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第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 二十一話



 深い、深い深呼吸がなされる。通信機から聞こえたあの魔王の挑発の言葉に、せめてこの狂人だらけの中、自分だけは冷静であろうとする少女の健気な努力なのだろう。


「アラム様、貴方様は私めが必ず守ります」


 宣言は孤高に、独白の如く静かに行われた。責めくるは規格外の大厄災、魔王討伐を凌駕する難題に対して少女はその真っ直ぐな視線で捉えた。

 すでに、聖都の住民はバイトの者が街の外へと避難誘導している。そして無人の街の中央、ここに世界の希望が集結していた。

 背後に古城、ザガ率いる元勇者たち、パーツを露出した転送機二台とただ巨砲を待つ青年がいた。青年はどっしりと仁王立ちのまま少女の背後に立ち続ける。どこか女の子に守られる自分に情けなさを感じてはいるが、仕上げ(砲の発射)は彼がしなければならないのだからこれでいい。


「――ガルバリン砲、転送開始されました!」


 通信機からショクルの合図が送られる。瞬間、極太の電流が空間を駆けまわる。送られてくるものが巨大である証拠だ。


「アラム様、砲台の出現と同時に結界を張ります! 備えてください」


 結界術の意地にも魔力を消費する。ゆえに転送と同時に結界を張り万全の魔力でアラムを守る作戦だった。その作戦はキレスタールの発案だ。そしてここには聖女の遺髪(怪物の目当て)もある。これがある限りここが圧倒的な力で消し去られる可能性は低い。


「さぁ、敵は神様、今より創造主にすら盾突く人間の凶暴性をここに示そうか!」


 覚悟を決めた青年の声が空に木霊し、バイトから逆転の巨砲が送られてくる。後ろにある城と同等の黒き巨体、それがただ一発の弾を撃つ為の武器なのだから恐ろしいうえこの上ない。

 ――そしてその巨砲が、出現した瞬間ディザスターの凪ぐ様な熱線で砲身を切られた。


「うん……ちょっと、ガウハルさぁーん!?」


 脅威が出現した瞬間のただ速度のみを追求した線の攻撃は、笑えるほど適切だった。あのディザスタ—とて馬鹿では無い。最適解でこちらの希望を潰してくる。


「あっさりと僕の人生とこの世界が終わった!」


 余りにも呆気ない結末に嘆くアラム。だが……砲身が落ちることない。完全に熱線で溶断されたはずの砲身は、いまだ健在だった。


「何をしている修道女、死ぬ物狂いで守らぬか!」

「魔王ガウハル! あなたこそきちんとしなさい! あんな速度、人が反応できるものではありません! 結界を発動タイミングは伝えていましたよね!」


 熱線が放たれてから一秒後に、巨大な結界を張ったキレスタールとガウハルの責任の擦り付け合いが始まるが、お互い自分の仕事は全うしていた。


「まぁ良い! 今は我が片腕でその砲に魔術を掛け、砲身を固定している! だが、片腕を封じられた今攻撃の取りこぼしが激しくなるぞ! 猛攻を覚悟せよ修道女、何が来るかわからんぞ!」


 そういうことだった。どうやらガルバリン砲の砲身はガウハルの魔術により落とされずにすんでいるらしい。だが、そのせいで彼の力は半減しているようだ。

 怪物の口が大きく開き、赫い線を空へと放つ。片腕で己が攻撃を防ぎきるガウハルを無視できる天からの狙撃、神罰に相応しい攻撃が見上げた太陽の中から落ちてきた。


「ぁあ、ああああああああああああああああああああああ!」


 人一人殺す為の天から放たれた赫の一線に、キレスタールの結界が軋み、少女のガラスを割った様な悲鳴が轟く。見れば、少女の身体は微かに血を吹き出し服を赤く染めていく。


「――守ります! 私めはこの人を、絶対に、守り切ります!」


 歯を食いしばり、目を充血させ少女は再び誓いを立てた。生まれて初めての壮絶な攻撃に、生まれて初めて出す限界を超えた己が力で答え続けた。

 命を削り、彼女はその責務を果たさんと決死で耐え続ける。そこに、救国の聖女は確かにいた。


「アラムさん! 先ほど話した通りガルバリン包にある防護服を装着してください!」

「もう、着始めてる! 事前確認通りガルバリン砲の引き金を発見! いつでもいける」


 いつの間にかアラムとショクルの間で行われた事前確認の成果が出て、迅速にガルバリン砲発射の準備を進めていた。ショクルがデータベースからバイト考古学の本を引っ張り出した成果だ。

 製造から途方も無い長い時を経て、黒い砲が世界を崩す怪物にその砲身を向ける。

 さぁ、挑むは世界創世を成し得た女神の成れの果て。ステンドグラスの蝶の羽を持つが醜く太ったワームの身体を持つアンパーフェクト(不完全な)モルフォ()

 対するは、世界を崩す怪物を堕とすインタービーナーズたちのアンパーフェクト(不完全な)キャノン(巨砲)

 一瞬、怪物の目が巨砲の引き金(トリガー)を握ったアラムと合った。怪物はこれの転送直後、熱線にて無効化しようとした。それはこのガルバリン砲があの怪物にとって危険である証明である。自分は今、あれに通じる武器を手にしている、青年はそう確信した。

 バイトの歴史において、初代組員が造ったと伝わる遺産、ガルバリン砲。製造過程不明、効果不明、当時の資料がほとんど消失し、バイトにて多くの歴史家、学者が多くの仮説を立てるも、ついぞその正体が暴かれることは無かった巨砲。

 実際に実験しようにも、使い方を間違えれば世界を滅ぼしかねないという意見もあり、これが使用された正式な記録は無い。それが今、解き放たれる。


「古き女神よ。人は、この少女は、貴女の加護をもう必要としない!」

「ぁああああああああああああああああああああ!」


 青年と怪物の言葉が交わり、それが今、実証されようとしている。青年がレバーを引こうとその両腕に力を籠める。古く錆び付いた金属が軋み、悲鳴を上げその真髄を示そうと駆動する。だが、発射まで数秒時間を要した。それが、運命を決める。

 遠く、アラムは遥か前方に怪物の口に赫き瞬きを見た。針ほどの細さ、それは、あの怪物がしていいはずのない精密狙撃。ゆっくりとスロー再生される時の中、大地から岩の針を生やす魔王の守りを抜き、少女の渾身の結界をも容易く抜いた。

 戦利品ごと燃やせない。ならば一人ずつ、丁寧に、丁寧に、丁寧に針で殺せばいい。長い長い、生物を殺す為の針。それが、青年の心臓を穿とうとした瞬間――。


「悪いなあんちゃん! 嬢ちゃんをあんな怪物に捧げようとした手前、罪悪感で黙ってお前らに命預けてたが……やはり黙って見てんのは性に合わんらしい!」


 壮年の男が、アラムの前へと飛び込み、その使い古された古いの剣と引き換えに数ミリ、針の軌道を変えた。神へ挑戦した男が与えた小さい、小さい変化だ。


「――ザガさん!」

「それにいい加減、お前らに頼りっぱなしってのは、なぁ! 格好が付かねぇだろが!」


 だが、確かに針の軌道は変わり、青年の本来射抜かれるはずだった心臓ではなく、肩を貫通した。致命傷ではない。ただそれは青年だけにいえたことだ。青年の目の前で、赤い染みが広がる。歴戦の男は剣を砕かれ、腹に穴を開けられながら、豪快に笑う。


「ああ、撃て、女神を穿て、青年!」

「っ……堕ちろぉおおおおおおおおおおおお!」


 ――果たして、最期に女神の成れの果ては何を見たのだろうか? 人が、自身よりはるかに弱い存在が、自らが見限った存在が助け合い、神である自分を倒そうと力を終結させる。

 その中で、自らが切り離した力の破片が、祈っていた。何に? 女神たる存在にだろうか? 否、少女はきっと、己が未来に祈りを捧げていたのだろう。


「ァア、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 長い、一際長い絶叫が大地を、海を、空を渡り世界に存在するありとあらゆる生物に届いた。嘆き、彼らを庇護し、いつの間にか彼らと乖離してしまった己に対する嘆きを――。

 黒い波、それがガルバリン砲の正体だった。それは確かに女神の成れの果てを呑みこむ。短く、長い時の中、禍々しい波の中が去り、怪物は空中に停止し、ただ世界を静観していた。


「……嘘、だろ」


 ――無傷だ。傷など一つ無い。なんたることか、未完の砲は、ディザスターを殺すに至らなかった。


「なん――」


 だが、青年が嘆く瞬間に異変はあった。

 割れる。ステンドグラスの羽に亀裂が走り、凍った華の如く、儚く砕け散らしながら、怪物は地に堕ちた。そう、黒き巨砲は、怪物を、女神の成れの果てを堕としたのであった。


「あ……くっ、届かぬか!」


 その落下の最中、最前線で戦っていた魔王ガウハルが、勝機を感じ取りすかさず追撃を加えようとするも、すでに限界を超えていたのかフラフラと木の葉の様に空を舞いながら地へと降りていく。


「ぁああああああああああああああああ!」


 ただ魔王の殺気のみは届いたのか、言葉を持たない怪物の咆哮から確かに恐怖が感じ取れた。そして女神の成れの果ては、堕ちた地で体を空に何度も、何度も叩きつけ時空の穴を掘り造る。

 あれは、どこをどう見ても退避であった。


「……なんで?」


 青年の頭に、喜びよりも疑問が先に浮かぶ。だが、それが他者の歓喜に上書きされた。


「やった! やったぞぉおおおおおおおおおおおお!」


 誰かがそう叫ぶ。そして釣られ多くの者が歓声をあげた。確かに、ああ確かに、青年の手で、世界は守られたのだ。


「おい、誰か俺の腹を診てくれ! 穴、開いてんだよ」

「私めが、診ます、ゆえ」

「いや、嬢ちゃんの方が重傷じゃねぇか! おいてめぇら、喜んでねぇで嬢ちゃんを助けろよ!」


 杖をつきながらキレスタールがアラムに支えられているザガへと歩み寄る。三人、小さな笑みを浮かべて……ここに、ああここに――大厄災は退けられたのだった。





 たった一言でまとめれば、青年のあの冒険はとても色鮮やかなものだと振り返る。

 幼少から上を見上げれば天井しか見れなかった彼には「外」への憧れが多少なりともあったのも大きいのか、あの冒険は劇薬とも言えるほどの刺激に満ちて、彼の心に大きな影響を与えた。

 ――そして、あの女神の成れの果てと戦った三日後、くすんだ赤が基調の船長室で、心を落ち着かせる古時計の音と共に青年は報告を行っている。


「聖都は暫くはザガさんが国王代理として仕切るそうです。ガウハルさんの提案でこれからは貿易に力を入れる商業国家として盛り立てるとかなんとか」

「ああ、それはバイトの政治部から報告は受けている。しかし、あの者が国王代理とはな」

「ザガさんは凄く嫌がってましたが、ガウハルさんが自分を倒した勇者と嘯いて英雄として祭り上げて周囲に無理やり王にと……今頃はあの古城で頭を抱えているでしょう」


 そう、あの後ザガはほとんどガウハルに嵌められる形で国王に就任していた。ガウハル曰くこの者以外に今この国を取り仕切れる者が存在しないとかなんとかで、自分を倒したという虚栄の名誉まで与えて国王に仕立て上げたのだ。


「そして周辺の同盟国への戦争の賠償はあの教父、つまり前国王の首と莫大な魔族領を差し出すことで交渉、は表向きで、あのザガを国王に据えたのは自ら(魔王)を倒したという人間が王をしている国に強く言えなくなることを見据えてのことだろうな。いや、あの魔王、政治上手だな」


 ザガを国王に無理やり就任させたのはそういう狙いもあるのだろう。とはいえザガという人間が性格的に王に向いていないのは明白、暫くした後にこれまたガウハルの提案で近々国王選挙が実施されるらしい。


「それと、兵器となる魔石が埋蔵しているかもしれない、という魔族領を差し出しても、あそこはもう魔石なんてほとんど無いですから、実質タダで戦争の賠償を済ましましたねあの魔王さん。やれやれ、いないはずの魔族に怯えて調査したとして、他国がそれに気づくのは何年後なんでしょうかね? 百年後かはたまた……ずっと気づけないのか」

「ああ、まったく恐るべき手腕だ。ところで……あの世界に民主主義という概念はあったのかね? アラム船員」

「いえ、王政しかないかと、多分ガウハルさんの思い付きでしょう」

「恐ろしいな、あの魔王は、民主主義のシステムをこうも簡単に思いつくのか」


 単騎でディザスターを抑え込むその力も恐ろしいが、それ以上に為政者としての頭のキレも中恐ろしいとファナール船長はかの魔王を評価した。そしてそれ以上のカリスマ性もある。


「つくづく魔王ガウハルが敵にならず良かったと思う……ああ、そう言えばもう一つ聞きたいことがあった。アラム、貴様はガルバリン砲の効力をどう思う?」


 ガルバリン砲、長らくバイト創設者の文化遺産としてバイトのシンボルでしかなかったそれを、今回使用することに至った。と、なればその長らく謎に包まれていたその砲を解き明かそうと今現在、バイトの研究者は毎日のように討論を交えていた。


「僕なんかより、もっと賢い人が明確な理論と共にそのうち答えを出すでしょうに」

「まぁ、確かにそうなのだがあれを撃ったのはただ一人、お前だ。そのお前から聞きたくてな」


 そう言われ、少しだけ顎を摩ってからアラムは自らの答えを口に出した。


「今の議論でも有力説とされている弱体化をもたらす呪砲、それがガルバリン砲だと思います。実際、砲の使用後ディザスターはすぐさま逃げるも、時空飛翔に手間取った……ただ時空飛翔を完全に封じ込めなければ相手を殺すことは叶わない。だから未完成品と作り手は判断したのでしょう」


 それがアラムの会見であった。呪砲、そんなものがバイトのシンボルとはとファナール船長は頭を抱えたが、その効果は絶大だ。これからあの砲の研究費用について長い間議論されるだろう。


「あーと、その、船長……」


 と、無理やり通したガルバリン砲の使用のせいで増えた始末書を見ながら頭を抱えていたファナール船長に、先ほどまで仕事を真面目にしていたアラムが歯切れ悪く話しかける。


「どうした?」

「紹介したい人がいるんです……これから僕のエスコート(守り人)になってくれる方を」


 それに、「ああ」とファナール船長は微笑んだ。これは仕事ではない。親である自分にこれから自分と共に歩むあの少女を紹介しようと、少し恥ずかしがっているのだと彼女は考察した。


「ああ、いいぞ」

「では……入っていいですよ」


 さて、まずどんな話をしようかとファナール船長は高級な椅子に体重を預け――その入室してきた双角の魔王が視界に入ってきた瞬間、そのまま椅子からずり落ちそうになっていた。


「はっ! アラム!?」

「はい……ガウハルさんです!」

「いや、キレスタール君じゃないのか!」

「もうキレスタールさんはもうバイトで色々と講習を受けて正式に僕のエスコートですから、今更紹介なんてしませんよ! で、この元魔王の無職どうしましょう船長! 魔王を仲間にするなんてバイトでも前代未聞のこと、僕の一存で決めれませんからね! 報連相は大事ですよね!?」


 まぁ……なんというか、これはどうしようもなく仕事の話だったということらしい。


「ふははは、うむ。この栗毛の言う通り、我は魔王職を辞めて晴れて無職となったのだ! まぁ、あの修道女のついでにバイトとやらで食い扶持を稼ごうと、そこの栗毛に無理やりついて来たのだ」


 と、入出すると否や簡潔に事情を説明する魔王。だが理解はできても状況が呑み込めていないファナール船長は驚きと怒りでアラムに批難の視線を送ることしかできていない。


「それと、履歴書とやらも書いてきた。さて、時間が惜しい。そちらも多忙と聞く。手短に面接とやらをしても良いか? いや、初めてのことで少し心が躍ってるのは許してほしい。性分だ」

「――この、馬鹿者が! アラムゥー!」


 と、就職活動をなにやら楽しんでいる節がある元・魔王ガウハル。もはや情報量が多すぎて、堪らずファナール船長は問題児の名前を大声で叫んだ。

 その絶叫を聞きながら、アラムは船長室への外へと戦略的撤退を行う。安直に言えば逃げ出したのだ。そして、偶然廊下の向こうで講習帰りのあの少女を見つけ、大きく手を振る。

 さて、苦しく、彼の長い初めの旅はこれにて終幕、彼はほんの少し、過去から未来へとその脚を向け、歩き出した。

 そんな少し成長した彼に対して、少し驚いた表情で手を小さく降り返す少女。ああ、この旅で彼の得たものの中で、これを一番――この繋がりを持てたことを、彼はきっと誇るのだろう。



終わり

第二話は近日中に更新予定です。

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