけの友人。そして家にいる兄派の者による陰口、それが彼女の日常ではあったが、特に娘に不満は無かった。

 そも、生まれてから何かをしたいと願ったことすらない。その人形の様に整った容姿同様に人間味の薄い子供であったのだ。

 ただ、どこか心の中で小石ほどの苦しみがあったのは確かだ。命令でしか話しかけない父、自分とは違う場所にいる兄。娘はどこか、家族というものを求めていた。

 だからあの日、娘は家を飛び出した。偶然だ。本当に偶然に、家の従者が仕事中にひそひそと密談していたのを聞いてしまったからだ――病床の母がもうすぐ死ぬと。

 娘はその日、初めて母が生きているということを知った。死んだものと聞かされていたから。なぜ父が母の存在を隠したかなど、その時は特に考えなかった。ただただ母に会いたい、その一心のみで船の中の医療エリアを全て探し回った。そして、運が良かったのか、やはり優秀過ぎたのか……家の従者が出入りする医療エリアを娘は見つけ出した。

 だが、そこからどうすればいいのだ。従者を尾行し、医療エリアで母がいるであろう部屋は見つけた。だがそこからは、動けなかった。もし従者に見つかれば? 母が自分を拒絶したならば? 娘はただそんな不安を抱いて、医療エリアの前で膝を抱いて小さく、小さく一目のつかない物陰に座り込んでいた。


「君、大丈夫?」


 少女にとって、人生とは作業であった。その日、その少年が話しかけるまでは――。





 新生活というのものに直面した時、人が見せる反応は大よそ二種類である。

 アラムという青年の元、バイトの新入りとして入った魔王と修道女がその反応のお手本であると言えるだろう。期待、もしくは不安。新しく入ってくる見たこともない技術と常識に目を魔王は目を輝かせ、修道女は目を回していた。


「でもその反応は、二人で逆だと思うんですよ」

「うむ、栗毛。では貴様の意見を聞こう」


 時空移動戦バイトの中でも安さとボリュームが売りの大衆食堂で、青年は片手のホォークを食事中の魔王に向けながら、そう力説する。とにかく広い食堂は一度に何千人という人間の食事を一度に行える。そんな食堂の中、机を囲みアラムとガウハルは朝食を取っていた。

 そんな中で始まったアラムの説教、一方で魔王はそんな少し無礼な青年の行動に気分を害した様子もなく、先人の意見は素直に聞くスタンスなのか一旦食事を取り止め小さな笑みと共に拝聴の意思を示す。それは貴族の食事風景と見間違うほど優雅だが、食べているのが格安の定食なのでやけに場違いに見えた。


「キレスタールさんはいいんです。可愛い女の子なんだから皆、基本的に優しくしてくれるはずですし、うん。下心が存在しようと無かろうと手助けがあるでしょう。だから新しい生活に対する不安は杞憂だと思うんですよ、ぼかぁ」


 ここ数日、キレスタールは新しい環境についていけず、少しショックを受けているように見受けられたが、それは当然のことなのだ。

 彼女がいた世界は井戸から水を汲み、木を切り倒し、枯れ枝を拾い集め火を起こす文明だったのだ。それがボタン一つでそれらができるというのだから、頭が追い付くはずがない。


「で、逆にガウハルさんが順応しすぎだと思うんですがね?」


 どこで入手したのか、家電製品のパンフレット机の上に放り出してそれをウキウキしながらチラチラと見ている魔王に青年は語る。確かにこの魔王様が尻込みなど少しもせず、バイトでの新生活を満喫しているなのは明白だろう。


「いいですか? ガウハルさん。バイトでも魔王を仲間にするなんて前代未聞なんです。そりゃ善人、悪人沢山いるけどそれでもあなたはこの先、この船の様々な所で警戒され、奇異な目で見られるんですよ? なのになんでそんな物を読んでるんですぅ?」

「うむ、道理だ。魔王は人の敵、おいそれと受け入れてくれるとは思ってなどおらぬ」

「……うーん。まぁ、わかってるならいいですけど、僕なんかがこれ以上言っても無駄だろうし」

「栗毛よ、そう自身を卑下するな。貴様は大局を見るのに優れているゆえその忠告、現状を再確認する為にありがたく受け取っておこう。それはそうと、この洗濯機という物が欲しいのだがな!」


 と、強引に話を切り変え洗濯機が欲しいと豪語する元魔王。アラムは鎧姿のガウハルをちろりと見て、眉間にしわを寄せ、当然のことを口にしたのだった。


「洗濯機の前に、ガウハルさんって今そんなに服持ってないはずですよね? 先にまず、服では?」

「……うむ、真理だな。家電という物が目新しく浮かれておった」


 そういえばと、今自分はこの鎧が一張羅であることを思い出したのか、神妙な顔でその指摘に頷くガウハル。どうもこの魔王、少し抜けているところがあるのかもしれない。


「というかガウハルさん、無料配給を受けました? バイトに入ったら生活必需品を受け取れるはずなんですけど、ほら、キレスタールさんが無地のシャツを着てたでしょう?」

「ほう、あれは無料で支給された物だったのか! いや気前が良いではないか、無料支給、ということは受け取りは役場でいいのか? 行けと誰かに言われた気もするが、いやぁ、魔王職をしていた時の癖でああいう書類が多い場所は我は鬼門としていてな!」

「それ、仕事サボってただけなのでは?」

「まさか、受けた仕事は早々に片づけるが、新しく仕事を受け持つ気概は無かっただけよ。それより、うむ。良き助言を聞けた、感謝する」

「いやぁ、これぐらいで大げさですよ?」

「何を言う。小さなことでもしっかりと礼を言わなければならんものだ。思うだけでは気持ちは届かぬぞ。黙すのは負の感情、吐き出すのは陽の感情、それが良き人の生き方だ。周囲のことを思えばおのずと自らにも返るものよ」


 たびたび、この元魔王はさらっとそういう人生観を口にする。自身に満ち溢れ、新天地に心躍らせ、今は他者からの信用を勝ち取ろうとしている。それが少し、この青年はには眩しかった。

 だからだろうか、青年はこの時、小さなため息と共にある決意を心に秘めたのであった。まぁ、ゴミ捨て場からの不要となった洗濯機の確保であるのだが……。





 バイト船内は広大である。年に数人、遭難者が出るほど広い。その昔、ある技術者が空間拡張の技術を発明し、調子に乗って広げ過ぎた結果、収拾がつかなくなったとかなんとか。アラムが苦笑いしながらそう語っていたのをガウハルは思い出しながらその長い廊下を歩いていた。

 この船内の施設は大抵、天井が高い広大な空間に一カ所にあるめられている。というのも船内の転送機を使い一瞬でバイトの各場所へと移動できるので、施設を集合させている訳だ。

 だが個人経営の店と役所は違い、船内に点々とある。役所が緊急時の避難場所となっている為、各地に設置されていると数日前にこの魔王は講義で配られた教科書で知っていた。


「うむ、ここが緊急時避難場所となる場所か、横に広い造りは人の渋滞を解消する為か」


 バイト内の長い廊下を歩いたその先に、突如現れるとんでもなく長い受付のカウンター。建物内でなく、通路の脇の空間に造られたそれはバイト内にあちこちある公共施設だ。そこに三十人余りが役割を担う男性女性の役員が、忙しくやって来る老若男女を毎日対応しているのだが……今日この日、事件が起きた。

 魔王ガウハルの訪問。バイトにおいて数多い変人、その一角であるアラム。現船長の養子であるも、バイトの教育機関に馴染めず子供の頃から機械弄りをしていたはみ出し者が連れてきた超要注意人物がそれはもう、にこやかな笑顔と共にここにやって来たのだった。


「怖い、なんだあの笑顔!」

「なんで今頃!? 一週間も経ってるのに」


 役所の奥からそんな悲鳴が聞こえてくる。彼がバイトへとやって来て、いの一番に訪ねるであろうと思われたこの役場は今混乱の渦の中にいた。よもや原因が新人教育に手を抜いていた講師の負債とは誰も思うまい。


「忙しいところ心苦しいのだが、少し時間を割いては貰えぬか。ここで当面の生活に対する支援を申請できると今日知ったのだが、ここで仔細を聞きたいのだ」

「はっはい! 可能です。ですがその、ガウハル様は一週間支援を受けずに過ごしてたのでしょうか? てっきりすでに別の役所で初期支援を受けたのかと思っていたのですが」

「ほう、我を知ると?」

「いえ! その、すみません」

「なぜ謝罪を? 楽にしてくれるとこちらも助かるのだが、それと質問への返答だが、まぁ少し一週間ほど船内の探索ついでにアルバイトなるものをしてその日暮らしをしていたのだが、いや、このような制度があるとは、勉強不足あった。ふははははは」


 そしてついでにそんなどうでもいい事情が開示される。どうやらこの魔王、毎日船内をほっつき歩き、日雇いの労働に勤しんでいたらしい。

 するとガウハルの見えない位置で勤務歴の長い職員の臨時会議が開かれる。一週間前にくれぐれもあの魔王を刺激しないようにと上司の上司、そのまた上司から通達がされていたのだが、まさか魔王がアルバイトをしていて一週間後にやってくるなど想像もしていなかっただろう。


「では……その、ここにサインをお願いできますか?」

「署名一つで服やら資金やらを援助してくれるとは、いや、それと丁寧な対応痛み入る。我の入居先から一番近い役所ゆえ、これからも顔を出すと思う。これからもよろしく頼む」

「は、はぁ」

「ああいや失礼、初対面の者に言葉を送りすぎた。前職で部下を褒め労う癖がついており、許してほしい」


 だがまぁ、なんというか、魔王は彼らが想像するほど凶悪な存在ではなかった。結果など出ない役場の奥での臨時会議は元から無駄で、猛獣が来るかと身構えていた生贄(対応)に回された職員からすると、今のガウハルは相手を思いやる聖人の如き人物に思えたかもしれない。

 ガウハルは特に粗暴なことをすることもなく、衣服やら当面の生活費を手に入れ役所を後にしようと席を立つ。

 この場にいる誰もが胸をなで下ろした。人類の敵たる魔王は無暗に波風を立たせる御仁ではなかったと誰もが認識をしたであろう。


「では、世話になった」

「おー、丁度用事が終わったところか。ならオレに面貸せよ。色男」


 去り際に一言礼を言い残す魔王の首元に、剣が撫でる様に添えられる。あまりにも自然な動作ゆえに、職員の人間は魔王が誰かに気さくに話し掛けられたのかと仕事を続行しかけ、表情に戦慄を走らせた。

 まごうことなき恐喝であった。役所の前で、白昼堂々に魔王を脅す馬鹿者がいたのだ。そして特徴的な癖の強い赤い髪には役所の数名に覚えがあった。

 バイトに集う者は善人ばかりではない。ここの常識に染まれないはみ出し者がいるのだが、その人物はそのはみ出し者の中でもその悪名を轟かしている赤毛の女剣士だった。

 動きやすい皮の防具を身に纏い、やたら目つきの悪いその赤毛の女剣士は馴れた様子で短剣でガウハルの首回りをなぞる。切れはしないほどの力加減だが、相手に恐怖を与えるには十分のはずだ。はず……なのだが――。


「うむ、初めて会うな。我はガウハルという者だ」


 その唐突な自己紹介に誰もが目を丸くした。頸動脈が鋭く冷たい鉄に冷やされるにも関わらず、この魔王は呑気に自分の名を名乗ったのだ。


「へぇ、肝が据わってるんだな」


 このひどくやさぐれた赤毛の女剣士が少し魔が差したら、手が滑ったら、殺意が湧けば、刃が滑る。首の皮膚が裂き地が天井までもしくはその近くまで噴出される。だがガウハルは短剣などそこに無い物と扱っていた。


「して、何用か?」

「面を貸せ、という奴だよ新人の魔王さん。ちょっとあんたがどういう奴か知りたいんでね」

「ほう、よかろう。だがお互いこの場所では人の目が気になるだろう?」


 役所の人間全ての目線が二人に集約されている。そうだ、ここで彼女の要件を満たす前に、治安保持を生業とする警務部の人間がここに駆けつけてくる。それはガウハルも望まない。

 一応部下である自分がここで問題を起こせば、あのお調子者で世の中に絶望している節がある青年の顔が、それはもう面白いまでに悲痛に歪むだろう。


「……お前ら、上にチクるなよ。チクったら、わかってるよな?」


 赤毛の女剣士がガウハルの首から剣を離し、次は役所の人間に向ける。なんと傲慢で明白な脅しだろう。自分がルールと言わんばかりに、彼女はこの船の秩序から自ら逸脱していた。

 要注意人物、はみ出し者、悪党、役所から覗く人間全ての目から彼女がどう思われているのか、ガウハルは理解させられた。恐れと軽蔑の目は、とにかくわかりやすいものだ。


「うむ、場所を変えよう。ああそれと」

「なんだ?」

「先ほど首に短剣を撫でさせたついでに()った資金を返してほしい。その見事な技への褒美として渡してやろうともしたが……何分先立つものを全て取られては我も苦しいのでな」

「ちぇ、なんだよ気づいてたのかよ! 早く言えよ」


 指摘され、赤毛の女剣士は雑にガウハルの新品同様のお財布を投げ返す。盗み(スリ)の技術には自信があったのか、赤毛の女剣士あっさりといたずらがバレていたのが悔しいのか、一瞬で機嫌が悪くなっていた。

 さて、とガウハルは財布を懐に仕舞い、苛立ち頭を掻きむしる赤毛の女剣士の背中を追う。その最中、ちらりと後ろを見る。さっきまで暖かく自身を迎えてくれた場所は誰もかれも赤毛の女剣士を睨みつけた。まるで敵を見るようなその目に双角の魔王は気味の悪さを感じながら、その(きびす)を返すのだった。



2024年6月23日追記。


これより! 誤字脱字文法間違いあとなんか細かい修正、校正の改稿作業を開始する!

二章が終わるまでエルデンリングのDLC禁止……いや、ちょっとだけ……ちょっとだけ、休憩で一時間ぐらいなら、ね!

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