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第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 二話



 夢とは人間が太古から得ていた娯楽である。

 小説や漫画、映像作品など文化が発展して生まれたものではなく眠ってみる夢こそが人間が最初から持ち得た現実から逃げれる居場所なのだと、昔アラムは何かの本で読んだことがあるのを朧げな意識の中で思い出していた。

 確かあれは、夢を見ようと寝てばかりいるのは現実から逃げたい証拠であり、鬱症状の兆候である可能性があるのでカウンセリングを受けた方が良いと書かれていたな……とうっすらと目を開けながら知識を整理して……。


「ああ、あれ師匠の病院の待ち時間で呼んだ本だ」


 そんなどうでもいい出来事を完璧に思い出すと同時に、彼の意識も完全に回復したのだった。


「……ここ、どこ?」


 その疑問の答えを探すように彼は周囲を見渡す。どうやら森の中らしく、すぐ隣には浅く広い川が流れており、先ほどまでその川に右手を放り込んでアラムは気絶していたらしい。

 気温は常温、周囲から鳥の鳴き声や若芽の植物が多いことから春の気候と思われる。


「うん、ここどこ!」


 しかしどんなに周囲の状況を確認しても、ここが彼にとって初めてきた地であることに変わりはない。すると先ほどからリュックから投げ出され地面の上で音も出さず、点滅している機械が彼の目に飛び込む。


「ああそうか、僕転送されて……いやぁ! これ転送失敗してるよね!?」


 確か話では精々転送で酔うぐらいで、こんな気絶することなどないはずだ。しかしアラムは先ほどまで気を失っていた。これはなんらかのトラブルがあったとみて間違いない。


「はぁー、勘弁してよもぉー。おっちゃーん! おじちゃーん! 助けてー!」


 これ見よがしにため息をついてみせるが愚痴を言う相手がいない。なので先ほどから、けなげにピコピコと光って自己主張する通信機に手を伸ばし、文句の一つでも言ってやろうとバイト本船へと連絡を掛けたのだが……。


「アラム隊員が応答しました!」

「変われ!」

「はい!」


 などと、連絡を入れた瞬間間髪入れず、物々しい雰囲気で向こう側の会話が始まったので彼は文句を言いそびれてしまっていた。


「ファナールだ! 無事か。五体満足か! 胴体が千切れてたりしてないか! それとも別の生物に変異していないか?」

「ファナール船長。あのー、取りあえず身体に異常はありませんが、その、物騒なことを言われると肝を冷やすので止めてください……あ、僕のガルバリン砲は無事ですよ?」

「いきなり下ネタを言うな! というかお前のそれはバイトの主砲ほど立派なのか! いや、それはいい、というか聞きたくない……しかし不幸中の幸いか。転送に失敗してなんともないとは」

「なんかひどいなぁもう……でもなんともない訳じゃないですよ。さっきまで僕気絶してましたし……で、そのぉ、転送が失敗したってどういうことですか?」

「うむ、実はお前を転送した設備員が故意に転送を失敗させたらしくてな……」

「……これ事故じゃなくて事件だ! 慰謝料ふんだくってやるぅ!」

「ああ、まだ情報が出そろっていないので動機などは不明だが……可能性があるとすれば、貴様へ対しての嫌がらせだろう」

「いやいやいや! 嫌がらせって、そんな軽い感じで殺されてたまるもんですか! やっぱり裁判だ! 法廷で会おうってその人に伝えてくださいね船長!」

「まぁ、お前の言い分はもっともなのだが、今はそれよりも遭難したお前の確保が最優先だ」


 遭難、そう言われてアラムは冷や汗を流す。つまりここは……。


「すみませんファナール船長、ここってその、どういう世界なんですか?」


 そう、当初の目的の場所ではないということだ。

 転送の失敗、それでアラムはどこかまったく未知の世界に放り出されたらしい。

 機械での調査もしていないまったく未知の世界。ここに人間がいるのか、食べ物はあるのか。人を襲う怪物がいる可能性も、何か未知の菌によってすぐさま死んでしまう恐れがある。

 その恐怖が彼の心を踏み潰そうとじわじわとを重くなる。


「アラム、落ち着け。二週間、二週間そこで生き残ればその世界に迎えを寄越せる」

「手持ちの食糧もまぁ、丁度、ニ週間分ですね。ああそうだ、あの、おじちゃんは無事なんですか?」

「先生のことか? お前と違って転送先がバイトのボイラー室だったからな。今転送をワザと失敗させたあの職員に警務部と共に事情を追求しているところだろう」

「無事なんですね。良かった……でも僕もボイラー室に飛ばされたかったですよ、本当……」

「私もそう思う。だが現実から目を背けても駄目だ。そうだアラム、貴様すでに偵察用のドローンは飛ばしたのか?」

「いえ、まだです」

「ならば飛ばしておけ、あれは貴様が作ったものなのだからな。まったく、人工知能だかなんだか知らんが、勝手に言語を覚えて通訳してくれるとは」

「そのせいで通訳の仕事をしていたバイトのお偉いさんに睨まれて部署移動させられたんですけどね……というかそれで今回、恨まれて僕の命狙われたとか?」

「可能性は十二分にある。調査も裏ではその線でで進んでいるだろうが……賠償は期待はするな」

「ですよねぇ~」


 どうやら彼は自分が発明した物で他人の仕事を奪ってしまい、嫌がらせで部署移動させられてしまったらしい。今回の転送ミスもその件が関係しているとみて間違いないようだ。

 と、そんなことを考えている暇はないと、アラムはリュックからピンボールほどの羽の付いた球体のロボットを取り出し、ステルス機能などの動作確認をしてから上空へと四体、帰還しなかった時の為か、予備で一体近くにを飛ばした。


「さて、この世界に知的生命体がいるなら言葉を覚えて帰ってくるけど……」

「アラム船員、簡潔で構わない。その世界について教えてくれ」


 言われ、アラムは周囲にある物についてできるかぎり詳しく報告を行う。

 すぐ横を流れている川の水の温度、泳いでいる魚の大きさと数、気温、植物の特徴。更には空の色、雲の流れの速度。周囲にいる小動物の姿形。このなんの変哲もない自然の中での光景を前にして約十分ほど、自身の感想を交えて報告していく。


「――といった具合ですかね?」

「うむ。大方理解した。川と石の大きさとからいってそこは山の下流と予測される。近くに人が住む町や村があるやもしれん」

「で、あのぉ。つかぬことをお聞きしますが?」

「なんだ」

「なんでさっきからファナール船長が僕と通信してるんですか? そのぉ、現場に移動になって密かに可愛いオペレーターの女の子と仲良くなれたらなぁーという願望を描いてたのに。耳元で船長の声がしても僕そんなに嬉しくないんですけど……」

「いやな、お前が船内中でセクハラしてくるから誰もオペレーターしたがらないんだよ、アラム、そもそもお前の悪名はこの船に轟きまくっている。なんで教科書に載るレベルのことをやらかした?」

「そんな! 船長権限で若者に出会いの場を設けるべく、どうにかしてくださいよ!」

「すまん、無理だ。それに話馴れている人間の方がこの緊急事態で落ち着けるだろう?」

「……僕、組織のトップと話馴れてるって冷静に考えたら変ですよね?」

「貴様が問題ばかり起こして私に呼び出しばかりくらっているのが悪いと思うが? いやそれよりもそっちの時間は大丈夫なのか? 明るいうちにテントを設営しておけよ」


 空を見ればすでに日は落ち始めていた。落葉の光の中、アラムは通信越しに会話をしながらテントを設営していき、少し苦戦しながらも日が落ちる前にこぢんまりとした我が家を見て、アラムは満足げに何度も頷いていた。


「うんうーん。いい感じじゃない?」

「おい、流石に時間が掛かり過ぎじゃないのか?」

「いやいや。僕、初めてテントを建てたんだからこんなものですってぇ」

「私が初めて現場に出る前は休みに自室で何度もテントを建てて素早く行動できるようにしたものだが……」

「いやいや、休みぐらい仕事のこと忘れましょうよ。ファナール船長は仕事人間過ぎるんですって……今度ボタン一つで設営できるテントでも作ろうかな。バイトで売れますかね?」

「テントの張り方を覚える前にそういう発想をするとは、根っからの技術者だな、貴様は」

「頭が仕事人間になったのは貴方の教育の賜物ですから、というか最近ファナール船長きちんと寝れてます? 本当に仕事人間なんですから、ご飯もきちんと食べてますか?」

「いや、私のことはいいだろう……というよりいつもの調子が戻ってきたな。ならばお言葉に甘えさせてもらってもう私も休むぞ? そろそろ眠くてな」

「お! じゃあ、女の子とオペレーターさんと交代で?」

「ははは、喜べ。数少ない男性オペレーターがお前の相手をする予定だ。日ごろの行いを恨むんだな、アラム船員」

「ちくしょう!」


 とまぁ、馬鹿な問答もほどほどに。日が暮れると共にアラムは初めて訪れた未知の世界でテントの中、一夜を越そうと毛布に包まる。

 目蓋を閉じてすぐ、慣れないことをしたのか小さな寝息が一つ、規則正しくくり返される。

 日が昇れば新たな冒険が待っているのだろうと、微かに期待をしながら夢へと意識を溶かしたのだった。





 声が、彼のすぐ耳元で聞こえた。

 棘があった。苛立ち、どうしようもなく攻撃的で、意味などわからなくともそこに悪い感情があるのは感じられる。


「えー……あー、うそん」


 先程まで夢の中で何か幸せを感じていたアラムは目を開けた瞬間、不幸のどん底に落とされる。

 そりゃあ目の前に剣先があれば、その目覚めは最悪といっても過言ではないだろう。


「言葉はわからないけどぉ~、山賊さんかな? いやまぁ、ゲームの勇者みたいな格好してるけど」


 見れば、今アラムに剣を向けている男はいかにも聖なる力が宿ってそうな鎧と立派な剣を持っている。後ろの男は山賊に見えなくもないが、よく見れば立派な装備をしていた。


「あーはいはい、まぁこれでも食べて、ね。うん。一緒にご飯食べれば皆、お友達ってね」


 そう言って取りあえず明日の朝ご飯を差し出すアラム。すると、タッパーに入った鳥肉の照り焼きをかっぱらうとその山賊らしき二名はすぐさま逃げ出した。

 どうも冷静ではなかったらしく、取ったものを満足に確認もしないでそのまま全力疾走でテントの外へと消え去っていく。


「え? なんで逃げるのさ?」


 相手は二人、自分は一人。確かにアラムはご飯を差し出しながら懐に仕舞っていた銃に手を掛け形勢逆転を狙っていたが、それを相手に感づかれたとは考え難い。

 恐る恐る剣で裂かれたらしいテントの入り口から、ぬっと顔を出すアラム。

 まだ日は昇らず周囲は暗いが、月明かりで目が慣れれば辛うじて周囲を見渡せた。


「物凄く慌ててたけど、何かから逃げてたとかぁ……ないよねぇー……」


 先程の男たちの血相変えた顔を思い出しながら、その可能性を加味するアラム。

 テントから出た瞬間大きな口を開けて涎を雨の如く垂らした怪物が……と考えていたアラムだが、そんな怪物はいなかったの。変わりに何度も何か大きな物を叩きつけるような激しい音が遠くから鳴り響いているのに気が付いてしまった。


「あー、あー、応答願います。応答願います……こちらアラム」

「はい、アラム船員、どうしましたか?」

「起き明けに強盗に遭遇、で、なんでか明日の朝食を強奪してなぜか逃走しました……で、そのぉ、二百メートル先でなんか戦闘音がしておりまして、どうしましょう?」


 通信機を使いバイトへ報告を始めるアラム。応答したのは彼にとって初めて聞く声で、その会話に不慣れはあるもののいつもの軽口はない。


「現状この世界の生物の危険性は不明ですので撤退を推奨します」

「……うーん。でもさっきの強盗、ですけどねぇ……慌ててたんですよ。あれ、何かから逃げてたんじゃないかなって、ぼかぁ思うんですよ」

「可能性は高いです。朝食一つだけ強奪して逃げるとは精神状態が異常であったのではと、十分予測できますが……」

「オペレーターさん。すいません、多分ですけど、仲間を置き去りにしてあれ逃げてます。さっき人の声を拾いました。多分子供か、女子の声です」

「……アラム船員?」

「まずは様子だけ見ます。で、敵の脅威が排除可能であれば助けます」

「……了解しました。それでは、帰ってきたらファナール船長に出す始末書は二人で片づけると約束してください。これはマニュアルを無視した行為なので」

「はは、ノリがいいね君! オーケーオーケー、帰ったら一緒に怒られますとも、僕得意だからねそれ、もうそりゃ百回とこなしてるベテランなんだから」

「それはどうかと思いますが、アラム船員」


 てっきり反対されると思っていたアラムは、思ってもいないオペレーターの協力に心底喜ぶ。その顔はまるで友達と今から大人に悪戯しようとする子供の様だ。きっと、今は妙な高揚感が彼を支配しているのだろう。


「では装備の確認を。武器と防具を装備し必要最低限の必需品を持ってください。最悪テントには戻れなくなる可能性がありますので」

「はい。寝る前に明日の準備してましたから、それは大丈夫ですよ」

「では通信を切断します。作戦中こちらの音声や周波数を相手に拾われると厄介なので、最後に何か質問はありますか?」

「ええ、じゃあその、無事に帰れたら誰か可愛い彼女とか紹介してくれないかな?」

「はは、それは私が紹介してほしいのです。ああ、その子を助けて女の子なら、きっと好きなってくれます」

「いやいや、そんな度胸あったらとっくに彼女作れてますよ……それに僕にはこの顔面による負債が……いやそうじゃない。さっさと助けに行きますか」


 緊張状態とは思えない冗談が飛び交う。これでアラムの緊張が少しほぐれた様子だ。


「では作戦を開始します。目標まで姿を隠して接近してください。可能ですか?」

「はい、草むらに隠れながら近づきますよ」

「了解です。では最後に銃の安全装置が外れているか確認してください。では、幸運を――」


 それからオペレーターは沈黙する、通話が切られたのだ。彼にできることは全てした。後はアラムの働き次第だ。

 河原がある川から草木が生い茂る森へ。

 草と細木をかき分けながら、アラムは先ほどから激しい音がする場所へできうる限り素早く近づいていく。ただし警戒心から挙動不審すぎて忙しく動く小動物みたくなっていた。


「あれは……蛇? いや鳥ぃー?」


 草木をかき分け数分後、馬車の跡がある人道が見えその上で戦闘が行われていた。

 まず彼の目に入ったのは大きなトサカを持ち長い胴体を持った異様な巨大生物だ。頭は鶏に似ており、体は大蛇のそれは、何度も尾を丸い球体に叩きつけている。


「で、あれは……子供、女の子? 白い服の修道女さん? 結界を張ってるみたいだけど」


 その球体の中には一人の少女がいた。

 杖を片手に何度も何度も打ち付けられる怪物の尾に耐えるように体勢を低くし、その顔を苦痛に歪めている。

 ――あれは死ぬ。あの少女を守る結界がどれほど優れていても人間であるならば持久戦で死ぬ。気の乱れで、疲労で、空腹で、睡魔であの結界が崩れればあの少女は死んでしまうだろう。


「防戦一方ってことは攻撃手段が無いのか……でも」


 しかし、彼女を救おうにもアラムの拳銃であの怪物は倒せそうにない。

 見捨てろ。彼の冷静な部分がそう耳元で囁く。

 見捨てるな。彼の人間が持ちうる当然の良心が騒ぐ。

 イメージが強制的に浮かぶ。あの尾で自分の体が半分潰されあの口ばしで自分の身がほじくられ食べられる様が、さきほどあった小さな正義感が消滅、速くなっていた心臓の鼓動が、恐怖心で止まりそうになってしまった。


「はは……なんでだろう手が震えてるよ、まったく」


 ああ、物語りなんて嘘っぱちだ。平和に育った村人の少年が剣を取り、村を襲った怪物を倒せるものか。

 そんな悪態と共に、アラムは持っていた銃の照準を怪物の顔に向ける。


「すぅ……あーあ、安い正義感なんて抱くんじゃなかったぁ!」

「えっ?」


 驚きは少女だけのものか、はたまた怪物も同じだったのか?

 アラムは大声を出しながら草むらから身を出し蛇と鳥の怪物に発砲する。

 怪物の頭に三つ銃創が作られる。だが無反応だ。倒れも痛がりもせず、ただ動いたのはその血に染まったかの様に赤い眼球のみだった。


「うんまぁ効かないよね! よーし、こっちこいやぁ、鬼さんこちらぁあ!」

「シャア、コケェェエ!」

「え、そう鳴くの! ぎゃあ、たんま!」


 奇怪な泣き声に驚きながら格好良く……とは程遠い無様な回避をしながら、アラムは草むらから草むらへ蛙の様に飛び跳ねながら逃げ惑う。

 一方、先ほどまで少女を襲っていた怪物は、標的を変え木々の間をスルスルと通り抜ける。

 その鋭利な口ばしでアラムを仕留めようと何度も突こうと襲うが、ここら辺に蛙に似た動きをする生き物がいないのか、彼の奇妙な動きに翻弄され遂には獲物を川まで逃がしてしまっていた。


「いやいやいや、速い速い!」


 されど相手の動きが想定外だったのはアラムの方も同じなのか、アラムにも焦りの色が見えた。相手の動きが予測よりも俊敏だったからだろう。


「コココココココッ、コケェエエエエエエ!」


 しかし相手に容赦などない。あたふたと逃げるご馳走を見過ごす道理など無く、河原にその姿の全貌を晒しつつ追撃をかます。


「畜生、ホモサピエンスを舐めるなよ爬虫類……いや鳥類? いやまぁどっちでもいいか。こうなったら切り札を切らないと!」


 徐々に詰められる距離に逃亡は不可能と判断したのか、テントが近くにある位置まで逃げる帰ってきたアラムはその場に止まり迎撃態勢をとった。


「さぁて……正直成功するなんて思ってないけどさぁ」


 青年は生唾を飲み、迫りくる死と対峙する。

 細長く野太い胴体は人を締め殺す絞首の縄、得物の肉を突き千切る為の口ばしは斬首の刃。奇怪な見た目をした生物は確実な殺意を持って、青年に襲い掛かる。

 観念した獲物を前にとぐろを巻き、その口ばしで青年の心臓を貫こうとして――。


「コード、アイアンウォール」


 怪物の会心の一撃は頑強な壁に弾かれた。


「――コッ!」


 何が起きたのかと怪物はひび割れた口ばしを気遣う素振りもせず、先ほどまで無様に尻尾を巻いていた獲物を睨む。

 そこにあったのは無様に貫かれた人間の死体、ではなく大きく頑強な鉄の壁が青年を守っていた。

 一体いつ、どうしてこんな物が出現したのか怪物には理解できなかった。

 この世界の人間どもは稀に魔術を使うことがある。怪物とて、そんな魔術使いとやらと何度か交戦してきた。だがこれは知らない。こんな魔術は見たことすら無かったのだ。


「コード、ランチャー」


 そして今度は壁の端から青年は見慣れない物を持って現れた。

 怪物にとって、その黒く複雑な造形をした大筒は先ほどの鉄の壁以上に知らない物だ。鉄の壁の用途はわかる、人間(エサ)が身を守る為に作る物が壁だ。だがあれは全く知らない。そもそも、先ほど自らの顔に小さな穴を開けた飛び道具もよくわからなかった。

 ここにきて怪物は戦慄した。もしや、この人間は追いかけてはならなかった存在なのではなかったのかと。

 警戒、それからの行動は決まっていた。停止し相手の出方を伺い、危険があれば撤退する。

 なにもここで自らの命を捨ててまで飢えを満たす必要はないのだ。だが、その停止こそこの怪物の命運を決めたのだった。


「――せめて、痛みの感じる間も無く殺そう」


 青年の持つ大筒の引き金が引かれる。その瞬間、何か大きな音と共に、怪物の意識は文字通り“消し飛んだ”のだった。



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