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第一章「この繋がりを持てたことを、きっと彼は誇るのだろう」 十九話



 乱れた呼吸が、心音が、肉体が、彼にはとにかく邪魔だった。石造りで無駄に広い城内を二人はひた走りながら、青年は思考する。あれをどう倒すかでは無く、どうやって生き残るかを。

 そもそもディザスター(規格外の怪物)相手を倒すという発想すら青年から出てこなかった。今ここにいる人間で、あの怪物の真の恐ろしさを理解しているのは、バイトの人間だけだろう。

 そして、今どれほど絶望的な状況なのか、彼は正しく理解していた。

 かの怪物の発生条件は千差万別だが、強力な力を持った生物をディザスターとして認定するにあたり、バイトが定義した特徴は二つある。

 一つ、生態系の頂点に位置する生物が存在するのみで世界を軋ませるほどの、又は世界を崩すほどの力を有した存在であること。

 二つ、その為に世界を渡り歩く時空飛翔の能力を獲得した存在であること。

 ――原則的に討伐不可能、バイトの学者の中にはあれを例外なく不死の怪物と呼ぶ者すらいる。バイトの長い歴史において、超越種、臨界種、絶対種などと呼び方が変わっていった。


「ああ! だあああああ!」


 疲労から、何も思いつかない苛立ちからやけくそな叫び声がアラムの口から暴発した。元々研究職、体力に難があるのだからむしろここまでペースを落とさず走れたことが奇跡だ。


「アラム様、少し歩きましょう!」

「いやぁ! 大、丈夫だか、らぁあ! ぉえ!」


 だが、足を止められる訳が無い。託され、激昂されたのだ。今たった一騎にてそんな怪物に挑んだ男から、傲慢に認められたのだ。


「でも、逃げる、だけじゃ、駄目なんだ!」


 そう、逃げるだけでは助からないのだ。あの怪物が現れてから十五分経っている。十五分もだ。なのにバイトから応援が現れないのは有り得ないことなのだ。

 バイトはあのディザスター討伐にある種、宗教的なまでの情念を燃やしている。先祖からの脈々と受け継いできた宿命を達成する為ならば人道的配慮を欠く決断もする。だが応援が送られてこない。先ほどから起きている通信障害と合わせて考えると、こちらかバイトに帰還できる可能性は極めて低い。そう、逃げ場など無く、退路は既に封鎖されている。


「すみません! この城で一番偉い人は今どこにいますか!」

「え、ああ! すぐそこの部屋だ!」


 城に入ってやっとあった人間に、間髪入れずアラムがそう質問を投げかけた。廊下ですれ違いかけたバイトの剣士はここで見張りをしていたらしい。


「ザガさん!」


 もはや悠長にノックをしている余裕などなく、青年はドアを蹴っ飛ばす形で入出すると、剣を持った剣士が王らしき男に怒声を上げているところだった。


「おいてめぇ! とっととあの怪物をどうにかしやがれ、お前が呼び出したんだろが!」

「ふはは、はははは、だから無理だと言っているだろう。あれはもう止まらん。貴様らが原因でこの世界は滅ぶ。私を殺す? ふざけるな! 私は王だ、教父だ! 死なんぞ!」

「だったらここで試してみるか、ええ!」


 古い剣が男の喉元に刺さろうと角度を変え光を放つ。もはやザガがその人物を切り殺す寸前だった。それを――パンっという一発の銃声が止める。見ればアラムが天井に向けて発砲していた。乱れたままの呼吸で、ザガとその王らしき男を睨みつけた。


「はい、ああもう、なんか一周回って冷静になりましたよ……ザガさんその人殺さないでください。まだ僕がその人から情報を引っ張り出さないといけないんで」

「は、はは、そうであろう。私はこんなところで死んでいい人間では――」


 パンッ! と、言葉を遮る形で再び乾いた銃声が響く。銃痕は王らしき男の足元すれすれに、少しずれていれば足に風穴が空いていただろう。

 ザガと王らしき人物は揃って青年の顔を凝視する。ザガは無表情に、王らしき男は顔面蒼白でだ。そこには青年らしからぬ顔があった。梟の様に丸い目がじっと不気味に無駄な問答は不要と無言で告げている。

 もう、青年はこれでもかというほど追い込まれていた。人生最大のピンチ(魔王の説得)からまだそれほど経っていないのに、それ以上の悪夢が来たのだから内心泣き叫びたいだろうし、心も今日この日、二回、すでに折れている。

 窮鼠猫を噛むどころか今の彼ならば獅子相手にも噛み付くだろう。なのでこの青年は今、大変危険なのだ。倫理観など二の次で、今なら拷問じみたこともやってのけるだろう。


「わ、わかった、何を知りたい!?」

「あなたはこの国の王様なんですよね? あの怪物について何か知っていますか?」


 流石に目の前の青年がまともではないとわかったのか、国王は滝汗を流しながら、滞りなく情報を開示していく。銃声の音が教父の口を柔らかくしたのであろう。


「あれは我が国が崇める女神様だが、千年前、魔王が討伐されたおり聖女を欲した我が祖先と争い、聖女を喰らいこの世界から消え去ったのだ! だが我が祖先は聖女の力を手に入れていた。それがこの遺髪なのだ!」


 そう言い箱の中の透明な糸を見せる教父、これはキレスタールと同じ髪だ。


「詳しく、お聞かせ願えますか?」


 丁寧な質問とは裏腹に、銃口を向け、引き金のすぐそばで指を遊ばせるアラム。それに堪らず、教父は口元を猛烈に曲げながらも、彼の質問に答えていく。


「せ、千年前に女神に我らは祈ったのだ! 魔王を討ち滅ぼす力を下されと、そして聖女が地に産み落とされたのが聖女、だが女神は魔王討伐が果たされた時、自らの力である聖女を返すように告げたのだ。だが、かつてこの国の権力者はそれを良しとしなかったのだ!」


 ああ――大方の絡繰りが見えてきた。


「……つまり千年前、女神様に返すはずの聖女様()を欲して、女神様と争ったと」

「そうだ! そう言っているだろう!」

「だけれど女神様に聖女様は回収された。でも、その体の一部、つまりその遺髪だけは確保していたと、そうですね?」

「ああそうだとも、だがそれは、私の祖先がしたことであって私に非は無いはずであろう!」


 ――瞬間、その失言にもう一度国王の足元に銃痕ができた。国王は床の上を転げまわり、アラムから離れた壁際まで避難するが、その銃口は国王の頭を捉えたままだ。


「余計なことを言うのは止めてください。で? 先ほど、あなたは何をしたんですか?」

「……遺髪は女神から隠す為に封印されていた! もしあの怪物に見つかれば今度こそこの国は終わるだろうと! だが、お前たちが責めてきたから、最後の手段に――」


 三回目の銃声が部屋に鳴り響く。今度は足元では無く顔の近く、耳をかすり国王のもたれ掛かっている壁に銃痕ができた。赤く滴り落ちる自らの血に、国王は白目を剥き気絶する。

 だが知りたい情報は知れた。いや、知ってしまったのだ。


「……おい、ということは――」

「動くな!」


 瞬間、アラムは足を一歩動かしたザガへと銃口を向ける。


「……童貞のあんちゃん。さっきの話は本当のことだろう。あの状態で嘘付けるほどの度胸がそこで伸びてる豚にはねぇ」

「わかってます」

「だったら、その遺髪を女神に返せばいい。借りたもんを返せば――」

「キレスタールさんは……その遺髪から造られた!」

「……そういうことかよ。くそ」


 その一言で、ザガが全てを飲み込んで壁を蹴っ飛ばした。血が、アラムの口から滴り落ちた。唇を噛み千切り、震えながら目に涙を貯め、ザガを睨んだ。

 聖女の遺髪から生み出されたのがキレスタール。あの女神が髪の毛から造られた彼女を見逃すかどうか、いや、封印が解かれ遺髪の存在すら嗅ぎつけたあの怪物がそれを見逃すとは考え辛い――十中八九、あの怪物は遺髪とキレスタールを喰らいにここに来る。


「だけど、だけどよ、どうしろってんだ! あの化け物にその神と嬢ちゃん差し出さねぇと……みんな死ぬんだろ!?」

「……」

「お前が、その嬢ちゃんに情があるのはわかる。一緒に旅したんだ、魔王を説得して、俺たちを救った。助けてくれた! 俺にだってその嬢ちゃんに借りは山ほどある……」

「……っ」

「だが、だがなぁ、あんちゃんよ。俺は……仲間かその嬢ちゃん、どっちかを選べと言われたら……こいつらなんだよ。なぁ、アラム!」

「今考えてんだよ! うるせぇ、黙れ!」


 すでに追い込まれ、心をすり減らし続けた青年から激しい罵声が飛んだ。余裕など無い。男二人、涙を浮かべ声を荒げ怒号を交わし合う。憎しみなど無い。それぞれに感謝にも似た尊敬の念しか抱けない関係。救い救われ、助け助けられた二人は、今、剣と銃を向け合っていた。


「……アラム様、私めが生贄とな――」

「黙ってくれ。死なないくれよ! お願いだからさ、なんで……約束したじゃないか、一緒に、バイトに来るって、今まで苦労した分、笑ったらいいじゃないか、なんでさ、なんで――!」

「アラム様……申し訳ありません。あなたは優しいお方です。私めなどの為にそこまで悲しんでくれるなど、本当に幸せ者です……私めは、貴方様に生きてほしいのです」


 それしか、方法が無い。本人の承諾は得れた。ならばもう、この青年が諦めれば、女神への贖罪の儀式はすみやからに執り行われる。だが……青年の銃口が下がることはなかった。

 この青年は、心が折れてなおも頭を働かせ続ける、壊れた痩躯者なのだから。


「――、アラムさん! 聞こえますか! アラムさん」


 部屋が静寂に包まれた瞬間、通信機からショクルの声が聞こえる。アラムは固唾を飲んだ後、一呼吸置いてからその必死に自らの名を呼ぶ声に応答した。


「っ、こちら、アラム、至急、応援求む!」

「なんとかこちらで通信は回復させましたが、現状人員の転送は許可が出ておりません! ディザスターが時空を乱しているのが原因かと」


 絶望的だった。通信が繋がっただけ、それだけだったが、その言葉に青年は一筋の光明を見出す。人員の転送は不可能だという単語に。


「……人員以外の転送は可能なの?」

「現在、時空空間に乱れが生じ、人命に関わる物は送れませんが武器の転送許可は出されています。ですがバイトにあるどの武器を送ってもあれに対抗できるものなどありません。それに確実にそちらに送れるかどうかも、五分五分の可能性というところでしょうか」


 アラムはそれを聞いて、通信機を強く握りしめた。あんな規格外の怪物を相手に対抗できる可能性を持つ物を、彼の中で一つだけ、この部屋にやって来る間に一つ絞り出していた。


「――ある。あります! バイトの主砲の転送を正式に要請します」

「主砲、ガルバリン砲をですか!? いやそんなこと不可能です! 第一あれは未完成品の兵器なんですよね? そちらに送れたとしても役に立つか、どうか――」


 そうだ。当たり前のように否定する理由などいくらでも湧いて出る……だが現状、打開策が無い。今、上層部が頭を捻っているだろうが打開策らしい策など湧いてこないのは明白だ。

 きっとこの事件が終われば死んでいったアラム一同、一時的にバイトで悲惨な犠牲者とメディアを賑わせ、その内忘れられていくに違いない。

 それを、通信機越しの新人オペレーターは、良しとできなかった。


「……可能なのですか?」

「可能性はあります。というより今はこの案しかない!」


 そんな中で、これは妙案だった。青年が苦し紛れに出した対策かもしれない。だが賭ける価値のある行動が、初めて示されたのだ。ならばと、ショクルはそれに乗った。

 今バイトは上へ下への大混乱だ。無理やりこの案を捻じ込み、無理やりにでも通す可能性が僅かにでもあるならばとショクルは通信機越しに生唾を飲み、何かを決心する。この状況を利用して、こんな大博打を打てる人物が一人、たった一人いる。


「こちらショクル。ファナール船長ですか、たった今、対ディザスターの案が提案されました」



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